Die Zeit heilt alle Wunden《完結》   作:日々あとむ

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幕間 万能なる薬草を求めて

 

 リ・エスティーゼ王国。それは総人口九〇〇万とも言われる大国であり、生活圏は二四〇〇〇平方キロにも及び、単純な国土としてはもっと広いだろうと言われている。

 帝国やローブル聖王国、評議国と同じく二〇〇年前の魔神と十三英雄の戦いの後に出来た国家であり、アゼルリシア山脈とトブの大森林の西側に位置する国だ。立地的に、もっとも魔物の侵略に怯えなくてよい平和な国だと言っていい。

 しかし、その平和なはずの国は、まさに太陽の沈みゆく黄昏も同然の有様を見せていた。

 

「――――それで組合長、ご用件はなんでしょうか?」

 王国の首都、王都リ・エスティーゼ。その王都を活動拠点とするアダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”の一人は、冒険者組合の組合長にある日呼び出された。“蒼の薔薇”のリーダーである、神官のラキュース・アルベイン・デイル・アインドラは呼び出された組合長室で紅茶を受け取り、少しの世間話を終えた後で用件を促す。

 元ミスリル級冒険者であった女性の組合長は、ラキュースに促された後も少し言い淀み、それから口を開く。

「実は、トブの大森林に向かって欲しいの」

「トブの大森林、ですか?」

「ええ。そこに、特殊な薬草が生える場所があるんだけれど――」

 組合長が言うには、どんな病も癒す特殊な薬草が生えている場所がトブの大森林奥地に存在し、その薬草を入手してきて欲しいとのことだ。依頼主は、秘密。

 かつてはヴェスチャー・クリフ・ディー・ローファンが率いるアダマンタイト級冒険者チームが、ミスリル級冒険者チームを二つ連れて三〇年前に達成した依頼であり、今度は“蒼の薔薇”にお鉢が回って来たということである。

「ごめんなさい。本来は、貴方たちにも他のチームを寄越すべきだと思うんだけれど……今は難しくて」

「いえ、組合長。そんな顔をしないでください。分かってますから」

 組合長の申し訳なさそうな顔で下げる頭を見て、ラキュースは慌てて顔を上げるように告げる。かつての冒険者チームのように合同チームで当たるべき任務で、ラキュース達に別チームの援護を加えるのが難しいという理由が現在存在する。

 それは、まだ記憶に新しい大事件だ。おそらく、あの事件はこの王国で延々と語り継がれるだろう。あの“ズーラーノーン”の高弟が起こしたエ・ランテルの事件は。

 エ・ランテルはその事件のせいで今もアンデッド達の巣窟であり、生存者は誰もいないという見解が出されている。現在はエ・ペスペルやエ・レエブルなどの周囲の都市が冒険者チームを何度も派遣し、アンデッドの掃討に尽力しているが未だ解決の目処は立たない。エ・ランテルは未だ死の螺旋から抜け出せないのだ。

 そして、王都の方でも更に重要な問題が起こっている。戦士長ガゼフ・ストロノーフの暗殺事件だ。

 ……勿論、表向きは全く違う。エ・ランテル付近の王国国境で目撃されているという帝国騎士達の発見と討伐に赴き、そのまま帰らぬ人に――行方不明になったという話である。

 だが、多少の知恵がある者は皆気づいている。彼はきっと、貴族達に暗殺されたに違いないと。

 戦士長とその部下達が複数行方不明になったことで、ガゼフの率いていた戦士団は解体されることになった。その後、王がめっきり老け込んだというのもラキュースは友人から聞いている。

 そんな不安定な状況のために、冒険者組合もおいそれと人数を割くことが出来ないでいるのだ。

 だが、“蒼の薔薇”は危険な任務であろうと単独でこなせるだけの実力がある。ましてや、ラキュースは知らないがこの依頼は急がなくてはならない理由も存在した。そのため、“蒼の薔薇”に白羽の矢が立ったのである。

「私たちに任せてください組合長!」

 胸を張るラキュースに、組合長はほっとしたように微笑んでその依頼を“蒼の薔薇”に任せた。

 ……そして依頼内容の細部を確認した後に冒険者組合を出たラキュースは、急いで自分達が拠点にしている王都の最上級の宿、冒険者達の集まる宿泊施設へと向かった。宿泊施設に到着した後は、酒場兼食堂になっている場所へ向かう。店の一番奥の丸テーブルに、他の四人が集まっていた。

