バトル・ロワイアル The Rebellious Memory   作:原罪

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鏡の中の嘘と、あなたの隣の嘘/ノーリ、イレブン、一条要、諫早れん(ヤヌ)

穏やかな楽園を追われてもいいよと、まぶしく笑ってたね。

 

 

 

 

アリスランド閲覧用カード情報(草稿段階)

 

ノーリ

女性。年齢不明。

データ破損の為、閲覧できません。

 

追記:

 

一応このゲームとやらにはノーリちゃん名義で参加しているわけだから、アリス名義の項目じゃなくてこっちに記録した方がいいよね。

それにボクと彼女は、もう同一の存在なんだから。

 

もっとも、帰った先にあるアリスランドはほとんど崩壊しちゃってるから、ボクが頭の中で練ってるこの思考記録も、いつか何らかの形で残るどうかさえ怪しいものだけど。

ただ考え事をするなら、いつも記録をつけている時と同じ感じの方がやりやすいから、ボクの頭の中ではこういう表現にしているだけ。

聞き役はいないだろうけど、ボクの中にいる『元のノーリちゃん部分』に言い聞かせているとでも思ってほしいな。うん。

 

で、『ファヴ』を自称する主催者(管理者だとボクと紛らわしいからこう呼ぶね)の管理下から、もともと自分の管理下にあった6人の人間を連れて安全圏に脱出することがボクの目的ということになるんだけど。

 

この場合、果たして、『安全圏に脱出』っていうのは、どうなることを指すのかな。

さっき取得した天王寺彩夏ちゃんの情報と照らし合わせたら、ますます問題は複雑になっちゃった。

分かったことが、いくつかある。

 

一つ。彼女は殺人ウイルスに感染していなかった。

一つ。彼女は西暦2000年代初頭ぐらいの文明レベルで生きていた人類だった。

一つ。彼女の住んでいた地球は、滅んでいない。滅びを経験した記憶はない。

 

もちろん、ボクだって彩夏ちゃんの記憶を全部丸ごと思い出せるわけじゃない。

最初にあの星の『化け物』がとある少女を捕食して、『ノーリ』になった時だって、彼女の記憶をそのまま全て思い出せていたわけじゃなかった。

『彩夏ちゃんを殺した人物』のように印象深いものだったらそれなりに思い出せるようだけど、基本的に人格の主導権はボク(アリス)の方にあるわけだから、彩夏ちゃんの情報を引き出し放題……というわけにはいかないらしい。

ちゃんと情報の吸収だけじゃなく『分裂』も果たせていれば、今頃ボクは『ノーリ』と『アリス』と『天王寺彩夏ちゃんそっくりな化け物』の三人に分かれていたかもしれないけど、そこを考え始めると脇道にそれるから閑話休題。

 

さっきの三つの情報を合わせて考えるに、彩夏ちゃんは『過去の時代からここに来た人』ということになる。

殺人ウイルスによる人類汚染が始まったのは西暦2102年だから、コールドスリープの期間を差し引いても百年ぐらい前の時代のヒトになってしまうね。

過去の時代を生きていた人を拉致する。

もしくは、ぜんぜん別の世界(例えば地球と同じように人類が暮らしていたずっと遠くの惑星とか)で、生きていた人を拉致する。

果たしてそんなことが可能なのかな。

たしかに首輪の不可思議さといか、『化け物』の根本的な生態である『分裂』をあっさり制限してることとか、主催者の持つ技術力は、ボクのAIが知り得るそれを大きく上回っているみたいだけど。

 

時間や宇宙の距離をとびこえて拉致された参加者がいると考えるより、可能性はもう一つある。

ここにいる参加者は、ボクが選挙をやらせた12人に施したように、『自分たちが二十世紀初頭に生きていた人間だった』という記憶操作を受けてからゲームに放り出された可能性。

技術的にはまだ、こっちの方が実現することが容易だと思う。

でも、その可能性をボクは排除して考えることにする。

考えるだけ無駄だと思っている。

なぜって?

その仮説が正しければ、それはボクらと同じ時代において、人類がまだ滅んでいないことを意味する。

あの滅びかけた地球を復興させることに成功した人たちがいて、彩夏ちゃんたちもそんな人類の子孫の一人だってことになる。

とても喜ばしい話のようだけど、これが全然おめでたくない。

 

同じく生き残った人類からのファースト・コンタクトが、『いきなり拉致した上での、殺し合いゲームへの強制参加』だった。

これ、もう『お前たちに帰る場所なんかない』って言われてるのと同じだよね?

いや、同じように『いきなり連れてきました』って設定で選挙をやらせたボクが言うのも変かもしれないけど、『生き残っていた漂流者を歓迎する態度』でないことは確かだよね。

これじゃあ、たとえ殺し合いゲームから抜け出したところで、ボクらはもう詰んでいる。

アリスランドに帰還して、もとからの予定通りに地球に出発したところで、そこはきっと安全な場所じゃないと思う。

だから『他の参加者も、実はボクらと同じ時代から来た人たちである』という可能性は考えない。

とっくに詰んでいることを前提にあれこれ検討したってどうにもならないからね。

 

時代を超えて連れてこられた人がいる。

もしくは、宇宙を超えて連れてこられた人がいる。

これはもう前提条件だってことにしちゃおう。

じゃあ、そういったものを超えて脱出して、どうやってゲームに捕らわれた6人を保護したまま、ここにいない方の6人のところに帰還すればいいのかな……と、これが問題の一つ。

 

あ、そうそう、保護すると言えば、その6人が、どう考えても大人しく保護下に戻ってくれるような子たちじゃない、っていう問題もあったね。

 

例えば、蓼宮カーシャちゃんと伊純白秋くん。

彼らは、殺し合いをしてもらうなんて言われなくたって、ボクの監視下をはなれただけで臨んで殺し合いを初めてしまうような人たちだ。

その目的を果たすためなら、他の参加者はもとより要くんたちだって邪魔だと感じれば即、抹殺にうつってもおかしくない。

だから、あの子たちが勝手に破滅に向かって自分から舵を切りに行くようなら、それも仕方ないんじゃないかって思うんだよね。

もちろん、彼らのやり取りをもっと長いこと見ていたいとか、誰も死なずに解決した結末を無駄にしたくないという考えは、ボクにだってある。

だから皆でいったん生還しようという方向で説得できればそれがベストなんだろうけど、いくら何でも無理なんじゃないかなぁっていうのが正直な感想。

さすがに人心に疎いボクでもそれぐらいは予想できるし、それに彼らが自分の意思で生還を望まないなら、管理者の座を降りたボクが口を出せることじゃない。

カーシャちゃんたちが他の参加者を殺しまわったせいでボクや要くんたちに迷惑がかかるのも、正直なところ勘弁してほしいしね。

 

