バトル・ロワイアル The Rebellious Memory   作:原罪

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君はいったいどこからやってきたの/犬吠埼樹、ベロニカ(ヤヌ)

冒険の書(勇者記)

 

命の大樹に選ばれた、と聞いた時は

凄いコトなんだろうけど、具体的にどう凄いのか

実感が湧かなかった。

 

ただ、ふたつの故郷が焼かれなければならなかったのも

ボクに宿った力も、そのせいだと聞いた以上は

真実を知らないと、と思った。

はじめは、とにかく無我夢中だった。

 

 

追記.この時は、大切な■■を■■にして戦っていくなんて、夢にも思わなかった。

 

(追記の一部に上から塗りつぶした痕跡あり)

 

 

☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

メダル女学院の校門をくぐり、緊張感をたずさえながら早足で歩いていた二人の小さな少女。

しかし少女のうちの一人――犬吠埼樹は、たちまちに好奇の目できょろきょろしながら歩くことになった。

 

スマホから確認したマップでは、『メダル女学院』の周囲は市街地エリアに囲まれていることになっている。

だから樹は、あの古めかしい学校に通っている生徒たちの生活の受け皿となるかのような、静観な高級住宅街が広がっていることを想像していた。

しかしそこにあったのは、市街地は市街地でも、樹の常識から想像できる市街地では無かった。

 

石畳が敷かれた広い通りに、西洋造りの街並があった。

木を支柱にした土壁の素朴な民家や、大きく均一なレンガで組まれた酒場らしき建物。

屋根瓦やひさし、洗濯物干し場の張り出しなどの外装も全てレンガや木材で組まれ、塗装されたコンクリートだとか合成素材といったような現代の材質はいっさい使われていない。

歩きながら左右を見回せば、遺棄された幌馬車や、ストリートミュージックの演奏にでも使えそうな木造の舞台がある。

十字路をぜいたくに装飾して造られた広場では、大きな噴水が四方へと水流を散らしながら水しぶきを月夜に煌めかせているところだった。

 

「すごい……まるでおとぎ話の町みたいですね……」

 

スマホのライトによって照らした噴水に見とれながら感動の声をあげると、同行者の少女が不思議そうに首をかしげた。

 

「おとぎ話? 確かに立派な町だと思うけど、べつに珍しいものじゃないでしょう?」

 

ベロニカにとっては、樹の感動の方こそが意外なものだった。

彼女にとってその街並みは、『市街地がある』と言われて連想する光景のそれに過ぎない。

山あいに建っていたはずのメダル女学院が町の真ん中に移設されていたことは謎だったけれど、町そのものに浮世ばなれしたところはない。

 

「えっ……ベロニカさんはこんな町を見慣れてるんですか?」

「ええ。国によって建築様式は違うけど、これぐらいの都市なら何度も見たわ。イツキはもと四大国だったところやソルティコに行ったことはことがないのかしら」

「よんたいこく? それってなんでしょう……?」

「え、嘘? あんた王国の名前を知らないの? 会ったばかりの時のイレブンでもそこまで物知らずじゃなかったわよ?」

 

ベロニカは目を丸くした。

 

「え? えぇ? 私、何かおかしなことを言いましたか? 私が知ってる国って、日本しかないんですけど……」

「二ホン? そんな名前の国、あたしは聞いたことないわ」

「ええっ!? ベロニカさん、日本に住んでないなら、どこから来たんですか? も、もしかしてっ……世界のどこかに、滅んでない国があったんですか!? あの炎の中で、生き延びていたんですか?

日本人らしくない名前だと思ってたけど、まさか、まさか外国が残ってたなんて……」

「待ってよ、イツキはどうしてそんなにうろたえてるの……あーもう全然分からないわ。最初から、事情を聞いた方が良さそうね」

 

ベロニカは樹を歩道脇の木製ベンチへと引っ張って行った。

とにかく知ってることを全部話しなさいと前置きして、アンタがいるのはどういう国なのか、どうしてベロニカが知らない国から来たと聞いて驚愕したのか、もしかしていかずちの杖を知らないのもそのせいだったのかと、ベンチに隣り合って腰掛けながら語らせる。

樹は小動物のようにうろたえながらも、たどたどしく説明を始めた。

 

「……それで、その時に、ウイルスで病気にかからずに済んだのは、日本の四国だけでした。

四国の外は神樹さまが結界を張ったことで隔離されてしまって、人間は生きられない場所になっているから……だから、ベロニカさんから、他の国がぜんぜん滅んでないって言われて、びっくりしたんです」

 

樹が教科書に書かれていたことを引き出しながら喋ると、ベロニカはなるほどと得心いったように頷いた。

 