 大柄な、巨石のような印象を受ける筋肉の塊のような女性の戦士ガガーラン。

 スラリとした肢体を全身にぴったりと密着するような服で身を包み、同じ顔をした双子――本当は三つ子だが――の女忍者ティアとティナ。

 そしてチームの中でもっとも小柄でありながら一番年上の、仮面をつけ、漆黒のローブで全身を覆っている女魔法詠唱者(マジック・キャスター)イビルアイ。

 その四人がそれぞれ、椅子に座り同じテーブルを囲んで思い思いに時間を過ごしている。最初にラキュースに気づいたのは勿論、盗賊系や野伏(レンジャー)系の技能を修得しているティアとティナだ。

「鬼リーダー、お帰り」

「鬼ボス、お帰り」

 二人の呼び方にラキュースは頬を膨らませるが、いつものことなので誰も気にしない。何度訂正しても治らないからだ。

「おうラキュース。組合長は何て?」

 ラキュースが彼女達の傍まで近寄って立ち止まるのを見てから、ガガーランが首を傾げる。ラキュースは先程組合長に依頼された任務を四人に告げた。

「トブの大森林までお使いよ。とある薬草を手に入れて欲しいんですって。まずはエ・レエブル領へ行って、そこからトブの大森林の北に向かうわ。すぐに出発するわよ」

「トブの大森林か……厄介なモンスターが多いが、まあ大丈夫だろう」

 イビルアイの言葉に、誰も文句は出ない。本来ならばもっと慎重にいくべきなのだろうが、しかしイビルアイはこのメンバーの中でも突出した力の持ち主だ。断言するが、イビルアイと本気で殺し合いをすればラキュース達四人は四対一の状況下であろうと、為す術なく殺されるだろう。それほどに、力の差が歴然としているのだ。

 本来、そんなバランスの悪いパーティーを組むなどありえないし、そもそもそれだけの力の持ち主が王国の冒険者をしているというのもおかしな話なのだが――彼女達は気にしない。伊達に長年の付き合いではないのだ。

 そのイビルアイがいるからこそ、大丈夫だと確信が持てる。本気のイビルアイが勝てない存在なぞ、この世にはほとんど存在しないのだということをラキュース達は知っているのだから。

 ――そう、だから彼女達は安心して、しかしそれでも注意しながら彼の人外魔境を数日かけて渡ったのだ。

 油断も慢心もしなかった。彼女達“蒼の薔薇”は順調に、何日もかけて目的地へと進んだ。

 だが――

「……なにこれ」

 そうして苦労して辿り着いた目的地は、状況が一変していた。

「おいおい、どういうことだこりゃあ?」

「全部枯れてる」

「ぺんぺん草も生えてない」

 目的地であろう場所へ辿り着いた時、そこには何も無かったのだ。本当に、何一つ。ただひたすらに荒れ果てた荒野が広がるだけの、朽ち果てた場所。ここにかつて万能な薬草が生えていたとは誰も思わないだろう。

「ふむ。道を間違えたか?」

 イビルアイの呟く言葉には説得力があったが、しかしこの周囲の木々は枯れ、地面は荒れているのだ。何があったのかさっぱり分からないが、多少の場所の差異があったとしても誤差は少ないように思えた。

 そもそも、特殊な薬草の採取出来る場所の周囲で、こんな異常事態に遭遇したのだ。何かあったと見る方がいいだろう。

「少し周囲を探索しましょう。何か分かるかも」

 ラキュースの言葉に頷き、ティアとティナが周囲の地面を見て回る。ラキュースやガガーラン、イビルアイは探索技能に優れていないので、何かあった時のために武器を抜いてすぐ行動出来るようにした。

 ある程度の時間、周囲を探索して回ったティアとティナはラキュース達のもとへ戻って来る。

「……正直、よく分からない。何か巨大な長細いのが何百メートルも這ったような跡が、複数ある」

「戦闘があったにしては、さすがに規模が大き過ぎる。まるでドラゴンでも暴れたみたい」

 ティアとティナの言葉に、イビルアイが「ふむ」と頷いた。

「もしかすると、本当にドラゴンが暴れたのかも知れんぞ」

「どういうことだよイビルアイ」

 ガガーランが首を傾げると、イビルアイがラキュース達にトブの大森林の秘密を教えてくれた。

「実はな、このトブの大森林には竜王(ドラゴンロード)が一体棲みついているという噂が昔あったんだ。この噂が本当だったとすると、暴れたのはソイツの可能性もある」

竜王(ドラゴンロード)……」

 ラキュースは思わず、喘ぐ様に呟いた。というより、全員イビルアイの言葉に顔色が変わっている。ただのドラゴンならばイビルアイでもどうにかなるが、竜王(ドラゴンロード)は数少ない、イビルアイでも勝利が難しい相手だ。