だから、『要くんと優先して合流したい』っていう方針は、少しでも皆と話が通じそうな人を早めに見つけたいって意味もある。

あの子たちの考えていることはボクにはまったく理解不能だけど、選挙で戦ってきた要くんならボクよりもずっと候補者たちの考えそうなことを理解しているだろうから。

ふふ。なんだかおかしいよね。

もしもこれが選挙の真っ最中だったら、『なるべく大勢で生きて帰るために要くんに頼る』なんて絶対にありえなかったと思う。

つい最近、前回の追放選挙で苺恋ちゃんとノーリちゃん以外の全員を追放したのは要くんだったんだから。

 

でも、そんな要くんがもう復讐しようとは考えていないことを、ボクは知っている。

 

その考えが消えたのはいつのことだったのかな。

感情に鈍いボクには正確な推察はできないけど、たぶん5001回目の選挙でいったん復讐を終えた時――他の9人を全員追放し終わった時点では、もう燃え尽きていたんじゃないかと思う。

あの時から要くんは苺恋ちゃんとノーリちゃんを生き残らせることばかりに集中していて、すでに終わった復讐のことに関しては何も口にしなくなっていった。

その次のゲームに突入した時には、「あの9人を憎んでいるんだよね」と確認したら、あいつら全員を殺したいという嘘で答えた。

その時は、前回の選挙で『復讐した』記憶をまだ取り戻していなかったし、本人も自分の言葉が赤くなったことに驚いたような反応をしたから、無意識での本音だったんだと思う。

そのすぐ後に、前の選挙での記憶を思い出させてからは、もう他の候補者たちを騙そうと演技することも、殺意をのぞかせることもなくなった。

まだ他の9人は妹の仇じゃなかったという真実を知る前だったのに、許せないなりに全員を救おうとしていた。

それは、9人を蹴落とすことよりボクを倒すことを優先した……ってわけでもなかった。

『前回の選挙で皆を追放しました』と自白してしまうことは復讐を諦めるのに等しいのに、それを全員に向かって躊躇なく明かしたほどだからね。

 

だから、今の要くんは、ボクが保護したい6人の中では一番の安全牌。

それに要くんと意思統一できれば、苺恋ちゃんが下手な暴走をしないように影響力を持つこともできる。

 

もっとも、要くんはボクのことを『好きじゃない』って言ってたし、ボクとノーリちゃんが融合していることをまだ知らないから、そこは大変だ。

好きじゃないボクが大好きなノーリちゃんの姿で現れたらきっと嫌がるだろうし、協力してくれるとしてもしぶしぶだろうし、いっそう嫌われることは覚悟しないといけない。

ますますもって頭が痛いよね。化け物の身体でも悩み事ができると頭痛がするかどうかは分からないけどさ。

 

……そもそも、長々と語ったけど、これ全部が要くんと会えなかったら意味のない仮定なんだよね。

要くんと合流できる確率のことを考えたらため息が出そうになってきたよ。

ただ、今の要くんならアリスランドが地図にあればそこを目指すと思うから、ボクもまずは同じところを目指してとことこ歩いてるってわけ。

ボクの首輪解除条件にも書いてあった、アリスランドの資料室がちゃんとあるのかは確認しておきたいしね。

本当は電車を使いたいんだけど、駅のある北に行けば峯沢君と出くわしてしまうかもしれないから、仕方なく歩きで移動してる。

 

筋肉を動かして歩くのは、まだ慣れない感じ。

ノーリちゃんの歩幅の小ささを、わりと不便に思うこの頃です。

 

一歩を移動するたびに、ちゃんと地面を踏んだ足ごたえと、硬い感触が伝わってくる。

アリスランドでノーリちゃんが要くんたちとかけっこするのを楽しんでいたのは知ってるけど、あの楽しさが少しだけ分かった気がするよ。

 

 

 

――とか言ってるうちに、また知らない人間を一人発見。

 

 

 

髪長いしサラッサラだし女の子っぽいけど、見たところ体格は割としっかりしてるから男の子かな。

要くんとたぶん同い年ぐらいだけど、要くんに比べたらだいぶ素直そうっていうか可愛げがある感じだよね。

いや、要くんは可愛げのないところがイイんだけどね。

要くん最推しはこの先も揺るがないと断言して――――うん、自重する。閑話休題。

 

 

 

「こんばんは」

 

ワンピーススカートの両端をつまみ、行儀よく一礼。

 

「こんばんは。お嬢ちゃん、一人でいるの?」

 

にっこりと挨拶が帰ってきた。

この態度はどう見ても、殺人をするつもりがない人間だろう。

 

「うん、ボク一人だよ」

「そう……今まで誰かに会った?」

「ううん。お兄さんが初めてだよ」

 

さきほど人を食べた時も、服を血で汚さないように注意はした。

第一印象について脅威度を与えるような要素は無いはずだ。

しかし少年は、視覚からは得られない情報でこう言った。

 

「――じゃあ、どうしてそんなに血の匂いをさせているの?」

 

えも言われぬ、謎の威圧感。

近づこうとした足が、止まった。

 

 

 

 

「諫早さん、ひとついいでしょうか」

「なんだ」

 

街の中でもなるべく少しでも街灯がある――なるべく広い道路を選びながら、一条要と諫早れんは夜間潜行の歩みを続けていた。

明るく、広い道を選択したのはれんだったが、おそらく『暗い夜道を歩いていては支給品の灯りに頼りきった移動となり、また夜中ではその方がかえって目立つ』と判断したのだろう。

こうやって質問を投げてみても、先を歩くれんは振り向かず、前方への警戒を怠っていない。

 

「僕たちは、ひとまずC-7とのエリア境界近くにある駅を目指している、ということでよかったですか?」

「そうだけど、何か?」

「いえ、その割には、進路が南に寄りすぎているように感じたものですから」

 

一条要は東京のコンクリートビルディングの中で揉まれて育った一般人であり、市街地を歩いていてもそれなりの方向感覚を維持することができる。

特定の方角にばかり曲がりがちであれば、方角がずれていることには気づきやすい。

 

