Die Zeit heilt alle Wunden《完結》   作:日々あとむ

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幕間 Interview with the Overlord 其之二

 

 モモンガは、ぱらのいあに何と声をかけたらいいのか分からなかった。

 ここはある亜人種の国の領土。その森近くの丘の上でぱらのいあは膝に頭を埋めて、ひたすらに絶望に耐えていた。

 遂に出会えた七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)。その博識なる彼からもたらされた情報とは――「ぷれいやーが元の世界へ還る方法は知らない」という、冷たい現実だったのだ。

 信じられず、くってかかるぱらのいあにドラゴンロードは申し訳なさそうにしながら、還る方法は無いだろうことを告げた。告げられたぱらのいあの絶望は酷いもので、しばらくは自暴自棄であった。

 もはやぱらのいあは旅を続けられる状態ではない。モモンガはぱらのいあを連れて、トロールの国へと向かった。憔悴する彼をトロールたちは優しく迎え入れ、モモンガの旅は一人に戻ったのだ。

 

        

 

「――ぱらのいあとの旅は十年ほど続けました。こちらに来てから、およそ二十年の月日が経過した計算になります。私は一人きりに戻った後、再びギルドメンバーの誰かが来ていないか探す旅に戻ったのです」

 その過程で、モモンガは砂漠の浮遊都市に辿り着いた。そこは八欲王の拠点であった場所。プレイヤーであったモモンガは警戒されたが、同時にツアーの名前を出すことで受け入れられもした。ツアーは、十三英雄として活躍した時期がある。その時に十三英雄のプレイヤーと共に、彼らと会話の機会があったのだ。そもそも、ツアーは八欲王の持つギルド武器を預かっている。

「私も二十年以上の時間、この異世界で暮らしてきましたから。持っている消費アイテムが心許無くなってきたんですよね。ポーションなんかは自分では使わないので、気にする必要は無かったんですが……何分、巻物(スクロール)の在庫が減っていました。彼らの中に巻物(スクロール)を製作する能力がある者がいたので、彼に頼み込んだんです」

 その対価は、ユグドラシルの金貨。ギルド拠点を維持するのは金がかかる。しかしエクスチェンジボックスによって得られるユグドラシル金貨は、この異世界のアイテムを査定しても微々たるものだ。だが、ギルド拠点を持たないプレイヤーにとってはユグドラシル金貨は重い荷物にしかならない。経済が完全に破壊されてしまうので、この異世界で金貨を使用するわけにはいかなかったのだ。

 だからこそ、彼らはユグドラシル金貨を求めた。ギルド維持費をもっとも便利に稼ぐ方法は、プレイヤーから金貨を貰うことだ。幸い、モモンガはユグドラシル金貨を必要としない、ギルド拠点を持たないプレイヤーだった。モモンガは快く、その交換に応じることにした。

巻物(スクロール)の材料であるドラゴンハイドなんかは、ちょっとツアーに頭を下げて頼みました。ツアーも皮を剥がされるのは少し嫌だったみたいですが、回復も出来ますし少しならということで、私はツアーから材料を受け取りました。ツアーは今でも時々嫌そうな顔をしていたなぁ……」

 とは言っても、ツアーの巨体なら多少剥がされても問題にならない。色々とモモンガに恩を感じてもいたツアーは、モモンガの頼み事に協力した。

 十年に一度。モモンガは八欲王たちのNPCと物々交換を行う。そう約束をしてモモンガは再び旅へ戻った。

「――そして、私がこの異世界に来て三十年ほど経った頃でしょうか。再び、私はぱらのいあと会ったんです。……いえ、ぱらのいあが私を追って来たと言えばよいでしょうか?」

 

        

 

「ぱらのいあさん!」

「モモンガさん……久しぶりです」

 大陸中央より少しばかり離れた山脈を旅していたモモンガは、自らを追って来たらしいぱらのいあに驚愕した。

 ぱらのいあはあの頃とは打って変わった雰囲気で、なんとも言えない雰囲気だ。妙に達観したというか、諦観を滲ませているというか……やる気というものが、欠片も感じられない。

 おそらく……この十年の月日で、彼は元の世界に還れないということにある種の悟りを得たのだろう。諦観を抱き、今の自分に納得したのだ。それが悲しいと言えば、悲しかった。