「分かった。つまりあたしとイツキは、違う『冒険の書』から来たのね」

「ふぇ? ぼーけんのしょ?」

 

『ボーケンノショ』という地名のように聞こえたのか、樹はさっぱり飲み込めない顔をしている。

 

「えっと、あたしも分かりやすく説明できるか不安だけど、なるべく落ち着いて聞いてね」

「は、はいっ!」

「この世には、あんたの暮らしてる国とはぜんぜん別の世界がたくさんあるらしいのよ」

「はい?」

 

ベロニカはベンチから立ち上がり、えっへんと背伸びをして教師のように講義を始めた。

ベロニカたちの住む国は、ロトゼタシアという大地の上にあること。

それは遠い昔に『聖竜』と呼ばれる存在によって創造された世界だが、他の世界はそうとは限らないこと。

ここから先はヨッチ族っていうヒトたちの受け売りなんだけど、と前置きして。

ロトゼタシアの大地からは歩いていけない場所に、いくつもの『違う世界』とでも表現すべき大地があること。

それらの世界には人間の交通手段で行くことはできないけれど、ヨッチという精霊の場合は世界の歴史を『冒険の書』という書物にして残すことで、その書物をのぞき込めば他の世界に行くことができるようにしていたこと。

 

「ふわぁ、なんだかすごい話になってきました。神樹様の話を聞くときみたい」

「あんたの中では、すごくて難しい話はだいたい神樹様がらみの話なのかしら」

「だって、人間の力では行けない世界から人を集めてくるなんて、神様みたいな話じゃないですか……も、もしかしてあの白黒の精霊も、ヨッチさんと同じなんでしょうか?」

「いや、ヨッチ族は悪いヒトたちじゃないし今回のことには無関係だと思うけど……それより、イツキにはあれが精霊に見えたの? あたしには小型の魔物に見えたわよ」

「だ、だって精霊ってああいう風に小さくて無表情で、ふわふわ飛んでるものだとばっかり……わっ、木霊! 精霊の話になったからって出てきちゃだめだってば~」

「な、なに、それ?」

 

光を散らして現れた小さいマンドラみたいな球体を、樹はあわあわ隠そうとしていた。

 

「えっと、この子は……どこから説明したらいいんでしょう……」

「見たところ敵じゃないみたいだけど……もしかしてそれが樹の言う精霊なの?」

「そうなんですけど、この子のことは人に教えたらいけないことになってて……」

 

要領は得ないが、おいそれと無関係な人に説明しにくい事情を抱えているらしい。

とはいえ、何に関係する隠しごとなのか検討はついていた。

 

「もしかして、それはさっき言ってた『神樹様』や『勇者』のお話に関わることなの?」

「ど、どどどどーしてそれを!? 勇者のことはまだ言ってないのに……」

「あたしの支給品に変な本が入ってたのよ。最初に見たときは何のことか分からなかったけど、何回も『神樹』や『勇者』って言葉が出てきたわ」

 

ディパックから紐綴じの冊子を取り出す。

装丁は古代図書館の書物のようなずっしりした皮張りではなく薄い色紙が使われていて、イツキの国の風習かもしれないがずいぶん脆そうな形をした本だなぁと思った。

書題には『勇者御記』とある。

 

「神世紀298年って書いてあったわ。いつの時代かは知らないけど、紙も黄ばんでないし昔の記録じゃないわね」

「これ……園子さんの家で蔵書整理を手伝った時に、似たような本を見たことがあります。

二年前ってことは……もしかして、園子さんが大橋で戦ってた時の記録なのかも」

「ソノコさん?」

「えっと、学校の先輩です。わ、この御記も、あっちこっち黒塗りされてますね」

「そうなのよ、おかげでどういう話なのかいまいち分からなくて」

 

隠し立てすることはないと分かってもらうために、ベロニカは自分たちの話もすることにした。

本来ならこっちも大っぴらに話すようなことではないのだけど、今は普通の状況ではない。

 

「でもこの本、あたしたちの『冒険の書の世界』と似ているところもあったわ。

あたしたちの冒険も、『神様の樹』と『勇者』に関わることだったのよ」

「ベロニカさん、も?」

 

腰に両手をあてて胸を張る。

親にもらった名前ではなく、生まれた時から決まっていた肩書きを名乗る。

 

「あたしとセーニャは『勇者の導き手』なのよ」

 

神語りの里で育ったベロニカにとって、世界の成り立ちと勇者が何なのかを説くことは慣れたものだった。

あとはそこに、ベロニカが旅の中で知ったことと、仲間のことをまとめるだけでよかった。

 

ロトゼタシアの中心には、世界が生まれた時から『命の大樹』がある。

それは、世界を創った竜の神が残していったとされる巨大な神木だった。

 