「ああ、ついでにどこかの建物から南西の方をうかがえないかと思ってね」

「南西を?」

「ああ、近づくつもりはないが、背の高い建物ならさっきの爆発の規模を目視できるかもしれない。

 建物が吹き飛ぶような規模の爆発が起こったなら、火の手があがっていてもおかしくないからね」

 

なるほど、確かにどういう破壊が起こったのかを確認しておくことは、危険人物の手口を推測する上で有益だった。

周囲の建物を見回してみれば、そこそこ遠方を確認するための高さは確保されている。

夜中であるからこそ景色には期待できそうもないが、火の手や煙の発生を確認するぐらいは可能だろう。

スマートフォンの地図を見比べて判断するに、現在地はやっとD―6の南方に侵入したあたりだろうか。

 

「というわけで、ここに寄ろうと思う」

「分かりました」

 

その中のひとつ、非常口などのうっすらとした灯りが漏れていること、屋上が存在していることを決め手として、れんはそこに侵入した。

要も後に続き、寄り道の時間を惜しんで階段ではなくエレベーターを利用する。

 

「質問というなら、私からもいいかな」

「何ですか?」

 

要は、努めて平静そうに促した。

 

「D.O.Dやドリパクの話を信じてくれたのはありがたい。

 しかし、一条はこのゲームにいるメンバーの名前も聞いていたはずだ。

 私の話が正しければ、すでに死亡した者がここに参加していることになるが、疑問に思わなかったのか?」

「そうですね……」

 

要自身、とっくに殺したはずの知り合いがこのゲームにいることになっていたから。

そして、問い詰められては困ることがあったので、あまりれんのことを追求して『次は一条のことを教えてほしい』と話題を向けられる展開を避けたかったから。

真実で答えるならば、そういうことになる。

だが当然、馬鹿正直に答えるはずもない。

 

「ボクたちの当面の方針は、人の集まりそうな施設で他の対運営派と情報交換することでしょう。

そうなれば、駅で他の人にあった時に、諫早さんは同じ説明を繰り返すことになります」

 

よって、嘘ではないが本音でもない回答をする。

 

「なるほど。確かに同じ話を繰り返すのは手間だし、皆がどう死んだかなんて好んで何度も聞かせたがるようなものじゃなかった。感謝する」

「礼を言われるほどではありませんよ」

 

ゆっくりと上昇していたエレベーターは、問答が終わるのを待っていたようなタイミングで止まった。

夜風の涼しさを肌に受けながら屋外へと踏み出し、まばらに灯りの散らばった夜景をぐるりと見渡す。

スマートフォンを操作して方角を確認するれんを横目に、要は改めて考える。

 

「諫早さん、こんな時ですが、俺の知り合いについても幾つか話していいですか?」

「ああ。私にとってもこれから合流する人物の情報になるからな」

 

先ほど『問い詰められては困る』と身構えていた事情を、どう取り繕うかについて。

こちらから切り出したのは、自分にとっては喋りながら考えた方が頭が回りやすいためだ。

 

「はい、人命に優先順位をつける言い方をするのは気が進みませんが、俺には、知り合いの中でも特に早急に保護したい人が二人います」

「ああ、さっきも二人の名前を特に強調していたね。幼馴染と、記憶喪失の女の子、だったっけ」

「はい。蓬次苺恋と、ノーリ」

 

まず、苺恋とノーリを保護する目的を改めて強調しておく。

これは主目的ではなかったが、先に言っておかなければならないことだった。

 

家族の誓いを立てた幼馴染と、新たに家族の輪へと加わりかけていた妹の面影を持つ少女。

2人とも、『場外の殺し合いや暴力を禁止する』という選挙ルールに守られない殺し合いでは、自分以上に無力な存在だ。

いや、苺恋についてのみ言えば、いざとなれば自分以上に大胆な行動をする切れ者ではあるのだが、何百メートル四方にまで音が響き渡るような破壊をもたらす危険人物の前ではできる事などたかが知れている。

そして、それ以上に一分一秒でも早く見つけなければならないのがノーリだ。

なぜか全ての記憶を失った状態で発見されたという幼い少女は、幼児並みの知能と、舌ったらずな挨拶程度の言葉しか持っていない。

 

「この場所に拉致される前にいた場所で、俺は彼女の保護者のようなことをしていました。

その経験から言って、彼女の精神の年齢は見た目よりさらに幼くて純粋なんです。

見た目は小学生ぐらいですが、中身は簡単な会話もおぼつかない程度。

遭遇した相手が善意の人物でなければ、その時点で最悪の事態になるかもしれない」

 

よって、他の参加者にもノーリが罪のない子どもであること、いかに幼く無垢であるかを訴え、要だけでなく多くの参加者にもノーリの保護を約束してもらわなければならない。

 

「ああ、そんな子どもがいるなら、最優先に探すことを約束するよ。

しかし、そんな子にまで殺し合いをやらせるなんて、つくづく今回の運営はゲスだな」

「ありがとうございます。そう言ってもらえると、安心材料が増えます」

 

それは、なんら嘘偽りなく心からの感謝だった。

今この瞬間にだって、ノーリが悪意ある者の眼にとまっていないか、心配で仕方ない。

 

「しかし、ノーリというのはニックネームなのか?

 もしそうなら本名を教えてもらえた方が、探すときに呼びやすいと思うんだが」

 

だが、諫早れんがそう質問したことで気持ちを切り替えねばならなくなった。

ここから先は、保身のための嘘を考慮しなければならない会話だ。

 

「いえ、ノーリというのは、俺がつけた名前です。

記憶がないので、本人もそれが自分の名前だと理解はしていますよ」

 

と言っても、当然ノーリの命名の由来を知られたくないわけではない。

今のうちに取り繕っておこうとした会話の主目的は、そこから芋づる式に引っ張り出される話題だ。

 

「あなたが名付けた? さっきも一条が保護者をやっていた風に聞こえたけど……記憶がなくて親もいない子を、学生の一条が面倒みるなんていったい大人は何をしていたんだ?」

 

それは、ノーリと知り合った経緯について聞かれること。

 

「いえ、『他にも保護者が大勢いる』と言えるほどの大人数は、あそこにはいなかったんです」

 

