バトル・ロワイアル The Rebellious Memory   作:原罪

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殺害の女王/赤のセイバー、柏葉琴乃、リュリーティス、巴鼓太郎(Mist)

───何度も何度もイメージした。

人を撃ち抜く感覚。

頭蓋を。心臓を。首を。

寸分違わず矢を撃ち込み、その命を奪い踏み躙る。

最初の一人を殺してから脳の中で繰り返し"悪"を為す己をイメージし、修羅へ堕ちる覚悟を決める。

殺人とは、つまるところ"奪うこと"。

生きている人間の過去も未来も一緒くたに丸め込み、愛も憎しみも織り混ぜ屑籠に放り投げ、蓋をする。

殺すとはそういうことだ。

蓋をされれば二度と開かれることはない。

死んだ人間は生き返らない。

死んだ人間が何を思ったかなど察することすら不可能だ。

殺した罪は一生消えない。

弱い心に焼き印のように押された罪は常に熱く己を責め立て、傷には油を注ぎ治らない痕となる。

───これでいい。これでいいんだ。

穢れた私に綺麗な貴女。

誰かを守って死んでいった綺麗な貴女を、穢れた私の口で語ることは許されない。

手を取る道もあった。お互いに支え合い悪趣味な催しから逃げ出す道もあった。

だが私はその道を選ばず、手の届かない遠い場所に投げ捨てた。

もう拾うことすら許されない。

後悔はない。殺しを行ったことは。

後悔はない。この道を選んだことも。

しかし、ひとつだけ。

この血で濡れた掌で我が子を抱いていいのかという思いだけが、どうしても脳裏にこびりついて離れない。

本当に血に触れていなくとも、この弓で彼女を射った時点で私の手は血に濡れている。

だから、イメージした。

何度も。

何度も何度も。

会う者全員を射ち抜き、絶命させる矢を。

肝心なその一瞬に指先がぶれないよう。

もう二度と迷わないよう。

イメージし続け、この矢も正確に敵を射抜くと確信を持つことができた。

罪無き者も。罪在る者も。

容赦なく撃ち抜く覚悟が出来た。

 

出来た。

はず、なのに。

 

「馬鹿が。ンなブレッブレに乱れた精神でこのオレを討てると思ったか」

 

頭上で美しく煌めく剣。

穢れた私とは、大違いだ。

 

「───デッドエンドだ、意気地無し。

雑魚は雑魚らしく、あの世の片隅で震えてろ」

 

煌めく剣は、ギロチンのように。

尻餅をついている私の頭に、振り下ろされた。

 

 

 

 

◯ ● ◯

 

 

 

 

時は少し遡る。

崖から落ちてきたであろう気絶している少女を発見した叛逆の騎士・モードレッドは取り敢えず移動を開始した。

少女が目覚めるまでその場を動かない、という身の安全を第一にした選択肢もあったのだが『つまらない』という感情がその選択肢を洗い流し彼女を移動させるに至った。

この場合身の安全を確保されないのはモードレッドではなく、落ちてきたであろう少女───現・担がれている少女リュリーティスである。

怪我人を無闇に動かしてはいけないと現代人ならそれなりに浸透している常識は彼女には通用しない。

知識の有無の問題ではなく、考慮するだけの必要がないのだ。

起きたら起きたで話を聞けばいい。

比較的傷は浅い。医者ではないので正確な判断ではないが、多少担いで移動しても命に関わるということはまずないだろう。

如何にも『無害』という雰囲気を全身に纏った少女を安全に目覚めさせるには、何処かにあるであろう町を探さなければならない。

町ならベッドの一つや二つあるだろうと想定しての行動だ。

ごつごつした岩の上に寝かせるより余程良い。

スマートフォンとやらの使い方はイマイチ理解出来ていないが、現在位置と地図だけは確認出来た。

"ホムラの里"なる場所ならば休める家屋程度あるだろう。

 

「しっかし…どうやって行けってんだ」

 

ホムラの里とやらに向かうには、残念ながら森を抜け山を抜ける必要がある。

モードレッドだけならば適当に岩の間を全速力で駆け抜ければ済む話だが、肩に担がれているリュリーティスのことを考えるとその手段は選べない。

かといって深夜に死角の多い森や山を怪我人抱えてノロノロと登れば全身で殺してくださいとシャウトしているようなものだ。

危険極まりない。

さて、どうしたものかと辺りを見渡すと───其処には、線路があった。

 

「あー…そうか、この上をアレが走んのか」

 

モードレッドの脳裏を走るガッタンゴットンと音を鳴らし移動する"アレ"。

現物がありゃ乗り回すのも手なんだがなー、と愚痴りながら線路沿いに歩き出す。

モードレッドは一時期ではあるが、王への反乱を行った際それらを率いる者として立った経歴がある。

アーサー王のローマ遠征の隙に行った、綿密な下準備の成果。

自国の軍が敵となったアーサー王は上陸すらままならず、圧倒的劣勢の中苦戦を強いられた。

しかし───アーサー王には、一人一人が一騎当千の"騎士"がいた。

円卓の騎士。誉れも高き花の城の、円卓の椅子に座ることを許された騎士の中の騎士達。

円卓の騎士が一人、太陽の如きガウェイン卿。

円卓の騎士が一人、最古参のケイ卿。

彼らの尽力によりアーサー王は自国の兵と剣を交えながらも上陸に成功したという。

モードレッドは叛逆の軍を率いる"カリスマ"だけでなく、それらを導くだけの判断力と水面下で策を回す強かさも有している。

地形的不利と消耗を最低限に抑える為───モードレッドは線路に沿って歩くことを選んだ。

この会場がどれだけの技術で作られているかは知らないが、基本的に線路は急勾配には作られない。

山を登るにしても緩やかに。少なくとも崖を駆け登るほど物理法則を無視した作りにはなっていないだろう。

それならば、線路沿いは基本緩やかな道となっている可能性が高い。

そう判断し、リュリーティスの容態を横目で確認しながら歩く。

 

「つーかいつまで寝てんだコイツ」

 

担いだリュリーティスの頬を軽くぺしぺしとはたくが反応は薄い。

『うう…』と呻き声は返ってくるが、やはり目覚めはしない。

もしかして寝てんじゃないだろうな、と疑うモードレッドであったが無理矢理起こすのも面倒なので人里に出るまで眠ってもらうことにした。

それなりの時間をかけて線路沿いに進み、スマートフォンで現在地を確認する。

相変わらずこの手のものの使い勝手はよくわからないが、現在地の確認ぐらいなら容易に行うことが出来た。

 

「後は……西に進みゃ"ホムラの里"か。

美味いモンでもありゃいいんだけどな」

 

西を見ると、急ではないが坂がある。

木々が適度に生えており太く育っている幹を見るに人が暮らすに値する栄養に満ちた土地なのだろう。

基本の支給品を覗いた限り、食料は味の面は考慮されていないらしく、とてもではないが美味そうには見えなかった。

そも、敵から支給された食料を口にする気にはなれない。

"殺し合い"というルール上毒物が混入されている可能性は限り無く低いだろうが、気分の問題だ。

霊体化も試したが不可能らしく、更に不機嫌を募らせる。

生憎とモードレッドは魔術に詳しくはない。実体化に伴う魔力の消費やマスターへのパスが感じられないことから、"受肉"に近い何らかの状況に置かれていることは理解できる。

…だがそれは聖杯レベルの奇跡だ。聖杯を使わないとしても、それ相応の"何か"が必要になる。

 

(馬鹿が。そんだけのこと出来るんなら他に使いやがれ)

 

空を見る。未だに太陽が昇る気配はなく、空は暗闇に包まれている。

リュリーティスを一旦肩から下ろし、それなりに育った大木に身を預けさせる。

ゴキ、と肩と頚を鳴らしながら腕を回す。

今のモードレッドには宝具である"不貞隠しの兜"はない。"燦然と輝く王剣"もない。

手元に実体化させようとも、現れる気配すらない。

本来宝具とはサーヴァントとは切っても切れない"縁"である。

その人生を能力としたもの。その執念を剣としたもの。

その在り方を神秘としたもの。その武器を誇りとしたもの。

己という存在を象徴するものが宝具であり、それらはサーヴァント自身の"半身"と呼ぶに相応しい。

生き抜いた上で死後もこうして共にある存在。これを半身と呼ばずしてなんと呼ぶ。

───それを現在、剥奪されている。

己の宝具を他者が扱っている可能性があるというだけでも脳の内側が煮え沸騰するような苛立ちに満ちるが、それだけではない。

文字通り宝具とは"半身"だ。その宝具自体が他者に譲渡しても能力を発動するものや多くの武具を授かった・手渡した逸話を持つ英霊等の少数の例外を除けば他人による宝具の使用は不可能だ。

