Die Zeit heilt alle Wunden《完結》   作:日々あとむ

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幕間 Interview with the Overlord 其之一

 

「まあ、かけてくれたまえ」

 漆黒の戦士に促されて、仮面の槍遣いは「失礼します」と頭を下げて目の前の席へ腰かけた。

 仮面の槍遣い……法国の特殊部隊漆黒聖典の隊長を務める彼は、目の前の漆黒の戦士……評議国のアダマンタイト級冒険者モモンガをじっと観察する。

 モモンガと漆黒聖典が遭遇したのは、ほんの偶然だった。モモンガはエリュエンティウで取り引き……ユグドラシルという神の世界の金貨を、砂漠の浮遊都市の者たちと何らかのアイテムを代価に交換しているらしく、十年に一度だけ訪れているのだとか。もっとも、今回のモモンガは別の用事でエリュエンティウを訪れていたようだが。

 そして漆黒聖典の作戦区域内に、帰りがけのモモンガが通りかかったのがこの遭遇の真相だ。モモンガは転移魔法を使用出来るので、滅多なことでは居場所を掴めない。評議国に行けば少し待つだけで会えるのだろうが、あの白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)の膝元で会おうとは思わない。

 だから、今回の遭遇は僥倖だった。思えば、もっと前から接触しておきたかったのだが、法国はひたすらに縁が無かったのだ、モモンガとは。この、ぷれいやーである神の一人とは。

 近くの町の酒場……それも個室を借りて二人は向かい合う。同僚も話したそうにしていたが、あまり失礼なことを訊くわけにはいかない。そのため、彼は必要最低限のことだけを訊ねることに決めていた。

「さて……私としても、あまり友人と友好的でない相手と会話するのは好まない。しかし、一度は法国の者たちと話してみたいとは思っていました」

 モモンガはそう告げ、彼をじっと見つめる。

「では、改めて名乗りましょう。私の名はモモンガ。ユグドラシルのプレイヤーの一人であり、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』に所属し、そこでギルド長を務めていた者です」

「ご丁寧にありがとうございます、モモンガ様。私は訳有って名乗れませんが、漆黒聖典で隊長を務める第一席次です。第一席次、とそうお呼びください」

「ふむ。……ギルドの名に覚えは?」

「申し訳ございません。こちらで伝わっている御方々の逸話の中には、登場しておりません」

「あぁ、やはり……。ツアーの知る過去のプレイヤーの持ち物から、私のギルドではまあ私以外が転移するとは思っていませんでした。……これでも、昔は期待していたものですが」

 モモンガは「何か飲みますか?」と訊ねるが、彼は首を横に振った。彼は実のところ、まだ法国で言うところの二十歳以下の未成年なのである。酒は嗜まない。勿論、モモンガが飲む分には構わないが。

 そう告げるが、しかしモモンガは苦笑したようだった。

「いえ、私も結構ですよ。何せ、お宅のスルシャーナと同じ異形種なので。飲食は不要です」

「そうですか。スルシャーナ様の名に覚えは?」

「申し訳ありませんが、聞いたことは無いですね。何せ、プレイヤーと言っても何万人もいましたから。余程の有名人でないと、分かりませんよ。まあ、そもそもこちらで名乗っていた名前とそちらで名乗っていた名前が、一緒だとはかぎらないので」

「そうですか……」

 少しだけ、落胆する。スルシャーナと同じ種族というからには、モモンガもアンデッドなのだろう。もし知り合いであったなら、法国にとっても喜ばしい立場を取ってくれるのではないかと期待出来たから。

 だが、モモンガは評議国の住人という立場を崩す気は無いようだ。もっとも、自分たち人類を積極的に害する気も無さそうな雰囲気だが。

「さて……今回の目的ですが、私の話を聞きたいのでしょう?」

 モモンガが告げた言葉に、彼は少し迷ったが肯定した。そう、モモンガは一体これからどうするつもりなのか。かつて、何をなしていたのか。これから、何をなすのか。法国は、それを知りたかった。味方でないのなら、ぷれいやーは要警戒対象だ。

「ちょうどよかった。どうぞ、私の過去の話をお聞きください。実は私も、少しばかり記憶を整理したいと思っていたところです。ツアーには語ったことがあるのですが、プレイヤーを知る者として、法国の方もどうぞお聞きになられたらいいでしょう。……私が、一〇〇年前にこの異世界に転移してからの話を」

 モモンガは静かに、とうとうと語り始めた。

 

        

 