「十年も俺の旅に付き合わせてしまいましたからね。これからは、寿命で身体が動かなくなるまでは、貴方の旅に付き合おうと思いまして。精々七〇レベルの前衛ですが、それでもわざわざ召喚するより便利でしょう?」

「そんな……ゆっくりあの国で過ごしていた方がいいんじゃないですか?」

 モモンガがそう言うと、ぱらのいあは頬を掻いて、申し訳なさそうに告げた。

「実はと言うと……せめて、元の世界の話が出来る人がいてくれた方が嬉しくて。トロールたちの食事も、どうにも俺には馴染めなくてですね……うん。あの口だけの賢者が生涯二度と口にしなかったっていう気持ちが、俺も分かると言うか……」

「ああ……彼らがもてなしてくれるのは分かりますけど、元人間の私たちにはちょっとキツいですよね……」

 モモンガは精神がアンデッド……異形種と化しているために、それほど困った覚えはない。だが、亜人種のプレイヤーはこちらでの食事に心底困り果てているようだった。

 何せ、この異世界でもてなすための豪勢な食事と言えば、人間の胎児やら赤ん坊やら、子供の姿作りであったりするからだ。彼らは好意でプレイヤーに振る舞ってくれているのだろうが、本当は人間であるプレイヤーにとって、その食事は地獄絵図以外の何物でもない。口にする勇気は、中々出なかった。知的生命体を胃の中に収めるという、完全に人間性を捨てる勇気は。

 だから、食事の必要がなく、食欲を感じたこともないモモンガには無縁の悩みであったが、多少の理解は示すことが出来る。ぱらのいあの気持ちは分からないが、彼が苦痛だと思うのならそれを助けてやろうと思った。

「それじゃあ……私の旅に協力してくれますか? とは言っても、世界中を見て回るだけなんですけどね」

 モモンガがそう告げると、ぱらのいあは笑顔で頷いた。

「いいですね! 未知の世界の冒険譚! 昔のユグドラシルを思い出しますよ!」

「そうでしょう! じゃあ、未知を探して回りましょう!」

 本来はギルドメンバーを探す旅であったが、しかしそれを告げるのは憚られた。ぱらのいあには傷がある。ならば、そういったものには触れないのが社会人としての礼儀だ。それに、未知の世界を旅して回るという目的も、別段嘘をついているわけではない。

 モモンガとぱらのいあは共に、様々な場所を見て回った。妖精たちが棲む生命の泉。水晶で出来た王城。真水の海上に浮かぶ巨大都市と夢見るままに眠るプレイヤー。

 そうして、再び十年の歳月が経過した。その頃には、モモンガとぱらのいあは割と親しい友人同士のような関係を築いており、冗談を言い合える仲にもなっていた。

 ……勿論、モモンガは何度かツアーのもとへと転移魔法で帰って、旅の経過を幾度も話していたのでツアーとの仲もより深いものに変わっていた。ぱらのいあとツアーなら、ツアーの方が仲が良かったと言える。

 奇妙な話だが、ユグドラシルプレイヤーと話すよりは、この異世界の生物と話す方が心の内を曝け出す気になれるのだ。プレイヤーとは、どうにも熱を共有出来ない。プレイヤーの方がユグドラシルの思い出も共有出来るし、現実での辟易するような社会の愚痴も言える。なのに何故か、プレイヤーには中々心の内を明かせなかった。

 その理由。無意識で出していた結論。モモンガの――鈴木悟という人間の本性。そうした、無意識に目を背けていた現実を、モモンガはある日唐突に突きつけられることになる。

 

 ――それは、モモンガが心を許し始めたある日のこと。既にこの異世界に来て四十年の月日が経過していた、ぱらのいあとも三十年の付き合いになったある日のことだった。

 モモンガは、その頃にようやく……ぱらのいあにこの旅の目的を語ったのだ。

 最初の切っ掛けはなんであったか、今でも思い出せない。きっと、何でもない、日常の会話だった。そこから話が発展して、ふと……ぱらのいあに真実を告げる気になったのだろう。

