バトル・ロワイアル The Rebellious Memory   作:原罪

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Devil Loves the princess[Devote to my beloved brother,my life]/森の音楽家クラムベリー、マルティナ(Mist)

愛に耽る身体は叫ぶ。

奪われた女は、貪欲な魔物へと転生した。

心に絡む傷は夥しく。血塗れの薔薇は着物であるかの如く、纏わりついた。

餓えた獣のように、女は執着する。

貪欲。狂喜。失望。心酔。

喪失。渇望。遭遇。固執。

腕の中で自由を奪う、その身は正に鉄格子。

過保護に、強烈に。獲物は既に檻の中。

恋は盲目。愛は過剰。

溢れた感情が押し流すのは己か、彼か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"とりあえず西に"。

そう判断したマルティナがビルを出てから市街地エリアを歩き出し、その足が止まるまで五分と掛からなかった。

何故か。それは、違和感だ。

コツコツと鳴る地面は石の感触とは違い、踏み締めた衝撃をそのまま足首へと返し、周囲に並ぶ天を衝かんばかりの建物はマルティナの知識には無いものだ。

まるで家の上に家を重ねて作ったかのような建物。二階建ての住宅など比べ物にならない。

石とも鉄とも何か違うような材質で出来た建物───ビルディング、ビルとも呼ばれるそれらは無機質で、質素で、硬い。

 

「……」

 

手の届く範囲にあったビルの壁面を撫で、手触りの滑らかさと異色さにふむと頷き。

足を開き、腰を据え───

 

「せいッ!!」

 

───その壁面を、剛脚で砕いた。

ぽっかりと空いた穴を眺め、彼女は思案する。

 

(硬さはこのくらいか)

 

とりあえず、強度と感触。その二つを知っておけば唐突な戦闘に遭遇し壁に叩きつけられたとしても受け身の取り方に迷うこともない。

硬度も石よりは硬いが、砕けないという程でもない。

少々はしたない行動ではあったが、緊急事態故の状況把握なので許してください、と誰に謝るでもなく心の中で呟く。

己が蹴り砕いた断面を見る。やはり知識にも記憶にもない構造をしており、木材の建物と比べると冷たいという印象が先行する。

部屋が積み重ねられ、冷たい材質で出来た空間。

…まるで、牢のようだ。

彼女の知識の中で最も近く連想されたのが、それだった。

本来の現代であれば光と賑わいに満ち暖かさのある空間ではあるのだが、少なくともこの会場ではそのような気配りがされている筈も無く。

人の消えた市街地に寂しく残されたビルは、夜の闇も相まって収監者を失った牢獄のようだ。

…先程見た変わり果てた"少女"は、こんな冷たい空間で死んでいったのか。

誰にも助けられず。夜の森より寂しく、川の水より冷たく、一握りの暖かさすらないこの空間で命を奪われたのか。

そう考えると頭に血が昇りそうになる。残虐な行為を自ら行った下手人を蹴り倒さなければ気が済まない。

───だが、それは今行うべきことではない。

自らが今すべきことは、たった今見つかった。

マルティナは来た道をそのまま帰り、少女の遺体を発見したビルの前まで戻った。

そして先程とは異なり。息を整え、脚を高く掲げ、地へと叩き落とした。

一度ではない。二度。三度。四度。五度。

砕かれたコンクリート片が粉となり舞い上がる。それが晴れた頃には、地には丁度マルティナの腰ほどの深さの穴が空いていた。

この程度造作もない。本来学生であっただろう頃には石を砕くほどに成長し、今や魔物を足技で仕留めるマルティナにとってコンクリートなぞ障害にもなるまい。

 

「…これぐらいで良いかしら」

 

少し思案した後マルティナは拳に嵌めたグローブと手首に装着している布をそっと脱ぎ、穴の傍らに置く。

ふっ、と軽く息を吐き、歩みを進める。

やるべきことは、もう決まっている。

 

 

 

 

 

 

「…ごめんね。『全部』は持ってこれなかったわ」

 

そして。三十分ほど立った後。

マルティナは、再び穴の前へと戻ってきていた。

この冷たい地でも樹木は植えてあるらしい。"街路樹"という名があるのだが、マルティナが知る筈もない。

少し前にマルティナはその街路樹が育っている場所から土を拝借し、穴に軽く敷き。

その中に少女───『犬吠埼風だったもの』をそっと寝かせた。

運ぶことができたのは比較的形を残していた肉片と、首から上のみ。

その他は血液と見分けがつかぬほどに散乱しており、運ぶにはあまりにも時間が掛かる。

肉片に至っては身体のどの部分か判別することも難しい。

故に、首から上と比較的形を残した肉片をこうして運んだのだ。

少女の顔は驚愕と無念に染まっている。

何故自分が死ななければならないのか。何故自分がこの場に選ばれたのか。

そして───まだ死ぬ訳にはいかないと、誰かを想うが故の無念の表情。

手首回りの衣服は脱いでおいたため、血液はマルティナの腕にしか付着していない。

マルティナは穴から少し離れ、支給品である水を半分ほど使用し腕に付着した血液を洗い落とす。

決して"汚れた"などという感情から生まれた行動ではない。この後に必要な行いであるからだ。

ついでに彼女の墓に供えられるようなものがないか支給品を漁ってみたが、マルティナには使い方がわからない物が一つと。

装飾品だろうか。己の装備に使えそうなものが一つ。

とてもではないが、供え物としては不要なものばかりだ。

血液を洗い落とし、穴の前に戻ってきたマルティナは、そっと少女の顔に手を伸ばす。

驚愕に見開かれた眼をそっと閉じさせ、無念に歪んだ口元を撫で女性らしく閉じさせる。付着した血液も綺麗に拭っておいた。

頭部だけの遺体を前にして、彼女の行動は異様かもしれない。しかし、修羅場を潜り抜け壊滅した世界を歩いた彼女にとって死体はそれほど珍しいものではない。

これ程損壊した身体は初めてだったかもしれないが、彼女の行動は変わらなかった。

 

「本当に、ごめんなさい。私にはこれぐらいしか出来ないけれど」

 

幼さと大人の中間にあるような雰囲気を纏った少女の顔は、まだ子供と言っていい。メダル女学園在籍という可能性すらある。それを思うと、心が軋んだ。

安らかに眼を瞑った、少女の頭部。

もはや人間の尊厳を失ったその姿にもう一度謝罪して、上から土を被せる。

これも街路樹の元から拝借したものだ。

そうして少女を埋葬する。誰かが間違えて上を通らぬよう軽く土を盛っておく。

先程己の脚で砕いたコンクリート片に槍で文字を刻む。槍の扱いも上手くなったものだ、などとこんなことで自覚する日が来るとは思わなかった。

名は知らない。故に『茶の髪をした少女、此処に眠る』、と刻んだ。

そうして盛った土に軽く刺す。

簡素ではあるが、墓の完成だった。

その墓の前で、胸の前で右拳を握り左の掌で包み込む。瞳を閉じて祈りを捧げる。

───魔物によって非業の死を遂げた者の魂はこの世を彷迷うと言われている。

この会場で殺されたであろう少女は、おそらく人の手による仕業。

今はこのような簡素な儀式しか出来ない。必ず全てを終らせて此処に戻ってくる。貴女の本当の名前を刻みに戻ってくる。

それまで、どうか。安らかに眠ってくださいと。

そして願わくば。命の大樹の元へと還り、またこの世に生を受けんことを。

 

「…そろそろ行くわ。貴女の無念、確かに私が受け取った」

 

───ベロニカが私たちを護り、逝ってしまったときのように。

死んでしまった者たちが持っていたものを、私たちは抱えて前に進まなければならない。

マルティナはその意思と覚悟を胸に。作成した墓を、後にした。

 

 

 

 

 

 

・1/Devil Loves the princess

 

 

