バトル・ロワイアル The Rebellious Memory   作:原罪

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惡の華/伊藤大祐、ウィキッド(反骨)

辛くもシャドウナイフの追撃を逃れた伊藤大祐は、北上していた。

遥か遠方より、女性のものと思わしき助けを求める声を聞きつけたからだ。

 

スマホで地図マークをタップし、現在地を確認する。

どうやら既にA-1エリアに足を踏み入れていたらしい。

 

歩を進めていくにつれ、鼓膜に鳴り響く女性の声がより鮮明なものとなる。

恐らく何かしらの機械を通じて拡声をしているのだろうかーー時折ノイズのようなものが混じっている。

位置関係的には、この先にある「グランギニョール」という施設から発信されているのではないかと推測される。

 

普通に考えると、こんな殺し合いの真っ只中で、これだけの広範囲に渡って自分の存在を知らしめるなど、愚の骨頂――正義感の強い他の参加者が駆け付ける可能性もあるが、殺し合いに乗った者を引き寄せてしまうというリスクも生じる。

勿論、本当に声の主が絶体絶命のピンチに陥っている可能性も考えられるのだが、拡声器の利用によるリスクを鑑みるとーーこの誘いは声の主、もしくは悪意のある第三者が仕掛けた「罠」である可能性が高い。

 

しかし、この伊藤大祐という男はーー

 

「いやぁ〜やっぱ男として放っておけないでしょ、これはっ!」

 

余計な思考は頭の隅に追いやり、軽い足取りで声の発信地へと向かっていた。

その表情は、乙女のピンチに颯爽と駆けつける白馬の王子様のものではなくーー新しいおもちゃを買い与えられた子供のように、愉快な笑みを浮かべている。

事実、大祐は女性を助けたいという善意から、件の声に接近しているわけではない。

 

そもそも伊藤大祐という男は、人並みの倫理観や道徳などは一切持ち合わせていない。

大祐にとって基本的に物事は「楽しい」か「楽しくない」かの天秤によって測られる。

天秤が「楽しい」に傾いたとき、人として越えてはいけない境界を平然と乗り越えることができる。

と同時に、自分の命を第一と考えて、快楽を自制するという狡猾さも持ち合わせている。

究極の自己中心主義者――それが伊藤大祐である。

 

実際にこの会場に来る前に実施された殺人ゲーム内でも、何人もの人間が大祐の毒牙にかかった。ある少女はただ「気に入らない」という理由だけで身体に風穴を開けられ、また、ある少女は凌辱の上、殺害されている。

 

何でそんな酷いことが出来るんだーーと問いを投げたら、大祐はヘラヘラしながらこう答えるだろう。

――そんなの、楽しいからに決まってんだろ!と。

 

この声については、「罠」であると見ているが、「罠」であったとしても、行き着く先もしくは道中で誰かしらと遭遇する可能性は高い。

それが囚われのお姫様であろうが、お姫様のピンチに駆けつける騎士だろうが、罠を張り巡らせた魔女であろうが、構わないーー。

 

大祐は口角を吊り上げる。

誰かと接触できるのであれば、好都合。

この手に握るプキンの短剣とやらの効果を試すことが出来る。

また念のため、支給品の詳細名簿を軽く目を通し、プロフィールからしてヤバそうな参加者の顔と名前は覚えておいた。

もしも、そういった参加者が待ち受けているものであれば、一目散にトンズラするつもりだ。

 

「ぐへへ…やっべー! 可愛い子ちゃんが相手だったら、どうしちゃおっかなぁー」

 

下衆な独り言を漏らしながら、一刻も早くこの武器を使ってみたいという好奇心から足を早める。

そんな調子で、A-1エリアに侵入して一刻ほどの時間が経過した頃、大祐は己が視界に、前方からこちらに向かって歩いてくる一人の人影を捉えることとなった。

 

(さてさて……どちらさんかなぁ〜)

 

大祐は短剣を握りしめる力を強め、目標に向かい前進する。

向こうも大祐の存在に気付いているのか、真っ直ぐに近づいてくる。

暗闇の草原の中、二人の距離が縮まるにつれ、徐々に相手方のシルエットが月明かりの下はっきりとしてくる。

それはーー肩から灰色の学生服を纏い、律儀に締められたネクタイ。

下半身には膝丈のプリーツスカートに黒のストッキング。

清楚な顔立ちの後ろに、蒼のリボンで結い合わせたお下げを靡かせたーー女の子だった。

 

(うっひょー、またしても可愛い子ちゃん発見―!)

