バトル・ロワイアル The Rebellious Memory 作:原罪
――お前は彼を裏切ることはできない。せいぜい想像するだけで精一杯だろう。
ベッドがある。衣装棚がある。記帳机と灯りがある。ソファがある。厚い布地のカーテンがある。
なるほど、寝泊まりに必要なものは一通りは揃っているようだ。
調度品の数自体で言えば、彼女の空中庭園に用意したサーヴァント用の個室よりも種類は多いかもしれない。サーヴァントはそれらを元来必要としないからこそでもあったが。
「どこぞの城かと思えば、それらしく作った贋作ではないか」
大きなつくりのガラス窓から地上を見下ろし、呆れたように鼻を鳴らす。
眼下にはライトアップされた機械仕掛けの遊戯場が、一人の客もなくただ乗り物だけを動かしていた。
地形が小島であることや線路の通り方を見るに、ここは『アリスランド』という場所に相違ないらしい。
中心に城のような形を模した宿泊施設を作り、城の庭を遊び場として開放する。
そういうコンセプトだとは把握できたが、それにしては城の外観デザインから想定された時代と、遊技場の文明レベルが明らかに釣り合っていないのが、現代によみがえった古代の英霊としてはちぐはぐに見えて仕方なかった。
まぁ庶民の娯楽施設とはこんなものか、という程度に感想をとどめて、赤のアサシン――女帝セミラミスは、ガラス窓へと細長く端正な指をかざした。
ガラスへに映り込んでいたひどく顰められた美貌が、半分ばかり隠れる。
その景色は、先刻まで己が居城としていた『虚栄の空中庭園』と似ても似つかないものであり、その苛立ちを冷ますためにそれなりの時間を必要とした。
来るべき黒のサーヴァント達との最終決戦を控え、空中庭園の迎撃手段を万全に整え、必ずしも心からシロウに仕えていなかった赤のランサーにも釘を刺した。
その際にランサーから愉快でない言葉を聞かされたが、べつだん計画に齟齬をもたらすような因子はなかったはずだった。
にも拘わらず、ここにいる。
「それにしても、ずいぶんと無礼な羽虫だったな。アレが進行役なのだとしたら、ずいぶんと舐めてくれたものだ」
それも、かの赤のバーサーカーのように、古代ローマの闘技場さながらに品位のない殺し合いを命じられている。
まったく、馬鹿馬鹿しい。
サーヴァントを首枷のついた奴隷のように争わせようとする低俗さも馬鹿馬鹿しければ、何よりあの『願いが叶う』といううたい文句で人を釣れると思っているところも浅はかだ。
他者――それも英霊をその気にさせようというなら、それこそ『聖杯』に匹敵するだけの『奇跡』を眼前に用意してみせ、それ相応の態度を持って遇しなければ意味が無い。
『どんな願いも叶える権利が与えられるぽん』などという、あまりに漠然とした、極めてざっくりした一言で済まされた口約束を真に受けるものがいるとすれば、それはよほどの阿呆に違いない。
もしくは進行役の裏事情でも把握しているのではないか、ぐらいは疑った方がいい者だろう。
「我をサーヴァントだと承知の上で招いたというならば、たとえハッタリでも『聖杯』に代わるだけのモノを用意したぞ、と吹っ掛けるぐらいはしてみせればいいものを」
得体のしれない開催者の『願いを叶える』などというあからさまな釣り餌と、すでに空中庭園にある大聖杯とでは、どちらの方がより願いを叶える手段として確度が高いか、考えるまでもない。
であるからには、優勝を目指すなど論外だ。
一人だけで生還したところで、セミラミスの願いは叶わない。
聖杯大戦の最終的な勝者として願いを叶える為には、セミラミスが現界するためのマスターであるシロウの存在と、大聖杯に接続して願望機を作り替えるシロウの宝具がどうしても必要になる。
シロウの側にとってもそれは同様だ。大聖杯の接続という儀式の最中に、聖杯と自身の防護を任せられるサーヴァントはセミラミスをおいて他にいない。
最低でもシロウと自分の二人は生還する形で、大聖杯の待つ居城へと帰還する。
それが最も妥当だし、シロウも同じことを目指すはずだと確信している。
