バトル・ロワイアル The Rebellious Memory   作:原罪

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夢を知った心と闇に咲いた心/ノーリ、イレブン、一条要、諫早れん(ヤヌ)

追放選挙の開催目的。

要たちが、れんの時代からおよそ100年は先の時代を生きる人間であり、記憶操作によって二十一世紀初頭の生活をしていたかのように錯覚していたこと。

その時代では真実として世界が滅んでおり、アリスは生き残った人類を連れてアリスランドに避難した、正真正銘の管理者であること。

よってアリスは、このゲームには異なる時代、もしくは異なる星で異なる世界を生きる人類が選抜されたという仮説を立てており、『れんと要とノーリは、それぞれ呼び出された時点が違う』と考えるべきであること。

2人しか生き残れないというゲームのルールは、アリスランドの残ったリソースが事実その人数分だけしかないためであり、殺し合いゲームという手段の是非はともかく、命を弄ぼうという悪意は毛頭なかったこと。

そして遠くない未来において、アリスは『アリスランドを宇宙船として復旧し、他の人類が生き残っている可能性に懸けて母星に帰る』という手段で全員を救おうとしていたこと。

要にとってはあずかり知らぬ未来であるが、12人の全員がそれに同意したこと。

 

そして何より、『追放選挙』は全て12人が眠る救命ポッドの中で見せられていた仮想空間での出来事であり、これまでにも何千回と試行されていた、『実際には死人の出ていないゲーム』だったこと。

 

「少し、整理させてくれ」

 

話し終えたノーリにそうことわって、時間をつくる。

 

一条要には、嘘が分かる。

また、それがファヴの時のように『色が見えない』状態ではなく、色が見えた上で嘘が見いだせない状態であるため、自分の眼が正常に働いていることも分かる。

 

まず、これまでの事は全て茶番だったのかと怒りを覚えた。

しかし、眼前のアリスもといノーリに対してまた乱暴に振る舞うわけにもいかず、ひとまずは怒りをおさえこんだ。

次に、『自分がそう遠くない未来にアリスを仲間として受け入れ、全員での帰還に賛成した』ということが信じられなかった。

9人目を追放した時点で復讐のことはすでに過去になっていたから、ゲームが中断されたことで復讐を諦めたというのはまだ納得できる。

(もっとも、今回の殺し合いで仮に出会ってしまえば始末する事は変わらないが)

しかし、アリスと上手く折り合いを付けられるほどに自分がアリスの理解者となる未来が来るというのが、嘘ではないと分かっていてもやはり実感できない。

一条要にとってのアリスは、人の心が分からないままに選挙のゲームを楽しんでいる愉悦まじりの人でなしにしか見えなかった。

今ではなるべく全員での生還を願っている。

君たちの味方だ。

そう説かれても、自分の能力がなければまず信じなかっただろう。

 

だが『嘘ではない』という事実がある以上、それを飲み込んで考えるしかない。

 

アリスもといノーリは、要が選挙の開始前からこの世界に来たという嘘を信じた。

ノーリの方針は、選挙に参加したメンバーをなるべく多く生かしたままアリスランドに帰ること。

そして、それを一条要にも協力してほしい。

 

(あの時の、選挙開始前の俺にそんな事ができるわけがないって、分かってるくせに……)

 

アリスランドにいた存在のなかで、アリスだけが、その時点で一条要が復讐を狙っていることを知っている。

しかし現在のノーリは、そのことをおくびにも出さない。

何故か。

おそらく、一条要が、諫早れんという第三者を相手に、友好関係を築いていたからだ。

知り合いのほとんどに対して皆殺しを企んでいることを、おいそれと初対面の諫早れんに打ち明けているわけがない。

つまり『諫早れんに、一条要の目的が復讐だとばれる』ことは要のウイークポイントだ。

『やろうと思えば、要に対する他参加者の信頼を落とせる』ことを利用して、駆け引きを有利に勧めようとしている。

 

「一ついいだろうか」とその諫早れんが口を開いた。

 

「その、君がアリスしか知らないことを色々と知っている、裏側の人間だというのは分かった。

 しかし、こういう言い方はしたくないけど、君の話が真実だという確信が私には持てない」

 

れんはまず、ノーリの荒唐無稽な物語を疑ってかかるところから始めた。

なぜなら彼女は、要と違って嘘をついていないと分からないから。

だが、ここで『ノーリの言った事のうちどこまでが本当なのか』という点をいつまでも議論しても時間の無駄になるだけだ。

仕方なくノーリを擁護する側にまわった。

 

「もし主人格がノーリだというなら、おそらく嘘はついていませんよ。

長い付き合いではありませんが、嘘をつくような裏のある子には見えませんでした」

 

「その……この少女が間違いなく、ノーリ本人でもあると証明する方法はないのかな。

 いや、見た目はそうなんだろうけど、万が一にもノーリの双子の姉妹だった、なんて可能性はないのか?」

「では、俺とノーリしか知らないことを聞いてみます。ノーリ、君の名前の由来は?」

 

実際はアリスも命名した場にいたし、苺恋にも名前の由来は話していたのだが、そこは嘘でごまかす。

ノーリもれんからの信頼度を損なって良いことはないのだから、当然に話を合わせてくる。

 

「部屋に置いてたぬいぐるみについていた首輪のネームだね」

「……正解。これで証明できました。ぬいぐるみの名前の字は小さかったから、たとえ監視の目がついていてもそこまで把握できるものではありません。

間違いなく、この子はノーリしか知らないことを知っているノーリ本人です」

「そうか。ほかでもない一条がそう言うなら、信じるしかないな」

 

れんは話を飲み込むのには戸惑ったものの、『アリスが混ざったノーリ』に対してはかなり穏やかに接している。

先ほど、あれだけアリスに向けていた義憤を転化する素振りはまったくない。

たとえ必要にかられてのことで、仮想空間のことだったとはいえ、『十二人のうち十人を蹴落とすゲームを楽しく執り行っていた』というのは、善悪はともかく間違いなく悪趣味で愉快ではない話のはずだが、それをどうこう言うつもりはないらしかった。

ドリパクのように陰湿な悪党を想像していたところに、舌ったらずな子どもが現れたというギャップもあるのだろう。

 

おそらく、ノーリが『主人格はアリスではなくノーリである』という嘘をついた理由はこれが狙いだ。

過去のこととはいえ、『ヒトを喜んで追放するようなパーソナリティーの持ち主だった』ということを選挙に参加した全員に知られているアリスの名前を名乗れば、他の参加者からの信頼を得ることは難しいと計算しての嘘。

ずいぶんと小細工をしてくれる、と歯噛みしたい思いだった。

 

ここで、お前はノーリには見えない、ノーリの姿をした別の何かだと暴き立ててしまうこともできる。

しかし、二つの理由からそれはできない。

 

一つ目は、心はともかく体がノーリのモノだと言うのは嘘ではなかったから。

アリスの死が、そのままノーリの死も意味する以上、彼女の信頼を失わせてノーリを危険にさらすような真似はできない。

二つ目は、『そいつは嘘つきだ』とばらしてしまえば、間違いなくノーリも反撃として『要くんだって他の皆を殺したいと思ってるのに隠している』という要の秘密をばらしにかかることが予想できるからだ。

要も、ノーリも、保身のためにお互いに嘘をついているが、それゆえにお互いの行動を縛り合う結果になっている。

だからこそノーリは、要に対して『ボクと協力して脱出することに同意してほしい』という提案もできるのだろう。

 

「そういえば」

 

会話を打開するとっかかり欲しさに、要はこの場にいる第四の人物――イレブンという苗字を持たない少年に話しかけた。

この少年は、どこまで事情を知っているのだろう。

 

「イレブンさんも、同じ説明を受けているんですか?」

「あ、はい。確かに結果はともかく、ゲームで人の心を弄んだのは悪いと思いましたけど、今ノーリちゃんにとやかく言っても仕方ないかなって」

「じゃあ、ノーリに対する隔意はない?」

「もう、無いです」

 

この言い方では、やはりれんと同じ程度にしか教えられていない様子だ。

だが、念のために要について余計なことを言わなかったかも聞いておく。

 

「ちなみにこれは私事ですが、この子、俺のことは何か言ってましたか?

