Die Zeit heilt alle Wunden《完結》   作:日々あとむ

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第二幕 蜥蜴人と山小人 其之二

 

「――ってのがまあ、俺がアンタら探している間に遭った、モモンガって奴の話なんだがよ」

 ゼンベルがそう言うと、仲良くなったドワーフのドドムは、「ふーむ」と呟いて考え込んだ。

 ……ゼンベルは一ヶ月ほど山をさ迷い歩いた。遭遇するモンスターを蹴散らし、しかし時には身を隠し。だがさすがに一ヶ月近く彷徨えばもう無理なのではないかと諦めきっていたのだが……運の良いことに、ちょうど地表に出て地上を探索していたドワーフを発見したのだ。

 最初は、警戒されてまったく話にならなかった。外見が違うためだろう。だが根気強く、腹を割って酒を飲み交わしながら話すことでなんとか信頼を得ることに成功した。

 結果ゼンベルはこのドドムというドワーフと仲良くなり、ドワーフの国の南の都市フェオ・ライゾに案内してもらったのだった。

 そして他のドワーフ達にも紹介してもらい、酒場で酒を飲み交わしていたのだが――ふとゼンベルは同じくドワーフを探していたモモンガのことを思い出し、ドドムに訊ねた。ドドムはモモンガのことを知らず――あれほど存在感のある男を知っていたら忘れるはずがないので――まだ会っていないのだろうと気づいたゼンベルが、モモンガのことを説明したのだ。

「そのモモンガという奴が見つけた都市は、たぶんフェオ・テイワズじゃな。昔二匹のクソッたれフロスト・ドラゴンが殺し合いをしていての。それに巻き込まれてあの都市は放棄せざるをえんかった」

「ほー。モモンガが見つけた荒れた廃都って、そんなことになってたのか」

「しかし評議国の冒険者が仕事の依頼か。うーむ。まあ、一応他の連中にも見かけたら声をかけるように伝えておくぞ」

「あんがとよ」

 モモンガへの恩は、これで何とか返すことが出来るだろう。亜人の国の出身なのだから、あの鎧の中身はゼンベルと同じようにドワーフとは違う形をしているに違いない。信用されなくては仕事の依頼も出来ないであろうから、こうして先に接触出来た自分が、話を通しやすくしておいた方がいいはずだ。

 冒険者がドワーフに鍛冶仕事の依頼、というのも分かり易かったのだろう。ドワーフは特にモモンガに対して警戒心もなく、ゼンベルの話を受け入れていた。

「しかし武者修行じゃったか? お前さんも無茶するのぅ」

「そうかい? 強い奴が正しい――どこだって、そんなもんだろ?」

「うーむ」

 ゼンベルがあっけらかんと言うが、しかしドドムは考え込んだ。

「なんだ? 違うのかよ?」

「いや、そうなんじゃが……うむ。世の中には場合によりけり、という言葉があるんじゃよ。強いだけじゃどうしようもない時も、やはりあるんじゃないかのぅ。……わしはそう思うよ」

「そうかい」

 ゼンベルには理解出来ない話だ。いや、リザードマンの世界では、か。世の中は弱肉強食で、強い者が常に正しい。そういう世界で生きてきたゼンベル達リザードマンにとって、ドワーフのような高度文明の者達の考え方はあまり理解出来ない。

 だが、郷に入っては郷に従えとも言う。ゼンベルは、理解は出来なくともそういう考え方もあるのだと納得した。

「まあそんなことより、ほれ! 飲め飲め! 新たな友との出会いにの!」

 ドドムがそう言ってゼンベルに更に酒を振る舞う。周りのドワーフ達も口々に同意した。

「そうとも! まずは酒じゃ!」

「友と酒を飲むことで親友となる! それがわしらの教えじゃからの! 飲むんじゃゼンベル!」

「今夜は宴じゃ!」

「そうじゃ! 毎日宴じゃ!」

 ドワーフ達の大笑いを聞きながら、ゼンベルは苦笑し――酒の入った杯を掲げた。

「乾杯!」

 

        

 

「何故、生命というのは――例えそれが偽りであっても――他者より優れたモノになろうとするのか、貴方は考えたことがあるだろうか?」

 自らの質問に、目の前の男は首を横に振った。興味が無いとばかりに。

「私が思うに……それは、安心感を得たいからだと思う」

「安心?」

「そう。安心感だ。生きていれば必ず苦難は訪れる。その訪れた苦難を楽なものにしたい。辛い思いをしたくない。悲しい思いをしたくない。だから生命は、他者より優れたモノになろうとするのだ。……貴方にそうした思いは?」

