バトル・ロワイアル The Rebellious Memory 作:原罪
――『地獄』から行き着いた先も、また別の【地獄】だった
閑散とする市街地エリアに位置する小さな民家――灯なき漆黒の室内に蠢くものが一つ。
安価で購入できるであろう質素なソファの上に、天川夏彦は腰掛けた。
夏彦は夜が明けるまでは、ここに留まろうと心に決めている。
その理由はゲームスタート時の彼の状態にあった。
夏彦はこの会場に――いや、正確にはあの始まりのホールに連れ込まれるまでは、鹿鳴市にある原子力研究所、通称「ラボ」で自身の生死に関わる大事件に巻き込まれていた。
着込んでいる制服のあちらこちらからは血が滲んでいるのは、その過程で受けた銃撃によるものである。
大量出血により一時は生死の境をさまようこととなったが、現場に駆けつけていたレスキュー隊の尽力により、輸血処置が行われ、事無きを得ている。
しかしながら、未だに身体を動かすと脇腹、左腕がズキズキと痛む。
このような状況下で、積極的に動くのは危険と判断し、夏彦はどこか落ち着いて静養できる場所はないかと探索を行い、結果としてこの民家に腰を据えたのだ。
カーテンに覆われ外界から隔絶された空間の中には、どこの家庭にも置かれているような家具が配置されている。
夏彦はありふれた内装をボーっと眺めながら、思案に暮れる。
正直な話、まだ理解が追いついていない。
現在を含めた、ここ数日前から現在に至るまでに体験した出来事は全て夢物語であったのではないかと疑いはした。
平穏な日々に、怒濤の如く押し寄せた無数の「非日常」。
隣人の交通事故から始まり――
謎の転校生「サリュ」との同居
BC能力の開花
ラボで発生した爆破テロ
テロリスト「笠鷺渡瀬」との対決
明らかとなった鹿鳴市の闇
夢幻となった同居人
亡くなったはずの幼馴染との再会
悪意をばら撒く「被験体N」の存在
挙句の果てには突然目の前が真っ暗になり、意識を取り戻した先で告げられたのは「殺し合いをしろ」などと、最後の最後に、特大級の変化球を投げつけられる始末だ。
混沌無稽な展開の連続に、これは夢なんだ!目が覚めれば、慣れ親しんだベッドの上にいるはずだ!と決めつけて、全ての思考を放棄したくなる。
しかし、そうはさせまいと身体の至る所から突き上げてくる痛みが、一連の出来事が紛れもない現実であると主張する。
支給されたスマートフォンを操作すると、名簿には見知った名前が複数あった。
渡瀬、洵さん、宇喜多のおじさん、ましろ、サリュ……。
何れも、幾度の衝突はあったにせよ、先ほどまで煉獄と化した「ラボ」にて共に死線を潜り抜け、互いに手を取り合おうと誓い合った仲間達である。
彼らも、自分と同じように突然このような場所に連れて来られてしまい、困窮しているに違いない。
その中でも、特にましろについては、自分と同じく致命傷を負っていたはずなので安否が心配だ。
そして何より気にかかるのはーー
「悠里……」
琴乃悠里――9年前に死亡したものとされていたが、その影でずっと自分を見守り続けてくれた心優しき幼馴染。
やっと再会できた矢先に、このような状況に陥ってしまい、結果的に悠里をあの地獄に置き去りにしてしまったーー
必ず自由にすると約束したのにーーと思わず歯軋りをする。
また先程からBC能力を使って「ラボ」にいた参加者に連絡を取ろうと試みてはいるのだが、研究所内にいた時とは異なり、索敵範囲が狭められているようで、皆の脳波をキャッチできないでいる。
これはWX粒子が蔓延していない状況下における本来の限界によるものなのか、それとも何か別の力によってBCが妨げられているかは分からない。
しかし、BCという自分にはあり余る能力があるのに、事態を好転させることが出来ないという事実に歯がゆさを感じてしまう。
せめてもの、身体を休めている間BCによる索敵は継続して行おうと意識を集中しようとした矢先、玄関口より開扉音が耳に入ってきた。
◆
誰かが初音の近くにいるということは、初音に支給されていたスマホが教えてくれたのです。
初音に割り当てられたスマホの特殊機能は『殺害したプレイヤーの特殊機能が追加され、利用できる』でした。
そして、先程殺害したジークさんのスマホにも特殊機能が割り当てられていて、その内容は『半径20m以内に他のスマートフォンが接近すると警告をする』――以前初音が持っていたPDAと同じ機能なのです。