市街地の上を飛ぶ影が、一つ。

否。飛んでいるのではなく、跳んでいる。

森の音楽家クラムベリー。

魔法少女の跳躍力によりビルの上を軽快に跳ねる女性は、行為そのものは天狗の如き人外のそれであるが、その美貌が妖精であるかのような光景を演出していた。

とん、とんっと軽やかな足音とは裏腹に、その身体は高く宙に舞う。

無造作に伸ばされた金の髪。その束から飛び出した長い耳。

白のブラウスに若草色のジャケット。

高貴な雰囲気すら纏わせる上半身の装飾とは真逆に、綺麗な形がくっきりと解るほど大きく露出された脚。

身体中を束縛するように絡み付く薔薇の蔦華は満遍なく。身体の所々に咲いた華は、女の艶姿を思わせる。

禁忌を思わせるその身体、人を誘う肢体。

可憐でありながら強者。

無垢でありながら淫蕩。

貪るのは男ではない。情欲を唆る身体で、彼女は彼女に匹敵する力を淫らに、豪快に貪り尽くす。

強者との闘争が彼女を潤わせ、彼女の魂の底まで震わせる。

故に、この"ゲーム"は願ったり叶ったりであるのだが。

 

「───それはそれとして。

私を無断で参加者に選ぶのは、戴けませんね」

 

彼女はあくまで"試験官"である。

もう少し参加者として楽しみたい、お誘いがないものかと独りごちた夜もあったが、参加者"のみ"として選ばれては己の成すべきことから離れている気もする。

"試験官"。

生温く、甘く、価値もない魔法の国の試験に違うと行動した者が彼女である。

勝者は祝福され、敗者と健闘を称えて握手を交わす魔法少女の試験。

敗者は良かったよ、凄いねと相手を褒め、勝者はぎりぎりだったよとにこやかに返す。

───違う。

───それは、違うだろう。

敗者は潰される。捻られ。引き千切られ。人間の尊厳なぞ欠片もなく奪われ、跡形もなく消し去られる。

互いに互いの存在を賭けて、全てを出し切り、勝者は血と臓物の上で恍惚を浮かべる。

それが試験だ。その無惨で惨い生存競争を勝ち抜いてこその勝者だ。

しかし。

この場では己も参加者だ。

足を止めず跳躍し進みつつうーむ、と唸る。

従来の魔法少女の試験とは大きく異なっている(彼女の開く試験もまるで違うモノなのだが)。

勝者にはどんな願いも叶えられる権利が与えられる。

専用のフィールド。

そして自らの首にも巻かれている、輪。

ファヴのことは多少なりとも知っているつもりではあるが、ファヴの力一つでここまでの大事を展開できるとは思えない。

 

(新しい魔法少女と手を組んだか、魔法に準ずる"何か"を持った存在と手を組んでいるか。

それか、資金力のある何者かと組んで島でも改造しましたか)

 

ともかくファヴと共に行動する何者かが存在するのは確定だろう、とクラムベリーは判断する。

そうなると、己はどう動くべきか。

強者と覇を競うのは当然だ。此処は揺るがない。

問題はその後だ。一撃で軽く潰せてしまうほどの雑魚を相手にするのは時間の無駄だ。

興味がない。それでは対等な殺し合いではなく、単純な蹂躙だ。一方通行では意味がない。

大前提の行動の後を考え、顎に指を当てたっぷり三十秒思考した後、彼女は頭の上に電球が光るかのような閃きを得た。

 

(まずこの首輪を外して、ファヴに話を通しましょうか)

 

そうすればファヴの後ろにいる何者かとのコンタクトも取れる。

尚且つ、試験官としての役割も取り戻せる可能性がある。

単純な、子供のような答えを導き出したクラムベリーは空を見る。

どうファヴとコンタクトを取ったものか、とも思ったがファヴのことだ。

彼女が彼女らしく行動していればいつか接触してくるだろう。

安易な思考だが、クラムベリーはそう考えた。

すべき事は決まった。

ならば、後はやりたいことをやるだけだ。

その時だった

くすり、と微笑んだ彼女の耳に、新しい"音"が聞こえたのは。

 

 

 

 

 

・2/Devil Loves the princess

 

 

 

悲しいかな、マルティナは現代人ではない。

剣と魔法の世界の住人だ。所謂ファンタジーである。

呪文で町へ飛び、アイテムで空を飛び、剣や槍を振り回し業火を放つ。

現代にとっては極めて異常の世界だ。

そして。

反対に言ってしまえば、マルティナから見た現代も異常である。

この市街地にはそのような異常が沢山あった。

例えば、スイッチ一つで動くひんやりとした空気を吐き出す箱("エアーコンディショナー"ともいう)。

例えば、凹凸を捻っただけで高温になる机("IHクッキングヒーター"とも)。

例えば、近くを通りすがっただけで軽快な歌を奏でながら開く扉("自動ドア"とも)。

驚きの連続だった。

ひんやりとした空気を吐き出す箱は毒ガスかと驚愕し、高温になる机は爆発物かと思い後方に跳び跳ね、勝手に開く扉は突然歌い出すので誰かいるのか確認してしまった。

周囲をまず確認しようと建物に入り散策しただけでこの有り様である。

正直な話、マルティナは驚き疲れていた。

これならば魔物に囲まれた方がまだ幸せだ。

悪意も敵意もない現代のテクノロジーにマルティナは軽く翻弄されていた。

故に、当然と言うべきか。

彼女はコンクリートの地面に設置された椅子───バスの停留所に設置されている椅子なのだがマルティナは知る由もない───に腰掛け、光る板(スマートフォン)片手にうんうんと唸っていた。

使い方が、わからない。

最初は適当に弄るだけでこの光る板ことスマートフォンは反応してくれた。

名簿に首輪の解除条件とぽんと情報を提供してくれたことには内心驚いた。

しかし、それ以降は全くわからない。

変な所を触ってしまったのか、カシャリと音を立てた時は危うく落としそうになってしまった。

何か痛いことでもしてしまったのだろうかと困惑したが、そもそも相手は無機物であることを思い出し心配損だ。

色んな凹凸を押している内にスマートフォンは光らなくなり、うんともすんとも言わなくなった時は『こ、壊れるようなことは何もしてないじゃない』と慌てふためいた。

もう一度凹凸を押していると復活してくれたので、何とか助かったが。

現代人が近くに存在していれば、電源が落ちただけだと教えてくれただろう。

 

(…地図が見たい。このすまーとふぉんで見られるって聞いたけど)

 

最初の会場で声高々と説明していた白と黒の魔物はこのスマートフォンに地図や照明などの機能もあると言っていた。

だが、何処を触っても地図が出てこない。

もう少し分かりやすい機能はないのかしらと少し憤慨した。

 

(場所がわからない以上、軽率に動くのは危険か。

いや、動かなければ犠牲者がもっと増えてしまう)

 

脳裏に浮かぶ、首だけの少女。

あの悲劇を二度も起こしてなるものか。

マルティナはとりあえず地図を諦め、空を見る。

まだ太陽は昇らない。だが、旅をした者にはそれなりの知恵がある。

月と星の位置を確認し、方角を導き出す。

月の位置から西の方角を確かめ、走り出す。

真っ直ぐ。真っ直ぐ。一直線に。

……しかし、市街地とは何処を見ても代わり映えのしない建物ばかり。

慣れないマルティナには全て同じ建物に見えた。

故に、だろうか。

右を見ても左を見てもビルが乱立する灰色の市街地と夜の闇に方向感覚は徐々にズレ、西に進んでいるつもりが───彼女は西南へと進んでいた。

いくら走っても市街地から抜け出せない。

ぐるぐると同じ箇所を延々と走っている感覚さえ覚える。

 

そうしてマルティナがそろそろ灰色の世界に嫌気が差した頃。

 

一輪の、薔薇と出会った。

 

「お困りですか?」

 

ビルの屋上から、ふわりと降りてきた人影。

まるで風に揺られる花弁のように美しく、そして過激な服装をしていた。

年齢は二十辺りと言ったところだろうか。

屋上から降りてきた薔薇の女。身のこなし。手慣れた着地。四肢の動き。何れを取っても無駄がない。

マルティナは、彼女が実力者であることを本能で理解した。

自分と同等か、それとも───

 

「そう警戒しないでください。私は、貴女を知りたいだけです」

 

無意識に片足を下げ、何時攻撃を放たれても反応できるよう身体を切り替えていることを見抜いたのか。

薔薇の女は己のペースを崩さずゆっくりと口を開いた。

 