 

対象がか弱そうな美少女と分かるやいなや、大祐は高揚する。

 

「こ、こんばんは」

「どもども〜。 君も参加者の一人だよね?

いやぁ、いきなりこんな物騒な事に巻き込まれちゃって、

ホント参っちゃうよねぇ〜」

 

緊張した面持ちで話しかけてきた少女に対し、大祐は流暢な口振りで応対する。

 

「えっと、その……」

 

困惑した表情を浮かべる女の子は大祐の手元をチラリと一瞥する。

視線の先にあったのはーー暗闇の中でも妖しく光り、己の存在を誇示する短剣。

 

「あっ、これ? ごめん、ごめん驚かせちゃったかなぁ〜」

「この剣、俺の支給品でさぁ。やっぱ、こういう状況じゃん?

いざという時の為に持ち歩いてるんだよ。 自分の身は自分で守る!ってね」

 

ヘラヘラ笑いながら、意味もなく短剣を見せびらかす大祐のテンションに圧されたのか、少女は若干引き気味になっていた。

 

「まぁ、俺もこのゲームに乗っている訳ではないから安心してよ。

あっそうだ! 俺、伊藤大祐って言うんだけど、

良ければ君の名前も教えてほしいなぁ~」

「――水口茉莉絵です」

「茉莉絵ちゃんて言うんだぁ~可愛い名前だねぇ」

「はぁ…」

 

まだ警戒しているのだろうか。

大祐の軟派な言葉にも、茉莉絵と名乗る少女は適当な相槌を打つだけだった。

そんな少女の様子などお構いなしに大祐は話し続ける。

話題は、今でも耳に届いている助けを求める声についてだ。

 

「あっそうそう……茉莉絵ちゃんはこの声がしている方向から来たんだよね?」

「えぇ……」

「この声の人、どういう状況になっているか分かる?」

「ごめんなさい、それが分からないんです。 この先のグランギニョールという施設の中から聞こえていてーー私もグランギニョールの近くにいたから助けてあげたいな、とは思ったんですけど……」

「もしかして、怖くなって逃げてきちゃった、とか?」

 

大祐からの指摘に茉莉絵は後ろめたそうにコクリと頷いた。

 

(やっべ、可愛い!)

 

困ったような茉莉絵の表情がどストライクのようで、大祐は更に興奮を覚える。

そして思うーー早くこの美少女を自分のものしてやりたい、と。

 

(いやいやいやいやいやいやいや、まだだ! 落ち着け! 落ち着けよ、伊藤大祐!)

 

衝動的に襲いかかろうとする自分を宥めて、どうにかコントロールする。

先程の鳥羽ましろの件もある。

いざ、短剣を突き付けた際に逃げられてしまう可能性もある。

更に言うと、もし暴れられたりでもしたら手元が狂い、白雪のような美しい肌に傷を付けてしまうのも勿体ない。

ここは本人に悟られないように、背後からサクッと優しく刺してあげるのがベストだ、と大祐は自分に言い聞かせる。

 

「ならさ、茉莉絵ちゃん、一緒に助けに行ってあげない?」

「えっ、伊藤さん…とですか?」

「そうそう! 俺さ、困っている人がいるとどうしても放っておけないタチでさぁ。

ここに来たのも、この女の人助けてあげたいと思ったからなんだよね〜。

このまま放っておいても、可哀想だし。 茉莉絵ちゃんも寝覚めが悪いっしょ!」

「で、でも……」

「大丈夫、大丈夫! こっちには武器もあるし。

何かあったら俺が茉莉絵ちゃんを守ってあげるからさぁ~」

 

大祐の強引な誘いに、茉莉絵は困惑しつつも考え込む素振りを見せーー

 

「わかりました、伊藤さん宜しくお願いします」

 

と、大祐にペコリと頭を下げた。

瞬間、大祐は心の中でガッツポーズを決めた。

 

「おう、宜しくね! 茉莉絵ちゃん!

それと俺のことは『大祐』って呼んでくれていいぜ!