はじめに、光ありき。

もともと闇に覆われ、命あるものが住める土地ではなかった世界に、光のある空と恵みのある大地をもたらし、命が循環できる場所に生まれ変わらせたのが命の大樹だった。

大樹の枝には巨大な力をもつ魂が包まれ、世界が闇に侵攻されることを防いでいる。

大樹の根は世界じゅうに余すところなく張りめぐらされ、地上で起こる全ての出来事を見守っている。

大樹の葉には世界すべての命が宿っていて、葉が一枚芽吹いた時にどこかで命がひとつ誕生し、逆に葉が枯れ散るときは、どこかで命が失われている。

もしも大樹の魂が完全に死滅してしまうことがあれば、それは世界じゅうの命が死ぬことを意味する。

命の大樹がある限り、生命は循環し、魂は輪廻転生して、ロトゼタシアの平和は保たれる。

そして命の大樹の申し子『勇者』がいる限り、大樹の輝きは守られる。

 

大昔に世界の外から邪神が侵攻してきた時、命の大樹は世界を守るために戦う勇者という存在を選び出し、大樹に愛された証である聖なる力と、勇者を示す紋章となるアザを持たせてこの世に遣わした。

初代の勇者は邪神を討伐した後にどこへともなく姿を消し、星になったと言われている。

だが、その伝承は長い年月の間に歪曲されていたもの。

勇者は星になったのではなく、邪神と戦った後に犠牲になっていた。

邪神は滅ぼされたのではなく、一時の封印をされていたに過ぎなかった。

今の時代になって邪神は復活を果たすだけの力を蓄え、黒い太陽のような自らの領域とともにロトゼタシアの地に再侵攻をしかける。

しかし、命の大樹もまた新たな『勇者』となる子どもを世に送り出していた。

先代勇者の生まれ変わりを思わせる瞳の光と勇敢な心を持ち、他の人間では拒絶されてしまう大樹の結界に受け入れられるほど神木に愛された若者。

そして初代勇者を支援していたラムダの一族もまた、強い魔法力を持ったベロニカとセーニャの双子を勇者の導き手として抜擢し、何があっても勇者を守るという使命を背負わせた。

他にも命の大樹の力を狙っていた『ウルノーガ』という魔導士と暗闘をする中で仲間になった者、邪神退治を志願した者、巡り合わせに導かれた者など、勇者に力を貸したい仲間が集まり、ともに過去の歴史を解明しながら力をつけるための旅は続いていた。

だからベロニカが見てきたのは、一人の勇者と七人の仲間たちの物語。

勇者の名前を、イレブンという。

 

「ベロニカさんたちの勇者さんは、男の人なんですね」

 

すごい話だと感嘆しながら聞いていた樹は、ベロニカの話が終わるとそう言った。

 

「え、注目するところはそこなの?」

 

ずれた感想だったことに気付き、樹は慌てて付け足した。

 

「その……たしかに物語に出てくる勇者は男の人が多いですけど、私達のやってた『勇者』は、未成年の女の子しかなれないものだったんです」

「イツキが、勇者?」

 

ベロニカはまじまじと樹に視線を注いだ。

 

「あ、はい。ベロニカさん達と違って、まだ悪い神様と直接戦おうって話にはなってませんけど、いちおう、神樹さまを守る勇者、やってました」

「意外だわ……この御記の関係者だとは思ってたけど、まさか勇者本人だったなんて」

 

樹は『がびーん』という擬音でも似合いそうな涙目になった。

 

「ら、らしくない自覚はありましたけど、そんなに意外そうにしなくても~」

「だって勇者とか戦士っていうより、補助魔法の使い手みたいな恰好なんだもの……言われてみれば確かに、精霊の加護かもしれないけど神々しい気は感じるわね」

 

緑色の勇者装束を上から下まで眺めて、納得したように頷く。

勇者探しの旅立ちのときに『瞳にあたたかな光を宿している人を探しなさい』と言われていたこともあり、その人を見れば何らかの『力』が宿っていることを察する目はあった。

 

「えっと、お姉ちゃんや他の先輩たちは、もっと戦士っぽい恰好なんです。剣も持ってるし」

「他の先輩たち? 四国の勇者って、一人だけじゃないの?」

「私たちの世界では、生まれつき決まってるんじゃなくて、神樹様が適性のある人を指名されるそうなんです。

 私のときは、勇者部のみんなが全員『あたり』だったって言われました」

「勇者部ってなぁに? 勇者に選ばれる前から『勇者』を名乗っていたの?」

「あっ、勇者部っていうのは、戦う方の勇者じゃなくて、学校でやってる部活動の名前なんです。前から戦ってたわけじゃなくて、人の助けになることを勇んでやるから勇者部で……」