「私の名はクラムベリー。森の音楽家、クラムベリー。変わった名前なので名簿でも目立ったかもしれませんが」

「…マルティナ。変わった名前ね、貴女」

 

率直な感情を口にする。"森の音楽家"とは異名のようなものだろうか。

森の音楽家、と柔らかな名を名乗っておきながら緊縛された身体を思わせる衣服のデザインはマルティナの目には少々過激に映った。

 

「率直にお尋ねします。

マルティナ、貴女はこの場をどうお考えですか?」

 

───いきなり本題か、とマルティナは気を引き締める。

しかしクラムベリーは別段敵意も殺意も持っているように見えず。

腰は低く、むしろ此方を敬っている様子すら窺える。

礼儀作法を知っている大人の対応。クラムベリーは此方を警戒するのでもなく、あくまでも冷静に"大人として"動いているような印象を受けた。

 

(気が入り過ぎね。さっきの事で私も焦っているんだわ)

 

警戒を強める余り、色眼鏡で物事を見てしまっては本末転倒だ。

覚悟を決めるのは良いことだが、ソレに振り回されては意味がない。

礼儀正しく、そして柔らかな佇まい。

纏っている過激な服装も、シルビアのような職についている人間だと仮定すればそう珍しいものでもない。

こほん、とマルティナは冷静に戻るため咳払いを一回。構えを解き、しっかりとクラムベリーを見据え口を開く。

 

「ここから少し向こう。一人、女の子が殺されてたわ。

顔は綺麗だったけど、首から下は殆ど原型を残していなかった。…顔立ちや散った布から見て、多分学生」

「それは…酷い…。首から下を粉々にするほどの威力、おそらくは不意討ちでしょう。交戦することなく後ろから殺されたか…または、遠距離から」

 

それほどの威力を見たならばまず逃げるかまたは構えるか、何かリアクションを取る筈ですから、沈痛な面持ちで呟くクラムベリー。

名前も知らない少女の無惨な死を受けて心を痛めているのか。そして、無惨な話を聞いても尚"目の前の女を疑う"という行為に出ないその姿。

戦場の分析能力にも長けており、頼れる存在かのように思えた。

 

「私は許せない。こんな殺し合いを強要するあの白黒の魔物も、こんな殺し合いに乗ってしまう人間も。

私には心強い仲間がいる。誰一人殺させやしないし、あの少女を殺した犯人を見つけ出すわ」

「見つけ出して、殺すつもりで?」

「まさか。見つけ出して、あの子のお墓の前で泣いて謝らせるわ。

それで二度とそんなこと出来ないようにきちんと裁きを受けて貰う」

 

ぱしん、と拳を掌に軽く叩きつけながら。怒りを表面に現さないよう、しっかりと抑えているつもりのマルティナだった。

無論、捕まえるだけではない。一回か二回、または気を失わせる程度には"脚"が出てしまうかもしれない。

気が強く決断力のあることは彼女らしいが、其処を口に出さないのは女性としての強かさか。

長い耳をぴくぴくと動かしながらその言葉を聞いていたクラムベリーはふむ、と一言置いて。

 

「では、テストさせて頂いても宜しいですか?」

 

と。脈絡のない言葉を口にした。

 

「…テスト?」

「はい、テストです。そう驚かなくても大丈夫ですよ、簡単なものですので」

 

そう語りながら、クラムベリーは一メートルほど距離を取り、拳大程度のコンクリート片を懐から取り出した。

此処に来る前、少し建物の壁を砕き頂いたものだ。

ぽーん。ぽーん、と二度ほど軽く空へ向けて投げ、左手で受け止める。お手玉のように軽く、子供遊びのように気楽に。

曲芸でも始めるのか、と眺めているマルティナは仲間の一人を脳裏に浮かべた。

そして最後に一際高く空へ投げる。空気の入ったボールかのように夜空を舞う歪な球体はゆっくりとクラムベリーの左の掌に落下し。

 

───それを、弾丸のように射出した。

豪速球ならぬ、豪速片。魔法少女の筋力で、そしてノーモーションで射出されたコンクリート片は空気を裂きマルティナの頭蓋へと直進する。

拳大の石程度でも軽く魔法少女を即死させられるその威力はコンクリート片となることで鋭利さを増し、より凶悪な凶器として完成する。

額を貫く、なんて生温いものではない。直撃すれば頭部が吹き飛ぶ。

頭部しかない死体を発見したマルティナは、皮肉なことに頭部のみを損壊した死体として完成することになる。

 

無論、"直撃すれば"の話だが。

 

かくん、とマルティナは首を傾げる。

まるで疑問を浮かべた子供のように滑らかに。慌てることもなく素早く。

予期していたかと思わせるほど美しく傾げられた首により、"頭蓋があった場所"、つまりマルティナの頬のすぐ隣を豪速片が通り抜けていく。

結果的に、マルティナは最低限の動きで一切傷を負うことなく投擲を躱してみせた。

 

───そしてこれが、第二問。

一問目のテストとして放たれた豪速片とは別に、懐から取り出された二つ目・三つ目のコンクリート片がクラムベリーの右手から弾丸として射出される。

マルティナの頬の隣を一つ目が通り過ぎた瞬間に放たれた、二つ目三つ目の豪速片。

狙いは心臓と腹。一撃必殺を狙った心臓と躱し難いであろう腹の中心を狙ったものだ。一つ目はフェイク。二つ目、三つ目こそが本命だ。

合計三発の豪速片。これがクラムベリーの"テスト"であった。

己が手をかけるに値するレベルの存在かを見極める試験。

一つ目で死んでしまったのなら情けない。

二つ目、三つ目で死んでしまったのなら惜しい。

一々弱者に時間を割いていたら一日が終わってしまう。

ならば、"選別"をすればいい。

不意討ちを躱せない程度の弱者なら、この首輪解除の糧となってもらう。

躱せる実力を持った存在ならば、望むところだ。

効率化を考えた故の不意討ち。命の選別。

そして。

マルティナは、その選別をいとも容易く捌ききった。

一つ目を首を傾げ躱し、二つ目と三つ目の豪速片を中段、上段へと放たれた蹴擊が粉々に砕く。

その速度、雷の如し。弱者は軌道を追うことすら能わず。視認など到底不可能。

ぱらぱらと細かく散る破片は紙吹雪のよう。舞うかの如き鮮やかな脚の軌道を、砕かれた破片そのものが賞賛していた。

 

「御免なさい。私、自分でも礼儀正しい方だと思ってたのだけれど───」

 

そして。踊り子と見間違うほど流麗な脚を操る武道家は、不意討ちをものともせずにこりと微笑んだ。

武道家の女の感覚は凄まじい。豪速片が射出された瞬間、クラムベリーへの認識は即座に"大人の女"から"敵"へとシフトした。

 

「───どうも、足癖が悪かったみたい。先に足が出たことを謝るわ」

「いえいえ。此方こそ手癖が悪くて、直さねばと思う毎日です」

 

その笑みに、妖艶に返したのは薔薇か。

メインディッシュ(アーナス)の前に、思わぬ(マルティナ)を発見した喜びに心が踊る。

マルティナは妖艶に笑うクラムベリーを一瞥し。

"この女は己から殺し合いに賛成しているのだ"と、認識した。

 

「こんな催しに進んで乗るなんて、悪趣味ね」

「生憎と私の性でして」

「生き辛そうね」

 

会話は不要と判断したのか。適当に返した言葉だが、それすら喜ばしいとクラムベリーは笑みを浮かべる。

 

「では…お相手してくださるということで?」

「ええ。とりあえず動けなくして、話は其処からよ」

 

槍を背から抜き、正面へと構える。

肉弾戦でないと理解したのが少し残念だったが、それでも強敵なことには変わりはない。

そして、少し悩んだ素振りを見せ、クラムベリーは一言口を開く。

脳内に浮かぶは、カラミティ・メアリ。

 

「───『後ろから倒されたか、遠距離から』」

「…?」

「気づかれず、逃げられず人体を肉片に変えるほどの威力と武器の持ち主。

……私、一人ほど知っていますよ?」

「!」

 

それは、顔の前に垂らされた人参だった。

これは餌だ。私を倒したら教えてやると、それまで限界を越えて走り続けろ(戦え)と。

 