ましてや本人の許可なしに強奪、及び呼び戻すことは不可能に等しい。

 

(強奪に特化した宝具か、それに類する能力か…あの白黒ボールモドキの元にもサーヴァントがいる可能性もある)

 

現在はマスターである獅子劫界離から受け取った腹部を晒したチューブトップに真っ赤なレザージャケット、デニムのホットパンツに黒のブーツという姿だ。青少年の教育に悪い。

魔力で編めば"不貞隠しの兜"の下に纏った戦闘用のスタイルに切り替えることもできるが、やはり現代で暮らすには現代の服が心地いい。

装備している剣は支給品によるモノであり"燦然と輝く王剣"ではないが、そもモードレッドにとっては"燦然と輝く王剣"すら強奪したものだ。

この大剣も少し素振りしていれば扱いには慣れた。

不馴れな剣によるミスなども起こることはないだろう。

手に持った剣を大地に突き刺し、未だ目を覚まさないリュリーティスを見ながら一際大きな溜息を吐く。

 

「…何やってんだろうな、オレも」

 

そして。

大きく背を伸ばし準備体操を終えた後、

 

「───お前も」

 

───轟、と鳴り響く圧。

音を斬るほどの、高速の斬撃を背後へ放つ。

大地に突き刺した剣は唸りを上げ、豪腕で抜かれた影響で土を撒き散らす。

斬撃により弾かれ、折られ、斬られたモノは空へと跳ね上がる。

剣圧は大木を揺るがし、木の葉が荒れ狂う舞う。

跳ね上げられた物体は、矢だ。

視界外から放たれた三本の矢を、モードレッドは視認すら必要なく、直感のみで切り伏せた。

彼女の直感は野性。未来予測には及ばずとも、視覚外からの攻撃への反応など造作もない。

 

「なあ。弓兵にしちゃあ軽い矢だ。

アサシン気取りで殺せると思ったか、間抜け」

 

モードレッドは剣の肩の位置まで移動させ、不機嫌な瞳で見据える。

すると。

ほんの十メートル程先の崖の上に、一人の少女が弓を構えていた。

柏葉 琴乃。

この場で既に一人を殺害した───殺人者である。

 

 

 

 

◯ ● ◯

 

 

 

殺した。

一人の少女を殺してから、彼女が移動を始めて暫く経った。

スマートフォンで時間を確認すれば経過時間は割り出せるが、残念ながらそんな気分ではない。

暗く淀んだ澱が心の底で蠢いている。

人間一人の命を奪ったのだ。

そう簡単に割り切れるものではない。

命を奪った。奪ったからには、この外道に堕ちた道を外れることは出来ない。

両肩に乗った死が身体を重くする。

…これから柏葉琴乃は殺し続ける。奪い続ける。

最期の一人になるまで。

その頃には、何人の死を背負うことになるのだろう。

重過ぎて動くことすらままならないかもしれない。

重過ぎて生きていくことすらできないかもしれない。

───それでも。この道を選んだからには、引き返せない。

彼女にも譲れない望みがあるから。

退くも進むも地獄道。

地獄を壊して、地獄へ帰る。

それが、彼女の方針だ。

 

「……」

 

光の消えた瞳で辺りを見渡す。

人影はない。孤立した人でもいれば狙撃で済ませて楽、とまで考えて己の思考が殺人者のそれに変化していることを自覚する。

 

「ああ───もう無理だなぁ、私」

 

不意に溢れ落ちた言葉。

それが何を指して放たれた言葉なのか自分でも理解できない。

ただ、少しずつ心が削れていく感覚だけが残っている。

二台になったスマートフォンを見つめる。

死体から受け継いだ支給品の中身は様々だった。

武器になりそうなものもあったかもしれない。

ただ、慣れない武器を扱うより彼女には手に馴染んだ弓の方が安心だ。無闇に初めての武器を使う必要もない。

先程のもう一人の支給品も奪えれば良かったが、とまで考えて。

ようやく、一つの危機に気がついた。

 

(『あの子』は私が殺人者だってこと知ってるんだ)

 

先程逃がしてしまった一人。

その一人は此方が危険人物であるということを知っている。

時間が経てば経つほど、きっと彼女の存在は脅威になる。

戦闘能力は無いにしても、此方に不利な情報をばら蒔かれては困る。

しかし今から追うにしてもその姿を捉えるのは不可能に近い。

これだけ広い場所に手掛かりもない。徒労に終わるか可能性の方が遥かに高い。

さてどうすべきか、と頭を悩ませスマートフォンで現在地を確認したところ、近くに"ホムラの里"なるものが存在していることを知った。

 

(里…?)

 

このご時世に"里"とはまた随分な名だ。

テーマパークの一部か、はたまた古風なステージでも演出したか。

どちらにしろ"人が集まる場所"に変わりはない。

三人ほど人が集まっているならば、スマートフォンを回収する上でこれ程喜ばしいことはない。

数で負ける以上完全に仕留めることは難しい。その場合は無理に急所を狙わなくとも、脚を射れば機動力は落ちる。

一人射れば他の誰かがそれを庇い。傷を負えば個の戦闘力は大幅に落ちる。

先程の戦いで学んだことだ。

何も正面から挑むことはない。相手の弱点は積極的に狙っていくべきだ。

後は飛び道具である此方に分がある故、距離を取りつつ追い詰めることが出来ればいい。

勝てないと判断したらすぐに逃走する。

遠距離の武器である以上逃走においても此方が有利…と。

其処まで脳内で作戦を構築しながら、彼女は気づいてしまった。

 

───ああ。私。とっくの昔に人殺しの思考になってる。

 

取り返しのつかない穢れ。

最っ低の女だ、と一人呟いた頃にはコールタールのような罪悪感に肩まで浸かっている。

このコールタールに頭まで浸ることが出来ればどんなに楽だろうか。

 

『勝手ですね、私を殺した癖に』

「ッ!? 」

 

耳元で囁かれた。そう判断し、手に現れた弓を持ち背後に向ける。

しかし、誰もいない。影すら見当たらない。気配の欠片も感じ取れない。

 

『今さら悲劇のヒロイン気取りですか?』

「誰よ……!」

 

歯を食い縛り呟く。耳元で囁かれているというより、脳内に直接響くような声。

脳髄に直接スピーカーを埋め込まれたかのような錯覚すら覚える。

すると。

朧気に、靄がかかったかのような人影がゆらりと現れる。

 

『"誰"か?』

 

徐々に人の貌を成していく。

 

『…理不尽に抗う事』

 

宝石のような赤い瞳。

 

『…理不尽に曝された人を救う事』

 

艶のある黒の長髪。

 

『そんな私たちの望みを踏み躙った貴女が、一番知っているはずでしょう?』

 

喉が、一瞬で干上がった。

日本の美を体現したかのような少女は一変し、溶けたアイスクリームのようなどろりとした仕草で顔を向ける。

その顔は己が殺した少女───蒔岡玲、そのものだった。

 

違う。これは、違う。

確かに彼女は殺した。息が無いことも確認した。

そんな動揺すら構わずに"蒔岡玲"は言葉を続ける。

 

『自嘲すれば誰かが助けてくれるとでも思いましたか?』

『罪を悔いれば仲間が来てくれるとでも思いましたか?』

『…なんて傲慢。人殺しに、そんな救いなんて必要ないのに』

 

「───うるっさいなあ、もう……!!」

 

カタルシスエフェクト。抑圧された内面が形となった弓が、矢を放つ。

どろりとした"蒔岡玲"には当たらない。脳天を直撃する軌跡を描いても、するりとすり抜けていった。

 

『悲しいですね』

『哀しいですね』

『どれだけ悔いても嘆いても───もう"理想(メビウス)"は貴女を救いに来ない』

 

「うるさいって…言ってるでしょッ!!」

 

そうだ。

そのメビウスから抜け出す為に戦った。現実に戻るために弓を持った。

誰か助けて、なんて。

昔に戻りたい、なんて。

そんな事を願ってしまった弱い自分に後悔して、地獄(現実)に戻ることを決意した。

だから射った。だから殺した。

救われないなんて、百も承知で。

 

『結局貴女は何処まで行っても自業自得』

『分不相応な命を授かり』『棄てることも出来ず』『現実から逃げ』『軽蔑していた母親に子を任せ』『その結果、此処にいる』

『自分勝手に間違い続けているのが貴女という人間』

 

『───ねえ』

 

『落とし穴を掘って自分で落ちるのは、そんなに楽しいですか?』

 

