Die Zeit heilt alle Wunden《完結》   作:日々あとむ

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第二幕 蜥蜴人と山小人 其之六

 

『――で、俺としては中身(・・)が気になるんで、さっさと漁ってみたいんだが』

 頭の中に届いた言葉が、如何にもレアコレクターらしくて苦笑が浮かぶ。

「――気持ちは分かるけど、破られる気配はゼロだったんだろう?」

『ああ。〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)〉で見に行ったけど、あれは単なる爪とぎにされているな』

「じゃあ、必要無いよ。中身が破られるって言うなら、こっそり探して来て欲しいと思うけど」

『ふぅん……。まあ、お前の話を聞くかぎり、一番レアな奴でもしょぼそうな感じだけど』

 かつての旅の仲間が持っていた国宝のことだろう。友人にとっては魅力的なマジックアイテムでは無いが、現地産(・・・)という意味では興味を持っていたのを自分は知っている。

「まあ、そういうわけだからまだ放っておいていいよ」

『連中、くたばりそう(・・・・・・)だけどな。大丈夫かアイツら? 危機意識がヤバいくらい低くて、見てるこっちの方がハラハラしたぞ』

「うーん。そんなにヤバそうかい?」

 訊ねると、友人は断言した。

かなり(・・・)な。俺は野伏(レンジャー)じゃないんで、詳しくは分からないが……それでも、さすがにあの現状であの危機意識の低さはどうかと思ったぞ。近い内にモグラ共に皆殺しにされるんじゃないか?』

「それはなんと言うか……寝覚めの悪そうな話だね」

『まったくだ。……でも、メリット無いんだよなぁ』

「その様子じゃあ、彼らでも無理だったんだ?」

『ああ。鍛冶は得意だって聞いてたんだが……やっぱり、レベルキャップの低さかな問題は』

「れべるきゃっぷ……成長・才能限界という奴だね。君らの血が混ざると、吃驚するくらい変わるんだけど……」

『ああ、あの神人って奴か。俺からしてみれば、俺たちの血が混じってレベルキャップが低くなるとか勘弁して欲しいんだが……はっきり言って、こっちからしてみれば退化だぞ』

 耳が痛い話だ。こちらからしてみれば超進化を遂げているようなものだが、友人達からしてみれば退化以外の何物でもないのは間違いない。

「君が子孫を残せたらもっと色々出来ただろうけど」

無茶を言うな(・・・・・・)。そういうのは他の連中に期待しろ。――まあ、他の連中、こっちに来れるのか分からないが』

「すまないね。当時詳しい話をもっと聞けていればよかったんだけど。片方は不可侵で、もう片方は完全に敵対していたし」

『しかも三〇〇年前の奴はアイツ怒らせてぶっ殺されてたんだったか? 同胞としては、もうちょっとよく考えて行動して欲しいな、本当』

「君は慎重派過ぎるけどね。どうするんだい、私の部屋をこんな(・・・)にして」

 周囲を見回し、友人が必要だと言って置いてあるマジックアイテムの数々を確認する。本当に困ったものだ。

『何を言うかと思えば――まんざらでもない癖に(・・・・・・・・・・)

「――うん。ちょっと……いや、正直に言ってしまおうか。凄く嬉しい」

 これらを見ていると、自分の本能がとっても疼いていけない。腹の下に敷いて、ごろごろと寝そべりたくなる誘惑があるのだ。さすがにアレなので、せめてと友人が邪魔だからと置いていっている、彼の故郷の金貨の上に寝そべるが最高過ぎる。

『お前らの性癖って、困ったものだな本当に』

 デレデレとした気配を声から感じ取ったのか、呆れたような友人の声が頭に響く。誤魔化すように一度咳をして、話を元に戻した。

「――ところで、彼らでも無理そうだったってことは、君も何もせずに帰るのかい?」

『ああ。用は無いし。この山脈は粗方調べ尽くしたから、本気でもう来る意味が無いな。時々依頼にかこつけて、様子見するくらいで充分だ』

「その様子見も、君が頑張って詳しい地図を作ってくれたから君が行く必要は無さそうだけどね」

『そうだな。行方不明者が出たら俺が見に行く程度でいいだろうよ。……次はトブの大森林でも見て回るか』

「それも必要無さそうだけどね。何せ、ほら。私も見たことは無いけれど、あそこは厄介な竜王が棲み処にしているそうだし」

『そうなんだよなぁ……。ダークエルフの遺跡くらいしか、調べるもの無いんだよなぁ本当』

 しかも王国や帝国、それに法国の人間と遭遇する確率がぐんと上がる。帝国の冒険者なら、それほど面倒な事態は起きそうにないが――王国は貴族が面倒なことを言ってきそうだ。そして、別の意味で法国は面倒臭い。