「ちょっと待って、学校は分かるんだけど、『ブカツドウ』って何なの?」

「えっ、そこから説明が必要なんですか?」

 

樹はややこしくしないよう苦心しながら、自分たちはベロニカと違って冒険の旅はせずに学校に通っていること、お役目としての勇者と、学校の課外活動としての『勇者部』は違うこと、そして勇者部の全員が勇者になったのはもともと適性のある人をチームにまとめておこうという裏があったこと、を説明した。

集められた理由はお役目のためだったとしても、勇者部として活動することはとても楽しいということも忘れずに。

 

「幼稚園の……あ、幼稚園って分かりますか? とにかく、小さな子どもたちに見せる演劇とか、迷いネコ探しとか、古着や古道具を再利用して配ったりとかも、やってます。

あとは、皆の得意なことで助っ人を依頼されたら、休みの日に駆け付けたりもしてるんです」

「なるほどね。つまりクエストを受注することを専門にした同好会なのね」

「くえすと?」

「旅のついでに頼まれる依頼のことよ。イレブンもしょっちゅう別の町へのお使いやら道具の補修やらを引き受けていたわ」

「へぇ……なんだか親近感がわく勇者さんですね。でも、勇者じゃない人たちも一緒に神様と戦えるなんて、なんだかすごいです」

「そりゃあ、大樹の勇者はその時代に一人しかいないものね。でも、あたしたち姉妹も命の大樹のご神託で選ばれたのよ。

勇者さまとあたしたちが命の大樹を目指す夢のお告げがあったから、勇者さまをそこまで導きなさいって」

 

樹はふんふんと頷きながら物語に聞き入っていた。

 

「ご神託をくだすなんて、やっぱり神樹様のお話に似てますね。

私たちのところでは、勇者の武器でないと、バーテックス……敵に、攻撃が通じないんです。

だから勇者は何人もいましたけど、神樹様に選ばれてない普通の人に戦ってもらうことはできませんでした」

「それは……切ないわね。もちろん同じ勇者仲間がいるのはありがたいことだけど、未成年だけで戦わなきゃいけない上に、勇者の力になりたい人がいたとしても、何もできないなんて」

「……はい。正直、なんで私達なんだろうって思ったことはありました。

でも、今ベロニカさんが言ったように、勇者の力になりたい人だっていたのかもって考えたことはなかったです。

私達が諦めたら世界がなくなるって、私たちの役目だって、いつもそればっかりだったから」

「そこは、あたし達の仲間が歳から身分までバラエティーに富みすぎてるせいかもしれないけどね。

でも、そうね。安全なところで邪神退治が終わるのを待ってても文句言われない立場なのに、付いてきてくれてる人たちもいる。そこは感謝してるわ」

「それ、素敵だと思います。私達は勇者部の仲間がいたから辛いコトを吐き出せましたけど、勇者同士じゃなくたって、本当の仲間になれるんですよね」

 

はずんだ声で称賛すると、ベロニカは恥ずかしがるように目をそらして「なんだか真面目な話になっちゃったわね」と言った。

 

「でもイツキだって、お友達や家族の人がちゃんと心配されてるはずよ……って、お姉さんも勇者だったのよね。失言だったわ」

「あ、謝ることなんかないですよ。ただ、『勇者』のことは同級生の友達にも秘密にしてたし、お役目に関する連絡はけっこう一方的だったから、勇者でない人とお役目の話をしたこと、初めてかもしれないです」

「それ……なんだかお役目を連絡する組織の人がきな臭くない?」

「で、でも私達の戦いはちゃんと終わりましたから!

最後に東郷先輩が天の神を怒らせたとかで事件になりましたけど、それもちゃんと解決して次の代に任せられることになったから、もう大丈夫なんです」

 

両手を握ってぶんぶんと振りながら、そう力説した。

悪い神の討伐までは叶わなかったが、平和は守られた。

彼女たちの冒険がハッピーエンドで終わったらしいことに、ベロニカはまず良かったと思った。

そして、努めて明るい口調で話題を変える。

 

「でも、イツキたちって勇者に選ばれるまでは戦ったことなんか無かったんでしょう?

いくら勇者の力をもらったからって、そんなドラキーにも苦戦しそうな経験値の無さでよく邪神の手先なんかと戦えたわね」

「えっと、このスマートフォンのアプリを使ってるんです。神樹様の力で変身して、それがこの格好なんですけど――」

 

身体能力から技から装備品までをすべてスマホの中の『勇者システム』で賄っているという樹の説明に、ベロニカは「違うところも多いのね……」とため息を吐いた。

ちなみに、これまでスマホで名簿や首輪の条件を確認してきた時も、すべて樹が代わりに操作してくれている。

 

「そうよ。殺し合いに怒ってるせいで言いそびれてたけど、イツキがそんな難解そうなアイテムを使いこなしてるのも不思議だったんだわ。

イツキの国にはよくある道具だったら納得ね」

「はい、アプリはなくても、スマホだけなら日本の人はみんな使えると思います。

……って、私、そんなに不器用そうに見えますか!?」

「いや……あたしの妹もぽやぽやしたとこがあるから、つい重ねて考えちゃってね。

あの子ならこういうよく分からないものに手をつけられるかどうかも怪しいから」

「ベロニカさんだって、扱えていないような」

「あ、あたしは覚えるのが早いから、そのうち大丈夫になるわよ!

