Die Zeit heilt alle Wunden《完結》   作:日々あとむ

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第一幕 漆黒の英雄 其之二

 

 ――それは、緑のほとんど存在しない赤茶けた大地。

 数百年前のものであろう、崩れた建造物が幾つもあり、瓦礫となってその存在感を嫌な意味で示している。

 王国、帝国、法国、そして竜王国に接した呪われた大地。常にアンデッドが蔓延るこの世の地獄。濃霧に覆われ、視界は晴れず、挙句その濃霧からアンデッドの反応が感知されるためにアンデッド探知さえ不可能。

 そのおぞましい土地の名こそ、カッツェ平野。

 数多のアンデッドを生み出し、生と死が混同し、争う六道の一、修羅道の権化である。

 そのような土地なので、王国は冒険者を、帝国は兵士を出して常にアンデッドの討伐任務を行っていた。国にとっては出費と犠牲のかさむ頭の痛い問題であったが、冒険者やワーカーにとっては食い逸れなくてすむ良い稼ぎ場所だった。

 ……もっとも、それは命懸けであることに変わりはないのだが。

 スケルトン、ゾンビ。そういった低級アンデッドが遭遇する主なアンデッドであるが、中には運の悪い者もいる。

 白金(プラチナ)、ミスリル級でなくては勝てない第三位階どころか第四位階魔法さえ行使するエルダーリッチ。あるいは魔法を無効化してしまうスケリトル・ドラゴン。これらが場合によっては徒党を組み襲ってくるのだ。

 そして恐ろしいことに、アンデッドが集まっている場所にはより強いアンデッドが生まれる傾向がある。低級のアンデッドが幾つも増えた結果エルダーリッチやスケリトル・ドラゴンが生まれるように。彼らが生まれ、増えた暁にはより強いアンデッドが生まれるのは自明の理。事実、帝国の一部では一度不幸な遭遇戦があったのだ。

 幸運であったのは、これに遭遇したのが帝国兵であったことだろう。これに遭遇したのが冒険者やワーカーであったならば、事態はより深刻化していたに違いない。

 だからこそ、帝国はカッツェ平野のアンデッド討伐任務を国家事業として力を入れている。彼らは決して油断しない。

 そして今日も一人、その呪われた大地に愚かな贄が訪れようとしていた。

 

 帝国の首都である帝都に存在する冒険者組合、そこに一人の冒険者が訪れる。組合の中にいた様々な冒険者達は職業病とも言うべき癖で組合の扉を開いた冒険者に視線を向けた。そして、そのまま目を見開き驚愕の色に瞳が染まる。

 見事なまでの、美しい漆黒の全身鎧(フル・プレート)。それだけならばまだ、ただの観察で済んだだろうが胸元で輝くプレートの色はどう見てもアダマンタイトの輝きだ。

 つまり、アダマンタイト級冒険者。それも帝国のアダマンタイト級冒険者ではない。そんな者の登場に冒険者達だけでなく、カウンターにいた組合の受付嬢達も笑顔が固まり驚愕の視線を向けている。

 漆黒の戦士は彼らのことなどまるで気に留めることもなく、依頼の羊皮紙が張り出されているボードに進むとその前に立ち、幾枚か張り出されている羊皮紙を眺めていた。

 しかし、それもすぐに終わる。当然だ。アダマンタイト級冒険者に相応しい依頼など滅多に来ない。これは帝国が国家事業として周辺モンスターの討伐に乗り出している証だ。手が付けられる前に目ぼしいモンスターは帝国軍達が討伐してしまうのである。だから、滅多なことでは高位冒険者に依頼するような依頼内容は張り出されない。

 時折、護衛などで名指しされることがあるくらいだ。勿論、内密に組合を通して依頼されることもあるだろうが――やはり稀である。

 冒険者達に溢れるほどの依頼が無い。その結果こそ、帝国が、人々の暮らしを守る大国として十全に運営されている証だった。

 漆黒の戦士はボードから視線を逸らすと再び歩を進め、カウンターの前に立つ。ちょうど、一組の冒険者の相手が終わり手の空いた受付嬢がいたためだろう。漆黒の戦士は受付嬢に向けて口を開く。