この機能のおかげで、初音がこの通りに足を踏み入れた途端に、スマホがブルブルと震えだしたのですーーバイブレーションというやつですね。
バイブレーションは1分ほどで収まりましたがーーなるほど、アラーム音が鳴り響くわけではないので、これなら相手からも初音の存在に気付かれることもないです。
バイブレーションが作動したのは、初音のスマホだけだったようですーージークさんのスマホは所有してから3時間経過しないと機能しないようなのですね。
肝心の参加者はというと……路地には誰もいないようなので、近くの建物に隠れている可能性があるですね。
となると、すぐそこのおうちが怪しいですね。
◆
民家の扉に手をかける際に、初音は思考を巡らす。
序盤から動き回らず、建物内に籠城するところから察するにーー
この参加者は積極的に殺し合いには乗っていない可能性が高い――もしくは、殺し合いには乗りつつも支給品に恵まれていない弱者の可能性も考えられる。
前者であれば、自分も殺し合いには乗っていない旨伝えた上で、行動を共にしてもらうよう嘆願するつもりだ。
まだゲームは始まったばかりで、第1放送までは時間がある。
ここで、無理にスコアを稼ぐ必要はない。
優勝を目指す方針は変わらないが、『定時放送のある6時間毎に最低一人のプレイヤーの殺害』という首輪の制約も考慮に入れないといけない。
先ほど既に1名を殺害しているため、第1放送までもノルマは既に達成しているが、第1放送後から第2放送実施までの間、直接初音が手を下す形で、また人殺しを行わないといけない。
今は、次の殺しのためのストックが必要だ。
無害な少女を装い近づき、信頼を得て――
第1放送後に、手元にあるリボルバーを使って、射殺する。
この拳銃――コルト・パイソンは当初ジークに支給されたものであった。
必要なのは信頼を勝ち得るための「演技」ーーアイドル活動を行っていく中で、初音が最も得意としたものである。
もしも話が通じず、闇雲に襲い掛かってくるのであれば、その場で利用価値なしと判断し、拳銃の的になってもらおう。
「ご、ごめんくださいなのです……」
腹に黒いものを秘めながら、小さな掛け声を添えて、初音は民家の玄関口を開ける。
その掛け声に含ませるは「怯え」と「困惑」。
小声であるため、相手方に聞こえているか分からないが、如何にも虫も殺せない小動物のような――善良な人間の庇護欲を駆り立たせるような、無害な少女のものであるよう努める。
そう――阿刀田初音はこの民家に立ち入ったその瞬間から、演じ始めたのだ。
――相手の信頼を得て、その果てに死へと誘う演技を。
「誰だ……!」
甲高い声と共に、家の奥から人影が出てくる。
家奥から姿を現したのは、眼鏡を掛けた少年だった。
薄暗闇の中なので、ぼんやりとしか見えないが、どこかの学生服を着込んでいることは判別できる。
年齢は恐らく初音と変わらないだろう。
(そういえば初音が参加していたあのゲームでも、似たような容姿のお間抜けさんがいました――簡単に殺せましたけど)
と、少年の姿を見据えながら回想する。
いともあっさり殺害できたので、どんな人間だったかあまり記憶には残ってはいないがーー願わくばこの人も、あの時のお間抜けさんと同じように、初音の掌の上で踊ってくれれば良いのですが、と思いを馳せる。
対する少年は眼鏡をくいっと持ち上げ、初音の姿をじーっと観察する。
その表情からは明らかに警戒という感情が見て取れる。
そして、静かに問いを投げてきた。
「君……名前は?」
「は、初音は安藤初音と言います! 名簿では阿刀田初音という名前で載っているはずなのです!」
「……。」
初音の回答を聞くや否や、少年は押し黙ったまま、ポケットからスマートフォンを取り出し、画面を操作し始めた。
(名簿を確認しているのですか……。 慎重な人です。)
少年がスマホの情報を参照している間、初音はぽつんと放置され、二人の間には静寂が続く。
やがて沈黙に耐え切れず、業を煮やした初音は緊張した面持ちでおずおずと言葉を発した。
「そ、その……眼鏡さんの名前も教えてほしいのです」
「……天川夏彦」
少し遅れて、少年の口から質問に対する返答を得る。
と同時に、夏彦はスマホから顔を上げ、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