でも、皆はちゃんと使えるかしら……マルティナさんとグレイグ将軍は、きっと無理でしょうね。あの人たちはよくも悪くもお堅いっていうか、型にはまらないものを扱うのが苦手そうだわ。

シルビアさんやカミュは……ちょっとシャクだけどあたしより器用だし、色々いじくってコツさえつかんじゃえば案外いけるかもね。

イレブンは、読めないわ。どっちかって言うとセーニャ寄りなんだけど、同じぼんやりでも考えてることが読めないタイプのぼんやりだし、海底王国の時も真っ先に順応していたから、もしかして……ロウのおじいちゃんは、なんで一人だけここにいないのかしら」

 

樹に写し出してもらった名簿を見つめながら、ベロニカは難しい顔をしていた。

しかし、やがて「あら」と間の抜けたような声を出した。

 

「この参加者名簿、だったかしら。これって、最後に『三ノ輪銀』という名前があるわよね?」

「え? その名前がどうかしたんですか?」

「さっき私、勇者御記をパラパラ読んだじゃない? そこに出てきた名前だったのよ」

 

そう言って、ベンチにかけ直すと膝の上に御記を置いてページをめくる。

 

「ほら、三人の勇者がいたみたいに書いてあるでしょ。

一人はさっき言ってた『ソノコさん』で、もう一人は『わっしー』って呼ばれてる子で、最後の一人がここ」

 

5月15日

 

――はじめて三ノ輪銀を見た時、私は少し苦手意識を持ってしまった。

 

指さした先の記録は、そんな風に始まっていた。

 

「イツキの国では、ありふれた名前なの?」

「どっちかというと、珍しい名前じゃないかと思います」

「ということは、御記に書かれているギンという勇者と、この名簿のミノワ・ギンは同じ人かもしれない。

だとしたらイツキから聞いた知り合い以外にも、もう一人勇者がここにいることにならないかしら?」

「言われてみれば、そうですよね……」

 

言葉は肯定的だったが、樹の表情は浮かないものだった。

屋根の上から張り出されたロープの上を、歩いて渡りなさいと言われた時のように不安げな顔だ。

 

「どうしたのよ。私、そんなにおかしなことを言った?」

「えっと、実は、二年前に勇者やってた人のうち二人は、今も勇者部にいる人なんです。

ここには呼ばれてなかったり、名前が変わったりしてますけど。

でもお二人から、もう一人勇者がいたという話を今まで聞いたことがなかったから、どうしてなんだろうと思って。

あ、でも夏凜先輩の勇者アプリは、二年前の勇者が使ってたものだって聞いたことはあります」

「つまり、他の2人は未だに現役なのに、ギンという子だけ勇者の生活からは離れてるってことになるのね」

 

ベロニカの表情が、そこで固まった。

せわしなく御記のページをめくり、いろいろな箇所を読み比べる。

 

「この本、ひょっとして宝箱だと思ったら魔物だったぐらいタチの悪いモノかもしれないわ……」

「え? 宝箱が魔物に?」

「イツキ、まず落ち着いてから私が指さしたところを読んでね」

 

さきほど三ノ輪銀の名前を見せたページをまた差し出し、違う部分を示した。

 

――だけど触れ合ってみると彼女はとてもいい娘で。

――それが■いして、■■してしまうとは……。

 

「黒塗りのせいで、これだけじゃ何が起こったのか分からないでしょ?」

「はい」

 

そうして、先の日付へとページを勧める。

その、二か月後の記録へと。

 

7月10日

 

――私達3人は、ずっと友達。

――今だって。

――近くに感じている。

 

「近くに感じている、って書き方。なんだか、実際には会えなくなったみたいじゃない?」

「かも、しれません」

 

そして。

 

7月12日。

 

――私たちは、友の犠牲と引き換えに■■の■を手に入れた。

 

ベロニカが指さした先にあるその文に、樹は呼吸を止めた。

 

「犠牲って……」

「勇者が犠牲になったとは書いてないけど……二日前に三人は友達だって書いてるんだから、その三人の中の誰か、じゃないかしら」

 

