バトル・ロワイアル The Rebellious Memory   作:原罪

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信じることで祈りは届きますか/シャドウナイフ、鳥羽ましろ、宇喜多佳司、セーニャ(ヤヌ)

この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)

上半身はグリフォン、下半身は馬という半分だけの幻想生物。

単純な突進攻撃だけでも真名を開放すればAランクの大軍宝具に相当する文字どおりに幻想(ファンタズマ)でしかありえない生命体。

兵器としての破壊力もさることながら飛翔能力にも素晴らしいものがあり、最高速度で時速900キロ超に達するボーイング747を悠々と追い抜けるだけの速度を乗り手に提供する。

頭もかなりよく、乗り手の言葉を理解できるほどの知能があり、友好関係さえ築けていればどこへなりとひとっ飛びに連れて行ってくれるだろう。

 

ただし、それは乗りこなせればの話だ。

 

「君!? もうちょっと、てごっ、手心というか、……低空! ゆっくりと、低空で、飛んで、くれないかね!?」

 

一言ひとこと、空中での風圧に揉まれながら宇喜多佳司はつっかえつっかえに叫んでいた。

眼下の景色は判然としないが、振り落とされれば命も落としそうな高度であることは疑いなく、手綱を引こうと身を起こせば高所からの風に背がのけぞって思いっきり綱を変な方向に引いてしまった。

翼をはためかせる騎乗馬はいたく迷惑そうにピギャーと鳴く。

 

空中での方向転換は、いたく難航した。

 

乗せてくれた厚意には失礼ながら、まず乗り心地が良くない。

翼がばっさばっさと羽ばたかれるたびに連動してヒポグリフの背中も上下するので、そこに跨っている宇喜多の身体もガックガックと揺さぶられることになる。

しかも宇喜多は、ショットガンで片手がふさがっており、片手で手綱を制御せねばならなかった。

移動している間ぐらいはショットガンを収納しておけばよかった、と後悔したのは後の祭り。

片手で武器を操りながら騎乗して疾駆するというのは、訓練を積んだ兵士にもなかなか難しい技術だ。

馬に乗ることさえも初めての男が、片手のみで飛翔する騎乗馬を制御できるはずもない。

長いことぐるぐると旋回するように空中で無駄な動きをした挙句に、やっとヒポグリフは二階建ての民家の屋根からでも手の届きそうな高さを、低速の自動車並みにゆっくりと飛ぶことに落ち着いた。

 

「ふぅ……はぁ……た、助かった……救助者が要救助者になるところだった……」

 

ヒポグリフの首筋にもたれこむようにして疲労をあらわにする宇喜多だったが、やがて否応にも緊張を強いられるものを見た。

 

「悲鳴が聞こえたのは、あの建物でいいんだよな?」

 

ヒポグリフが肯定の鳴き声をピャーと返す。

宇喜多が空中でじたばたしている間も、ヒポグリフの方は聞きつけた悲鳴の出どころを忘れてしまうことはなかった。

 

それは、劇場であるようだった。

色合いや明瞭な形は世闇に埋もれて判然としないが、輪郭は巨大な丸屋根の西洋屋敷に趣が近い建物だ。

その中央部、ドーム状の盛り上がりを形成している部分に、六畳半ほどに大きな『穴』があいていた。

建物のなかの照明りがこぼれ漏れていたので、そこだけがやたらと目立つ。

あれだけ明るく照らされているということは、そこがスポットライト煌めく舞台の真上にあたるのだろう。

破壊されたということは、そこで何らかの事件が起こったことを意味している。

悲鳴の主がいるとしたら、その現場だ。

 

「すまない、あの穴から侵入してくれないか」

 

ヒポグリフは命令を聞き取り、屋根の頭頂部へと添うようにして飛んだ。

いくつもの大きな照明灯がまだ生きている天井をくぐりぬけ、ぐっと明るくなったことで宇喜多の目が眩しさでくらむ。

どすんという音を立てて着地したとき、きゃっという小さな声を確かに聴いた。

だから宇喜多は勇んで呼びかける。

 

「すまない! 君を助けに来た!!」

 

 

TIPS【グラン・ギニョール】

メビウス内において、オスティナートの楽士が拠点にしているフィールドは、非常時には立て籠もるべき砦になることやμがライブすることを想定して現実よりも拡張されていることが多い。

まして、本来の用途が劇場であるグラン・ギニョールともなれば、μの一人舞台とするためだけに国立武闘館かと見まがうほどの収容規模と防音性能を持つようになっている。

つまり、拡声器やマイクの類を使ったところで、本来ならば劇場から離れた隣のエリアまで声が響くはずもない。

だからウィキッドは、声が響くように舞台の天井部をあらかじめ破壊してから拡声器の仕掛けを施した。

楽士としての能力で取り付け型の爆弾を生み出し、天井部の屋台骨で爆破させる。

少女の悲鳴よりも爆発の方が先に聞きつけられることがないよう、屋根の構造部を脆くするのみに加減された規模の小さい爆破だった。その後、楽士としての装備である黒いビットを出現させて黄色のレーザーで天井を打ち抜き、破壊。

宇喜多佳司が侵入したのはその穴からである。

 

 

「誰か! いらっしゃいませ――っケフッ、ケフン!」

 

悲鳴に咳が混じり、セーニャは激しくむせんだ。

意識を取り戻してからどのぐらいの時間が経ったのかは分からないが、叫び続けたことでのどが痛むほどには徒労が続いたらしい。

 

最初は、助けを求めるようなことを叫んでいた。

やがて、今自分の身に何が起こっているのか、それを問い掛ける声を発した。

答えが返ってこないことに焦れて、誰かがそばにいないのかを訴えた。

 

(いったん、黙りましょう……叫ぶだけでは何も変わらないことは分かりました)

 

口元の疲労感とのどの乾きが確かな疲労を実感させ、気力を萎えさせた。

しかし、それが却ってパニックを冷ます効果を及ぼしていく。

痛いということは、今この瞬間が夢ではないという証明だから。

 

静寂の森で見届けた、大樹が落ちたときの真実も。

その直後に意識を失い、まったく知らない場所で胸の悪くなるようなものを見せられたことも。

そこに、さっき最期を見届けたはずの人がいたことも。

茫然としている間に、背後から何者かに殴られたことも。

 

(そういえば……『お姉さまはいないのですか』とは叫ばなかったのですね、私は)

 

パニックになっていた自分のことを振り返って、気付いた。

誰かに救助を求める発想はすぐに出たのに、いつも何かあれば真っ先に助けを求めていた双子の姉を呼ぶことはなかった。

 

それは、あの広間で姿を見かけたことをいまだに信じ切れていないせいなのか。

それとも。

 

 

 

『あたしがいなくなっても、一人で生きていけるって』

 

 

 

そんな約束を、心残りにおいてきてしまったせいなのか。

 

(いけません……さっきまでの私は、ちっとも『一人で生きていける』ようになっていなかった)

 

姉妹の生死が不明で、正体不明の者の理解できない企みに連れ去られて、体は拘束されて、目の前は真っ暗でも。

少なくともベロニカなら同じ目に遭っても、ただ混乱してやみくもに叫ぶような真似はせずに、何をすべきか最善手を考えていたはずだ。

そういう姉だということを、ずっと一緒にいたセーニャが一番よく知っている。

 

(これを、何とかできるのでしょうか……お姉さまに比べれば、私は考えを閃くのも決めるのもグズだったのですけど……)

 

そもそも、見ることも動くこともできない以上、弱気が押し寄せるのは仕方なかった。

私なんかに同じことが、という暗い考えはすぐ近くにある。

それを振り払ったのも、思い出だった。

 

――セーニャは強いね

 

最近のことだ。

故郷ラムダへと続く山道の途中で、そう言ったのは勇者だった。

その時は、皆さんの方こそ見違えたように強くなっていると驚いていたから、逆に褒められてびっくりした。

 

――だって、ボクは一人じゃなかったけど、セーニャはここまで一人だったんでしょ?

 

ボクには送り出してくれる人も一緒に来てくれる人もいたと、最初に旅立った時の故郷の人たちや母親、幼なじみ、相棒、仲間、ともに再出発した英雄、果ては小舟で拾ってくれた漁師さんの名前まで挙げていく。

 

――だから、ベロニカとも離されて、故郷もどうなってるか分からなくて、それでも一人で立ち上がったセーニャはすごいよ

 

それは使命があったからです。

その時は、それだけしか言えなかった。

相変わらずセーニャは言葉にするのが遅くて、自分の中にある嬉しいような切ないような気持ちをうまく言えなかった。

イレブン様を守るというはっきりした希望を信じられた私より、自分の中にしかない光を信じて立ち上がれたあなたの方がずっとすごいと思うのですと、そう言えばよかったのかもしれない。

 

そして、まだセーニャの『勇者を守る』という使命は終わっていない。

生き延びる努力を、諦めてはいけない。

 

(こういうときは……まず、分かることを確認しましょう)

 

観察は大事だ。

暗い洞窟の中でも、壁を叩いてみた反響音や、風が吹いているかどうかで奥に道が繋がっているかどうか意外と検討はつくものだと言っていたのはロウ様だったか。とにかく野外だろうと町の中だろうと一度調べてみることが大事。

視覚以外の感覚から手がかりを得られないか、周囲に耳をすませ、鼻をひくつかせ、靴で地面をたたいた感触までもを確かめる。

 