俺も茉莉絵ちゃんのことは『茉莉絵ちゃん』て呼んでるし」

「あっはい、それでは改めて宜しくお願いします、大祐さん」

「いやいや~そんな畏まらなくてもいいよ 歳も近いだろうし、気兼ねなくやろうよ」

「ええと……善処します!」

 

再度律儀にお辞儀をする茉莉絵に、いやいやと手を振る大祐。

本当に礼儀正しい子なんだなと、感想を抱きつつも、早くこの純白な女の子を自分の欲望で汚してやりたいな、というドス黒い感情が浮かんでくる。

 

(まぁ呼称なんてどうでもいっか! この短剣で俺のペットになった後は「大祐様」と呼ばせるようにするし~)

 

こうして、未だ助けを求む女性の元へ同行することとなった大祐と茉莉絵。

話し合いの結果、グランギニョール近くから来たという茉莉絵が先を歩いて、後ろに続く大祐を案内するような形で歩を進めている。

そして、大祐の手にはしっかりと短剣が握りしめられている。

 

(ぐへへへへ)

 

下衆な笑みを浮かべる大祐の目の前には、後ろ姿を無防備に晒している茉莉絵が歩いている。いつでもチクリと短剣で突ける状態だ。

今がまさに大祐が望んだ理想的なシチュエーションではあるが、一つ気にかかることがあった。

 

「ところでさ、茉莉絵ちゃん さっきから気になっていたんだけど……」

「はい、どうしました?」

「茉莉絵ちゃんの名前って参加者名簿には載ってないよね? ――『水口茉莉絵』って本名?」

「私の名前は『水口茉莉絵』で間違いないですよ。 ただ名簿上では『ウィキッド』って名前で載っていますが」

 

茉莉絵は特に振り返ることもなく、淡々と質問に答える。

 

「へぇ~ウィキッドかぁ~ ね、ね!ちなみにさ、どうしてウィキッドって名前なの?(うん? あれ? ウィキッド……?)」

「私ウィキッドっていうハンドルネームで作曲して、ネット上に投稿していたんですよ」

(確かさっき見た詳細名簿に……)

「どういう訳か、そっちの名前で名簿に登録されていたんですよね おかしな話ですよね」

 

前を歩く茉莉絵に悟られぬよう、大祐は支給品袋から詳細名簿を取り出す。

自分の記憶が正しければ、ウィキッドって女は特段ヤバい奴だーー

ただし、プロフィールに添えられていた顔写真には、可憐な茉莉絵とは似ても似つかわない恐ろしい形相をした女が写っていたはず。

この記憶は間違いであってほしいと願いつつ、大祐は戦々恐々としながら頁を捲っていく。

 

(ウィキッド……ウィキッド……おっ、あったあった! げっ!!!)

 

大祐が発見した頁には、参加者の中でも随一の危険人物であろうウィキッドの詳細なプロフィールが、髪がボサボサで凶悪な表情を浮かべている女の写真と一緒に記載されておりーーご丁寧に本名が「水口茉莉絵」であるということもはっきりと記されていた。

 

(いやいやいや……この極悪顔の女と目の前の可愛い子ちゃんが同じ人間とか嘘だろぉ!)

 

大祐は先程詳細名簿に一通り目を通し、注意すべき人物の名前と容姿をインプットしておいた。

が、記載されている内容全てを短時間で記憶することはしていなかった。

顔と名前――後はせいぜい、どういった能力を使ってくるかーー例えば、ウィキッドという頭のネジが飛んだ女は爆弾を使ってくる、森の音楽家クラムベリーという魔法少女は音を操ることが出来る、といったレベルまでは頭に入れておいた。

だが、楽士や魔法少女の名前で名簿に登録されている彼女らの本名については、重要視はせず、記憶に留めないまま読み流していたのである。

だからこそ、写真とは異なる容姿で眼前の少女が現れたときも、その少女が「水口茉莉絵」と名乗ったときも反応することは出来なかった。

まさかこんな大人しい見た目の美少女が、警戒すべき超危険人物と同一人物であることなど夢にも思わなかったのである。

 

(あれ? この名簿の情報が本当なら、俺逃げたほうが良くね?)