「無いな。全く無い。そういう意味では、私は欠陥品なんだろう」

「なるほど……実に、強者らしい発言だ」

 男の感情の灯らない言葉は、まさに強者の発言であった。それを欠陥(・・)だと冷静に分析するところも含めて。

「私にはある。他者を蹴落としたいという思いが。苦痛から逃れたいと思う臆病さが。ああ、そうだ――私はずっと、絶対的な安心を得たかった」

 その言葉に、男が興味深そうに自分の瞳を見つめたことに気がついた。男の興味を引くために、更に言葉を続ける。

「私はずっと、恐ろしかった。他者が怖かった。だから強くなろうと思ったのだ。安心を得るために」

「ふむ」

「他者より先へ。他者より上へ。自らを脅かすものを恐れ、排除する。そうすることで安心を得られると、私は生まれてからずっと信じていた」

 そう、信じていたのだ。他者より秀でることこそが、より強い安心を得られるのだと確信していた。

 それは――なんて愚かしい、勘違いだったのだろう。

「私はその思いに突き動かされ、常に強者たらんとした。邪魔者を排除し、弱き者に傅かれることに私は至上の喜びを見出していたのだ。事実、私を敬う弱き者たちを目にした時、私はいつも口元が歪んだ。命乞いをする弱き者たちの言葉は、私をいつも強者であると認識させ、私の呼吸は荒れていた」

 だが――。

「だが、私はある日気がついてしまった。私を敬う弱き者たちを目にした時、私の口元が歪んでいた原因に。命乞いをする弱き者たちの言葉を聞く度に、私の呼吸が荒れる理由に」

 そこで言葉を一度切る。男は興味深そうに、瞳を見つめている。

「私は――そう、私は……」

 声が震えた。今から吐く言葉が、心底嫌で堪らない。

「私は――本当は羨んでいたのだ。敬られる度に、降りられないと思った。命乞いをされる度に、いつかそうなることを恐れた。私は、臆病だった。――誰よりも」

 それが本心だった。常に、心の奥底で思っていたことだった。

「安心感など一つも無い。私は、勝利する度に次に訪れる苦難に怯えていた。次など来なければいいと、心底願っていた。私は――」

 止まらない。言葉は止まらない。堰を切ったように、決壊した雪崩のように言葉が紡がれる。

「私は弱き者たちを羨んでいた。本当は、彼らのように跪いてしまいたかった。誰かを敬う生を羨み、命乞い出来るその誇りの低さを羨んだ」

 そう、ずっと羨ましかった。ずっと――本当は、ずっと。

「私は、この勝利から逃れたかった。弱き者たちと同じように、誰かに全てを預けてしまいたかった。私は彼らの生き方を強く羨望し、嫉妬し、憧れていた。私は――本当は、ずっと、彼らのような生き方をしたかったのだと、ある日気がついてしまった」

「――――」

「気がついてからは、地獄の日々だった。私は強き者でいられるほど、精神が強くなかった。強者で有り続けることが苦痛で、恐怖で、安心感などどこにもなかった。そう……この生き方のどこにも、安心感など存在しないことに気がついてしまった」

 だから、気がついてからは地獄のような日々だった。勝者でいることが恐ろしくて堪らない。しかし敗北することは出来ない。敗北によって得られる無様な死さえ、自分には恐ろしいものだったのだと知っていたから。

「私は――私は、絶対的な安心を得たい。この苦痛から逃れられるなら何でもしたい。だが、不幸なことにこのアゼルリシア山脈で、ラッパスレア山で、私よりも強き者はいなかった。空を舞うポイニクスも、溶岩の海を泳ぐラーアングラーも。フロスト・ジャイアントにあの白き竜王……どれも、私と同格なだけで、強き者ではない」

 そう、彼らと自分は対等だった。少なくとも、一対一であればどちらが勝つか分からない程度には、その力量差は縮まっていた。

 だから、まったく安心出来ない。

「私は安心したい。誰よりも、何よりも。支配するより、支配されることにこそ幸福があるのだと、私は気がついてしまった。そして――」

 目の前の男を見上げる。男は自分より身長が低かった。故に視線は下を向いていた。だが、心はひたすらに上を見上げていた。太陽を眺めるように。

「そして、私は貴方に出逢った。どうかこの瞬間に言わせて欲しい。私にとって、貴方こそが神だ。偉大なる死の支配者よ。どうか――どうか、私を支配して欲しい。私に、絶対的な安心を与えて欲しい。この恐怖から、どうか私を助けて欲しい。そのためならば、なんだってしよう。全て――そう、私の全てを! 貴方にこそ捧げたいのだ」