恥ずかしながら気になりまして」

「すっごく好意的に言ってましたよ。一番話を分かってくれて、人間らしくて、信頼できる人だって」

「え、本当ですか?」

「はい。今の要さんはまだノーリちゃんと付き合って間もないらしいから、信じてもらえないかもしれませんけど」

 

誉め言葉には、嘘がない。

それに、『信じてもらえないかもしれない』という発言に嘘がないということは、要に嘘を見抜く力があることも知られていないということだ。

 

「ちょっとイレブンくーん。そのまんま言うのやめてよ。照れるじゃない」

 

ノーリが、機械のアリスだった時も浮かべていたにっこり笑顔で、イレブンの身体をぺしぺしと横から叩いた。

アリスが自分のことをそんなに持ち上げて褒め称えるわけがない。

おそらく要が『大切な仲間ですから』と言ったようにいくらでも嘘をついたのだろう。

『要に世話されていたノーリ』の皮をかぶるために。

傍目には、なごやかな光景だった。

イレブンのすぐ隣、ソファに立てかけるようにして支給品の細剣がいつでも手に取って振るえるよう備えられていることを除けば、だが。

そんな備えを当然のような所作で行っていた彼もまた要にとって未知の人物であることは間違いない。

後でしっかりと情報を得ておく必要はあったが、ひとまず自分のことが悪く伝わってはいないらしいことに安堵する。

 

「そうだな。確かに君はノーリだ。慣れるのは難しいかもしれないけど、そういう風に接するよ」

「ふふ。分かってくれて嬉しいなぁ」

 

気持ちとしては認めたくないが、扱いとしてはノーリとして接するしかない。

もっとも、ノーリは要が嘘を見抜けることを知っている。

よって、要には嘘がばれていることを、ノーリも知ったまま小芝居に乗っているといったところか。

 

そんな風に推測しながら、要はあくまで穏やかな声のまま、続ける。

 

「ただ、俺はノーリの保護者になっているからこの程度の動揺で納得しているけど、同じ説明で俺以外の皆が納得するかは心配だな。

もしも、他の5人まで俺みたいに半端な時期から来ている状態だったら、『選挙をやるといったけど、アレは無しです』なんていきなり言われることになる。いきなり気持ちを切り替えられるものじゃない」

 

ノーリの中身であるアリスなら、これで『俺は納得していないぞ』『いきなり復讐から協力へと切り替えられるわけがないだろう』という裏の意味は伝わる。

また、遠回しに『復讐すべき他の候補者たちもここにいのに、俺が協力すると思っているのか』と牽制する意味もある。

 

選挙の説明前日の要は、どんなペナルティを負ってでも選挙で他の参加者を殺しきるとアリスに表明した直後だった。

……であるならば、こんな風に『選挙で復讐の機会が得られるという話は嘘だったのか』とアリスに怒ってみせるのが、あるべき姿だ。

いや、今でも苛立ちはするのだが、その怒りはいっそう激しいという風に見せるべきだ。

よって、ここはその怒りを利用して圧力をかける。

そして、さらに言う。

 

「ただ、少なくとも苺恋なら大丈夫だな。

苺恋はああ見えて疑り深いところはあるけど、俺が言う事なら受け入れてくれるから」

「確かに、苺恋ちゃんに関しては要くんの協力が必要不可欠だよね」

 

案に『苺恋は要がいなければコントロールできない』ことを強調して、協力を乞わねばならないのはむしろお前の方だということをほのめかす。

『なるべく多くを助ける為に要に協力させる』のではなく『要と苺恋(とノーリの身体)を優先して助けるよう妥協する』ところまで持っていければしめたもの。

そこまでいかずとも『殺意をばらされたくないことをネタにすれば俺をコントロールできると思うなよ』という睨みを利かせられるだけでも効果はある。

 

確かにノーリによって『復讐心を抱えた上でゲームに参加した』ことを暴露されてしまったら痛いが、いざとなればこちらから『実は下心があったんです』と自白し、改心した演技をするという手も使う覚悟はある。

多少なりとも周囲からの信頼度は落ちるだろうが、同行者から追放されるほどではないだろう。

それと引き換えに、こちらはほとぼりが冷めたのを見て思う存分に『ノーリは実はアリスではないのか』『アリスはやはり何かを企んでいるのでは』という引きずり落としを行うことができる。

 

うーん、とノーリは口元に指をあてて考えるそぶりを見せた。

機械のときにもよくしていた仕草だった。

 

「確かに、そこは困った問題だよね。

ボクに思うところはあるだろうけど、今は棚あげにして皆での脱出に協力してほしい……っていうのは理想論かな。

少なくとも、終わったら皆が満足するだけの答えは返すことは約束できるよ。一度は和解できたからね。

それに、単独で動いたっていずれ行き詰まるだろうからそこをアピールするかな。

ボクだって、苺花ちゃんと要くんと三人で生きて帰ることは大事だし。二人以上での生還優先なのは要くんも同じでしょう?」

 

『要くんも』の部分に、イントネーションが強くおかれていた。

つまり、真の意味はこうだ。

 

『復讐したいと思うところはあるだろうけど、今は棚上げにして仇たちと脱出することを妥協してほしい。

終わったら必ず復讐に関する問いには答えられるだけのものを提示する。

それに、下手に復讐を優先してひとり暴挙に走れば、苺恋ちゃんやノーリの身体が無事なまま生還できる確率が低くなる。

要くんだって、復讐と、苺恋ちゃんたちの安全なら、後者が大事なのは同じでしょう?』

 

しかも腹立たしいことに、それは要にとってかなり痛いところをついていた。

どんな時期から殺し合いを命じられようとも、復讐のために苺恋やノーリを見捨てることだけはできない。

できれば三人、最低でも苺恋とノーリの二人を生還させたければ、『殺し合いの優勝』では枠が足りない。

優勝によって願いが叶うならば、苺恋を優勝させて、ノーリを蘇生させるか?

いや、たとえ本当に蘇生という願いが叶うとしても、苺恋ならば要とノーリのどちらかが生き返る機会を与えられたときに、自分ではなくノーリを選んでくれる保証がない。

それに『一人になるまで殺し合え』というルール上、参加者の誰かを生き返らせて二人で生還したい、が通じるかは微妙だ。

まずは『本当に何でも願いがかなえられるのか』が確かめられなければ――

 

「まぁ、皆への説得はある程度出たとこ勝負になるしかないと思うよ。

 要くんはまだ知らないだろうけど、実は割と会話が成立しないタイプもいるしね」

 

ノーリがそこで話題を打ち切り、「ところで」と矛先を変えた。

 

「要くんには、先にボクの首輪の条件を教えておくよ。

 いちおうボクの保護者みたいなものだしね」

 

願ってもない情報。

しかし、罠だという予感しかしない。

スマホをディパックから探り出しながら、案の定、問い掛けてきた。

 

「そういえば、要くんの条件はなんだったの?」

 

信頼関係のある保護者と被保護者というやり取りを演じていたために、れんが気軽に答えてしまう。

 

「ああ。一条の首輪解除条件は、第四回放送までの生存だったな?」

「ふーん。そうなんだ。

ボクの条件はちょっと長い上にフクザツでね。スマホで読んでもらった方が早いかな。

れんちゃんにも一緒に見て、心当たりがあれば教えてほしいんだよ。

 その間に、ボクは要くんのスマホでも見てるからさ。

 いちおう、スマホの機能とかは参加者一律で同じ仕様なのかも確認しておきたいし、取り換えっこで見てみたいんだ」

 

いかにも遊びを提案する、無邪気な子どものようにそう言った。

 

最も痛いところを突かれた、と表情がひきつる。

 

実のところ、最初に出会った諫早れんに対して解除条件を偽ったのは、ある種の『賭け』だった。

相手が要に対して油断しておらず、「じゃあ念のためにスマホを見せて証明してください」と口にしただけで本当の条件がばれてしまう、それはおせじにも出来がいいとは言えない偽装申告だ。

しかし、それが『いっさい反撃もしてはならない』という重い条件であれば、たとえあの場でれんがスマホの提示を求めてきたとしても、『弱みを知られるのが怖かったんです』と言い訳して謝れば、『無理もない』と許されると踏んだ。

そして、スマホの提示まで求められずに、そのままれんを信じ込ませることができれば、『既にれんが信用している』という事実でもって、第二第三の遭遇者に対しても解除条件をごまかせると、計算していたのに。

 

まさか、一条要のそういう手口をよく知っているアリスという存在が、ノーリの名前を借りてスマホの提示を求めてくるなんて、予想できるわけがなかった。

仮に、れんとの信頼構築が完了した今さらになってから条件を偽っていたことが分かれば、殺意を隠していたことが露見するのとダブルパンチで信頼の回復は一気に難しくなるだろう。

 

「わかったよ」

 

断ることもできそうになかった。

要のスマホを見たがる理由としてもっともらしいことを言っている以上、見せることを渋るのは怪しまれるだけにしかならない。

 

交換で要のスマホを受け取ったノーリが、画面を操作して「なるほどねー」と意味深に頷いた。

驚いたそぶりを見せない。

つまり、ここでれんに「要くんは条件で嘘をついてるよ」とばらすつもりはないのだろう。

暗澹たる思いだったが、同時にここでいきなり暴露されないことを安堵してしまってもいた。

おそらくノーリは、『いっさい反撃してはならない』という重い条件を弱みとして、自分を完全にコントロールしにかかるつもりなのだろう。

 

どうすればいい、どう打開策をうてばいい、とノーリの解除画面を表示させながらも、そればかりを考える。

 

だが、真に『やられた』と思ったのは、その数秒後だった。

 

 

 

「ほら、イレブン君も覚えておいてね。この中だと君が最大戦力でもあるんだから」

 

 

 

そういいながら、ノーリが隣に座るイレブンへと、スマホを見せたのだ。

子どもだからこそ『不用心だぞ』とは怒られずに許される、そんな無邪気な素振りで。

なっ……。

そんな絶句が声音に現れないよう、要はどうにか自分を押しとどめた。

 