動けないなりに靴のかかとで叩いてみたところ、ゴロゴロした更地ではなく、硬質な床を踏むコツンコツンという音がした。

そして、肌にまとわりつく空気は澱んでいる――というほどではないにせよ、気流が感じられない。

よって、この場所は屋外ではなく室内なのだろう。

しかし、足元では完全に空気の流れが止まっている一方で、上方からはかすかな冷気が額を撫でている。

つまり、完全に密閉された空間ではなく、上からは空気の出入りがある――きっと、窓か吹き抜けのようなものがあるらしい。

しかも、冷気にともなってかすかに焦げ臭いがあった。

もしかすると、天井を破壊するために誰かがイオ系の呪文でも打ったのだろうか。

 

ここが屋内で周りには建物の壁があるのだとすれば、先ほどの悲鳴はどこまで響いていたのだろう。

ものの試しに、先ほどよりも、心持ち抑えた声で『あー!』と発声してみて音の響き方を確かめた。

すると、これまで気づかなかった発見があった。

 

セーニャが叫のとほぼ同時に、前方から『キーン』という金属音がして、『あー!』という自分の声がより大きく響いた。

今のは何なのだろうと思いめぐらせ、そういえばさっきまで叫んでいた時も、似たような金属音とエコーがしていたと気付く。

 

(これは、やまびこと同じ術理なのでしょうか……)

 

魔法使いが扱う高等術の一つに、『やまびこの悟り』というものがあると聞いたことがある。

やまびこのように大きく反響するような癖をつけて呪文を唱えることで、一回の呪文行使で、呪文を二回唱えるのと同じ効果をもたらす奥義なのだとか。

その『やまびこ』のときにあらわれるとされる特徴と似ていた。

 

(私の声を、やまびこのように大きく反響させる仕掛けが置かれている、ということでしょうか?)

 

機械式の拡声器と言うものは、セーニャの知識には無かった。

しかし、『自分の悲鳴は、周囲にいる人間の耳にとまるようセッティングがされている』ということまでは想像ができた。

どうしてセーニャを拘束した何者かは、そんな用意をしたのか。

考えつく目的は一つしかなかった。

人を柱に縛り付けて、それを見つけやすい、もしくは聞きつけやすい場所にさらすのは、ダーハルーネの町でホメロス将軍がうった手と同じだったからだ。

つまり、セーニャは囮にされている。

助けに来た善良な人物を、おびき寄せて一網打尽にすることが襲撃者の狙いなのだろう。

 

(だとすれば、私を縛った方は近くに潜んでいるのでしょうか……?)

 

ぞっとしない考えが浮かんできたけれど、集中して耳を澄ますことでそれは無いと思い直した。

これでも竪琴を得意としていたり山育ちだったりすることから聴覚や嗅覚に自信はある方だったけれど、周囲で人の身動きする気配はない。

こんな静かな屋内では、少し動いただけでも耳に届くはずだ。

かれこれ長いこと叫んでいたけど、その間ずっと音もたてずにセーニャにも気付かれまいと気配を殺して、いつ来るかもわからない善人を粘り強く待つなど、神経を使いすぎてとても現実的ではない。

それにセーニャを見張っているのだとしたら、叫ぶのを止めればこれはまずいと何かしらの実力行使に出てくるはずだ。

だから、ここにセーニャを縛った当の本人はいない。

セーニャを囮にした後は、あくまで集まってきたもの同士による争いを期待してのことなのだろう。

 

(そうなってしまったら……善意で来てくださる方を、犠牲にするわけにはいきませんね)

 

縛られているせいで杖をかざす手は動かないし、敵味方を区別する目もきかない。

けれど口は動くし、声もまだ出る。

もし助けにきてくれた人がいた時に、防御したり撤退することができるよう補助呪文を使うことはできないだろうか。

頭の中で、呪文を唱えられないかイメージトレーニングをしていた時だった。

 

上空から、巨大な鳥類の羽音が聞こえてきた。

そして、硬質な床にずしんと地響きがするほどの落下音と、男性の叫ぶような声。

 

「すまない! 君を助けに来た!!」

 

 

TIPS【グラン・ギニョール(2)】

ヒポグリフのような飛行手段を持つか、高所を選んで移動するような変わり者でもない限り、グラン・ギニョールは正面入り口のエントランスから入ることが想定されている。

そして、グラン・ギニョールの館内はとても広い。

普通に入り口から入ってしまった場合、捕らわれの少女を見つけるまでにかなりの時間がかかってしまうだろう。

よって、ウィキッドは当然、悲鳴にひっかかったカモたちが狙いの場所まですんなりたどり着けるよう、エントランスにメッセージを残した。

幸いそこは劇場であり、大道具の置き場所もあればそこに塗料もある。

そしてもちろん、親切な案内ではなくたっぷり悪意のあるメッセージになった。

もともとウィキッドは、単に人間そのものを破壊するだけでなく、それまでの人間関係を壊して醜い潰し合いを演じさせることを好んでいる。

劇場に遅れて駆け付け、爆発には間に合わなかったけれどメッセージは見たプレイヤーがいた時のことも考え、誤解を招きかねない文章を書いた。

もしもウィキッドがこの時点で伊藤大祐の詳細名簿を入手していたら、セーニャの仲間の誰かがやったように見せかける文言を書き残して、仲間割れを誘発するようなことを狙ったかもしれない。

しかし当時のウィキッドは、自分が縛った少女の名前さえも知らなかった。

よって、犯行をなすりつける相手ならば一つしか心当たりがいない。

それはウィキッドがたいそう恨んでおり、機会さえあれば陥れたいと思っている集団だった。

 

 

『帰 宅 部 参 上 ! ! 

 

 悲鳴に釣られたエセ正義感どもは、ステージの上にいるお姫様を助けられるかな?』

 

赤い塗料のスプレー缶で、でかでかとそんな文字が描きなぐられていた。

 

「なんだ、この三下のようなふざけた口上は」

「帰宅部? お姫様? どういう意味なんでしょう……」

 

見覚えのある建物だということでグラン・ギニョールに立ち寄ったシャドウナイフ達を出迎えたのは、エントランスの壁に赤いスプレー塗料ででかでかと描かれた挑発文だった。

 

「帰宅部という連中の顔と名前ならば知っている。宮比市の秩序を乱すテロリストまがいな喧嘩屋どもの名前だ」

 

ちなみにこの発言は、わざと悪いように言っているわけではなく素でアリのままを述べている、つもりだ。シャドウナイフにとっては。

 

「テロリスト!? それって、危ない人たちってことじゃないですか」

 

シャドウナイフは帰宅部のメンバーとはまだ接触したことがない。

μに敵対しメビウスの破壊をもたらそうとしている時点で和解する余地などない連中だが、現実での人柄までは知らない。

しかし、SNSでは楽士に刺激的な挑戦状をたたきつけたり、少年ドールの恥ずかしい写真を公開したり、イケPが激怒するような中傷発言を拡散させていると聞いたことがある。

シャドウナイフも実物を見せられたたが、『楽士変態ばっか! チョーウケル』だとか『アホを尻目にデジヘッド狩りin図書館』だとか、いかにも人を煽ることが大好きですと言わんばかりの書き込みだった。

このゲームでも悪事を働いてこんな書き込みを残していくのは、いかにもやりそうなことだと思われた。

 

「どうやら、先ほどここで悲鳴をあげた人間がいるらしい。

さしずめ、ステージに少女を拉致して助けに来るよう煽っている、といったところか」

「そんな……。放っておいたら、その女の子が危ないじゃないですか」

「いかにも。この文言を見る限り、少女を拘束した悪鬼もステージで待ち構えているように取れる」

 

何のことはない。

SNSでは正義の秘密組織などと自称していたらしいが、一皮むけばかつて山田大樹を虐げていた連中と同じく、人を傷つけておきながらそれを悪事だとも考えない口先だけの正義漢だったということだろう。

 

「だが案ずることはない。そのような卑劣漢など歯牙にもかけぬのが『正義』というものだ」

 

シャドウナイフの心は、敵愾心によって奮い立った。

楽士としての武装を発現する。

漆黒の渦がシャドウナイフの身体を防護するよう立ち昇った後、即座に黒い刃の形を取った。

シャドウナイフが精製する刃の中でもひときわ長大な、大柄な人間だろうと胴を両断できるだけの刀身を持った武装だ。

 

ただし、メビウスに由来するデジヘッドや楽士の能力を使っているところは、一般人にはただの喧嘩のようにしか認識できない。

だからこそ、先ほどは強姦未遂男に対して、はっきり武器をアピールするために能力によるナイフではなく、誰の目にも見える支給品のナイフを使ったのだ。

この武装した姿も、おそらく鳥羽ましろにはファイティングポーズを取っているだけのようにしか見えないだろう――。

 

「え? 今、何もないところから武器が……」

 

そんなことには、ならなかった。

 

ましろの視線は、はっきりとシャドウナイフの拳ではなく、その延長線上にのびる刀身へと向いている。

『ここは仮想世界である』『この世界は現実ではない』という自覚を持っていなければ見えないはずの武器が、しっかりと見られていた。

 

「貴様、この漆黒の刃が見えているのか?」

 

初めて、その事実にシャドウナイフは気付いた。

最初に悪漢から助けた時には支給品のナイフを投げていたし、何より闇の中で距離もあったがために楽士としての姿を目撃されることはなく、はっきりと能力を披露するのはこれが初めてとなったのだ。