…最早矢を放つことすらしなくなった頃。

目の前にいたどろりとした"蒔岡玲"の姿は、嘘だったかのように消えていた。

勿論、蒔岡玲本人ではない。口調ですら、真に蒔岡玲を知る者が聞けば"別人だ"と判断するだろう。

彼女はこのような悪辣な人間ではない。

傷口を抉り塩を捩じ込むような言動を繰り返す悪女でもない。

蒔岡玲は誰かの為に命を張ることができ、そしてその上で正しいことができる正直な人間だ。

しかし。いや、だからこそ、と言うべきか。

潔白だった蒔岡玲は、正しい人間だったが故に殺人の経験という心的外傷として柏葉琴乃の脳内に強く刻まれている。

───蒔岡玲は"蒔岡玲"として。

彼女が目を逸らす罪悪感を指摘する幻覚として、此処に相成った。

 

「もう……誰か助けてよ」

 

簡単な話。

柏葉琴乃は、人を殺すには優しすぎて───そして、弱すぎたのだ。

 

 

そして。何処まで歩いたかわからない。

呆、とした精神のまま彼女は歩き続けた。

罪悪感から逃れる為、彼女は一時的に心に蓋をした。

こうしてしまえば楽だった。目の前の苦悩から目を背けられる。壊れかけた柏葉琴乃の精神が行った、自己防衛だ。

里に向かうという当初の目的を微かに脳に残したまま歩き、線路に到達した時点でゆっくりと左に曲がった。

障害物があるのでぶつからないようにしよう、なんて生物として当然の機能が無意識に働いただけだ。

そして。

柏葉琴乃は、呆けた目で、赤色を確認した。

金髪に赤いジャケット。剣をその手に持ち、少女を肩に担いでいる。

 

───ああ、丁度いい。

 

担がれている少女は先程逃がした少女だ。

見たところ、ぐったりと意識は失っているが息はあるのだろう。ぴくりと身体が動いているのも確認できた。

私のことをばら蒔かれる前に、殺さなくちゃ。

矢を番えた瞬間、少女を担いでいた赤の少女は寝かせるように大樹の影にそっと置いた。

柏葉琴乃からは完全に大樹が壁となる形になったため、射殺すのは難しい。大樹ごと射抜くにしても、攻撃と命中を上昇させる程度の集中が必要となる。

ならば先に赤の少女から射るか。

狙った先には剣を手放し間抜けに準備運動をしている。

 

「…何やってんだろうな、オレも」

 

呟きが聞こえた。大きい独り言だ。

意に介さず柏葉琴乃は矢を放つ。

その数三本。

高速で放たれ、少し逸れたが赤の少女の頭蓋に迫った矢は。

 

「───お前も」

 

轟、と。

それを上回る高速により、叩き落とされた。

柏葉琴乃が我に帰る。心の蓋が、驚愕で剥ぎ取られる。

空から糸で吊るされた人形のように生気なく動いていた身体が、ぷちんと糸が切れ冷静な思考が帰ってくる。

…強い。おそらくは、先程殺した少女よりも遥かに。

 

「なあ。弓兵にしちゃあ軽い矢だ。

アサシン気取りで殺せると思ったか、間抜け」

 

放たれる威圧感は、生涯感じたことがないほどの殺気となり柏葉琴乃の背筋を凍らせる。

心に蓋をしたままの曖昧な思考では勝てない。

神経を研ぎ澄ませ。細胞の一片まで駆動させろ。

でなければ。

次は、私が死ぬ番だと直感が告げている。

 

「…沈黙か。まあいい、こっちだってそろそろイライラで狂いそうだったんだ。

武器を持つなら容赦はしねえ。

誰に矢を向けているか…その無謀、貴様の首に解らせてやるとしよう───!」

 

赤の少女。モードレッドが好戦的に口元を吊り上げる。

叛逆の騎士と、地獄に帰る少女。

その戦闘の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

○ ● ○

 

 

 

 

起伏の激しい地形は歩くだけで人の体力を奪い去る。

身体のバランスを保つための体力。木の根や岩は踏みつけたを衝撃を吸収せず、そのまま足首へと返してくる。

しかし。彼の進む速度は尋常ではなかった。

およそ高校生とは思えぬほどの速度で気を避け土を蹴るその姿は陸上選手すら顔負けだ。

鬼気迫る彼の表情と意志が、身体能力の出力を少し上げている。人間誰しも、人体への負荷を省みなければ限界など簡単に越えられる。

この大柄な身体に感謝する。お陰で一歩は大きく、移動は速く。理想の身体は彼の理想通りに動いてくれる。

 

巴鼓太郎。それが、現在木々の間を駆け抜けている少年だ。

スマートフォンに搭載された特殊機能、『隣接したマップに存在する参加者の表示』により柏葉琴乃が存在していることを知った彼は今も彼女と出会うため走り続けている。

───少女が死んでいた。

その一つの出来事が彼の思考を、視界を狭量にする。

殺人は、言うまでもなく犯罪だ。

そして、"一人目"の犠牲者がいるのなら"二人目"が現れてもおかしくはない。

脳裏に浮かぶのは、血溜まりの中で既に冷たくなっている柏葉琴乃。

何度呼び掛けても反応しない、その姿。

嫌なイメージだ。服についた泥のように、こびりついて離れない。

 

(速くだ。もっと速く……!)

 

少女が殺した人間は許せない。

当然だ。彼の正義感は殺人を許容しない。

見つけたら一発ぶん殴り捕まえて、今は亡きあの少女に謝罪させるつもりだ。

パンダのような、金魚のような、ふよふよと浮いたあの生物も鳥籠に入れて警察に突き出すまで絶対に許さない。

───しかし。今は、それ以上に仲間が心配だ。

近くに柏葉琴乃がいるということは、次に彼女が狙われる可能性も少なくない。

彼女は、立ち位置で言えば後衛である。

巴鼓太郎が前衛にて標的を殴り飛ばし、柏葉琴乃が離れた位置からの狙撃やサポートを行う。

一人では彼女は戦闘に不向きだ。

だから一刻も早く見つけだし合流しなければいけないのだが、いくら走っても遭遇する気配すらない。

立ち止まりスマートフォンで現在地を確認しても、己は既に柏葉琴乃がいたC-7に到着している。

彼女も移動したのか。ならば、もう一度スマートフォンで位置を確認して───

 

「あァ!?」

 

───それが、出来ないことを知った。

隣接したエリアに存在するプレイヤーの名前と場所を把握する。戦うにしろ逃げるにしろ、バトル・ロワイアルにおいてこれ以上ない便利な機能だ。

しかし、当然強力な力には代償が存在する。

一度使用すると、再使用において3時間のインターバルを必要とするのだ。

彼はそれを知らない。

悪趣味な殺人ゲーム。出会った少女の死体。近くにいる仲間の存在。

成熟しきっていない彼の精神と脳はとっくの昔にキャパシティオーバーだ。

無理もない。彼の実年齢はその大きな体躯よりも遥かに幼いのだ。

破裂寸前の脳はもう冷静な判断を奪い、苛々ばかりを貯めていく。

 

「クソッ、遊んでる暇なんかねえんだぞ……!」

 

スマートフォンが壊れたのか。それとも一回限りの特別機能だったのか。

説明を読むという思考にすら至らないほど熱された脳に従うままに、彼は近くの木に拳を叩きつけた。

すると。

叩きつけた木に、不自然な孔を発見した。

何かが貫通したかのような痕。単なる木の模様かとも思ったが、それにしては綺麗だ。

まるで。矢か何かで射ったかのような───

 

「…琴乃か!」

 

ここで交戦したか。それとも試し射ちでもしたか。

未熟な脳をフル回転させ、次に取るべき行動を思案する。

此処に柏葉琴乃がいたことは確かだ。移動したというならば、次は何処に向かうのか。

スマートフォンでマップを確認しようと視界を下に下げた瞬間───目の端に、何かが映った。

土が、抉れている。

掘ったというより何かを引き摺ったという方が正しいような痕が、土に刻まれていた。

柏葉琴乃が呆けたまま歩いた故に出来た"脚を引き摺って歩いた痕"だと気づくことはなかったが、それでも彼はこの痕跡を柏葉琴乃のものだと判断した。

確証なんてない。手掛かりもない。ただの直感だ。

だが、しかし。子供の直感ほど、侮れないものはない。

 

「待ってろ」

 

気づいた瞬間には、彼は走り出していた。

人を救う職を夢見る少年は駆ける。

───既に。

救うべき仲間は、救われるべきではない悪へと化したことを知らないまま。

 

 

 

 

○ ● ○

 

 

 

 

「どうした。怖じ気付いたか、弓兵」

 