また、もしも生還枠が二名に増えたところで、シロウと二人で優勝を目指すのかと言われても怪しい。
『優勝者は生還させる』という口約束が護られるかは保証されていないのだから。
セミラミスは、顔にまったく裏切りの相が無い者でなければまず疑う。
表情を判別することもできない羽虫の言葉など、信用に値するはずがなかった。
「ハナからマスターに方針を問う必要が無いのは不幸中の幸いだったな。
マスターには『啓示』スキルがある。連絡を送らずとも、我の動きをいずれ察知することだろう」
そう呟いて、『不幸中の幸い』という部分をもう一度だけ反芻する。
そう、進行役がどうしようもない阿呆であることだけはこちらに有利だったが、阿呆だろうともこちらの生殺与奪を握るほどの力を持っていることは認めざるを得ない。
総括すると現況は『不幸』のただなかにある。
まず、『虚栄の空中庭園』から外に出てしまえば、セミラミスのサーヴァントとしての戦闘力は大きく減衰する。
『十と一の黒棺』をはじめとする数々の術式を扱えないばかりか、竜牙兵のような雑兵たちも生み出せず、魔術による防護の力も、第二宝具である『驕慢王の美酒』も大幅に弱体化する。幻想生物の召喚も、切り札として精製していたヒュドラ毒の使用も不可能となる。
感覚としては、これまで何不自由なく動いていた両の手指が、指一本を除いてすべて動かなくなったのに等しい。
そもそも、キャスターとしての属性が強いサーヴァントに野外での正面戦闘を要求するなど運用を履き違えているのだ。
それだけでなく、使い魔として使役すべき野生の鳩もまったく見かけない。
このような屋外の公園や遊技場のような施設は、本来ならば現地の鳩にとって格好のたまり場となるはずだ。
それが一羽も気配を感じないとなれば、この会場はいったいどんな場所なのかという疑念を抱かずにいられないし、何より偵察をするための『眼』がほとんど機能しないというのはあまりにも痛い。
しかも、この状況の不審さはそれだけではない。
否、そもそも『サーヴァントを拉致して違う殺し合いに参加させる』という状況それ自体が異端でしかないのだが、おかしな点はまだいくつもある。
そも、名簿とやらが怪しい。
(スマートフォンなどという機械はセミラミスの知識にもないものだったが、タッチパネル式で操作をするという点だけは彼女の要塞でも行ったことがあるために勘で扱っている)
黒のサーヴァントと赤のサーヴァントをそれぞれ二体と三体ばかり確保し、それに加えてルーラーと天草四郎をこの場に呼ぶという選抜基準もよく分からないものではあったが、『黒のアサシン』という聖杯大戦を脱落者したクラスもあった。
赤のアーチャーは『自分が討った』としか報告しなかったが、まさか実は討っていなかったにも関わらず虚偽の報告をした――ということはあるまい。
あの時にそんな嘘をついてもいずれ露呈したことは明らかであり、偽る理由も意味もない。
だとすれば、この名簿は皆の混乱を招くために偽りの記載がされたものと見ていいのか。
あるいは、すでに脱落して聖杯へと還元された英霊を、再召喚したとでもいうつもりか。
それは聖杯大戦の根本的なことわりを覆さない限り、起こりえない現象だ。
さらに、霊体化ができない。
あらかじめ『霊体化を禁じる』という令呪でも使われたのか、実体の状態をどうしても解くことができない。
マスターとの魔力のラインも切れている。
契約を結んだサーヴァントはマスターからの魔力供給を常に感じられるにも関わらず、それが無い。しかも、その上で存在を維持するための魔力には支障がない。
つまり、今の状態は『実体化』というよりも自らの肉体を獲得した『受肉』の状態に近いと言えるはずだが、『受肉』する為には本来なら聖杯に願わなければならないはずだ。
そして、首輪だ。
サーヴァントには、神秘を宿していない現代兵器が通用しない。
首輪の爆弾とやらがかのメフィストフェレスの『爆弾(ボム)』のような呪術の一種だとすればサーヴァントをも傷つけうるかもしれないが、この場にはとてつもない対魔力を有するルーラーも現界している。