「――すまない。カッツェ平野の仕事を探しているんだが、何かないかな?」

「あ、は、はい! カッツェ平野の仕事ですね! ……あの、その。出来ればその前に、そちらのプレートを確認させていただいてもよろしいですか?」

「うん? ……ああ、忘れていた」

 漆黒の戦士は受付嬢の言葉で、胸元のプレートを外して受け渡す。受付嬢は手の汗を拭うようにハンカチで手を拭くと、一礼して漆黒の戦士からプレートを受け取った。

 ……他国、というより他の都市の冒険者は時にこうして組合の中でもプレートの提示を求められる。冒険者のプレートは身分証明書にもなっており、同時にその冒険者の能力の高さを証明しているからだ。最低位は(カッパー)であり、最高位はアダマンタイト。八種の金属から分類別になっている。

 最高位のアダマンタイトは希少金属であり、偽装はほぼ不可能だ。鍍金のように外側だけアダマンタイトで中は銅――などという偽装さえ難しい。アダマンタイトはそれほどに珍しい金属なのである。

 故に偽装はほぼありえない。それでも、他の白金(プラチナ)までのプレートの場合は偽装されることが無いわけでもなく、こうして他の都市や他国の冒険者は組合でプレートを提示するのが規則となっていた。

 更に、プレートの裏側にはチーム名やその冒険者の名前など様々な情報が記載されている。他国の組合と情報を共有する意味でも重要な確認であった。

 受付嬢はプレート裏に書かれていた情報を読み、確認を終えたのか丁寧に漆黒の戦士にプレートを返す。

「確認させていただきました。評議国でご登録された“漆黒”のモモンガ様ですね。現在、カッツェ平野関連の依頼は常設されているアンデッド討伐依頼しかございません」

「常設のアンデッド討伐依頼?」

 漆黒の戦士が首を傾げたのを見て、受付嬢は評議国の冒険者は帝国や王国と違いカッツェ平野の常設依頼を詳しく知らないのだろうと判断した。

「はい。出来高制のモンスター討伐があると思いますが、そちらのアンデッド版です。カッツェ平野では常にアンデッドが多発しているので、別口で常に国から依頼が存在しているんです。討伐したアンデッドの数や種類によって報酬が支払われますよ」

 受付嬢の説明に、漆黒の戦士は更に考え込む素振りを見せた。何か問題があったのだろうかと不安がる受付嬢に、漆黒の戦士は気まずそうに声をかける。

「あー……すみません。その出来高制のモンスター討伐とは、いつからあるんですか?」

「え? その、五年近く前からありますが……」

「五年前か……なるほど」

 組合から依頼を受けるのも久しぶりだからなー、と漆黒の戦士が呟くのを受付嬢は聞きながら、困惑する。冒険者組合が存在する国ならば、もはやどこでもやっている仕事だが、漆黒の戦士が知らない素振りを見せたためだ。評議国の冒険者については詳しく知らないが、彼らは亜人が多いためそういった規則や新しい仕事に大雑把なのだろうか。

「出来高制ということは、契約や期日などは無いということですね」

「はい、そうなります。帝国ではカッツェ平野のアンデッド退治は国家事業となっておりますから、帝国行政府窓口の方で報酬を受け取れるようになっています。こちらがアンデッドを討伐した際証明となる一覧です。ご確認ください」

「なるほど。丁寧な説明ありがとうございます」

 漆黒の戦士は受付嬢にそう告げると、羊皮紙を一枚受け取ったら踵を返し組合から去って行った。後には、奇妙な客人を見て呆然とした組合員や冒険者達が残される。そしてわっと騒ぎ先程の冒険者の話題をそれぞれが語っていた。

 受付嬢も他の受付嬢と話をしながら、先程の漆黒の戦士の情報を組合に登録してある登録簿から探し出す。アダマンタイト級冒険者ならば、他国でもそれなりに伝わってくるものだ。名前に聞き覚えがなかったが、思い出せないだけで情報登録簿には記載されているだろう。

「……あれ?」

 受付嬢は評議国の情報が記載された項目を探し、先程プレートで確認した名前を確認するが“漆黒”のモモンガという名前は、現在存在するアダマンタイト級冒険者情報の中に記載されていなかった。

「え? なんで?」

 アダマンタイトはその希少性から、偽装はほぼありえない。故にアダマンタイト級冒険者を偽装するような存在はいないのだが、それでも確認出来ない名前に受付嬢は一人混乱した。

