バトル・ロワイアル The Rebellious Memory   作:原罪

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君臨する夜/東郷美森、三宮・ルイーズ・優衣、イケP、赤のアーチャー、アーナス、アルーシェ・アナトミア、忍頂寺一政(反骨)

 

 

 

スコープ越しで覗き込んだ其所は、無慈悲な戦場だった。

 

“夜”が振るう一太刀で地は裂け、暴風が吹き荒れる。市街地に建ち並ぶ家屋はその風圧に脅かされ、窓ガラスは派手な音を立てて粉砕される。災害をもたらす”夜”の前に、天より授かりし大地も人の叡智が産みだした建造物もただただ虚しく破壊される。

“夜”の視界に映るは翠緑の狩人――流星の如き速度で戦場を駆け回り、“夜”の斬撃を回避する。反撃に転じ、神速の矢を連続して放つが、伸縮自在の剣がその悉くを薙ぎ落とす。軌道を曲げられた弓矢は、派手な爆発音とともにアスファルトの地面に破壊の痕跡を残す。

 

 スコープの照準を左へずらし、災厄に背を向け四人の男女が駆けているのを視認しーー『勇者』は小さな溜息を漏らす。

 

「『勇者部』の皆や『悪魔の子』の手掛かりを探していたら、とんでもない場に出くわしてしまったようね」

 

盤上の登場人物は六人。

 

――記憶を失い荒れ狂う夜の支配者。

――新月の運命に翻弄される人工半妖。

――秘めた欲望を血の奥に抱える異常殺人者。

――他人の感情を理解できない天才少女。

――理想郷に魅入られたイケメン楽士。

――全ての子供の幸福を願う英霊

 

 六人の思惑と信念が交差する箱庭を傍観せし『勇者』――東郷美森は果たして何を思うのだろうか。

 

 

 

時は遡る。

此処はF-4エリア。このエリアは、北東と北西それぞれに屈強な鉄橋が架けられ、別の島への移動を中継する。海面からは乾いた風が吹き、潮の香りを夜の市街地に運び込む。所々に設置されている街灯が夜の街の色彩を保っている。

 

そんな舗装された路地を並んで歩く人影が二つ。アルーシェと忍頂寺は歓談をしながら、エリア北西に位置する橋に向かっていた。当面の目的は知り合いとの合流と定め、アルーシェの仲間が集まるであろうホテル・エテルナを目指しているのだ。

 

ちなみに、参加者名簿には忍頂寺の知っている名前も記載されていた。一条要、蓬茨苺恋、ノーリ、伊純白秋、蓼宮カーシャ、絢雷雷神の6人であるが、忍頂寺曰く、顔と名前を知っている程度であり、この殺し合いの場において信用に足る人物であるかどうかは判断できないため、アルーシェの仲間達との合流を優先させている。

 

 目的地への道中、二人の会話は弾む。赤髪の騎士アルーシェは人工の半妖であり、教皇庁に所属するエージェントという大層な肩書きを持ってはいるが、根本は食べることが大好きな女の子である。プロの料理人である忍頂寺への興味は尽きず、あれやこれやと食べ物の話題を振る。

 

食事の話題となると、忍頂寺も職業柄、無碍にすることは出来ない。食材の選び方、料理の盛り付け、ケーキの焼き方、果てはドレッシングの作成方法に至るまでーー己が磨いた知識を大いに熱弁する。そんな忍頂寺の薀蓄をアルーシェは熱心に聞き入っていた。

先程振舞われた美味しいご馳走のこともあり、アルーシェはすっかり料理人――忍頂寺一政に対し尊敬の念を抱くようになり、その虜となっていた。但し、忍頂寺に何気なく尋ねられた「妖魔や邪妖って食べられるのかい?」という質問に関しては若干引いたが…。それも料理人の熱意として致し方ないものだ、と納得している。

 

「なるほどね。至高のチョコレートかぁ」

「はい! エレノアが作るチョコレートは最高なんですよ! 何ていうか……食べると世界が変わるというか。 とにかくすっごく美味しいんですよ!」

「アルーシェ君にそこまで言わせるとはね。是非僕もご賞味させていただきたいところだね」

 

やがて話題はこれまでに食べた美味しい料理へと移り変わり、アルーシェはオッドアイの瞳をキラキラと輝かせながら、仲間であり、パティシエでもあるエレノアが作るチョコレートの素晴らしさを力説した。忍頂寺も楽しそうにアルーシェの言葉に耳を傾けていた。

 

「ちなみに、忍頂寺さんが今まで食べた料理で忘れられないほど美味しかったものって何ですか?」

「忘れられない料理かぁ……そうだね、僕が10代のころに家政婦さんが振舞ってくれたものかな。 あれは本当に忘れられない味だったよ」

 

「へぇ、どんな料理だったんですか?」

「――スープと肉だね。あの時は外がとても冷えていてね。 何てことはない、どこにでもある素材で作られたものであったけど、それを口にしたときに彼女の温かさと優しさが僕に入り込んできてさ……生まれ変わったような気分を味わったんだよ」

「真心を込めて作られた料理ってやつですね! うわぁ気になるなぁ」

「ああ、決して忘れられない……間違いなく人生の中で最も幸せな瞬間だったよ。

いつまでもこの幸福な時間が続いて欲しいと心の底から、願ったものだよ。

あの時から、僕は“それ”の虜になってしまったんだよ」

 

忍頂寺がうっとりとした表情を浮かべ回想をしていると、アルーシェはプロの料理人が太鼓判を押す肉料理とスープとは一体どんなものか想像を膨らませる。脳内で様々な料理のシルエットが投影され、それに影響されてかお腹の虫がぐうぐうと音を立てた。

 

「おやおや」

「あっ、えーっと……あははは。さっきご馳走になったばかりなのに、美味しそうな話をしていたから、つい……」

 

男勝りな性格をしているとは言え、アルーシェも年頃の女の子である。顔を赤らめ、恥ずかしそうにお腹を抑え込む。そんな乙女の恥じらいを見て、忍頂寺は口許を綻ばせる。

 

「もし良ければ、アルーシェ君も食べてみるかい? 運が良ければ、此処でも食材が手に入るかもしれないし。 僕としてもアルーシェ君にもあの感度を味わってもらいたいな」

「本当ですか、やったー! 楽しみだなぁ……。 ところで、食材って具体的には何になるんですか?」

「ふふふ……それは秘密。でも、きっとアルーシェ君も気に入ってくれると思うよ」

 