 

「はい、見えてますけど……それに……」

 

ヒーローアニメの話をしていた時は目を輝かせていたましろも、明らかに非現実的な武装には驚いたのか、何かを言いよどんだ。

あるいは、何か言いにくいことでもあるのか

 

(まさかこいつは、μに仇なすラガードだったのか? ……いや、それは違うな)

 

『見える者』であり、かつデジヘッドでもないということは、反逆者(ローグ)しかありえない――そんな疑いを、シャドウナイフは慌てて打ち消した。

 

メビウスの住人ならば、例外なく吉志舞高校の生徒ということになる。

彼女の来ている制服が吉志舞高校のそれでないことは明らかであり、つまり彼女はメビウスと無関係だ。

 

(だからといって、下手にメビウスやμのことを明かし、シャドウナイフが誕生した経緯など詳しく語ってしまえば藪蛇にもなりかねないな……)

 

この場所はメビウスではないとシャドウナイフは確信している。

あの世界の創造主はμという純粋無垢な女神で、自分たちに救いを与えてくれた心優しき吉祥天女だ。

そのμが自分たちを殺し合わせるような真似をするわけがない。

しかし、この世界がメビウスとは異なる仮想空間なのだろうとは決め打っている。

ここが現実の世界ならば、オスティナートの楽士としての力を使えるはずがない。

よって、この世界もまた現実ではないという簡単な帰結だ。

 

そうなると、鳥羽ましろは現実の人間なのか、それともメビウスとは別の仮想世界で暮らしていた存在なのか分からなくなる。

『見えて』いるからには、現実世界から連れてこられたばかりの一般人かどうかも微妙に疑わしい。

もしもメビウスの学生のように、どこかの仮想世界で楽しい日々を過ごしていたのならば『この世界は現実で欲しかった能力が使えるようになる作り物の世界なんだ』と明かしたことがきっかけで決定的に『見える』ようになってしまい、せっかくの幸せな夢を覚ましてしまうことにもなりかねない。

シャドウナイフは、説明に窮した。

 

とりあえず、これまでにも彼女が『見えて』いたのかどうかは聞いてみる。

 

「鳥羽ましろ。今までにこういった異能の類を身に宿したり、目にした覚えはないのか?」

「ありませんけど……」

「そうか……お前は普通の日常を送る一般の学生だったな?」

「はい。■■県にある高校に通ってます。参加者の中だと夏彦とサリュ……三ノ宮ルイーズって名簿に書かれてる女の子も同級生です」

「ここに連れてこられた時のことを覚えているか?」

「いいえ。公共の場所で爆破事件に巻き込まれてエレベーターに押し込まれたと思ったら気を失って……気が付いたら、見ず知らずの場所にいました」

 

ましろの事情を聞いて、シャドウナイフにも噛み合うものがあった。

 

(いきなり攫われてきた自覚がある……そうか、それが関係しているのかもしれないな)

 

思い返してみれば、帰宅部やローグの連中がデジヘッドを見えるようになってしまったのも、リアルの生活を思い出したことがトリガーだったと聞いている。

この世界が仮想空間だということは理解していないまでも、『自分たちの住んでいる町ではないところにさらわれてきた』という自覚があるならば、『見える』扱いになってもおかしくはないのではないか。

それが正しい推理だったかはともかく、シャドウナイフはそのように合点した。

 

(納得がいって良かった。もしもメビウスに反抗する意思を持っているが故に『見えている』類のものだったとしたら、あわやラガードになってしまう危惧に陥っていたからな……)

 

「であれば鳥羽ましろよ。俺の正体に深入りすることはやめておけ。

世の中には知らぬ方がいいこともある」

 

そもそも山田大樹――もといシャドウナイフは、人と慣れ合うことが得意ではない。

あれこれと詮索されたくはなかった。

 

(それにヒーローの能力の由来などくどくど説明してしまっては、ヒーローたる神秘性が削がれるからな)

 

鳥羽ましろは、困ったように眉根を寄せている。

 

「でも、せっかく一緒に行動することになったのに――」

「お前は光の世界を生きる人間だ。元来、光と闇は交わらぬもの。

 今こうして連れ立っているのも、運命の気まぐれに過ぎない。そもそも、こうして喋っている時間も惜しいぐらいだ」

「そう言われれば……まずは捕まってる女の子を助け出さなきゃ、ですよね」

「ああ。貴様を置き去りにしないよう加減して駆けるつもりだが、できるだけ急いで動け」

 

仮に帰宅部が舞台上にいて戦闘になった場合、あまり鳥羽ましろにも見せたいものではないが、グラン・ギニョールの入り口に放置するよりはましだろう。

 

「あの、このまま正面から行くより、この劇場って裏口とか無いんでしょうか?」

「裏口だと?」

 

いい考えを思いついたというように、ましろがぐっと力説した。

 

「ほら、アニメとかだと、敵が待ち構えてるかもしれないなら、こっそり入れる関係者出口から潜入するじゃないですか。

 ここが劇場なら、大道具を積んだトラックとかが出入りするための業者用入り口だってあるはずだし……それにこの劇場、正面突破はよくない感じがするし」

「よくない感じ……とは、何か理由あってのことか?」

「だって、さっきから、寂しい感じの音楽が流れてたのが聞こえませんでした?」

「音楽? いや、いつもならばいざ知らず、今宵の出陣には何も伴奏は奏でられていないようだが……」

 

シャドウナイフは耳を澄ませてみたが、メビウスと違って室内BGMの類は奏でられていないようだった。

 

「じゃ、じゃあ私の気のせいだったのかもしれないですね……雰囲気が暗いせいで変な音が聞こえたのかも……」

「まぁいい。確かに裏手からの方がステージにも近かろうし、一理あるな」

「良かった! じゃあ急いで外に回りましょう」

「無論だ」

 

お姫様とやらのもとに急行し、帰宅部を討滅すべくシャドウナイフは動き出した。

 

 

TIPS【ココロの形】

 

メビウスにおいて発現する異能は、その人物にとって『ヒトに聞かれたくない』という殻で隠しているココロの深部が、実体化して現れた姿をとる。

殻を破って出てきた黒くドロドロしたものを『武器』と呼べる形にまでもっていく為にはバーチャドールたちの調律が不可欠だが、それがカタルシス・エフェクトであれ、楽士としての能力であれ、心の力を武器とするためには周囲に対して心を開いた状態でなければならない。

逆に言えば。

メビウスの住人が能力を使っている時、彼らは絶えず『周囲に対して完全に心を開き』、なおかつ『心を目に見える形で外に出している』ということになる。

ただし心を晒していると言っても、あくまで武器のエフェクトとして見せているものだ。

何も能力を使っている間じゅう、思考が垂れ流しになっているわけではない。

しかし、心を固形化させて存在させている以上、そこに情報エネルギーは存在すると仮定できる。

仮にその場に情報エネルギーとなりえる粒子――W粒子が存在するとすれば、人間の精神活動に反応してM粒子に変質するだろう。

ただの人間ならばその粒子に意味を見出すことはできないが、M粒子を読み取れるほどにBCレセプターが発達した存在――心が読める能力者がそこにいれば、その限りではないことになる。

 

 

(どうしよう……シャドウナイフさんに嘘ついちゃった……)

 

ただの学生だなというシャドウナイフの念押しに対して、鳥羽ましろはとっさに『何の能力もないただの学生です』という答えを返してしまった。そしてすぐに、後悔した。

ましろはコミュニケーター――それも、人の心を読める『エンパシー』が使えるレベルにまで達した超能力者である。

ましろの暮らす2030年代の日本において『心をつなげる超能力』は科学的に証明されているために、シャドウナイフのようなファンタジーの能力者ではないけれど、少なくともただの一般学生だと名乗ってしまうには語弊がありすぎる存在だ。

 

命の恩人に、それも情報の共有が大事になってくる非常時の真っ最中なのに、自分の能力のことを隠してしまう罪悪感がなかったわけではない。

だが、ましろの生きる世界には、とっさに『コミュニケーター』だと名乗ることを躊躇ってしまうだけの事情があった。

それは、シャドウナイフの漏らした『宮比市』という地名が聞いたことのない場所で――つまり、彼はコミュニケーターの住んでいる政令指定都市の住民ではなさそうだったからだ。

コミュニケーターは、鹿鳴市などの一部の政令指定都市を出た外の世界では迫害を受けている。

ましろ自身は鹿鳴市の外に出たことがないので、正確には『差別があるらしい』というネットや先生の話でしか聞いたことが無いものだが、ここ最近になって『コミュニケーターは忌むべき存在だ』と心の中で強く念じているコミュニケーター排斥団体の人間とも遭遇したためにショックは大きい。

いかに相手がテロリストと戦う正義のヒーローだったとしても、『もしシャドウナイフさんがコミュニケーターに理解のない人だったらどうしよう』という不安をとっさに抱いてしまうのは無理からぬことであった。

そのうえ、ましろはテレパシーだけでなく、人の心が読めるエンパシーまで身につけている。

同じコミュニケーター同士でさえ、エンパシーを使える者は『考えていることを知られてしまうなんて不気味だ』と煙たがられてしまうことがあった。

幼なじみの天川夏彦でも、最近まではそうだったぐらいだ。

初めてBCに目覚めたときに適性度の高くない友達一同から遠ざけられたトラウマもあり、ましろにとって簡単に打ち明けられることではなかった。

 

