Die Zeit heilt alle Wunden《完結》   作:日々あとむ

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第一幕 漆黒の英雄 其之七

 

 ――五年近く前。カッツェ平野で帝国騎士達の一個中隊が、見慣れないアンデッドに遭遇した。カッツェ平野のアンデッド討伐が国家事業である帝国騎士達は、特に気にすることもなく、いつも通りの任務として討伐を開始。そして――それが愚行であったことを悟るのに、数十秒。それほど長い時間はかからなかった。彼らは、その数十秒の間で本当の恐怖と絶望(・・・・・・・・)がどういうものなのか、身をもって知らされたのである。

 圧倒的。そして一方的に、帝国騎士達は蹂躙された。

 その後はさすが帝国と言うべきか、即座に最適な判断を下す。撤退した騎士達の情報をもとに討論を開始、初手で切り札である最強戦力フールーダ率いる高弟達が動員された。

 結果は、帝国の勝利。空を飛ぶ手段のない未知のアンデッドは、フールーダ達の絨毯爆撃――〈火球(ファイヤーボール)〉に為す術なく、一方的な連射でなんとか無事に捕縛されたのだ。

 

「――なるほど。それが、パラダイン公やあの幽霊船の連中がデス・ナイトを知っていた理由ですか」

 幾つかの会話の後にモモンガが訊ねた質問に答えたフールーダは、そのモモンガの言葉に頷く。

「あの幽霊船のアンデッド達がデス・ナイトを知っていたというなら、おそらく私どもが遭遇する前に遭遇したのでしょうな。自分を過信して、ちょっかいでもかけたのでしょう」

 アンデッドは同じアンデッドには滅多に反応しない。生者にしか基本興味が無いのだ。幽霊船の船員達がデス・ナイトに怯えていたということは、つまり自分からちょっかいを出して手痛いしっぺ返しをもらったのだろうとフールーダは判断する。モモンガも同じ気持ちのようだ。

「あの……そのデス・ナイトとはどういうアンデッドなんですの?」

 レイナースの疑問はもっともだろう、とフールーダは思う。何故なら、デス・ナイトは伝説のアンデッドであるために、逆に知名度が低いのだ。このデス・ナイトがむしろ周辺に広く知られるようになっては、世界はおしまいであろう。

「デス・ナイトはゾンビ系のアンデッドの一体ですよ」

 レイナースの質問に、モモンガが気軽に答える。

「難度的には――あ、難度は分かりますか?」

「知っていますわ。冒険者の方々がモンスターの強さを数値化している、と――ただ、どのモンスターがどの難度か、というのまでは詳しくありませんけれど」

「なら、少し説明をしましょうか。例えばエルダーリッチですが、彼らの難度は大体六〇前後です。そしてスケリトル・ドラゴンなんかは五〇前後になりますね。前後するのは年齢や体躯の大きさで同じ種族なんかでも数値が変わるからなんですが――」

「複雑なのですね。では、その二体は冒険者の強さで現すとどうなってしまうんですの?」

「エルダーリッチは白金(プラチナ)級チームとミスリル級チームの間くらいの強さ、ですね。スケリトル・ドラゴンはミスリル級くらいでしょうか」

「それは……なるほど。今まで部下達が一対一だと手も足も出ない理由が分かりましたわ」

 レイナースの苦虫を噛み潰したような声色とともに、フールーダも少し驚く。帝国騎士達は専業騎士だ。もとから戦士として鍛え上げられており一般人より遥かに強い。その専業騎士達でも強さは冒険者でいうところの(シルバー)級――白銀近衛隊でさえ強さは(ゴールド)級だ。道理で強いはずである。だが――

「エルダーリッチの方が難度が高いのに、スケリトル・ドラゴンの方が苦戦するのですか?」

 レイナースの質問はもっともだ。モモンガは苦笑気味に答える。

「ああ、それはですね――スケリトル・ドラゴンには魔法が通用しないので。そこのパラダイン公でも一対一だとスケリトル・ドラゴンには勝てませんが、オリハルコン級の戦士ならば一人でも勝てるでしょう。……勿論、パラダイン公も召喚魔法で召喚するモンスター次第で勝てますが」