 事実、ショッピングモール内のレストランにも食材があったことだし、他の施設も探索すれば、忍頂寺が推す料理の食材が手に入るかもしれない。そういえば、自分たちが向かっているホテル・エテルナにも厨房はあったはずーー食材の詳細は伏せられてはいるが、あわよくばホテルでご馳走にありつけるかもしれない、と意気揚々とアルーシェは足を早めるが、首輪索敵レーダーをチラリと見た忍頂寺が待ったを掛けた。

 

「――忍頂寺さん?」

「どうやらお客様がいらっしゃるようだよ、アルーシェ君」

 

 忍頂寺がアルーシェに見せた首輪索敵レーダー上には、三つの光点があった。その内の二つが忍頂寺とアルーシェを示している。そしてもう一つの光点、第三者の存在を主張する光はゆっくりとアルーシェ達に接近していることが分かる。アルーシェは息を呑み、レーダーが示す北西の方角を見据える。先程までの和やかな雰囲気とは打って変わり、緊張した空気が両者の間に漂う。

 

「どうする?」

「――接触しましょう。 私が探している仲間の可能性もあります。 ただ、もしもの事もあるので、忍頂寺さんは私の背後にいてください」

 

アルーシェからの提案に忍頂寺は頷く。戦闘慣れしているアルーシェと違い、忍頂寺はただの一般人である。なので先頭はアルーシェが務め、相手が襲い掛かってくるものであるならば、忍頂寺の盾となる。

 

 接近する何者かへと歩みだして、数分後――二人は朧げな足取りで接近する銀髪の女性の姿を視界に捉えた。

 

 

 

 

『アーナス』

 

声が聞こえる。

アーナス……私の名前だろうか。

分からない。

 

『アーナス』

 

 では『私』を呼ぶお前は何者だ?

 分からない。

 

『アーナス』

 

 でも、この声を聞いて悪い気分はしない。

 この声は、いいや、この声の主はきっと私の大切な……

 だけど、思い出せない。

 それがどうしようもなく、もどかしい。

 

「アーナスさん!」

 

この声は……違う。

 

ふと我に返ると、目の前には二人の男女がいた。成程、金髪の男を庇うように立っている赤髪の少女が声の主のようだ。しかも、どうやらこいつは私の事を知っているようだ。

 

しかし、何だこの感覚は。

疼きが止まらない。

疼く。疼く。身体が疼く。血が疼く。

ああ、そうか。そうだったのか……。

こいつは身体の中に私の血を宿しているのか。

取り返せねば……私の血を……私の大切なものを。

 

 

 

 

 

闇の奥より二人の前に姿を現したのは、アルーシェがよく知る人物であった。長い銀髪を靡かせ、深蒼の装束を身に纏ったその女性の名前はーーアーナス。

 

かつて教皇庁の聖騎士として、「夜の君」を討ち滅ぼした伝説の半妖であり、その後クリストフォロスを初めとする妖魔達を統べる長として、自らも「夜の君」となり世界に君臨した存在――それがアーナスである。しかし、妖魔『月の女王』マルヴァジーアとの抗争でその絶対的支配は揺らぐ。『月の女王』の狡猾な罠により記憶を失い、暴走状態となったアーナスはクリストフォロス達の前から姿を消すこととなった。そして時が過ぎ、夜の支配者となった『月の女王』打倒を掲げるアルーシェの前に現れ、紆余曲折を経て記憶を取り戻すことに成功する。記憶を取り戻したアーナスは人類根絶を企てる『月の女王』を止めるためアルーシェ達の仲間となった。

 

以上が、アルーシェが知りうるアーナスの情報である。暴走時期であるとはいえ二度剣を交えたアルーシェは否が応でも、その圧倒的な強さについては身を以て体感している。だからこそ、このバトルロワイアルという緊急事態の中で、アーナスと早期に合流できたのは僥倖であるとアルーシェは思った。

 

「アーナスさん!」

 

 アルーシェは嬉々として最も頼れる仲間の名前を呼び、彼女の元へ駆け寄ろうとする。 だが、アーナスは氷のような冷たい眼差しでアルーシェを一瞥する。

 

「何だ、貴様は……」

「……っ!? アー、ナス…さん……?」

 

途端にアルーシェの笑顔は掻き消され、愕然とした表情へと塗り替えられる。足を止め、蛇に睨まれた蛙のように、その場で固まるアルーシェ。嫌な予感がアルーシェの全身を包み込む。心臓を鷲掴みされたような悪寒を感じ、アルーシェは背筋を凍らせる。そしてその不穏な予感は次のアーナスの言葉で現実のものとして認識することとなった。

 

「貴様、私の血も流れているな。 何者だ?」

「……!?」

 

 同じだ、とアーナスは思った。ユーラルムの街でアーナスと初めて邂逅したあの時と全く同じ言葉を掛けられデジャブを感じる。ここで事の成り行きを見守っていた忍頂寺が不審に思ったのか、アルーシェに耳打ちする。

 

「どういうことだい、アルーシェ君。 彼女……アーナス君だっけ? 様子がおかしいようだけど」

「ははは……アーナスさん、悪い冗談はやめてくださいよ。 私ですよ、アルーシェです。教皇庁のエージェントの……」

「教皇庁……? エージェント……? 分からない、分からない!」

 

 頭を抱えて葛藤するアーナスの姿を見て、アルーシェは確信する。アーナスはまたしても記憶と理性を失ってしまっている、と。そして、かつて同じ状況に直面したことがあるアルーシェは知っているーーこの後何が起きるのかも。

 

「だが」

 

 アーナスの左腕に禍々しい剣が顕現する。魔剣ヨルドーー「夜」の力を結集した最強の血剣。エージェント・アーナスはこの禍々しい魔剣を以って、世界の支配者たる「夜の君」を討ち滅ぼしたと聞いている。

 

「私の血は返してもらう」

「アルーシェ君……?」

 

 アーナスに呼応するようにアルーシェもまた血剣をその手中に顕現させ、ゆっくりと構えを取る。両者の只ならぬ気配を感じたのか忍頂寺は思わず後退りする。

 

アーナスを正気に戻したあの時と違い、この場には彼女の大事な人の指輪もなければ、頼れる相方も、使役する従魔もいない。そして、何よりかつてのアーナスの血はあの時に返してしまっている。今現在アルーシェの中に眠るアーナスの血は暴走時に吸った彼女の「蒼い血」のみだ。これを吸われでもしたら暴走に拍車が掛かってしまう恐れがある。

正直な話、以前のように上手くいくのは極めて難しいだろう。だが、それでも暴走状態の彼女を野放しにするのは非常に危険だ。まずは無力化し、その上で彼女の記憶を再び取り戻す手段を模索するーー決意を胸にアルーシェは叫んだ。

 

「忍頂寺さん、離れてッ!」

 