「そう。じゃあそれも喋って貰うとするわ」

「ええ、話が早くて助かります」

 

一方は槍を正面に、低く構え。

一方は構えすら取らず、ゆるりと立っている。

 

「私が勝てば、身柄の拘束とあなたが知っている『人』の情報を貰う」

「私が勝てば、当然ですが、命を貰います」

 

両者の間にチリチリと何かが激突する。

殺気か、闘気か。

 

「それと、手加減はご勘弁願いますね?」

「言われなくても」

 

そして。

数秒の緊迫の後、両者の足元が爆ぜた。

 

「どちらが負けても───」

「───文句は無しよ!!」

 

夜の市街地で、轟音が鳴り響く。

それがもし誰かに聞こえたとして、人が齎したものだと気がつくものはいないだろう。

 

 

 

 

・3/Devil Loves the princess

 

 

───机が並べられたオフィスの壁が爆ぜる。

千切れた電線が夜に支配された市街地の辺りを照らし、オフィスの中に音楽家が転がり込む。

否。転がり込んだのではなく、吹き飛ばされたのだ。

壁を吹き飛ばし、音楽家は多数のビジネステーブルを巻き込みつつ一般的なオフィスの床を転がっていく。

音楽家の身体が止まった頃。オフィスに開いた穴から、武道家の王女が侵入する。

それと、同時。

音楽家は手元にあったビジネステーブルを片手で掴むとテニスボールでも投げるかのように、軽々しく投げつけた。

その軽々しさとは裏腹に速度は既にプロのスポーツ選手の投擲を遥かに越えており、一瞬で眼前に迫り視界を埋める。

しかし、王女は手元の槍でそれすら叩き斬る。

王女の前に即席の武器など意味を成さず。傷一つつけることすらできない。

だが、一瞬視界を埋めればそれで十分。音楽家はその隙に王女の懐に迫り、拳を打ち上げる。

槍で防ぐも威力を殺すことは出来ず王女の身体は吹き飛び、オフィスの外へと弾丸のように弾き飛ばされる。

王女は空中で体勢を立て直す。まるで曲芸師のようにくるりと空中で回転した王女は、追撃のためオフィスから飛び出してきた音楽家の拳に脚を合わせる。

ムーンサルト。空中の敵において抜群の効果を発揮する、三日月の如き軌道を描く脚。

音楽家の拳擊に名前はない。ただ殴り潰し、擦り粉々にするため振るわれ続けた無銘の技。

それが。"約ビル五階分の高さ"で激突する。

市街地という場所は、彼女らにとって絶好の場所であった。

聳え立つ建物は高く。足場になり得る壁も、撹乱に使われる部屋も山のようにある。

故に大地を蹴り壁を登り、聳え立つビルの一室へ相手を叩き込み、また其処から飛び出し互いの武器が交差する。

そうして二人の戦いは高度を増していく。人の域を越えた戦いは、既に人類が生身で届く高さを越えている。

拳と脚が競り合う。空中で互いの存在が、お前は要らぬとせめぎ合う。

押し負けたのは、王女の方だった。

威力で負けた王女は吹き飛ばされ、また別のビルの壁に叩きつけられ何かの部屋に転がり込む。

カラオケルームだったのか、無人の空間に軽快な曲も何一つかかっておらず、巨大で無音なTVは酷く寂しい。

衝撃で目が眩んだ王女が顔を上げると、音楽家は既に急接近している。

下から上に放たれるアッパーカット。食らえば顎の骨がどうなるかなど、想像するのも恐ろしい。

王女は身を反らし、拳が顎を擦るも冷静に対処する。

躱した攻撃を見送る必要などない。王女はそのまま身を屈め、音楽家の足を払う。

"足ばらい"と呼ばれる基礎の技は、基礎であるが故に洗練され、音楽家の身体に隙を生む。

二本の足を払われた音楽家は体勢を崩し、床へと無様に尻餅を突く。

その隙に。王女の槍へと、凍気が蓄積される。

音楽家が気づいた頃には遅い。槍は既に準備を終えている。

 

───瞬間、四擊。

"氷結らんげき"と呼ばれるその技は、あらゆる方向から音楽家を襲った。

連続で叩きつけられる槍の先。斬擊と氷結の同時ダメージは受けた者の身体を裂き、動きを停止させ、極寒の氷結が身体機能を低下させる。

それが、当たりさえすれば、だが。

音楽家が取った行動は簡単だった。尻餅を突いた状態では四擊は防げない。

ならば、とその剛力で床を一擊で粉砕した。五階ほどの高さから叩き込まれたことを考えると、床の下は四階だろうか。

音楽家は"氷結らんげき"を下の階に落ちることで回避し、体勢を整える。

四階は高価な食事処か。団体用に作られた空間なのか、畳が敷かれ比較的広めの空間が用意されていた。

四階に落ちた音楽家は即座に跳ね、畳はその脚力で砕け散る。

再び王女の目の前に現れた音楽家は右手で王女の首を掴む。

このまま捻切ってもよかったが、音楽家の手首を王女がその右手の剛力で握り絞めている為上手く力が入らない。

左手で絞める方法も脳裏に浮かんだが、王女の左に握られた槍の鋒が音楽家の頭蓋に向いていたので即座にその左手首を握り動きを封じる。

このまま絞められないのならば。

少しでも、ダメージを増やしてやろう。

音楽家は正面から王女の首を握ったまま、魔法少女の脚力でカラオケルームを走り抜ける。

真っ直ぐに。障害物も、TVも、壁もお構い無しに突き抜ける。地面に擦られ壁に叩きつけられ、衝撃はダイレクトに王女の身体に響く。

脳がどろりと音を立てた、気がした。

意識が遠くなる。与えられた衝撃が脳を揺らしているのだ。

左手は塞がれている。右の掌の力を少しでも緩めれば、その瞬間王女の首は宙を舞っている。

故に。動くのは、必然的に"脚"だった。

弧を描く王女の脚。音楽家の腹に吸い込まれるように素早く捩じ込まれる。

不意の衝撃で王女を掴んでいた手は離れ、サッカボールのように音楽家の身体が飛んでいく。壁を突き破りビルの外へ。

逃がさない、と王女は息を整える暇もなく脚力に意識を集中する。

空高く跳ね上がる脚力を推進力に変え、ビルの外へと弾き飛ばされた音楽家に一瞬で肉薄する。

既に空中。先程のような逃げ場()はない。

腕は締め上げられた影響か少し痺れている。だが、関係ない。

王女の身体が回転する。空中ですら自在に動くその身体は何れ程の鍛練によって築き上げられたモノなのか。

音楽家は強烈な一撃が来ることを読み取り、腕をクロスさせ衝撃に備える。

そして、一撃。クロスさせた音楽家の腕に脚による一撃が直撃する。

しかし、軽い。充分受けきれる範囲内だ。

そう音楽家が笑みを浮かべた瞬間、視界に入ったのは、更に回転を増す王女の身体であった。

一撃だけ、ではない。

音楽家がそう理解した直後に、クロスした腕に二擊目の衝撃が飛来する。

三擊。音楽家はまだ防いでいる。

四擊。音楽家の腕のクロスが、少し崩れた。

そして───五擊目。

音楽家の防御を突破し、その腹へ蹴擊がヒットする。

"ミラクルムーン"。三日月の如き軌道を描く五連擊。如何なる効果か、王女のダメージは少し回復し意識の朦朧も収まっていた。

そして。代わりにそれを受け取ったかのように隙を晒す音楽家に王女は大きく槍を振りかぶる。

絶好の隙だ、と王女は判断し。

 

「───"黄泉送り"」

 

全力の一撃を、叩き込んだ。

刃は防いだのか、音楽家の身体は勢い良く重力と衝撃に従い下へと突き進み、地面に激突する。

コンクリート片が舞い、砕かれた欠片が粉となり辺りを満たす。

すたり、と王女が空から舞い降り着地する。

 

「私、高いところ苦手なのよ?だから早めに決着つけさせて貰ったわ」

 

王女は煙の元へと声を投げる。帰って来るとは思っていない。

あれだけ攻撃を叩き込んだのだ。意識を失っていないにしても、とうに声を出せる状態じゃない。

そう判断し近づこうとした王女は、一歩二歩と脚を進め。

警戒するように、脚を止めた。

 