「えぇっと……つまり、スケリトル・ドラゴンの基礎能力値自体は、空を飛ぶのと巨体以外はそう特出したものはないということでしょうか?」

「魔法が通用しない、空を飛ぶ――そういった特殊な能力でスケリトル・ドラゴンは難度五〇前後になるわけです。対して、エルダーリッチは基礎能力値はスケリトル・ドラゴンの遥か下をいきますが、魔法無効化と飛行能力以外特に能力が無いスケリトル・ドラゴンと違って、第四位階魔法まで使えますので。……エルダーリッチが第四位階魔法で召喚するスケルトン・ウォリアーなんかは、難度四五くらいでしたかね? ……こういった能力の差で、難度が変わるんです。オリハルコン級の戦士一人で勝てるスケリトル・ドラゴンと、白金(プラチナ)級チームで挑まなければ勝てないエルダーリッチ……。どちらが敵として厳しいかは、言うまでもありませんね」

「なるほど、よく理解出来ましたわ。難度も色々と複雑なのですわね」

 レイナースが頷くと同時に、聞いていたフールーダも冒険者の難度というのが、改めて大雑把なことを確認した。だが、指標とするのには悪くない。だとすると――

「ふむ。モモンガ殿はデス・ナイトをどのような難度と設定しているのですかな?」

 フールーダの質問に、モモンガは平然と答えた。

「そうですね――大体、一〇〇から一五〇くらいでは?」

「…………はい?」

 驚愕の数値が耳に入り、思わずフールーダとレイナースは声を揃えてモモンガを見つめる。モモンガは苦笑気味に答えた。

「たぶん、そのくらいですよ。何分私も、少しばかり常識外れですから難度の設定については難しいものがありまして。まあ、評議国の同僚達曰く、そのくらいじゃないかと言われています」

「え? えっと、あの……それ、冒険者の難度で表すとどうなってしまうんですの?」

 レイナースが唖然と訊ねるが、返答は思わず耳がおかしくなったかと思うものだった。

「冒険者の難度ですか? そうですね――アダマンタイト級がおよそ難度九〇以上だったはずですから、アダマンタイト級でよいのでは?」

「きゅうじゅう!?」

「そんなに驚かなくても」

 レイナースの叫び声に、モモンガは苦笑しながら冒険者の難度について教えていく。

「アダマンタイトもピンキリですからね。チームとしての難度が八〇程度――これはギガント・バジリスクくらいの難度ですが――それより上であれば、全員アダマンタイト級に押し込められるんですよ。オリハルコン級よりは強いからアダマンタイト級、というチームもいれば、私のように一人でそれくらいの難度の冒険者もいます」

「は、はあ……?」

 モモンガの説明に、レイナースは口をあんぐりと開けて聞いている。フールーダも同じ気持ちだが、知識を求めるフールーダの性質が、更なる質問をモモンガに浴びせていた。

「デス・ナイトの難度がそこまで開くのは何故なのですかな? やはり、例の増殖能力が原因で……?」

「まあ、そうですね。デス・ナイトは特殊な能力を幾つも持つアンデッドなので。アンデッド自体、色々と特殊な性質をしているんですが」

 アンデッドは精神作用系能力の無効化、飲食や状態異常の無効化など、様々な特殊能力を基本的な能力として備えている。この言い方は間違っているだろうが――一種族(・・・)としては、アンデッドは基礎能力が優れているといっていい。これほど特異な基礎能力を備えた種族は、ドラゴン種くらいだろう。

「デス・ナイトの基礎ステータスは防御特化で、攻撃力は難度に対してそれほど高くなかったりするんですが――まあ、能力が特殊でして。ゾンビを幾つも量産しますから、対応の仕方を間違えると町が平気で滅びますからね。他にも幾つか能力があるんですが」

「そうなのですか?」

 さすがにそれは初耳のため、フールーダは驚いた。

「ええ。無理矢理自分に注意を惹きつける能力と、あとどんな攻撃を受けても一度は死ぬ寸前で耐えきる能力が。この能力の方が私には厄介でして――それこそ自分の耐久力以上の攻撃などを受けても、一度だけ耐えきってしまうんですよ」

 まさに盾そのものですね、というモモンガの言葉は、贅沢な悩みだろう。そもそも、デス・ナイトを退治出来るような人間自体、伝説の中にしかいないだろうに。

 しかしこのような発言が出るあたり――モモンガは、難度一五〇以上の存在であることは確実だ。デス・ナイトを倒せる存在でないかぎり、こんな発言は絶対に出て来ない。

「ああ、それと――確か他のアンデッドとは違って、炎属性が弱点じゃなかったはずです。あまり〈火球(ファイヤーボール)〉は通用しなかったのでは?」

「――なるほど。参考になります」

 モモンガの言葉に、フールーダはかつて遭遇したデス・ナイトの異常な打たれ強さに納得がいった。アンデッドだからといって、必ずしも炎が弱点とは限らない。まさに未知の存在とは恐ろしさに満ちている。