瞬間、アーナスは天高く跳び上がり、夜の重力と共にアルーシェを両断せんと魔剣を振り下ろし、アルーシェも自身の血剣を以ってそれを防いだ。ただ一度の剣の交錯は轟音と風圧を夜の闇の中に撒き散らし、剣撃を受け止めたアルーシェの足元のコンクリートは衝撃に耐え切れず亀裂が生じる。

 

距離を取り、ただ茫然と立ち尽くす料理人の前で、二人の“人外“の戦闘の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

夜道を歩く男女が三人。

 

一人はイケP。所謂ストリート系のファッションで全身を包み、黄金に染め上げた頭髪や綺麗に整った顔立ちは理想郷の女性たちを虜にしてきた。しかし、その姿は理想郷が投影した偽りのもの。理想郷の外――つまり現実においては、イケメンに劣等感を抱く雰囲気イケメンである。

 

その隣を歩くは三ノ宮・ルイーズ・優衣。着せ替え人形のような愛らしい風貌ではあるが、ただの少女ではない。故あって本人の記憶は改竄され自覚はないが、幾人もの有識者の知識を脳に植え付けられた天才である。

 

 最後に英霊アタランテ。翠緑の衣装を纏ったその姿は野性味と気品を併せ持つ。獣のような鋭い眼差しはまさに超一流の狩人のそれであり、周囲を警戒しつつ、イケPとサリュの僅か後方を歩いている。

 

 当面の方針を話し合って、三人はまず北西の島を目指して歩を進めている。

 

「ところでよ、優衣。ずっと気になってたんだけどよぉ」

「――何?」

 

道中での会話は常にイケPから切り出している。無理もない。サリュもアタランテも基本は無口なので、このように相手方からきっかけを与えられないと中々口を開かない。

 

「お前の肩に乗ってるそいつーー『アリス』だっけか? 結局何なんだ?」

「この子の正式名称は『Air Reading Mascot System』。名前の通り、空気を読むマスコットロボット」

「空気を…読む?」

 

素っ気ないサリュの返事にイケPは疑問符を浮かべ立ち止まる。サリュもそれに合わせて、足を止め淡々と説明を続ける。

 

「ん……実は私は他者の表情や感情を読み取るのがとても苦手。生まれてからの性質……。だから、この子が私の代わりに読み取って伝えてくれる。私はこの子がいないとコミュニケーションを上手く取ることが出来ない」

「…マジか」

 

衝撃の事実を告げられ、驚きを隠せないイケPに対し、サリュは無表情のままコクリと頷く。そんな二人のやり取りを同行者のアタランテは腕を組み、静かに観察している。

 

「生まれ育った故郷には十三年間在住していたけれど、この性質と家庭の環境の影響で友人と呼べる人はいなかった」

「それでも…他人と上手く意思疎通ができない私でも……日本に来て出会った夏彦とましろは初めて出来た友人。出会って間もないけど、夏彦達と過ごした日々は本当に楽しく、充実したものだった。 だから、私はーー彼らを失いたくない」

「……良い友達(ダチ)に出会えたんだな」

「ん……大事なーー大事な友人」

 

サリュは強い決意をサファイア色の瞳に込めて、イケPとアタランテに改めて自らの意志を表明する。

 

(そうか…こいつは生まれたときに配られたカードの引きーー環境や欠点という壁をまさに乗り越えようとしていたんだな)

 

生まれた時に定められた運命――外見や環境や育ちの違いによって生じるどうしようなもない格差。その格差が蔓る現実に嫌気がさし理想郷(メビウス)へと逃げ込んだイケP。現実逃避したイケPに対し、生まれもった欠点に抗い、友人を作ることが出来たサリュの何と立派なことか。

 

友人を作るということは普通の人間からすると、難しいことではなく、何ともないこともかもしれない。それでも他者との意思疎通についてコンプレックスを抱えていたサリュには大きな壁であったに違いない。自らのコンプレックスに悩めるイケPはサリュに自身を重ねて、それに打ち勝ったというサリュに少なからず妬いてしまう。

 

ただし不思議と悪い気分にはならなかった。むしろ自分よりも年端のいかない少女に対し、尊敬の念を抱くようになった。

 

そんな思いを内に秘めながら、イケPがサリュに口を開こうとした瞬間……。

 

「ぎゅう」

「……っ」

「おわっ!」

「むっ?」

 

アリスの唐突な鳴き声が夜天に響き、三者三様の反応を示す。サリュは息を呑み、緑色の狩人を暗い目で見る。

 

「アーチャーは……怒っているの?」

「何だと…?」

「今の『ぎゅう』は相手が怒っているときに発する鳴き声。私何か貴方を怒らせるようなことした?」

「姐さん……?」

 

他人の表情を上手く読み取れないサリュはアリスの鳴き声で察知したが、イケPから見ても、アタランテは眉根を寄せていて、実に不機嫌そうに見えた。アタランテは小さな溜息をつく。

 

「――別に汝らに対して怒りを覚えたわけではない。ただ汝のような幼子をこのような下劣な催しに参加させた主催者に改めて嫌悪を感じたまでのことだ」

「アーチャー……」

 

 ゲームが始まった当初、アタランテはこの殺し合いにおける己が方針について、悩んでいた。先刻の問答で、当面はこの二人に付き合ってみようと心に決めてはいたが、優勝の引き換えとなる自らの願望の成就についてはまだ心残りがあった。しかし、今回サリュの身の上話を聞いたときに、眼前の少女のようなーー無垢な子供たちの輝かしい未来を奪わんとする主催者には必ず誅を下さねばならぬと、意思を固めたのであった。

 

「優衣」

「俺も姐さんも聞き届けたぜ、お前の心からの咆哮(ソウルビート)。お前も、お前の友達(ダチ)も俺と姐さんが保護してやるから、安心しな。だよな、姐さん?」

 

 気障な台詞とともにウインクするイケPにアタランテも同調し、首を小さく縦にふる。

 

「感謝する……先程の戦闘もそうだったけど、小池はともかくアーチャーはとても頼りになる」

「いや『小池はともかく』は余計だろ……つーか本名で呼ぶのは止めてくれ」

「それにしても、アーチャーと小池が教えてくれた情報――理想郷(メビウス)に聖杯大戦。未だに荒唐無稽な話に聞こえる」

「それはお互い様だ」

「えっ?まさかのスルーっ!? っていうか俺だって、『コミュニケーター』だっけか? 人の心を覗き見ることが出来る連中なんて聞いたことねーよ」

「『コミュニケーター』の存在は私たちが住む世界では常識……。私だって『バーチャドール』の『μ』なんて聞いたことがない。やはり、こうまでも三人の常識が噛み合わないことを鑑みるとーー真剣に多元宇宙の可能性も考慮すべき」