 

既にウィキッドの術中に嵌まっているのではないかと考えると、背筋が凍り付く。

もしかすると、この周囲に鳴り響く女の声もウィキッドが引き起こしたものであるかもしれないし、今まさに大祐を蟻地獄の中に引きずり込もうとしているかもしれない。

 

(いやぁ……でも中身はアレだとしても、この外見――ここで逃すには勿体ないしなぁ~)

 

加えて、向こうは丸腰……特にこちらに注意を向けることなく、歩を進めている。

 

――やるか?

――逃げるか?

 

大祐は苦い顔をしながら悩み始める。

そこから30歩ほど歩いた頃に、ようやく結論を出す。

 

(よし、決めた! 俺も男だ!

伊藤大祐! 覚悟を決めていっきまーす!!)

 

決着はすぐにつく。

徐々に距離を詰めて、チクリと刺せればそれで終わりだ。

大祐は身を屈め、茉莉絵に悟られぬよう足を早める。

 

――残り3歩。

大祐は音を立てぬようにと息を殺し、茉莉絵に接近する。

 

――残り2歩。

茉莉絵は、距離を縮めてくる大祐に気付く素振りは見せていない。

 

――残り1歩。

大祐が手に握る力を込め、少女の背中に短剣を突き立てようとしたその瞬間、

――茉莉絵は静かに大祐へと振り返った。

 

「へっ???」

 

世界が止まったかのように思えた。

目と目が遭い、蛇に睨まれた蛙のように固まる大祐。

剣の矛先は茉莉絵へと突き立てたままである。

そんな大祐に対し、茉莉絵はニコリと笑みを浮かべ、口を開いた。

 

「やっと、本性現わしたな、下衆野郎」

 

どうやら、大祐の目論見は筒抜けのようだった。

数秒の思考停止を経て、大祐はーー

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

茉莉絵に向かい、短剣を思い切りに振り上げた。

傍から見ても、破れかぶれの行動であることは明白である。

しかし。

直後に、大祐の視界はぐるりと反転する。

 

「っうごッ!?」

 

短剣が振り下ろされる前に、

茉莉絵は笑みを崩すことなく、大祐の頭を掴みーー地面に叩きつけたのである。

頭を掴まれたまま仰向けに倒された大祐。

着地の衝撃で、頭の中では星が点滅し、

肺は圧迫され、身体は呼吸を激しく求める。

 

「お前さぁーー」

「……っ!?」

「ヘッタクソなんだよ、騙し討ち。 下衆な考えが思いっきり顔に出てるっつーの!」

 

大祐の目の前には、先ほどまで同行していた清楚な少女の姿はなかった。

瞳に映るのはーー獰猛な笑みを浮かべ、前傾姿勢でこちらを覗き込み魔女の姿であった。

髪はボサボサで、制服のジャケットはいつの間にか開けている。

ジャケットの内側にはカーキ色のベストを覗かせており、更にピンク色の下着もはみ出ている。

脚の露出を妨げていた黒のストッキングも穴だらけになっているが、恥じらう様子など一切ない。

詳細プロフィールに載っていた写真通りのーー品の無い女の姿に大祐は戦慄する。

 

頭部は、尚も凄まじい力で地面に沈められている。

心の中で「やばい」と連呼しまくり、必死にもがく大祐ではあるがーー

これが楽士の力というものなのか、ウィキッドの抑え込みを振りほどくことはできない。

 

しかしーー光明はまだある。

短剣はまだ右手にしっかりと握りしめられている。

これが大祐に残されたたった一つの生命線である。

 

(こ、のぉおおおお!)

 

大祐は、死に物狂いで短剣をウィキッドへ向けようとしーー

 

「おーっと!」

「いっ!? いぎぃああああああああ!!!」

 

瞬時に察したウィキッドが立ち上がり、大祐の右手を思い切り踏みつけた。

頭部は解放されたが、右手に走る激痛に短剣を手放し転がりまわる大祐。

 

「はーい、しっつもーん!」

「……ひぎぃっ!?」

 

短剣を拾い上げたウィキッドは、大祐の首根っこを掴み、その喉元に突きつける。

 

「困った人を見捨てられない、お人好しの大祐君は

この剣使って何をしようとしていたのかなぁ?

正直に答えてくれないと、このまま喉をバナナのように裂いちゃいま~す!」

「……っ!?」

「制限時間は何とたったの3秒です~!!!

はいっ! それではいっちゃうよー!」

「ちょっ……!?」

「いーち! にー! さー…」

「だぁああーー! タンマタンマ!