「しかし召喚出来るだけあって、デス・ナイトに御詳しいのですな。正直、また遭遇する可能性を考えると、助かりますぞ」

「それはよかった」

 モモンガの訊きたかったデス・ナイトの件はこれで終わりらしい。フールーダはこの時の会話で、更に出た疑問を確かめるためにモモンガに質問を重ねていく。彼はフールーダより、ある意味知識が豊富だ。魔法の腕は自分の方が格上だと判明したが、知識の量ではもしかすると負けかねない。素晴らしい。

「気になったのですが、モモンガ殿はアンデッドの支配についてはどういった感覚を? 私はエルダーリッチ級までなら支配出来るのですが……さすがにデス・ナイトは無理でして。デス・ナイトを支配している時、どのような感覚なのですか?」

「……それは、私の感覚は参考にならないと思いますが。普通に召喚で呼び出したモンスター同様の感覚しかないので」

「なるほど。……うーむ、やはり魔法による支配と生まれながらの異能(タレント)の差か」

 さすがのフールーダも、生まれながらの異能(タレント)による能力では分からない。あの異能は、本当に個人によって能力も使用感覚も違うからだ。やはり参考にはならなかった。

「では魔法はどのように覚えていったのですかな? 独学で? それとも評議員の中には確か第五位階魔法を行使するドラゴンがいると聞いたことがあるのですが――その方に?」

「あー……それはなんと言いましょうか。一応、独学になると思いますよ」

「ほほう! 出来れば教材にしたものなど教えて欲しいのですが!」

「……まあ、お見せするだけなら」

 モモンガはそう言うと、腰に下げている袋を取り出した。その中から、一冊の本を取り出す。

(む?)

 サイズ的に見て、その本が入っているようには見えなかった。しかし、中から実際に出てきたところを見ると――何らかのマジックアイテムだろう。かなり高価な代物だ。

「一応、これが教科書の一つですね」

 モモンガがフールーダに差し出した一冊の本は、かなり古びた本でかび臭かった。しかし不思議と、虫食いの跡などは一切無い。

(……なるほど。これ自体がマジックアイテムというわけか。私の知らぬ魔道書であればいいのだが)

 フールーダは魔法の深淵を探るにあたり、かなりの魔道書を集め、その知識を読み解いた。それこそ、人類圏の魔道書は全て読解したと言っても過言ではないと、フールーダは自負している。

 そのため、如何に古く高価な魔道書に思えても、写本が無いとはかぎらない。既に写本が作られており、フールーダは読んでいた可能性もある。

 フールーダはモモンガから魔道書を受け取ると、ページを開く。しかし――

(……うーむ。読めん(・・・)

 フールーダにはその魔道書は読めなかった。何故なら、それは知らない言語で書かれた魔道書であったからだ。モモンガの顔を見るが、特に何の反応もしていない。フールーダが読めないことに気がついていないようだった。

「……これは、読解の魔法か何か使用しておいでで?」

「……ああ! 申し訳ない。そういえば違う言語で書かれていたんでした。このモノクルを少しお貸ししますよ」

 そう言うと、モモンガは不思議なモノクルを取り出してフールーダに差し出す。フールーダは受け取ったモノクルをまじまじと見つめた。これもマジックアイテムなのだろう。フレームに細かな文字が彫られていたり、レンズ部分が何らかの水晶で出来ている。

 フールーダはモノクルをかけて、開いたページを見つめた。そして――

「こ、これはぁ!?」

 そこに書かれていた内容を読み、フールーダは思わず叫ぶ。そこには、フールーダが望む知識について書かれていたからだ。

 即ち――死者変質にかかわる、魂の異質化についての知識。フールーダが煩わしいと思っている、魂の寿命に対する解決策である。

「つまり魂とは大いなる世界の流れから打ち上げられた飛沫のようなもの――おお! おおおぉおお!!」

 フールーダは更に読み進めようとページを捲る。いや、捲ろうとした。しかし――漆黒の籠手が、ページを捲る手を止める。

 その力強さに、フールーダは絶望の表情を浮かべて顔を上げた。モモンガが、しっかりと本を持っている。

「えーっと……返していただけます? お見せするとは言いましたが、本は貸すとは言ってませんよ」

 フールーダはくわっと両目を見開いた。もはや理性は彼方へと遠ざかっている。これは自らの野望の敵だと、フールーダは頭ではなく心で理解した。

「否! これこそ私が求めていた知識! どうか! どうかこれを譲っていただきたい!!」

「いやいや、一応貴重品なんでそういうの本当困るんですが!」

「渡さん! 断じて渡さんぞ! これは私のものだ!!」

 フールーダは魔道書をしっかりと抱え込み、舐め、頬擦りした。そうすることに躊躇いは一切無かった。もはやフールーダの中で、この魔道書は殺してでも奪い取るものとなったのだから。

