Die Zeit heilt alle Wunden《完結》   作:日々あとむ

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第一幕 漆黒の英雄 其之四

 

 耳が痛くなるほどの静寂と、視界の晴れない濃霧の暗闇。光の一切差し込まない呪われた大地を警戒しながら進むのは“フォーサイト”の四人だ。

 “フォーサイト”がカッツェ平野に到着し、モモンガの姿を探して既に三日が経過している。街の人間の話ではカッツェ平野を離れる際には声をかけていくと告げていたらしいので、“フォーサイト”は未だモモンガがカッツェ平野を離れていないことを知っていた。

 しかし彼らからしてみればアンデッド多発地帯であるこの地に三日も滞在すれば、装備品やマジックアイテムの消耗が激しくなる。いよいよモモンガの捜索も難しくなってきた。

「最初から無茶だろうとは思ったけどよ、やっぱ見つからねぇわな」

 ヘッケランの言葉に、ロバーデイクが呆れた声をかけた。

「分かっていたことですね。カッツェ平野も広いですし。彼の目的が分かっていれば、接触出来る可能性もありましたが」

「さすがに、そろそろ諦めた方がいい」

 アルシェの言葉に、ヘッケランは頷いた。

「だな。こうなりゃ組合にバレるの覚悟で、街の方で待ち伏せして接触するか。今日中にカッツェ平野で接触出来なかったら諦めよう」

 ヘッケランの言葉にロバーデイクとアルシェが頷いた。イミーナは細心の注意を払って周囲を警戒しているため、返事はない。だが離れずにしっかりと姿は見えている距離にいるため、返事がなくても気にしなかった。

「他の冒険者やワーカー、それに帝国軍までいるし……。あと二、三時間捜索したら帰るか。イミーナ、それでいいか?」

「――待って、ヘッケラン。周囲に誰かいるわ。かなりの人数……アンデッドの集団かも。注意して」

「あん?」

 イミーナの言葉が頭の中に浸透し、ヘッケラン達は表情を変える。このカッツェ平野で集団ということは可能性は二つ。一つは帝国軍。もう一つはアンデッドの集団だ。帝国軍であれば、このカッツェ平野ならば殺し合いにならずに済む。さすがにこの土地で冒険者やワーカー、軍隊が争うことは無い。そうなれば諸共死ぬだけだと全員知っているからだ。

 だからもう一つの可能性――これがアンデッドの集団だった場合、それこそ最悪の可能性を想定しなければならない。単なるスケルトンの集まりだといいが、そこにエルダーリッチなどが加わっていた場合死を覚悟する必要がある。

 だからこそ、四人は気を引き締めて注意を払った。如何なる状況でも対応出来るようにと。そして――

「――あら」

「――ふぅ」

 こちらと向こう、互いにその可能性にならずに安堵の息を吐いたのだった。

 出てきたのは帝国軍だ。向こうもどうやらこちらを警戒し、進んでいたらしい。互いに単なる人間だったと理解し、思わず緊張が解れる。

 互いに姿が遠くからでは確認出来ないため、よくこういう事態が起こるのだカッツェ平野では。どちらも近づくまで互いの正体に確信が持てないので、緊張したまま接触し姿を確認した後は安堵の息が漏れる。よくある光景だった。

 そして、互いにこの後の行動もよく知っている。

「……私は右の方へ行かせてもらいます。よろしくて?」

「ああ。俺はこっちに行くぜ」

 互いに反対の方向を指差し、確認する。もう一度緊張感ある接触をしないため、互いに反対の方角へ向かうことを提案するのだ。これで迷子になるような馬鹿は、カッツェ平野に来るような人種ではいないため、これで大丈夫なのである。もし道に迷った場合は――諦めてもらう。

 そして互いに別れようと方向転換しようとして――思いがけない人物から声をかけられた。

「……もしや、アルシェ・イーブ・リイル・フルトかね?」

「……パラダイン様?」

 女騎士の背後から、老人が声をかけ――その言葉に、アルシェが驚きの声をあげた。

 

 ――アルシェはワーカーになる前、帝国魔法学院に在籍していたことがある。そして十代という若さで第二位階魔法を覚え第三位階魔法さえ到達しかけていた、という天才の名を欲しいままにしていたのだ。

 現在はある事情から中退してしまったのだが、それでもある程度のコネを今でも維持している。

 しかし――

 