彼女に呪術としての爆弾が通用するとは思えない。
……仮にルーラーにも通用する首輪を嵌めたというのなら、まさか実体化の強制のみならずサーヴァントが『人間』そのものに近づいているとでもいうのか。
ものは試しと、魔術によって破壊できるものかどうか、まず魔力を通せるかを確かめようとしたが、すぐに『それ以上触れるな』という抵抗感が生まれて指を弾かれた。
まるで、あらかじめ令呪で『首輪を破壊するな』と命じられていたかのような心理的負担を感じた。
仮にそれ以上、無理やりにでも首輪の解体を試みようとすれば、今度は『ルール違反をした者の首輪を爆破させる』という罰則が適用されていた可能性が高い。
ありていに言えば、現段階では魔術的なトラップなのか、ただの爆弾なのか、それさえも判別することが不可能である。
そう、進行役の愚かさはともかく、ゲームとやらの開催者の力は認めざるを得ない。
こう考えを深めていくほどに、ある懸念が思考にまとわりついてくる。
「まさか……あ奴は大聖杯を強奪したのではあるまいな?」
それは、空中庭園からサーヴァントと同様に大聖杯もまた強奪され、その願望機としての機能が『ゲーム』とやらを運営するために利用されている懸念だった。
大聖杯によって召喚されたはずのサーヴァント達が、強制的に転移させられたこと。
時には令呪の力さえをも上回る空中庭園の強力な魔術的防護の中にいたセミラミスをこの場に移したこと。
黒のアサシンがこの場に存在していること。
サーヴァントを実体のままに固定するよう制限したこと。
妄言やもしれぬとはいえ、『どんな願いでも叶う』などとのたまったこと。
仮に、このゲームに聖杯大戦の大聖杯が利用されていれば、事情が変わる。
自分とシロウの安全だけでなく、何としてもそれを奪い返したうえで生還しなければならない。
いずれにせよ、足りないのは情報だった。
仮に大聖杯も使わずにこれだけの不可能ごとを成しえたのだとすれば、その時はそれこそ、『では何の力を使ったのか』という疑問への答えが見いだせなくなる。
しかし、このゲームに不可知の存在が関わっていることは、無礼な羽虫と少女の会話から痛感せざるを得なかった。
『魔法少女狩り』という呼称。そして『魔法少女以外の一般人を巻き込むつもりか』という言葉。
明らかに『魔術師』とは異なる意味合いで呼ばれていた『魔法少女』という存在。
『魔術』ではなく『魔法』という言葉が使われていることが気にかかる。
魔法となれば魔術よりも高位の、この時代の人間には実現不可能な奇跡を指す言葉となる。
それを使い得るということは、すでに根源の渦に到達しているに他ならない。
もちろん、魔法そのものではなく『魔法級に相当する』力を保有しているという意味かもしれないが、そうだったとしても『魔法少女狩り』などと、まるで『魔法少女』なる者がたくさんいるかのような肩書であることが引っ掛かる。
あの無礼な羽虫の知己であることからも、『スノーホワイト』という少女からは優先的に接触しておきたい。
基本的には、自身にとって不可知の事象に詳しい者がいれば情報を吐かせる。特に『スノーホワイト』は優先順位をあげておく。
仮に有能な者や使いやすい無能者がいれば、見返りの供与と悪意による誘導を使い分けて労働力を提供させる。
主に、邪魔者退治やら情報集めやら伝令やらを担わせる。
仮に無能な上に、何も知らず、あまつさえ裏切りの相まである者がいれば、さっさと処理しておく。
常のセミラミスであれば、たとえ味方だろうとも殺意の天秤が少し傾いただけで処理してきたものであったが、さすがにこのゲームでも不必要な殺しをするのは勿体ない。
単に帰還する方法を穏便に探りだしたいだけではない。
まずは他の『参加者』七十余名の勢力関係を把握すること。
そこを踏まえた上でなければ、暗殺者であり謀殺者であり、暗躍者でもあるセミラミスとしては立ち回りようが無い。