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』は四十一人の異形種プレイヤーからなる、異形種の少数ギルドだ。しかしユグドラシルではかなり悪名高いギルドで、周囲からは嫌われ者の扱いを受けていた。

 もっとも、ユグドラシルでは異形種は元々嫌われていたのだが。かつては、異形種狩りというのも流行ったほどに。異形種を一定数PKすればなれるクラスがかなり強力だったこともあり、異形種はどこにいても狩られる対象であった頃もある。

 モモンガがこのギルドに入ったのは……そもそも、まだギルドではなくクラン『ナインズ・オウン・ゴール』という名であった頃だった。最初の九人。まだ、モモンガがギルド長ではなく、たっち・みーという別のプレイヤーがリーダーを務めていた。

 そこから、モモンガたちは仲間を増やしていった。辞めてしまった仲間もいた。しかし、モモンガたちは旅を続け、ギルドとなり、モモンガがギルド長となって更に多くの冒険をこなしてきた。

 もっとも、その最後は儚いものであったのだが。

「――『沙羅双樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらわす』。誰かが歌った句ですが、真理だと思いますよ。私たちのギルドも例外ではなかった。ユグドラシルに数多あるギルドの中でも、上位ギルドとして君臨したことがある私たちですが、しかし時の流れには勝てなかった」

 時間の流れとは残酷であるもので、どれほど栄華を誇ったギルドだろうと……最後には、衰退するのが定めだ。モモンガのギルドも例外ではなく、四十一人から一人、また一人とギルドを抜ける者が後を絶たなかった。

 仕方のない話だ。モモンガたちはユグドラシルの中だけで生きていたわけではない。本当は、ちゃんとした居場所があり、ユグドラシルのことは儚い夢のようなものであったのだから。

「……うん? えぇ、そうです。私たちには本来いるべき居場所があった。そこがどれほど苦痛でも、そこから逃げることは許されない。そんな現実があったんですよ。今でこそ超越者として君臨していますが、私たちの誰もが、ユグドラシルから離れれば搾取されるだけの弱者だった」

 一人、また一人と抜けていくメンバー。最後に残ったのはモモンガただ一人。その果てに……モモンガは、おそらくは他の残っていたプレイヤーたちも、この異世界へと辿り着いた。

「最初は、結構楽しみましたよ。期待もしていました。私はアンデッドでしたからね。ユグドラシルからこちらに転移してきた時点で、精神が異形種へと変質しましたが……私は、その変異にそれほど苦労しなかったプレイヤーです。他の人間種や亜人種……飲食が必要な種族のプレイヤーは、苦労したんじゃないでしょうか? 知的生命体を食べる行為に」

 モモンガはアンデッドであるために、精神の変異がスマートに終わった。感情は抑制され、あまりに強い感情は沈静される。そのため、適度に世界を楽しむことが出来たのだ。喜びも楽しみも抑圧される代わりに、痛みも苦しみも抑圧される。この文字通り、弱肉強食の異世界ではその変異は便利以外の何物でもなかった。

 最初に遭遇したのは、ツアーという大きなドラゴン。ツアーは、右も左も分からぬモモンガにこの異世界についての多くのことを語ってくれた。

 この異世界の仕組み。一〇〇年ごとに転移するプレイヤーの、奇妙な共通点。かつてプレイヤーが犯してきた、多くの伝説を。

 その話を聞いたモモンガは、まず拠点を確保するためにツアーの提案を受け入れて、評議国で冒険者になることにした。幸い、ツアーのお墨付きがあったためにモモンガは怯えられながらも、アンデッドでありながらも、冒険者として受け入れられた。

 その後の活躍は、ひたすらに噂通りだ。

 モモンガは一人きりのチームであったが、ツアーに助言を貰いながらも熱心に請け負った依頼をこなした。評議国の住人を傷つけることもしなかった。人間種と違い、亜人種や異形種はシンプルな物の考え方をする。

「そのおかげか、十年も経つ頃には完全に受け入れてもらえましたね。魔力系で、第五位階魔法が使えると言っていたので、少しスヴェリアーの奴がしつこかったんですが、まあそれも楽しい思い出です。……本人に言ったことはありませんが」

 モモンガは完全に評議国に受け入れられた。なので、十年が経過する頃から冒険者としては余程のことがない限り活動しなくなった。モモンガが活動すれば、その分他の者の仕事がなくなるからだ。飲食不要のアンデッドであるモモンガは、とりわけ生活に必要な物が最低限――もはや無いに等しい。暇な時はツアーのもとで過ごしていたこともあって、モモンガの仕事は緊急時以外に無くなった。