ひいては、このゲームに呼ばれるまで一条要がどこで何をしていたのかと追求されることだった。

さらに言えば、さきほど『大切な仲間だから合流したい』という嘘で紹介した面々とは、どこで知り合ったどういう関係なのかを説明させられることだ。

 

「ここから先は、俺も諫早さんほどではないにせよ深刻な話になってしまうのですが。

 俺たちも、このゲームに招かれる以前は閉鎖された環境にいたんですよ」

 

慎重に言葉を選び、考える。

まず隠さなければならないのは、『一条要は、追放選挙というゲームで他の知り合いを積極的に殺していた』こと。

諫早れんもD.O.Dというデスゲームで優勝してしまった過去があるらしいが、れんの過去と要のそれでは罪状の悪辣さに大きな違いがある。

ゲームが終わるまではアイドルの死亡もドッキリであるかのように演出されており、他のアイドルに対する殺意などは持ち合わせていなかった諫早れんを悪人だとは思わない。

仮に他の参加者にむかって『他のアイドルを死なせた責任を感じ、今はデスゲームを否定するために行動している』と罪を告白したところで、絢雷雷神のようにひねた奴でもなければ責めたり不信感を持ったりはしないだろう。

しかし、追放選挙は違う。

明確に『立候補』として俺があいつを殺してやると名乗りを挙げるシステムだった。

ゲーム中は匿名になれるおかげで犯行を隠せていたとはいえ『ひとごろし』が確実に存在することは他のメンバーの目にも明らかだった。

これでは、『みんな大切な仲間』だという要の証言は明らかに嘘だと分かってしまう。

しかも、実際のところすべての立候補(キルスコア)は一条要によるものだったのだ。

このことが知られてしまえば、このゲームにいる復讐対象の殺害はおろか、他の参加者から信頼を得ることさえ難しい。

 

「俺たちは、この地図にある『アリスランド』という施設の中で拉致されていました。

もっともここにあるアリスランドと、俺たちの知るアリスランドが同一の施設かどうかは分かりませんが」

「すまない。それは、誘拐されていた、ということか?」

「単なる誘拐なら、まだよかったんですが……」

 

ここで、言葉を濁したように間を持たせてもらう。

 

知り合い全員が誘拐されただけの被害者仲間です、と追放選挙のことをおくびにも出さずごまかすような嘘は――――残念ながら不可能だった。

ここで『追放選挙のことを隠す』という嘘はつけない。

なぜなら他の対立者たち、伊純白秋、蓼宮カーシャ、絢雷雷神、忍頂寺一政も、この会場を歩き回っているからだ。

ルール上、追放された者は最後に自分を追放した者と会話することができる――つまり全員が、『一条要こそが自分を殺した張本人であり、要がゲームに立候補していた』ことを知っている。

 

「俺たちの逃走をはばんでいたのは、武器を持った誘拐犯ではありませんでした。

 こちらも非現実的な話をすることになってしまいますが、アリスランドの周囲にはたくさんの『化け物』がいたんです」

「化け物だと?」

「はい。化け物というのは――」

 

アリスランドにいた経緯の話、化け物のことを話しながら、その間に考える。

 

まず白秋以外とはコミュニケーションが成立しない蓼宮カーシャの口から何かが漏れることはないだろうが、他の三人は違う。

 

なんせ、追放選挙のメンバーは下は中学生のお嬢様から上は二十代半ばのシェフまで、年齢も職業も住んでいる世界もぜんぜんバラバラの人間だ。

通常の情報交換として『参加者名簿の中に知り合いがいれば教えてくれ』という流れになれば、『いったいどこで知り合ったどういう付き合いなんだ???』と勘繰られることは目に見えているし、そうなれば『追放選挙』のことが話題にあがるだろう。

 

仮にカーシャ以外の三人が他の参加者とコミュニケートに成功し、『追放選挙』のことを話してしまえばその時点で要がやったことは暴露される。

いや、伊純白秋については一条要のことを悪く言うよりもまず蓼宮カーシャを陥れることを優先する可能性も高いけれど、三人ともが少なからず一条要のことを油断ならないプレーヤーだと知ってしまっている。

そして満足のまま追放された忍頂寺をのぞく二人は、それぞれ『自分の復讐/生還を阻止した男』として要のことを恨んでいた。

忍頂寺にせよ、このゲームでサイコパスの本性を隠して立ち回るならば自分の秘密を知っている要のことを警戒する。

さらに、絢雷雷神にいたっては、『一条要は蓬茨苺恋とノーリのために全員を追放するつもりだった』と思っている。

あの男は他人をみれば毒を吐くような当たり方しかできない社会不適合者だが、『一条要にはせいぜい気を付けろ』と告げていくような嫌がらせぐらいは平気でやるだろう。

このままでは、自分が隠していたところで『一条要は皆殺しも辞さない人間だ』という情報が拡散される可能性がある。

そのせいで苺恋とノーリが『一条要をおさえるために捕まる』危険を回避するためにも、絶対に避けたい事態だ。

逆に苺恋ならば自分のことを決して悪いようには言わないどころか、擁護してくれることは間違いない。

だが苺恋を味方だとしても、情報戦において『三対二』という数の差があるのは無視できるリスクではない。

 

「その『アリスランドのアリス』とやらは、またいかがわしい存在だな……ドリパクといいファヴといい、最近の犯罪者はマスコットの姿を使う不文律でもあるのか?」

「ええ……さらに言えば、やらせようとしていたことまで、アリスはそいつらと似ていました」

「なんだと?」

 

考えろ、と脳に命じる。

頭の中で、練っている嘘を改めて再確認する。

諫早れんと出会ったときは、『みんな大事な仲間』だと嘘をついた。

その判断は、おそらく間違っていない。

一刻も早く見つけ出して、要たちへの悪評を広められるより先に口封じしなければならないのだから、『やつらは警戒すべき人物です』と吹きこむよりも、『早く合流したいんです』と嘘をついて探すのに協力してもらった方がいい。

だが、一度嘘をついてしまうと、その嘘を隠すためにさらに嘘を重ねなければならない。

 

「アリスは、俺たちに殺し合いを命じました。

 最後に残った二人しか、生かしておくことはできないと」

「そうか。君の身にもそんなことが……」

 