そして、至近距離となったときに初めて気付く。
夏彦の学生服の至る所がボロボロとなっており、幾つかの個所から血が滲んでいることに。
「ち、血が……! 血が出ているのです! だ、大丈夫なのですか!?」
制服に染み付いている血痕を指差し、オーバーリアクション気味に叫ぶ初音に対し、夏彦はーー
「……! ああ、これか」
「これなら心配ないよ。 この会場に連れて来られる前に負ったものだけど、手当て済みだし止血も完了している」
自身の袖口を一瞥し、あくまでも冷静に応対した。
「そうなのですか……。 まぁ、夏彦が大丈夫だと言うのなら問題ないのです」
本当はどうしてそのような傷を負ってしまったのか、詳細を聞き出したいところではある。
本当は他の参加者に襲撃されて、もしくは交戦した結果として、そのような有様になってしまったのではないかと疑念は残る。
が。
ここではあえて追及せずに引き下がる。
後でじっくりと情報を引き出せばよいのだから……。
余計なことは考えず、相手方に取り入ることだけに専念しよう。
初音は思考を切り替え、目の前の少年――天川夏彦を値踏みする。
襲い掛かってくることもなく、こうして対話に応じて貰えているあたり、夏彦が殺し合いに乗っている人間には見えない。
屈強な体格でもないし、何より負傷もしているので、楽に殺せそうだ。
第1放送から第2放送間の「生贄」のストックとしては及第点ではないだろうか。
だが、取り入る前に夏彦の腹の内を探っておきたい。
夏彦のこの殺し合いに対する行動スタンスについて、確信が欲しいところではある。
なので、ここは思い切って単刀直入に聞いてみよう。
「それで、その……な、夏彦は乗っているのですか?」
初音は演じる。恐る恐るといった感じで眼前の相手に尋ねる、無力で哀れな少女を。
「……何に?」
怪訝な表情を浮かべる夏彦に対しーー初音は演技を続ける。無力でありながらも僅かながらの勇気を振り絞る少女を。
「こ、この殺し合いに、です」
「…ッ!! 乗るわけないだろッ、そんなの!!!」
その瞬間、今まで冷静に受け答えをしていた夏彦が感情を露わにして、声を荒げた。
その豹変ぶりに思わず後退りをしてしまうが、夏彦は構わず言葉を吐き続ける。
「どんな状況に陥ったとしても、誰かを犠牲にして生き残るなんて間違っている!」
「僕の大事な友達も、仲間たちも――皆このゲームに巻き込まれてしまっている! 必ず帰るんだ! 誰一人欠けることもなくッ! 皆で!」
「……。」
胸に溜めていたものを全てぶちまけたのだろうかーー夏彦は興奮冷めやらぬ様子で、肩で息をしている。
そんな夏彦を初音は黙って見つめていた。
「ごめん……つい熱くなってしまった……」
少しの時間を置いて、平静を取り戻した夏彦は詫びを入れる。
そんな彼に初音が思うことは一つだけだった。
(この人は本当に殺し合いに乗っていない甘ちゃんなのです。 最初の放送の後はこの人に死んでもらうのです。)
先程の夏彦の熱弁に感傷することもなくーー
都合の良い獲物を見つけた自分の幸運に感謝をしてーー
相手を堕とすための演技を開始する。
「…つねも…」
「えっ?」
「は、初音も! 人殺しをしてまで生き残りたくなんかないです!」
どうしようもなく無力でーー
どうしようもなく哀憫でーー
それでもーー
人殺しなどという禁忌は絶対に犯すまいと意固地になる少女を演じる。
その目に偽りの涙を浮かべ、夏彦に訴え続ける。
「だけど…初音は死ぬのも嫌なのです。」
「初音は運動音痴ですし、頭も良くないので、一人じゃどうすることもできないのです!」
死にたくない。
でも、誰も殺したくない
恐怖と無力感でぐちゃぐちゃになった思考を吐く少女――を演じる。
「だから、だからぁ……!」
哀愁漂わせる眼前の少女を不憫に思ったのか、夏彦の表情は険しくなる。
「夏彦に一緒にいてほしいのです!」
その視線から感じ取ったものはーー憐れみ、そして同情。
そして最後に、ここぞとばかりに少年の良心を揺さぶる言葉をぶつける。
「初音を助けてほしいのです!」
結論から言うと、初音の演技は完璧だった。
哀しき少女の慟哭を聞き届けた夏彦は険しかった表情を崩しーー少しの沈黙を置いてから静かに口を開いた。
「分かったよ……僕じゃ力になれるか分からないけど」