「その頃からですね。評議国以外を旅するようになったのは」

 ツアーから、転移するプレイヤーの奇妙な共通点を聞いていたモモンガは、自分のギルドでは自分以外は当てはまらないと気づいていたが、しかしツアーも転移条件に確信を持っているわけではない。そのため、モモンガは諦めきれずにいた。

「もしかすると、他の皆もこちらの世界に来ているんじゃないか――そう思う心が止められなかった。その頃にはツアーとの仲も完全に良好で、親身になってくれたこともあってギルドメンバーと同じような親愛も感じていたんですが、それでも諦められなかった。……おそらくは、アンデッドに精神が変質して、強い影響が残ったのはここ(・・)でしょう」

 モモンガは仲間のことを忘れられなかった。ギルドメンバーが大切だった。だからこそ、もしかしたと思う気持ちを止められず、旅に出ることにしたのだ。

 もっとも、評議国の外というのは、辟易するような世界であったが。

「当時は王国は勿論、帝国もそれほどまともではありませんでしたからね。いつの世も、権力者というのは腐っていくのが常なのか、あまり長居したいとは思いませんでした。おそらく、他のプレイヤーもあまり長居したがらないだろうと思いまして、もっと大陸の奥の方へ旅に出てみたんですよ」

 アゼルリシア山脈で遭遇した、奇妙なアンデッドの集団もいた。王国を通り、山脈を通り、帝国を通り、都市国家連合や、竜王国。そして法国に聖王国。まともなのは法国だけで、竜王国や聖王国は常に亜人種の脅威に晒されている。

 このような国家では、異形種であるプレイヤーが受け入れられるはずもない。法国の理念もまた、同様だ。あまり異形種プレイヤーとしては歓迎されない理念だろう。勿論、深部まで到達すれば法国はプレイヤーを歓迎してくれただろうが、当時ツアーからあまりいい噂を聞いていなかったモモンガには、法国を訪れる理由は無かった。外から見るだけに留めたのである。

 エルフたちの国を越え、大陸の中央へと向かっていく。人間種の国よりは、異形種プレイヤーがいる場所は亜人種の国の方があり得るだろう。幸い、大陸の端にあった評議国はそうやって虱潰しをするのに都合がよかった。

 そして――

「私は、あるトロールの国の辺境の地で、一人の亜人種プレイヤーに遭遇したのです」

 それは、モモンガと同じ時間軸で転移してきたプレイヤー。そのプレイヤーは、とても変わったプレイヤーだった。モモンガをして、変わっていると言わざるをえないプレイヤーであったのだ。

「彼の名は、ぱらのいあ。元の世界に帰りたがっている、とても奇特な精神の、トロールのプレイヤーでした」

 辺境の地で遭遇したそのプレイヤーもまた、モモンガと同じく異世界を旅するプレイヤー。しかし決定的に違ったことは、ぱらのいあは元の世界へ戻る方法を求めていたプレイヤーであり、他の数多のプレイヤーと異なる精神力を有していたことだろう。

「そこから、私と彼は共に旅をすることになったのです――」

 

        

 

「これから、よろしくお願いしますねモモンガさん。いやぁ……まさか、あのDQNギルドの代名詞『アインズ・ウール・ゴウン』のギルド長と一緒に旅をする仲になるとは思いませんでした」

 トロールの姿のプレイヤー、ぱらのいあは朗らかに笑ってそう告げる。モモンガはそんなぱらのいあに苦笑した。

「私も、異形種や亜人種、人間種の縛りをこえて他のプレイヤーと旅をすることになるとは思いませんでしたよ」

 モモンガたちは悪い意味で有名人だった。特にモモンガは最後まで残ったプレイヤーなので、ギルドの維持費を稼いでいる時は他のプレイヤーに怯えながら、ひっそりと出稼ぎをしていたものだ。もし他のプレイヤーに見つかれば、袋叩き必須であったのだから。

「まあ、こんな異世界です。プレイヤー同士仲良くしましょう」

「ですね」

 ぱらのいあは神器級(ゴッズ)アイテムを一つも持たない、一般的プレイヤーだ。更に、転移する寸前まで死にながらあるダンジョンの最奥部をソロでクリアするために行動していたと言うのだから、レベルまでかなりダウンして転移してしまった。旅をするのも不安で仕方無かったのだとか。

「一〇〇レベルの後衛が仲間になってくれるとか、助かります。俺は前衛職なので。六〇レベルだと不安で不安で……」

 ぱらのいあの気持ちも分かる。もし自分もレベルダウンをしていたら、不安でしょうがなかっただろう。何せ、この異世界はユグドラシルのシステムが見え隠れしているのだから。