『みんな大事な仲間です』という嘘を怪しまれないように、追放選挙のことを説明する。

難題だ。

無理がある。

なにせ、選挙はとどこおりなく進行し、9回の立候補が行われて9人の候補者が殺害(ツイホウ)されている。

追放した順番は前後するとはいえ、ノーリをのぞいて誰もが『生き残った誰かの中に殺害者がいる』ことを知っており、『全員が大切な仲間だ』なんて欠片も思っていない。

無理があるのだが、このままでは諫早れんを連れたまま他の参加者と情報交換する流れになりかねない。

新しく出会った者から『その仲間とはどこで知り合ったどういう関係なんだ』と疑問をもたれてボロがでる前に今、カバーしておかなければならない。

 

「とは言っても、殺害を命じられたわけではありません。

 生き残るべきでない、化け物のエリアへと追放する人間を皆で決めさせると言っていました。

 追放すべき人間に投票する、それが民主的なやり方だと……」

「民主的だと……それでは、D.O.Dの魅力投票と同じじゃないか……いや、あらかじめ化け物に食われると分かっているぶんよっぽど酷い」

 

そう、『選挙がすでに進行している』以上、他の選挙候補者は全員が仲間だという要の証言はどうしたって、嘘になる。

ならば、これ以上はできるだけ嘘をつかないような嘘をつくとしたら、『選挙はすでに進行している』という、その一点しかない。

どくん、と。

自分の言葉だけでなく、心臓の鼓動音までが赤く染まっていく感覚を、覚えた。

一呼吸おいて、すべての反論を受け付けないための嘘をつく。

 

「もちろん、俺は誰かを殺して生き延びなければならない事態を避けたいと考えていました。だから、ノーリを保護した日に、他の皆さんを集めて話し合いをしていたんです。

最初にとても大切な仲間だと言ったのは、優等生ぶるためにやや語弊のある表現をしたかもしれません。でも、全員の顔や性格は把握しています。

もっともその日は打開策も見つからないままお開きになってしまいましたが、アリスは翌日に選挙の詳しいルールを説明すると言っていました。

俺が覚えているのはその夜にベッドに入ったところまでです。次に目覚めた時は、あのファヴに集められた広間にいました

 

自分の記憶する限りでは、選挙はまだ始まっていない、という嘘。

 

「もっともアリスがそうしたように、今回のファヴも俺の記憶を奪ったのだとしたら、俺の証言もどこまで当てにできるかは分かりませんが」

「そうか。いや、一条は優等生ぶってなんかいないと思うよ」

 

れんが神妙な顔でうなずいたことで、違和感はもたれなかったらしいとほっとする。

 

小さな嘘を多く重ねるよりも、大きな嘘を一つついた方がかえって崩れない。

そしてこの大きな嘘には、説得力もある。

アリスランドでは、招かれた全員が記憶の多くを失っている状態で目覚めた。

殺し合いをするのに不都合だと判断された記憶は、運営の任意で消したという説明もあった。

例えば、連れ去られた前後に何をしていたのかといった記憶や、そのまま覚えていては選挙外での暴動が起きかねないトラウマに関するような記憶は、はっきりと操作されていると明言されている。

そして今回のゲームで拉致された手口も、『さらわれた記憶がないのに気が付けばそこにいた』というそっくり同じ手段だった。

これでは、要に記憶の欠落があったとしても『前もこういうことがあった』と開き直ることができる。

覚えていないふりをすれば、仮に雷神から『俺を追放したのはお前だ』と暴露されたとしても知らぬ存ぜぬで潔白な人間を演じてみせ、他の対運営派を味方につけられる。

 

記憶があると申告するのは、全員で集まって話し合いを行った日のことまでだ。

その時点ならば、全員で一度自己紹介と議論を済ませているから知り合いの基本的な情報を把握しているように話しても違和感はない。

また、どの復讐相手にも『選挙でどう動くかも決めかねている善良な高校生』であるかのように振る舞っていた時期だから、『その時点では選挙に参加する気などありませんでした』という告白をしても違和感がない。

実際はその時点ですでに、選挙で復讐を果たすことを決意していたのだが、それは秘密を守ってくれる苺恋と、このゲームにはいないアリスしか知らない。

これなら、たとえば『忍頂寺という参加者からお前は怪しいと聞いたぞ』と指弾されることがあっても、『それはここにいる一条さんではなく、未来の一条さんがやったことだ』という擁護を狙える。

『自分にとって都合の悪い記憶だけ忘れるなんて、出来すぎた話があるものか』と疑われることはあっても、『一条要の記憶が欠落していない』という証明をすることはできない。

せいぜい要自身が、覚えていると申告した日よりも後に起こった出来事を、知っている風にうっかり口にしないよう注意さえしていればいいだけだ。

 

諫早れんは「追放選挙か……」と深刻そうに腕を組み考え込んでいる。

こちらがD.O.Dの話を「信じる」と言ったおかげなのか、『そんな化け物などあり得ない』と切り捨てられなかったのは喜ばしい。

やがて彼女なりの見解を口にした。

 

「しかし、ドッキリ……という軽い言葉を使っていいのかは分からないが、ずいぶんと悪辣な嘘をついてみせたものだな。

この会場にあれだけの人間がいた以上、人類が滅んであと二人しか生かせないなど、あり得ないに決まっているのに」

 

違う。

嘘ではなかった。

少なくとも追放選挙の時、人類が滅んでいることを告げたアリスの声に嘘の赤色はなかった。

要の共感覚に引っ掛かる『嘘』の定義は、『心を偽って発言された言葉』に限られる。

つまり、発言した者が嘘ではないと信じ込んでいることであれば、事実とは違ったことを口にしても言葉は赤くならない。

しかし、現実にここには諫早れんがいる。

あの十二人が最後の人類だった、という前提は覆された。

アリスは人類が滅んだと思い込んでいたために言葉が赤くならなかっただけで、アリスの見解が誤りだった?