「さすがに、あのパラダインに顔を覚えられてるとは思わなかった」

「私も」

「私だってそうです。彼女は本当に天才少女なんですねぇ……」

 フールーダと話をしているアルシェを見物しながら、ヘッケラン達三人は呟く。確かにとんでもない才能を持っているとは思っていたが、あの逸脱者フールーダ・パラダインの覚えもいいとは誰が思うだろうか。彼らにとっては一生関わるはずのない雲の上の人物なのだから。

「申し訳ありません。少しお時間をいただいてしまってますわね」

「あ、いえ! 大丈夫です、はい!」

 女騎士――こちらも四騎士の一人というかなりの権力を持つレイナースに声をかけられ、ヘッケランが上擦った声を上げる。レイナースはヘッケラン達のことを特に気にしていないのか、ただ少し面倒そうな表情でフールーダの話が終わるのを待っていた。

「……辞めてしまったとはいえ、才能を腐らせてはいかんぞ。毎日の予習・復習はちゃんとしているのかね? 今はどこまで上り詰めた?」

「はい、師よ。毎日の魔法学習はかかさずに行っています。現在は第三位階魔法を行使出来るようになりました」

「――素晴らしい」

 フールーダとアルシェの会話はこちらまで聞こえる。フールーダはアルシェの言葉に感動しているらしい。確かに、自分が目をかけていた弟子が順調に大成しているのは、師としてはこの上ない喜びなのだろう。

「もし帰ってくる気があるのであれば、それなりの地位を空けておく。私が君に期待しているということを、忘れず覚えておいて欲しい」

「――それは。ありがとうございます、師よ」

 アルシェもまたフールーダの期待に感動しているようだった。第六位階魔法を行使する伝説その人に、こうまで気にかけてもらえるのは元弟子であるアルシェとしてもこの上ない喜びなのだろう。

(……場合によっちゃ、アルシェのやつ抜けちまうかもな)

 ヘッケランはイミーナとロバーデイクに視線を向ける。二人もまたヘッケランを見ており、それぞれ肯定するように頷いた。

(ま、しょうがないか!)

 ヘッケラン達はアルシェを妹のように可愛がっている。もとより、彼女にワーカーは似合わないのだ。魔法省務めの役人の方がアルシェのためには余程いいだろう。ワーカーは危険な仕事だ。アルシェのような少女がワーカーでいること自体が、そもそも間違いなのだから。

 もしこの後彼女が“フォーサイト”でなくなったとしても、笑って受け入れて――そして送り出してあげよう。三人はひっそりとそう心に決めた。

 そしてフールーダとその弟子達、アルシェの会話を手持無沙汰に聞いていたヘッケラン達三人と、レイナース率いる帝国軍。その途中で――イミーナがぴくりと反応した。

「……待って。何か来る」

「――――」

 その言葉に、全員が一瞬で反応を示し、即座に戦闘態勢を取る。

「どっちだ?」

「……左斜め上から。でも、何か変だわ」

「どういうことです?」

 静かに聞いていたレイナースもイミーナに声をかける。イミーナの顔には困惑の表情が浮かんでいた。

「……これ、たぶん戦闘音だと思うんだけど。滑るように(・・・・・)移動してるの」

「……はあ?」

 イミーナの困惑がよく分かる、奇妙な音の移動。全員が視線をイミーナが音が聞こえるという方角に向け――そして次第にそういった技能を持たないヘッケラン達の耳にもその奇妙な音は届いてきた。

 

 金属のぶつかり合う音。響く怒号。確かにこれは戦闘音だ。何者かが戦闘しているのだろう。しかし――

 

「嘘だろ。マジに滑るように移動してやがる」

 何故かその音が、本当にそのまま移動しているのだ。それぞれに別れて近づいてきているのではない。まるで地面ごと移動しているように、あらゆる音がこちらに移動してきている。

 ごくり。全員がその奇妙さに喉を鳴らす。そして――音の発生源がついに、霧を裂くようにして現れた。

「なっ……!!」

 全員が呆気に取られる。それは、この陸地ではありえない、巨大な帆船だったのだ。

 三本のマストの最後尾に縦帆が張られ、残りは横帆。衝角は異様に鋭く突き出していて、磨かれたように美しさを保っている。しかもその衝角は魔法のようなおぼろげな輝きが宿って、船自体がそれを誇りに思っているかのように感じられた。