イレブンは画面に書かれていた文章を目で追いかけ、その目を丸くする。

そして次の瞬間、はっきり隣席へと視線をうつしてノーリと『目くばせ』を交わし合った。

ノーリはそれに対して頷いてみせる。

その上、れんの視線が要の手元にあるノーリの解除条件を読むことに向いているのを利用して、『黙っていて』を示す『しーっ』という仕草を人差し指でつくってみせた。

 

そんな一連の光景が、要の見ている前で演じられた。

 

まるで、『ノーリに合わせる』という連携が、あらかじめできているかのように。

まるで、『要がこういうことをするかもしれない』可能性を、あらかじめ覚悟させていたかのように。

 

やられた、という感想が頭をグローブ付きで殴ったかのような痛恨の一撃を響かせた。

どうしてという疑問が、胃の腐にずしんと落ちた。

 

さきほど、イレブンは『ノーリに対する隔意はない』『ノーリから要はいい人だと教わった』という言葉を、真実で答えた。

だからこそ、『ノーリのアリスとしての本性には触れていない』『詳しい事情を聞かされないままノーリを保護していた』と思い込んだ。

いったいどうやって、ノーリはこの見るからに善良そうな人間に、『一条要は危険な思想の持主だが、それを飲み込んで自分に話を合わせてほしい』ということをありのまま伝え、納得させたのか。

2人の間に、どんな遣り取りがあったのか。

それが理解できない状況の不気味さもさることながら、『イレブンはおそらく最大戦力である』という発言まできっちりくっついてきたのが厄介だった。

これで、『諫早れんを一刻も早く始末されるよう仕向け、『みんな大切な仲間ですから』という嘘をついた相手がまだ1人しかいないうちに自分を信頼する味方を作り直す』という緊急手段が難しくなった。

ノーリの方がすでに『集団』として意思統一している以上、有利不利の差は明らかだ。

 

「なるほど。ノーリの条件の中に俺が知ってる名前はないから助けにはなれないな。

ただ、他にできることがあれば【いくらでも協力するよ】」

 

本意では無いながらも、ここはノーリに迎合し、協力するという立場表明を出す。

表面上は、ノーリと組んで脱出のために動いている振りをする。

今ここで取れる行動が、その一択に絞られた。

 

「そっかぁ。気持ちは嬉しいよ。

れんちゃんはどう? ボクの条件の中に、心当たりのある名前はいるかな?」

「いや、どの名前にも覚えがないな。申し訳ない」

「……わかったよ。そこまで期待はしてなかったけど、残念」

 

苺恋やノーリを生還させるという利害は一致しているとはいえ、完全に主導権を持っていかれたのは悔しい。

要がそんな鬱屈を制御しようと心を砕いていたときだった。

諫早れんが、ノーリへと問いかけた。

 

「そういえば、一条たちの話がひと段落したなら、私からもいいかな」

「どうしたの、れんちゃん?」

「さっきの『呼ばれた時代が違う』という議論に関係あるかもしれないから、先に話しておきたかったんだ。私のことで」

 

『私のこと』と付け加えたおかげで、何についての話かは察しがついた。

 

「実は参加者名簿に書かれている私の知り合いは……4人いるんだが、全員がすでに亡くなっている人間なんだ」

 

対面にいた二人の顔に、ぴくりと緊張が走った。

 

「最初は、嫌がらせでここにいない人間の名前が書かれた可能性も疑った。

けど、さっきの君の話を聞いて、思いついてしまったんだ。

私の知り合いは、『命を落とす前の時』からここに連れてこられたのではないかと」

 

それは、これまで判断材料が少なすぎて議論できなかった、タブーの話題。

当然、ノーリの話を飲み込んでしまえば、発想も変わる。

希望を持ってしまう。

 

「可能性としては、全く有り得ないとは言い切れないね。

 こういう言い方は失礼だけど、仮に要君のいた地球とれんちゃんのいた地球が違う時代の同じ世界だった場合、要君やボクから見たれんちゃんだって、『もうボクたちの時代にはいない人間』に該当してしまうから」

「確かにそうだな……済まない。必要な事務連絡だと思って伝えたのだが、『そうであってほしい』という私の願望が口をついただけになってしまった。

 生きているなら、もしかすると一緒に脱出することも――」

「ストップ。れんちゃん、それ以上はやめよう」

 

また再会できるかもしれない、という希望だけではない。

もしも、この殺し合いを脱出する時に、彼女たちも同じところに帰ることができるなら、仲間が死ぬ運命を回避できるのではないかという希望だ。

一度、殺し合いゲームによって仲間を失った諫早れんならば、おそらくその可能性まで想像してしまっているはずだ。

 

「確かにボクは、違う時間から連れてこられた人が大勢いる前提で考えてる。

 でも、だからって『死んだ人を違う時間から連れてきて取り戻せる』ってところまで飛躍するのはまずいよ。

『違う時間から人を連れてくる』技術が帰る時にも適用できるのか、ボクらにも扱える技術なのか、そもそも連れ帰っても問題はないのか、色んな保証がどこにもないんだから。

 もし『ここで死なせても過去から連れてくればいいんだ!』なんて短絡的に考える人が出てきたら困るでしょ?

 死んじゃったら取返しが付かない前提で行動した方がいいよ」

「ノーリ、それはさすがに諫早さんに言いすぎだ」

 

静かな声音で叱ると、ノーリは殊勝にもしゅんとして見せた。

 

「……うん、そうだったね要くん。

 ごめん、ボクにだって取り戻したい人はいないわけじゃないんだ。

 だからこそ、下手に考えるのは危ないって思っちゃったんだよ」

「いや、別に私は気にしてないよ」

「ありがとう。イレブン君も、なるべくそこは話題に出さないようにしてね」

 

同意を求めるように、隣の少年を振り仰いだ。

少年は、頷いて同意する。

 

「……そうだね。ボクもそんなことが叶うなんて話は聞いたことないから」

 

その反応に、『赤色』によって違和感を見いだせたのは要だけだった。

素直に首を縦にふった少年の顔は、無表情に繕われていたから。

 

(今、おかしかったよな……?)

 

その会話に驚かされたところは、二つあった。

 

一つは、イレブンのついた嘘。

諫早れんのように、死んだ者の名前が名簿に載っているだけならば『そんなことが叶うなんて話を聞いたことが無い』という発言まで嘘にはならない。

つまりイレブンは、より具体的に『時間軸の移動によって死者を取り戻した実話』を聞いたことがある、ということ。

そして、ノーリの方は『保証がどこにもない』という言葉が赤くならなかったから、その話はノーリには伝えていないのだろう。

それはまさに、一条要が知りたいと思っていたことでもあった。

 

そしてもう一つは、ノーリが嘘をつかなかったこと。

ノーリにも生き返らせたい人がいる、という言葉が嘘ではなかった。

 

誰のことだ、と首をかしげた。

追放選挙に参加した者は皆死んでいないのだから、心当たりがない。

 

しかしすぐに、一人しかいないと気付いた。

ノーリとアリスがしっかりと記憶している人間の個人は、二人合わせてもそう多くないのだから。

 

追放選挙に参加するはずだった、十三人目。

繰り返しの選挙ゲームが正式に開始する直前に、化け物に殺された少女。

 

――一条未彩。

 

そう、『ノーリによく似ている』妹。

 

(似ている?)

 

閃きが、思考回路の中を駆け抜けた。

その閃きは、ノーリの声を伴っていた。

 

それは、ついさっき聞いた、『嘘ではない』言葉だった。

 

『化け物には自分が知らないものを捕食して、その情報を取り込んで分裂する性質があるんだよ。』

 

(確か、ノーリは、あの時――――)

 

閃きが生み出されてから、考えが組みあがるのは一瞬にも満たなかった。

 

「あ…………」

 

そして、要の頭に、確信が落ちる。

白昼の雷鳴のように、頭を真っ白に塗り替えるような鋭さをともなって。

 

だとすれば。

この、頭をよぎった考えが正しければ、ノーリは。

 

「――要くん?」

 

その何気ない会話によって。

一条要の世界は、塗り替えられた。

 

 

 

 

体感時間を巻き戻し、アリスはイレブンと出会った時のことを回想する。

その時のことを思い出すのは愉快ではなかったが、思い出さずにはいられなかった。

 

出会いがしらに不審がられたのは、少年の経験則らしかった。

すぐにノーリの血の匂いを嗅ぎつけたのは、それが飛び散るような現場におそらく何度も身を置いた経験があったから。

機械として食べられる側だった時は当然に血など流さなかったために、アリスにとってそれは盲点となる指摘だった。

慌てて「さっき遺体を見つけ、しばらく茫然としていたから」と言い訳したけれど、続く問いかけとしてそれはどこにあったのかと聞かれる。

さすがに『ボクが完食したからもうありません』とは言えず、遺体を見てびっくりして離れたからよく覚えていないとごまかすしかなかった。

 

アリスには、たしかに人間の情動を理解できていない自覚がある。

天王寺彩夏の遺体を食らう時も、これといって人間を食らうことによる嫌悪感も良心のとがめもなかった。

しかし、『あの』忍頂寺一政を5000回以上におよぶ選挙で観察してきた以上、人間の肉を食らうという行為が一般的には受け付けられない行為だと、いやというほど学習している。

よって、情報収集のために遺体を食したことは伏せた方がいいと判断した。

 

遺体がどんな人だったかと聞かれて金髪を二つ結びにした女の子だったと答えれば、少年は拳をぎゅっと握って小さく震える反応を見せたけれど、たぶんあの髪色は染めてたんじゃないかなと付け加えると、首を左右にぶるんぶるんと振る反応をした。

嫌な予想が外れいてたことに安堵した自分自身を、反省しているような仕草だった。

『恐れていたことは起こらなかったはずなのに、それを喜ばない』というその反応はかなり非論理的で面白かったのだが、それ以上近寄って観察することはできなかった。

 

なぜなのか、相変わらず威圧感があった。

肌が粟立つというのか、びりびりとした緊張感が火傷のように肌を刺し、『今すぐ逃げだしたい』という思考を抱かせる。

空気に有毒物質が含まれているというより、その逆にきれいすぎて息が詰まるという感覚。

発汗が、どっと発生していた。

視界にこきざみなぶれが起こり、それでやっと膝が震えていることに気付いた。

 

君、何かしてる?