「タゲンウチュウ?」

 

聞き慣れない単語に首を傾げるイケPに、サリュは呆れたような表情を浮かべ、目を細める。

 

「小池は本当に無知。多元宇宙――つまりは平行世界(パラレルワールド)。私たちの住んでいる世界はお互い異なっていて、このゲームは複数の別世界から連れて来られた参加者で構成されている可能性がある。さっきの金髪の男の姿や能力――あれは私たちとは全く異なる文明から来たと推測される。尤も、多元宇宙については仮説のみで実証されているものではないけれど……」

「な、なるほど〜! 平行世界ねぇ。まあ、確かにそう考えれば色々辻褄は合うよなぁ」

 

一般的には受け入れ難い現実離れしたサリュの考察。しかしながら、実際に現実と仮想世界を行き来し、実際にμという創造主に遭遇しているイケPには飲み込めない話ではなかった。

 

「姐さんはどう思います?」

「……」

「姐さん……?」

 

傍らで静観していたアタランテの意見を求め、イケPは話を振るが、アタランテは彼方の方向を睨み、独り呟いてた。

 

「いるな……。一つ…いや二つか…。大きな力が衝突している」

「えっ?」

「それってどういうーー」

 

詳細を聞き出そうとサリュが口を開いたその瞬間、何かの爆発を彷彿させるような轟音が市街地の彼方より鳴り響いた。

 

 

 

 

アーナスとアルーシェ。

 血剣と血剣が激しくぶつかり合う二人の戦いの舞台はいつしか街中の広場へと移行していた。いや正確に言うと、アーナスがアルーシェを押し込んでいたという表現が正しいのかもしれない。戦いは既に一方的な様相を呈していたのだ。

 

「はあああああああああッ!!!」

「くっ……」

 

アーナスは雄叫びを上げながら、猛スピードで斬りかかり、アルーシェは苦い表情を浮かべ、自身の血剣で受け止める。しかし斬撃の威力はとても重く、アルーシェは攻撃を防いだものの身体を仰け反らせ、後退を余儀なくされてしまう。更に間髪入れずに、一刀両断せんと血剣が振り下ろされーー紙一重で回避する。振り下ろされた剣はそのまま轟音を奏で、大地を割る。

 

斬り合いではなく防戦一方。未だ致命傷を受けてはいないが、それでもアルーシェにとってアーナスの全ての攻撃を防ぐことは難しく、白い肢体に幾つかの切り傷が付いている。

――アルーシェの劣勢は誰が見ても明らかだ。

 

そう。アルーシェにとって、“夜の君”の剣撃の一つ一つはあまりにも速く、重すぎたのだ。

アーナスと剣を交えるのはこれで三度目である。しかし過去二度の戦闘ではアルーシェの傍らには複数の従魔とーー相方であるリリアーナが側にいた。

 

リリアーナ・セルフィンーーアルーシェの幼馴染で教皇庁に仕える巫女。“月の女王”に捧げる「刻(とき)の花嫁」に選ばれ、本来であれば、騎士であるアルーシェに守護される身でありながら、自らも前線に立って、対象の時間を遅らせる能力でアルーシェの戦闘をサポートしていた。アーナスと”月の神殿”で対峙した際は、リリアーナの能力でスピードを封殺し、従魔達との連携でどうにか凌ぎ切ることが出来た。しかし、今この場所でアーナスと対峙しているのはアルーシェ唯一人だけである。この場には従魔やリリアーナのような力量差をカバーできる要素はない。同行者の忍頂寺は広場の入り口に立ち尽くし、固唾を飲んで見守っているが、ただの一般人である彼がこの超常の戦闘に参加できる余地はどこにもない。

 

「斬り裂くッ!!!」

「……ッ」

 

尚もアーナスの猛攻撃は続く。一気に距離を縮めアルーシェの懐に潜り込んだアーナスは高速で魔剣を薙ぎ払う。アルーシェは辛うじて、自らの血剣で防御をするが、

 

(重っ……!)

 

咄嗟の態勢では至近距離で振るわれた魔剣の勢いを殺しきれず、斬撃の方向へと身体が持っていかれる。二本の足は地を離れ、アルーシェの華奢な体躯は遥か後方のビルへと砲弾のように吸い込まれる。そのビルは商業ビルだろうか。1階は洋服屋のようで、天井が非常に高く、広々とした空間にはいくつもの衣類が丁寧に配置されていた。店頭ディスプレイには洋服をお洒落に着込んだマネキンが展示されている。アルーシェの身体はディスプレイのガラスを突き破り、無人の店の奥へと沈んだ。

 

「グハッ……! ……ッ!」

 

 血反吐を吐きながらよろよろと立ち上がるアルーシェの前には、既に自身の前に立ち、魔剣を振り上げる”夜”の姿があった。死刑執行の如く振りかざされるギロチンをアルーシェは横転し、慌てて回避。空振りの一撃は床が真っ二つに裂け、家屋全体が軋み揺れ動く。アルーシェはそれに目もくれず、店内を逃げ回る。アーナスは顔色一つ変えずにアルーシェを追い駆ける。

 

「ちょこまかと……!」

 

 苛立ちを声に込めて、アルーシェを追い立て剣を振るうアーナス。アルーシェはそれらを必死に躱す。つい数刻前までは整っていた店舗の中は、アーナスが繰り出す剣撃と風圧によってぐちゃぐちゃになっていた

 

今のアルーシェとアーナスの姿はまさに兎と獅子。餌と捕食者。食物連鎖の縮図が荒れ果てた店舗内で繰り広げられていた。だが、アルーシェも教皇庁の騎士であり、歴戦の勇士でもある。”餌”のままでは終わらないし、終えられない。

 

 特に法則性もなく、店内をただひたすらに逃げ回っていたアルーシェは、迫りくるアーナスに背中を向けたまま、店の中央に配置されている巨大な支柱に向けて突貫する。それを逃がすまいとアーナスもそれに続き、石の床を蹴り上げる。アルーシェも速いが、アーナスはさらに速かった。アーナスが支柱の直前でアルーシェの背後へと接近するまでに1秒も掛からなかった。

 

アーナスが支柱ごとアルーシェを両断せんと剣を払った、その瞬間。

 

「何っ!?」

「はぁああああああああッ!!!」

 

コンマ数秒の出来事であった。アルーシェは跳躍して、眼前の柱を蹴りあげ、空中でくるりと身を翻しーー反対方向、つまりは呆気にとられるアーナスへと血剣を構え降下する。アーナスの魔剣は柱を一刀のもと、真っ二つにする。支柱の一つを失ったビルの悲鳴にも聞こえる破壊音を耳にしながら、剣を振り切った直後のーー僅かな隙を見せているアーナスへと剣を突き立てる。