 

        

 

 絢爛豪華、という言葉がある。贅沢で、華やかで、美しいことを表現する言葉だが、その部屋はまさにそうとしか言えない部屋であった。

 敷き詰められた柔らかな真紅の絨毯。上質な天然木にフレンチロココ調の彫刻が細かく彫られ、座面に黒色本革が張られ光沢を放つ二人掛けの長椅子。

 そしてその長椅子にすらりと伸びた長い足を放り出し、深々とかけている一人の男もまた芸術品のように美しかった。星のように煌く金の髪、切れ長の瞳の色は宝石のような紫。眉目秀麗としか言いようのない美青年。

 だが、彼を実際に見た人間は誰もが彼を芸術品のようだと表現はすまい。その第一印象は、必ずたった一つに固定される。

 即ち、支配者。彼こそ帝国の皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスである。

 その若き皇帝の前に緊張感なく腰かけているのは自らの身長の半分ほどの長さを持つ白髪をたたえた老人だ。顔には生きてきた年齢が皺となって現れているが、しかしその鋭い瞳には歴然たる叡智の輝きが宿っている。

 この老人こそ前人未到の第六位階魔法を行使する人類最高峰の魔術師。帝国歴史上最高位の魔法詠唱者(マジック・キャスター)にして大賢者。“三重魔法詠唱者(トライアッド)”のフールーダ・パラダインである。

 つまり、この場に帝国にて最高峰の知名度と権威を持つ者が両名揃ったことになる。ならばさぞや後ろ暗い策謀渦巻く、おぞましい腹の探り合いが発生したのか、と思えばそうではない。二人の間に緊張感は皆無だ。互いに、互いのことを一切の緊張感なく受け入れている。

 まるで、親が子を受け入れるように。子が親を受け入れるように。二人の間には言葉には言い表せない親愛が溢れていた。

 それも当然だろう。フールーダは六代前の皇帝時代から宮廷魔術師として最高位権力者達と関わりを持っていた。六代前の最初の皇帝とは不仲であったが、歴代の皇帝は誰を見ても無能は一人として存在しない。フールーダは優遇された。

 そして、世代を重ねるにつれてフールーダは歴代の皇帝達と親密になり――今の皇帝ジルクニフとは、父と子のような関係を築いている。

 そう、互いに確信しているのだ。この相手は自分を親あるいは子のように想ってくれていると。そして自分もまた、相手のことをそう親愛している。

 だから、この二人の間にはどこまでも親愛しかない。互いに信用しない暗い親子関係もあるだろう。いや、権力者ならば信頼関係のない親子関係も当たり前かもしれない。だが、この二人にそれは絶無だった。

「――それで」

 ジルクニフが口を開く。ここは皇帝の執務室だ。現在、特に重要な案件は取り扱っていないのでこの場にいる誰もがリラックスしている。ただ一人を除いて。

 そのただ一人こそ、緊急の用件としてジルクニフに情報を持ってきた帝国が誇る四騎士の一人、“激風”のニンブル・アーク・デイル・アノックだ。ニンブルは伯爵位を持つ貴族であり、更に言えば元から男爵位の貴族であった。だがその手腕から帝国最強の騎士である四騎士に取り上げられ、伯爵位を授けられた。容姿は金髪に青い瞳という端正な青年。騎士とはかくあるべし――という典型的な表情をしている。まさに物語に登場する騎士の姿を、そして性格もそれを体現していた。

「何かあったのか、ニンブル」

「はい、陛下。帝国を訪れた冒険者の件なのですが」

 帝国では他国の冒険者――それも高位冒険者が訪れた場合、必ずジルクニフに報告が来るようになっていた。あわよくば鞍替え――帝国の冒険者として活躍して欲しいという望みと、更に言えば冒険者を辞めて帝国軍として働いて欲しいという思いからだ。

 帝国を訪れる他国の冒険者は、帝都の闘技場など観光名所を訪れる者が多い。そういう場で内密に、こっそり優遇するように手配しておくのだ。そうしておくと、帝国の方が住みやすいことに気がついた冒険者が帝国に居つき――そしてそのまま帝国に仕えてくれるほどまでになることもある。実際、冒険者として活動するより軍に入隊する方が美味しい思いを出来ると悟った冒険者が軍人になることもあった。