「はぁ……本当、魔法狂いはこれだから困る」

 モモンガがそう呟くと同時に、フールーダは自らの頭上に凄まじい衝撃を受けた。

(し、しまった! 先手を打たれたか!)

 魔道書に夢中になり過ぎた。そう理解したがもはや遅い。その衝撃はフールーダの意識を飛ばすのに十分なもので――もはやフールーダがどれほど意識を保とうと思おうと、フールーダの意識は闇の中へと沈んでしまった。

 

 

 ――そして、レイナースは白目を剥いて意識を失っている帝国最強の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の、心底情けない姿を見下ろして、溜息をつく。視線を上げると、モモンガが握り拳を作って立っていた。この握り拳は、先程フールーダの脳天に炸裂したものの正体である。

「はぁ……その、謝罪はいりますか?」

「いいえ! 本当に――本当に! 申し訳ありませんわモモンガ殿……お手数をおかけして、本当に申し訳ありません」

 レイナースは果たして、今日だけで何度モモンガに頭を下げただろう。これも全てこの魔法狂いのせいだ。レイナースの中で、フールーダと押し付けたジルクニフに対しての恨み辛みが募っていく。

「とりあえず、このマジックアイテムは回収させていただきますね」

 モモンガはそう言うと、気絶しているフールーダからモノクルと魔道書を回収する。レイナースは、近くの部下達に、フールーダを引き摺って、弟子達に押し付けてくるよう命令した。

 ようやく汚物(・・)がいなくなり、互いに溜息をつく。

「その……大変ですね」

「モモンガ殿……本当に、本当に普段はあのような方ではないのです。その、少しばかり今日はちょっと異常なだけで」

 レイナースの言い訳を、だがモモンガは寛大に許した。

「ああ、分かってますよ。こういう反応も初めてではないですから。……まあ、パラダイン公ほど強烈なのはさすがに、私も見たことありませんが」

 聞けば、魔術師というものは大なり小なり、ああいう反応を返すらしい。フールーダのは今までで一番強烈だったようだが、対応が慣れた手つきだったのはそのためだろう。

 ……一体、何度彼はこういった目にあってきたのだろうか。さすがに同情を禁じえない。

「しかし、随分と貴重なマジックアイテムをお持ちなのですね。その魔道書を長期間拝借する場合、どのような条件ならば可能でしょうか?」

 フールーダがあそこまで狂う魔道書だ。このままモモンガの手にあっても、フールーダが理性を投げ捨てて追いかける未来しか見えない。それに、もしかするとその魔道書の中には、レイナースの望む知識があるかも知れなかった。

 レイナースの質問に、しかしモモンガは厳しい答えを返す。

「そうですね……正直、お貸し出来ないというのが本音なのですが」

「そこを何とかお願いしたいのですが……やはり難しいですのね」

 モモンガの答えも予想出来ていた。貴重な魔道書だ。貸し借りが難しいのは当たり前だろう。

「何分、私も一応は評議国の住人ですから。さすがに帝国にはお貸し出来ません」

「……ええ、分かっておりますわ」

 評議国は亜人の国で、帝国は人間の国だ。つまり――敵国も同然なのである。モモンガは人類に対し好意的だが、さすがにそこまでは力を貸してくれない。当たり前だ。

「ただ……この魔道書ですが、おそらく“エリュエンティウ”や法国ならお持ちですよ。評議国の住人である私に頼むより、そちらと接触してみた方がよいのでは?」

「それは……なるほど。感謝いたしますわ」

 モモンガの言葉に、レイナースは頭を下げる。確かにその通りだ。特に法国は人間の国であり、渡りをつけるのは難しいことではない。――少なくとも、評議国の住人と貸し借りを作るより、法国と交渉した方が難易度は低いだろう。

「おーい! 全部探索終えましたよー!」

 そして、話が一段落した時ちょうど“フォーサイト”も探索を終えたのか、そう声をかけてきた。レイナースとモモンガは“フォーサイト”の方へ向かう。幽霊船の最上甲板に、幾つもの財宝が並べられていた。