 

(ごめんなさい、アーナスさん)

 

 心の中でこちらをただ見上げるアーナスに対して詫びを入れる。殺すつもりはない。無力化のために多少の手負いは覚悟してもらおう。

 

だがーー

 

「――ヨルド」

 

アーナスがその言葉を呟いた途端、右肩に焼けるような痛みが到達した。そしてその最初の痛みを皮切りとして、背中に無数の激痛が駆け巡った。

 

「ぐうぁあああああああっーーー!!」

 

 空中で態勢を崩したアルーシェは絶叫を上げ、鈍い音と共に床へと落下する。アルーシェの眼前には自身を冷ややかに見下ろすアーナスの姿がある。そしてその手に蠢くものを視認して、アルーシェは自分を襲った謎の攻撃の正体を悟る。

 

魔剣ヨルドーー通常時においてもその刀身は異常に長いが、秘められた能力を有している。それは持ち主の意志次第で、伸縮自在に刀身を操れるというものである。あの瞬間――アーナスの号令と共に魔剣ヨルドの剣先は伸長し、アルーシェの右肩を刺突し、さらにアルーシェが地面に落下するまでの刹那に、生き物のように動き回り背中を切り刻んだのである。その気になれば、アルーシェを細切れにすることも可能だったが、敢えてそうしなかったのは、生き血を啜りたいが故なのか。

 

 迂闊だった、とアルーシェは後悔する。

 

過去に剣を交えたときも、この能力の前に苦戦を強いられていた。だが、今回の戦闘においてはアーナスが意図的に切り札として取っておいていたのだろうか、あの瞬間までこの能力を利用することはなかった。アルーシェは能力を利用されるまでもない通常の剣の打ち合いでの打開策を考えることに集中したため、その存在を完全に失念していたのだ。

 

(ははは……ドジふんじゃったな)

 

アルーシェは虚ろな目のまま、アーナスの手が自分の首元に近づいてくることを見上げる。首根っこを掴まれ、浮遊感とともに自分の身体が無理やりに持ち上げられることを感じた。自分の首筋にアーナスが歯を立てたのを認識したその瞬間、アルーシェの意識はプツリと途絶えた。

 

 

 

 

赤髪の少女からたっぷりと吸血を行い、失われた記憶が蘇る。

 

思い出す。私は妖魔の長アーナス。“夜の君”。

 思い出す。忌々しい怨敵“月の女王”の面貌を。

 思い出す。あいつが私の大事なものを奪ったことを。

 

 だが、それでもーー

 

 思い出せない。あいつと何故相争ったのかを。

 思い出せない。あいつが私から何を奪ったのかを。

 

『アーナス』

 

 また、頭の中に声が響く

 だが、思い出せない。血を取り戻しても、この声の主が一体誰のものなのかを。

 

「殺す……!」

 

 ポツリと呟いたのは明確な殺意の現れ。

 湧き上がるのは、あいつーー“月の女王”への激しい憎悪。

覚醒した夜の支配者の心は黒色に塗り替えられる。

 

そして。

 

「許さん……!」

 

忌々しげに装着された首輪に触れる。

”夜の君”である自分に、このような狼藉を働いた主催者とやらにも同じように憎悪を抱く。必ず奴らの元に辿り着き、然るべき罰を下してやる。

 

その為にはーー

 

気を失い横たわる赤髪の少女に視線を送る。背中からはおびただしい出血があるようだが、胸は上下に動いているところから察するに、まだ息はあるようだ。

 

まずは用済みとなったこの少女から葬ることにしよう。この殺し合いとやらを勝ち残り、主催者の元へと辿り着くために。

 

「死ね」

 

ただ一言呟き、眼前の少女の命を絶たんと剣先を向けたその瞬間――

 

「ねえ」

 

店舗の入り口から男の声が聴こえ、アーナスは声が聴こえた方向へと視線を注ぐ。そこにはーー

 

「アルーシェ君は、美味しかったかい?」

 

 こちらへ向けてボウガンを構え、歪な笑みを浮かべる料理人の姿があった。

 

 

 

「何者だ」

「おっと、自己紹介がまだだったね。これは失敬。

僕は忍頂寺一政。しがない料理人だよ、アーナス君」

 

不快な表情を浮かべるアーナスに忍頂寺は実に穏やかに自己紹介を行う。しかし、その間も手に握る得物の照準は揺るがない。

 

「貴様…ただの人間のようだが、私に何か用か?」

「月並みな質問かもしれないけど、これからアルーシェ君をどうするつもりだい?」

「この半妖のことか? 殺す」

「うーん、それは困るなぁ。 彼女とは約束をしたばかりだし。どうにか見逃してくれないかなぁ」

「黙れ。こいつを殺した後はお前も殺す。私が勝ち残るためだ。抗うのであれば、その武器で私に戦いに挑めばいい」

「ははは…さっきの戦いを見ていたけど、こんな武器じゃ敵わないことくらい、ド素人の僕でも理解しているつもりだよ。僕は死ぬだろうねぇ、間違いなく」

「だからさぁ、ここからは死が確定している一人の哀れな人間のお願いなんだけどーー」

「……?」

 

眉を顰めるアーナスに忍頂寺は笑みを浮かべて言い放つ。

 

「君にせめてものの慈悲があるのならさーー」

 

「僕とアルーシェ君を一緒に食べてくれないか?」

 

 果たして、これが自分の死を確信している者の表情なのか。忍頂寺は愉快そうに笑みを浮かべ、ボウガンを懐へとしまい込んだ。そして、飛び込んでおいでよとばかりに、腕を突き出し胸いっぱいに広げてみせる。

 

 一瞬の静寂が、荒れ果てた店内に漂う。

 その異様な光景を前に、アーナスが反応するのに数秒の時を要した。

 

「――貴様は何を言っている?」

「言葉通りの意味だよ。僕はアルーシェ君と共に生きたいんだよ。君が僕たちを食べてくれるのであれば、僕とアルーシェ君は君という存在と一体化できる」

 

 忍頂寺は口角を吊り上げながら、アーナスへと近づいていく。

 

「僕はさ、こう思うんだよ。何かを食べるということは、それと同一化するということに等しいってね。つまり、君が僕たちを食べてくれれば、僕たちは君の中で生き続けることが出来るんだよ、君という生命が朽ち果てるまでね。それにーー」

 

アーナスは沈黙したまま剣先を向けるが、忍頂寺は特に気にする素振りも見せずに、床で意識を失っているアルーシェの元へと辿り着き、

 