「───なるほど。素晴らしい。

素晴らしいですよ、マルティナ」

 

煙が晴れていく。其処にいたのは、頭から"少量の"血を流している音楽家だった。

まさか、と王女は驚愕する。

ムーンサルト。足ばらい。氷結らんげき。

ミラクルムーン。黄泉送り。

氷結らんげきは当たらなかったにせよ、他の技は全て何らかの形で音楽家の身体に当たっている。

最後の技を"雷光一閃突き"ではなく"黄泉送り"にしたのは、確実に当てては死に至らしめる可能性があるからだ。

殺すつもりはない。音楽家には聞き出さなければならないこともある。

だが、"手加減はしていない"。

確実に意識を奪うか、身体に異常が現れ行動不能になる程度には本気で打ち込んだのだ。

なのに。

だと、言うのに。

音楽家は、まるで幼き女児のように純粋に、妖艶に笑っている。

 

「足技・槍を主体とした戦法。私の手を緩めるほどの腕力を考えると、武器を変えると拳も使うのでしょうか?」

 

音楽家の笑みは自然だった。無理に痛みを堪えて作り出しているものではない。

本当に、心から生まれているものだ。

故に、王女は心から戦慄した。

同じ人間とは、到底思えなかったからだ。

 

「一撃一撃も重い。並みの者ならば数発も耐えられないでしょう。

しかしてその実、強さの真価は"威力"ではない。"速さ"です」

 

人間ならば、外敵から痛みを受けると苦悶する。

泣くか、怒るか、怯えるか。

反応は様々だが、何かしらの負の感情が現れる。

当たり前だ。自らの生命を狙い、その衝撃が自らの身体にダメージを与えている。生命の危機に、平然としていられるほど人間の心は強くない。

 

「その足技。槍捌き。常人なら目で追うことすら不可能でしょう。貴女も見えない程の速さで何人も打ち倒してきたはず。

見事です。こんなところで予想外の出逢いがあるとは、私、思ってもみませんでした」

 

故に。

王女は、音楽家の言葉に、酷く驚愕したのだ。

 

「───で。これだけではないでしょう?」

 

玩具を強請る子供のように。

馳走を求める子供のように。

ただ純粋に、音楽家は催促した。

 

「これ程の強さ。これ程の速さ。

確かに驚愕です。しかし私には貴女がまだ余分を隠しているように見える」

 

音楽家から見ると、王女はまだ余裕を残しているように見えた。

何故ならば、王女は立ち上がった音楽家を見ても絶望していない。

驚愕こそすれ、絶望はしていない。

それは、まだ勝てる手があるということだ。

音楽家はそれが堪らなく喜ばしい。

まだ強くなる。まだ、極限で王女と繋がっていられる。

 

「そんな険しい顔をせずに。良いじゃないですか、減るものじゃないのでしょう?

ほら、見せてもらえないのなら───私から行きますよ?」

 

音楽家にしては、珍しく饒舌だった。

そうだ。此に興奮せず何に興奮するというのか。

まだだ。まだ終わりではない。

相手はもっと強くなる。自分もまだ全力ではない。

一人ではないのだ。この時だけは、音楽家は一人ではない。

焦がれに焦がれた心の中の、奥底の氷が溶ける感覚がする。

この極限の命のやり取りにおいてだけ、音楽家は他者を感じられ、孤独は消え去り純粋な少女のように一心不乱に思いを馳せる。

ああ、ならばこそ。

この想いは、ほぼ恋なのかもしれない。

楽家が興奮しつつ身構えた瞬間。

王女は、ズンッ!と音を立て槍を地面に突き刺した。

その顔は、決心に満ちていた。

 

「…よくわかったわ。あなたに槍を使っても懐に入り込まれるだけ。隙を突かれるだけ。

全力じゃないと勝てなさそうね」

 

地に突き立った槍から手を放し、王女は自己に埋没する。

己の深く、奥深く。

表皮を破り、肉を貫き、骨を剥いだその奥。

心に住み込んだ"魔"を掴み、精神の表層まで引っ張りあげる。

 

───瞬間。秘めし悪魔の魂が、現世に蘇った。

肌は暗く。死体の如き紫の肌。

瞳は暗く。普段の落ち着いた色から変色し、闇夜でも明るく光るその目は蛇の類いを思わせる。

宵闇。常闇。あらゆる"闇"を形容する言葉でもまだ足りない。

王女の姿は瞬く間に気品のある武道家から───"悪魔"へと姿を変えた。

動きやすさに重きを置いたのか、緑を主とした身体の動きを阻害しない衣は消え失せ。

扇情的なバニーコスチュームが彼女を覆っている。

戦場においてあまりにも不釣り合いな姿。異様な光景。非日常の中の非日常。

命を争う場でも遊びに満ちた服装は、悪魔の名に相応しい。

"デビルモード"。それが、この姿の名。

───チリチリ、と音楽家の肌が僅かな痛みを訴える。

溢れた濃厚な"魔"が、空気を伝って肌に刺激を与える。

 

「さあ。第二ラウンドよ、薔薇の女。

丁度良かったわ。『あの娘』の墓前に華も必要だったし───その衣装の一輪や二輪、摘んでも構わないわよね?」

 

音楽家の口が吊り上げる。

おそらくこの姿が、彼女の魔法少女の姿なのだろう。

黒く。凄惨な笑み。

妖しく。誘う構え。

ああ、なんて───その姿は、悪魔的だ。

心の奥の、昔の光景が顔を出す。

目の前の悪魔が、過去の"悪魔"の姿と重なる。

その光景が、再び脳裏に焼き付いたら最後。

既に言葉は、必要無かった。

 

音楽家が、驚異的なスピードで踏み出した瞬間。

それを上回る速度で、悪魔が消えた。

来る。そう察知した音楽家が防御の体勢を取るまで一秒とかからない。

そうして悪魔の一撃は───音楽家の"真横"から打ち込まれた。

音楽家の身体が跳ね飛び、地面に二度バウンドしながら市街地のビルの一つへ叩き込まれる。

雑貨屋かその類いの店だったのか、ジャラジャラと崩れる音が鳴り響く。

───その音よりも速く。音楽家は既に悪魔の眼前へと帰還していた。

互いの顔が急接近し、獣のような笑みを浮かべる。

其処からは、人の域を越えた応酬だった。

拳と脚。その二つが交差する。

突き。打ち上げ。防ぎ。掴み。叩きつけ。耐え。握り。そのまま投げ飛ばす。

流し。躱し。打ち込み。払い。受け止め。凪ぎ払い。耐え。空中で身体を整える。

速く。風よりも速く。

一手、十手、百手と打撃が交差する。

音楽家の手刀は刃のように。音すら切り裂き臓物を捻ろうと迫る。

悪魔の足刀は刃のように。雷の如き速さで首を折ろうと踊る。

互いに明確なダメージは与えられていない。

だが、徐々に傷が刻まれていく。

徐々に打撲が増えていく。

悪魔が荒れ狂う大嵐ならば。

音楽家はそれを打ちのめさんとする大地そのものだ。

速く。力強く。衝突し合いながらも、互いの勢いを削っていく。

拳と脚の交差が何れ程続いただろうか。

互いの一際大振りの一撃、拳と脚が激突した瞬間、衝撃で周囲の硝子が弾け飛んだ。

現代ならばテロの一種かとも思われるだろう光景を前に、音楽家と悪魔は互いの存在しか見えていない。

広い市街地の中心。しかして、この世界には二人しか存在していなかった。

衝撃で互いが後方へ跳ね飛ぶ。

五メートルほど離れた二人は、己の肉体の調子を確認しながら、相手の調子を観察する。

すると。

悪魔の肌が、ぞぞっと変色する。

紫から綺麗な白へ。"悪魔"から、"人間"へ。

 

「…あら、時間切れですか?」

 

音楽家が楽しそうに肩で息をしながら、問う。

悪魔はそれに、フッと笑い返し。

 

「誰がよ」

 