そして、嘘をついてしまったせいで、尋ねる機会を逃してしまった。

 

《まさかこいつは、μに仇なすラガードだったのか? ……いや、それは違うな》

 

まだ心をのぞいたりしていないのに。

そして、のぞくつもりも無かったのに、なぜシャドウナイフの心の声がいきなり聞こえ始めたのか。

 

(これって、やっぱりシャドウナイフさんがあの黒い武器を出してからだよね……)

 

最初は、シャドウナイフもテレパシーを使えるのか、それともあの黒い武器に何か秘密があるのかと言葉につまった。

 

《だからといって、下手にメビウスやμのことを明かし、シャドウナイフが誕生した経緯など詳しく語ってしまえば藪蛇にもなりかねないな……》

 

しかし、聞こえてきた心の声は明らかに独り言らしきものであり、誰かに聞かれているなど思ってもみないような言い方だった。

おまけに『ラガード』だとか『メビウス』だとか『μ』だとか、およそ一般的ではない言葉が多すぎてましろには何のことだか全く分からない。

 

そして、聞こえてきたのはシャドウナイフの声だけではなかった。

黒い刃の出現と同時に、音楽が流れ始めている。

 

――未完成な生を受けて神罰を待っている――

 

ロック調、というのだろうか。

メロディアスだがどこか陰鬱で迫り来るような前奏が続いたと思ったら、ひと世代前の電子音声のように硬質な女性ソプラノが歌いだしを始めた。

はじめは劇場内のサウンドかとも思ったが、どう聴いても耳に届くのではなくましろの頭の中に響いている。

 

これは何なのだろう。

そう尋ねたくても、エンパシーが使えることを隠してしまった以上、どう聴けばいいのだろうか困ってしまう。

しかも、シャドウナイフの方もあからさまに自分の能力のことを語りたくなさそうにしていた。

 

《納得がいって良かった。もしもメビウスに反抗する意思を持っているが故に『見えている』類のものだったとしたら、あわやラガードになってしまう危惧に陥っていたからな……》

 

『ローグ』という言葉の意味は分からないが、それはましろにとって良くないことだというニュアンスがあり、ましろを心配すればこそ説明できないという言葉に嘘はない。

自分もエンパシーのことを隠している手前、そう言われては食い下がりにくくなった。

 

「だって、さっきから、寂しい感じの音楽が流れてたのが聞こえませんでした?」

 

試しにそういう風にも聞いてみたが、やはり音楽も含めてシャドウナイフ当人には聞こえていないようだった。

 

(きっと、BCが使えない人には何も聞こえないもの、なんだよね……?)

 

知り合ったばかりの人の心を図らずも読んでしまうという罪悪感と、『やはり言った方がいいんじゃないか』という迷いは当然あった。

しかし、どこに危険人物がいるかもわからないのに『私が心の声を聴いてしまうから武装を解除してください』とは言いにくい。

ちゃんと話すかどうかは、ステージの女の子を助け出してから決めよう。

 

ましろは密かに決意して、シャドウナイフの後を追った。

 

シャドウナイフさんの心の声には、なるべく耳を傾けないようにする。

そう決めたために、意識は自然と知らない歌姫の声に向かいながら。

 

――代役になってみせようか、正義の鉄槌を今此処に下そう――

 

 

TIPS【グラン・ギニョール(3)】

 

グラン・ギニョールの舞台上に拘束された少女の首輪解除条件は、『第四回放送まで、半径2m以内に同時に2人以上のプレイヤーを侵入させない。条件を満たせなかった場合、首輪は強制的に爆発する』というものだ。

そして、少女の首輪が爆発すれば、連鎖的に少女の衣服の中に隠されているばくだん岩のかけらに誘爆し、周りの人々を盛大に巻き込むことができる。

この仕掛けをつくった魔女のたくらみ通りになるためには、当然に二人以上のプレイヤーが同時に近づかなければならない。

『俺一人で充分だ。縄をほどいてあげてくるよ』という展開になってしまっては意味がないのだ。

ひとたび拘束を解かれてしまえば、誰だってポケットに大量の異物を押し込まれていることには気づくだろう。

そうなればばくだん岩の仕込みはばれてしまい、爆発が起こっても犠牲になるのは少女一人だけで終わる。

だから魔女は、少女の拘束が簡単には解かれないようにするだけの工夫は残していった。

縄をほどくのに手間取れば、それだけ複数の人間が『ちょっと俺に見せてみろ』と近寄ってくる確率が高くなるからだ。

ただし、ウィキッドにも計算外があったとすれば。

そこに集まった人間が、まず『二人以上で縄を外そう』と協力することさえも困難な出会い方をするという可能性だろうか。

 

 

縄をほどけばいいだけの救出作業は、困難を極めていた。

 

まず、少女の頭上に開いていた侵入穴のせいで、ドームの屋根がもろくなっていたことが災いした。

宇喜多とヒポグリフが勢いよく着地したことでずしんとドームに地鳴りが響き、屋根が壊れたそばから折れかかっていた梁や、大きな照明がいくつも落下して宇喜多を襲撃する。

ヒポグリフにかかれば回避は難しくなかったものの、至近距離で重たいものが地面に落下して盛大に砕け散る音と、怪鳥の羽音じみた音が聞こえてきたせいで、目隠しをされた少女が警戒した。

そのため、宇喜多の自己紹介と事情の説明にいささかの時間を要した。

おまけに原子力研究所に勤務する国家公務員、兼研究者だと説明しても、少女は何のことだかさっぱり理解できないようだった。

まさか現代で原子力発電の意味が分からない女の子がいることが宇喜多には信じられずに、要領を得ないやりとりがしばらく続く。

やがて、ともかく少女を救出する方が先決だと、宇喜多は少女に近づき、目隠しと縄を外そうとした。

少女の周りに散らばった照明の残骸に躓きながあもえっちらおっちらと近づき、まず目隠しを外す。

しかし、少女を拘束するロープはこれでもかというほどキツキツに縛られていた。

結び目は何重にも複雑に絡まされ、いささかも緩ませる余地がなく知恵の輪よりも難解な構造をなしている。

数十分ばかり時間をかけて格闘したものの、素手でほどくのはまず不可能という結論が出ただけだった。

どこかに縄を緩ませる余地がないか柱周りを調べたものの、わざわざ少女と柱を縛り付けてできたすき間の部分にもどこからか調達したらしきタオルが詰め込まれ、そこに刃物や手を滑り込ませて縄を緩ませる余地も奪っている。

拘束を解きたければ、柱に刃物を押し当てるようにして縄を切断するほかなさそうだった。

しかし、宇喜多の支給品が問題となった。

 

ショットガン。

鎧。

動物。

 

そう。

刃物が無い。

宇喜多佳司は狼狽した。

 

試しにヒポグリフの嘴や前足で縄を切れないか試そうともしてみたが、どちらも湾曲した形をしているため、引き裂くのはまだしも押しあてて切ることには向かない。

どうにか縄と少女の身体のすき間部分から鍵づめを引っかけて切り裂けないか試行させたところ、空振りして少女のスカートにざっくりと切れ目を入れてしまうだけの結果に終わった。

宇喜多は少女に低頭して謝り、危険すぎて試行を続けられたものではないと結論を出す。

慌ただしくステージから降りて舞台袖や控え室などをひとしきり探し回ったが、ナイフやハサミの類は見つからなかった。

 

「あの、ウキタ様? 私ならもうしばらく我慢できますから、助けを呼びに行っていただくというのはいかがですか?」

「いや、君は地図を見られないから知らないだろうが、この劇場は会場の端ぎりぎりに位置していてね。ボク以外に近くを通りがかる人がいるかどうかは心もとないんだ……」

 

そして、ここにきて宇喜多は疲労困憊した。

原因は、やいばのよろいだった。

いくら心根が勇者のそれだったとしても、身体能力までそうなるわけではない。

やいばのよろいは、勇者一行の中でも勇者と英雄しか装備できる者がいなかった程度には重装備である。

それを着込んであちこち動き回れば、体力を使い果たすのは道理。もしもそばに武器屋がいてくれたならば、着込む前に『そうびできない』と判定されたことだろう。

しかしステージにへたり込んだことで、宇喜多は思い出した。

やいばのよろいには、肩や胴体を覆うアームのいたるところに刃の形をしたとげがあることに。

これならば、と宇喜多はよろいを脱ぎ、切断道具として使えないか試そうとする。

ところが、鎧を脱ぐ作業にさらに時間がかかった。

着込む時は勢いで身につけられたものの、外す時の心得まではなかったためだった。

近くで縛られている少女――セーニャも、よろいには見覚えがあるようだったが男性用装備の脱ぎ方までは心得ていない。

かなりの時間ステージの上でもたもたした後に、宇喜多はようやく刃物を入手した。

 

「やったぞ……これで、ようやく君を自由にできる!」

 

とうとう歯がゆい思いから解放されたことで宇喜多はガッツポーズを作り、鎧を抱えて救うべき少女に駆け寄った。

やいばの鎧は突起の数がかなり多く、突起の方向もばらばらに向いていた。

刃の一つを押し当てようにも、他の刃がぶつかって邪魔になりかねないと、宇喜多はまず縄を引っ張ろうとしながら刃をあてる角度を考える。

 

その姿は、傍目には自分で結んだ縄の堅さを確かめているようにも見えた。

 

 

 

「フッフッフッフッフッ……」

 

 

 

そんな宇喜多を嘲笑するように、どこからともなく声だけが聞こえてきた。

 

「なっ、誰だ! どこにいる!?」

 

どこからか飛び降りてきたのか、宇喜多たちがいる舞台袖ぎわの柱とは真逆の舞台袖から、黒衣に黒いマスクをつけた白髪の男が、黒いサーベルを携えてさっと一振りするポーズを決めた。

 

「非道跳梁する舞台に影走る、狼藉跋扈する闇を断つ!