「その竜王(ドラゴンロード)が戦っていたんだとしたら、一体何と戦っていたのかしら……?」

「さぁな。……もしかすると、法国の特殊部隊とやり合ったのかもしれん」

 一番可能性が高いのは、確かにその可能性だろう。法国は亜人や異形種を目の敵にしており、その絶滅を誓っているのだ。実際、その重大な(・・・)任務中であろう秘密部隊と遭遇し、戦った経験が“蒼の薔薇”にはある。

「――――」

 会話していると、ティアとティナが同時に、こっそりと指を動かした。ハンドサインだ。意味は――付近に気配有り。

 瞬間、全員が一瞬緊張する。再度のハンドサインを確認した後、互いにこっそりと目配せを行い、それぞれの役割をこなす。

「とりあえず、もう一度調べましょう。私はこっちを調べるわ」

 ラキュースの言葉に、全員が了解の意を示す。互いが互いの姿を確認出来る位置にいながら、バラバラに探索する――ふりをする。ただ一人を除いて。

 少しした後――

「――わきゃ!」

「――ドライアードか」

 不可視化し、隠れて近寄っていた者を蹴り倒してイビルアイが現れた。イビルアイはこっそり魔法を使って不可視化し、枯れていない木々の合間を渡ってティアとティナのハンドサインで示された、何者かが潜んでいた場所へ向かったのだ。

 小柄なはずのイビルアイによって蹴り出され、木々から姿を現したのは一体の女性の姿に酷似したドライアードだった。ラキュース達はそのドライアードを取り囲む。ドライアードはおろおろとラキュース達を見回した。

「手荒な真似をしてごめんなさい。私たちに何か用かしら?」

 ラキュースは意識的に優しく声色を変えてそのドライアードに訊ねる。ドライアードはおろおろしていたが、ラキュースに促されて口を開いた。

「いや、別に何か用事があったわけじゃないんだけど……。ただ、前に来てくれた人たちが来てくれたのかなって」

「? 前に来てくれた人たち?」

「うん。若い人間が三人と、大きい人が一人、年寄りの人間が一人と、羽の生えた人が一人、あとドワーフの人だよ。たくさん太陽が昇った頃に来た七人組さ」

「…………」

 互いに目配せし合う。かつて、前に来た人間達と言えばローファンが率いる冒険者チームだ。ただし、ミスリル級冒険者チームもいたために、七人組なはずがない。

 ラキュースはイビルアイを見る。イビルアイはその七人組に覚えがあるのか、頷いた。

「ああ、その七人組なら知っているぞ。ただ、もう寿命で何人か死んでいるがな」

「え? そうなの? ……うーん、まあ、いいかな。昔約束してくれたんだけど、もう必要なくなっちゃったっていうことを言いたかっただけだし」

「約束? 何を約束していたんだよ?」

 ガガーランの言葉に、ドライアードは昔の約束について語った。

「えっと。世界を滅ぼせる魔樹を倒してくれるって約束をしていたんだ。でも、少し太陽が昇った頃に来た人が、倒しちゃったからもう必要なくなっちゃった」

「世界を滅ぼせる魔樹だと?」

「うん。ザイトルクワエって言ってたかな。そいつが時折枝分かれさせた奴を暴れさせてたんだけど、前にその七人組の人たちがやっつけてくれたんだ。で、いつかアイツの本体が復活したら自分たちが倒してやるって言ってくれてたんだけど……その。……真っ黒なローブと仮面を着けた人が、その魔樹の本体をぱっぱっぱーってやっつけちゃった」

「……はあ?」

 噂の七人組が頑張って分裂体相手に成し遂げたことを、たった一人で本体相手に成し遂げた存在。そんな存在がいるのかと首を傾げざるをえなかった。何故なら、イビルアイが覚えがあるという七人組は、きっととっても強かったに違いないからだ。自分達よりも。

「仮面に黒いローブ、なぁ……。一応、知っている奴のような気もするが……」

「そうなのイビルアイ?」

「うーむ……。私も、何分()については数回会っただけの、顔見知り程度だ。友人の友人という、かなり曖昧な関係でな。……仮面に漆黒のローブという、魔法詠唱者(マジック・キャスター)然とした姿の時もあれば、確か全身を漆黒の全身鎧(フル・プレート)で覆っている戦士然とした姿の時もある。あまり話したこともなくて詳しく知らん。確か、あの婆も私と似たようなものだと思うぞ」

魔法詠唱者(マジック・キャスター)に戦士ぃ? なんだそりゃ? 魔法戦士でもやってんのか?」

「いや、聞いた話によると本業は魔法詠唱者(マジック・キャスター)で、戦士業は趣味なんだとか。評議国のアダマンタイト級冒険者で、一人で成体のドラゴンも倒せる実力を持つから私と同程度には強いと思うぞ」