力尽くで、去る悪魔の力を体内に留めた。

白い肌が消え、紫の肌が帰還する。

"そう長くは持たない"。

魔の力はそう長くは持たない。解除される時は、時間が経ちすぎた際か、己の命が絶えた時だ。

長く戦い過ぎた。魔の力は強力だが、精神状態にも少し影響を与える。

根底は王女のままであるが、悪魔には好戦的かつ嗜虐的な、若干の汚染が入る。

 

「あなたもギリギリに見えるけど?その様子、まるで子鹿みたいよ」

 

そして。

ダメージが蓄積されているのは、悪魔だけではない。

音楽家も身体にダメージを受け続けていた。腰の入った拳に、足腰に力を集中させ攻撃を受け止め。

直撃した攻撃も、音楽家に何も影響を与えなかった訳ではなく、その脚は震えているように見える。

 

「残念ですが、気のせいですよ。…期待させてしまいましたか?」

 

賭けに出るべきか、悪魔は悩み、決断する。

思考からの行動は速かった。

身体を這うように手を添わせ、ボディラインを強調する動き。

同性の自分にストリップダンスでも始めるつもりかと疑問に思う音楽家であったが。

次の瞬間、その疑問は晴れた。

妖艶な雰囲気が此方に向けられた悪魔の指先に集中し───弾丸として放たれた。

"セクシービーム"。名前こそ意味不明な代物だが、れっきとした攻撃である。

桃色の弾丸。その奇妙な攻撃に、音楽家は一瞬反応が遅れた。

音楽家の胸元に弾丸が直撃する。更に後方に吹き飛んだ音楽家は穴の空いていない胸元を確認し、今の攻撃が実弾ではないことを理解する。

 

(氷に打撃、ビームまで…多種多様な魔法を使う魔法少女ですね)

 

現状把握。少し間違っているが、警戒し過ぎて損はない相手だということは先程から思い知らされている。

そして後方に飛ばされた音楽家が体勢を立て直した頃。

 

コツン、と背に何かが当たる感触がした。

 

音楽家が誰よりも速く振り返る。

其処にあったのは、王女が悪魔へと変貌する前に地面に突き刺した槍であった。

極限の戦闘。敏感に冴え渡った神経が、槍の存在を忘却させていた。

しかし、もう興味はない。

手元を離れた武器よりも、今はあの悪魔と一秒でも長く触れ合いたい───この身体で語り合いたい。

そう考え正面に視界を戻そうとするが。

何故か、瞳は槍を捉えて離さない。

何故かはわからない。培った直感が、この槍は危険だと告げている。

そして、ほんの一秒、目を凝らして槍を観察すると。

 

ピリリ、と。

僅かに、紫に帯電しているのを、音楽家は確認した。

 

「丸焼きになりなさい」

 

直後。地獄から呼び寄せたような雷が、炸裂した。

槍からである。音楽家が槍に気を取られた一瞬、悪魔は槍に接近し地獄の雷を呼び出した。

"ジゴスパーク"。自然界の雷とは格の違う、範囲を焼き尽くす魔の雷。

アスファルトを砕き、白煙が舞う。

その白煙から、上空へと音楽家が飛び出した。

直撃していれば、危険だった。

それこそ丸焼きになってしまう。事実、広い範囲を攻撃するジゴスパークは避けきれず音楽家の左腕は焦げ、当たっていない右腕や脚まで痺れているような感覚がした。

地獄の雷と形容するのが相応しい光景。これ程の禍々しい光と音が存在するのか。

聞いているだけで身体が痺れているような感覚さえ覚える。

 

(……?)

 

それは。音楽家に、新しい閃きを齎した。

しかし。その閃きが事を成す前に、思考は中断された。

飛び上がったからこそ。ジゴスパークにより取り敢えず効果範囲から逃げるため無我夢中で跳躍したが故の、隙。

 

「ジゴスパークっていうのよ、今の。冥土の土産に覚えておきなさい」

 

上空に飛んだ背後に、悪魔が在った。

咄嗟に振り返り防御の体勢を取る。しかし左腕が上手く動かない。

完全にではない。音楽家の持つ特やくそうと魔法少女の身体があれば傷の大半は修復されるであろう。

しかし。今。この時、動かないことが、致命的な隙となった。

 

───瞬間、七擊。

悪魔の脚による連擊が音楽家を打ちのめす。

右腕一つでガードできる筈もない。

一撃は防いでみせた。だが、当然の如く後の六擊は避けられない。

"ばくれつきゃく"。

名は体を表す。爆裂の文字を関する足技は音楽家を蹴り抜き、白煙の中に叩き込む。

地面と衝突する、炸裂した音がした。

 

「カ……ハッ」

 

打撃と落下。その二つにより、肺の中の空気と血を吐く音が聞こえた。

そして、トドメ。

悪魔は踵を空高く掲げ。倒れている音楽家の腹に命中するよう、急降下した。

ドゴン、と音がする。衝撃で白煙が散る。

───決まった。

そう理解した瞬間、悪魔の力は王女から離れ、艶のある肌を取り戻した。

王女は満身創痍だった。

ダメージを受け過ぎた。技を出し過ぎた。共に彼女の体力を大幅に奪っている。

後少しでも長引けば不味かった。

そう。

 

後、少しでも。

 

「───育ちの良い証拠ですかね。

勝利を確信した瞬間に、警戒を解いてしまうのは」

 

背後から。未だ漂う白煙の中から音楽家の声が、聞こえた。

足元を見る。其処にある筈の音楽家の身体はない。

王女は既に悪魔ではない。デビルモードは既に解かれている。

デビルモード無しでは音楽家には太刀打ちできない。

ましてや武器無し、無謀にも程がある。

背後からの攻撃なぞ、予知していなければ対応出来るはずもなく。

 

「そうね。最初に謝っておいて良かったわ」

 

故に。予知していた王女の腕には、既に槍が握られていた。

槍から放つジゴスパークで上空へ逃がし、ばくれつきゃくで叩き落とし連携した踵落とし。

わざわざ上空で決めれば良いものを、叩き落としたのは確実に勝利するため。

予め、音楽家を叩き落とすのは槍の近くへと狙いを定めていた。

そして、これだけ油断の出来ない相手ならカウンターなどを仕掛けてくるだろうと。

だからこそ、王女は踵落としを決めた瞬間、近くに突き刺している槍を抜き手元に握っていた。

 

「足癖が悪かった、なんてものじゃなかったわ。

───手癖も相当悪かったみたい」

 

そして。背後の音楽家へ向け、慢心の欠片もない一突き。

"雷光一閃突き"が炸裂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鮮血が噴水のように辺りを濡らす。

トマトを踏み潰したように真っ赤に染めるそれは、見る者が違えば卒倒する程の惨劇だ。

 

「ぁ───ぁぁぁあああああアアアッッッ!!!」

 

そして。その血の海に沈む、マルティナの左腕こそが、その惨劇を引き立たせていた。

傷口を抑えて後退するマルティナ。

左肩から先が無惨に切断されており、健康的だった腕はもはや見る影もない。

 

「良かったです。貴女との死合い、中々にそそられるものがありました」

 

───最後の瞬間。ばくれつきゃくにより叩きつけられたクラムベリーは、あえて巻き上げられた白煙の中に身を隠した。

追撃が来るのはわかっていた。そして、自分のカウンターをも迎撃するであろう事を。

其処でクラムベリーはようやく、己の"魔法"を使った。

"音を自由自在に操ることができるよ"。

それが彼女の魔法だ。人間の声から自然音、人工音まで。

あらゆる音は彼女の支配下であり、発生も強弱も自由自在。

クラムベリーはその魔法を利用し、己の肉声を再生した。

『生まれの良い証拠ですかね。

勝利を確信した瞬間に警戒を解いてしまうのは』、と。

マルティナのすぐ後ろで鳴るように。

当然マルティナは用意していた槍で背後を突く。

後は簡単だ。ご丁寧に背後を見せてくれたマルティナの心臓を手刀で戴く───ところだったのだが、歴戦の勘か、マルティナは即座に振り返り心臓への一撃を避けた。

避けきれなかったのか左腕を切断することになったが。これは、クラムベリーの誤算であった。

 

「まさかあの状態で避けられるとは思いませんでした。

……ああ、そうでした。一つ閃いたんです、お付き合いして貰えませんか?」

「……?」

「では、全力で避けてくださいね?」

 