「このままじゃ、アルーシェ君が可哀想だよ。中途半端に食べられちゃってさ」

 

 愛おしい恋人にそうするかのように、深紅の髪を撫で上げた。柔らかい感触を確かめながら、忍頂寺は恍惚とした面持ちで、アーナスへ語り続ける。

 

「やっぱり残さず食べてあげないと、相手にも失礼だよ。君たち妖魔は、簡単に他人を取り込むことが出来るんだろ? だったらさ、その素晴らしい習性に感謝して、相手にも敬意を示して、もっともっと食事をしていかないと、本当に勿体ないよ」

「――世迷言はそれで終わりか」

 

 忍頂寺の語り聞かせた内容が不快だったのか、アーナスは顔をしかめていた。まるで汚物を見るような痛烈な視線を送り、己を見上げる男に対して矛先を向け、宣告を行う。

 

「貴様などーー私の糧にする価値もない」

「おやおや残念。随分と嫌われちゃったようだね、僕は」

「ここで死ね」

 

 自身の命を刈り取るべく振り上げられた血剣を目前にしても、忍頂寺は笑みを崩さなかったが、

 

「本当に妬けちゃうよね、君達には」

 

 ただ一言。恨み言のような言葉を処刑人へ浴びせ、迫りくる刀身を前に忍頂寺は静かに目を閉じた。

 

 

 

だが。

 

忍頂寺一政の生涯はこの場所で終焉を迎えることはなかった。

 

 

 

 激しい銃声が洪水のように鼓膜に押し寄せた瞬間、忍頂寺は再び瞼を開け、自身が五体満足で息をしていることを認識する。先程まで目と鼻の先の距離にいたアーナスは、いつの間にか店の奥にいた。彼女の双眸は既にアルーシェと忍頂寺ではなく、別の何かを捉えていた。その視線の先を確認すべく、振り返ると

 

「おいおい兄ちゃん、大丈夫か。早いとこその子を連れて逃げな」

「――君は?」

「通りすがりのイケメンだ」

 

二挺のマシンガンを構え、アーナスと相対する奇抜な格好の青年がそこにいた。

 

 

 

 

「おいおい、何だよあれ。 あいつら本当に人間か?」

「目で追うのも困難…」

「……。」

 

派手な破壊音の正体を探るべく、イケP、サリュ、アタランテの三名は周囲で一番高い見てくれの廃ビル屋上へと駆け上がり、その戦闘を目撃した。

 

紅と蒼の女騎士の激突を納める舞台としては、市街地の小広場はあまりに分不相応であった。高速で繰り広げられる剣の応酬は、豪風を呼び、コンクリートの地面を抉り、その破片が空気の中に飛び交う。この決闘の見届け人なのだろうか、金髪の眼鏡を掛けた青年が少し離れたところで、固唾を飲んでこれを見守っているようだ。

 

暫くの間アタランテは険しい表情を浮かべながら、サリュとイケPはただ呆然と戦いの行く末を眺めていた。剣と剣が苛烈にぶつかり合い、街灯、ベンチなどの建造物が巻き添えとなりスクラップと成り下がる中、戦局は大きく動く。

 

蒼の騎士の猛攻に紅の騎士は耐え切れず、剣撃に流されるような形で真近のビルの中に派手な音ともに吹き飛ばされたのだ。間髪入れず蒼の騎士は人間離れした脚力を以って追走していく。直後、二人の騎士が侵入したビルの中からは衝撃音が木霊した。

 

戦闘を奏でる音は尚も続くが、アタランテはゆっくりと踵を返した。

 

「終いだな…先を往くぞ」

「待ってくれよ、姐さん。このまま放っておくのかよ」

 

立ち去ろうとするアタランテを、イケPは慌ててその肩を掴み引き止めようとするが、アタランテは怪訝な顔を浮かべ、冷ややかにあしらう。

 

「あの場に、汝らの知己はいないようだが?」

「けどよ……」

「よもや、あの紅い女の身を案じているのか? 相変わらず甘い男だ…。

止めておけ。あの蒼いのについては、『英霊』と同格か、それ以上の存在だ。

汝らのような、ただの人が挑んでも無駄死にするだけだ」

「――同感。小池、あれは私たちにどうこうできるものではない。関わらないほうが身のため」

「……っ!」

 

アタランテに加えサリュにまで諌められ、イケPは唇を噛み締めた。

 

「付け加えるのであれば、吾々が目にしたのは世の真理だ。弱い者が強い者によって沙汰されるーーただそれだけの、至極当たり前のことだ」

「……それで、このまま、あの赤髪の子が死んだとしても、仕方のないことだと割り切れるのかよ」

「そうだーーそれが現実だ」

 

 俯いて、拳を震わせるイケPの問いに、アタランテは冷徹な表情を保ちつつ即答する。「純潔の狩人」として育てられ、幾度の死線を潜ってきた彼女にとって、弱肉強食は絶対的な真理であり、其処に躊躇いなど一切なかった。アタランテの説く死生観は、理想を夢見て現実から逃避したイケPのそれとは絶対的な溝があったのである。

 

 やがて、イケPはーー

 

「そうかよ、だったら俺はーー」

「小池、何処へ行くつもり?」

 

 戸惑うサリュと未だ冷ややかに視線を送ってくるアタランテの脇を抜け、地上へと降る階段への扉に手を掛ける。そして背後へと振り向き、二人の女性に声高らかに告げる。

 

「やっぱ現実なんてもんは、クソッたれだ! 俺は俺の理想をーー正義(ジャスティス)を貫くぜ。このまま、あの女の子を見殺すなんて、イケメンのやることじゃねえしな!」

「優衣、元気でやれよ。姐さん……優衣のこと頼んだぜ」

 

 最後に、いつも通りの陽気な語調で「あばよ」と言い残し、扉の中へと姿を消していった。

 

「本当に愚かな男だ」

「……完全に同意」

 

夜天の下、廃ビルの屋上にポツリと取り残された二人。サリュとアタランテは共に呆れた表情を浮かべていた。やがて、ビルの真下よりマシンガンを両手に備え、疾走する男の姿を視認すると、アタランテは小さな溜息をつきサリュへと声を掛けた。

 

「それでーー」

「……?」

「汝は何を望む?」

 

 サリュのサファイア色の瞳をじっと見据え、その意思を問いただす。一瞬、その瞳の中の海に迷いのさざ波が生じた。一際大きな夜風が吹き、無機質な狩人と少女の髪を靡かせた後、サリュは静かに口を開く。

 

「私はーー」

 

 

 

 

アルーシェの中に眠るアーナスの血は確かに存在した。アーナスはアルーシェから吸血を行うことで、記憶を取り戻すことが出来た。但しそれは完全ではなかった。

 