喋るッ! 喋るからッ!

頼むから、これ引っ込めてくれよ!」

 

あっさりと心折れる大祐に、ウィキッドは満足気に頷く。

 

「うんうん、やっぱ男子たるもの素直が一番だよなぁ

物分かりが良い奴は、嫌いじゃないぜ」

 

 

 

 

「……なるほど、つまりは相手を意のままに操れるこの短剣をぶっ刺して、

私と宜しくやろうって寸法だった訳か。

アハア! アハハハハハハハハハハハハ!

――正真正銘のクズ野郎だな、お前は」

「いや、本当すみませんでした。 何というかその……若気の至りってやつで……

つい出来心だったんですよ。 な? 許してくれよ、茉莉絵ちゃん~」

 

大祐は全て告白した。

支給品の短剣の能力からーー

何を目的として、グランギニョールから聞こえる女の声に向かっていたのかーー

短剣を使って、茉莉絵に何をしようとしていたのかーーに至るまで、洗いざらい全てを。

 

「いちいち馴れ馴れしいんだよ、気持ち悪い」

「ひぃいいいいっ! 悪かった、俺が悪かったです!

もう二度とこんな真似しないので! 心を入れ替えますんで!

本当っ! この通りっ! 命だけは助けてください!」

 

目の前でみっともなく土下座をする男を、冷ややかに見下ろすウィキッドは、考える。

さて、どうしたものかと。

未遂に終わったが自分への狼藉――本来であれば赦すわけにはいかない。

口内に手榴弾でも詰め込んで、処刑してやろうかとも考えたがーー

 

懸命に地面に額をこすりつける大祐――その顔を爪先で持ち上げて、蹴り飛ばす。

 

「ふごぉおっ!!」

 

楽士の力を以て蹴り上げた一撃は強力だったようで、大祐の身体は10mほど後方に吹き飛ぶ。

ウィキッドは何も言わず、顔面を抑え悶絶する大祐の元へ向かう。

 

「ひぃいいいっ!」

 

大祐は迫りくるウィキッドの姿を視認すると、

鼻血をボタボタと垂らしながら、虫のように這いつくばり逃げようとするがーー

すぐに追いつかれ、襟首を掴まれ持ち上げられる。

 

「なぁ、おいーー」

「だ、だずげで……」

 

この世の終わりに直面したような顔で怯える大祐に、ウィキッドは顔を近づけ囁いた。

 

「今の一発で、私に舐めたことしてくれたことは不問にしてやるよ」

「……へっ?」

 

呆気にとられた表情を浮かべる大祐。

ウィキッドは大祐の反応など一々気にすることもなく、語り掛ける。

 

「ここからは取引だ。 このゲーム、私は私の好きなことをやって楽しむつもりだ。」

「お前は私に協力しろ。 その代わり、私もお前のやりたいことに協力してやるよ。

どうだ? 悪くねー取引だろ?」

「え、えーと……」

「まぁ嫌なら、ここで人間花火として……」

「いやいやいやいやいや! 喜んで協力させてもらいます!

嫌だなぁ、茉莉絵ちゃ~ん。俺が茉莉絵ちゃんの頼みを断るわけないじゃん~」

 

ボロ雑巾のように絶望で歪んでいた顔は、途端にパッと明るみになり、出会った頃と変わ

らない口調で喋り出す大祐。

清々しいほどの変わり身の早さに、ウィキッドは半ば呆れつつ、大祐の襟首を離し、解放してやる。

 

ウィキッドはこの殺人ゲームを大いに興じるつもりだ。

此処であれば、思うが儘に蹂躙と殺戮を楽しむことができる。

そして何よりも、このゲームなら、証明してくれるはず。

――人間の絆やら信頼やらがどれだけクソ下らないものなのか、を。

 

絆? 信頼? そんなものを見つけたら徹底的に破壊しつくしてやる。

こんな殺し合いの場でも、甘ったれた思考で手を取り合うような連中がいるようであれば、地獄を見せつけてやる。

そして、そいつらの屍の上で踊り狂って、最期にはざまあみやがれ、と思いっきり叫んでやりたい。

嗚呼ヤバい。想像しただけでもゾクゾクしてしまう。

 