正義正道の影法師、シャドウナイフ、見ざ「宇喜多のおじさんじゃないですか!」

 

怪しげな男の口上は、後ろから飛び出してきた聞き覚えのある声にさえぎられた。

 

「君は、鳥羽ましろ君じゃないかね!? 無事だったのか!」

「あれ? ウキタ様の、お知り合いですか?」

 

縛られた少女が、長時間の拘束による疲労も感じさせない顔で不思議そうに質問をした。

 

「ああ、ボクのご近所さんの友人で、保護したかった少女の一人だ。

 ……そちらの不審な青年については初対面だがね」

 

安堵と不可解がないまぜになった苦い表情で、宇喜多は言葉の矛先をシャドウナイフへとうつした。

出会い頭に悪党呼ばわりされた挙句に、アニメにでもかぶれたとしか思えないファッションと名乗り口上……宇喜多からすれば、不審者呼ばわりされても仕方がないと思っている。

 

「不審だと!? 貴様こそ、そこの女に何をしていた。

 か弱き女人を拘束し、不埒な非道を働こうとしていた悪漢に言われる道理はない!」

「すいません、私にもそう見えてもおかしくない恰好だったと思います……」

 

ましろがおずおずと、「でも、宇喜多のおじさんはそんなことしませんよね?」と付け加えた。

宇喜多が慌てて、ましろの助け船に同意する。

 

「ああ、その通りだ! 僕はこの女性を解放しようとしていた側の人間だぞ。

 君こそ何だね。目上の人間にそんな無礼な口をきいた上に、この状況でそんなアニメやゲームにかぶれたような振る舞いをして……」

 

二次元の創作物や正義のヒーローを愛好するましろはまだしも、宇喜多にとってシャドウナイフの言動は『状況をわきまえずにふざけた振る舞いをしている、目上の相手に敬語も使えない不遜な青年』のそれにしか見えない。

しかもシャドウナイフが身の丈の半分ほどもある大きさの武器まで携えている点も、警戒に拍車をかけた。

――あるいは、宇喜多の心の底に『悪意』の萌芽があったことも、猜疑心を増させた一因かもしれない。

 

「アニメやゲーム? ……笑止! 貴様こそ、その鎧や怪生物はゲームの産物ではないのか!」

 

シャドウナイフは、いかにもロールプレイングゲームの戦士が身に着けていそうな宇喜多の抱える鎧と、宇喜多からやや離れた位置に控えているヒポグリフを交互に指さしている。

 

「なっ……僕だって好きでこんな鎧を持ち歩いてるわけじゃない。たまたま僕に支給されたというだけだよ」

「え? ウキタ様はさっきまで、自ら進んでそれを身に着けておられたようでしたが」

「それを言わないでくれるかねセーニャ君……」

 

宇喜多が弱り目でセーニャの方を振り返った隙に、ここで仲裁しなければいつまでも縛られた女性を助けられないままだと、ましろが会話に割ってはいった。

 

「おじさん、確かに見た目は少し変わってますけど、シャドウナイフさんは怪しい人じゃないんです。

私がさっき危ない男の人に襲われるところだったのを、助けてくれた人なんですよ」

 

控えめだがどこまでも真摯なましろの言いようには、宇喜多も敵意をもって対峙しにくくなった。

もともと、宇喜多はましろ達コミュニケーターの高校生を救いたいと願っていた人間である。

その少女から庇われては、感情に任せてシャドウナイフを糾弾するわけにもいかない。

 

「う、うむ……確かにましろ君の恩人を疑うような真似をするのは心苦しいことだ……高圧的な言い方をしたことは謝ろう……」

「ですよね!」

 

自分が助けようとしていた少女を先に助けてもらったからには、感謝するのが道理。

『シャドウナイフがましろを助けた』という話にどこまで信ぴょう性があるのかを問いただす必要はあるにせよ、まずはましろの無事を喜ぶ方が先だ。

宇喜多の中にある道徳心はそう言っていた。

しかし『ましろが無事だった』という事実が、男にひとつの謎をもたらした。

 

「しかしましろ君、ラボがあんなことになっていたのに、君は一体どこでどうやって生きのびていたんだね?」

「え?」

 

それは、この殺し合いが始まるまでに立ち会っていたラボ爆破テロの謎であり、今ではひとまず棚上げにすることも可能だった問いかけだった。

しかし、尋ねずにはいられなかった。

宇喜多にとって、『あれだけ探しても最後まで見つからなかった鳥羽ましろがどこに隠れおおせていたのか』という疑問は、あの混迷した状況の中でもとりわけ不思議だったことの一つだったのだ。

せめて一言だけでも、先に答えが欲しかった。

 

「こんな時に……と思われるかもしれないが、あの研究所はあちこちにW……いや、放射線が蔓延していた。だから、君の体調にも関わってくることなんだ」

 

(まさか、彼女はあそこでNエリアやWX増幅器の秘密を目撃してしまったりしていないだろうな……いや、それどころか仮にWX粒子によって適性度が上昇してしまったりでもしていたら……)

 

この時だけはセーニャを救出することも忘れて、ましろに質問することを優先してしまったのは、ましろの安全を憂慮してのことでもあった。

あの時に隠れていた場所しだいでは、彼女はこの殺し合いを無事に生還したところで、その後の一生をずっと監禁されて過ごす羽目になりかねないモノを体験してしまったのかもしれないのだ。

 

「私は、夏彦に搬出リフトに閉じ込められて……それよりなんでおじさんは、私達が地下で遭難したって知ってるんですか?」

 

鳥羽ましろは、閉鎖されたエリアの中に宇喜多佳司も逃げ遅れていたことを知らない。

だから、ラボの地下にいただろうと質問されたことに、たじろいでしまう。

 

「第5エリアを移動する君たちの姿が、監視カメラの映像に引っ掛かっていたものでね。

 レスキュー隊の人たちとも一緒に、全員で地下エリアを一周するぐらい君たちを探したんだ」

 

その発言を聞いて、ましろの顔がざっと青ざめた。

 

宇喜多の発言に、迂闊さはなかった。

ただ、知らなかっただけだ。

鳥羽ましろ達三人が、一度、『レスキュー隊』の恰好をしたQの構成員、堂島隊員、桧山隊員、そして笠鷺渡瀬隊員の三名に襲われ、発砲による怪我まで負っていることを。

そしてましろは、エレベーターに押し込まれた時点では、現場に信頼している守部洵隊員やその先輩もいて、彼女達も要救助者を探していたことを知らない。

つまり、ましろは『レスキュー隊の人たちと一緒に君たちを探していた』と言われてしまえば、『自分たちを撃った三人組と一緒に探していた』のだと解釈する。

 

「じゃあ宇喜多さんは、やっぱりQの仲間……!」

 

そして実のところ、ましろも最初から少しの疑念を抱いていた。

 

――宇喜多佳司は、ラボの爆破テロをしたコミュニケーター排斥団体『Q』の内通者かもしれないと、夏彦が言っていた。

 

天川夏彦が、宇喜多が信頼に値するかどうかを見極めるためにエンパシーを使ったときに、宇喜多は『早く対処しなければ……』と、まるでテロを実行する側の人間であるかのようなことを言っていたそうだ。

宇喜多はラボの職員という立場を利用してテロの手引きをしていた内通者ではないか。そんな疑惑を夏彦やサリュは口にしていた。

不審に思う余地はもうひとつあった。

 

(今のおじさん、私たちに心を開いてない……夏彦が読んだ時は大丈夫だったのに)

 

申し訳ないと思いながらも、夏彦が一度は心を読んだという話を聞いていたことから、念のためにエンパシーを使おうとしていた。

それが、不発に終わった。

ラボでの事件が起こる前は心を開いていてくれたのに、今では心を閉ざしている。

それはシャドウナイフを警戒しているせいかもしれないが……ラボでの爆破テロを自分たちが邪魔しようとしたことに気付き、ましろ達を始末したいと考えているせいかもしれない。

悪い想像をしたことで、ましろの表情が凍り付いていく。

シャドウナイフの武装によって流れてくるメロディーも、悪意を助長するかのように不穏なものだった。

 

その反応に、宇喜多もしまったと動揺した。

ましろが襲われたことは知らなくとも、レスキュー隊という単語について『Qの仲間』と言われたことで、渡瀬たちを連想されたのではないかという察しはつく。

 

「いや、違う! 確かに……ボクには秘密にしていることがあった。

だが、災害時に要救助者の皆殺しを企てるような悪党と一緒にされては困る!