そして、赤のアサシンとシロウ・コトミネが生還することを阻止しようとする輩も、ゲームの中には放り込まれている。
ユグドミレニア陣営のサーヴァントと、その陣営と同名を組んだサーヴァント。
ルーラー。黒のライダー。赤のセイバー。
全陣営を敵に回していた黒のアサシンはともかく、この三者についてはシロウの陣営に対抗して手を結び、『聖杯を握らせてはいけない』という危機意識を抱いている。
あくまで合理的に考えれば、聖杯大戦とは関係のない不測の事件が起こっている以上、ルーマニアへと帰還して聖杯大戦を再開するまではかりそめの休戦をする余地はあるのかもしれないが、それまでの険悪な関係を思い起こせばそうはいかない。
特に赤のセイバー――反逆の騎士が問題だ。
初対面の時から、合理的な協調よりもこちらが気に食わないという反骨精神を重んじるような輩だった。
こちらは彼女のことを、なるべく早めに始末すべき手合いだと認識しているし、おそらく向こうもこちらに対して同じ敵愾心を抱いていることは想像に難くない。
この状況を解決するまでは休戦しよう、などという提案をしたところで間違っても承諾しないだろう。
そしてより悪いことに、『空中庭園』無しのセミラミスではまず太刀打ちできないほどステータスに開きがある。
だから、現実問題として、正面から戦ってはまず勝てない敵サーヴァントに脱落してもらう手段を見つけ出し、仕留めた上で生還しなければ、こちらが殺されるということになる。正直なところ頭が痛い。
問題は、謀殺をしようにも、こちらの方が敵を作りやすい立場にあることだ。
こちらの陣営は実質二人で、向こうの陣営は黒のアサシンを引いても三人。
しかも三者とも見るからに純朴だったり単純だったりするような者ばかりで、民草にとって無害だと信頼されることは容易そうなタイプだ。
こちら側に与する者としては赤のアーチャーもいるが、『聖杯に懸ける願いが対立していない』という利害による同盟でしかない。彼女がこの場においても味方で有り続けるかどうかは疑問がある。
たとえば巻き込まれた者のなかに人間の子どもがいるようであれば、彼女は子どもを見放してでも自陣営だけで生還することに難色を示すに違いない。
下手をすれば、他の参加者に向かって『シロウと赤のアサシンは、聖杯への願いの為にマスターに毒を盛った前科があり、生還するにあたって手段は選ぶまい』と馬鹿正直に暴露する可能性さえある。
それでなくとも、『赤のアサシン(暗殺者)』と名簿にクラスを書かれている時点で、聖杯戦争について無知な者でもまず警戒するだろう。世界最古の暗殺女帝であるという真名を知られれば、なおいっそう印象は悪くなる。
よって『ルーラー、黒のライダー、および赤のセイバーは仕留めるべき悪党である』と他者を騙すことは、勝算が薄いと言わざるをえない。
「たいそう業腹だが……聖杯大戦のことはひとまず水に流して休戦しよう、とおもねるような真似ぐらいはした方がよさそうだな」
そうしたいという意思表示は、無論本心ではない。
だが合理的に考えて休戦した方が得策だという事実は嘘ではないのだから、騙したことにはならない。
そして、『一時的にでも主催者を倒すために手を組もう』という平和的な提案をした側と、『お前は信用できないからそんなことができるか』と蹴った側では、前者の方がまっとうなことを言ったと主張したまま敵対することができる。
殺したくないから、穏便に振る舞うのではない。
機会をみて謀殺するために、穏便に振る舞う必要がある。
首輪を外すための『条件』とやらについても、然りだ。
ガラスに映り込んだ首枷を見とがめ、しばらくその屈辱に耐えるために睨むような凝視を続けた。
「気に入らんが、すぐにでも外そうとするのは拙速だな」
羽虫は、『条件を達成できるようせいぜい頑張れ』と言っていた。
つまり、多くの条件は、殺し合いゲームを進めるために誰か殺すなり、道化として振る舞うなりしろと、本意ではないことをやらせる命令なのだろう。