モードレッドが首を上げた先には、柏葉琴乃が弓を向けたまま立ち尽くしている。

柏葉琴乃の狙撃は完璧だった。

反撃される可能性を考慮し。回避される可能性を潰し。気づかれず頭蓋を撃ち抜く最も"可能性の高い手段"を取った。

だというのに、全ての矢を一刀の下に両断された。

琴乃の瞳が周囲を観察する。およそだが、モードレッドとは十メートルほど離れていることは確認できている。

…逃げることも選択肢の内に入れておかねばならない。

弓を全力で引き絞り、攻撃と命中を上昇させ大木ごと眠っている少女を撃ち貫いてから逃走(エスケープ)することも考慮する。

そして。

 

モードレッドは、つまらなそうに剣を大地に突き刺した。

 

「止めだ」

「……は?」

「止めだ、っつってんだよ。弓の狙いも正確、威力も充分。アーチャーの器に相応しいかと言えば否だがてめぇにはそれなりの実力はある」

 

琴乃は、呆けていた。

デジヘッドなどの異形、メビウスの特性も知っているため体格や年齢が実力に直結しないことは理解しているつもりだ。

しかし、此処はメビウスではない。

どう見ても己より年下の存在が、武器を構える自分を前にして剣を手放したのだ。

 

「だがそれまでだ。武器持って燥いだ程度のガキに振るう剣は無い。

首を跳ねられる前にとっとと失せな」

「黙ってれば好き勝手…偉そうにッ!」

「違うか?気づかれてないと思ってるみてえだから教えてやるがな。

─── てめえ、もう"一人殺したろ"」

 

モードレッドは、常に戦場で戦い続けた騎士だ。

円卓の中で誰よりも強く。誰よりも誇り高く。

誰よりも誉れ高い騎士であろうとしていたのがかつての彼女だ。

故に。琴乃の存在を察知した瞬間に理解した。

弓を構えるまでの流れるような動き。矢を番えた瞬間の冷静さ。

腕前は中々だ。現代の人間にしては見所がある。

しかし。

目の泳ぎ。矢を放つ際の一瞬の迷い。頭部を狙ったのだろうが、僅かに逸れている矢の軌道。

躊躇だ。琴乃は、放つ瞬間に殺すことを躊躇った上で矢を放った。

それは。

一度命を奪う経験を得た上で獲得した躊躇だと。

 

「…ッ」

「必要に迫られた上で武器を持つのは当たり前だ。生きているのなら何時かは武器を持たねばならない日がくる。

だがな。迷う程度なら捨てちまえ。

人の命は、民が背負うには重過ぎる」

 

それは。モードレッドなりの慈悲だったのだろう。

叛逆の騎士といえど、彼女は誉れ高き円卓の騎士だ。

武器を持たされ、望まぬ殺人に手を染めた民を無造作に殺すほど残忍ではなかった。

 

───だが。慈悲は時に、剣となって心に突き刺さることがある。

 

『迷う程度なら捨てちまえ』

 

ああ、捨てたとも。

捨てたからこそ、もう一度拾いたくて。

捨てたからこそ、もう一度やり直したくて。

この血に染まった道を選んだのだ。

 

『人の命は、民が背負うには重過ぎる』

 

ああ、その通りだ。

子の命も。生活も。全てが重過ぎた。

解放されたくて、助けられたくて、理想(メビウス)に身を委ねた。

 

───これは私の自業自得。

───捨てたものを拾おうと足掻く、無様な行動。

 

ああ、ならば。

これは。この重さだけは。

 

(『この思い』だけは、二度と捨てる訳にはいかない)

 

カシャリ、と弓を構える。

指先は、きっちりとモードレッドを狙っていた。

 

「なるほど。それでもやるってのか」

「そうね。悪いけど、チンピラに構ってるほど暇じゃないの」

「…そうか。ならば認めよう。

民ではなく───貴様は"敵"だ」

 

弓を引き絞る。琴乃の集中力は極限に達し、命中と矢の威力を上昇させる。

敵を睨む。鎧も無いモードレッドは、構えも無しに鏃を見つめている。

一触即発。十メートルの空間を挟み、敵意が交差する。

そして。

二秒の、制止の後。

 

 

───先程の矢を軽く超える速度で、三本の高速の矢が放たれる。

頭蓋。喉笛。心臓。三点を狙った矢は同時ではなく、僅かにズラされたタイミングで放たれる。

一本を叩き落とせば二本目が。どれほど速く二本目を叩き落とせても三本目が急所を刺し貫く絶妙なタイミングの"ズレ"。

先程、矢を一刀の下に落とされた反省を活かし、僅かな呼吸の合間を突くように放たれた妙技。

相手が達人と解った以上、此方もそれなりの布石を打たねばならない。

達人相手故に用意された高速の矢。

しかし。

 

高速の矢は、神速の剣によって凌駕される───!

 

矢が放たれた瞬間、モードレッドは大地に突き刺した剣を引き抜き、"投げた"。

二本の高速の矢は投擲された剣に破壊され。

破壊を逃れた一本の矢はモードレッドの頭蓋に真っ直ぐ進み、いとも容易く素手で掴まれ、握り壊された。

投擲された剣は、矢を破壊しただけではなく。

琴乃の頭蓋へと最短距離で突き進む。

 

(速ッ)

 

次の言葉を紡ぐ暇すら無く。

琴乃は全神経を回避に集中させる。

…顔面の直ぐ側を神速の剣が通過する。

剣は触れていないにも関わらず、琴乃の頬を軽く裂き、背後の樹木に深々と突き刺さり動きを止めた。

この一撃を回避出来たのは、他でもないメビウスでの経験の賜物だ。

積まれた戦闘経験が飛来した剣を認識した瞬間、思考するより先に彼女の身体が駆動した。

樹木を貫き停止した剣を認識し、琴乃の背筋に悪寒が走る。

 

───躱せていなければ、あの剣ごと腹を貫き磔にされていた。

 

しかし、その恐怖を一秒にも満たない僅かな時間で振り払い琴乃は背後の剣へと手を伸ばす。

剣を投げたのは、今の一撃で仕留められなかったのは失策だ。武器さえ奪ってしまえば距離だけでなく場の有利は更に琴乃に傾く。

琴乃とモードレッドとの距離は目視しただけでも十メートルは軽い。

どんな達人であろうと武器さえ回収してしまえば後はただの的に過ぎず、琴乃は剣へと手を伸ばす。

 

「躱した攻撃なぞ───」

「!?」

 

が。

伸ばした手は、剣へと到達することはなかった。

 

「一々目視で確認するモンじゃねえぞ、ガキ」

 

その、背後。十メートルもの距離をほんの一瞬で詰めたモードレッドが、冷めた瞳で此方を見据えていた。

 

(あの距離を、飛んだの…!?)

 

モードレッドの身体の周辺にはには、赤い雷のようなものがチカチカと光っている。

『魔力放出』。

琴乃は与り知らぬことだが、モードレッドにはスキル(能力)がある。

魔力による強化。武器や自身に魔力を纏わせ、放ち、攻撃から防御に移動まであらゆる行動を強化する高等スキル。

それによりジェット噴射の如き移動能力を得たモードレッドにとって、僅か十メートルなぞ障害にもならない。

モードレッドの右脚がバチバチと赤く煌めく。

琴乃は身を即座に翻し、その直後に『琴乃が存在していた場所』を放たれた蹴りが通過する。

通過した蹴りは剣の刺さった樹木を砕き、轟音と共に一撃で折った。

 

「よく躱した」

 

しかし。

"それで終わり"では、無かった。

 

「だが、二度目はどうだ」

 

モードレッドは空中で強引に身体を捻る。魔力と推進力とし横に回転した身体は遠心力を秘め───そのまま回し蹴りを琴乃に叩き込んだ。

直撃すれば無傷では済まない。骨は砕かれ、場合によれば致命傷に至る。

回避もできない。予想以上のモードレッドの性能に琴乃の身体はついていけない。

故に。

琴乃はカタルシスエフェクトの弓で受け止め、そのまま後方へ吹き飛ばされた。

身体は弾丸のように飛ばされ、地面を数度跳ね土煙を上げようやく停止する。

 

「反応は鈍い。防御も雑。

挙げ句の果てにゃ近づかれりゃ対処出来ねえときた。ガキの遊びじゃねえんだぞ」

 

土煙が晴れ、姿を現した琴乃の身体は所々が切れ、制服にも血液が滲んでいる。

弓で攻撃を防いだため致命傷には至っていない。しかし弾かれた彼女の身体は地面や枝で小さな傷を大量に創っていた。

剣を再び手にしたモードレッドは口を開く。

 