断じて、僕は、ここでテロ行為のような真似をするつもりは――」

 

しかし、今度はシャドウナイフがその言葉を聞きとがめた。

 

「テロ行為だと!? ……まさか貴様、このゲームに巻き込まれる以前からの犯罪者だったのか!」

 

シャドウナイフにしてみれば、帰宅部の一味が待ち構えている展開をこそ警戒していた。

そこにいた宇喜多がどう見ても吉志舞高校の生徒ではなかったことからその可能性を捨てたのだが、元からの犯罪者だったともなれば、やはり悪意を持ってここに待ち構えていたのかと邪推せずにはいられない。

 

「君は話がややこしくなるから黙っていてくれ! 何度も言っているように、僕のすることに他意はない。

 こちらの彼女――セーニャ君の悲鳴を聞きつけて、助けに駆けつけただけだ!」

「悲鳴を聞いて駆け付けた、だと?

それは異なことを言う。我々がこの劇場に侵入した時にはもう悲鳴とやらは聞こえなくなっていたぞ。

貴様がまだ悲鳴の聞こえていた時点でここに来ていたなら、今までモタモタと何をやっていた?」

「それは……刃物らしいものを探すのに時間がかかったんだ」

「ではその女のスカートが裂かれているのはどういうわけだ?」

「こ、これは不可抗力だ! 狙って傷つけたわけでは――」

 

「あの、事情は分かりませんが、ウキタ様の仰ることは本当です。

この方は今まで、私を解放するためにずっと奮闘してくださっていました」

 

縛られていた少女が、そう言葉を発した。

最も事情を知らないセーニャが、動けないままに首だけで二人を向いて説明する。

 

「私が目覚めた時、そばに私を縛った方などは誰もおりませんでした。

 とても困っていたところを、ウキタ様がその魔物に乗って助けにきてくださったのです。

 何か悪いことを考えている人には見えませんでしたわ」

 

その言葉を聞いて、ましろにも冷静さが戻ってきた。

宇喜多の考えていることは分からないけれど――動けない少女を必死に助けようとしていたというなら、少なくとも殺し合いをするつもりはないんじゃないか、と。

しかしシャドウナイフは、武装と警戒を崩さない。

 

「貴様は、自分を襲った者の顔は見たのか?」

「いいえ。背後から殴られたらしく、誰なのかは分かりません……」

「では、その男が自作自演で助けにきた振りをしているのかもしれない。

 柱に縛り付けて放置し、相手が疲労するだけの時間をおいてから救出に来た善意の者のように振る舞い、縄を解いてから態度が豹変して無茶な要求を聞かせる――俺を、いや、俺が見てきた外道もよくそういう手を使った」

「いいえ! そのような方には見えませんでした。

それに失礼な言い方ですが、自演で助けようとされたのなら、縄を切る刃物ぐらいきちんと持ってくるのではないでしょうか……」

 

縛られた少女のそばに宇喜多が立ち塞がり、一方でシャドウナイフがましろをかばうように立つという構図は動かない。

双方の距離は、おそらく十メートル前後。

それは、ましろがエンパシーを使うことがぎりぎり不可能ではない位置だった。

 

(ごめんなさい……)

 

宇喜多をかばう少女を疑いたくはなかったが、混乱から立ち戻ったばかりののましろは信じるために確かなものが必要だった。

自分といくつも年が離れていないように見える女性の心を、心中で謝りながらエンパシーを使う。

彼女の心は、ガードされていなかった。

心を読まれる警戒をしていないというより、あまり人の言うことを疑ったりとかしない人なのかなぁと感じる。

無防備に、心の声は聞こえてきた。

 

《困りました。どうしたらウキタ様を信用していただけるのでしょう》

《確かにこのお二人が来られてから物言いが乱暴になりましたが、この方が悪人だとは思えないのです》

《このままでは、イレブン様や皆さんを探しに行くどころか……》

 

悪意はない。

それどころか一刻もはやく自由になりたいだろうに、宇喜多のことを気遣っている。

やっぱりここは先にあの女の人を助けて、それから話し合うことで疑いを解消していけばいいと、ましろは決意した。

 

「シャドウナイフさん。助けに来てもらった人が本気で庇ってるんですから、それは疑いすぎだと思います。

いったんあの人の縄をといてから、話を聞きましょう」

「だが鳥羽ましろよ。貴様から見て、あの男は犯罪者の仲間ではなかったのか?」

「えっと、事情を説明すると長くなっちゃうんだけど、宇喜多のおじさんのことは私も疑っちゃいました。

 だけど、もしかしたら町を壊すテロリストの仲間なんかじゃないのかもしれないし、あの人を助けてから事情を聞いてみたいんです」

「フン……貴様はやはり甘いな」

《だが、いざ荒事になったときに、あの位置に動けない女がいるのは厄介なのも確かだ》

 

心の声でそう言ってから、シャドウナイフは宇喜多へと告げる。

 

「まぁいい。まずは縛られた女を解放すべきだというなら、貴様は女のそばから離れろ」

「なぜだね。君たちからその刃物でも貸してもらえれば、彼女を解放するのは僕がやる」

「愚かな……事情を聞くまでは貴様の扱いを保留にするのだから、貴様を女を人質に取れる位置に置けるはずがないだろう」

 

もしも、いつものシャドウナイフだったならば。

影縫いで宇喜多を動けなくしてから女性の拘束を解いて彼女をどかしていただろうが、それをできないのはそばにヒポグリフが控えていたせいだ。

メビウスでは決して見かけなかった、ファンタジー小説にでも出てきそうな怪物。

空を飛べる生き物にも影縫いが通用するのかどうかをシャドウナイフは知らないし、未知の生き物を目にしたことで慎重にならざるを得なくなっていた。

 

「君たちはどうしても僕を危険人物予備軍にしたいようだね……だが断る。

 彼女はこの状況下で、僕のただ一人の弁護人だ。

 君が彼女を助けてしまえば、その恩を盾にして強引に君の主張に沿わせようとしないとも限らないじゃないか」

「そちらこそ、そんな口を聞いて俺たちを『疑うのは心苦しい』などとよく言えたものだな……」

 

2人で一緒に少女の拘束を解く、という発想はない。

すぐそばに信用できない存在がいるのに少女を介抱することに注意を向ければ、その隙をついて相手が何をするか分かったものではない、と互いに警戒している。

だから、お互いにお前は引っ込め、自分ひとりで少女を解放するという主張になる。

二人のにらみ合いが、しばし続く。

 

「も、もういいです! それなら私が行きます!」

 

いい加減に対立を終わらせたいと、ましろは精一杯に大きな声を出した。

 

「二人ともその人から引き離さなきゃ気が済まないなら、私がその人の縄を解きます。シャドウナイフさん、さっき使ってた小さい方のナイフを貸してください」

 

二人ともが下がり、三人の中で最も警戒されていないましろが少女を助けるという案に、宇喜多は驚きながらも毒気を抜かれたように頷いた。

セーニャを助けることを二の次にして『誰が少女を助けるか』という点で争っていたことを自省したのかもしれない。

しかし、シャドウナイフは躊躇いを見せていた。

 

「お前をあの男と入れ違いで柱に行かせるわけにはいかん。

貴様とあの男は『被害者』と『加害者』の関係だったのではないか?

俺が近寄らないよう釘を刺されている時に、無力な女二人を犯罪者やもしれない男へと近づけて、万が一のことがあったら困る」

「君、さっきから注文が多いぞ! いくら何でもこの状況で僕が彼女たちをどうこうするわけがないだろう」

「そ、それはさすがに、警戒しすぎのような……」

 

ましろも流石にシャドウナイフの言いようが悪いと反論しかけたけれど、心の声が聞こえてきた。

 

 

 

≪俺のことをイジメていた連中も、同じ事をした。

 柱に縛り付けてずっと放置して、別の奴が助けに来たと思ったら、なれなれしく味方のふりして好きなアニメを聞き出してネタにして……。

口先でもっともらしく取り繕ったからといって、信じられるわけがないだろう……!≫

 

 

 

(えっ…………)

 

同時に流れてくる、『許されぬ罪と知れ、黒く染まる代償を』という歌声。

これに近いいじめ行為を、過去にシャドウナイフは受けていたというのか。

校舎で無差別テレポートが飛び交うほどにおおらかで気のいい生徒ばかりがそろった鹿鳴学園で過ごしていたましろにとって、それは全く想像もつかない世界の出来事だった。

衝撃は大きかったけれど、分かったこともある。

 

「大丈夫ですよシャドウナイフさん」

 

シャドウナイフは、悪意から宇喜多に対して乱暴なことを言っているわけではない。

ただ、過去に酷い思いをしたことがあるせいで、信用するのが難しくなっているだけなのだ。

 

「知り合いだからこそ、これは宇喜多さんのことをちゃんと知っておく機会だと思うんです。

ここで上手く和解できれば、他の知り合いの人だってずっと探しやすくなりますし、いい事しかないですよ!」

 

クラスで孤立している子に話しかける時のように、けろりと笑ってみせた。

 

「だが、貴様もあそこの女も甘すぎる。こういう役割は裏切りを知る者が担うべきだ」

「柱まで行く時にすれ違うだけなのにシャドウナイフさんは大げさですよ。ここで危ないことなんか起こりませんって」

 

自分が宇喜多のことを『Qの仲間』だと言ってしまったせいで事態をややこしくしてしまった、その収拾でもある。

あっけらかんと、しかし遠慮する子を遊びに誘うときのように強引に押すと、やがてシャドウナイフの方が折れた。

気をつけて扱うよう釘を刺してブロンズナイフを渡すと、ましろは「了解でありますっ」と答えて転がるがれきを避けながら歩いて行く。

宇喜多も同時に、セーニャから離れてシャドウナイフの手が届く位置へと近づいてきた。

 

右手にブロンズナイフを、左手に自分のディパックを提げて向かっていくましろ。

 

 

 

そこで、シャドウナイフに違和感が走った。

 

 

 

(待て、なぜ奴はナイフを俺から借りた……?)