と、そこで小さな溜息を挟む。
「君のことは出来る限り、守るよ」
恥ずかしいことを言っているのだという自覚はあるのだろうか、目を伏せ、もじもじしながらも言葉を紡いでいく。
「だからさ、もう」
最後に夏彦は、これまで見せたこともないーー
見ている者を安心させるようなーー
柔和な笑顔を見せーー
「泣くなよ」
不安げに自身を見上げる初音に手を差し伸べた。
「ほ、本当に……!」
「……うん?」
「本当に、本当に初音を助けてくれるのですか……!」
「ああ、約束するよ」
優しい口調で夏彦は返答した。
「あ、ありがとうなのです! 夏彦ッ!」
初音は涙を拭い、夏彦に飛びつくような形で抱きついた。
「うおっ!? ととととと…… ちょっ離れろって!」
顔を紅潮させ慌てふためく夏彦。
「ご、ごめんなさいなのです! 余りにも嬉しくて、つい」
初音は――そんな夏彦から身体を離して、笑みを浮かべる。
全く曇りのない、満面の笑みだった。
その天使のような表情にドキッとしたのか、夏彦は思わず目を反らす。
(墜ちたのです……。これで、第2放送までの初音の生存は確定したのも同然なのです……)
表面上では馬鹿みたいに燥いではみたが、心の中では冷静に作戦の成功にほくそ笑む初音。天川夏彦に湧き上がる感情は、ただ一つーー「侮蔑」のみだった。
◆
「そうですか……夏彦のお友達も、このゲームに参加させられているのですね」
「ああ……でも皆殺し合いに乗るような連中ではないよ」
夏彦が初音をリビングへと招きいれて、最初に行われたのは情報交換だった。
その内容は、ゲームに参加している知り合いの情報とゲーム内でのこれまでの行動についてだった。
初音は、前者について知人はいないと答えている
実際には三ツ林司や薪岡玲といった見知った名前が名簿に記載はされているが、彼らとの関係を説明しようとすると、ややこしいことこの上ない。
特に薪岡玲に関しては、ここに来る前に私が殺してやったのです。と馬鹿正直に明かすわけにもいかないので、参加者の中には知り合いはいないとした。
そして後者に関して、ジークの存在は伏せて、ゲーム開始直後フードの男に襲われて、命からがら逃げてきたということだけを話している。
その話を聞くと、夏彦はやはりゲームに乗っている奴はいるのか、と悔しそうに唇を噛みしめていた。
それに対して、夏彦が提供してきた知人の情報――
夏彦の知人は笠鷺渡瀬、守部洵、宇喜多圭司、鳥羽ましろ、三宮・ルイーズ・優衣の5名となり、笠鷺渡瀬、守部洵はレスキュー隊員、宇喜多圭司は科学者、鳥羽ましろ、三宮・ルイーズ・優衣については夏彦の同級生とのことだ。
またゲームが始まってからはまだ誰とも遭遇していないとのことだったが、他の参加者の情報を得られたのは収穫だった。
(しかし、すっかり初音を信用したようですね。本当にお間抜けな眼鏡さんなのです。 この過酷なゲームで生き残るためには、自分のことしか考えないと駄目なのです。)
最終的に生き残るのは一人だけ。
ジークといい、この夏彦といい、下らない正義感で他人を気遣うようなことをするから、足元を掬われてしまうことになるのだーーと自分に手を差し伸べてきた彼らを胸中でせせら嗤う。
勝ち残るためには、他者を信用せずに利用できるだけ利用した挙句に、蹴り落としていくという気概と覚悟が必要だ。
日常生活で培われた倫理観や他人への同情など、この場では足枷にしかならないのだ、と初音は自分に言い聞かせている。
そんな初音の思惑など知るはずもない夏彦は、会話を続ける。
「初音、今後の方針を決めておきたい。 まずは、初音の首輪の解除条件を教えてくれないか?」
「えっ、初音の解除条件を……ですか……?」
「ああ、まずは君の首輪の解除を優先したい」
困惑する初音に、夏彦は提案の意図を説明し始める。
「この首輪をつけている限り、いつ運営に首輪を爆破されてもおかしくはない」
「まずは、僕たち二人に割り当てられた首輪を解除してから、脱出の方法を探すべきだと思うんだ」
尤もな考えなのです、と初音は感想を抱く。
この首輪がある限りは運営に命を握られているのも同然――
殺し合い反対派としてゲームの脱出を狙うのであれば、首輪爆破という後顧の憂いは絶っておくべきだ。
しかし、それでもなぜ、夏彦ではなく初音の首輪解除条件を優先させるのだろうか?