三ノ輪銀は戦死した勇者であり、だからこそ同期の勇者二人も話題に出さなかった。

ベロニカはそう言葉にしなかったが、明らかにそのことを示唆したいようだった。

下手な言葉は失言にしかならないと悟っているのか、じっと沈黙する。

 

「で、でもおかしいですよ!」

 

樹は両手を胸の前あたりでぎゅっと祈るように組ませて、反論した。

 

「だとしたら、死んだはずの人が生き返って、ここにいることになっちゃいます。

それに、犠牲になったとは書いてあるけど、亡くなったとは書いてません。

怪我をして遠くに静養しに行ったのかもしれないし……命まで失ったとは限らないですよ」

 

あまり論戦には慣れていないのか、言い終えてからしばらくすぅはぁと呼吸を整えていた。

だから、と結論づける。

 

「それに、たまたま同性同名の人がいるのかもしれないですよ。

名簿に書かれてる順番だって、勇者部は一か所に五人まとめて書いてあるけど、三ノ輪さんはそこから二人ぐらい挟んだ後に書いてあるじゃないですか」

 

樹はそれで説明がつくと思っていたが、ベロニカはまだ考えこむように腕を組んでいた。

 

「ミノワ・ギンという子のことだけならそうかもしれないわ。

でも、あたしが知っている中でも死んでいるはずの人が名簿にいるのよ」

 

樹にスマートフォンをスクロールしてもらい、自分たちの名前が書かれている箇所を大写しにしてもらう。

 

「この『ホメロス』が、ウルノーガに始末されるところをあたしたち全員が見たわ」

「その人も、ベロニカさんたちの仲間だった人なんですか?」

 

勇者の敵であるウルノーガに殺されたと言われたのだから、樹がそう尋ねたのも無理はない。

しかし、ホメロスに関してはその逆である。

 

「ううん、こいつは敵よ。それも、人間全体の裏切者になるかもしれないところだったの」

 

ベロニカは大樹の前で起こったことを思い返しながら、かいつまんで話した。

ホメロスは正義を標榜する大国デルカダールの重臣でありながら、魔族と内通しており勇者を暗殺する機会をうかがっていた事。

勇者の故郷であるイシの村を焼き払ったり、魔族との内通に感づかれた子どもに口封じの呪いをかけたりと狡猾なことをしていること。

一行が命の大樹と対面したその隙をついて、奇襲を仕掛けてきたこと。

勇者がいつの間にか闇を払う力を身に着けていたおかげで事もなく撃退できたが、もし奇襲が成功していれば全滅もあり得たこと。

のみならず魔族の侵入を許してしまった大樹が傷つけられて葉を散らし、世界中の人がおおぜい犠牲になっていたかもしれないこと。

主君であるデルカダール王にも、幼少からの親友であるグレイグ将軍にも、その裏切りの理由ははかり知れなかったこと。

 

「だからね、ホメロスはできればここにいて欲しくない相手なのよ。

生かしてはおけないとまでは言わないけど、きっと殺し合いをするつもりでいるはずだわ」

「で、でも、そのホメロスさんが人間を裏切った理由は分かっていないんですよね。

もしかしたら、仕方ない理由があったんじゃないですか? 例えば……邪神の手先さんが、倒しても倒しても蘇ってくるようなどうしようもない相手で絶望したとか。

それか、ウルノーガさんに逆らったらその親友さんが大変なことになるはずだったとか」

「なんだか、例えが具体的すぎない? 何かあなた達に似たような事でもあったの?」

「えっと、事情を話すと長くなってしまうんですが……ただ、理由も分からないのに人間に危害をくわえるようなことは、できればやりたくないなぁと思って」

 

勇者部の犬吠埼樹としては、バーテックスでもなければ、精霊と勇者装束によって負傷から守られる存在でもない、ただの人間を傷つけたくはない。

その相手が、もとは悪い人ではなかったのに、なぜか仲間を裏切ったというような人であればなおさら抵抗がある。

東郷先輩だって、一度はバーテックスを招き入れる側に回って神樹様を殺そうとした。

一番の親友だった友奈さんまでも、そして勇者部の全員を巻き込んで世界ごと消してしまおうとした。

けれど、それは東郷先輩が悪人だったからではない。勇者部の皆を思うあまりに追い詰められて、理由があってやったことだ。

きちんと親友同士で話し合って本音をぶつければ和解できたし、何より世界だって滅ばなかったのだから償いようはいくらでもあると皆で結論を出した。

ホメロスという人物も、話を聞く限りでは人が死ぬレベルで取返しのつかないことはしていない。

 