 

シャドウナイフとましろは、以前にお互いの支給品を確認している。

だからシャドウナイフは、ましろが他にも刃物――十徳ナイフ――を支給されていることを知っていた。

にも関わらず、なぜ彼女はシャドウナイフにナイフを貸してくれと頼んだのか?

 

その違和感は、いやな予感として的中した。

 

 

 

「ほら!宇喜多さんも一緒に助けましょう!」

「わっ……」

 

 

 

ましろはすれ違いざまに宇喜多の白衣の袖をつかんで、二人で少女を助けようと引っ張っていった。

 

「おい!」

 

ごめんなさい、と心の中でましろは謝罪する。

すれ違うだけだと嘘をつくことになったが、これが緊張を解く為の最善手だとましろは考えた。

シャドウナイフから刃物を借りたのは、自分の分と宇喜多の分と、二本が必要だったから。

ここで二人がかりで少女を助けてしまえば、彼女は宇喜多とましろの二人にお礼を言うだろう。

場がなごんでしまえば、シャドウナイフも警戒を緩めざるをえなくなる。

そう、いつだって『人の心を動かすのは真摯な気持ち』だ。びよビヨの2話でもそう言っていた。

 

 

 

 

 

ピ―――――……というアラームの音が、セーニャの首輪から鳴り響いた。

 

 

 

 

「「「え……?」」」

 

セーニャの至近距離で、ましろと宇喜多が立ち止まる。

 

「何事だ!」

 

シャドウナイフがとっさに駆け寄り、理解できないなりに黒い刃で柱ごと縄を大きく抉ってセーニャを解放した。

 

「きゃあっ!」

 

急に自由にされたことで、セーニャがぺたんと座り込んだ。

その勢いで、裂けたスカートの切れ目から大きな石ころがバラバラとステージに散らかる。

 

「石……?」

「なんだ? この音は」

《何の罠だ、これは!》

 

長く、長く続くアラーム音に警戒しながらも、三人はセーニャの周囲へと注目する。

彼女当人だけが、その支給品に見覚えを抱いて顔を青ざめさせた。

 

「離れてください! この石は爆発物です!!」

 

「何だって!?」と驚きの声をあげる宇喜多を始め、全員に電撃が走った。

しかしその電流を上回る、さらなる衝撃がもたらされる。

警告音が一時中断して、セーニャの首輪から電子音声が流れた。

 

 

 

『解除条件の順守が不可能となりました。首輪を爆破します』

 

 

 

「え……?」

 

少女がきょとんとした顔で、目線を下に落とす。

 

周囲にいた三人も、わけが分からないという顔をしている。

三人に与えられた首輪の条件には、三人ともに『失敗した場合に首輪を爆破する』というペナルティは無い。

条件が守れなかったから首輪を爆破しますとアナウンスされても、なぜ、という疑問しか生まれない。

 

しかし、猶予を与えてやるから逃げろとでも言わんばかりに、その首輪からは続く警告音が断続的に鳴っていて。

そこで仮に、もしも爆発が起こったとしたら、ばくだんいわの欠片に衝撃を与えてしまえばどうなるか、それが無くとも、着地しただけでさらに天井が崩れてくるような建物がどうなってしまうのか、ばくだんいわのことを知っているために予想できる者が一人だけいて。

 

「あ――」

 

キェェェェェ、という鷲頭の生物の威嚇するような鳴き声と羽音で、彼女だけが中心にいる存在でありながら我に返った。

 

そうだ、最初にこの羽音が聞こえたとき、自分は何を考えていた?

自分に近づいてくる人たちを何らかの罠から守らなければならないと。

まずは逃がすための呪文を唱えられないかと。

 

確かにそう考えていたことが、分からないまま、呪文を紡がせた。

 

「今こそ加速の加護を――」

 

詠唱する。

思惑は違えど、助けてくれようとしたことには違いない、全員に対して。

 

「――ピオリム!」

 

何も分からなかったけれど、言葉は紡がれた。

その場にいた全員に、黄金色の光が纏われあらゆる『速さ』の上昇をもたらす。

ちゃんと何をすべきか考えていてよかった、と思った。

 

言うべき言葉は、あと一言。

 

「――逃げて!!」

 

この不吉な音が鳴り終わって、何かが起こる前に。

三人はその大声に、雷に打たれたようにびくりと判断したが、理解できずに動けない。

しかし、動けた者は一頭いた。

最初から事態を分かっていない動物だけがフラットにその言葉を字義どおり受け入れ、そのままの行動を起こした。

一声甲高く鳴き、まず跳躍するとまず自らの乗り手である宇喜多佳司を嘴でつかみ上げると自らの背に放り投げて乗せる。

続けざまにシャドウナイフとその後ろでかばわれるようになっていた鳥羽ましろのそばでもしゃがみ込んで、こちらは下からすくい上げるようにと追加で背に乗せた。。

 

「うわっ!」

「何だ!?」

「え? ヒポグリフ??」

 

三人は困惑しながらも、乗せられた背中から振り落とされないようにとヒポグリフの手綱を強くつかんでしまう。

鳥羽ましろは、いろいろな種類のアニメに親しんでいたことで、その生き物の種族名を言い当てた。

それが、たまたま逃走の一助となる。

この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)。

その名前で呼ぶことで、幻想生物は真名の解放を認識してその場から逃れるだけの速度を手に入れ、空中を駆け去った。

 

 

TIPS【ヒポグリフの真名解放】

 

殺し合いゲームの中で、サーヴァントの所有する宝具は支給品として分配され、本来の使い手が殺し合いに参加していなかろうが、別の持ち主に支給されていようが関係なく、現界を続けられるようにされている。

しかし、真名の解放においては別だ。ことに、ヒポグリフにとっては。

ヒポグリフの真名解放がもたらすのは、次元の跳躍。

たとえ劇場の壁が障害になろうとも乗り手ともどもにすり抜け、背後で爆発が起ころうとも衝撃波やがれきのすべてが当たらずに、この世界からの消失と再出現を繰り返す。

しかし、そのリターンとして求められるのは、主人の莫大なる魔力消費だ。

なぜなら消滅に関してはヒポグリフ自身の魔力を当てられるが、再出現を果たすためには乗り手が主体的に引っ張り上げる術を行使しなければならない。

支給された宇喜多佳司や、真名を言い当てた鳥羽ましろのような一般人では、どうあがいてもその魔力は捻出できない。

そして捻出できなければ、このバトルロワイアルでは無理にヒポグリフ自身の魔力で補填するしかなく、ヒポグリフ自身の消滅を代償とするほどの酷使が必要となるだろう。

しかし、とある局面においては、セーニャが最後に使ったピオリムの効果が働いた。

シンプルな加速の呪文とはいえ、伝説の賢者の力の半分を受け継いだ者による魔力である。

その加護が不足する魔力を補うための力となり、あらゆる『速さ』の向上によって、ヒポグリフ自身の魔力解放にかかる手間も『速く』なる。

こうして、全員がその場から脱出を果たすことに成功した。

 

 

飛び去ったヒポグリフを見送ると頭上を見上げ、セーニャはひとまず安堵した。

 

首が爆発して死ぬのだと言われても、よく分からなくて。

あまりに理不尽すぎて、受け止められなくて。

 

(私は……ちゃんとできたのでしょうか)

 

やり残したことも、やらなければならないことも、まだまだあった。

でも、がんばったと言えるだけのものは残せていただろうか。

がんばったねと、言ってもらえるだろうか。

 

想う。

姉のこと。故郷のこと。大切な仲間達のこと。

それらがないまぜになって、ピオリムを唱え終わった時にも想ったことを、もう一度。

皆さんは、きっと大丈夫だろうと。

大丈夫なのだと信じたい。

 

(すごく強くなられていたから。きっと、私を失っても前に進まれる。悲しませてしまうのは、本当に申し訳ありませんが……)

 

自分も失ってしまった後からここに来たから、自分を失う人たちの傷を想像してしまうと、とても痛い。

 

(本当は、もっと皆さんの力に、なりたかった。イレブン様の、支えになりたかった)

 

そして想う。

最後まで毅然として、希望を持っていたあの半身が、どれだけ偉大だったのかを。

 

(この痛みも、後のことも全部、託してしまうことになるのですね)

 

だけど、やっぱり彼女だって、置き去りにされるのはつらいのだろう。

だから彼女は、祈った。

彼女の世界では、祈るということは、これまでの行いを告白して、懺悔することと同じだから。

 

(お姉さま……いいえ、この呼び方は違う)

 

憧れの、追いつけない背中に対してではなく。

 

(ベロニカ。私が一人で大丈夫だったのだから、あなたも大丈夫)

 

来世でも並び立つと約束した、双葉のうちの片葉に。

 

首輪からの警告音が、止んだ。

何か言おうと口を開き。

しかし、言葉にはならず、

 

最後に目にしたのは、夜明けが近づいて明るさを増し始めた、裂け目からのぞく淡い色の空だった。

 

【セーニャ@ドラゴンクエストⅩⅠ 過ぎ去りし時をもとめて  死亡】

 