息も絶え絶えなマルティナに、クラムベリーは柔らかな笑みを浮かべる。

化け物。マルティナは、素直にそう思った。

立ち上がり、走ろうとしたが、左腕が欠損したせいか上手く走れない。

完璧な肉体を持っていた戦士は、腕を一つ落としただけで普段のバランスを失ってしまう。

そうマルティナが踠いている隙に。

クラムベリーの唇は、一つの単語を口にした。

 

「"ジゴスパーク"」

 

その単語は、マルティナの身体を無理矢理駆動させるのに充分だった。

バランスの取れない両足で、マルティナは精一杯跳ねる。

瞬間。クラムベリーの手元で、地獄の雷が再現される。

凶悪な雷鳴。マルティナの身体は衝撃で撥ね飛ばされ、十秒とたっぷり滞空した後、十メートルほど先に落下した。

ジリジリ、ヒリヒリ。

マルティナの両足が火傷の痛みを発する。

 

───ノーシール効果、というものを知っているだろうか。

またの名をノセボ効果。反偽薬効果、との名もある。

彼の有名な"プラシーポ効果"による悪影響。

例えば単なるビタミン剤を『風邪薬だ』と偽って飲ませると、なんと風邪が完治した───そう言った"思い込みが身体に良い影響が現れる"ことをプラシーポ効果、または偽薬効果という。

そのプラシーポ効果が"害を齎す場合"。

それがノーシール効果。思い込みにより、脳が身体に悪影響を与えるものである。

例えば。目隠しをした男に熱湯の煮えたぎる音を聞かせ、冷水を男の肌に垂らすと、男の身体は火傷を負った時と同じ反応を示す。

それと同じだ。

クラムベリーはジゴスパークの音を聞いている。

その聞いただけで肌が焼けそうな地獄の雷鳴を知っている。

そして。

マルティナ自身が、一番その威力を知っている。

クラムベリーが放ったのはただの音波による衝撃波だ。

しかしその音波は一音間違えることなく、正確に"ジゴスパークの音"として放たれた。

故に。マルティナの脳は、深く勘違いを起こす。

"ジゴスパークを受けてしまった"。

"これでは大火傷は避けられない"、と。

勘違いした脳は身体に影響を与える。

兼ねてより新しい技を考えていたクラムベリーにとって、これは実験だった。

オカルトの域に達した実験ではあったが、魔法も十分オカルトだ。

しかし。結果は思ったほど良いものではなかった。

 

「ああ…失敗ですね。マジックのようなものですし、此が効くのは一度きり。

それに技の音を一度聞いて覚える必要がありますし、攻撃される本人がその威力を知らねばただの衝撃波です」

 

改善点は山ほどある。

うーむ、と顎に手を当て思考する。

クラムベリーが顔を上げた頃には、既にマルティナは姿を消していた。

油断していた訳ではない。

あの傷ではどうせ逃げられないから、先に考え事を済ませておいただけだ。

 

「おや。かくれんぼですか。

かくれんぼは好きではないですが───苦手ではないですよ?」

 

クラムベリーは耳を澄ます。

十五メートルほど先。半壊した雑貨屋の奥から、女の息遣いが、彼女の耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

・4/Devote to my beloved brother,my life

 

 

 

「は、ぁ……はっ、は」

 

息を整える。

未だ血を流し続けている左肩を布で縛り止血する。

上手く歩けない。意識が朦朧とする。

雑貨屋の奥に身を潜めた頃には、既に立つ気力すらなかった。奇妙な浮遊感が身体を支配する。

雑貨屋の棚に身を隠す。

商品棚に背を預けると、少し身体が楽になった。

 

(ああ、死ぬのね、私)

 

気づいた時には、そう悔しさも沸いてこなかった。

何の感慨もなく、ただ実感があるだけだ。

 

(カミュ。セーニャ。シルビア。ロウ様。グレイグ。

……ごめんなさい、もう会えそうにないわ)

 

心の中で謝罪する。今頃彼らも戦っているのだろうか。

一人だけ逝く己が情けない。

 

(…ベロニカ。あなたには、もう一度会いたかった。

会って、ありがとうって伝えたかった。

でも駄目ね。あなたみたいに何か残すことはできなかったみたい。

あなたの凄さが、今になって心から理解できたわ)

 

自分より身体が小さいが、その小さい身体に誰よりと勇気と愛を秘めていた彼女。

出来ることならば、一目でいい。もう一度会いたい。

贅沢を言うならば、一晩語り明かして、不健康な夜更かしをしてもいいほどだ。

でも、それも叶わぬのだと理解した。

 

(───イレヴン。

あなたは、私がいなくても強く生きてくれるかしら。

今度こそ離さないって誓ったのに、駄目ね。

私が先に逝くようじゃ…ほんと、情けないったら…)

 

唯一。彼だけは、残して逝くことを懺悔した。

二度目は離さないと誓ったのに。

今度は、手を握ることすら許されない。

ごめんなさい。

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

私は、あなたをまた見捨ててしまう。

 

───『いいえ。マルティナさん、凄く頑張ってましたよ』

 

これは、幻聴だ。

自分に都合の良い幻だ。

今際の際に見る、走馬灯のようなものだ。

でも。それでも。

この人生の最期、もう一度"彼"に会えただけ、其処にいるだけで心が落ち着いた。

 

───『もう、諦めるんですか?』

 

その問いは、どんな顔をして投げ掛けられていたのか。

もう視力も満足に働いていない為、幻覚すらまともに視認できない。

 

「…ええ。ごめんなさい。これじゃ、もう無理よ

最期まであなたと行けなくて、本当に」

 

ごめんなさい、と。

二度目の謝罪が紡がれることは無かった。

"イレヴン"の名を冠する少年の脚が空気を裂き繰り出され、マルティナの眼前で静止した。

 

───『すいません、急に身体を動かしたくなったもので。もう一度聞きます。

本当に、諦めるんですか?』

 

その行動は、誰の真似だったか。

優しく微笑む彼は、意趣返しだと言わんばかりに冗談ですと続けた。

その顔は。

穏やかな顔に秘められた強さは、誰に似たものだったか。

 

(あなたは、本当に強い。

きっとあなたなら、一人きりになっても世界を救うわ)

 

その強さは偉大なる父(アーウィン)から受け継いだもの。

その勇気は優美たる母(エレノア)から受け継いだもの。

私よりも強いのはあなたで。

あなたよりも弱いのは私だった。

力の話ではない。心の話だ。

…二度と会えないと思っていたあなたに出会ったときは、もう二度と離さないと誓った。

喪ってたまるものかと決意した。

庇護するべきものだと心の何処かで思っていたのだろう。

それが間違いだった。

あなたは…"イレヴン"は、既に一人でも立てる"勇者"だった。

 

「そう、ね。あなたに励まされちゃ、ずっと寝てる訳にもいかないわ」

 

息も絶え絶え。今も左肩は命の源泉たる血液が際限なく流れ続け、寿命を縮めている。

両足で立とうにも、出血とダメージがそれを許さない。

商品棚を残った右手で掴み、無理矢理身体を引き上げ二本の脚で立つ。

赤の少女。ベロニカは、己が死ぬと理解した上で、仲間と世界全ての為に諦めなかった。

ならば。己も勇者の仲間の一人として、恥ずかしくない行動をすべきだ。

 

「……諦めるのは、死んでからにしましょう」

 

その右の掌には。

彼女の支給品である装備に使えそうな装飾品が一つ、握られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

・4/Devote to my beloved brother,my life

 

 

クラムベリーの耳には、しっかりとマルティナの息遣いが届いていた。

何やらぼそぼそと喋っているようだが、特に興味はないのでしっかりとは聞いていない。

重要なのは、一つだけ。

ギリギリの戦闘でマルティナが負け。クラムベリーが勝利した。

武道家の左腕と槍はクラムベリーの遥か後方に、血溜まりと一緒に沈んでいる。

完全なる詰みだ。

クラムベリーは雑貨屋の前に立つ。

扉は半壊しており、もはや店の原型を止めていない内部から荒い息遣いと血液の滴る音がする。

 

「…終わらせましょうか。楽しかったですよ、マルティナ」

 

後一度。指を鳴らすだけで店内は音の衝撃波で跡形も無く消し飛ぶ。

それで終わりだ。出来れば拳で命を奪いたいものだが、クラムベリーも左腕は重症だ。手当ては早いこと行わなければならない。

そうしてクラムベリーが魔法を行使し音を操作しようとした、その瞬間。

店の奥から、フラフラとマルティナが立ち上がった。

背筋にゾクリと何かが駆け抜ける。

ああ。貴女は、そうまでしても立ち塞がるのか。

素晴らしい。素晴らしい。素晴らしい!