「とりあえず、観光ついでにある程度調べるくらいでいいと思うよ。トブの大森林はダークエルフ以外は魔樹と竜王くらいしか特筆すべきものもないからね」

『魔樹ねぇ……二〇〇年前にお前の友人たちが遭遇した魔物だっけか? まあ、俺の出る幕は無さそうだが』

「そりゃあ君が出張るほどの事態になったら困るよ」

 友人が本気で戦わなくてはならないような相手なぞ、心底いて欲しくない。

「当時の彼らが勝てた強さだから、君じゃあ遭遇しても気づかないかもね。それよりは、あそこを棲み処にしている破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)って奴に気をつけておいた方がいいんじゃないかな。今は封印されているらしいけれど」

『竜王もピンキリ過ぎて、正直扱いに困るんだが。あそこにいた奴、クッソしょぼいぞ。トブの大森林の方も大丈夫か?』

「それは私に言われても困るよ……」

 困った声を出せば、友人の笑い声が響いた。からかっていただけらしい。

『じゃあ、子守りついでに帰ってくるから。土産話に期待していていいぞ。アイツらの迷子の理由、面白かったからな』

「へえ? それは期待して待っているよ」

 通信を切ろうとして――最後に、友人が訊ねた。

『おっと。一応訊ねておくが――なあ、ツアー。ドワーフたちはこのまま放っておいていいんだな?』

 友人の言葉に少し考えて――。

 

「うん、構わないよモモンガ。内政干渉はよく無いからね」

 

 巨大な俯瞰で物事を捉えるツアーは、あっさりとそう言い切った。

 

        

 