その答えは夏彦の続く説明の中にあった。
「僕の首輪の解除条件は『解除条件を満たした参加者のスマホを3台以上保有する』だ」
「……!」
「そう……だから僕自身のためにも初音の首輪の解除を優先するべきだと考えている」
なるほど、確かに夏彦に割り当てられた条件が、本当に説明通りのものだった場合、最初は初音の首輪の解除を目指して行動するというのは自然な流れだ。夏彦の提案も道理に適っている。
この流れでは、解除条件の提示を拒否することは難しいですね、と初音は結論付けて、口を開く。
「ええと……初音の解除条件は、『7人以上の男性参加者と遭遇する』です」
勿論、これは咄嗟に思いついた嘘の条件である。
こんな適当に考えた条件、ゲームが進行するうちに嘘であるとバレて糾弾されることは目に見えている。
が。
どうせこの少年とは、そこまで長く付き合うことはないだろうーーと高を括り、夏彦の反応を窺った。
そして、偽りの解除条件を告げられた夏彦の様子は、というと--
「なるほど、それが君の条件なのか……」
眉をひそめ、その表情は見る見るうちに険しくなっていく。
――何か様子がおかしい。
「夏彦……? ひっ……!」
不安げに声を掛けた初音を睨み付ける夏彦。
その眼光は邂逅の時よりも厳しく、敵意を剥き出しにしていることが汲み取れる。
そしてーー
「今すぐにここから出て行ってくれ」
夏彦の発した言葉に、耳を疑った。
この余りにも突然で、理不尽な要求に、初音は抗議する。
「ど、どうしてなのですか!?」
「平然と嘘を吐く人間は信用できない」
「えっ……?」
解除条件の嘘がバレたーー?
でも、どうしてーー?
想定外の事態に混乱する初音に対し、夏彦は種明かしをすべく唇を開く。
「僕のスマートフォンには特殊機能があるんだ」
夏彦は先ほどと同じようにスマートフォンを取り出し、画面を操作する。
そして幾度のスクロールとタップ経て、初音にスマートフォンの表示画面を見せつけた。
暗闇の中、スマートフォンが放つ白の光は一際眩く、初音は目を細め画面を凝視した。
そこにはこのように記載されていた。
阿刀田初音: 首輪解除条件を満たしていない全プレイヤーの殺害及び定時放送のある6時間毎に最低一人のプレイヤーの殺害
「……!」
初音の思考が真っ白になった。
呆然とする初音の耳に夏彦の声が入ってくる。
「僕の特殊機能は――」
「『半径10m以内にいる参加者の首輪解除条件を表示する』だ」
「ッ……!」
迂闊だった。
自分が所持しているものだけでなく、他のプレイヤーにも特殊機能付きのスマホが支給されている可能性も考慮を入れるべきだったと、初音は反省する。
これでは警戒されても仕方がない。
しかし、だからといって、初音の計画が完全に頓挫したわけではない。
「嘘を吐いてしまってのはごめんなさいなのです! でも仕方なかったのです!」
「本当の条件を言ってしまうと、夏彦に怖がられてしまうから……!」
尚も、食い下がる。
そうーー何も首輪の解除条件が、大量殺戮を示すものであったとしても、それイコール初音が殺し合いに乗った悪意のある人間であることの証明にはならない。
こんなことで折角の獲物を逃すわけにはいかない。
思考を切り替え、また演じ続ければ良いのだーー過酷な条件を押し付けられた悲劇の少女を。
「でも信じてほしいのです! 初音は夏彦と同じで、決してゲームに乗ろうだなんて「もう遅い……」
しかし、夏彦の良心を揺さぶろうと始めた演劇は遮られてしまったーー他ならぬ夏彦自身の言葉にとって。
「もう遅いんだよ……、初音」
「ど、どういうことですか……?」
初音はふと気付く。
いつの間にか、夏彦が初音から距離を取っていたことにーー
夏彦は、まるで猛獣に遭遇したかのような緊張している面持ちで、その額からは汗が滲み出ている。
「僕はコミュニケーターだ」
「こみゅにけーたー???」
聞き慣れない単語にキョトンとする初音。
それは裏表も関係のない素の反応であった。
しかし、夏彦は構わずに話を進める。
「そして、僕はテレパシーやエンパシーの他にもう一つ能力が使える。」
「???」
夏彦の言っていることに理解が追い付かない。