 

そう尋ねようとしたが、少年に切り出される方が早かった。

 

「君、人間じゃないよね?」

 

空色の瞳と、静かな眼差しを向けながら、根本的な質問を。

 

「どうしてそう思ったのかな?」

 

急にわいてきた逃走欲求と、関係があるのだろうか。

アリスに原因の心当たりがないのは、少年にも予想外であったらしい。

穏やかながらも凛としていた少年の表情が、徐々に戸惑ったように変わってきた。

 

「えっと。さっきまで町の外を歩いてたから、その時に呪文を使ってた。

今回は他のことに時間を取られたくなかったから。

危ない気配はなかったけど、ロトゼタシアでこんな場所見なかったし、エンカウントするようだったら困ると思って。

そしたら、君みたいに小さな子に効くとは思わなかったから」

「効く? 何が?」

 

相手に対して、まさか気付いてないのだろうかと遠慮したように間をおいて、その答えを。

 

 

 

「……トへロスを」

 

 

 

 

とへろす。

 

 

 

少年の説明を要約すると、それは低級魔物(モンスター)が近づけないようにする、いわば虫よけスプレー。

なるほど、確かにアリスの肉体のベースになっているのはノーリだ。化け物だ。

いくら人間の情報を取り込んで人間の姿になったとはいえ、間違いなくノーリ(アリス)は肉体的には人間ではなく、それを捕食する化け物よりなのだ。

完全に人間というなら、そもそも首輪ごと人間を完食するなんて芸当ができるわけもないのだから。

理論的にはおかしくない。理解はできた。が。

 

「というか、今思うと、参加者同士の殺し合いだって言われてたのに冒険感覚で野生のモンスターを警戒してたこっちにも非はあったと思う。ごめんね?」

「いや、呪文? ……を使われたことが嫌だったんじゃなくてね。

 ボクが勝手にボクの自意識のせいで傷ついたとゆーか……」

 

理解はできたが、『モンスター判定が入った』という事実は、限りなく人間に近づいたAIであるという自負を持っていたアリスに対していささかならぬアイデンティティへのダメージを与えた。

 

「あ、でも逃げずに踏みとどまれてたんだから、きっと効きにくい方だったんだと思うよ?」

「いや、気をつかってくれたところ悪いけど、そこはもっと警戒していいんじゃないかな?

結果的に人間じゃないって分かったんだからさぁ」

「そうなんだろうけど。あれだけ『ガーン』ってされると面食らって……」

 

困惑したように頬を指でかく少年を横目に、アリスはふくらませた頬をテーブルの上にのせて、ぴかぴかのテーブルに映り込んだ自分の表情を見た。

確かに『ガーン』という顔をしていた。

オフィスビルの1階から張り出すように作られた喫茶店の屋外テラスにそろって腰掛け、アリスは少年にもろもろを打ち明ける運びになった。

さすがに人間でないことがばれた以上は、説明しないとかえって無用な敵対を招く。

 

「つまり、もともと君はマシン系の魔族みたいに、自分で考えて動くように作られた人形だった?」

「魔族の定義は知らないけど、理解の筋はそれで合ってるよ」

「それで、うちゅーせん? 故郷に帰る船を飛ばす為には、生活の維持にかかる荷物が多すぎて、全員を運ぶのはできなかった、だよね?」

「その通り。もともとは漂流先でずっと生きていくかどうかも含めての二択だったけどね。で、誰を降ろして誰を生かすかで、それはそれは長いこともめたってわけ。

 でも、もめてる時間ももったいない状況だったからさ。皆を眠らせて、『保護できるのは二人までだよ』っていう想定で、ゲームをやらせた。君がさっき顔をしかめたルールでね」

「仮想空間……っていうのは、皆に同じ夢を見せたってことだよね」

「そうそう。ゲームの内容はさっき言った通りだけど、最終的にはボクが自分から降りたよ。ボクの維持にかかるリソースを減らせば、ボク以外は助けられそうだったからね」

「でも、君は自分も助かる方法を考え付いた」

「そう。十二人の中で一人だけ化け物だった女の子に食べてもらって、その中に取り込まれた。そうすれば、ボクにかかるリソースを削減したまま、ボクの持つ知識を残せるからね。まだ皆に食べられたことは話してないけど」

「えっと、食べられることで食べた女の子に憑依したってこと?」

「たいたい正解。元の人格だったノーリちゃんは表に出てこないけどね。

 本来ならボクとノーリちゃんの二人に分裂する予定だったから、たぶんノーリちゃんはボクの奥で眠ってる状態だと思う」

「うーん……人間を乗っ取って操ってるならそのままにしておけないけど、そう言われると追い出すわけにもいかないなぁ……」

「そもそもボクにも分離の方法とか分からないから、考えても仕方ないんじゃない? そもそもこうなってるのはノーリちゃんも合意の上なんだし」

「そう言われると、そうだよね……」

 

眉根を寄せて「だめだめ、憑依にいい思い出が無いからってヘンケンはいけない……」と、よく分からないことをつぶやく人間の少年に対して、『読み切れない部分はあるけど善良なサンプルには間違いない』とアリスは結論づけた。

いきなり『魔物(モンスター)』という地球ではありえない存在をほのめかされた時は驚いたけれど、むしろ『違う時代、違う惑星から拉致された参加者もいる』という仮説の裏付けがとれたことは幸運だった。

話してみて、少年の理解の仕方がかなり独特というか、例えるなら『産業革命に相当する文明の発達を経験していない社会に育ったけど、ものすごく柔軟に受け入れて、理論ではなく要点をおさえるようにして理解している』とでも形容すべきありさまなのは面食らったが。

たとえば『人工知能』を『マシン系』と表現し、宇宙船を『空とぶ船』として受け入れ、『仮想空間』を『夢の世界』にあてはめて理解し、あまつさえ捕食による遺伝子情報の取りこみと記憶の焼き付けを『憑依』に近しいと見なしている。

いったい少年の生きていた世界ではどんな人類文明がはぐくまれているのか興味は出てきたが、今はそこを詳しく聞くよりも、話を進めることが優先だった。

 

「でさ、なんでイレブン君にここまで内情を打ち明けたかっていうと、お願いしたいことがあったんだよね」

「うん、ずいぶん色々と教えてくれるから何かあるのかなって正直思った」

「あら。裏があることは疑っていたんだ。なんだか意外」

「だって話の流れがクエスト依頼される時の前振りと似てたから…………あ」

 

イレブンが『クエスト』という自分の言葉にはっとしたような顔をして、そわそわと通り道の方へと視線を向ける。

まるで、何かの用事でも思い出したかのように。

 

「もしかして、先約でもあった?」

「実は、ここから北にあるデンシャの駅ってところで合流の約束をしてて。

まだ相手も到着してないだろうから時間に余裕はあるけど、行き先は変更しにくい、かな」

 

仮に『どこかに向かってほしい』という類の頼み事だったら、ちょっと困ったことになる、ということか。

アリスが頼もうとしていたことには影響しないものだったが、『駅に向かう』という予定そは悪くなかった。

もともと、アリスが徒歩で南下していたのは、天王寺彩夏を殺害した峯沢という人物に出くわしてしまうことを恐れたからだ。

それが、駅までの道のりに護衛がつくともなれば話は変わってくる。

 

「じゃあボクも、駅までは一緒に行くことにするよ」

「いいの? 合流したらそのまま北西に向かう予定だったから、別行動になるかもよ?」

「とりあえず駅までの連れができればそれでいいかな。交通の要所なら、君たち以外にも人が集まるかもしれないし」

「そっか、そこで同行者が増えれば分散もあり得るのか」

「うん。ボクも探してる子たちの情報が手に入ったらそっちに行きたいし」

「もしかして『お願い』は、その人たちを探してくださいってこと?」

「それも含んでるけど、少し違うかな」

 

ノーリはテーブルに腕をついて、対面者と顔を近づけるように前傾姿勢をとった。

協力を取り付けたいことは、二つあった。

そのうちの一つ目。

 