「少しの間ですが、お世話になりました」

「泊めてもらって悪いネ。俺たちもモモンガさんと一緒に帰るヨ」

 モモンガと冒険者達はゼンベルとドドムに、評議国へ帰ることを告げた。

「あん? もう帰るのか? 結局お願いはよかったのかよ?」

 ゼンベルはモモンガがドワーフの国を訪ねた理由を思い出し、訊ねる。モモンガは疲れたように答えた。

「ああ。そっちはもういい」

「ふぅん……。で、アンタらも帰るわけか」

「俺たちは依頼もあるからネ。依頼自体は終わっているけド、帰らないと依頼達成にならないかラ」

 依頼人をあまり待たせるものではない、とリザードマンは告げる。

「ゼンベルはまだここにいるのか?」

「ああ。俺はまだここで鍛えておくぜ。――正直、お前ら見てるとまだまだ先は長い気がするしな」

 強くなるために、ドワーフの国を探しアゼルリシア山脈を歩いて武者修行の旅に出た。その過程で、ゼンベルは圧倒的強者というものに出会ってしまった。

 あまりに遠過ぎてさっぱり分からないモモンガ。そして今、まるで巨大な城塞が目の前にいるかのような圧迫感を持つ冒険者チームのリーダーのリザードマン。

 自分は、彼らに遠く及ばない。分かっている。彼らはかつて敗れた、フロスト・ペインの持ち主よりも遥かに強いと。だから比べる必要なぞ無いのだと。

 それでも――強くなりたいという思いがある。フロスト・ペインの持ち主よりも。この目の前にいるリザードマンのオスよりも。強く。

 何故なら自分もまた――オスなのだから。夢を見て何が悪いというのか。夢さえ見られない生涯なんて御免だ。

 だからゼンベルは、もう少しこの山で自分を鍛え抜くことにした。

「そうかイ。先達として、君を応援するヨ」

 ゼンベルの気持ちが分かるのか。リザードマンはゼンベルに向かって手を差し出す。ゼンベルは、その手を力強く握った。互いに、勇気を分け与えるように。

「脳筋オス同士の友情の深め合いはどうでもいいとして、リーダー。なんかすっごい慌てた様子の人達がこっち来るけど」

「うン?」

 冒険者の一人が告げた言葉に、ゼンベル達はそちらを見る。すると、大荷物を抱えた集団が大慌てでこちらへやって来ていた。さすがに驚く。

「なんじゃ? ストーンネイル工房の奴らじゃないか」

 ドドムが呟いた言葉に、モモンガがげっそりした雰囲気で呟いた。

「うーん。連中、まだ諦めてなかったのか? いや、でもあの大荷物は……」

 全員で困惑していると、工匠であろうドワーフがモモンガの前に立った。息を切らしているので整えているようだ。

「どうしました? 一応、何度言われようと駄目ですよ」

「そうじゃないわい。分かっておるわ。そうじゃなくてじゃな――」

 息を整えながら、工匠は告げる。

「このストーンネイル工房は、評議国に引っ越すことにするぞ!」

 ――――。

 一瞬の静寂の後、全員が驚愕の叫び声を上げた。

「ほ、本気ですか? え? 本気で?」

「本気も本気じゃ! この国じゃ研究出来んと言うなら、引っ越せばいい……そうじゃろ!」

 既に国を移動する許可は取ってあると、工匠は意気込んで伝えた。どうやら、元から決めていたらしい。上層部との話し合いでも、もとよりルーン技術は廃れていくもの。ストーンネイル工房はルーン技術を扱う工房の中でもっとも力のある工房だが、それでも引っ越し先に与えても惜しくはないと判断したようだ。

「じゃから! わしはお主らについて行くぞ! 評議国で工房を開き、研究を続ける! あれを伝説からこの世に引き摺り落としてやるわい! ――お主も、評議国の住人ならあれを貸してくれても文句なかろう!」

「え、えぇー……」

 工匠の瞳には、力強さが宿っていた。きらきらと輝いていた。未来を信じていた。ゼンベルには、それが分かった。

 彼は――ストーンネイル工房の者達は本気で、生まれ育った国を捨ててまで、前へ進むのだと決めてしまっていたのだ。

 それが分かったのか、それとも実のところ興味なんて持っていなかったのか。ゼンベルには、分からない。ただ。

「――はぁ。なら、好きにすればいいのでは?」

 そう、モモンガは工匠達のことを肯定した。工匠達はモモンガの言葉を聞き、喜びを顕わにする。

「君たち、せっかくだから評議国まで護衛してやったらどうだ? それで迷子代はチャラにしてやるぞ?」

「迷子代チャラにしてくれるんです? やったー!」

 モモンガにそう言われた冒険者達は、諸手を挙げて喜んだ。どうやら遭難の救助代があったようで、それがこのドワーフ達の護衛で無料にしてもらえると聞いて喜んだのだろう。冒険者達はドワーフ達にそれぞれ自己紹介をしていき、ドワーフ達も世話になる相手に自己紹介をしていく。

「うーむ。何と言っていいのか分からんが……うむ。いや、職人として先へ進みたいという気持ちは分かるぞ。わしは職人じゃないがの」

 ドドムはそう告げ、工匠達に笑顔を見せた。

「じゃあな、マヌケ面ども! 元気で暮らせよ!」

「ふん! 貴様らこそな! ……いつか、わしの名をこの国まで轟かせてやるわい!」

 少し涙を浮かべて、互いに抱き合う。その別れの儀式の後に。

「元気でな」

「ああ」

 それが今生の別れになろうとも。彼らはそんなあっさりとした離別で、ドワーフの国を出て行った。そんな彼らをゼンベルはドドムと見送りながら――モモンガが、ふとゼンベルへ振り返る。

「ゼンベル」

「あん? ――――っと」

 モモンガが、ゼンベルに向かって何か投げてきた。ゼンベルは反射的にそれを掴み、受け取る。

「記念だ。やろう。……山登りにはそういうのを持つのが基本だぞ?」

 ではな。モモンガは最後にそう言うと、彼らを追って去って行った。

 