 だが、一番の問題は全体的にオンボロだということ。間違いなく、幽霊船そのものだったのだ。

 幽霊船は地上から一メートルほど浮遊して進んでおり、全員が呆然とその姿を見上げる。船の上では――スケルトン達アンデッドが雄叫びを上げながら、必死に何かと戦っていた。

 幽霊船の船員達が、必死に船に侵入した何かと戦っている。そう理解した全員は何と戦っているのか確認しようとし――船尾に取り憑くようにしがみついている、そのおぞましい何かの姿を確認した。

「げぇ!?」

 叫び声が響いた。まるで、鶏を絞め殺す際に、鶏が上げるような奇声のような悲鳴が。

 その声の主こそ、フールーダ。彼の逸脱者が船尾に取り憑くようにしがみつく何かの姿を見た瞬間――瞳を驚愕に見開いて悲鳴を上げたのだ。

 いや、それだけではない。悲鳴はフールーダだけでは終わらなかった。フールーダが連れてきた弟子などの魔法詠唱者(マジック・キャスター)達……彼らもまた悲鳴を上げたのだ。

「あ、ありえない!」

「馬鹿な!」

「防御魔法だ! 早く!」

 彼らの誰も彼もが悲鳴を上げる。ヘッケラン達は呆然と、それをじっと見つめた。見つめるしかなかった。

 それはまごうことなき異形。黒い鎧に身を包み二メートルを超える巨大な体躯を持つ、恐ろしい化け物。幽霊船の船員達はその怪物を振り落とそうと、必死に恐怖さえ感じ取れる雄叫びを上げていたのだ。

「オオオオオォオオォオ!!」

 びりびりと大気が震えるような雄叫び。全身を強打するようなおぞましい叫び声を、黒い鎧に真紅の瞳を持つ巨大な何かが上げていた。船員達が武器を手に必死になって、船からそれを叩き落そうとするがしかし――びくともしない。その強大な力で握り締めた部分を砕きながら、それは船の上へと乗り上げていく。

「ギャア! ギャア!」

 そして、いつの間にか三本のマストの上に鳥の形をした骨が群がっていた。骨の鳥達は船員の奮闘を嘲笑うかのような鳴き声を上げ、マストを止まり木にしてくつろいでいる。

「……アンデッドが、アンデッドを襲っているのか?」

 そうとしか言えない、おぞましい光景にヘッケランはぽつりと呟いた。ヘッケラン達を気にも留めず幽霊船は通り過ぎていく。その姿を呆然と見つめることしか彼らは出来ない。

 更に、呆然と見つめる彼らを尻目に霧を裂くようにして漆黒の影が現れた。影は幽霊船を追いかけるように凄まじいスピードで迫り、幽霊船の横を並走する。

 幽霊船を追いかけているのは骨で出来た獣だ。揺らめくような靄が肉の代わりに取り巻いていて、膿のような黄色と輝くような緑色が靄のあちこちから点滅していた。

 その骨の獣の上に――いつかどこかで見た、漆黒の戦士が騎乗している。

「――奴だ! 追いついてきた!」

「速度をもっと上げろ! 急げ!」

「早く! 速く!」

 騎乗した漆黒の戦士の姿を確認した船員達が、悲鳴のような怒号を上げている。何体かのアンデッド達が漆黒の戦士に向けて弓や大砲を放つが、漆黒の戦士が片手に持つグレートソードで簡単に切り払われる。爆発する大砲の弾。漆黒の戦士は勿論のこと、骨の獣さえこゆるぎもしない。