「ふむ――」

 男は切実な訴えを聞きながら、首を傾げて訊ねた。

「狭い世界しか知らないようだから言わせてもらうが。私と同格の存在なぞ、評議国にもいるぞ。いや、評議国以外にも、だ。安心が欲しいのなら、同じ種族である彼らに頼んだ方がいいのではないか?」

「酷なことを仰る――」

 男の言葉に苦笑した。そういうことが嫌で、煩わしいから目の前の男に平伏しているのだ。

「私が欲しいのは、絶対的な安心感だ。なるほど、確かに世界は広いのかもしれない。貴方より強い者がいるのかもしれない。だが――私が欲しいのは、安心感なのだ。分かるだろう、偉大なる死の支配者よ。私は、貴方に支配されたいのだ」

 そう。支配されたい。全てを握られたい。どうか自分を管理して欲しい。魂さえも全て。

「どうか、私の忠誠を受け取って欲しい」

 自らの発言の、誠実さを汲み取ったのか。あるいは話に飽きたのか。男は告げる。

「なら――私に渡すモノがあるだろう?」

「ああ――」

 その言葉に歓喜を覚え、目の前の男に渡さなければならないものを差し出す。躊躇いは無かった。そう、断じて躊躇しなかった。未練は無い。数百年の時を共にした心臓を、自らの爪で軽々と抉り、男に差し出す。

 血濡れの心臓は、びくびくと動いていた。歓喜に震えているようだった。

「さあ――偉大なる死の支配者よ。私の心臓を受け取って欲しい」

「許そう。――そういえば、お前の名は何て言ったんだったか……」

 男の質問に、歓喜に震える声で答える。声が震えているのは、死へと刻々と近づいているためだったのだろうが、それを自分は歓喜に震えているのだと断定した。それ以外の理由などあるものかと。

「私の、名は――」

 オリヴェル=ベーヴェルシュタム。ラッパスレア山の支配者、エインシャント・フレイム・ドラゴン。支配することに怯え、支配されることを羨み続けたドラゴンの恥晒し。

「では、オリヴェル――今から、お前は私の物だ」

「ああ――感謝します。我が主よ……」

 男の言葉に目を瞑る。次に目覚めた時は、きっと新しい自分になっているだろう。ただ支配されるだけの、つまらない何かに。

 

「――ああ、私だ。……うん? ……お前ら……いい加減〈伝言(メッセージ)〉に慣れたらどうだ? 私以外にここまで正確に〈伝言(メッセージ)〉を飛ばせる存在は、そうはいないぞ? ……はあ。分かった。君と私は六〇年前に出会い、そして名が変わった。これでいいか? ……ああ、うん。……かまわんとも。では本題に入るが……そうだ、少々預けたいものが出来てな。ドラゴンゾンビを一体、番犬? いや、番竜? まあ、門番にでもしておけ。名前はオリヴェル=ベーヴェルシュタムだったか? ……そうだ。〈転移門(ゲート)〉で今から送るから、後のことは任せる。私はまだアゼルリシア山脈でやることがあるから――そうだ。君らはドワーフのことは……知らないか。……いや、いい。こう、闇の中をランタンのか細い明かりで照らして進むような旅は、別に嫌いじゃない。むしろ好きな類だ。心躍るという奴だよ。……ではな」

 かつてエインシャント・フレイム・ドラゴンであった、ドラゴンゾンビの体躯の上に玉座のように君臨しながら、男は自らを崇拝する組織に連絡を入れた。

 ――そして、ラッパスレア山の地上の支配者はいなくなる。三大支配者の内の一角が消えたのだ。ただでさえ狂っていた生態系が、変動する縄張りによって余計に狂う。

 その結果がどうなるか――――今は、誰も知らない。

 

        

 

 ――ゼンベルがドワーフの都市フェオ・ライゾで世話になってから、三ヶ月の時が過ぎた。ドワーフの戦士達は身体能力ではゼンベルに劣るが、武器を操ることなどの技術力に長けており、ゼンベルは日に日にその技術力をゆっくりとだが身に着けていた。