「……実はですね、私が世界を見て回ってるのは、もしかしたらギルメンがいないかと探していたんですよ」

 モモンガがそう告げた時、ぱらのいあは目を丸くした。続いて、納得の色を見せる。

「そういえば、『アインズ・ウール・ゴウン』は異形種ギルドでしたね。異形種は寿命がありませんから、確かに気ままに探せばいつかは会えるかも……素の肉体強度的にも、どこでも暮らしていけるでしょうしね」

 ぱらのいあの言葉に、モモンガは頷く。そう、異形種ならば例え一〇〇年経とうと希望を持っていられる。いつかは会えるかもしれないと、再会を夢見ていられるのだ。

「お恥ずかしい話ですが、私にとってはユグドラシルが……『アインズ・ウール・ゴウン』こそが青春みたいなものでして。あまり現実で友人がいなくて……毎日、社畜生活でしたよ。それに、家族もいない天涯孤独の身でしたからね。ギルメンの皆が、初めて出来た友人だったんです」

「そうなんですか……。いや、俺にも気持ちは分かりますよ。あの現実世界じゃあ、周囲と人間関係を築くのは難しい。俺も、中学校は親が死んだんで中退しましたよ。それから、一生懸命社会に出て働いて……うん。あの世界には、辛い思い出ばかりだ」

 ぱらのいあは現実での不条理を思い出したのか、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

「私は、彼らに会いたい。どうしても会いたい。だからこう……彼らがこの世界に来ていないか、探しているんですよ」

「なるほど……そういえば、モモンガさんの友人のツアーさんが言うには、転移するプレイヤーには共通点があるんでしたっけ? どんな共通点があるんですか?」

 そういえば、ぱらのいあにはまだ教えていなかった。ぱらのいあも興味津々なようで、モモンガは口を開く。

「確か……世界級(ワールド)アイテムを所有していることが第一条件でしたね」

「……ワールド……」

 ごくり、と生唾を飲んだ音が聞こえた。気持ちは分かる。世界級(ワールド)アイテムはユグドラシルの中にも二〇〇しか存在しない貴重なマジックアイテムだ。しかも、かなり強力なアイテムで、持っている者と持たざる者とでは雲泥の差があった。ユグドラシルでも二〇〇の奪い合いをよくしたものである。

 ぱらのいあは装備している鎧の隙間から、あるネックレスを取り出した。みすぼらしい、鈍い色の石ころが飾られた黄金の鎖のネックレス。それが彼の持つ世界級(ワールド)アイテム。

「まさか、転移の条件の一つが世界級(ワールド)アイテムの所持だったなんて……。それじゃあ、ほとんどのプレイヤーが転移は不可能ですね」

 ぱらのいあはそう言うと、再びそのネックレスを懐にしまう。

「あ、でも『アインズ・ウール・ゴウン』は確か世界級(ワールド)アイテム所持数最多ギルドでしたよね? ってことは、何人か来る可能性が?」

 そう、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』は二〇〇の内十一を所持していることで有名でもあった。次点のギルドの所持数が五つもないと言えば、その数の多さは凄まじい。ギルドメンバーの人数全員に行き渡らなくとも、個人所有していないとは言い切れなかった。ぱらのいあはそう思ったのだろう。

「いえ、実は個人所有していたのは私だけで、基本はギルドの宝物殿に置いて動かさなかったんですよ。だから、個人所有している可能性は低いんじゃないでしょうか」

「……? ギルメンは、持っていない可能性の方が高いんですか?」

「ええ」

「……モモンガさん。それ、第一条件ですよね? じゃあ、他にも幾つか条件が無いと転移しないんですよね? 他はどんな条件だったんですか?」

「次は……」

 ぱらのいあに促され、モモンガは口を開く。ぱらのいあの空気に、モモンガは気づかなかった。

「確か、ユグドラシル最終日にログインしていること、だと思います。ツアーの知るプレイヤーは基本、その日に転移しているらしいですから」

「……俺も、最終日の終わりでした」

「私もです」

「……モモンガさん、他のギルメンの人たちも、ログインしていたんですか?」

「いえ。なので、彼らがこの異世界に来ている可能性は少ないです」

「それでも、探している」

 ぱらのいあの言葉に、モモンガは頷いた。

「ええ、そうです。それでも彼らに会える可能性を捨てきれない。彼らが、こちらに来てくれていないかと。そう思う心を捨てきれない。だって、彼らは私の全てだった」

 そう、モモンガにとって『アインズ・ウール・ゴウン』は全てだった。彼らがひたすら大事だった。ギルドを辞めてしまっても。もうユグドラシルにログインしなくなってしまっても。それでも去っていく時の申し訳なさそうな彼らの顔を忘れられない。