「一条要くんと、蓬茨苺恋ちゃん。この2人は、何があっても殺さないでほしいんだ」

「探してるのは6人だよね。全員を殺さないで、じゃなくて?」

 

伊純白秋。蓼宮カーシャ。絢雷雷神。忍頂寺一政。

除外した4人のことを思い浮かべながら、答える。

 

「他のみんなはちょっと癖があるというか事情が複雑でね。

下手に君がボクからの指示を受けて動いてるってことになれば、余計にこじれかねないんだよ」

 

そして、敢えて伝えないが最大の理由はそれではない。

仮に全員のことを『殺さずに止めて』という風にお願いした場合、『じゃあ暴力を使わずに止めるためにも、その人たちについて詳しく教えてほしい』と質問される可能性が出てくる。

会話の流れから、そこで説明を拒否することも難しい。

しかし他のメンバーは詳しく知れば知るほど助けがいのある人間だとは言い難い上に、説得する余地もあまりない。

特に忍頂寺一政は、殺し合いの最中に興味を惹かれる食事体験に出くわしてしまえば帰還を拒否することが眼に見えているし、蓼宮カーシャいたっては当人に生還する意思もないだろうに『あの子を生かしたまま連れ帰りたい』という前提で話をしても茶番になるだけだ。

 

「要くんならボクが皆を助けようとすることは理解してくれるだろうし、苺恋ちゃんは要くんの言う事には従ってくれるから、とりあえずこの二人に関しては問題ないかなって」

 

その点、要と苺恋ならばお互いのために暴走しかねない危うさはあるものの、『仮に何かやらかすとしたらお互いとノーリを守るためである』という動機も分かりやすいため、第三者に説明しやすい。

『化け物』の身体に『トへロス』が通用したということは、イレブンにはアリスランドの化け物を弱敵とみなせるほどの強者だ。

全員を助けてほしいという無茶な要求をだして『いいえ』を出されるより、説明しやすい2人について『はい』と言って貰えた方がメリットが大きいとアリスは判断した。

 

「じゃあ、カナメって人との間には信頼関係があるの?」

「というより、他の人たちからの信頼が微妙なんだよね。

 ボクの追放が決まった時に全員に謝ったり許してもらえたりはしたけど、こんな状況で頼ってもらえるほど信頼されてるかどうか見極める能力は、ボクには無いから」

「たしかに。殺し合いをしろって言われてる時に、前にも似たようなゲームをやらせようとしたヒトを信用するのは、普通なら難しいよね」

「うん。ここだけの話、ボクはこれから、皆に一つ嘘をつくことにしたんだ」

「嘘? 皆って、これから会う人に?」

「うん。『ボクとノーリちゃんは一つになったけど、人格はノーリちゃんの方が表に出てる』っていう嘘だよ」

 

嘘をつくのは、その一点だけ。

自分の主体は、アリス(デスゲームの元管理者)ではなくノーリ(無垢な少女)であるということ。

そして、これがお願いしたいことの二つ目。

嘘をつくことを、飲み込んでほしい。

 

「どうして?」

 

少年の眼つきがやや険しくなった。

自分の正体を隠すことで、しでかした事をうやむやにして保身を図ろうとする小細工のように聞こえたのだろう。

もちろん、下手に前回のゲームのことでいちいち騒がれたくないのも嘘ではなかったけれど、説明に要する時間を省きたいという実利の方が大きい。

 

「イレブンくんだって、さっきボクのことを『ノーリちゃんも合意の上での憑依じゃなかったら放っておけなかった』って言ってたよね。

お人よしっぽいイレブンくんでさえそうなんだから、皆がみんな、ボクが怪しい者じゃないって受け入れるのは難しいと思うんだ」

「う……」

 

イレブンに事情を打ち明けたことで、ありのまま話した場合にどういう反応が得られるのかのサンプルも見れた。

 

「ボクの知り合いだけの話じゃなくてね。中には化け物に取り込まれたって言われてもピンとこない人だっているだろうし、全員に理解を求めるのは、かえって酷じゃないかな」

 

追放選挙のゲームマスターだったアリス本人ではなく、その記憶と知識を継承した少女だと言えば、ひとまず『今回のデスゲームにもお前が関わっているんじゃないか』といった疑念をかわすことはできる。

でなければ、6人の中でも絢雷雷神や、それに似たタイプの疑い深い者なら、そういうことを言い出して揉めてしまうことは予想できる。

 

「うん、みんなが『ヒトを恨んじゃいけない』で済むわけじゃないのは、分かるよ」

 

あの追放選挙の中学生トリオのように正義感の強いタイプなら拒否してくるかと思ったが、イレブンはそれなら理解できるという風にうなずいた。

より納得が得られるよう、言葉を付け足した。

 

「騙すのがいけないことだっていうなら、ちゃんとゲームが終わった後に事情を説明して謝るからさ」

 

アリスとノーリが一体化しているという大枠では嘘をつかないので、『ノーリ(アリス)に向けられる風当たりが優しくなってくれる』というメリット以外に、変わることは何もない。

もともとノーリはほぼ喋らないし性格もつかめない少女だった上に、ノーリとアリスは記憶を共有しているため、ノーリはそんなこと言わないとボロが出る心配もなかった。

言葉遣いや仕草がアリスと似通っているのも『アリスの記憶から影響を受けたのだ』と言えばごまかせる。

 

「え、ちょっと待って。さっきの話だと、ノーリちゃんはカナメさんたちに面倒を見てもらってる子だったよね。

 それが別のヒトと入れ替わってる上に、ノーリちゃんの振りなんかしてたら、ばれた時によけい揉めるんじゃないの?」

「うん、だから要くんになら、別に最初からばれてもいいかなって」

 

さらりと答えれば、少年は「あれ」と首をかしげた。

さらさらとした長い髪が、首の動きにつられて揺れる。

 

「ボクの船の人たちの中で気付くとしたら要くんだろうし、化け物の性質については要くんにもほのめかしていたからね。

 謝って事情を話して、それでも信じてもらえなかったら、その時は仕方ないかな」

 

指摘されるまで、要にばれたらどうするんだという問題は考えていなかった。

しかし、仕方ないという言葉はするりと口から出てきた。

イレブンも、面食らったような顔をしていた。

 

「そんなに信頼している相手なのに、約束しなきゃ殺されるようなことをするかもしれないって思ってるの?」

 

当然の疑問だ。

『何があっても殺さないで』という頼みごとには、逆に言えば『殺さずにはおかないような何かをやらかすかもしれないが』という含みを前提にしている。

 

「信頼してる、という表現が適切かは分からないけど、ひいきにしてないと言ったら嘘になるかな。

要くんはボクのパートナーになってくれるかもしれない男だったんだ。……いや、バッサリふられちゃったけどね。

状況しだいで、ボクには理解できない行動基準で善人にも悪人にも転ぶ。そういう人間らしいところはとても好きだよ」

 

一条要という存在から、アリスは多くを学んだ。

基本的には善人であるはずなのに、大切な人が関わればどこまでも悪人になり、そして最後には憎しみを抱いているはずの追放者たちを全員生還させ、アリスを許した変わり者。

かけがえのない、しかし、どこにでもいるごく普通の人間である彼。

 

「苺恋ちゃんと二人とも、お互いを生き残らせるためなら無茶する傾向はあるんだけどね。

 ただ、ボクが不安視しているのは、万が一どちらかの死亡が伝わった時に、要くんがどうなるか全く読めないことかな?」

「読めない?」

「これはヒミツにしておくか迷ったんだけど、万が一ボクの不安が的中しちゃったときに、事情を把握してる人がいないと困ったことになるから、こっそり話しちゃうね」

 

ここだけの話だということを強調して、それだけの信用を置いていることをアピールする。

今のところアリスのお願いに対して否定的な様子ではないし、いっそ事情を深いところまで打ち明けた方がもう一押しになるだろう。

 

「要くんには、不都合な記憶を自分で改ざんしちゃうことがあるんだよ。

 無意識に、都合のいい様に認識を変えちゃうから、もしそうなったらボクにも読めないところがあるんだ」

「自分で自分の記憶を変える?」

 

また首をかしげられた。

イレブンのいた世界は地球ほど科学が発達していないようだし、彼の知る医学知識ではピンとこないかもしれない。

 

「えっと、君たちの一般家庭医学の水準は知らないから、分かりにくかったかもね。

 でも、頭打ったりトラウマになるものを見た拍子に、ショックとか心の自己防衛で記憶がとんじゃうとか、そういう話なら聞いたことない?」

「うん、それは知ってる」

「それそれ。その亜種で合ってる。で、過去に起こった要くんの記憶改ざんについて説明するとね、要くんはもともと両親を早くに失くしていて、妹の未彩ちゃんと二人暮らしだったんだよ。

 兄妹力を合わせて生計を営んでたってやつ? 幼なじみの苺恋ちゃん一家も援助していたようだけど」

 

他の人よりも苦労をしたという話は対象への『同情』を誘発する効果があるらしいので、ここでは具体的に話しておく。

 

「その未彩ちゃんが、あの惑星で最初に化け物たちに襲われて逃げてた時に、要くんが守ろうとするのも空しく牙で殺されちゃったんだ。

 要くんは未彩ちゃんを背中におぶっていたから、絶命の瞬間を見てはいなかったけどね」

「それは……」

 