「おーい! ゼンベルや!」

「あん?」

 そしてその日もゼンベルは暇なドワーフの戦士達と模擬戦を行っていたのだが、知り合ったドワーフのドドムが声をかけてきたのを見て、模擬戦を中断する。

「どうしたんだよ、今日は仕事だったんじゃないのか?」

 ドドムは魔法詠唱者(マジック・キャスター)であり、仕事はトンネルドクターだ。トンネルドクターは坑道の中を魔法の力で強固にし安全に補強したり、水脈やガス溜まりなどを調査することが仕事である。鉱石を掘り起こし、都市内部と坑道を連結しているドワーフの国では最重要職と言っても過言ではなく、ドドムの仕事はとても重要である。仕事中は四人ものドワーフの戦士が警護につくくらいに。

 そのトンネルドクターのドドムが、仕事もせずにゼンベルに話しかける。ゼンベルが不思議に思うのも無理はなかった。

 ゼンベルの疑問にドドムは苦笑しながら答えた。

「うむ。先程まで仕事をしていたんじゃがな、ちょいとばかり奇妙なことになっておるから仕事が一時中断したんじゃ」

「はあ? なんでまた?」

「どうも、坑道にモンスターが出現したらしくてのぅ。トンネルドクターは全員大事をとって避難じゃよ」

「またか」

 ドドムの言葉をゼンベルの横で聞いていたドワーフの戦士も、渋い顔をする。ここ最近、モンスターが頻繁に出没するようになっている。様々なモンスターが、移動を繰り返しているのだ。

 何があったか知らないが、そのため採掘が遅々として進まない。摂政会では地上に出て調査をしてはどうかという話もあるようだ。もしかすると、何らかの理由で縄張りが変動し、モンスター達が活性化している可能性があると。

 ただし――

「摂政会はやはり、まだ渋っておるのか?」

「聞いた話では総司令官が摂政会で地上の調査に出させてくれ、と言っておるらしいが……やはり難しいらしいぞ」

「兵士がいないからのぅ……。今のところどうにかなっておるし、それにクアゴアの件もある」

 クアゴアというのは、ドワーフ達の天敵だ。二本足で直立したモグラのような姿の亜人種で、一.五メートルほどの体躯を持つ。纏う毛皮は子供の頃に摂取した鉱石によって硬度が変わるため、鉱石を掘るドワーフ達としばしば殺し合いになるらしいということをゼンベルは聞いていた。

「地上にクアゴアは出んと思うが、しかし地上に出ると空から強襲される可能性もあるからの。さすがに探索に出るのは厳しいわい」

「しかしこうもモンスターが出没すると、早めに調査しないとまずいことにならんか?」

「分からん……問題は地上で起きたわけではないかも知れんしな」

 ドワーフ達の話を聞きながら、ゼンベルはふと漆黒の戦士を思い出す。モモンガは今どうしているのだろうか。ここではないもう一つのドワーフの都市、フェオ・ジュラの方に辿り着いたのだろうか。見つけられずに諦めて評議国に帰ったという可能性もある。

 そこまで考えて――ゼンベルはドワーフ達に思いついたことを口にした。

「なあ、じゃあ俺が地上の探索に行くのはどうだ? 見た目でアンタらよりは襲われにくいし、丈夫さが違うから長期間調査出来るぜ?」

 ゼンベルの言葉に、ドワーフ達は驚いて顔を見合わせ――頷く。

「そうじゃのう……ゼンベルなら問題無いかもしれんの」

「ああ、そうじゃな。総司令官に少し話をしてみるわ。しかしいいのかゼンベル?」

「かまわねぇよ。ちょっとした恩返しって奴だ」

 今まで世話になっているのだ。多少、肌を脱いでやってもかまうまい。

 その日の頻繁に出没するモンスターの件はこれで終わったが、数日後――ゼンベルはドワーフの総司令官に呼び出された。

「――お客人にこのような頼みごとをするのは、大変に心苦しいのだが」

 おそらく申し訳なさそうな表情を浮かべた総司令官が語るには、摂政会で本格的な探索の許可が下りることは無かったらしい。だが、ゼンベルと三人ほどのドワーフ兵を探索に出すことは許可が出たのだと言う。二人の戦士と一人の魔術師だ。

「人数に不満があるかもしれないが、これが精いっぱいだ。君の好意に甘えさせて欲しい」

 総司令官の頼みごとに、ゼンベルは頷いた。

「かまわねぇよ――あ、です」

「……敬語が苦手なんだろう? かまわんよ、いつもの口調で」

「そうかい? ならよかった。……別にかまわんぜ。むしろ一人でもいいくらいだ。どんくらい鍛えられたか知りてぇしな」

「そうか……すまない。恩に着る」

 総司令官に頭を下げられ、そしてゼンベルと共に探索に出るドワーフ兵を紹介された。ドワーフの兵士二人はよくゼンベルと模擬戦をする二人で、魔術師はドドム。つまりは顔見知りだ。