但し、アルーシェはこの殺し合いの場に来る前に、その大半を彼女の時間軸にいたアーナスへと返している。更に暴走状態であったアーナスを鎮めるため、彼女の身体に流れる蒼い血を吸っている。だからこの殺し合いに連れてこられた時のアルーシェの身体に巡るアーナスの血は妖魔の長“夜の君”としての蒼い血が大半を占めており、半妖だった頃の赤い血は限りなく薄かった。だからこそ、アルーシェは自身の血を捧げることを拒んだ。

 

かくして、アルーシェの懸念は的中する。アルーシェの血を吸ったアーナスは自我を取り戻したが、それは「夜の君」としての自我。アーナスをアーナスたらしめていた、半妖になる前の彼女の記憶も人格はない。「夜の君」となった後も、蒼い血に流されず暴走せずにいたのは、半妖時代からの「アーナス」という強力な自我があったからこそだった。

 

したがって、今の夜の君は不完全。蒼い血に支配され、溢れんばかりの憎悪と殺意を周囲へと解き放つ魔王へと成り下がる。

 

彼女は忘却している。配下のクリストフォロスと共に人間と妖魔が共存できる世界を目指していたことを。

彼女は忘却している。人間を滅ぼさんと企てる月の女王を止めるために彼女と争っていたことを。

彼女は忘却している。命を賭して守護ると誓った最愛の女性のことを。

 

 

 

 

「オラオラオラオラオラッーー!!!」

 

特に会話を挟むこともなく、店から飛び出し斬りかかってきたアーナスに対して、イケPは機関銃を乱射する。女性に銃を向けることに抵抗はあるが、話が通じないのであれば致し方ない。

 

迫りくる弾丸の集団にアーナスは動揺することもなく、右方向へと跳躍し回避する。イケPのマシンガンの照準は尚もこれを追うが、アーナスは右へ左へと駆け抜け、マシンガンの連射を躱し続ける。

 

銃声が絶えず鳴り響き、硝煙の臭いが広場に蔓延する中、チラリと視線を逸らすとーー先程間一髪のところで助けた男が赤髪の少女をおぶり、店の入り口付近でイケPとアーナスの戦闘の様子を心配そうに窺っているのを発見した。男とイケPの目が合う。

 

(いやいやいや、何ボケーっと突っ立ってんだよ、さっさと逃げろよ)

 

 イケPはアーナスへの攻撃の手は緩めず、顎をクイクイと動かし、「早く行け」と合図を送る。こちらの意図を理解したのか男もコクリと頷き、イケP達から背を向け歩き始めた。

 

一先ずの目標は達成したーーホッと胸を撫で下ろし、蒼の女騎士へと視線を戻すイケPであったが、

 

「戦いの最中に余所見をするとはーー」

「へ?」

 

 アーナスは既にマシンガンの射程圏外に移動をしていた。

 

「私も舐められたものだな」

 

 だが、まだ両者の距離は十分にある。接敵する前に蜂の巣にしてしまえばよい。いくらアーナスの移動速度が超人的なものであろうと、機関銃の照準を追従させるほうが早いはずだ。イケPは額に汗を浮かべ、機関銃の照準をそちらへ向けようとしたその瞬間――

 

「何ッ!?」

 

アーナスが構える剣の先端が生き物のように伸長し、イケP目掛けて高速に飛来してきた。

 

イケPはアルーシェとアーナスの戦闘の一部始終を見ていた。但し、それはビル屋上から眺めた広場での戦闘のみだ。闘争の場がビル内に移動してからの戦闘は目にしていない。イケPがビル内に辿り着いて最初に目にしたのは、ボロボロに傷付いたアルーシェを庇う忍頂寺の命を絶たんとアーナスが剣を振りかざしていた場面であった。だからこそ認識していなかった。アーナスが持つ魔剣が伸縮自在であるということを。そしてこの能力がアルーシェとの戦闘に終止符を打ったことを。

 

想定外の攻撃にイケPは慌てて左手に持つ機関銃を盾にし、剣撃を弾くがーー着撃の瞬間の信じられないような剣圧に身体は大きく仰け反る。その隙をヨルドの魔剣が逃すことはなかった。一度弾かれてはいるものの、攻撃は尚も続く。弧を描くように隙だらけのイケPの銅を切り刻まんとする。イケPは慌てて後退し回避しようとするが、間に合わない。

 

「グァッ!?」

 

斬撃は右胸を掠り、焼けるような痛みにイケPは呻きを漏らす。だがそれでも魔剣の追撃は緩まない。イケPは先程と同様に二挺の機関銃を盾にしたり、懸命に回避行動を取ってはいるものの、神速に迫りくる魔剣の悉くを完璧に躱すことは出来なかった。

 

脚もーー

腕もーー

胴もーー

首筋も――

 

全身至る所に切り傷が残される。それでも歯を食いしばり、回避に専念する。襲い掛かる魔剣の主へと視線を向けると、涼しい表情のまま一歩も動くこともなく、こちらに剣先を向けていた。

 

(畜生……さっきの金髪外道といい、この姉ちゃんといい、化け物揃いじゃねえかよ)

 

攻撃は尚も続く。

痛い。痛い。痛い。

風を切る音ともに、肉が抉られる。

赤い線が切り刻まれる。

脚が痛い。腕が痛い。腹が痛い。胸が痛い。首元が痛い。

全身が痛い。

今こうしている間も、焼けるような痛みが現在進行で刻み込まれていく。

 

イケPの回避行動も徐々に遅れる。失血の影響か徐々に意識を遠のきつつある。

 

そんなイケPの頭蓋に夜の剣先が差し迫る。だが、イケPは攻撃を認識し回避信号を全身に送りつつも、痛めつけられた身体が信号に追い付かなかった。

 

(あーやべえ……これ俺死ぬわ)

 

 人間は死の直前に見ている風景がスローモーションになると聞いたことがある。今がまさにその時になるのだろうか、剣先がゆっくりとこちらに近づいてくるのを知覚する。メビウスで手に入れた折角のイケメンも台無しになるだろうなこれは、と自嘲してしまう。まあ、あわや殺されそうだった中年の兄ちゃんと赤髪の女の子を助けることも出来たし、俺にしちゃあよくやったほうじゃないかな、うん。

 

と、イケPが回想していると、スローモーションで差し迫っていた剣先が巻き戻すかのように自分から離れていくことを知覚した。剣先はゆっくりと持ち主の方向へ戻っていき、

やがて、どこからともなく光の矢が剣先に接近しーー

 