「弓兵なら近づかれた時の対処法くらい一つや二つ持っておけ。"弓兵だから弓しか使えません"なんて甘え通じねえぞ」

「…うるさいわね、化物。そっちが異常な癖にこっちが弱いみたいな言い方やめてくれる?」

「達者なのは口だけか?」

 

言葉とは裏腹に、琴乃の身体は先程の一撃でその機能を大きく低下させていた。

咄嗟に蹴りを弓で受けたのは正解だった。

しかし。圧倒的に筋力が違い過ぎる。

琴乃の骨や筋肉に異常は表れていないが、痺れと痛みが残っている。

指先まで繊細な集中と技術を必要とし、弓は筋力だけで引くものではないとは言え弓という武器を扱うには腕にダメージを負い過ぎた。

脳裏に浮かぶのは、左右で色の違うマスコットの言葉。

 

───この首輪は参加者のパワーバランスの調整も兼ねているから、一般人でも上手く行けば強いやつ相手にジャイアントキリングが可能かもしれないぽん。

 

───ジャイアントキリングが可能かもしれないぽん。

 

"ジャイアントキリング"。番狂わせ。

格下の、力の劣る者が予想を覆し遥か格上の者に勝利すること。

それは。

裏を返せば、"この戦場には制限されても尚人の能力を大きく越えた格上が存在する"ということだ。

それを事前に考慮できなかった、琴乃の敗北。

それを事前に考慮できるほどの心の余裕が持てなかった、琴乃の敗北。

元来戦士ではない彼女にとって、この戦場は余りにも過酷すぎた。

 

「馬鹿が。ンなブレッブレに乱れた精神でこのオレを討てると思ったか」

 

足音が近づく。

琴乃は身体を動かそうともがいたが、恐怖かダメージか、身体はまともに動いてくれなかった。

頭上に煌めく剣。

美しい剣は鏡のように反射し。

今にも泣きそうな、琴乃の顔を映した。

 

(……嫌だ)

 

嫌だ。

死にたくない。死ぬ訳にはいかない。

だってまだ何も成せていない。この手に我が子を再び抱くことも出来ていない。軽蔑していた母親に謝ることすらできていない。

負けるのはいい。殺すのもいい。でも、死ぬのだけは駄目だ。

それだけは、駄目で、駄目で、駄目なのに───意思に反して既に万策尽きている。

 

「───デッドエンドだ、意気地無し。

雑魚は雑魚らしく、あの世の片隅で震えてろ」

 

そうして。

無慈悲にも、罪人を裁くギロチンは落とされた。

 

 

 

 

 

が。

 

何時まで立っても、痛みも何も訪れない。

 

「何泣きそうな顔してんだ、皆に見られたら笑われるぞ」

 

目の前には、大きな影。

違う。これは。

 

高校生にしては図体の大きい、見慣れたあの背中。

短気で。馬鹿で。幼稚だけど力強い仲間の一人。

 

「安心しろ、こんなチンピラはこの俺が今すぐブッ飛ばしてやる」

 

メビウスから脱する為、志を一つにした同士の一人。

堅い拳に大きな身体。何処までも真っ直ぐで馬鹿正直な、帰宅部の鎧。

その、名は。

 

「───レスキューマン、巴 鼓太郎ッ!!間に合ったッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

○ ● ○

 

 

 

 

巴 鼓太郎が琴乃の絶体絶命の瞬間に間に合ったのは、訳がある。

琴乃が心的外傷で呆けていたおかげで残っていた擦ったような足跡。それを追っていればいずれ到着するはずだったが、起伏の激しい道はくっきりとした足跡を残してはくれなかった。

焦りのまま駆ける鼓太郎には一々道を選んでいる余裕などない。

故に、足跡を見失った後はとにかく真っ直ぐ走っていたのだが、彼の耳に届いたのは轟音だった。

それは。琴乃の初撃を叩き落としたモードレッドの剣圧だ。

振り抜かれた剣は圧を産み、衝撃は空間を伝搬し遠くの木の葉を揺らした。

その音が琴乃の交戦の音だという根拠もなければ確信もない。

ただ、鼓太郎は直感のみで音の鳴る方へ走った。

もしかしたら、琴乃ではないかもしれない。

それならば戦場へ行くべきではない。

もしかしたら、琴乃かもしれない。

それならば戦場へ行くべきだ。

相反する二つの思想を丸め込み、鼓太郎はただただ走った。

冷静さを見失っている。理論に基づいた行動ではない。

誰が見てもそう判断するだろう。

───冷静さを見失うと、真実と真理にたどり着くことはできない。

だが、しかし。

───冷静さより。己の熱い心に従うことこそ、ヒーローの素質と言えた。

 

結果として、鼓太郎は間に合った。

モードレッドの剣をそのガントレットで受け止め、仲間の命が奪われるその間際で救った。

殺人者である、仲間を救ったのだ。

 

「危なかったなァ、琴乃」

 

フンッ、と腕力でモードレッドの剣を押し返し距離を取らせた鼓太郎は口角を吊り上げる。

───間に合った。

その一点が、鼓太郎の心を安堵で包む。焦燥で満ちていた先程が嘘のようだ。

 

「なぁに、この俺が来たからには大丈夫だ。あんなヤツ俺が今すぐぶん殴って警察に突き出して……って此処に警察っていんのかな……」

 

己の言葉に疑問を浮かべながら、鼓太郎は背後に振り返る。

勿論眼前の剣士、モードレッドに対する警戒は解いていない。

モードレッドは不機嫌そうに、しかし距離を取ったまま仕掛けてくることはなかった。

それを不可解に思いながら琴乃の状態を確認しようとした鼓太郎は。

 

───そこで。

己の頭蓋に鏃の先を向け弓を引き絞る、琴乃の姿を見た。

 

「……は?」

「……え?」

 

鼓太郎は何故己が矢を向けられているのか理解できず。

琴乃は、何故己が矢を向けているのか理解できていない顔をしていた。

 

「え、あれ、敵あっちじゃない…?オレ覚えてる…?」

 

苦笑いで溢す鼓太郎に、琴乃はハッとした顔で矢を下げる。

なんだテンパって勘違いでもしたのか、と鼓太郎が胸を撫で下ろしている間にモードレッドが口を開く。

 

「…何だ、其処の意気地無しの仲間か? 」

「おおよ、何だてめえは。いきなり人に剣向けて、やっていいこととやっちゃいけないこと、常識ってやつを教えられてねえのか?」

「残念ながら。戦場では敵を斬り殺すのがオレたちの常識だったんでな」

 

手首の柔軟か、大きな剣をぐるりと掌で回転させながら弄ぶモードレッドと構えを解くことなく口を開く鼓太郎。

両者の間にはいつ開戦してもおかしくない空気が流れ、鼓太郎は背後に聞こえるよう言葉を放つ。

 

「オレがあいつをぶん殴る。いつもみたいに援護頼むぜ」

 

メビウスで行った戦闘での作戦だ。

武器の性質上、鼓太郎は前衛での戦闘で敵を殴り打ち上げ、琴乃は後衛で弓の狙撃とサポートを主とする。

故に、彼ら"帰宅部"は複数揃った瞬間こそ真価を発揮するのだ。

二人とまだ心細い人数ではあるが、それでも仲間が揃えばどんな相手にだって勝てるという確信が鼓太郎にはあった。

故に連携を頼む為背後に声を掛けたのだが、言葉が返ってくることはなかった。

 

「誰に喋ってんだ、てめえ」

「少なくともおまえにじゃねえよ」

「意気地無しならてめえが喋ってる内に逃げたぞ」

「ハッ、何ふざけたこと抜かしてんだ。さっきからオレの後ろにアレいねえ!?」

 

鼓太郎がもう一度振り返った頃には、琴乃は既に"逃走(エスケープ)"していた。

一人残された鼓太郎は漫才なら百点のリアクションを披露するが、残念ながらこの場には評価する人間がいなかった。

 

「んで、どうする?てめえも向かってくるなら容赦しねえ。尻尾巻いて逃げるなら今のうちだ。

向かってくるならあの意気地無しと同じだ。

───てめえを殺して、直ぐにアイツに追い付いて首を跳ねる」

 

その言葉は、明確な殺意。

武器を持たないなら殺さない。武器を持って向かってくるならば相応の覚悟をしろという死刑宣告。

それを。味わったことのないほどの圧をその身に浴びながら、鼓太郎は思案する。

……琴乃の顔は、それはもう酷いものだった。

泣きだしそうなのか、困っているのか、悩んでいるのかわからない表情。

心の容量限界までごちゃ混ぜの感情を注ぎ、溢れだしそうな顔。

もし、その原因がこの剣士に。名前なぞ知る由もないが、モードレッドにあるのならば。

明確に"殺す"と宣言したこの女は。

きっと、許してはいけない"悪"なのだろう。

 

すう、と息を吸う。

 

「おまえみてえなやつを野放しにも出来ねえし、琴乃を放ってもおけねえ」

「ほう。ならどうする」

「簡単な話だ」

 

はあ、と肺に貯まった空気を吐き出す。

そして。

 

「───てめえを此処でブチのめして追いかけりゃあ、全部解決だ」

 

その言葉に満足したのか。モードレッドはニヤリと口角を吊り上げる。

 

「よく言った。さっきの意気地無しよりかは敵と呼ぶに値する」

 

次の瞬間。拳と剣が、交差する。

先に踏み込んだのは鼓太郎だった。

突進と共に放たれた左拳。大きい身体からその体重と速度を乗せた拳はあらゆる物を砕く。

しかしそれは、モードレッドの片手で構えた剣により防がれる。衝撃はモードレッドの後方へ流れ、地面が割れる。

 

───受け止められたッ!