今の要に思いつく可能性は、それぐらいしかない。

そもそもアリスランドにいた間は、外界のことを探る手段が皆無であったために、推測を広げようがなかったのだ。

 

「俺には、わかりません」

「うん……そうだろうね。でも、話しにくいことをありがとう。

 おかげで、ここに集められた人たちには何かしら事情があるんだろうなって、心構えもできた」

 

それまで下に向けていた視線を、初めて星空へと向ける。

ぽつりぽつりと、星が浮いたような空。漫画のようにきらきらと一面の星空

 

「しかし、ここに登った収穫はなかったな。

 煙も火の手も確認できない以上、破壊の規模は分からない。ゲームの開始が昼時間であれば良かったんだが」

「逆に不自然ですよね。人間の手であれだけ音が響く破壊を行うとすれば、それこそ爆発物にでも頼らなければ不可能です。なのにそれらしい痕跡がない」

「人間の手ではない……まさか、一条の見た化け物とやらだったら、あれだけの破壊も起こせるのか?」

「いいえ、化け物に建物を壊せるほどの大きさはありませんでした。

それに、さっきは轟音よりも先に眩しい光のようなものが見えていました。

力押しで壊したというよりも、超高温の熱線で溶かしたか、巨大なレーザーナイフで支柱を斬ってビルでも崩落させたか…………どうしたって非現実的な話になってしまいますね」

「参ったな……あの破壊を兵器によるものじゃなく素の能力で実行可能だとしたら、銃器を持ちだしたって威圧にすらならないじゃないか」

 

諫早れんが対抗手段のことについて考えを巡らせている一方で、要の頭には浮かんでくることがあった。

 

巨大な力。

それこそ、単純な破壊だけではなく、誰かの願いを叶えることについても、人知を超えたそれが可能になるとしたら。

 

――最後まで生き残った優勝者には、どんな願いも叶える権利が与えられるぽん!

 

あのファヴの発言には、それなりの自信と裏付けがあるということになるのか。

 

『裏付け』?

違う、と無意識に耳を手で押さえた。

雑音を封じて集中する時は、よく耳をヘッドホンでふさいでいた。

それが無かったからか、今さらのように自覚する。

さっきの考え方は、いつもと違っていた。普段の自分ならば、『もしも裏付けが取れたならば』なんて絶対にありえない発想だ。

なぜ?

あの言葉が、『本当なのかどうか』が分からなかったせいだ。

気付いた。

 

ファヴの言葉には、色がついていなかったのだ。

 

一条要には、音が色として見える。

とは言っても、色のついた活字が空気中に出現して見えるというわけではない。

音が聞こえてくるたびに『いまの音にはこんな色が混ざっていた』と感じ取れる感覚のことを上手く説明するのはとても難しい。

ともかく、要にとっては人の声にも必ず何らかの色が付着しているものだった。

嘘をついている時だけ音が赤く染まるのも、あくまで『色』の一側面に過ぎない。

 

つまりファヴの声に色がついていなかったというのは、ファヴが嘘をついていなかったことを意味しない。

単に嘘をついていなかったのであれば声の色が赤くならないだけで、色が見えなくなったりはしない。

ファヴの声には、要の感覚が発現しなかったことを意味する。

一条要には、主催者の嘘が見抜けない措置が行われた。

アリスでさえ、それはやらなかった、もしくはできなかったことだ。

『嘘が見抜けないようにした』ということは、逆説的にあの説明のどこかに、嘘が含まれていたのか。

願いを叶えるという言葉は、嘘か。

それとも、それ以外の説明の部分に、知られては不都合な情報が混じっていたのか。

 

「なんにせよ、用事は終わった以上急がないとな。

 駅はあちらの方向でよかったかな」

「あっ、はい。駅前通りなら多少はライトアップも強いでしょうから、光源の多そうな方にむかって行くだけでも――」

 

その時だった。

 

北の方角から、ビルの隙間を縫って『破壊の色』が見えた。

 

「待ってください」

 

音を視覚的に『見る』ことができる要の共感覚は、その分だけ音をキャッチすることにも長けていた。

家の玄関前に立って集中すれば、生活音の一つ一つさえも判別できる。

たとえ壁を挟んでいても、その向こうにあるはずの呼吸音さえもが見える。

いつも集中のための小道具としてヘッドホンを使っている時にはおよばないが、街中の雑音が無いだけ空気は澄んでいて、音は響き(見え)安いし、物理的な視界の暗さには左右されない。

 

堅いものが砕ける大きな音。

何かが、ぶつかりあう音。

隕石と言われても違和感のない、高速の弾丸が風を切る音。

 

たとえ誰かに聞こえたとして、人がもたらした音だと気づく者はいないような、そんな音。

だが、要には聞こえるのではなく、視覚として見えるのだ。

 

「建物を飛び交って戦う、影のようなものが見えませんでしたか?」

 

視力を使って見たわけではないので、どんな人間なのかまでは分からないが。

 

「え、私には見えないが?」

夜目はそこそこ自信があります。もちろんさっきの破壊ほど大規模ではないようですが、似たような力の持ち主がいるのかも」

「そうか……駆けつけて確認すべきだろうか」

「今の俺たちに対抗手段はないでしょう。

 それならばいっそ、今のうちに移動を終えてしまった方が安全です」

 

れんも超常の力を持つ者の存在を実感した後だったからか、意外とあっさり従ってくれた。

向こうもあんな夜中に高所での戦闘を行えるならこちらを捉える術はあるのかもしれないが、あの戦闘に夢中になっている限りは見つかることはないだろう。

 

走っている間に、最後に聞こえた破壊の音は、立て続けに二つ聞こえた雷鳴のような音だった。

 

 

 

 

市街地を駆けながら、要は思った。

 

屋上でれんと話したことで、はっきりした。

確かに、ファヴの言葉が本当なのか嘘なのかは、気になった。

しかし同時に、違うだろう、とも思ったのだ。

 

確かに『何でも願いが叶うなら、未彩を』と誘惑にかられたことは、事実だ。

あの言葉の真偽は、とても気になる。

だが今は、苺恋とノーリの安全保障が最優先だ。

たとえ願いを叶えるという褒美が本当だったとしても、2人を殺してまで未彩を助けろというのは難しい。

ノーリを妹の代わりのように扱っていたことは否定できないが、代わりの妹だからといって本当の妹を取り戻すために死なせていいわけがない。

苺恋とノーリと要は、もう一か月もともに過ごしていたのだから。

 

同時に、そうかと腑に落ちたこともあった。

 

殺し合いゲームをまたすることになった一条要が、真っ先に『あの復讐対象を、また殺してやりたい』という殺意に燃えた理由。

全員の追放が終わってからは復讐の事などもう考えなくなっていたはずなのに、その上でなおこの手で殺すことにこだわっていた、謎。

つまり自分は、未彩のことにとどまらず、新たに苺恋やノーリのことを殺すかもしれない存在として、彼らのことを憎んでいたのか。

かつて追放した仇たちが、今度は追放された報復として『また自分の大切なものを奪いにくる』という恐怖から、憎しみを再燃させていたのだ。

 