「あたしだって、まだ戻ってこれるかもしれない人間を討つのは後味が悪いと思うわ。

ただ、向こうは殺すつもりで来るんだから、反撃をする心構えぐらいはしておかないと。いざという時に仲間を守れないわよ」

「そうですよね……できれば傷つけるより拘束とかにしたいんですけど。

でも、それならやっぱり『生き返ってるかもしれない』って思った方がいいんでしょうか」

 

三ノ輪銀の名前だけならばともかく、死んだ疑惑のある人物が少なくとも二人いるとなれば、『たまたま同名なだけの別人です』と考えるのはいささか苦しい。

 

「まだ、決まったわけじゃないけどね。もしかしたら、ホメロスの名前を語る魔物が化けてここにいるのかもしれないわ。

氷の魔女みたいに変化ができる魔族もいるし、騙っている名前で名簿に書かれていたっておかしくないもの」

 

シャール女王に化けていた氷の魔女がそうだったように、変身して別の人間として振る舞える者もいることをベロニカは知っている。

もしもベロニカが『失われた時の化身』に関する書物を読んでいればまた違ったかもしれないが、死者が生き返っていると考えるよりも別人が擬態している可能性こそ有り得そうに思えた。

 

「でも、会わないうちからあれこれ考えても仕方ないわね。

ずいぶん話し込んじゃったし、そろそろ出発しましょう?

もしギンさんやホメロスに会ったような人がいれば、話を聞いておくわよ」

「はいっ! ……あれ、そういえば私達、どこを目指してるんですか?」

 

樹はこれまでベロニカに言われるまま一緒にいただけで、どこに向かうのかは聞いていなかった。

だが、出てきたばかりのメダル女学院はベロニカの知っている場所で、導きの教会やホムラの里という場所にも行ったことがあるらしい。そしてこれらの施設はどれもここから北や北西の方角にある。

ふつう仲間とはぐれてしまえば、そういう知っている場所に行けば合流できると考えるものではないだろうか。

ベロニカは、何故かそういった場所から離れるように動いている。

それに、まさか殺し合いをしろと言われた非常事態に、南方のゲームセンターや遊園地に寄ってみようとするような人はいないだろう。

考えてみれば、ベロニカが北上ではなく南下をする理由は薄いように思えた。

 

「当面の到達地点はここよ。ユグドミレニア城」

 

樹が地図を見せると、ベロニカはH-6という南の端にあるポイントを告げた。

 

「でも、一度ここに行っちゃうと、その後に導きの教会とかに行くのが大変になっちゃいませんか?」

「たしかに、セーニャと合流することだけ考えたら北に行った方がいいかもしれないわ。でもね、あたしたちはその『後』のことも考えなきゃいけないでしょ?」

「合流した、後ですか?」

「そう、あたしたちの使命は、命に代えても勇者を守ること」

「い、命に代えてもだなんて、良くないと思います! 犠牲が前提なんて、勇者のやり方らしくないです」

「前提にするつもりはないけどね。でも、それだけじゃなくて、イツキ達もあたし達も、最終的には優勝以外の方法でここを脱出しなきゃいけない。でしょう?」

「はい。脱出の為に、南に行った方がいいんですか?」

「脱出するなら、殺し合うつもりがない人たちをまとめて、集団づくりとか情報集めとかは必要になってくるじゃない?

イレブンたちだって、あたしみたいに他の『冒険の書』から来た人と会ってるかもしれないし、あたしたちが個人でやみくもに探すより、集団を作って言づてを頼むやり方で網を張った方がずっと賢いはずよ。

それなら、長くて三日間の間に、色んな人が出たり入ったりする安全な場所……拠点はどうしたって必要になるわ」

 

旅慣れない樹にあれこれと教えるのが満更でもないのか、ベロニカは少し得意そうだった。

 

「その拠点が、このお城なんですか?」

「そうよ。『お城』っていうのはね、まつりごとをするための場所だけじゃなくて、要塞でもあるの。

たいてい敵が侵攻してきた時の基地としても使えるように作られてるものなのよ。

外を見張ったり非戦闘員を逃がしたりできる構造になってたり、怪我の治療をしたり寝泊まりができる場所があったり」

「あ、確かに東郷先輩も歴史の話をするときにそんなこと言ってました!」

「立て籠もるなら『ホムラの里』でも良かったんだけど、ここだと山のてっぺんにあるでしょう?