 そのため、帝国では必ず上層部に、高位冒険者が訪れた際に報告義務があったのだが――ジルクニフのもとまでくるということは、中々に厄介な案件ということだろう。

「何か問題でもあったのか」

「はい。まず、関所で確認したプレートなのですが、アダマンタイトです」

「ほう!」

 ジルクニフは喜びを露わにする。アダマンタイト級冒険者は滅多に拠点から動くことはないからだ。その実力からどこの国も手放したがらず、必ずその国の首都などを拠点として活動。滅多に他国は訪れない。

「どこだ? 竜王国の“クリスタル・ティア”か? いや、竜王国の状況ではまずありえないか。ということは王国か? “朱の雫”か“蒼の薔薇”か? 出来れば“蒼の薔薇”がいいんだが――」

 “蒼の薔薇”にはラキュースという、第五位階魔法の一つである復活魔法を行使出来る神官戦士がいる。残念ながら、帝国にはそこまでの実力者は存在しない。是非とも欲しい逸材だった。

「いえ、違います。評議国なのです」

「なに?」

 その報告に、ジルクニフもさすがに驚く。確かに、帝国は隣国の王国と違いまだ亜人種に対して寛容だ。特に冒険者ならば問題にはしないだろう。冒険者の亜人種は身分を保証されている。

 だが、それでも評議国の冒険者が人間の国家を訪れるというのはほぼ皆無であった。珍しいどころの騒ぎではない。

 しかしそれは同時に、評議国の話を聞くチャンスでもあった。評議国はアゼルリシア山脈を間に挟み帝国より遠く離れ、隣接している国は王国のみ。その王国も他国の情報を吟味するような余力がなく、国内の問題だけで精一杯だ。いや、国内の問題さえどうにか出来ていない。そのため、評議国の情報は滅多に入って来ない。

 勿論、帝国は評議国と外交くらいしたことはある。評議員達と話をしたことも。それでも亜人の国というのは人間として忌避感を覚えずにいられないため、深い国交を築かずにいた。それが互いのためだと互いが気づいていたからだ。評議国が唯一明確に、嫌悪の態度を取っている国家は法国くらいだろう。

「評議国の冒険者か……。出来れば会って話がしたいな。どのチームだ?」

「それが……情報が無いのです」

「なんだと?」

 その奇妙な答えに、さすがのジルクニフも困惑を覚える。アダマンタイト級冒険者なのだ。情報が無いなどというのはありえない。

「それは、まだこちらに情報が届いていないというわけではなくか?」

「はい。プレート自体は真新しいというより、どちらかというと古い方だったそうです。ただチーム名と名前の情報が無く……関所を通ったのも一名のみでした」

「……なるほど。確かに奇妙だな」

 冒険者というものは基本チームを組んでいるものだ。それはモンスターを討伐ないし秘境を探索するに当たり、どうしても一人では手が回らないことを意味する。

 戦士に魔術師の真似事は出来ず、そして魔術師に野伏の真似事は出来ない。適材適所の言葉が示す通り、それぞれにはそれぞれの役割がある。現実的に、それらの全てをカバーする超人は存在しないのだ。

 よって、彼らはどうしてもチームを組む必要性が出て来る。チームを組まないのは余程の馬鹿だけだ。まして評議国から来るとなると、必ずモンスターのいる場所を通る。人のいる街道だけを通って帝国に来れるはずがない。だからこそ、たった一人の客人はありえなかった。

「どのような名前の人物だ?」

 人物、と言っていいのかは分からないがジルクニフはそう訊ねた。ニンブルは淀みなく答える。

「はい。外見は漆黒の全身鎧(フル・プレート)の戦士で、チーム名は“漆黒”。名前はモモンガだそうです」

 ニンブルがそう告げた瞬間、それまで静かにニンブルの話を聞いていただけのフールーダが長椅子から立ち上がり、反応した。そのフールーダの突如の変わり様に、室内の全員が視線を向けている。