無理もないーー初音にとっては知らない単語が多すぎるからだ。
だが次に、夏彦は決定的な言葉を発した。
「その能力を使って、たったいま、君の記憶を覗かせてもらったよ」
「君がこの会場に来てからの記憶を……!」
「……!」
初音が持ち合わせている知識では、夏彦の言っていることを完璧に理解することでは出来ない。
但し一つだけはっきりしたことがある。
それはーー
「そして、君が……ジークという人を殺したという記憶もね!」
詳細は不明ではあるが、この少年は初音が殺人者であるということを知ってしまったということだ。
――殺さなくては
と、初音は一切の思考を放棄し、素早く支給品袋に手を突っ込む。
そして、コルト・パイソンの感触を手に感じたとき、それは起こった。
《出て行けぇええええええ!!!》
「うわぁあああッ!」
頭が破裂するのではないかというほどの大音量の声が脳内に響き渡る。
思わず支給品袋から手を引っ込め、頭を抱える初音。
《出ていくんだぁ!!!》
「っつあぁああああああああーーー!!!」
また響き渡るーー
踏ん張らないと意識が吹き飛ばされるほどの大音響が。
初音は目に涙を浮かべ、どうにか意識を保ちながらも理解する。
この脳内に響く《声》は、夏彦の口から発せられたものではない。
原理は不明であるが、これは脳に直接響き渡っているものであるとーー
その証拠に先程から夏彦は鬼気迫る表情で、苦しみ悶える初音を睨みつけているだけだった。
しかし、それが分かったところでこの状況を切り抜けることは出来ない。
《さっさと!》
「ひぃッ!」
尚も、夏彦による(?)未知の攻撃は続く。
《出ていけッ!》
「……っ!」
脳を直接殴りつけられているような感覚だった。
《さもなくばッ!!!》
初音の中では、取るに足らない参加者の一人と認識していた少年は、今では「怪物」に昇華されていた。
《お前のッ!!!》
恐怖に顔を引きつかせる初音に、夏彦の《声》は容赦なく浴びせられる。
もう限界……このままでは頭が割れそうだ、と初音はノイズが走る意識の中で思った。
《心を壊すッ!!!》
「うわぁあああっーーーー!!」
耐え切れなくなった初音は叫び声をあげながら、全速力で家を飛び出した。
《声》を浴びせる「怪物」から逃れるために。
◆
「……行ったか」
玄関口から顔を覗かせ、初音が完全に立ち去ったことを確認すると、夏彦は安堵のため息をついた。
――危なかった。
最後の最後にカマをかけて正解だったと、先ほどのやり取りを振り返る。
初音が自身の名前を明かした時、夏彦はまず特殊機能を使って、彼女の首輪解除条件を確認しておいた。
最初にあの首輪解除条件を見たときは、あまりにも厳しい条件に内心驚きはしつつも、表情には出さず、警戒心を以て彼女と接していた。
「エンパシー」を利用して、彼女の腹の内を覗き込もうと試みもしたが、それも叶わなかった。
上級のBC能力者が発現できる第2の能力「エンパシー」。
この能力を行使すれば、使用した相手の心を読み取ることが可能となる。
しかし、この能力を利用するにあたっては条件が存在する。
それは、相手が自分に対して心を開いているということーー
つまり、心を開いていない相手に対しては心を読み取るようなことは出来ないのだ。
他参加者の殺害を前提とする解除条件に加え、「エンパシー」が通じない相手――
それが夏彦の警戒心に拍車を掛けることとなった。
しかし、迂闊だったのはその後だった。
涙ながらに助けを乞う初音の姿に、夏彦の心は大きく揺るがされてしまった。
それは、夏彦に宿る正義の心に響いたし、何より9年前の「ラボ」でおきたあの事故で、泣きじゃくる悠里の姿を重ねてしまったのだ。
自分の目の前で女の子に泣いてほしくなかった。
だからこそ、自分に心を開かないのは、異常な状況に晒されてしまい、怯えているせいだ、と都合の良い解釈を行った上で、まずは夏彦から心を開き、彼女に救いの手を差し伸べたのだ。
が。
その後の情報交換を経ても、彼女は夏彦に心を開くことは決してなかった。
本当は彼女を疑いたくなかったーー信じたかった。