「そうですね。私の初期位置の評議国なんかには、一〇〇レベルプレイヤーにも勝てるようなドラゴンがいましたよ。おそらく、六〇レベル程度なら探せば見つかるでしょうね」

「うっわ! マジですか!? 本当、モモンガさんに会えて助かりました……」

「いえいえ」

 お礼を言うぱらのいあを止めて、二人揃って先程まで会話していた場所から歩き出す。

「そういえば、モモンガさん。この異世界から元の世界に帰る方法って、知ってます?」

 ぱらのいあの言葉に、モモンガは首を横に振った。

「いいえ、まったく。他にも大昔に何人かプレイヤーが転移してきてますが、元の世界に帰ったプレイヤーの話は聞いたことがありません。評議国のツアー……先程の、一〇〇レベルに勝てるドラゴンですが。彼も昔から生きているそうですが、元の世界に帰還したプレイヤーは知らないみたいです」

 最初に、この異世界の説明を受ける時にツアーはモモンガにそう教えてくれた。申し訳なさそうな雰囲気だったが、モモンガは特に気にしなかった。どの道、元の世界に未練は無いのだ。特に還りたいとは思わない。

「そうですか……。そのツアーさんが知らないとなると、結構困りますね」

「還りたいんですか?」

 モモンガはぱらのいあを驚愕の視線で見つめる。それほどまでに、ぱらのいあの言葉はプレイヤーにとって驚きに値する言葉だったのだ。

 何せ、元の世界――ユグドラシルではなく現実は、地獄のような世界だからだ。そこにはひたすらに無力な自分がいて、ただ搾取されるだけの人生がある。その人生の続きを行いたいかと問われれば、大抵のプレイヤーは断じて「否」と答えるだろう。モモンガとて、家族が生きていれば何が何でも還りたいと思っただろうが、独り身である今の自分は、還りたいとは思わない。

「ええ、俺は還りたい。変な奴だと思われるでしょうが、それでも俺は元の世界に還りたい」

「――――」

 その、強さを感じる言葉に。モモンガは同じプレイヤーとして頷いた。

「ええ、分かりました。協力しましょう。私は特に還りたいとは思いませんが、かと言って還りたいと思うプレイヤーを邪魔しようとは思いません。それに、私は寿命の無い異形種プレイヤーです。時間は無限に近い」

 モモンガの言葉を聞いたぱらのいあは、涙さえ滲ませてモモンガに頭を下げた。

「あ……ありがとうございます、モモンガさん! 俺の我が儘を、手伝ってくれて! 本当に――本当に、ありがとう!!」

 モモンガの手を握り、何度も頭を下げるぱらのいあにモモンガは優しく答えた。

「いいえ、いいんですよ。先程も言った通り、私には時間がありますから。……とりあえず、この国から北部に向かう評議国までの間には、プレイヤーの伝説は残っていても還る方法は聞きませんでした」

「そうなんですか……じゃあ、ここからどんどん南下した方がいいんですかね?」

「でしょうね。ツアーの話だと、ツアーと同じく長生きしているドラゴンが何体かいるそうなので、彼らに話を聞くのもいいんじゃないでしょうか?」

「なるほど……すみません、ありがとうございます」

 そして、モモンガとぱらのいあは手を取り合って、元の世界へ戻る方法を探し始めた。ひたすらに、必死に。様々な国を見て回って。

 人間種の地位を必死に向上させるために戦った、アステリオスという名のプレイヤーがいたミノタウロスの国があった。

 ビーストマンの国が、トロールの国が。様々な亜人種や異形種の国が存在した。

 常闇の竜王(ディープダークネス・ドラゴンロード)。かつてプレイヤーを完殺した、最強のドラゴンロードの内の一体のもとを訪ねたこともある。

 そのドラゴンロードから、とんでもない変態だが頭がいいというドラゴンロード。七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)の話も聞いた。

 そこから、二人の目的地はそのドラゴンロードのもとへ辿り着くことになった。彼が知らなければ誰も知らないんじゃないか。そう告げた常闇の竜王(ディープダークネス・ドラゴンロード)の言葉を信じたのだ。ツアーに〈伝言(メッセージ)〉で、彼の話は本当か訊ねてみるとツアーからも太鼓判を押されたからだ。

 そうして、二人は旅を続けた。大陸の中央にある、とある山の頂上にいるというドラゴンロードの姿を。

 そして――二人は遂に、そのドラゴンロードと出会った。出会って、しまったのだ――。

 残酷な、現実を知るために。

 

 

 


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