 誰もが、好きで去っていったわけじゃない。ただ、あまりに現実が厳し過ぎてユグドラシルをする時間が無くなってしまっただけだ。止めたくて止めたわけじゃない。ただどうしようもなくなっただけだ。

 そう告げたモモンガだが…………ふと、気づく。ぱらのいあは、信じられない顔をしてモモンガを見ている。

「モモンガさん。アンタ……おかしい」

「はあ?」

 急に精神異常を告げられて、モモンガは困惑するしかない。それは、確かに少しばかり友情が重たいかもしれないが、しかしはっきり「おかしい」と言われる覚えはない。誰だって、大切なものはあるはずだろう。

「いいや、絶対におかしい。おかしい。アンタは、絶対に頭がおかしい! 自分で気づいてないのか、アンタ!?」

「だから、何が?」

 そう何度も連呼されては、あまりに不快だ。

「友人を大切に思うのは悪いことだとでも? 勝手に人の大切なものにイチャモンをつけてくるんですか、アンタ」

 だからつい、モモンガも口調が厳しくなる。だが、ぱらのいあはそんなモモンガこそ、信じられないと告げる。

「別にそこにケチをつけているわけじゃない! ……なあ、モモンガさん。そこにとんでもない矛盾があることに、アンタ本当に気づいてないのか?」

「矛盾?」

 何も矛盾なんてない。モモンガはギルドメンバーを愛している。大切だ。だから会いたいと強く願う。彼らがこの異世界に来ている可能性が皆無だとしても、それでも会いたいと思う心は止められない。だから探す。そこに矛盾などあるものか。

「いいや、ある!」

 だが、ぱらのいあは断言する。そこには、致命的な論理破綻があるのだと。

「なあ、モモンガさん……。友人が大切なんだろう? 何をしても会いたいと、強く願っているんだろう?」

「ええ、勿論」

 超位魔法で、思わず願ってしまおうかと思う程度には。彼らを無理矢理にこちらの世界に呼び出してしまいたいと、そう思う程度には。その欲望を捨てきれない程度には。

「だったら、尚更アンタはおかしい。そんなにも大切なのに、なんで」

 なんで。どうして。アンタはと。ぱらのいあは告げる。はっきりと。その大矛盾を突きつける。

「だったら、アンタ――――なんで、元の世界に還りたいって、そう願わないんだ?」

 俺のように。

「――――あ?」

 ぱらのいあが告げた言葉が、モモンガはまったく理解出来ない。頭が真っ白になる。

「俺たちは転移してこの異世界に来た。転移したなら、逆に元の世界に転移出来るかもと考えるはずだろう? アンタだって、一度は元の世界に還る方法はあるのか考えたはずだ。還りたいと思うかはどうかとして」

 モモンガも、確かに一度は考えた。しかし、結論は唯一つ。父も母もいない、元の世界に未練はない。それだけだ。だから還る意思は初めから無い。

「だから、それがおかしいって言ってるんじゃないか!」

 ぱらのいあは絶叫する。

「そんなにも友人が大切なら! そんなにも会いたいなら! こんな――会えるかも分からない異世界なんかじゃなくて、確実に元の世界に存在しているはずなんだから……元の世界に還りたいと思うものなんじゃないのかよ!」

 この異世界に彼らのいる可能性は皆無に等しい。逆に言えば、元の世界には確実に彼らが存在している。当たり前だ。だって、彼らは元々その世界の住人なのだから。

「――――」

 ならば。ならば。ならば……モモンガの理論は。最初から。

「破綻してる! 誰がどう聞いたって、破綻してる! アンタの目的は最初っからおかしい! 友人が大切だって言いながら、元の世界に未練は無いなんて、それは絶対に矛盾してる!」