だからこそ、より多くの惨劇を引き起こすために、共犯者が欲しかった。

無害な少女を装い、集団に溶け込んで内側からぶっ壊していく場合においても。

他の参加者を追い立て、破滅の罠へと嵌め込む場合においても。

共犯者がいると何かと効率が良い。

 

かと言って、必要以上に馴れ合うのはごめんだ。

あくまでも自己の利益を最優先とし、ある程度の利害の一致から、

ウィキッドの背徳行為に心を痛めることなく協力してくれる共犯者(クソッたれ)が欲しかった。

ゲームが始まって2番目に出会った参加者、伊藤大祐は、馬鹿なところだけ目を瞑れば、共犯者としては及第点であった。

 

初見時の下品な笑みと無駄に軟派な口調から、何かを企んでいるということは直ぐに看破できた。

悪げもなく暴露したドス黒い欲望といい、

尻尾を掴んだ時の、全くもって心が籠っていない反省の言葉と弁明といい、

みっともなく滑稽だった命乞いと生への執着といい、

伊藤大祐という男は、まさに人間のクズ、そのものであった。

 

これでいいーー

こういう男こそが、このゲームにおける私の共犯者に相応しい、と思った。

ただし、変わり身の早さと欲望に忠実すぎるところについては、警戒するにこしたことはないが。

 

 

 

 

「ははぁん。しっかしどいつもこいつも、やれ『友人』だ、やれ『仲間』だの。

仲睦ましいねぇ~。 ……本当に反吐が出る」

 

大祐の支給品だった詳細名簿をペラペラと読み漁り、ウィキッドは感想を漏らす。

プロフィールには、他参加者との関係性において「帰宅部」に加え、「勇者部」「旅の仲間」「主従」「幼馴染」など、壊しがいのあるキーワードが散見された。

さてさて、どうやってこいつらをメチャメチャにしてやろうかと想像を膨らませるだけで、笑みがこぼれる。

 

「しかし、セーニャちゃんだっけか。 あれだけ可愛いのに、勿体ねぇな」

 

未だ声が聴こえるグランギニョールの方角を見据えて、大祐は口惜しそうに呟く。

詳細名簿でセーニャのプロフィールを発見した際に、ウィキッドは手を叩いて笑い出し、自慢気にセーニャとの一連の出来事を大祐に語り聞かせた。

今まさに向かおうとしてた目的地に、恐ろしい罠が待ち受けていたことを知った大祐は驚愕。さーっと血の気が引いた顔が実に傑作だった。

 

「止めとけ、止めとけ。 下手に近づいた時に誰かが来たりでもしたら、その場でボンッだ!

もっとも〜『困っている人がいるとどうしても放っておけない』大祐君がどうしても、って言うなら止めはしないけどよぉ」

「冗談キツいぜ、茉莉絵ちゃん。 流石の俺でも自分の命は惜しいよ」

 

上機嫌に揶揄うウィキッドに、大祐はいやいやいやと首を振る。

冷や汗を浮かべ焦る大祐の反応が、実に面白い。

 

「結局は我が身大事か… 本当分かり易いよなぁ、お前は。

まぁ、そういうところ、嫌いじゃないぜ」

「えっ? 何? 俺褒められた? 褒められちゃった?

茉莉絵ちゃん、もしかして俺に気がある?

付き合う? 付き合っちゃう?」

「……死ぬか?」

「ごめんなさい! 調子に乗りました!」

 

途端にトーンダウンしたウィキッドに、大祐は慌てて腰を90度曲げて平謝りする。

ウィキッドはというと、チッと舌打ちをし、話題を切り替える。

 

「それで、これからの事なんだけど、大祐まずはお前の首輪の解除条件教えろ」

「え? 何で?」

「念のためにだ。 あの女に割り当てられた条件のように、禁止事項が組み込まれたら厄介だしなぁ。下手な行動で取引相手に死なれても、こっちも困るんだよ」

「いやぁ嬉しいなぁ。 茉莉絵ちゃん、そんなに俺のこと気遣ってくれ……冗談だよ、

嫌だなぁ~。 そんな真剣に睨まないでよー。

えーと俺の首輪解除条件は『自分から半径10m以内で死亡した参加者の数が合計5人を超える』だよ」

 

ほら、とポケットからスマホを取り出し、解除条件の画面を見せびらかす大祐。

馬鹿正直に自分の首輪解除条件を教える大祐に内心呆れつつも、提示された条件には思わず吹き出してしまう。

 

「アハハ! アハハハハハっ!