隣のエリアへと移動を完了し、二人ともが歩きに移行する。

そんな頃合いをみて、心の中で集中のスイッチを切り替えた。

『警戒』よりも『捜索』を意識して、聴覚を周囲へと広げていく。

要の場合、そのアンテナは視覚と同義だ。

 

そんな気づきが、無事でいてほしいという祈りが通じたのか。

 

福音のようなタイミングだった。

自分たちのものではない足音。

自分たちのものではない呼吸音。

人ひとりいない静かな町にぽつんと生まれた、『人間が動く音(いろ)』。

 

それが、たしかに路地の遠く南方から聞こえた(見えた)。

 

「誰か、近づいてきます。あっちから。たぶん複数」

「例の眼が効くというやつか」

 

れんが要の発言を信用したのか、建物の中へといつでも飛びこめる位置へと下がらせ、通りの先へと眼を細めた。

要も視力ではなく聴力を集中させた上で遠くを凝視する。

 

憎い知り合いたちがやって来たのならば、即座に機先を制して友好的な演技を繕うつもりだった。

しかし、苺恋とノーリのどちらかの音であってくれ、という願いの方が上回った。

願いは叶った。

にわかには信じられなかったが、要の共感覚がキャッチする呼吸音や生活音は個人によって明確に違う。

それは、苺恋の薄桃色の呼吸音ではなかったが。

 

ノーリの呼吸音(いろ)。

そして、もう一人知らない音(いろ)。

襲われたら反撃することができないという解除条件のことも構わず、飛び出していた。

 

「ノーリ!」

「待て、一条……」

 

駆けよれば、音だけでなく街灯によって輪郭もはっきりとする。

 

革製の丈夫そうな紫の外套を着た、要と同年代ぐらいの少年。

そんな参加者と手をつないで、薄い青色の髪とワンピースを着た女の子が、とことこと歩みを進めていた。

少年の指先をノーリの方がつかむという、自発的な手のつなぎ方。

つまり、子どもを無理に連行している時にするような、逃がさないようにする扱いではなく、はっきりと保護されて連れだっている。

それを視認して、どっと胸のあたりから安堵が満ちた。

 

「すいません!俺はその子の知り合いです!」

 

声かけもそこそこに、駆け寄ってしゃがみ、ノーリの肩を抱く。

 

「良かった! 怪我はないか? 怖くなかった?」

 

矢継ぎ早に問うと、小さな女の子は空色の瞳を輝かせてこっくりと頷いた。

大きく息を吐き出し、ノーリを連れてくれた少年に礼を言う前にしみじみと喜びをかみしめる。

 

「えっと……もしかして、カナメさんですか?」

 

空気を読むだけの間をおいて、おっとりした声の主が膝を曲げながら問うてきた。

含むところがあるようには見えないし聞こえない、嘘の赤からはかけはなれた色をした声。

 

「どうして、俺の名前を?」

「ボクが教えたんだよ。要くん」

 

腕の中で、聞きなれた声が、聞きなれない言い回しを使った。

 

「ノーリ……?」

 

びっくりして見下ろせば、腕の中ではよく知らない少女が、三日月のように口を広げて笑っていた。

呼吸音も声も、確かにノーリに間違いないものではあった。

だが。

 

「会いたかった」

「お前、言葉が……?」

「ノーリという少女は、喋れないんじゃなかったのか?」

 

追いかけてきた諫早れんも、困惑を声に出す。

 

「ボクはノーリだよ。でも、今はノーリだけじゃないんだ」

 

そしてその声は、嘘をつかずに理解できないことを言ってのけたのだ。

 

 

 

 

駅に近づいたことで、市街地の様相もオフィス街のそれから繁華街のそれへと変わりつつあった。

夜間営業の灯りがついている建物が増えたことで、室内で会話する際にも電灯をつければ目立つのではないかという懸念がなくなったことはありがたい。

もっとも、にぎやかなのは灯りだけで無人である事に変わりはなかったが。

4人で座っての会話がしやすい場所ということで要はカラオケボックスを選択し、個室に入ればいざという時の逃げ場がないからとエントランスで二つ向かい合うよう並べられた順番待ち用のソファを勧めた。

諫早れんは『歌う場所』へと入っていくことに複雑そうな渋い顔をして、自己紹介の際にイレブンと名乗った少年は物珍しそうに周囲をきょろきょろ見ていた。

会計に立てかけられていたメニューを開き、つまみ類や色とりどりのパフェの写真に「わ、きれいな絵……」と目を輝かせる。

写真を見て、『絵』とは一体。

 

それ以外の二人――一条要とノーリはというと、お互いをにらむように観察することに気を張っていて、とても場所に対して思いをはせるどころではなかった。

 

「今までは言いたくても言えなかったんだけどね、ボクの正体はアリスランドの周りにいた『化け物』の一匹だったんだ」

 

事情の説明は、そんな青天の霹靂から始まった。

 

「ノーリが、化け物?」

「化け物……というのは一条が言っていた、人を食らうという連中か?」

 

ノーリの隣りにはイレブンが、対面には要と諫早れんが座り、問い詰める二人と問われる二人に分かれる。

 

「そう、その化け物。

要くんがどう説明したかは知らないけど、化け物には自分が知らないものを捕食して、その情報を取り込んで分裂する性質があるんだよ。

 化け物の一匹が今は亡き人間を捕食して、その分裂作用によって生まれたのが、ボク。だから記憶らしい記憶もなかった」

 

嘘、ではない。

要にはそれが分かる。

だが、いきなり言われてそうだったのかと納得できるかは別だ。

 

「待って。ノーリ。いきなりノーリが化け物だとか、実は分裂するとか言われても、ついていけない」

 

ノーリはぽかんとした顔で首をかしげた。

 

「あれ? 要くんには『化け物』の取り込みに関しては説明したはずだけどなぁ。つい最近、アリスが分からないことを全部答えたじゃないか」

「何のことだ? 全く記憶にない」

 

そもそも、アリスは一度として質問に好きなだけ答えてくれたことなんか無い。

……待て。

おかしいのはそこだけではない。

ノーリは今、『要くんに説明した』と、まるで自分が説明したかのような言い回しを使わなかったか。

さっき、ノーリが『今のボクはノーリだけではない』と言ったのと、関係があるのか?