だが、夏彦は内心では申し訳ないと思いつつも、首輪解除条件の話を振り、彼女を試したのであった。
その結果、告げられたのは偽りの解除条件……。
何食わぬ顔で平然と嘘をつく初音に対し、本能的に恐怖を感じた夏彦は、第3の能力「センシズシンパシー」を発動させ、彼女の心の中に潜り込んだのである。
彼女の精神の中に潜り込んだ際に、まず初めに夏彦の目に飛び込んだのは、殺意で塗り固められた心の模様であった。
そこでは、「死にたくないのです」「殺される前に殺すのです」といった願望の声が呪詛のようにリピートされていた。
且つて「被験体N」によって汚染されていた笠鷺渡瀬の心の中も、悪意に塗れていたが、年端のいかない少女が同等の状態にいるという事実に愕然とした。
これで初音のこの殺し合いにおけるスタンスは理解出来た。
受け入れたくはないが、心の中が殺意で埋め尽くされている以上、認めるしかないだろうーー決別は免れないだろうが、その前にもう一つ確認したいことがあった。
それは、彼女が自分と出会う前のゲーム内における行動であった。
初音は、フードの男に襲われて逃げてきたと言ったが、それも嘘ではないか?
何か都合の悪いところは伏せているのではないかと疑い、彼女の記憶を遡りーー一連の内容を閲覧した。
初音の視線で映し出されたのは、
――ナイフを振りかざす男
――救出しに来た青年ジーク
――お弁当に毒を盛り込む彼女の手
――そして、息絶えるジークの姿であった。
そう、既に初音はこの会場に来てから殺人を犯していたのであった。
その恐ろしい事実に、夏彦は背筋を凍らせた。
このままいけば、自分もジークのようにこの殺人鬼に寝首を掻かれていたと思うと、冷や汗が滲み出る。
「センシズシンパシー」行使後は、ここに来る前に『ラボ』で渡瀬に行ったように、ありったけの「テレパシー」を彼女にぶつけて追い出すことは出来た。
本当は取り押さえたかったが、「センシズシンパシー」利用による副作用の頭痛が激しく、身体を俊敏に動かす余裕はなかった。
一先ず、脅威を除いたことだけでも良しとしようーー
但し、殺し合いに乗った人間に居場所を知られているのは非常に危険だ。
先程は恐怖を植え付けて追い返すことは出来たが、いつ心変わりして、襲いにやってくるのかはわからない。
休息を取るにしても、別の場所に移動してからのほうがよいだろうと判断し、夏彦は屋外へと足を踏み出す。
ふいに、遡った記憶の中で彼女が発した言葉が頭をよぎる。
『初音はもう殺されるのは御免なのです。今度こそ生きて帰るのです』
この言葉から察するに、きっとこの会場に連れて来られる前に、何かがあったのだろう。
そして、それが棘となり彼女の心に突き刺さり続け、あのような殺意に塗れた精神を形成したのであろうと、推察する。
「ッ……!」
未だに頭がズシリと軋む。
「センシズシンパシー」で1回記憶を閲覧しただけでも、この副作用だ。
連続して記憶を閲覧する場合の脳への負荷は計り知れない。
したがって、暫くは「センシズシンパシー」の利用は控えたほうが良いだろう。
「だけど、もう一度初音に出会うことがあれば……」
その時こそ、「センシズシンパシー」を行使して、なぜ初音の心があのように殺意で埋め尽くされたものになってしまったのか、そのルーツを知ることが出来るかもしれない。
どんな悪意に汚染されてしまった人間も、そのきっかけは必ずあるはずだ。
夏彦には、初音が根っからの悪女であるとは、どうしても思えなかった。
可能であれば彼女も救ってあげたい、と願いを秘めーー
天川夏彦は市街地を彷徨い始める。
【G-7 市街地/一日目/深夜】
【天川夏彦@ルートダブル -Before Crime * After Days-】
[状態] ダメージ(中、処置済み)、顔面打撲(小)、左腕に銃創(処置済み)、脇腹に銃創(処置済み)、右脚に銃創(処置済み)、脇腹に打撲ダメージ(小)、疲労(大)、センシズシンパシー使用による頭痛(中)
[服装]:いつもの服装(ボロボロ)
[装備]:無し
[道具]:基本支給品一色、夏彦のスマホ(特殊機能付き)、不明支給品2つ(本人確認済み)