        

 

 ――――夢を見ていた。懐かしい、武者修行の旅をしていた頃の夢だ。

「…………んぁ」

 ゼンベルは寝そべっていた体を起こし、欠伸を一つする。少し爪で目元を擦った後、立ち上がった。

「っ、おー……」

 体を伸ばすと、バキバキと音がする。リザードマンは基本的に眠りが浅い。しかし、久しぶりにかなり深く寝入っていた気がする。この体のだるさは間違いなく、眠り過ぎによる弊害だろう。

 全身の筋肉を動かしてほぐしたゼンベルは、家から出て階段を下りる。太陽が眩しい。

 家から出てきたゼンベルを見た他のリザードマンがゼンベルへ声をかける。

「族長、おはようございます」

「おう、おはようさん」

 ゼンベルが挨拶を返したのを聞いた後、「では失礼します」と言ってリザードマンは去って行く。何か仕事があるのだろう。

 ……ゼンベルは、ドワーフの国を出てアゼルリシア山脈を下り、自らの故郷であるトブの大森林のリザードマンの集落へと帰って来ていた。武者修行の旅を始めたのは、旅人になりこの集落を出て行ったのは、既に四年も前のことになる。

 この集落に……自らの故郷である、“竜牙(ドラゴン・タスク)”族に帰って来てからも、色々あったとゼンベルは空を見上げながら思い出す。

 例えば、部族に帰ってきてから族長選抜の戦いを余裕で勝ち抜き、族長になってしまったり。

 例えば、主食の魚が獲れず、不漁が続き――他の五部族が戦争になり、二部族ほど消滅したりだとか。

 そして――部族としての形が取れなくなってしまった二部族を、ゼンベルは受け入れた。何故なら、ゼンベル達はそれほど不漁に困っていなかったのだ。

 当然、魚は満足な量を獲ることが出来なくなった。喧嘩が無かったとは言わない。しかし――“竜牙(ドラゴン・タスク)”には、他の部族と違ってあるマジックアイテムがあったのだ。

 それが、『酒の大壷』と呼ばれるリザードマンの部族に伝わる四至宝の一つである。これは酒が尽きぬほどに湧き出て来て、腹を満たしてくれるのだ。

 更に言えば、他の部族と違い力こそが全てという信条を掲げる“竜牙(ドラゴン・タスク)”は、魚を巡って殺し合いをする道ではなく、まったく違う道を選んでいた。もともと、他の部族と交流が無い“竜牙(ドラゴン・タスク)”は、他の部族と戦争になると連合を組まれて数の差で負けてしまう危険性が高かった。

 フロスト・ペインの持ち主であろうと、負けてしまったように。

 そのため、ゼンベル達が選んだのは同族同士での殺し合いではなく――湿地を離れて、陸地に出て陸上生物を狩ることだった。

 リザードマンは雑食性だ。魚が主食ではあるが、別に木の実や果実、動物の血肉が食べられないわけではない。ただ、苦手なだけで。――そう、苦手なだけなのだ。

 故に、ゼンベルは族長として平然と、空を見上げてその日の天気を呟くように、部族の者達に告げたのだ。森の中で、狩りをしようと。

 当然、陸地に出れば危険度は跳ね上がった。湿地に棲んでいるのは自分達が暮らしやすいからだけではない。陸地のモンスターは、リザードマンにとって強敵なのだ。

 だが、ゼンベルは告げた。そんな諸々を無視し、森に入り、動物を、モンスターを狩ってそれを食べる、と。

 異論はきっとあっただろう。だが、“竜牙(ドラゴン・タスク)”は強さこそが全て。圧倒的強者であり族長であるゼンベルが決めたのだから、それが“竜牙(ドラゴン・タスク)”の決定だ。

 そして、彼らは何とかなってしまった。何とかしてしまった。陸地での狩りを成功させ、それらの血肉を食らい、平然と生き残ったのだ。

 同族同士、殺し合うこともなく。もしくは――ひっそりと、罪を犯して生き延びてしまった一族と同じこともせず。“竜牙(ドラゴン・タスク)”はあの絶望的大飢饉の年を、正面から突破したのである。