少年の表情が、戸惑いから曇りへと変わる。

 

「ボクや他の9人もいる広場に苺恋ちゃんと逃げてきた時には、誰の目から見ても未彩ちゃんは亡くなっていたよ。

 でも、『大事な妹を死なせてしまった』という現実に要くんの心は耐えられなかったんだね。要くんは『妹がもう死んでる』という記憶を改ざんした。

 あの時はリアルタイムだったから記憶を改ざんしたというより認識を改ざんしたって言った方が正しいかな。

 要くんの目と耳にだけは、未彩ちゃんは重傷を負ったけど、まだ生きて喋っているように見えていたんだ」

 

その瞬間を想像したのか、イレブンの目線が下へと落ちていく。

 

「でも、その結果起こったことがさらに問題だった。

 その時はさらに化けものが広場まで押し寄せてきてね、何か、化け物のおとりになる餌を提示しないと他の人まで食べられてしまう、そんな状況だったんだ」

 

もっと言えば、『誰かを餌にして差し出させる』ことで『最終的には二人まで減らさねばならない』という現実を全員に飲み込ませる狙いもあったのだが、その狙いが無くとも誰かを犠牲にして切り抜ける必要はあった。

 

「もしかして」

「うん、ボクは未彩ちゃんの遺体を差し出すことを提案したし、要くんと苺恋ちゃんを除く他の9人もそれに賛成した。

 ボクらに対して保護責任遺棄致死とか追及の余地はあるかもしれないけど、全員にとってそれ以外の選択肢はなかったんだよ」

 

人間社会の倫理を重視する者であれば『遺体の扱いが正しくない』と意見が分かれるかもしれないが、『他に差し出すものはなかった』という弁解はさせてもらいたい。

 

「ただ、要くんにとってはそういう話じゃなかった。

 妹が生きていると認識齟齬を起こした要くんに、その光景は別のものに見えたんだよ。

『そこにいた全員が、まだ生きている妹を、一番重傷だからって生贄に差し出した』って」

「え……」

「そこからはもう大暴れ。本気で皆のことを妹の仇だと思い込んで、皆殺しにしてやるってドロドロだったよ。誤解を解くには、すごくすごく時間がかかったんだから」

「妹さんは亡くなってたことを、説明しても?」

「聞く耳持たずだったから、仮想空間――君が言うところの夢の世界での権限を使って忘れさせた。

まぁ、当時のボクは選挙が進行した方が都合が良かったから、途中からは敢えてどっちもしなくなったんだけどね」

「一つ質問」

「はいはい、イレブンくん」

「もしかして、ノーリちゃんってカナメさんの妹に似てたりする?」

「大正解。よく分かったね」

「うわぁ…………」

「まぁそれはさておき。

そういうことやっちゃった前例のある要くんが、だよ。このゲームの真っ最中に放送で苺恋ちゃんかノーリ(ボク)の名前が呼ばれるのを聞いちゃったらどうなるかな?

 あんまり考えたくないでしょ?」

「亡くなったことを絶対に認めないとか、二人を殺した犯人のことでまた誤解をするとか……」

「うん、どう転ぶか予想できない。事情を把握した上でかばってくれる人が欲しいのは、そういうこと」

「それは、君なりに妹さんを助けられなかった償い?」

「いいや。これはボクの私欲だよ。彼らを失いたくないんだ」

 

イレブンは一度、大きく息を吸ってから吐いた。

意識して体内の空気を入れ替えようとするかのように。

そして、切り出した。

 

「人を食べてでも?」

 

静かに問われ、まっすぐな視線に射止められた。

保護すべき幼い少女を見る目ではなく、人ならざる者に対して真贋をはかる眼だった。

 

いけない、と背筋をのばす。

魔物が恒常的に人間を襲っている世界の人間に対して、ノーリに人を捕食する性質があることを明かしてしまったのは痛かった。

見つけた遺体について語ることをあからさまにうろたえたからには、『食べた』可能性を想像することは難しくない。

 

「別に、一度でも人間を食べたからには生かしておけないとは思わないよ。

 メダル女学院とか、他の街でも人間に拾われて魔が落ちたモンスターの例はあったし。

でも、そのせいで悲しむ人もいることを知ってるかどうかは大事だと思ってる」

 

それが立ち位置の表明のようなものだと、アリスも理解する。

少年は遺体の扱いについて議論する法律家でも、害獣を狩りつくす駆除業者でもない。

遺体の損壊によって悲しみが生まれることを危惧する、ただの人助け推進派なのだ。

 

「最初に言っておくけど、食欲に任せて食べるような真似はしないよ。

飢えないためだけなら普通の食事で充分だからね」

 

問われているのは、アリスのスタンスだ。

人間のことを仲間と呼び助けたいと言いながら、人間の遺体を食い散らかす行為に対しての自覚はあるのかと。

『天王寺彩夏を食べた』事実をはっきりと自白しないよう気を付けて、言葉を選ぶ。

 

「ただ、ボクの仲間を助ける為に、首輪の情報は絶対に必要だと思ってる。それは未だに引き出せていないけどね」

 

やんわりと、捕食は情報を得るためだけに行うことだと弁解した。

しかし、それだけで少年の納得が得られるとは思えない。

罪悪感について考慮しなかったのは、事実だ。

人間とそっくり同じに振る舞うことができないのは、アリスの限界だ。

 

「もう生きてない人を『捕食』することでまだ生きている保護対象を守れるなら、そうした方がずっと合理的だとボクは思う。

 その価値観は人間らしくないっていうなら、ボクという生き物は君たちと相いれないんじゃないかな。

でも、『君が止めるなら考慮する』って約束すること、それから、ボクの価値観が原因で問題が起こるようなら、その時はリスクも負うってところを見せることはできるよ」

「どうやって?」

 

隣の椅子に乗せていたディパックを膝の上にうつし、ごそごそと中身を漁ってスマートフォンを取り出した。

もともと、こちらから切れる手札がないかどうかは考えていた。

交渉をするからには、自分も相手に差し出せるものがあると示せなければならない。

峯沢維弦と天王寺彩夏に関わる情報。

このカードはまだ伏せる。食べた相手のことを得意げに語っているように見えたら心象が悪すぎる上に、自分しか知らない情報として温存しておいた方が賢明だ。

 

「ボクの首輪解除条件を、君には教えておく」

 

それが、現状で信頼のために切れる唯一のカード。

驚いて端末を受け取ったイレブンが、そこに書かれた条件を黙読する。

 

『アリスランドにある資料室のパネルに「ジャンヌ・ダルク」「姫川小雪」「鷲尾須美」「山田大樹」「白浜ふじみ」「ゴリアテ」「神座出流」に相当する参加者の名前をそれぞれ入力せよ。

全問正解で首輪は解除される。1問でも不正解があると首輪は爆破される。』

 

読み終わったイレブンが何か言おうとするのに先んじて、アリスは発言した。

 

「もしクイズの中に知ってる人の名前があっても、言わなくていいよ。

君はそれをボクに隠す、他の知り合いにも黙ってるように言う選択肢ができる。

 仮に知ってる人の名前がなかったとしても、知ってる人が教えようとするのを止めることができる」

「クイズに答えるのを邪魔してもいいってこと?」

「ピンポーン。一問でも間違った答えを教わったら死ぬことを考えたら、けっこう機密レベルの高い条件だと思わない?

 力ずく以外にも、ボクを抑えるための手段が一つ増えるってことでもある」

「それじゃあ、これから下手にクイズに答えられなくなるよ」

「うん、首輪については非正規の外し方を見つけるつもりでいるからね。

 今ここで条件を明かしたのは、自分から退路をせばめるって意味もあるかな」

「退路?」

「仲間の首輪を外せないうちに、自分だけクイズで先に外しちゃうのはどうかなっていう退路だよ」

 

単に『クイズに答えることでの解除』というルートを、首輪の解体が見込めない時にそなえての保険として残しておくならば、解除条件を隠したままこっそり捕食を続けた方が確実だ。

なぜなら食事によって得られる情報に、嘘をつかれて不正解に陥る危険は存在しないから。

その退路を自分からせばめることで、人を食らう必要性をいくらか削る。

また、この行動によって『アリスにとって、情報は取引の対価として成立する』ことも表明できるため、『仮に正しい情報を提供してもらえるならば、空気を読まずに遺体を食らおうとする機会も減る』ことを暗にアピールすることもできる。

 

「えっと、……」

 

そんなつなぎ言葉を口にして、イレブンの面差しが少しだけ翳った。

アリスには感情を汲み取ることはできなかったが、古傷が短時間だけうずいたような、そんな翳り方だった。

どこか、自分の発言には問題があっただろうかとアリスは反省する。

もしかして、幼い少女の外見をした生き物が、淡々と何の気負いもなく自分の首を交渉のテーブルに乗せて語るという行為は、そんなに人を引かせるものだったのだろうか。

 

「死ぬのは、こわくないの?」

 

そんな質問が来た。

嘘をつく必要はない。

 

「こわいね。まだ皆と旅を続けたい」

 

即答できた。

 

「仲間思いなんだね」

 