それなのにさっさと首輪を外してから、何もない首元を晒して歩き回るなど、『私はすぐに主催者の言いなりになって人を殺すなり何なりと危ないことをした可能性があるから、どうか警戒してください』と周囲に見せつけるような愚行でしかない。
仮に首輪を外した者の条件が、手を汚す必要もなく簡単に達成できるものだったとしても、もし出会った相手の方が『何人か殺せ』というたぐいの条件を突きつけられていた場合は、『もしかしてこいつは誰か殺して首輪を外したのではないか』とあらぬ想像を抱いて第一印象を悪くするだろう。
なるべく他の参加者から情報を集めねばならない現状において、まず首輪を外すのはあまりに上手くない。
その上、解除条件を満たせば首輪が外れるというルールも、あくまでファヴが口頭でそう言ったというだけに過ぎないのだ。
まずは誰か他の参加者が実際に首輪を解除したところを確認する。
そうして解除条件のルールが確かにそのとおりであることを見届けてから、自身も首輪を外す。
なるべくならば、そうしたい。
「地形を考えれば遠からず誰か通過するだろうが、監視の眼が一羽しかないのはやはり不便よな」
すでに、この島にある駅周辺を見張らせる形で『支給品』だった鳩をはなっている。
地形を考えれば島同士を移動しようとする者はまず駅周辺を通る可能性が高く、アリスランドに誘おうという待ちを決めることにした。
合流すべきマスターであるシロウは、戦場だろうと躊躇なしにふらふらと歩き回るタイプだ。
であれば、己は探し回るよりも待ちに徹すべきだろう。
通行人を使い魔に誘わせるか、看過するかは使い魔の情報から判断する。
誘い出した者を手足にするか、『首輪のための贄』にするかは、さらに相手を見て判断する。
手足に対しては『首輪のために他者を殺す』ことを隠さなければならないのが面倒だが、そこは『特殊機能』とやらを遣り繰りすれば多少なりとも楽になるだろう。
「しかし、この、ちまちまとした端末はどうにかならんのか……。
魔術使いはそもそも機械を嫌うことを分かった上でのことなら、実に気の利かん」
机上のスマホを手に取り、再三になる操作をして首輪解除条件を映し出す。
『参加者を2人殺害する』
白地の画面に、黒字で淡白にそう書かれていた。
シンプルな条件だが、出会う者を無用に警戒させないためにもなるべく隠す必要がある。
さて、どういうふうに偽造して誤魔化したものか。
黒い文字をなぞるように端末に触れたところ、新たな発見があった。
「おや……?」
その画面は、指をなぞるように動かせば、より下へとスクロールすることが可能だった。
その解除条件には、続きがあった
“もし第三回放送までにこの条件を達成できていなかった時、第三回放送と同時に全生存者のスマホに以下の内容がそのまま送信される。
(首輪の解除自体は、第三回放送以降に殺害を達成しても滞りなく行われる)“
“シロウ・コトミネの目的”
「なんだと?」
そこには、シロウ自身しか正否を知らないはずのことが書かれていた。
すべての魂の物質化。
願望機の全魔力を動員して、全人類を魂さえあれば生き延びられる存在にする。
全ての人類は不老不死になり、資源や富を巡る争いが消え、復讐の連鎖は断たれ、戦争は根絶される。
生存本能はなくなり、善性と悪性をもたらす我欲が消失し、虚栄は意味をなさなくなる。
誰もが平等で、権力者は存在せず、永久に変わらないままで有り続ける。
何故に知っている、とまず驚愕した。
シロウと直接に契約を結んでいるセミラミスでさえも、ここまで詳しく救済の全貌を聞いていたわけではない。
大聖杯の『できないことはできない』というシステムを書き換える。
大聖杯の中へと侵入し、第三魔法によって人類の全てを造り替える。
結果として成立するのは、恒久的な世界平和。
セミラミスでも、せいぜいその段階までしか聞いていない。
救った世界は、そのままセミラミスにくれてやるから女王になればいいと、そういう約束を交わしている。
次に、主催者があること無いこと妄言を書き立てたのではないかと疑った。
