Die Zeit heilt alle Wunden《完結》 作:日々あとむ
コキュートスからの連絡を受けたナザリックのNPCたち……代表のデミウルゴスとアウラは、最速でコキュートスと合流した。
「コキュートス、間違いないのですね?」
デミウルゴスの言葉に、コキュートスは頷く。その辺りは間違うはずがないのだが、それでも訊きたくなるほどに信じられないのだ。このような夢のような状況はあるだろうか。
「本当なの? あたしたちと同じ所属の気配がするドラゴンゾンビって! そいつ、御方々のこと何か知ってるかな!?」
「落ち着きなさい、アウラ」
今にも駆け出しそうなアウラをデミウルゴスは止める。
「私たちは代表として、ここにいるのです。あまり落ち着きのない行動は弁えるように」
「あ、ごめんデミウルゴス。……そうだよね、マーレだって本当は来たかったんだと思うし」
「ええ。ですが来たい者を集めるとナザリックが空になりますからね。そのような事態は避けなければなりません。だからこそ、私とアウラがコキュートスと共に向かうと決めたんでしょう」
「うん。……でも」
アウラはコキュートスとデミウルゴスを見比べる。
「ねぇ。コキュートスにどうして襲いかかったのかな? 仲間なのに」
「……考えられることは幾つかあります。まず、そのドラゴンゾンビが特定の指令しか受け取っていないために、融通が利かなかったこと。あるいはドラゴンゾンビの主人が、私たちとここで遭遇することを想定していなかったために、ドラゴンゾンビに私たちの情報を与えていなかったことです」
もう一つの可能性……自分たちが用済みであったためという理由は、あまりに恐ろしい考えなので除外する。コキュートスやアウラに言って、二人を不安がらせることもないだろう。この可能性は自分とアルベドだけが胸に秘めておけばいい。
「だからこそ、例のドラゴンゾンビを飼っているアンデッドたちの魔術師団と接触しなくてはなりません。もしかすると……」
その魔術師団は、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の
言外の言葉を悟った二人は、興奮気味に頷く。デミウルゴスはアウラとコキュートスに再び、落ち着くように告げると配下たちにここで待っているように告げ、三人だけで歩を進めた。配下たちは置いていくが、ナザリックではニグレドの力を使い他の者たちが自分たちを観察していることだろう。
三人は魔術師団のアジトを目指した。
デミウルゴス、アウラ、コキュートスはいざ魔術師団のアジトの入り口に辿り着いた時、驚く。例のドラゴンゾンビの横に、エルダーリッチが立っているのだ。
「……どうやら、我らに御用がお有りのようですね。はじめまして、奇妙なお客様方。何の御用でしょうか? このオリヴェルめは、我らが偉大なる死の支配者に預けていただいた門番。あの御方のペットであるので、出来れば傷をつけないでいただきたいのですが」
「……話が早くて助かるね」
エルダーリッチの言葉に、デミウルゴスは頷くと告げた。
「我らはギルド『アインズ・ウール・ゴウン』たる至高の御方々に創造されたシモベです。私はデミウルゴス、彼女はアウラ・ベラ・フィオーラ。彼はコキュートス。ナザリック地下大墳墓より来ました。その偉大なる死の支配者なる人物について、お聞きしたいことがあります」
「…………」
無言で先を促すエルダーリッチに、少しばかりプライドを刺激されるが今は無視する。自分たちの力関係は、どちらが上なのか分かっていないのだ。単純な力の差という意味ではなく。
「その御方の名は――もしや、モモンガ様と名乗られておりませんでしたか?」
「……なるほど。その名の御方は、
「ええ、その通りです。種族はアンデッドであるはずですが……」
「なるほど。なるほど……であれば、我らは同士と見るべきなのでしょうか?」
エルダーリッチは呟くと、デミウルゴスたちに向けて申し訳なさそうな気配を滲ませる。
「申し訳ありませんが、モモンガ様は神出鬼没の御方です。滅多なことでは、ここには来られません。更に、我々の実力では、どこにおられるかも分からないモモンガ様へと〈