 勿論、この部族以外にこの方法を取れる部族はいないだろう。陸地で狩りをする危険性を無視する勇気、アルコールでストレスを緩和する方法、強さこそが全てという単純な精神構造――この全てが揃って、ようやくゼンベル達と同じ方法が取れるのだ。

 主食が食えぬなら、他の物を主食として生きていく。これはゼンベルが、アゼルリシア山脈で旅をする上で学んだことだ。いや、たぶん――きっと、この考えは当たり前のことなんだろうとゼンベルは今では思う。

 あの山には、ゼンベルでは勝てないモンスターがいる。どこかの国には、ゼンベルが足元にも及ばない強者達がいる。そう、この世にはゼンベルでは想像も出来ない強者がいるのだ。ゼンベルはそれを知ってしまった。

 だから――ゼンベルは自らの部族を抱えて、知恵を絞りながら生きていく。この世には自分達ではどうにも出来ない存在がいるのだ。そんな相手と戦って勝たなくては主食が食べられないと言うのなら、そんなものは欲しくない。生きていくことこそが重要だ。

 環境の変化とは突然起きるものではない。もしそれが起きた時、何らかの原因があるのだとゼンベルはそれをアゼルリシア山脈で学んだのだ。

 強大な炎竜が縄張りを放棄して、ラッパスレア山が大混乱に陥ったように。

 だからゼンベルは、この故郷を捨てて別の場所へ避難することさえ考えていた。陸地で狩りをするという決定は、部族の者達に食べ慣れない物を食べなくてはならない経験を積ませようとしたからだ。いつか――いつか、湿地から出て行くことになっても、やっていけるように。

 あの時は何とかなった。部族が減り、リザードマンの全体数が減り、魚が行き渡るようになった。でもそれは、本当は何も解決していないだけなんじゃないかと――今のゼンベルは頭の片隅で考えてしまう。

 昔は、夢を見るだけでよかった。前を見て進むだけでよかったのだ。

 でも、今のゼンベルにそれは出来ない。何故なら、ゼンベルは族長なのだ。部族の皆を背負う義務がある。責任がある。これを捨てることは出来ない。捨てたくない。

 だから――ゼンベルはフロスト・ペインの持ち主が死んだと聞いても、決してこの集落を離れなかった。例え、胸にぽっかりと穴が開いたように、空虚な思いが到来したとしても。

 だから――ゼンベルは新しいフロスト・ペインの持ち主に戦いを挑みにも行かなかった。決してこの集落を離れなかった。例え、その新たな持ち主が旅人になり、いずこかへと去ってしまったと聞いても。

 それでも、ゼンベルはここにいる。部族の者達と生きていくのだ。これからも。

「まぁ、それでも――夢は捨てられずにいるんだけどよ」

 自分の胸元を見る。そこには、小さな鳥の翼を象ったネックレスがあった。かつて、モモンガが山登りの必須アイテムだと言って去り際にゼンベルに渡してきたアイテムだ。

 このマジックアイテムに、ゼンベルは幾度か助けられた。崖から落ちそうになった時だとか、空から強襲してきたハルピュイアなどに捕まって、空に放り出された時だとか。

 その度に、この空を飛ぶことが出来るアイテムに助けられたものだ。確かに、山登りの必須アイテムだとゼンベルは納得したものである。

 そして、自分の家にはドワーフがくれた槍がある。使えないからいらないと言ったのだが、出会いの記念だと言われたら受け取らないわけにもいかない。

 ――そうだ。夢は捨てられない。これからも、ゼンベルはこのリザードマン最強の戦士になりたいという夢を捨てられないまま、部族の皆と共に生きていく。

 重荷などではない。ゼンベルは、この責任を好んで背負ったのだ。族長選抜の戦いの時、知っていて族長の道を選んだ。この不自由さを抱えながら生きていこう、と。

 ゼンベルは――どこまで行っても、一人で生きていけるほどの孤独に耐えられないと知っていたから。

「さて、今日も頑張って族長の仕事をやりますかね」

 ゼンベルは目を細めて太陽を見上げて――呟いた。今日も一日、変わり映えのない日々を目指して。

 

 

 


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