何だよ、何だよその条件は! いくら何でも出来すぎだろ、それは!」

「……?」

 

本当に驚くほど都合の良い男だ。

この首輪解除条件は、自身の周辺での他参加者の死亡と明記してある。

他参加者の死亡が条件という点で殺し合いを助長させるものではあることには変わりないが、自分が直接殺害する必要はない。

つまりは、第三者による他プレイヤーの殺害が大祐の周辺で実行されるようなことがあれば、首輪解除に近づくということになる。

だからこそ積極的に殺し合いに乗るつもりのウィキッドについていくということは、大祐にとっても大きなメリットとなる、と同時にこの首輪解除条件は大祐とウィキッドを繋ぐ堅固な枷となる。

この枷がある限りは、簡単に裏切るような真似はしないだろう。

 

「本当に悪運だけは強いよな、お前は」

 

言っている意味が理解できていないのか、大祐はポカーンと口を開けている。

ウィキッドはやれやれと言った感じで、大祐の肩に腕を回して、囁く。

 

「首輪については、安心しても良いぞ」

「さっきも言ったけど、私は私のやりたいようにこのゲームを楽しむつもりだ」

「ま、茉莉絵ちゃんのやりたいことって……?」

 

緊張しているのか、大祐からゴクリ、と生唾を飲む音が聞こえた。

 

「――蹂躙と殺戮。徹底的に甚振って、

心もズタボロになるまで痛めつけて

殺して、殺して、殺し尽くす!」

「……っ!」

「つまり、お前は私に付き合うだけで首輪を解除することができるんだ。

だから首輪が解除されるまでは、裏切るような馬鹿な真似はしないほうがいいぞ」

 

大祐は尚も緊張した面持ちで「お、おおぅ……」と返事をする。

これで良い。こういった利害関係こそが、このゲームでは信頼関係に置き換わる。

この男が私を首輪解除のために利用するのであれば、私もこの男を利用しようーー骨の髄まで。

 

「……それでさ、茉莉絵ちゃんの首輪解除条件は?」

「探し物だよ、ホテル・エテルナにあるらしい」

「へ~? 探し物って具体的には?」

「――さぁな、てめえで勝手に想像してろ」

 

目的地を示しつつも、探し物の詳細は伏せることにする。

仮にホテルに辿り着き、大祐が先にUSBメモリを見つけてしまった場合、弱みを握られてしまうことになってしまう。

今の協力関係及び立場は一変してしまうリスクがあるのだ。

そんなウィキッドの思惑を知ってか知らずか、大祐は食い下がる。

 

「え~何だよ、教えてくれても良いじゃん?

俺たちはもう仲間なんだしさぁ」

「あぁん? 誰が仲間だぁ! 勘違いするんじゃねえぞ、お前っ!」

「うごぉっ!!」

 

憤怒の表情を浮かべたウィキッドに股間を蹴り上げられ、大祐は何とも言えない悲鳴をあげ、地面に転がり痛みに悶える。

急所を押さえ、ひぃひぃと悶絶する大祐にウィキッドは吐き捨てる。

 

「私たちはたまたま利害が一致したから、一時的に利用し合っているだけだ!

その事を忘れるんじゃねえぞ!」

「しゅ、しゅみましぇん……」

 

機嫌を損ねた魔女の怒りを鎮めるため、

大祐は目に涙を浮かべ、ただただ謝るしかなかった

 

 

 

「おらっ、ボケっとしてねえで、とっとと行くぞ」

 

遠目に見えるグランギニョールに背を向け、来た道を戻る形でウィキッドは歩き出す。

目的地はホテル・エテルナ、ウィキッドの首輪解除条件に記されている施設だ。

 

(痛てててっ……。まだ、あそこがジンジンするぜ。

茉莉絵ちゃん、本当に容赦ねえんだよなぁ……)

 

元気よく歩き出すウィキッドの後を、大祐は慌てて追いかける。

股間の痛みはまだ、尾を引いている。

グランギニョールから聞こえるセーニャの声は、徐々に遠くなる。

 

(いやぁセーニャちゃん勿体なんだけどなぁ、『半径2m以内に同時に2人以上のプレイヤーを侵入させない』だっけか。 俺の前の条件よりもキツいよね、これ)