「いいのかよ? 俺に付き合って?」

 ゼンベルが訊ねると、三人はいつもと同じように大きな声で笑った。

「まあ、かまわんじゃろ!」

「そうじゃ! それにわしらの国のことじゃからな!」

「とりあえずは一週間ほど調べてみるとのことじゃ! よろしく頼むぞゼンベル!」

 気心が知れた仲だ。四人は幾人かのドワーフに見送られながら出発し、地上へ出る。出入り口である裂け目から出ると、視界に広がるのは岩だらけの山場だ。森林限界地であるため、木々が既に育たない地表になっている。

 ゼンベル達は警戒しながら、地上を探索して回る。朝陽が昇ったばかりの頃に出発し、日が暮れる頃には、既にゼンベル達は以前地上に出た時との違いを発見していた。

「なあ? これってよぉ……」

「ああ。そうじゃな……」

 日が暮れ、ちょっとした岩の裂け目に四人で隠れて会話する。ゼンベルの言葉を皮切りに、全員で頷いた。

「どうやら、地上の縄張りが完全に変わっちまっとるみたいじゃな」

 その通りだ。何があったか知らないが、モンスター達の縄張りが変わっている。以前は遭遇しなかったモンスターが、何故か縄張りの範囲を広げて出現するようになっているのだ。

「どうするよ? 一応、理由っぽいのは分かったけどよぉ……もうちょい調べておくか?」

「そうじゃな。何が原因で縄張りが変わったのかだけでも、調べておいた方がいいと思うぞ」

「じゃな。もしかしたら何か、変なものでも入り込んだのかもしれん」

「確かにの。縄張りが変わった理由は出来れば調べておきたいぞ」

「……変なもん」

 ゼンベルは「変なもの」と聞いて漆黒の戦士を思い出す。もしや、そんな馬鹿な。いや……あれだけ強いのなら、あんなに強いのなら。もしかすると……長時間同じ場所に居座られたら縄張りが変わってもおかしくないんじゃないか、と。

「……うん?」

 その時――全員が妙な物音を聞いた。急いで明かりを消し、身を隠す。そしてゼンベルが岩の裂け目からこっそり、外の様子を探る。

 ざっ、ざっ……まるで足音のような物音が聞こえた。どうやら何かが近くを通っているらしい。そのまま観察を続ける。

 しばらくすると――奇妙な、見たこともない存在が現れた。

(なんだ、ありゃ……)

 それは、夜の闇よりも濃い漆黒のローブを纏い、腕にはガントレット嵌め、仮面で顔を隠している何かだった。一目で、魔法詠唱者(マジック・キャスター)だと分かる姿をしている。そんな魔術師が夜の闇を平然と、歩いているのだ。

 仮面の魔術師は散歩をするような気軽さで、この恐ろしい夜の山を平然と歩く。仮面の魔術師はゼンベル達が身を隠す岩の裂け目を通り過ぎようとして――くるりと仮面がゼンベル達の方を振り向いた。

「――――ッ!!」

 目が合った(・・・・・)。仮面で見えないはずなのに、ゼンベルはそう感じ肌が粟立つ。咄嗟に身構えようとし、ゼンベルが身構えようとする姿を見てドワーフ達にも緊張が奔る。瞬間。

「なんだ、ゼンベルじゃないか。ドワーフの国は見つかったのか?」

「……あん?」

 平静そのものとも言える言葉がゼンベルに向かって放たれた。ゼンベルはその声の主が誰だったか思い出そうとして――あの、漆黒の戦士と似た声であることに気がついた。

「……おい、もしかして……モモンガ、か?」

 ゼンベルがそう訊ねると、仮面の魔術師は腕を組み、ゼンベルに向かって頷く。

「そうとも。――ああ? この格好か? ……俺の本分は魔法詠唱者(マジック・キャスター)だと言っただろう?」

 仮面の魔術師がそう語ると同時、何らかの魔法を唱え――仮面の魔術師は、かつてゼンベルが見た漆黒の戦士そのものの姿を取っていた。

「え? …………え?」

 刹那の内に見覚えのある姿になった仮面の魔術師――いや、漆黒の戦士に、ゼンベルはぽかんと口を開き――直後ゼンベルの叫び声が、夜の山を木霊した。

 

 

 


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