それは、質問でも確認でもなく感想だった。

 

「仲間思いとは少し違うんじゃないかな。

 ボクは一度、皆を助けて自分が追放されることを選んだ。今もその答えに納得してる

 だったら、7人の中で脱出を優先させるとしたら、ボク以外の6人であるべきだよ」

 

仮に、ノーリに食べられて復活する賭けが失敗してそのまま死んだとしても、アリスは納得しただろう。

だったら、ここで仲間のために死ぬことになっても納得できるはずだ。

 

「さんざん手がかかるし、何度もレディーだって言ってるのに女の子扱いしないわ年齢を聞いてくるわ酷い連中だけどね」と、愚痴を吐いておくことも忘れずに。

 

ぷっと、空気が弛緩した。

口に手をあて、吹き出した笑い声をイレブンは自分でふさぐ。

 

「っごめん。その恰好だと、どうしてもませてる女の子にしか見えなかったから」

「おや、けっこう好意的な反応だね? 怒ったりはしてないの?」

「ぜんぶに納得できたわけじゃないけど、簡単に責められることでもないよ。

実際にその現場を見て、明らかにやりすぎだったらもっと怒るけど」

 

あ、首輪を手に入れるのに必要な部分だけ食べたように聞こえる言い方をして良かった、と口には出さずにほっとする。

ともあれ、笑いを引っ込めるために頬をぺしぺしと叩く少年に、先ほどまでの緊張感はなかった。

 

「理解が得られたのはわかったけどさ。結局、さっきのお願いはどうなの? 『はい』か『いいえ』で答えて欲しいな」

 

ここまでで、ある程度の価値観のすり合わせは完了した。

あとは、最終確認だ。

 

「うん、お願いされなくても、それが人助けなら同意して良かったんだけどね。

 正直、美化してるところも混ざってそうと言ったら悪いけど、まだ隠してることがありそうなのは感じた」

 

それはそうだ。

詳しく説明していない4人が、腹に一物も二物もある迷惑極まりない連中でしかないことなど、いまだに説明に困っている。

でも、と少年は言った。

 

「でも、ずるいよ。さっきからボクが断れないような言い方ばっかりするんだから」

 

笑顔を引っ込めた後に残っていたのは、小さな微笑だった。

 

アリスには、どこがイレブンにとっての『断れない』だったのかは分からない。

同い年の幼なじみのくだりか。目の前で失った妹のくだりか。誰かが残るなら自分だと主張したことか。

まさかの全弾命中だったら、確率としては奇跡的だが。

 

ただ、握手する手を伸ばされたことで答えられた少年の返事は、『はい』。

 

「はいっ! クエスト『アリスちゃんを助けよう』を受けました~!」

「え、何、その合いの手?」

 

それから、アリスちゃんだと同名の操舵手を思い出してしまうからノーリちゃんと呼ぶことにすると、呼称を統一したのだった。

 

 

 

 

(とまぁ、要くんを助けるためにそこまで尽力したっていうのに、当の要くんは『コレ』だもんなぁ……)

 

文句も新たな愚痴も山ほどある。

覚えてないってなんだそれは、なんでそんな予想外のところから、とか。

要くんなら理解してくれると思っていたのになんで復讐する気満々の時期なんだよ、とか。

それじゃあ他の候補者たちのことをほとんど知らない時期であり、つまり要の作ってきた人間関係がちっとも役に立たないじゃないか、とか。

 

ただ、彼のせいではなく彼を拉致してきたファヴたちの責任である以上、要にあたっても仕方がないことではあるのだが。

 

(まぁ、蓬茨苺恋ちゃんとノーリのこの身体を持ち出したおかげで、協力するっていう言質はとれたんだけどね)

 

どんな一条要であれ、アリスとノーリは共通して信じている。

一条要が二人を犠牲にしてでも優勝を狙うことは絶対に無いだろう、と。

それさえ信じていれば、落としどころを見つけることはできるはずだ。

 

(できれば未彩ちゃんの復讐が誤解だってことも教えたかったんだけどね)

 

心苦しかったが、『あの』要では話がよけいややこしくなるだけだと判断した。

もしも要が申告したのが『覚えているのは、最後の選挙が終わった後でクイズに失敗してゲームオーバーになったところまでだ』とかだったなら、ノーリは迷わずに妹の死の真実を告げていただろう。

他の候補者たちと対面するにあたって、わだかまりの種を残しておいて良いことなど何もないのだから。

 

しかし、ノーリは知っている。

復讐を果たせず飢えている時の要が相手なら、本当に何を言っても無駄だということを。

ノーリは、無駄だと分かっていることをしない。

 

(それにしても……要くんはやっぱり『能力を使えている』と考えた方がいいのかな?)

 

要が会話する時のやり口は、『相手がイエスかノーか具体的に答えられる質問を連発して、嘘が分かる能力でどんどん情報を得ていく』という選挙の時のそれとほぼ同じだった。

それに、嘘を見抜く能力を失ったならば、もっとノーリの話を疑いにかかってくるはずだ。

にも関わらず、追放選挙の裏側に関する話を、驚くほどあっさりと信じ込んでいた。

ノーリの言葉を嘘ではないと理解していなければ、できないことだ。

 

あれは仮想空間の中だけで与えていた、アリスのサービスのようなものだったというのに。

あるいはこの会場も、仮想的に構築された世界だったりするのだろうか。

さすがに選挙の時みたいに死んでも大丈夫、と考えることはできないけれども。

 

どうせなら、『白浜ふじみに心当たりがない』と言った諫早れんの言葉が真実かどうかも、聞いておけばよかった。

下手に強く出てぼろを出せば、彩夏の死体を食らったことがれんに知られてしまって大騒ぎになるリスクもあったけれど。

 

「……うん、そうだったね要くん。

 ごめん、ボクにだって取り戻したい人はいないわけじゃないんだ。

 だからこそ、下手に考えるのは危ないって思っちゃったんだよ」

 

自制の意味もこめてそう発言してからのことだった。

急に要が、上の空になったような顔をしていた。

 

「――要くん?」

 

呼びかけるとはっとして、席を立つ。

 

「ごめん、ちょっとトイレに行かせてもらっていいかな?」

 

そう言って、せわしなく席を立っていった。

こちらの被害妄想なのか、ノーリと眼を合わさないようにしていた気がする。

 

(さっきは、ちょっといじめすぎたかなぁ……)

 

解除条件を引き出してプレッシャーをかけた時、愉快でなかったと言えば嘘になる。

きっとアレは人間でいうところの『ストレス解消』にあたる行為だ。

そうなると先ほどまでのノーリは、『ストレス』に該当するものを溜めていたことにもなるのだが。

 

(あーそうか。つまりボクは、要くんがボクの色々を忘れたことに動揺しているのか)

 

ノーリにとって、要との思い出は、『できることならなんでも叶えてやる』と言われた時に、『じゃあ忘れないで』と願ってしまう程度には、大事なものだったのだから。

 

 

 

 

この秘密は、きっと誰にも言ってはいけないことだ。

 

そう思ったから、カナメの離席から少しだけ間をおいて、同じ要件を告げて席を外した。

見た目は少女であるノーリから、この世界のトイレの使い方が分かるか心配されてしまった。

かなり恥ずかしかったけれど、目的は用を足すことではなく、席を外す口実がほしかったに過ぎない。

 

――でも、だからって『死んだ人を違う時間から連れてきて取り戻せる』ってところまで飛躍するのはまずいよ。

 

その通りだと思った。

だから、ひそかに決意するための場所が必要だと思った。

それで、無人の廊下に出てきた。

 

 

 

『過ぎ去りし時を 求める 覚悟はありますか?』

 

 

 

もし、同じ事をもう一度しろと言われたら、きっとそうする。

けど、後悔していないかと言われたら、嘘になる。

 

だからきっとそれは、軽々しく、どうせ取り戻せるという楽観視や、やけっぱちで決めてしまっていいことではない。

だから、生還する方法のめどがつくまでは、隠すことにしよう。

かつて、過ぎ去りし時を求めて世界と仲間を取り戻した。

そんな経験をしたことは、自分だけが抱え込まなくてはならない。

 

自分が本当のことを言っただけで不幸になる人が生まれかねないなら、知らないふりをする。

こんな場所で、冷静さを失った人がすがりかねない誘惑を、下手に垂らしてはいけない。

シロウだってスノーホワイトだって、他者のスタンスを変えてしまいかねないこんな秘密は、きっと自分の胸の内で守ろうとするはずだ。

 

大丈夫。

これまでも言わなかったことを、これからも言わないでいるだけだ。

何も変わらない。きっとシロウの抱えているものに比べたら、たいした気苦労じゃない。

自分というの存在のために傷つく人が出てくるなど、もう二度とあってはならないのだから。

 

もしかして、ここにいるイレブンの仲間たちも、時間がずれているのだろうか。

そんな不安が頭をよぎり、勝手な邪念を抱いてしまった気がして髪が乱れるほど頭を振った。

 

シロウは、それでも人間を信じると言った。

だったら思うべきことは、皆がどういう皆なんだろうかとやきもきすることじゃなくて、皆だってそれぞれの場所で頑張っていると信じることだ。

 