 

驚愕している暇はない。何せ、琴乃を殺す寸前まで追い詰めた敵だ。一撃で倒せるとは思っていない。

故に。鼓太郎は、既に次の一撃を準備していた。

低く構えた右拳。地面を擦るように上空へと向かう拳。

 

("打ち上げ"か)

 

それを確認した瞬間、モードレッドは理解する。

鼓太郎の左拳は囮。受け止められるのは理解した上で、フルパワーの右拳のアッパーで打ち上げる算段なのだろう。

上空なら身動きは出来ないだろうと。その隙に追撃をする彼の得意な戦法なのだろう。

モードレッドはこの戦場に連れられてからというもの、己の能力の低下を感じ取っていた。

弓の女、琴乃も防御されたとしてもそれごと砕き蹴りの一撃で仕留めるつもりだった。だが、琴乃は生きている。

その瞬間に、己の能力の低下を自覚した。白と黒の存在による説明が嘘でなければこの首輪によるものだろうが、モードレッドからすれば敵にもならないほどの女を一撃で仕留められないほどにその力を削られている。

ならば、侮るのは愚策だ。格下相手にも足下を掬われる可能性がある。

そう理解した上で、鼓太郎の全力の地を這うアッパーを避けることなくその剣で受け止めた。

 

「たかが少し力を削った程度で」

 

鼓太郎は全力のアッパーを己より細く小さい少女が防いだことに驚愕している。

そんな鼓太郎を他所に。モードレッドはこの光景を見ているであろう"主催者"に向かって高らかに叫ぶ。

 

「飼い慣らせると思ったか!!このオレをッ!!!」

 

───赤い閃光。煌めく憎悪。

手元に存在する立派な剣が赤黒く変色する。

空間が歪む。赤雷が周囲を包む。

血液が満ちる。寒々しいほどの魔力が空気を凍らせる。

憎悪が明確な形となり剣を覆う。

鼓太郎が驚異を感じ取った瞬間には、もう遅かった。

恐ろしき憎悪の名。

誇りと怨念と入り交じった、英雄と呼ぶにはあまりにも邪悪過ぎるその光。

 

「───『我が麗しき』」

 

(マズッ)

 

鼓太郎が後退する。

その、瞬間。

 

「『父への叛逆』アァァ───ッッッ!!!!!!」

 

視界の全てを。

憎悪の赤が、支配した。

 

 

 

 

 

 

 

○ ● ○

 

 

 

 

背後で、轟音がした。

それを聞きながら、琴乃はただひたすら逃げていた。

 

『何泣きそうな顔してんだ、皆に見られたら笑われるぞ』

 

その姿は。大切な、己の仲間の一人だった。

頼りになる仲間の一人。

この場で会えて嬉しかった。生きていてくれたことが嬉しかった。

汚れた自分を見られるのが怖かった。己が殺したことを知られることが怖かった。

複雑な感情が入り交じった瞬間。琴乃は何故か、"弓を取った"。

簡単な話だ。

巴鼓太郎。そして名の知らぬ少女二人、モードレッドとリュリーティス。

"全部で、三人"。

"此処で全員殺せば、スマートフォンは五つになる"。

"私の首輪は、解除される"。

そう考えてしまった。

助けに来てくれた仲間の背を前にして、最初に浮かんだのは仲間の殺害と己の保身だった。

鼓太郎が振り返り"それ"に気づいた瞬間、あの空間に己が存在することに耐えられなくなったのだ。

 

『一人殺したんですよ』『今さら三人増えたところで変わりはないでしょう』

『それとも』『名前も知らない私なら殺せたけど、仲間は殺したくないとでも?』

『酷いですね』『それは偽善ですらない』

『貴女のそれは───ただの"偽悪"ですよ』

『悪にすらなれないのなら、やめてしまえばいいのに』

 

"蒔岡玲"が周囲にふよふよと浮かびながら、脳内で喋りかける。

耳を塞いでも、脳に口でも生えたかのように直接響く。

もう耐えられない。

柏葉琴乃には、もう新たな心的外傷───トラウマが刻み込まれている。

『殺害の女王(デス・シンデレラ)』。自らの罪に押し潰されそうになりながらも、それでも救いを求めしかし殺人の罪は彼女を追い立てる。

それが彼女の新たなトラウマの名。

もはや、彼女の心は壊れかけている。

砕けるまでそう遠くはない。

果たして、彼女の心に踏み込む人間が現れるのはいつの日か───

 

 

 

 

 

○ ● ○

 

「……チッ。やっぱ駄目か、この剣じゃ」

 

結果から述べると、"我が麗しき父への叛逆"は不発に終わった。

"我が麗しき父への叛逆"は宝具"燦然と輝く王剣"を利用した攻撃である。

"燦然と輝く王剣"は王に与えられる剣でありモードレッドが持ったとしても本来の力を発揮する訳ではないが、『増幅』という機能が残されている。

その増幅機能により魔力放出による赤雷と父への憎悪を魔力として叩き込み王剣"燦然と輝く王剣"はドス黒い巨大な災厄の魔剣と姿を変える。

 

要するに"我が麗しき父への叛逆"とは"燦然と輝く王剣"ありきで行われる魔力放出と憎悪の絡み合った魔剣の一撃であり、いくらモードレッドの手にあるグレイグの大剣が名剣と言えど"我が麗しき父への叛逆"が発動できる筈もなかった。

故に、鼓太郎に放った一撃は魔力放出の赤雷程度の威力しか発揮していない。

それがわかっていながら何故放ったかというと、思わず彼女の怒りの沸点が頂点に達してしまったからに他ならない。

柏葉琴乃は、理由はどうあれ現実では息子を一度捨てた親だ。

それを知らないとは言え。

父に認められなかったと感じていたモードレッドと、本能的に相容れる筈が無かったのだ。

そして。

 

「本来の威力を発揮できねえ、なんて話じゃねえ。今のは完全なる"不発"だ。

───が、よく生きてんな、今のを受けて」

「……うる、せえよ……!」

 

その目の前には、赤雷で焼かれた鼓太郎が立っていた。

膝を突かないよう二本の脚でしっかりと立ち、拳を構えている。

ガントレットで頭は守ったのだろう。比較的傷の少ない顔と、所々焦げている身体が傷の大きさを物語っている。

ガントレットはかたかたと震え、それはダメージによるものだけではないことは誰の目で見ても明らかだった。

帰宅部は本来、複数のコンビネーションで戦闘を進める集団だ。

一人で何かを成し遂げるのではなく、複数で人数以上の力を発揮する心の繋がり。

一人では、戦力に限界があった。

これが、強さの差。

彼のアーサー王に致命傷を負わせた、 叛逆の騎士の実力。

コンビネーションを前提とする帰宅部の戦法は、一人では強敵には敵わない。

 

「さっさと倒れちまえば楽だろうに。恐怖を感じるほどの力量差。立ち上がる理由がねえだろう」

「…おまえにはわからねえよ」

 

ゆらゆらと、その脚でモードレッドへと近づく。

振り下ろされた拳は、酷く弱く、簡単に剣で受け止められた。

 

「……けるんだよ」

「あァ?」

「助けるんだよ…!」

 

イマイチ容量を得ない鼓太郎の言葉にモードレッドが眉をひそめる。

 

「おまえみたいなチンピラから」

 

もう一度、拳を振り上げ、振り下ろす。剣に衝撃が走るも、モードレッドが揺らぐほどではない。

 

「おまえみたいなバケモンから!」

 

もう一度。もう一度。

 

「おまえみたいな、簡単に人を傷つけるようなヤツから!!」

 

もう一度。もう一度。もう一度。

何度も何度も弱々しい拳を叩きつけて。

 