 大切ならば、元の世界に還ろうと思わなくてはならない。元の世界に未練が無いなら、友人が大切なはずがない。

 この大矛盾。目を逸らすことも出来ない、致命的な破綻。それを突きつけられて、モモンガは――。

「わ、分かるかぁ!!」

 モモンガは、絶叫するように叫んだ。

「元の世界に未練は無い! 本当だ! 断言出来る……俺は、元の世界に未練が欠片も無い! ……でも」

 しかし、それでも。

「友人は大切だ! 彼らは大切だ! 本当だ……それも、俺にとっては本当なんだ……!」

 だから、この矛盾の付き合い方が分からない。途方に暮れる。どうすればいいのか、さっぱり分からないのだ。

 モモンガのその訴えに、ぱらのいあは呼吸を荒げながら、頭を振った。

「……ごめん、モモンガさん。頭に血が上った……」

 そう、謝られて。モモンガも感情が抑制されて即座に冷静になる。わけの分からない感情は、今も燻っているけれど。

「いえ、私もすみません……。お互い、少し冷静になりましょうか」

「ええ、そうですね……。俺、少しそこで頭を冷やしてきます」

 ぱらのいあは頭を下げると、そうモモンガに告げて草陰に姿を隠していった。ぱらのいあの姿が見えなくなった後、モモンガも冷静になるために深呼吸をする。

 言われるまで、告げられるまで、まったくこの矛盾に気づかなかった。どうして、何故自分は。この矛盾に気づかなかったのだろう。

 そう、思い悩んで。どれほど時間が経っただろうか……モモンガはある気配を感じ取った。

 死臭だ。

「――――」

 モモンガは、すぐにその死の気配に導かれるように歩き出す。草陰へ。ぱらのいあが去っていった方へ。そこに。

「……あぁ」

 ぱらのいあの首が、胴体が、二つに別れて転がっていた。手には、彼の武器である片手剣が握られている。

 思いの他、モモンガの心は冷静だった。そんな自分が、とても信じられない。

 近寄って確認すると、武器を握っていないもう片方の手には、紙切れが握られていた。即ち、遺書である。モモンガは自分に対してだろうと、それを読む。

 

『この異世界には耐えられない。人間じゃないものに変わっていく自分が恐ろしい。モモンガさん、アンタのようにおかしくなっていくのは絶対に嫌だ。

 俺は、俺のまま死にたい。せめて、人間性が僅かでも残っている内に。

 アンタと話して、そう悟った。だから、決意する。

 友人のいる元の世界に還れない俺は、生きる気力を失っていた。でも、新しく友達になれたと思ったアンタの異形種としての精神の変貌が、俺にはとても恐ろしい。

 だから、死にます。迷惑をかけました。俺の持っているアイテムは、全部貰っていっていいです。

 

 この世には、もう、未練は無い』

 

「…………はは、お前、思い切りが良すぎるだろ?」

 決意して、すぐこれ(・・)とは。潔いにも程がある。きっとさぞ、周囲に決断力の即効性で迷惑をかけたに違いない。

 でも、彼の友人たちはそれでもよかったんだろう。彼が元の世界に還りたいと思うほどに、彼は友人を愛していたのだ。なら、彼だってそれほど友人たちに想われているに違いない。

「……なら」

 なら、自分は一体何なのだ。ぱらのいあは友人のいる元の世界に強く還りたいと、そう思って行動した。

 対する、自分はどうだろう。モモンガは、還りたいと思ったことは一度も無い。断言出来る。そう願ったことは一度も無い。友人たちにこちらに来て欲しいと思ったことはあっても、自分から還ろうと思ったことは一度も無かった。

「探さなくては」

 その理由。この決定的な論理破綻。どうしてそうなったのか、その理由を探さなくては、モモンガは自分が駄目になるとそう思った。

 ……今にして思えば、辛い現実に還りたいなんて頭のおかしい奴だと、そう結論付けてさっさとツアーの元へ帰るべきだったと思う。

 だが、モモンガはその理由を探そうと思ってしまった。目を逸らすべきモノに、目を向けてしまった。無意識に避けていた自意識を、見つめようと決意してしまったのだ。

 ……そう。自分は、やめておけば良かったのだ。

 

 

 


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