[首輪解除条件] 解除条件を満たした参加者のスマホを3台以上保有する
[状態・思考]
基本方針:ましろ、サリュと共に会場から脱出し、悠里を救う
0:無理に身体を動かさず、夜が明けるまでは近くの建屋で休息
1:夜が明けたら、『天川夏彦の家』まで移動
2:「ラボ」にいた参加者との合流(ましろ、サリュ優先)
3:初音を警戒。次に会ったときは……
4:初音を襲ったフードの男を警戒
※初音に対し、センシズシンパシーを使用し、夏彦と出会う前のゲーム内での記憶を読み取りました。
※主催者側の制限により、センシズシンパシーによる記憶の破壊は不可となっております。また、センシズシンパシー利用による脳への負担が上昇しています。
※参戦時期はDルートにて、風見の悪意を消し去った直後となります。
※会場に連れてこられる前に負っていた傷は、そのままの状態となっております。
※夏彦に支給されたスマホの特殊機能は、『半径10m以内にいる参加者の首輪解除条件を表示する』です。
◆
「ハァハァ……」
初音は汗だくになりながら両手で膝をつき、一息を付く。
背後を振り返って確認するーーどうやら天川夏彦は追ってきていないようだ。
先ほどのパニック状態からは落ち着きを取り戻しつつあるが、それでも天川夏彦という底知れぬ存在への恐怖は払拭できていない。
だが、当面の行動方針は変わらない。
まずは別の参加者もしくは集団を探し出し、その懐に潜り込む。
第一放送までは下手な行動は起こさず、放送後に手頃に殺せそうな参加者を殺害する。
しかし、ここに一つの懸念事項がある。
(天川夏彦……方法は分かりませんが、初音がゲームに乗っていることに気付いています)
(それにあの得体の知れない能力ーー放置するのは危険なのです)
(必ず排除します)
その為には――
これから出会うであろう善意の参加者達の信頼を得たうえで、「夏彦は殺し合いに乗っている危険な男だ」と吹聴し、悪評を拡めて、夏彦を孤立させる。
夏彦殺害まで上手く扇動できれば御の字だが、その過程で他の参加者と夏彦が共倒れになってくれれば、尚宜しい。
出来るだけ自分の手は汚さず、邪魔者は消していく――
初音自身が直接手を下すのは必要最小限にとどめておき、優勝を目指す。
愛らしい容姿とは相反する漆黒の感情を胸に秘め――
『キラークイーン』は歩み続ける。
【G-7 ???/一日目/深夜】
【阿刀田初音@リベリオンズ Secret Game 2nd Stage】
[状態]正常、天川夏彦に対する恐怖(大)
[服装]:いつもの服装
[装備]:無し
[道具]:基本支給品一色、初音のスマホ(特殊機能つき)、ジークのスマホ(特殊機能つき)、ペチカのお弁当@魔法少女育成計画シリーズ、青酸カリ@現実、コルト・パイソン@現実(残弾6)、コルトパイソン予備弾(36/36)、不明支給品1つ(本人確認済み)
[首輪解除条件] 首輪解除条件を満たしていない全プレイヤーの殺害及び定時放送のある6時間毎に最低一人のプレイヤーの殺害
[状態・思考]
基本方針:首輪解除条件に入ってる全てのプレイヤーの殺害
1:自分が生き残るため利用できそうなプレイヤーの捜索
2:集団と遭遇した場合は、無力な参加者を装い保護してもらう
3:第1放送までに首輪を爆破される心配はないので、今は無理に人殺しは行わない
4:参加者間に天川夏彦の悪評を広める
[備考]
首輪解除条件について
6時間毎にプレイヤーを殺害できないまま定時放送が始まり条件未達成となると同時に首輪が爆発、死亡します。
※参戦時期はAルートの死亡後です
※初音に支給されたスマホの特殊機能は、『殺害したプレイヤーの特殊機能が利用できる』です。現在ジークに支給されたスマホの特殊機能が初音のスマホで利用できるようになっています。
※ジークに支給されたスマホの特殊機能は、『半径20m以内に他のスマートフォンが接近すると警告をする』です。新規のスマートフォンが20m以内圏内に接近すると、1分間バイブレーションで所有者に警告します。また所有者の意志で当該機能をOFFにすることも可能です。
※初音がどの方角へ逃走したかについては、次の書き手さんにお任せします。