「一人でドラゴンを……」

 一人で成体のドラゴンを討伐出来るなど、それだけで英雄級だ。そんな存在なら、確かにこのドライアードの言ったことを出来るかもしれない。

「そんな人なら納得」

「で、その人がどうにかしてくれたからもういいって言いたかった?」

「うん。その人にもお礼が言いたかったんだけど、さっさと面倒そうにどっか行っちゃったから、お礼を言いそびれてさ」

 ティアとティナの言葉に、ドライアードが言葉を続ける。

「それで、君はその人と知り合いみたいだし……もしよかったら、今度お礼を言っておいてくれないかい? 私の本体が近くにあったから、アイツを倒してくれて助かったありがとうって」

「かまわんぞ。今度会ったら、お前の代わりに礼を言っておいてやろう」

「ありがとう」

 イビルアイの言葉に、ドライアードは笑顔を浮かべる。話をしている内にこのドライアードはこの付近に詳しそうなので、ラキュースは気になっていたことを訊ねてみた。

「ねえ、ところでちょっといいかしら?」

「なんだい?」

「この辺りにどんな病気も治せる薬草が生えているって聞いていたんだけれど、心当たりはないかしら?」

「あー……」

 ラキュースがそう言うと、ドライアードは心当たりがあるのか表情を変え、けれど言い辛そうに口をもごもごと動かした。

「おい、何か知っているのか?」

 ガガーランがドライアードの体を小突くと、ドライアードは口をもごもごと動かしながら、ぽつりと呟いた。

「えっと、その……それ、もう無いよ」

「…………え?」

 ドライアードの言葉に呆然とする。

「ど、どうして?」

「どうしてって……そりゃ、うん。その薬草、魔樹に生えてた奴だと思うし。その魔樹、黒い人が爆発させちゃったし」

 まごまごと体を揺らしながら語られた言葉に、ラキュース達は悲鳴を上げた。

「ちょ……! そ、それ……!」

「絶句。これは完璧に」

「任務達成不可能」

「あー! マジかよ! もう存在しねぇとか!?」

「ふむ……参ったな」

 それぞれの悲鳴に、ドライアードは申し訳なさそうな顔をする。

「えっと……必要だったのかい? ごめんね、他にも幾つかの薬草は知ってるけど……あの魔樹に生えてた奴くらい強力な薬草は、私も知らないかな……」

「いや……かまわん。不幸な事故だったと思って諦めるしかあるまい。すまなかったな、もういいぞ」

 イビルアイが手で払ってドライアードを追い払う。ドライアードは「それじゃあ、ばいばい」と言ってこの場から去って行った。後には荒れ果てた荒野と、途方に暮れた“蒼の薔薇”だけが残される。

「……どうしましょう」

 ラキュースは呆然と呟いた。まさか、薬草が魔物に生えていた物で、そしてその魔物が既に討伐されており薬草が手に入らないなどという状況なぞ、想定しているはずもなかった。

「ありのまま告げに王都に帰るしかあるまい。後は冒険者組合が事の真偽を確かめるために評議国に便りを出すだろうさ。……つまり、評議国からの返答次第だな」

「その人、評議国の組合に報告してるかな?」

「分からん。もしかすると、組合には報告していないかもしれん。その場合はあっちの組合が本人に確認を取るだろう」

「――つまり、やっぱり評議国からの返答待ち」

「そういうことだ」

 イビルアイとティアとティナの会話に、ガガーランは面倒臭そうに声を荒げる。

「あークソ! っつうか何で評議国の冒険者がふらっとこんな所にいるんだよ……。こういうの、マジ困るぜ」

「同じ国同士ならまだしも、別の国とは最低限しか連携を取っていないからな。こういうこともある。まして評議国は亜人たちの国だ。王国とはほとんど関係を築いていないのだから、仕方あるまいよ」

 それぞれ帰宅準備を整え始めるが、ラキュースはイビルアイにふと気になって訊ねた。

「ねえ、イビルアイ。その評議国の冒険者の人……なんて名前なの?」

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)でありながら、戦士もこなすアダマンタイト級冒険者。その人物の名前をラキュースは知りたかった。ラキュースは英雄の冒険譚が大好きだからだ。

 イビルアイはラキュースの言葉に、一言呟くように返す。

「――確か、モモンガという名前だったよ」

 

 

 




 
申し訳ありませんが諸事情により一ヶ月ほど更新停止します。
更新再開はおそらく五月くらいからとなります。
 

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