笑みが抑えられない。此で終わってしまうのが勿体ない。

そうクラムベリーが興奮にも似た衝動で動きを止めた瞬間。

それが。"彼女"の命運を分けた。

 

「ねえ、知ってる?」

 

マルティナの口から、血液と言葉が漏れる。

その口元は絶望に引き吊ったものではない。

うっすらと。笑みさえ浮かべられていた。

 

「───武器や防具はね。必ず装備しなきゃいけないのよ。

持っているだけじゃ駄目なの」

 

クラムベリーの笑みが、止まった。

マルティナが何かを掲げている。

武器ではない。防具ではない。

"元気が出る薬"のような、薬のアイテムにも見えない。

"皮"だ。毛皮だ。

ただの毛皮ではない。溢れるほどの"魔"を放出していた。

"あれ"は魔法のアイテムか。

それとも別の何かなのか。

クラムベリーの思考が纏まる前に───マルティナはその"皮"を、左腕の傷口に捩じ込んだ。

 

使用方法は知っている。心の中の悪魔のお陰で、直感で理解できた。

装備し、その上で名を唱えるだけで発動は完了する。

その存在は猪。オリュンポス十二神が一神、女神アルテミスの怒りによる天罰の魔の獣。

猪に被せば国を壊す魔猪に。英雄に被せれば、堕ちた魔へと変貌させる。

その装備の名は。

その"宝具"の名は。

 

「───『神罰の野猪(アグリオス・メタモローゼ)』」

 

直後。黒の魔力の奔流と共に。

世界が闇に、包まれた。

 

衝撃でクラムベリーの身体が遥か後方へと吹き飛んでいく。

クラムベリーが身体を立て直した頃には、既にマルティナ───否、魔人と化した彼女は消えていた。

周囲を確認する。血溜まりの中に沈んでいた筈の腕も、槍も消えている。

残っているのは破壊痕のみ。マルティナという存在が夢だったかのように消えていた。

 

「……逃げられましたか」

 

ふう、と腰を下ろす。聴覚での周囲の警戒は怠らない。

己の支給品である特やくそうを取り出し、一番の重症である焼け焦げた左腕の治療に取り掛かる。

逃がしてしまったのは残念だ。その命をこの手で貰い受けたかった。

だが。それと同じくらい、喜ばしかったのだ。

 

「貴女ほどの者ともう一度戦える。

いえ───必ず戦いましょう。

貴女は、私のものです」

 

横取りなどされてたまるものか。

もう一つのメインディッシュを発見した彼女は舌舐めずりをする獣のようであり。

幻想に恋する少女そのものであった。

左腕が何処まで治るかはわからない。

だが、新しい戦法を得た彼女にとってそれは止まる理由にもなりはしない。

 

森の音楽家クラムベリー。

演奏会の幕は静かに閉じる。

幕間の間は黙りで。

音楽家は一人、快楽と休養に耽る。

 

 

【D-6/市街地(北)/一日目/黎明】

※D-6北部のビルは至るところの壁が崩壊しています。

※C-6に簡素ですが、犬吠埼風の墓が作られています。

 

 

【森の音楽家クラムベリー@魔法少女育成計画シリーズ】

 

[状態]:身体中に打撲(中)、切り傷(少)、左腕に重度の火傷(いずれも回復中)

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ、特やくそう×10(残り?個)@ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて、不明支給品2つ(本人確認済み)

 

[状態・思考]

 

基本方針:強者との闘争

 

1:例の彼女(アーナス)、マルティナと再び闘いたい。

 

2:取り敢えずは休養。怪我を治す。

 

3:首輪解除のために強者を探し、そして殺す。

 

[備考]

・「首だけの少女」を殺した人間、または道具に心当たりがあるようです。

・左腕の火傷の治療に特やくそうを使っています。何処まで治るか、いくつ使ったかは後続の書き手様に任せます。

・攻撃の音を模倣し爆音の衝撃波としてぶつけることで攻撃と同様のダメージを与える方法を身につけました(例:ジゴスパークの音を衝撃波と共に叩きつけジゴスパークの雷ダメージを与える)。

しかし、脳の錯覚を利用した技であるため、模倣した技の音ダメージを与えるには相手がその技をよく知っている必要があります。

 

 

 

 

 

 

 

現在、上空。

切断された左腕は、肩の傷口が変形し左腕を無理矢理接続することでマルティナの身体の一つとして帰還した。

そして骨が捻られるような、筋肉の構成が変えられるような内部からの歪な変形によりマルティナの両腕は翼となり、彼女は空高く飛行している。

当然、無理な変形は彼女の身体に絶えず激痛を与える。

本来、"神罰の野猪"は狂気に至るほどの憎悪によって発動する宝具だ。

マルティナは生きる覚悟はあれど、身を焦がすほどの憎悪は持っていなかった。

では何故、"神罰の野猪"は発動したのか。

───それは、彼女の中の悪魔が関係する。

デビルモード。魔物から与えられし魔の力。

使用すると同時に肌は変色し存在は魔のそれとなり、精神にまで若干の影響を与える悪の力だ。

"神罰の野猪"は、それと共鳴した。

デビルモードの魔の力・好戦的な性質と共鳴しその力を根底に"神罰の野猪"は融合したのだ。

本来なら有り得ざる出来事。

宝具は例外を除き持ち主のサーヴァント以外には使用出来ず、デビルモードとという力は聖杯大戦の世界には無い。

しかし、この場でのみ。

宝具は誰でも使用可とされ、勇者の世界の魔は"神罰の野猪"と共鳴した。

勿論、此でマルティナが全快した訳ではない。

ダメージは未だ残っており、その身体は満身創痍だ。

この力が簡単に使いこなせる代物ではないことも理解している。

しばらく飛行した後、彼女は固い地面に着地する。

"神罰の野猪"を纏ったマルティナ───マルティナ・メタモローゼとでも呼ぶべきか───は意識を失い、それと同時に緑を基調とした衣服を纏った通常の姿に戻り、そのまま倒れ込む。

……しかし、その周囲に"神罰の野猪"の皮は存在しない。

彼女の体内の奥深く。デビルモードの悪魔の力と融合したが故に、既に取り外すことすら不可能となっている。

否。この数多の世界が絡まり合う世界ならば切除することも可能かもしれないが、既に彼女の魂と深く混ざり合ってしまっている。

命からがらで、生き延びた王女。

体内に悪魔と魔人を孕んだ彼女に語りかける幻の勇者は、もういなかった。

 

 

【D-6/市街地(南)/一日目/黎明】

 

【マルティナ@ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて】

 

[状態]:気絶。貧血、身体中に打撲(中)、ダメージ(大)

[装備]:マルティナの槍@ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて、神罰の野猪@Fate/Apocrypha

[道具] 基本支給品一色、スマホ、不明支給品1つ(本人確認済み、マルティナにとってよくわからないもの?)

[首輪解除条件]:『勇者』のうち、最低一人の第四回放送終了までの生存。該当者が全員死亡した場合、首輪は強制的に爆発する。

 

[思考・行動方針]

 

[基本行動方針]:基本、ゲームには乗らない。ただし、襲い掛かってきた奴には容赦しない。

 

1:……(気絶中の為不明)

 

[備考]

参戦時期はベロニカの葬儀を終えた直後~過ぎ去りし時を求める前の間です。

『勇者』の定義は、イレブンと三ノ輪銀と【結城友奈は勇者である】の出場キャラ全員です。

・"神罰の野猪"とデビルモードが融合しました。

"神罰の野猪"はマルティナの身体深くにあり、デビルモード発動と同時に発動し魔人化します。

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