「人を助けるのが、レスキューマンの仕事なんだよ……ッ!!!」

 

しかし最後の一撃を振り下ろしても、やはりモードレッドは微動だにしなかった。

それを。鼓太郎は本当に、心の底から悔しそうに顔を歪め。

 

「───くそっ」

 

力無く、その場に倒れ伏した。

その身体は前のめりに。最後まで、前進し続けた証。

 

───なあ、父さん。

───オレ、ちょっとは立派なレスキューマンになれたかな。

 

返答はない。

彼を包む暖かさもない。

ゆっくりと。ゆっくりと……巴鼓太郎は、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

そして、ぱちくりと再び目を開いた頃には、眼前にはまだ日の昇らない空が拡がっていた。

 

「…あれ?」

 

間違いなく死んだと、自分でも思っていた。

拳に力は入らず、電撃のような赤い力は身体を痺れさせ、倒れた瞬間意識は飛ぶように去っていった。

それが今は仰向けに空を眺めている。

腕を動かして拳を握ると、比較的楽に動かすことができることに驚いた。

 

「やっと起きたか、木偶の坊」

 

声の方に視線をズラすと。其処には、岩に腰かけたモードレッドがつまらなそうに此方を見据えていた。

 

「てめえ…!」

「礼はアイツに言え」

 

モードレッドが指差した先には、何処かおっとりしたような、モードレッドよりかは遥かに女性らしさを持つ女性が佇んでいた。

 

「えーと……起きた?」

 

先程の戦闘を見ていたのか、少し離れた場所で声を掛ける橙色の少々───リュリーティスの姿が、そこにあった。

モードレッドが倒れた鼓太郎に止めを刺そうとした時、彼女が止めたのだ。

リュリーティスの精神は打撲により深く身体の奥底にまで潜み、気絶という形で意識を失っていたが時間と共に徐々に回復しつつあった。

モードレッドと琴乃の邂逅、衝撃で精神は身体の底から表面に引っ張り出され。

朦朧としつつも周囲の情報を取り込みつつ、モードレッドの魔力放出の衝撃により完全に覚醒した。

故にモードレッドが交戦したのが、己を襲った少女であると知っており。

鼓太郎がその少女の仲間であると知っていたが、リュリーティスにはどうも鼓太郎が悪であるようには見えなかった。

だから、何か誤解があるのではないか、と。

声を張り上げ、モードレッドの止めを制止したのだ。

モードレッドは勝った相手には興味がないのか、それとも放置しても問題ないと判断したのか。

とりあえず"情報収集"の名目において、鼓太郎を生かすことにしたのだ。

『良かったな。"ばんのうやく"っつーんだとよ、コレ。

飲むだけで傷も痺れも癒えるたぁ、どっかの魔術師の危ない薬かもな』とはモードレッド談だ。

鼓太郎は未だモードレッドを警戒していたが、一人で勝てる相手ではないと判断したのか眉間に皺を寄せたまま、渋々情報交換を了承した。

三人が名を名乗り終えた頃から情報交換は始まった。

鼓太郎は死体を発見したこと。仲間をモードレッドが殺そうとしていたこと。

モードレッドは倒れていたリュリーティスを担いで移動していたこと。

そして。リュリーティスは、柏葉琴乃が襲ってきたことを話した。

 

「ふっざけんな!!」

 

最初に声を荒げたのは、鼓太郎だった。

まだ痛みの残る身体を動かしながらリュリーティスに向かって怒声を飛ばす。

 

「琴乃は仲間なんだぞ!メビウスから脱出するために一緒にやってきたんだ!!オレの他の帰宅部の連中も知ってる!

人を殺すような、そんなヤツじゃねえんだよ!」

「…見つけた死体は、どんな人だった?」

「そんなこと関係ねえだろ!今琴乃の話を───」

「答えて」

 

鼓太郎の言葉は、リュリーティスの言葉に断ち切られる。

間の抜けたような、おっとりしている娘かと思っていたが案外頑固な面もあるらしい。

モードレッドはそのやり取りを欠伸をしながら横目で眺め、そんな感想を抱いていた。

 

「…黒髪の、赤い目の女だったよ」

「……」

 

リュリーティスは、静かに目を伏せる。

自分を助けた後、死んでしまった彼女に思いを馳せる。

どんなに言葉を重ねてももう彼女には届かない。

ならば、彼女の分も役に立たなければいけない。

 

「…おい、どうしたんだよ」

 

鼓太郎が返答を急かす。

彼からすれば話の流れから最悪の事態が予感出来ているのだろう。

リュリーティスはどう答えたものか、迷っていた。

『あなたの仲間に彼女は殺されました、被害者です』と言えばいいのだろうか。

少なくとも、鼓太郎は年齢の割に幼い熱さはあるが悪には見えなかった。

その彼に伝えるのは、少し気が引けた。

どうも、小さな男の子を相手にしているようで強気に出られなかったのだ。

すると、モードレッドが口を開く。

 

「傷は」

「傷……?そんなもん深く確認してねえからわかんねえよ」

「じゃあ服だ。それぐらいは見てんだろ。

切り裂かれてたか?穴が空いてたか?それとも焼き跡でもついてたか?」

 

モードレッドの問いに鼓太郎は記憶を掘り起こす。

少女の遺体。服は大きく傷ついていなかったように思えた。

 

「……服に傷は沢山あった。穴が所々に開いて───」

 

少年である鼓太郎には、重い記憶。

それを思い返しながら、途中まで言葉を紡いで、一番辿りつきたくなかった答えに到達してしまった。

少女の服に開いていた穴。

あの穴は。

琴乃を探す際に樹木に開いた矢の貫通痕と、似たような大きさではなかったか。

 

「もうわかったろ。コトノ…だっけか?あの意気地無しが"殺人者"だ」

 

モードレッドが短く述べた言葉を聞き、鼓太郎は立ち上がる。

まだ傷は残っているのか、未だフラフラとしている。

 

「何処に行くの」

「あんたたちには世話になった。そこの剣士……モードレッド、だっけか。

あんたはまだ許せねえけど、襲ってきたのは琴乃が先だってこともわかった」

 

リュリーティスの問いに礼で返す。

答える気はない、意思表示だった。

焦れったいやり取りに嫌気が差したのか、モードレッドが口を開く。

 

「あの意気地無しの所にでも行くつもりか」

「…悪いかよ」

「悪かねえよ。てめえの実力じゃ殺されるだけだ、胸張ってさっさと殺されてこい」

「てめえ……!!」

 

モードレッドに掴みかかろうとした鼓太郎だが、そこまで体力が回復しておらず片膝を突く。

大きい身体を手に入れたのに。こんにも強い身体を手に入れたのに。

満足に動かせないことが、酷くもどかしかった。

 

「どういうことだよ…!」

「言葉通りの意味だ。てめえ、あの弓兵女を殴れんのか」

「…これ以上人を襲うなら殴ってでも止めてやるよ」

「其処じゃねえよ。"止める"話じゃねえ。

"殴り殺せる"のかって聞いてんだ」

 

その言葉を聞き、鼓太郎の怒りは更に膨張した。

片膝突いた足を無理やり動かし、モードレッドのジャケットを掴む。

二人の顔は接近し、鼓太郎の表情は怒りで歪んでいた。

 

「殺すつもりなんかねえに決まってんだろ!!」

「そうか。ンじゃあてめえには無理だ、諦めるか射抜かれて死んでこい」

「だからそれが……どういうことだって聞いてんだよッ!!!!」

 

次の瞬間。鼓太郎が反応するよりも速く、モードレッドの膝が鼓太郎の腹を打った。

くの字に折れ曲がる身体。胃液が逆流し口から漏れそうになるが、それだけは何とか耐えた。

 

「"殺す気"で向かってきてる相手に"殺せねえヤツ"が勝てる訳ねえだろうが!あァ!?