「そうですか……いえ、情報提供を感謝いたします。もしモモンガ様が訪れになりましたら、ナザリックの者が『ヘルヘイム』より移動してしまったということをお伝えください。この世界にいると」
デミウルゴスの伝言に、エルダーリッチは困惑の表情を見せた。何か、よく分からない言葉を言われた。そう言外に告げているが、デミウルゴスの方こそエルダーリッチの困惑が分からない。
……そう、互いに情報が足りないのだ。互いが互いで、知っていることに齟齬があり、勘違いがあるから致命的なところがずれている。
「……モモンガ様には伝えておきましょう。貴方の名はデミウルゴス、でしたか?」
「ええ、感謝します。私どもの用事は、以上です」
デミウルゴスはエルダーリッチに感謝を告げ、踵を返す。黙って二人の様子を見守っていたアウラとコキュートスも促して、谷から離れた。エルダーリッチはオリヴェルという名のドラゴンゾンビと共にそんな三人の姿を見送る。
そして彼らのアジトから離れた後、アウラが口を開いた。
「デミウルゴス、あの程度の奴なら支配の呪言を使って無理矢理聞いたらいいじゃん」
「それは悪手ですよ、アウラ。彼らの立ち位置がどの程度の位置なのか、私たちには分かっていないのです。レベルが上だからとそうやって無理に聞き出せば、後でモモンガ様のお耳に入った時に失望されるかもしれません」
「……私たちより、大事にされているってこと?」
暗い声色で訊ねたアウラに、デミウルゴスは首を横に振る。
「いえ、そういう意味ではなく。……彼らは魔法の研究をしている魔術師団なのですよね? モモンガ様が、何らかの魔法の研究をさせている可能性があります。彼らを威圧することによって、モモンガ様の研究に何か手違いを起こさせたくはないでしょう?」
「うー……確かに、モモンガ様に迷惑はかけたくないかな」
「そういうことです。この程度の情報で十分でしょう。後は再びモモンガ様が連中を訪れた時に、ナザリックか私たちの名を出せばモモンガ様にも私たちの現状は伝わります。あのエルダーリッチからは私たちのような気配は感じませんでしたが、それでもかまいません。あのオリヴェルとやらからは間違いなく、ナザリックのシモベのような気配がします。モモンガ様謹製のアンデッドならば、モモンガ様にあのオリヴェルから情報が伝わるでしょう」
例えアレがモモンガが作ったアンデッドでなくともかまわない。主従として、互いに意識が多少は繋がっている。エルダーリッチが何も言わなくとも、再び主人が会いに行った時にオリヴェルから情報が伝わるだろう。そのために、わざわざ入口で、オリヴェルがいる横で話をしたのだ。
「シカシ、デミウルゴスヨ。コノ世界ニモ至高ノ御方々ノ手ガ伸ビテイルトナルト……」
「ええ、そうですねコキュートス。これからは更に慎重に行動しなくては……。知らぬ内に、至高の御方々の持ち物を我らが破壊していた……と、なるかもしれません。さすがに法国には何の手も入っていないと思いますが……」
あまりに、『アインズ・ウール・ゴウン』の思想と違い過ぎる。異形種を、亜人種を徹底的に排除する法国はむしろ敵対者と見るべきだ。だから、シャルティアの件で皆殺しにした連中は違うと思うが……。油断は出来ない。これからは、更に注意して行動を起こさなくては。
そう決めて。そしてアゼルリシア山脈最後の領域の支配は取り止める。あれは至高の御方々の持ち物である確率が高い。手は出さない方がいい。そのように決定したデミウルゴスの脳裏に――。
「――――なに?」
誰もがこちらを注視して監視が疎かになったこの瞬間、自らの配下である悪魔――三つ首の悪魔が敗れたという情報をデミウルゴスは受け取ったのだった。
「……本当に、教えてよかったのか神の情報を」
「ん?」
アジトの奥へ帰還したエルダーリッチに、仲間の声がかかる。オリヴェルよりも強い気配を感じ取り、オリヴェルを殺されないために話し合いをするため入口で待っていた彼女は、仲間の不安を一蹴する。
「かまわないでしょう。御方が普段おられる御国については、何も言っていませんし」
「それだ。何故、連中はモモンガ様が普段おられる国のことを知らぬのだ? 御方の御作りになられたオリヴェルは、何やらどうやってか知ったようだが」