千里眼か、赤のキャスターに匹敵するほどの観察眼か、あるいはサーヴァントの心を読む術でも持たない限り、シロウの計画を把握する手段などありえない。
しかし、すぐに気付く。それは、どちらでもいい。
これが、主催者の想像だとしても、真実だとしても。
ここに書かれていることが、シロウの考えと一致している可能性は極めて高かった。
なぜなら、あの少年がそのような世界を望んでいるなら、とてもしっくりくる。
いかにも、あの聖人が考えそうなことだと、シロウらしいと、読んでいて納得してしまう。
そんな納得ができるぐらいには、赤のアサシンはマスターのことを理解している。
アレは、たしかに『完璧な存在』にあこがれていたと、つじつまが合う。
そして、この内容が他者に知れ渡ったときのことを思いめぐらせる。
なるほど。
確かにこれの真偽がどうあれ、こんな情報を流されたならばシロウの陣営は不利になるだろう。
世界救済のための手段がここまで極端なものであるとは、赤のアーチャーも知り得ないはずだ。
どころか、この文面を見てしまえば、聖杯戦争とかかわりのない者だろうと、天草の精神性が異常なものであることを察するには十分すぎる。
まずこんな夢物語は眉唾だと狂人扱いされるのが関の山だろう。
たとえ真に受けたとしても、不老不死と引き換えにそれまでの精神性を全て失ってしまう、そんな世界にするつもりだと言われて、戸惑わない者はいない。
そして、そして。
――ならば、“我”はどうすると思われている?
――ならば、“私”はどうする?
「――――――殺す」
セミラミスの口元が大きくゆがむ。
音が出るほど歯を食いしばり、強く握った拳を乱暴に机上へと叩きつけた。
激昂をそのままぶつけられたデスクが大きく破砕し、柱が折れ曲がって卓が床へと傾く。
なぜ、敵はこのようなペナルティを設けたのか。
わざわざ『首輪解除はいつでも構わないが、マスターを助けたければ早く殺せ』などという条件にしたのか。
詳細に書かれたシロウの目的は、実のところ他のサーヴァント向けでも巻き込まれた一般人に向けてでもなく、セミラミスに向けられた説明だった。
『誰もが平等で、権力者は存在せず、永久に変わらないままで有り続ける』
仮に天草四郎時貞の望む世界が生まれた時、その世界に女帝として君臨する余地などない。
この方法で世界を救ってしまえば、セミラミスの願いは成立しない。
つまり、マスターはサーヴァントを騙していた。
よくある話だ。
よくも騙したなという怒りはあれども、失望も意外性もない。
最初からシロウとは、互いに互いを利用するための主従として成立した。
今まではたまたま目的が合致していたから、セミラミスの方から裏切る理由が無かっただけのことだった。
だから、つまり。
このペナルティーを考えた無礼者は、あろうことか女帝に愉悦を目的とした誘いをかけている。
もしサーヴァントとしてマスターの目的を守りたければ、性急にことを起こしてでもマスターの為に条件を満たさなければならない。
これは、マスターから裏切りを受けたことを知っても、それでもお前はマスターの秘密を守りたいか、という問いかけだ。
もしも悠長に構えていれば、第三回放送によってマスターは危機に陥り、お前の行動しだいでマスターを殺せるかもしれないが、それでもいいのかという誘惑だ。
もしお前に『たとえ裏切られてもシロウに尽くしたい』という健気な心があるならば、その一途さを見せてみろ、という嘲笑だ。
つまり、この条件を考えた愚か者は、この女帝を、あの三文劇作家が愛好してやまない衆愚な『恋する乙女』とか、そういう類の盲目な女と同列に扱おうとしているのだ。
これ以上の侮辱行為があるだろうか。
ここにはいない赤の男サーヴァント共が、三連続で幻聴を聞かせる。
――なんだ、やっぱり女帝さんにも可愛らしいところがあったんだな。
――おやご存じない? 古来よりその感情こそ、『恋』以外の何物でもない。
ああ、『
――恋しい相手を殺すのか。お前たちは理想的な関係だと思っていたのだが。