だから旅慣れてない非戦闘員も集めるには向かないと思うのよね」

 

なるほど、その点ユグドミレニア城なら灰色に区分けされたエリア――市街地からさほど離れていない。

ある程度往来のしやすい立地にあることが期待できるだろう。

世界を救う旅をしていた一員というだけあって、確かに全体のことをよく考えていると樹は敬意を抱いた。

 

「それに、同じ島に『図書館』なんて、いかにも情報のありそうな建物があるのだって見逃せないわ。

図書館の近くから出発した参加者がいて、もし東の方向に向かっていたら合流も期待できるでしょ?」

「なるほどです! じゃあ、できるだけたくさんの人と会えるようにして…………あ」

「どうしたの?」

「自己紹介の時は、やっぱり勇者だって名乗らなきゃ、駄目ですか?」

 

会話を続けながら、二人はスマホをしまって、歩みを再開する。

「ほかの人に、こんな話を信じてもらえるのかな……」と樹は暗い目をしながら、石畳につまづきそうになって慌てた。

ベロニカはため息をつくと、「イツキ、見てなさい」と人差し指をたて、魔法で小さな火球を出現させてみせた。

深夜の街並みが少しだけ明るくなり、樹はすごいと目を輝かせる。

 

「あんた、あたしの事情とか、こういう魔法を使えるって知らなかったら、あたしを戦わせようとする?」

「そんな! ベロニカさんみたいに小さな子を戦わせようなんて、とても思えないです…………あ、そっか、そういうことなんですね」

「そういうこと。アタシもよく経験したけど、ちゃんと自分の正体を教えてあげなきゃ、誰も子どもを前線に出そうなんて思わないわよ。

仲間が危ないからって戦わせてもらえるわけがないわ」

「そうですね。樹海じゃないってだけで、今は非常時なんですよね」

 

樹はそばで浮かんでいる木霊と一緒に、うん、うんと頷きあった。

 

もっとも、この会場には『勇者です』とか『勇者の導き手です』『人類全体の希望です』なんて名乗ってしまえば、悪い意味で放っておかない人間がいるなんて、彼女たちは想像だにしていない。

 

「それにしても、こんな風にスマホの灯りじゃなくて炎で照らされた街なんてロマンチックですね。

私、もみの木祭り――じゃなかった、帰った後のクリスマスが楽しみになってきました」

「もみの木祭り? イツキの国では、お祭りをやる前だったの?」

「はい。私、じつは町のイベントで、コーラス隊の一員で歌うことになってるんです」

「へー、それはすごいじゃない。シルビアさんがいたら、きっとウキウキしてイツキの歌を聞きたがるわよ」

「聞きたがるだなんて、なんだか恥ずかしいですよー」

「これから人前で歌うのに何言ってるのよ……そういえばあたしの妹も歌うのが得意でね。

歌うのがメインじゃなくて、竪琴を弾くのに合わせて歌っていたんだけど。

よくキャンプをしながら皆でセーニャの歌を聴いていたわ」

「わぁ、キャンプの夜に楽器を弾いて歌うなんて楽しそう……わたしも妹さんの竪琴、聴いてみたいです」

「それなら、あたしの妹が気に入ってる曲があるのよ。あの子、自分の竪琴に歌い手がつくと喜ぶかもしれないから、歌ってもらおうかしら」

「えっ! わたしもその歌、覚えてみたいです! 歌わせてください」

「でもね、今はダメよ。怪しい奴が聞きつけるかもしれないんだから」

「えー……」

「もうっ! 歌うならひそひそ声か、音の響かない屋内とかにしなさいよね。

こんな歌よ――のちの世も、ひとつの葉に生まれよと――」

 

少女二人の会話は、真面目なものからだんだんと明るい話にくだけていった。

 

 

【D-8/メダル女学園より南/一日目 深夜】

 

【犬吠埼樹@結城友奈は勇者である】

[状態]:健康

[道具]:基本支給品一式、スマホ(支給品として勇者アプリがインストール済み)、不明支給品1つ(本人確認済み)

[装備]:勇者装束、木霊(消えたり現れたり)

[状態・思考]

基本行動方針:この殺し合いを止める

1:ベロニカさんと一緒にユグドミレニア城に向かう

2:まずはお姉ちゃんとセーニャさんを探そう。

3:皆さん……大丈夫、ですよね。

[備考]

参戦時期は勇者の章3話、風の入院より以前です

 

【ベロニカ@ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて】

[状態]:健康

[道具]:基本支給品一式、スマホ、乃木園子の勇者御記@鷲尾須美は勇者である、不明支給品1つ(本人確認済み)、ベロニカの普段着

[装備]:メダ女の制服@ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて、いかずちの杖@ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて

[状態・思考]

基本行動方針:この殺し合いを止める

1:『勇者』の導き手なんだし、この子の面倒をみてあげないとね。

2:まずはセーニャと風さんを探しましょう。拠点づくりもかねて南下するわ

3:ホメロスには要注意ね。三ノ輪銀さんといい、本当に当人が生きているのかどうかが気になるわ。

[備考]

・参戦時期は過ぎ去りし時を求めた後です。

・スマホに書かれた『旅の仲間』の定義は、ホメロスをのぞくドラゴンクエストXIの参加者たちです。

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