「そこが、私もよく分からないのですよね……」
彼女も、仲間と同じでその辺りは分からない。モモンガ本人に訊ねれば何か分かるかも知れないが、評議国にいる時のモモンガには、接触しないようにしている。モモンガ本人からも、評議国にいる時の接触は禁止されていた。評議国にいる時は冒険者としてのスタンスを崩さないようにしているらしく、自分たちのことを表沙汰にしたくはないらしい。
……まさか、組織の名前が恥ずかしいからという理由などとは、彼女たちはさっぱり分からない。
「連中、なんだか『ヘルヘイム』だとかよく分からないことを言ってしましたし、モモンガ様が再びこちらにおられた際に訊ねればいいでしょう。御方は定期的にここに研究成果を調べに来られるのですから」
「そうだな……全て、御方の御心に従えばよいか」
「その通りです。我らが偉大なる死の神の命じるままに、我らは存在すればよろしい。今となっては、それが我らの存在意義」
よって、この話は終わりだ。互いにそう納得し、彼女たちは再び魔法の研究に没頭するために、アジトの奥へと潜っていった。
●
「…………」
モモンガは、枯れ木の悪魔――
「お、お許しください至高の御方よ……。全ては、私の不足のなすところ。如何様にも、罪を償います……」
全てを吐き出したクラウンは、罪の意識に苛まれながらモモンガからの裁定を待っている。クラウンはモモンガが自らに下す決定を、座して受け入れるつもりだ。それ以外方法は無い。勿論、自分の命如きで許されるなぞ欠片も思わないが差し出せるものは殆どありはしない。
「……確認するが、お前はナザリック地下大墳墓から来たんだな?」
「その通りです、至高の御方。私どもはそこで御方々から生み出され、呼び出されたモノ。我らのあらゆるモノは、全て御方々のためにあります」
クラウンはそう告げると、震えた声でモモンガに訴えた。
「お許しください、モモンガ様! どうか、どうか私の命だけで! 私が悪いのです! 同胞たちの……デミウルゴス様方は悪くないのです!」
必死に、クラウンはモモンガに訴える。モモンガの知り合いだという命を二つ摘み取った罪は、クラウンだけのもの。他の誰も関係は無いのだと。だからどうか、ナザリックの者たちに失望し、永久にナザリックを去るのだけは許して欲しい。
もはや、ナザリックにはモモンガ以外の至高の四十一人は存在しないのだから。モモンガに仕えることだけが、この御方に全てを捧げることだけが彼らの全て。
モモンガに捨てられてしまったら……自分たちは、一体どこに行けばいいのか。何のために存在すればいいのか。
「――――」
クラウンのその言葉を聞いて、モモンガは――笑った。笑うしかなかった。
「ふ……ふふ……はは……」
「…………」
モモンガの笑い声を聞きながら、クラウンは必死に頭を下げる。だから、ひたりと置かれた手に思わず顔を上げようとして――
「なんだ。結局、お前ら……自分が一番大事なんだな」
似た者同士だな、俺たちは。
そう呟かれた言葉に思わず顔を上げようとして、クラウンは……それさえ出来ずに永遠の眠りについた。
「…………忠義を尽くすことが存在意義で、そのためには俺にいて欲しいだって? それはつまり、要は自分のためじゃないか。断じて、俺のためなんかじゃない。なるほど。相応しい言葉だよ。ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の系譜に相応しい言葉だ」
モモンガは呟き、脳裏の思い出に思いをはせる。かつて、この異世界で遭遇したプレイヤーとの思い出を。
「あぁ……俺たちはどいつもこいつも似た者同士だった。お前の言葉は正しい、ぱらのいあ。……本当に、お前の気持ちを痛感する。俺も、お前と同じ気持ちだ」
これからも、ずっとこんな気持ちで生きていくんだろう。ぱらのいあと名乗ったプレイヤーと同じように。
「ふふ……ふはは……あははははは……」
モモンガは、自嘲の笑いを止められない。ひとしきり自分を笑った後は、モモンガは立ち上がって首を二つ手に取った。
「さて……イビルアイとアインドラを蘇生させた後は、シャルティアのことを解決してやるとするか……」