知らねえなら教えてやる。誰よりも先に斬らなきゃ斬られるのが戦場だ。あの弓兵女はもう戦場に身を置いて人を殺してる。

相手の矢はもうてめえの心臓を狙ってんだよ。なのに拳の先に綿つけたまま誰を殴るってんだ!?」

「…っ」

「…てめえのはただの甘えだ。実力不足を認めたくねえ理由は知らねえがな、正義の味方ごっこがしてえなら力つけて出直してこい」

 

モードレッドは蹲った鼓太郎を暫く睨み付けると、背を向けて去っていく。

普段のモードレッドなら、此処まで赤の他人に干渉しない。武器を持った戦士なら何処で死のうが生きようが彼女には関係ない。

だが、何故か───鼓太郎の姿が、酷く癪に障ったのだ。

 

「行くぞ」

「…置いていくの?」

「必要な情報は交わしたろ。殺されねえだけ感謝しろってモンだ。

てめえも会いてえヤツがいるんだろ。さっさと見つけねえと面倒なことになるぞ」

 

リュリーティスに声を掛けるモードレッド。

リュリーティスは鼓太郎とモードレッドを交互に見ていたが、モードレッドの最後の言葉に急かされ彼女の後を追う。

そして。そのままモードレッドとリュリーティスが去ろうとした頃。

 

「…む…!!」

「あ?」

「頼む……!!!!」

 

地面に蹲ったまま。鼓太郎は、瞳に涙を貯めながら頭を下げていた。

それはどれだけの屈辱だろう。

己の力不足を痛感し。それを指摘されるまで見ないように避け続け。挙げ句の果てに、負けた相手に頭を下げている。

 

「デカい身体を手に入れたのに、誰にも負けねえ力を手に入れたと思ったのに……オレは何も出来ねえ」

 

それは、心中の吐露だ。

己のトラウマを乗り越えんとする、子供の成長だった。

 

「オレは何も出来なかった。察することすら出来なかった。

おまえの言う通りだ。このまま琴乃を追っかけても殺されるだけかもしれねえ」

 

己の無力を。自らの情けなさを。

自分の惨めさを嘆きながら、それでも前に進もうとしている。

 

「だから…頼む。この借りは絶対に返す。

───あんたたちの力を、貸してほしい」

 

蹲ったまま、深々と頭を下げた鼓太郎を見るモードレッドとリュリーティス。

リュリーティスはモードレッドを真っ直ぐ見据え、モードレッドは深くため息を吐く。

 

「これ、飲んで。もう少し楽になると思うから」

「いいのか?」

「てめえが頼んだんだろうが。あの女捕まえたらこっちの言い分も聞いてもらうからな」

 

差し出された"ばんのうやく"を受け取り、口に運ぶ鼓太郎。

リュリーティスとしては一刻も早くアーナスに出会いたかったが、情報もない状況なら弓の少女・琴乃を追跡した方が出会えると判断を下したのか、鼓太郎に差し出した手は穏やかだった。

…どうしても鼓太郎が小さな男の子が泣いている様に見えてしまい、放っておけなかったのは秘密だ。

 

「おら、歩けねえなら引き摺んぞ!」

「ま、待てよ今から立つっての…ちょっホントに立つから痛い!!」

 

不機嫌そうに鼓太郎の首根っこを掴み引き摺っていくモードレッド。

彼女としては、主催者をぶった斬れればそれでいい。

何もしない参加者なら特に構う必要はない。武器を持って敵対するなら切り伏せるだけだ。

しかし。不機嫌に鼓太郎を引き摺っていくモードレッドは、何時もより他人に干渉するようにも見えた。

 

『───なあ、父さん』

『───オレ、ちょっとは立派なレスキューマンに近付けたかな』

 

鼓太郎が倒れる間際に呟いた言葉。

父親に憧れと尊敬を抱いていた、その言葉。

それが、彼女にとってどうしても癪に障り───そして、どうしても放っておけない己に苛立ちを募らせていた。

 

(何だってんだ、ちくしょうめ)

 

この苛立ちと、この感情が。

一刻も早く解消されることを望みながら。

歪な三人組が、出来上がることとなった。

 

───結果的に、鼓太郎は首輪の解除条件を未だ知らない。

無理もない。仲間の存在に命の危機にその仲間が殺人者だと立て続けに事件が起こったのだ。

心の容量上限を越え、パニックを起こしていないだけ立派だと言える。

果たして。仲間の殺害と己の命を秤に乗せた時、彼はどちらを選ぶのか。

 

 

 

 

 

 

 

○ ● ○

 

 

 

 

 

カタルシスエフェクトは、暴走する抑圧された内面の具現。

トラウマの鎧。心的外傷の新たなる形。

元はアリアの力で調律して安定化させたものだ。

しかしこの場では、アリアの調律を無しにカタルシスエフェクトの発現を可能にしている。

アリアが調律さえすれば、メビウスの住人でない存在もカタルシスエフェクトの具現化の可能性さえ有り得る。

それは。『この会場にはメビウスの技術が流用されている可能性がある』ということである。

そして、アリアの調律無しにカタルシスエフェクトを発現させられる者たちは、この場では既にアリアの調律は不必要となっている。

つまり。"帰宅部"たちは、この会場で唯一アリアの調律を必要としない存在なのだ。

琴乃の下腹部を覆う檻。たった一人の子への感情。母親への感情。

それらの抑圧された内面、ストレスから生まれたカタルシスエフェクトである弓。

ならば───この場で"現実から逃げ出したい"、"救われたい"と願うほどの過度なストレスや抑圧された感情が既にカタルシスエフェクトを発動させた帰宅部達に襲いかかれば、どうなってしまうのだろう。

未来は不明だ。現時点で予測できることなどたかが知れている。

しかし。

"殺人経験"というトラウマを背負った琴乃のカタルシスエフェクトは、静かに、確かにもぞもぞと蠢いていた───

 

 

 

【C-3/森の中/一日目 黎明】

【柏葉琴乃@Caligula -カリギュラ-】

[状態] 身体中に浅い傷、腕の痺れ、精神疲労(大)、心的外傷『殺人経験』、"蒔岡玲"

[服装] いつもの服装

[装備]

[道具] 基本支給品一色、スマホ2台、日本刀、不明支給品6つ(本人確認済み)

[首輪解除条件] スマートフォンを5台以上保有する

[思考・行動]

基本方針:優勝して現実へ帰る。

1:誰か、助けて

※参戦時期はウィキッドに部室に監禁されていた時からとなります。

※新たなトラウマ『殺害の女王(デス・シンデレラ)』。"殺人に対する罪の意識とそれでも誰かに救いを求めながら諦めている"状態が追加されました。

今後カタルシスエフェクトに何らかの変質をもたらす可能性があります。

※上記のトラウマから幻覚"蒔岡玲"が見えています。あくまで琴乃の罪悪感が形を持ったものであるため蒔岡玲本人とは外見以外全くの別物です。

 

 

 

【C-2/森の中/一日目 黎明】

【赤のセイバー(モードレッド)@Fate/Apocrypha】

[状態]健康、魔力消費(小)、苛立ち

[服装]いつもの私服

[装備] グレイグの大剣(ドラゴンクエストⅪ)

[道具] 基本支給品一色、スマホ、不明支給品2つ(本人確認済み)

[首輪解除条件]「魔法少女」を2人以上殺害する

[思考・行動]

基本方針:この殺し合いをぶっ壊す

1:弓兵女を捕まえてさっさとこの苛立ちを治める。

2:抵抗しないなら敵ではない。武器を持って歯向かうならブッ潰す。

3 : 赤の陣営の連中と黒のアサシンには一応注意しとくか

 

 

【リュリーティス@よるのないくにシリーズ】

[状態]気絶、全身打撲、ダメージ(中)、体のあちこちに切り傷

[服装]いつもの服装

[装備]

[道具] 基本支給品一色、スマホ、不明支給品1つ(本人確認済み)、ばんのうやく×2(ドラゴンクエストⅪ)

[首輪解除条件] 他参加者を殺害した参加者を1名以上殺害する

[思考・行動]

基本方針:アーナスと一緒に会場からの脱出

1:玲ちゃん……。

2:アーナスに会いたい。

3:一先ずはモードレッド達についていく。が、玲ちゃんを殺した人を助ける……?

※支給品の一つはばんのうやく×4でした。

二つ使用したので残り二つです。

 

 

【巴鼓太郎@Caligula-カリギュラ-】

[状態]:火傷(小)、ダメージ(中)、どちらもばんのうやくにより回復中

[服装]:いつもの服装

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ(特殊機能あり)、クリストフォロスの楽譜@よるのないくにシリーズ、ヴェス・ウィンタープリズンの右腕@魔法少女育成計画シリーズ

[首輪解除条件]:自分以外の帰宅部メンバーの全滅

[思考]

基本:殺し合いを止めて、あのクソ野郎(ファヴ)を含めた黒幕共をぶっ飛ばす

1:琴乃を殴ってでも止める。

[備考]

巴鼓太郎のスマホの特殊機能は『自身がが現在居るエリア及び隣接するエリアにいる他プレイヤーの名前を表示する』です

一度使用すると、再度使用するのに3時間の猶予が必要となりますが、本人はまだ知りません

※参戦時期はオーバードーズ版、琵琶坂エピ8未クリア条件下でのシャドウナイフ編での死亡後からです

※まだ自分の首輪の解除条件を見ていません。

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