「ほ、本当に“漆黒”のモモンガというのだな?」

 鬼気迫る表情のフールーダに、ニンブルは若干引き気味になりながら頷く。

「は、はい。確かにそのようにプレートには書かれていたそうです」

「じい、落ち着け」

 慌てた様子のフールーダに、それとなくジルクニフは落ち着くよう促す。フールーダはジルクニフの言葉に深呼吸すると、落ち着いて再び席に着いた。

「……申し訳ありません、陛下。お見苦しい姿を見せましたな」

「かまわんとも。じいと私の仲だろう? ……それより、じいは“漆黒”のモモンガを知っているようだな。どのような人物なのだ? 本当に評議国のアダマンタイト級冒険者なのか?」

 ジルクニフの疑問に、フールーダは頷く。

「その通りです、陛下。彼の方は確かに評議国のアダマンタイト級冒険者です。当時はよく話題になったものですが……さすがにここ十数年、噂を聞くことがなかったために引退したのかと思っておりました」

「ふむ」

 十数年前から噂を聞かなくなった冒険者。つまり、結構な年なのだろう。引退しても不思議ではないほどに。冒険者という職業で十数年も噂がなければ、それは引退したと思われるだろうし、現在の情報では忘れられるのも無理はない。

「しかしアダマンタイト級冒険者ですよね? 何か伝説とか残っていないのですか? さすがに何の話も無いのは……」

 この部屋にいた秘書官のロウネが不思議そうに訊ねる。それはジルクニフも思った。アダマンタイト級冒険者ならば一つや二つくらい伝説とも言うべき偉業がある。実際、帝国のアダマンタイト級冒険者チーム“銀糸鳥”にもレイディアントクロウラーというモンスターを討伐した英雄譚が存在するのだ。何も無いのは考え辛い。

 その話題に、初めてフールーダが言い辛そうな表情を浮かべた。言ってもいいものか、という表情だ。どうやら、偉業があっても噂にならないその理由を、フールーダは知っているらしい。

「じい、何か知っているのか? そいつの偉業も含めてな」

「はあ。偉業ならば私が知っているだけでも、成体のレッドドラゴンやフロスト・ジャイアントの討伐、それにエルダーリッチに支配された墳墓の制圧など……他にも幾つかありますな」

「はあ?」

 竜退治(ドラゴンハント)巨人討伐(ジャイアントキリング)。これだけでもありえない功績だ。無名なのが信じられない。後世で伝説になるのは確実で、英雄譚になっていなければおかしい話だ。

「確か“漆黒”はモモンガ殿一人のチームなので、彼の方の偉業の噂はほとんどたった一人で作られた伝説になります」

「……おい」

 更に、そこに付け加えられた驚愕の事実。“漆黒”がたった一人のチームということは、その偉業は文字通りたった一人で築き上げられた伝説になる。吟遊詩人が歌わないはずがない。

 つまり――そこには裏があるということだろう。何か、表立って言えない裏が。

「実は一人じゃないとかか? 協力者がいて、評議国のプロパガンダに使われているとか」

 それならば理由が納得出来なくもないのだが。わざわざそういったことをするメリットがあるかは別として。しかしフールーダは首を横に振った。

「いいえ。そもそも、彼の方は戦士の格好をしていますが、魔力系第五位階魔法の使い手でもありますので。そもそもチームを組めるような相手がいないのです、陛下」

「……どこの伝説の英雄だ、それは」

 一流の戦士で、一流の魔法詠唱者(マジック・キャスター)。ますます伝説にならない理由が分からない。だが、一つだけフールーダの様子がおかしかった理由は分かった。

「しかし第五位階か……なるほど。じいが興味を示すわけだ」

「……お恥ずかしいかぎりです、陛下」

 さすがのフールーダもジルクニフの言葉に気まずげな表情を作る。フールーダには魔術の深淵を覗きたいという願望がある。そのため、高位の魔法詠唱者(マジック・キャスター)に対しての興味は尋常ではない。フールーダが英雄譚の作られていない“漆黒”の話を詳しく知っていたのは、第五位階魔法の使い手ということで興味を持っていたからだろう。

 いつか――いつか、魔法の話が聞けないかと信じて。

「それで、じい。何故そいつの偉業は英雄譚になっていない?」

 最大の疑問。本来、ありえない事象。英雄が英雄にならない理由。その理由を問うたジルクニフに対し、フールーダは言い辛そうに告げた。

「それは――彼の方が、亜人種ではなく異形種だという話からでしょうな」

「――――は?」

 その、信じられない言葉に、その場にいた全員が間抜けに口をぽかんと開いた。

 

 

 


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