「一応、これで全部だと思うんですけど」

 “フォーサイト”のリーダーの言葉に、モモンガは財宝を見回し――目的の物があったのか、一つのマジックアイテムを手に取っていた。

 美しい、綺麗なブレスレットだ。幾つもの紫色の水晶が埋め込まれている、金色の金属のブレスレット。よく見れば、金属部分に文字が幾つも彫られている。

「――これだな。あとは……」

 モモンガは周囲を見回し――続いて、ローブと杖を回収していた。そのまま幾つか確認するが……モモンガは、それ以上のアイテムを手に取ることはなかった。

「――後は好きにしていいですよ。私の目的はもう果たしたので」

「え!?」

「あの、モモンガさん! 本当にこれ以上いらないんですか!?」

 “フォーサイト”が驚き、訊ねる。レイナースだって驚いた。帝国騎士の装備品はともかく、おそらく冒険者達の装備品やこの金貨は、はっきり言って残らずモモンガの物と言っていい。しかし、そのモモンガはいらないと言うのだ。

「ええ。正直、私が持っていてもしょうもないものばかりですから。硬貨の類も、別に困ってませんからね。これでも高給取りなので」

 嵩張るだけなので、貰っていっていいですよ。そう言うモモンガに、全員が驚愕の視線を向ける。大きい。器が大き過ぎる。

 ただ――レイナースは何となく、察した。確かに、モモンガが今まで見せたマジックアイテムを思うと、このカッツェ平野で手に入れられる財宝は魅力を感じないかも知れない。鎧や剣とて、彼が今身に着けている全身鎧(フル・プレート)やグレートソードに比べれば、完全に見劣りするだろう。

「……あのー、モモンガさん。実はちょっとお話が」

「はい?」

 ちょっと失礼します、とレイナースにそう断って、“フォーサイト”がモモンガを隅に連れて行く。そのままぼそぼそと何かを語り……“フォーサイト”が頭を下げていた。レイナースはその様子に首を傾げる。

 だが、頭を下げる“フォーサイト”を、モモンガは特に気にした様子もなく止めていた。何か謝罪しなくてはならないことがあったようだが、モモンガは気にしていないようだ。レイナースはそう見る。

「――さて、では私はもう帰ります。パラダイン公が目を覚まさない内に」

「――あ、はい。本当に申し訳ありませんわ。その方がよろしいかと思います」

 “フォーサイト”との話が終わったモモンガが、再びレイナースのもとまでやって来てそう告げる。レイナースは引き留められない。何せ、フールーダの狂態を見れば、あれにかかわりたくないと思うのは当たり前の感情の動きだろう。レイナースだってかかわりたくない。

「ですが、もしまた帝国に御用がありましたら、是非とも陛下に拝謁していただきたく思います。陛下もモモンガ殿と話をしてみたいとおっしゃられていましたから」

「はは――そうですね。帝国には興味深い施設が色々ありますから、また機会があった時にでも」

 体の良い断り文句だが、当然の反応だろう。しかしこれで、またモモンガが帝国に現れた時に話しかけやすくなる。今回はフールーダが色々仕出かしたので、このあたりで妥協した方がいいだろう。というより、フールーダのせいで「二度と来ねぇよッ!!」とキレられても文句が言えない立場なので、この優しい対応に感謝しかなかった。

「それでは、お元気で」

 モモンガはそう告げて、再びカッツェ平野の霧の中へ消えていく。その姿をレイナースと帝国騎士達は見送り……その後、一緒に見送っていた“フォーサイト”の面々を見た。

「それで――貴方たちはどうするおつもりですの?」

「あー……ちょうどいいんで、帝都に帰ります。さすがに、そろそろ消耗品が限界に近いんで」

「なるほど」

 レイナースはそれを確認し、彼らに対して興味を失った。彼らに背を向けて、部下達を見る。

「では、私たちも帰還しますわ。パラダイン様がおられないので、警戒を強めるように」

「は!」

 フールーダがいないという単語に、誰も反応しない。当たり前だ。あの狂態は全員見ていたのだから。弟子達は物凄く微妙な顔をしている。見てはいけないものを見てしまった、と心底から後悔している顔だ。

 そしてレイナース達もまた、帝都へ帰還する。帰りの道中、レイナースはジルクニフに報告する事柄を幾つも頭の中で纏め――ついでに、ちょっとした嫌味も考えておくことにしたのだった。

 

 

 


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