 

実際に大祐はこの会場に来る前に参加していたゲームでは、類似の首輪解除条件を割り当てられていた。

その時の条件は、『半径2m以内に同時に3人以上のプレイヤーを侵入させない』だった。

セーニャに割り当てられている条件は更にこれを厳しくしたものだった。

誰か1人の同行者を伴ったとしても、他の誰かが接近した時点でゲームオーバーだ。

それを利用して、生きた人間爆弾として罠を仕掛けたウィキッドは本当に恐ろしい。

 

そんなウィキッドの手には今プキンの短剣が握られている。

 

(あの剣奪われちゃったのは痛いけど、まぁ仕方ないかなぁ)

 

大祐に支給されたプキンの短剣や詳細名簿については、ウィキッドに奪われてしまったが、代わりに護身用でルーラという槍を拝借することとなった。

ウィキッド曰く、ウィキッドには爆弾を発現する能力があるため、この槍を利用することはないだろう、とのこと。

先のシャドウナイフといい、楽士ってやつはチート能力者の集まりのようだ。

他の支給品についても、状況に応じて大祐に貸し与えるつもり、とも言われている。

 

(長いものには巻かれろってよく言うし、首輪の事もあるから、暫くは茉莉絵ちゃんにキルスコア稼いでもらうことにしようーっと)

 

ウィキッドに、主導権を完全に握られてしまっているのは面白くはないが、メリットがるのは確かだし、暫くは大人しくウィキッドに協力しようと考えている。

プロフィールを見る限りだと、このゲームには化け物じみた参加者が多数参加しているようだし、生き抜くためにもウィキッドのような異能の力を持つ味方が欲しかったのは事実である。

 

(まぁ立場が悪くなったら、茉莉絵ちゃんから逃げて、

殺し合い反対派にでも鞍替えしちゃえばよいかー)

 

伊藤大祐という男は快楽殺人者というわけでもない。

自分の命を第一に考えており、いざという時は対主催派に泣きつくフットワークの軽さも持ち合わせている。

 

(まぁ、それまではせいぜい俺も茉莉絵ちゃんを利用させてもらうよ。 俺も色々楽しみたいしね)

 

夜風心地よい平原の中、魔女の背後で、大祐は狡猾に笑う。

 

 

 

 

 

魔女は獣と出会い、侍らせた。

魔女は求め続ける、舞台の上で繰り広げられる蹂躙と殺戮を。

 

さぁ踊ろうーーこの広大な宇宙の片隅で災厄を巻き散らすために。

 

 

 

【A-1 平原/一日目/黎明】

【ウィキッド@Caligula -カリギュラ-】

[状態]:健康、軽い興奮状態

[装備]:プキンの短剣@魔法少女育成計画シリーズ

[道具]:基本支給品一色、スマホ、スマホ(セーニャ)、不明支給品1つ、透明マント@魔法少女育成計画、詳細名簿@オリジナル

[首輪解除条件]: ホテル・エテルナに隠されている解除用USBを自分のスマホに読み込む

[状態・思考]

基本方針:自分の欲望のままに殺し合いに乗る

1:首輪条件解除のためにホテル・エテルナに向かう

2:大祐を上手く利用する。裏切るような素振りを見せれば殺す

3:帰宅部の連中はなんとかしねぇとな

4:あの女(セーニャ)を助けに来た奴らの末路に期待

[備考]

※参戦時期は劇場グランギニョールで帰宅部に敗北した直後です

 

 

【伊藤大祐@リベリオンズ Secret Game 2nd Stage】

[状態]:疲労(中)、顔面打撲(小)、全身ダメージ(小)、右手にダメージ(中)、股間にダメージ(小)、足に刺し傷

[装備]:ルーラ@魔法少女育成計画

[道具]:支給品一色、スマホ、不明支給品1つ(本人確認済み)

[首輪解除条件]: 自分から半径10m以内で死亡した参加者の数が合計5人を超える

[状態・思考]

基本方針:せっかくなのでこのロワで好き勝手やらせてもらう

1:暫くは、茉莉絵ちゃんに協力する

2:セーニャちゃんかぁ…勿体ねえなぁ

3:あのフード野郎(シャドウナイフ)は絶対殺す

[備考]

※参戦時期はAルートで修平に殺された後です

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