黙れ、黙れ、黙れ。
「これを考えた輩には、世界一強烈な毒を食らわせて殺す」
並みの男ならば聞いただけで失禁してしまいそうなほどの声を出した。
「ああ、確かに我は、第三回放送までに条件を満たすしかないという気になったとも。
だがな、それはマスターの秘密が暴露されては、同じ陣営にいた我も疑いの眼で見られるという損得計算だ。
断じて、貴様らが思い描いたような醜態をさらす為ではない」
そう、確かにシロウに対する怒りはあるけれど、その報いを与えるのは火急のゲームを終わらせてからの話だ。
無礼な羽虫の飼い主どもに然るべき制裁を加えた後で、ゆっくりと考えればいいことだ。
しかし、何故だろう。
セミラミスにとって、シロウが自分を置いて一人進むつもりだったことよりも、シロウの世界ではお前の野望は叶わないと突きつけられたことよりも。
サーヴァントを裏切っていたマスターが最後にやることなど一つに決まっており、つまり、どうやらシロウは最後に令呪を使って自分を殺すつもりだったらしいと分かったことの方が、頭に残ってなかなか離れなかった。
胸が軋むような苛立ちが、収まらなかった。
彼女は知らない。
彼の答えが、『謝るつもりだった』という、あまりにも呑気で、サーヴァント(道具)に対するには甘すぎるほどの言葉であることを、この時点での彼女は知らない。
【H-8/アリスランド城内 一日目・深夜】
【赤のアサシン@Fate/Apocrypha】
[状態]:健康、魔力消費微弱(使い魔を使役中)
[服装]:いつもの服装
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一色、スマホ(特殊機能『解除条件ダミー』付き)、毒リンゴ(現地調達+自分で生み出した毒、特殊機能を隠すためにこれが支給品だったと言い張る予定)、不明支給品一つ(確認済み)
[首輪解除条件]:二人を殺害する。期限は無いが、第三回放送までに条件を満たせていなかった場合は、『シロウ・コトミネの目的』が全生存者にメールで送信される(※その時点でセミラミスが死亡している場合は送信されない)
[思考]
基本:シロウとともに空中要塞へ帰還する。このゲームに大聖杯が絡んでいれば、大聖杯を奪還した上での生還。
1:当面は城を拠点として待ち伏せ。通行人を言いくるめて駒にするか利害の一致による協力関係を結び、脱出と敵対サーヴァントを排除する手段を探る。
2:第三回放送までに、殺しても問題なさそうな参加者二人を殺害して首輪を解除する。ただし、すぐに首輪を外すのは避け、なるべく他者が解除するのを見てから外したい。
3:当面は他の参加者とは不戦協定を結び、殺す時も謀殺を中心として立ち回る。
4:スノーホワイトとは優先的に接触しておきたい
5:マスターについては、帰還してからツケを払ってもらう。『自分を殺すつもりだったのか』という胸の痛みは…………無視する。
6:ユグドミレニア城が近くにあるのが気がかりだな……人手がある程度あつまったら、黒のサーヴァント共が集まっていないか斥候を出すべきだろうか
[備考]
※参戦時期は、黒のアサシン討伐の報告を受けた後(原作の4巻1章終了時)です。
※ジークという名前を知らないため、ジークフリートに憑依するホムンクルスが参加していることには気づいていません。
※スマホの特殊機能は『首輪解除条件を表示する画面を改ざんできる(違う条件に書き替えることが可能)』です。書き替えが行われている限り、仮に『解除条件を読み取るタイプの特殊機能』を使われた場合でも、偽装されて表示されます。ただし、あくまで違う条件であるかのように偽装表示されるだけであり、解除条件そのものが変わるわけではありません。
※G-8の駅周辺に偵察用の使い魔(鳩)が一羽放たれました。セミラミスの支給品です。
※アリスランド中央の城正面入り口に、魔術による捕縛のトラップが設置されました(アニメ7話で教会に設置した仕掛けと同じものです)。セミラミスの招待なく侵入した者に対して発動します。