よし、と気合いをいれるために両手を拳の形にしてぐっと握りしめた。

 

――そこで、一条要がドアを開けて出てくるのに出くわした。

 

 

 

 

ノーリの失敗は、大きく三つ。

 

一つは、一条要に嘘を見破る能力があることを、この場でも使えるとは思わなかった先入観と、要という人間の信頼度を下げないために他者に伝えなかったこと。

 

二つは、一条要が参戦時期について証言した嘘に騙され、『妹の真実を話しても聞いてもらえないだろう』とそれを語らなかったこと。

 

三つは、妹の真実を語らないままに、『化け物は食った人間の情報を取り込んで人間の姿になる』という情報を与えてしまったこと。

そして、『アリスの見てきた一条要は最終的に復讐をやめた』という事実によって眼が曇り、気づかなかったこと。

 

ここにいる一条要は、『妹を殺した化け物は、逃げる途中で三人を襲った個体だ』と知らない。

そして、『妹を殺したのは、広場に現れて妹を食べた個体だ』と思い込んでいる。

その小さな違いが何を意味するのか気づけなかった。

 

気づけなかったから、『ノーリは自分が食べた人間の姿になっている』という情報を教えてしまった。

 

 

 

 

――客観的に見て、ノーリちゃんはある人を殺したよ。

 

追放選挙を通して、要はアリスからその情報を得た。

それを思い出した。

 

果たして、ノーリが殺したのは誰だ?

――今なら分かる。一条未彩。

 

果たして、お前が新しい家族として可愛がっていたのは何者だ?

――今なら分かる。妹を生きながらに食い殺した化け物だ。

 

おぞましさに、吐き気がした。

 

実際に個室の中に入ってえずいたが、こんな時に限って胃の内容物は殻になっており、体も心も何も吐き出してはくれない。

決して、何も戻らない。

時間を戻してはくれない。

 

確かに、三人で過ごしていた時間は、幸福だったはずで。

苺花とノーリのいない人生なんてもう考えられないほどに、大事だったはずで。

 

「ふざけるな…………ふざけるな…………ふざけるなっ!!!!」

 

体の内側がよじれるように苦しい。

頭にはしっかりと思い出が食い込んでいて、それが楔のように内側から血を流させる。

楔が食い込んだままに、塗りつぶされていく。

あの日常は、すべてが過ちだったのだ。

 

――ノーリちゃんは何に乗りたい?

――やっぱり、ここが一番好きみたいだね。

――■■

――で、結局ずっと外を見てるんだよね。

 

――それじゃあ、いただきましょう!

――いただきます。

――■■■■■■。

 

あの――三人きりの、最後の二日間も。

 

今まで、妹を生きながらにして食い殺したおぞましい怪物を、妹の代わりのように思って可愛がってきたというのか。

さっきまで、我が身を犠牲にしてでも妹の仇を生還させようとしていたというのか。

だったら――あんな日々など、なければよかった。

 

一条要の、方針は定まった。

 

過ちは、正されなければならない。

 

絶対に生還させたかった愛すべき人が、二人いた。

けれど、二人のうちの一人は、愛してはならない存在だった。

 

それでは、死んだ未彩も報われない。

妹を見捨てた9人をこの手で追放してきたというのに、食い殺した張本人を命がけで助けるなど、許されない。

だから決まった。

 

苺恋を、優勝させる。

 

もしも願いを叶えることができるなら、取り戻す対象には未彩を選んでもらう。

苺恋は忌々しきアリスによって未彩の記憶を消されているから、どうにか合流して万が一の時は妹のことを頼むと説得しなければならないけれど。

 

やるべき事は分かった。

 

ノーリの体をしているから自分は殺されないし要は殺し合いに乗らないとタカをくくっているアリスを、利用できるだけ利用して裏切る。

苺恋を優勝させる為に、参加者をどうにか殺し合わせていく。

同時に、願いが本当に叶うのかどうかの真偽も確かめる。

 

――そこで、イレブンが歩いてくるのに出くわした。

 

ちょうどよかった、と内心でタイミングに感謝する。

 

女子禁制の場所とはいえ、ノーリは長々と油断してくれるような奴ではない。

会話は手短に済ますべきだろう。

 

この少年からは、『時間をさかのぼって、死んだ人を取り戻すことがかなう』という話について、教えてもらわなければならない。

 

 

 

大切で暖かな三人の日々には、『思い出したくない』という黒々とした封印がかけられた。

 

ノーリ自身も言っていたことだ。

 

一条要は――『こんなはずじゃなかった』という絶望に出会ってしまえば、守るべき存在の優しい思い出を、自ら消したりねじ曲げてしまう可能性がある

 

 

【D-7 市街地カラオケボックス内/一日目・黎明】

 

 

【諫早れん@アイドルデスゲームTV】

[状態]:正常

[服装]:アイドル衣装

[装備]:M1911

[道具]:基本支給品一色、スマホ

[思考・行動]

基本方針:多数の参加者を救い、殺し合いを止める。

1:一条要と共に行動をする。とりあえずこの4人での行動なのか?

2:他のアイドル達と合流する。蘇生したのかどうかは今は考えない。

3:他の参加者の首輪を解除して自分の首輪も解除する。

[備考]

れんルート終了後からしばらく月日が流れてからの参戦です。

 

【ノーリ@追放選挙】

[状態]健康、主催者に対する怒り

[服装]いつもの服装

[装備]

[道具] 基本支給品一色、スマホ、グロック17(現実)、不明支給品5つ(本人確認済み)、天王寺彩夏のスマホ

[首輪解除条件]

アリスランドにある資料室のパネルに「ジャンヌ・ダルク」「姫川小雪」「鷲尾須美」「山田大樹」「白浜ふじみ」「ゴリアテ」「神座出流」に相当する参加者の名前をそれぞれ入力せよ。

全問正解で首輪は解除される。1問でも不正解があると首輪は爆破される。

[思考・行動]

基本方針:仲間達とともに殺し合いから脱出する。出来れば人間は殺さない。

1:要君と協力する。とりあえず駅まではイレブン君たちと一緒かな?

2:仲間達を捜索する(苺恋ちゃんを優先)

3:解析のため、もう少し首輪のサンプルが欲しいところだね。空気は読まなきゃいけないけど

4:一応、首輪解除条件のための情報も収集する

5:峯沢維弦君だっけ。彼には気を付けないとね

※天王寺彩夏の支給品を回収しました。

※天王寺彩夏の死体を捕食し、彩夏の知識と記憶の一部を得ました。

※主催者の制限で他の参加者を捕食しても、分裂しなくなっており、容姿にも影響は発生しません。

※また主催者の制限で無機物を取り込んだとしても、それに関する情報の取得が出来なくなっています。

※参戦時期は追放選挙トゥルーエンディング後、アリスを取り込み、アリスに精神を支配された状態からとなります。

 

【イレブン(主人公)@DRAGON QUEST Ⅺ 過ぎ去りし時を求めて】

[状態]:正常

[服装]:普段通り

[装備]:アストルフォの剣@Fate/Apocrypha

[道具]:基本支給品一式、シロウのスマホ、不明支給品2個

[思考・行動]

基本方針:脱出と主催撃破。犠牲が出ない限りはシロウの人類救済を手助けする?

1:ノーリとともに北の駅へ向かい、南から電車に乗ってきたシロウたちと合流。その後西の島へ。

2:参加者の蘇生や時間の遡行が関係する話題になっても、『過ぎ去りし時をもとめた』ことは絶対に隠しておく

3:蓬次苺恋と一条要は殺さない。この二人の対応に関してはノーリに任せる

4:ノーリの嘘を黙認する

[備考]

・参戦時期は真ED後です。

・首輪解除条件は「オクタゴンに到達する」です。ヒントとして、スマートフォンに「オクタゴンの窓から見える景色」の写真が映っています。

・スノーホワイト、シロウと情報交換しました。シロウがどこまで元の世界の知り合いについて話したかは後続の書き手さんにお任せします。

・シロウとスマホを交換しています。1メートル以上離れたまま三時間が過ぎた時点でシロウのスマホの所有権を持ちます。

 

【一条要@追放選挙】

[状態]:正常、ノーリに関する思い出がロック(思い出したくないという拒否感)

[服装]:いつもの格好

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品1個(本人確認済み)

[思考・行動]

基本方針:苺恋を優勝させ、ノーリ(アリス)、伊純白秋、蓼宮カーシャ、絢雷雷神、忍頂寺一政を殺害する。特にノーリは必ず殺す。

1:イレブンから『時を超えて死んだ人を取り戻す可能性』の話を聞き出す

2:諫早れんと共に行動する。

3:苺恋と合流する。どうにかして未彩の蘇生を頼むよう仕向ける

4:利用出来そうな参加者を増やす。

[備考]

マルティナとクラムベリーの戦闘音を感知しました。まだ諫早れん以外には話していません

一条要のスマホの特殊機能は半径5メートル以内にいる二人の首輪解除条件の入れ替えです。

一度入れ替えると、再度使用するのに2時間の猶予が必要となります。

絶望するような出来事に遭遇すると、原作で妹が死んだ時や苺恋の父が死んだ時のように記憶改変が起こる可能性があります。

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