 悲鳴と怒号を響かせながら、幽霊船と漆黒の戦士は霧の中に消えていく。その姿を呆然と見送っていたヘッケラン達は――女騎士の声で、意識を覚ました。

「総員! 先程の幽霊船を追います! パラダイン様や魔法詠唱者(マジック・キャスター)は〈飛行(フライ)〉で先行! 幽霊船の足止めを行ってください!」

 レイナースの言葉に、帝国騎士達が背筋を正す。レイナースはフールーダ達に視線を向けた。

「出来ますね!?」

「――聞いたなお前たち。あの幽霊船の足止めを行う。〈雷撃(ライトニング)〉などで船体を狙い、船を止めるように!」

「は、はい! ……しかし、師よ」

「分かっておる。ロックブルズ殿、あの船尾に張り付いていたアンデッドには近寄らぬように。近寄れば死ぬと思ってくだされ」

「ご忠告感謝します。――つまり、乱戦になりますわね」

「そういうことです。幽霊船、あのアンデッド、そしてモモンガ殿――三つの勢力が集まって戦っていると思った方がよろしいですな」

「分かりましたわ。では足止めをお願いします」

「行くぞお前たち!」

 フールーダ達魔法詠唱者(マジック・キャスター)が〈飛行(フライ)〉で空を飛び、走る速度より速く幽霊船を追いかけていく。レイナース達歩兵も後に続いた。

 そして、ヘッケラン達“フォーサイト”だけが取り残される。

「……どうする?」

 ヘッケランは三人を見る。三人は難しい顔をしていた。

「目的の人を見つけられたのはいいけど……」

「とても、私たちが話かけられる雰囲気ではありませんね。終わるまで待った方がいいのでは?」

「でも、帝国騎士たち……あの人を追っていた感じがする。ここで引き離されたらまずいかも」

「……だな」

 レイナース達が何故カッツェ平野に来ていたのか知らないが、しかしモモンガを追っていることだけは把握出来た。ここを逃すと、おそらくヘッケラン達が内緒で接触する機会はない。それどころか、言い訳の機会も得られないかも知れない。

 それを考えると――追いかけた方がいいかもしれなかった。

「うし! じゃあ周囲を警戒しながら、俺らも追うぞ! 数の上じゃ多いんだし! まず負けないだろうしな」

 何せアダマンタイト級冒険者モモンガに、逸脱者のフールーダ。そして帝国の四騎士レイナースまでいるのだ。これで負けると思う方がおかしいだろう。多少なりとも顔を覚えてもらうために、ヘッケラン達“フォーサイト”も彼らを追うことにしたのだった。

 

        

 

 ――ヘッケラン達が幽霊船に遭遇する少し前。甲高い鳴き声を上げながらモモンガのもとにボーン・ヴァルチャーの内の一体が帰ってきた。

「……見つけたか」

 骨で出来たハゲワシ――ボーン・ヴァルチャーはモモンガの手甲に止まると、主人へ見つけた情報を届ける。モモンガは再びそのボーン・ヴァルチャーを空へ放すと、他のボーン・ヴァルチャー達を集めた。

「……お前たち、幽霊船を監視しろ。俺が到着するまでな」

 他のボーン・ヴァルチャー達も主人の命を受けて再び空へ飛び立っていく。モモンガは背後を振り返ると、モモンガを守るように背後に立っていた存在を顎をしゃくって動かした。

「行くぞ」

「――――」

 背後に控えていた存在は、モモンガの命令に忠実に従い歩き出す。無言のまま。言葉を知らぬように。

(結構かかったけど、まあいいか)

 モモンガは幽霊船捜索の日々を思い、溜息をつきたいような気分になる。アンデッドは命令が無いかぎりアンデッドを襲わないので、モモンガはボーン・ヴァルチャーなどを使って広範囲に地道な捜索作業を続けていた。

 万が一も考えて護衛も使いながらの捜索は、結局誰に襲われることもなかった。別に襲われないのはいいのだが――しかしカッツェ平野で見つけたアンデッドはどれもこれも、アインズの目を引く存在ではなかった。

(スケリトル・ドラゴンやエルダーリッチさえ、珍しいとはなぁ……せめて中位アンデッドくらいいて欲しかったけど)

 これでは特に面白い土産話にならないだろう。モモンガは気疲れを起こす。

(件の幽霊船の船長とやらが、“O∴D∴U∴”の連中みたいに普通のエルダーリッチじゃなかったらいいんだけどな)

 あの魔術師団の中のエルダーリッチには、通常のエルダーリッチではなく近親種などがいる。通常のエルダーリッチより強さが違うのだが、出来れば幽霊船の船長もそうであって欲しいものだ。

 モモンガはそう少しだけ期待を込めて、ボーン・ヴァルチャーの導きに従って歩を進めた。背後に、モモンガと同じような漆黒の鎧を纏う――けれど明らかにおぞましさしか感じられない、モモンガとは異なる気配の、あるアンデッドを伴って。

 

 

 


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