 

必死に手綱に捕まっている最中でも、劇場のドームが崩壊する音ははっきりと聞こえてきた。

それは、あの場に一人だけ残った少女の最期を意味していた。

 

しばらく飛び続け、ふらふらと草地に滑り込むように着地する。

三人は、転げ落ちるように背中から降りた。

うめき声とともに、三人はそれぞれに痛みを味わう。

 

痛みは、鳥羽ましろに記憶をぶり返させた。

爆発物があると言われた瞬間に、ましろはとっさに詳細を確かめるべく、セーニャと呼ばれていた少女の心にまた潜っていた。

心からは、痛みを伴う声が伝わってきた。

焦りと、必死さと、そしてなぞの呪文が終わった頃には、未練が強くを占めていた。

 

《すごく強くなられていたから。きっと、私を失っても前に進まれる。悲しませてしまうのは、本当に申し訳ありませんが……》

 

自分がいなくてももう大丈夫だという気持ちと。

自分がいなくても大丈夫になったこの先を見届けられないという未練。

特に、はっきりと言葉にしていた名前は二つ。

『イレブン様』と『お姉様』。

 

《本当は、もっと皆さんの力に、なりたかった。イレブン様の、支えになりたかった》

 

ずっと、天川夏彦を支え続け、そしてここに至るまでに昔どおりの、憧れていた『ヒーロー』になった天川夏彦が帰ってくるところを見届けたばかりの鳥羽ましろにとって。

その人の近くにまだいたいという気持ちは、決して理解できないものではなく、むしろ切に共感できるものだった。

 

そんな人が、死んでしまった。

どうして。

そう言葉にする前に、聞き覚えのあるアラームが鳴った。

 

『ピー―――――――』

 

先ほどアラーム音とともに理不尽な宣告をされたばかりの三人は、びくりと身を震わせる。

しかしアラーム音の発信源は、シャドウナイフの首輪と、ディパックの中のスマートフォンの二つを音源としていた。

そして、アナウンスが二重に響き渡る。

 

『首輪の解除条件が達成されました。おめでとうございます』

 

アナウンスが告げるのと同時。

カシャン、と金属部品の連結部を外すような音が小さく鳴った。

シャドウナイフの首輪から。

 

「え……」

 

シャドウナイフが呆けた顔で、己の首元に手をあてると、今度は携帯電話の着信音とバイブレーションが響き渡る。

のろのろとした動作でスマートフォンを持ち出せば、シャドウナイフのそれがメールを受信したと表示していた。

 

 

TIPS【シャドウナイフの首輪解除条件】

 

シャドウナイフの首輪解除条件は、『直接的、間接的問わず参加者一人を死に追いやる』というもの。

この場合、果たして、『間接的に人を死に追いやる』とはどのような条件を指すのであろうか。

 

例えば、人を突き飛ばしたことで高層ビルから落下させれば、それは直接的な殺害行為と言える。

もしも、自分が高層ビルから落ちようとしているところを助けに来た者がいて、その人物が自分を助けたせいで死んでしまったとしたら、それは多くの者が『間接的に死に追いやった』と見るかもしれない。

では、高層ビルから落ちそうになっている人がいて、助けないまま見ていたらその人物が死んでしまった場合はどうなるのだろうか。

わざと見過ごしたのか。

そうでないなら、その人物に責任を問えるのか。

本当にその人物が死んでしまうことを予想できたのか。

もしも行動を起こしていたら、その死は回避できたのか。

その人物が『死に追いやった』と判断するための基準は無数にある。

であれば、間接的に人を死なせたと決めつけていいシチュエーションなど、どこにも存在しない。

 

ファヴをはじめとする主催たちが、その場の気まぐれで『シャドウナイフに死の責任があるかどうか』を決めてしまうというのが最も手っ取り早く、悪意もあるやり方だが、それでは状況しだいで首輪を爆破するかどうかの判断がワンテンポ遅れてしまいかねない。

即座に『この人物は間接的に人を死なせた』と判断できる基準が必要だ。

ではその基準をどこに置くのか。

公平で、簡単な基準がある。

首輪をつけている当人の基準で測ればいい。

首輪をつけている本人の基準でもって裁くのだから、これほど解除に挑む当人にとって文句のつけようがない措置はない。

そして、シャドウナイフにとっての『加害』の基準とは。

『被害者を目の当たりにしていながら何もしなかった者も、直接に危害を加えた加害者となんら変わりなく同罪である』というものだ。

 

すなわち。

シャドウナイフの首輪は、『シャドウナイフが何もしなかったとしても、殺人現場に立ち会っており、阻止できる機会があったにも関わらず阻止しなかったことで人が死んだ時』を判断基準として『間接的に人を死なせた』とカウントする。

 

例えばセーニャの死亡において、シャドウナイフはむしろ鳥羽ましろが彼女に近づくことを妨害しようとしていた側にあたる。

しかし彼は、鳥羽ましろの行為によって、宇喜多佳司がセーニャもしくはましろに危害を及ぼすのではないかと危惧していた。

そして、宇喜多佳司と鳥羽ましろがトリガーになったことで、首輪は爆発した。

これによって、『シャドウナイフは宇喜多佳司と鳥羽ましろの行動がその少女に死をもたらす危険を予測していながら、止めなかった』という因果関係が成立。

シャドウナイフの行動を監視していたゲーム運営は、『間接的な死の責任』を判定した。

 

 

 

首輪解除条件の達成によって、シャドウナイフのスマートフォンには情報が伝達された。

 

[死者]セーニャ

[死亡時間]一日目・午前4時16分

[死因]首輪解除条件の失格ペナルティ(『第四回放送まで、半径2m以内に同時に2人以上のプレイヤーを侵入させない。条件を満たせなかった場合、首輪は強制的に爆発する』)

 

 

なぜ彼女は死んだ?

なぜ私たちは生きている?

 

三人が彼女の死因を理解するまで、あと少し。

 

【A-2/草原/一日目 早朝】

 

※グラン・ギニョールはステージのあるドームが大きく倒壊しました。

 

【宇喜多佳司@ルートダブル -Before Crime * After Days-】

[状態]呆然、右手に切り傷(少)、笠鷺渡瀬への激しい憎悪、「被験体N」の悪意により精神汚染中

[服装] いつもの白衣

[装備]なし

[道具] 基本支給品一色、散弾銃@リベリオンズ、スマホ、この世ならざる幻馬@Fate/Apocrypha(真名解放により魔力を消費したため、自らディパックに戻りました)

[首輪解除条件]

6名の参加者からそれぞれ頭部、胴体、右腕、左腕、右脚、左脚の何れかを切り裂き、切り裂いた部位を繋いで人形を作成せよ。

作成した人形を「七望館」内にある棺に収納することで首輪は解除される。

[思考・行動]

基本方針:コミュニケーターを保護し、主催者を打倒する

1:???

2:鳥羽君の誤解を解く

3:ゲームに乗っているものに関しては容赦しない

4:隊長さんは絶対に仕留めなければならない

※ 参戦時期は本編Aルート終了後、「被験体N」によって悪意を植え付けられている状態からとなります。

※ 現在は渡瀬に関する記憶が改竄されておりますが、今後他参加者への印象に関して記憶の改ざんが行われ、悪意が増幅される可能性があります。

※やいばのよろいはグラン・ギニョールのステージに残され、がれきに埋まりました。

※ヒポグリフの真名解放は、莫大な魔力を必要とします。何の魔力補助もなしにまた真名を解放すれば、ヒポグリフ自身が消滅にいたる可能性があります。

 

【鳥羽ましろ@ルートダブル -Before Crime * After Days-】

[状態]:呆然

[服装]:いつもの服装

[装備]:十徳ナイフ(大刃・小刃・缶切り・のこぎり・救難ホイッスル・ファイヤースターター・ワイヤーストリッパー・マイナスドライバー(小)・マイナスドライバー(大)・プラスドライバー)@現実、ブロンズナイフ@ドラクエ11

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品2個(本人確認済み)

[状態・思考]

基本方針:知り合い(夏彦、サリュ、洵)を探す

1:???

2:シャドウナイフとともに行動。そして彼の手伝い

3:シャドウナイフが暴走しないか心配……

[備考]

・首輪解除条件は「名前が『か』行から始まる参加者(カラミティ・メアリ、神楽鈴奈、柏葉琴乃、黒のライダー、黒のアサシン

 カミュ、クリストフォロス、カミラ・有角、黒河正規、粕谷瞳、狛枝凪斗)の死亡」です。

・参戦時期は、夏彦に搬入リフトに入れられ気を失った後です。(銃創は治癒されています)

・セーニャを拘束したのは帰宅部の仕業だと思っています

 

 

【シャドウナイフ@Caligula -カリギュラ-】

[状態]:呆然

[服装]:いつもの服装

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品2個(本人確認済み)

[状態・思考]

基本方針:正義を成すためにこの殺し合いの打破

1:何が、どうなっている……???

[備考]

※参戦時期はシャドウナイフ編前です

・首輪解除条件は「直接的、間接的問わず参加者一人を死に追いやる」です。

首輪解除に成功した場合は、死者、死亡時間、死因の情報と死亡時の映像が本人のスマホに送信されます。

なお、この機能は首輪解除後も条件を達成する度にスマホに送信されます。

・首輪が解除されました

・セーニャを拘束したのは帰宅部の仕業だと思っています

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