彼女はノーリ本人だ。断言できる。

呼吸音の色が同じなので、別人が化けていることは有り得ない。

(呼吸音で分かりましたなど発言すると、能力がばれるどころか変態だと誤解されかねないので口にできたものではないが)

では、ずっと感じている違和感はなんだろう。

要の代弁というわけではないだろうが、諫早れんも混乱していた。

 

「すまない。アリスというのは、一条たちに追放選挙などという最低のゲームをやらせようとした犯人だという、そのアリスのことか?」

「やらせようとした? ……君は諫早れんちゃんだっけ。おかしなことを言うなぁ。追放選挙は、もう終わったんだよ?」

 

要が9人を追放して、残った3人のうち要だけがアリスとの賭けに負けて自滅したから、苺恋とノーリの2人が残って、選抜は終了になるだろう。

たしかに選挙は終わっている。要の記憶と、矛盾するところはない。

だが、れんに嘘をついてしまった以上、『選挙の説明がされる前日の時点から来ました』というストーリーを通す必要がある。

 

「何を言ってる? 俺の記憶が確かなら、選挙はまだ始まっていなかったはずだ。

 十二人全員で話し合った後アリスに割り込まれて、そのまま就寝したのを覚えている」

「え」

 

今度は、ノーリが置き去りにされたような反応をする番だった。

ノーリの顔で呆けたような顔をされたことに罪悪感が無いでもないが、要だってまさか『ノーリが知性を得た上で参加してくる』など完全に予想の埒外だった。

 

本当にそれだけしか覚えていないのか、例えばアレは覚えていないのか、と問われ、それを肯定するような遣り取りがしばらく続く。

れんも、一条から同じ説明を受けたと語ってくれた。

人類がもう滅んでしまったなどあり得ない話だったが、少なくとも一条の発言は一貫している、とも。

 

「分かった……要くんは、ボクよりも過去から来た要くんで、選挙の説明前日までのことしか知らない要くんだってことでいいよ、もう。

はぁ……悩みの種が増えて頭が痛いってこういう感覚かも」

「ごめん、ノーリ。選挙はもう終わってると言われても意味が分からない……いや、それ以前に。

俺の、この食い違いは選挙の時のような記憶操作の類じゃないのか?

あるはずの記憶が欠落しているなら、過去からやって来たなんて言い出すよりも先に、俺の記憶に問題がある可能性を疑うべきじゃないのか?」

 

実際は記憶操作ですらない嘘なのだが、ノーリへの質問という形で発言した為に嘘の赤色は混じらなかった。

 

「ここに諫早れんちゃんやイレブンくんがいなかったら、ボクもそう考えたところだったんだけどね」

「私が?」

「れんちゃんって呼べばいいのかな? さっき、人類が滅んでないって言ったよね」

「ああ、事実だ」

 

いきなり質問の矛先を向けられ、れんは動揺しながらも背筋を伸ばす。

 

「今は西暦の何年か言ってみてくれる?」

「質問の意図が分からないけど……」

 

れんの返答した時代に、ノーリはしみじみと頷いた。

 

「うん、これではっきりした。もうこれ、ボクの知ってる事を一から話しちゃった方が早いかな。

 えっと、荒唐無稽に聞こえるかもしれないけど、落ち着いて聞いてね」

 

はぁ、と地面を見下ろしながら大げさにため息をついてみせる仕草。

誰であろうと『ちゃん』付け、『くん』付けで呼ぶ口調。

ノーリに感じていた違和感は、だんだん『まさか』という形をとってきた。

嫌な予感が、胸にわだかまっていく。

 

「今から、追放選挙が開かれることになった世界の秘密について話すよ。

 でも、『なんでノーリがそんな裏事情を知ってるんだ』って思われるかもしれないから、先に明かしておくね」

 

こういう、いちいち遠回りをするような話し方をする存在を、一条要は知っている。

それは、参加者名簿にも載っていないはずの存在だった。

 

 

気づいた。

やめてくれ、と思った。

 

「ボクは、このゲームに拉致される直前にアリスを捕食することによって、アリスの知識もそのままノーリの中に取り込んだ存在なんだよ。

君たちと会話しているこの人格は、ノーリとしての部分だけどね。

 

一拍おいて、その意味を飲み込んだ。

今のノーリが、ノーリとアリスの融合体であるという荒唐無稽な話は、嘘ではない。

今のノーリの人格が、ノーリにあるという部分が、嘘。

この二つを合わせると、目の前の少女について言えることは一つだ。

 

それはつまり――ノーリとアリスは融合し、主人格はノーリではなくアリスである。

ノーリは、アリスに乗っ取られてしまった。

 

「アリスっ――」

 

激昂。

 

頭に血がのぼり、立ち上がる。

 

「お前が、なんでノーリに……っ!!」

 

いけしゃあしゃあと『ボクはノーリだ』と嘘をつくその肩を掴み、ふざけるなと問い詰めようとして、

 

「待って」

 

ノーリの前に、遮るように右腕が降ろされた。

いつの間にかノーリの左隣に座っていた少年が立ち上がり、要の手を停止させるように腕を斜めに降ろしている。

 

「えっと、カナメさんがノーリちゃんを心配したり混乱するのも分かります。

ただ、怒るのは話を最後まで聞いた後でもできると思うんです」

 

だから、最初に話を聞くだけききませんか、と説得するその声に、悪意や欺瞞の色は無かった。

明らかな嘘以外は正否の付きにくい要の能力でも、それぐらいは感じとれる。

 

「あ……」

 

ノーリに眼を向ければ、べつだん動揺するでもない無表情と眼があった。

れんも虚を突かれたような顔で、発言をはさむことができずにいる。

さっきの追放選挙とアリスの悪事に対する激しい怒りをそのまま持ち込んでいれば、ノーリがアリスを名乗った時点で声を荒げてもおかしくなかったはずだが、それをするタイミングも失ったらしい。

 

自分をのぞいた三人の動きがとまっているのを見て、どうにか冷静さが戻ってくる。

 

そう、まずは話を聞いてからでなければ、情報が足りなすぎる。

たとえ場の主導権を握られようとも、今は聞き役に徹するしかない。

 

そもそも、早まった行動を起こすのは非常にまずかった。

たとえ肩を荒々しくつかんだだけでも、それが暴力のように見えてしまえば『他のプレイヤーに危害を加えない』という解除条件に抵触する。

 

「すいません、動揺しました」

 

ひとまずノーリではなくイレブンに頭を下げ、要はいまいちどノーリの話に耳を傾けた。

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