豪快な爆発音とともに、イケPの意識はスローモーションの世界から現実へと引き戻された。そして、自分の懐にいつの間にか小さな金髪の少女がいることに気付く。

 

「優衣……お前どうして……」

「動かないで。小池は命の恩人。借りは返させてもらう」

 

 今にも倒れそうなイケPの肩を担いでサリュは全身全霊で支える。そしてイケPの支給品袋を漁り、とある支給品を取り出す。

 

 けんじゃのいしーー先の戦闘で金髪の騎士ホメロスに襲撃されたときとは立場が逆転し、

今度はサリュがイケPのボロボロの身体に振りかざす。途端に全身から沸騰する傷の痛みが引いていくのをイケPは感じた。そして、イケPは背後へと振り返り、先の光の矢の狙撃手であろう人物の姿を捉えた。

 

「愚か者がーー」

「姐さん……」

「理想を掲げるのは結構だが、理想に見合う実力を身に付けろ。 さもなくば、その理想は汝自身や汝の周囲に災厄を与える毒物としかなりえぬ」

 

 と、言葉を紡ぐ狙撃手アタランテはイケPには目もくれず、ただひたすらに目下の獲物であるアーナスを射抜かんと弓を放ち続ける。アーナスは音速で動く魔剣でその悉くを撃墜している。剣と弓矢が交差するたびに広場内に爆発が生じるが、アタランテもアーナスも全く動じる様子は見せない。

 

「ここは私が預かる。汝らは退け」

「姐さん……俺も姐さんと一緒に!」

「ならぬ。ここから先は『英霊』の領域だ。汝らでは足手まといにしかなりえぬ」

「……ッ! 俺には……俺には、姐さんと肩を並べて戦う資格もねえってことかよ!」

「小池、駄目!」

 

声を震わせ食ってかかろうとするイケPをサリュが懸命に諫める。アタランテはやはりイケPに視線を向けることもなく、狙撃を続けている。

 

「――ああそうだ。汝は弱い」

「……」

 

 魔剣と魔力の込められた弓矢が交差し、爆風と爆音が絶え間なく発生する戦場でも、その言葉はイケPに容赦なく突き刺さった。無慈悲な宣告にイケPはがっくりと肩を下ろし、唇を震わせ、拳を握り締めた。先程のアーナスとの戦闘を経て、ただ加勢をしたところでただのお荷物にしかならないということは、他ならぬイケPが一番よく分かっていた。

 

正直言うと、舐めていた。メビウスではラガードや帰宅部と戦闘を行ったりはしていたが、それは決して痛みの伴うものではなかった。痛みの伴わない戦闘に慣れ、感覚が麻痺していた結果、こうした無鉄砲な行動に刈り立てられてしまったのだと反省している。

 

それでも仲間が奮戦している中、今ここで何も出来ず無力であり続ける自分自身が許せなかった。それがどうしても悔しかった。無理矢理にでも否定したかった。いつの間にかイケPの眼からは涙が溢れ落ちる。

 

「きゅうぅぅぅ…」

「小池、悲しんでいる…」

 

傍らで佇むサリュはアリスの鳴き声を聞き、ようやくイケPの涙の意味を理解した。そして困惑する。こういう時は慰めの言葉を掛けてあげるべきなのだろうが……具体的にどのような言葉を掛けてあげるべきなのか、分からなかったのだ。如何に天才少女と言えど、サリュは他者の感情変化を察する能力に疎く、コミュニケーション能力は著しく乏しい。それでも何か言ってやらねば、と口を開こうとしたその瞬間、アタランテはイケPとサリュへと振り向いた。

 

「だがなーー」

「汝の掲げた理想と覚悟だけは、私と共に戦場を駆けるに相応しい戦士のものだったーーだから強くなれ。汝の理想と覚悟を実現できるほどの力をその身につけてみせよ」

 

 アタランテは微笑みを浮かべていた。ここにきてイケPとサリュは初めてアタランテの笑顔を見た。イケPはぽかんと、口を開けて彼女と視線を合わせ、やがて今自分が励まされているということを悟る。

 

「姐さん……」

「往け! そして駆けよ!」

 

 アタランテが再び目の前の獲物を睨みつけようと視線を戻すと、アーナスの魔剣は既に眼前に迫っていた。後方へ宙高く跳躍し、夜の斬撃を回避する。更に空中で強引に身を翻し、弓矢を目にも止まらぬ速さで連射する。蠢く魔剣は音をも凌駕する速さでこれらを撃墜していく。

 

「優衣、走るぞッ!」

「小池っ……!?」

 

イケPは呆然と立ち尽くすサリュの手を引っ張り、戦場からの離脱を開始した。アタランテの叱咤と激励は、イケPに今自分が何を為すべきなのかを理解させたのである。

 

イケPは決して背後を振り返らない。ただ前だけを見据えて駆け抜ける。そして、決意する。次に会うときまでには、少しでも強くなって彼女を見返してやろうと。

 

地上に着地したアタランテはイケPとサリュが戦場から離脱したことを察し、それでよいと呟き、眼前の敵と対峙する。

 

「――我が名はアタランテ。 強き剣士よ、汝に問う」

 

アタランテの突然の問いかけに、それまで剣を振るっていたアーナスの動きがピタリと止まった。念のためにと会話を試みてみたが、相手が耳を傾けてきたことにアタランテは内心驚く。が、あえて表情には出さずアーナスの真意を探るべく口を開く。

 

「汝はこの殺し合いの果てに何を望む?」

「復讐だ」

「復讐……?」

 

 ぴくりと眉を顰めるアタランテに、アーナスは自らの感情を露わにする。

 

「私は……! 私の大事なものを奪ったあの女を赦すわけにはいかない! あの女に辿り着くために私はこの殺し合いを勝ち抜く」

「他の者と手を結び、主催者を討ち滅ぶすという選択肢もあるはずだが?」

「愚問だな、私は妖魔の長“夜の君”だぞ。 人間どもと手を取り合うなどあり得ぬ。 皆殺しだ。この場にいる貴様達参加者達も、猪口才な主催者も。そして最後に元居た場所へと帰還し、あの女を殺す」

「その過程で武器を持たぬ子供がいたとしても、殺めるというのか?」

「ああ殺す」

 

 一切の躊躇いのない返答だった。

 

「そうか……。ならば尚のこと、汝をここで討たねばならぬ」

「ふッ……貴様が? この私を? あの程度の弓矢でか?」

「見くびるなよ、怪物。 こちらも全ての手の内を見せたわけではない」

「面白い……ならばその手の内とやらを見せてもらおうかッ!」

 

咆哮と共にアーナスは地を蹴り上げる。迫り来る怪物を迎え撃つべくアタランテも矢を番える。

 

――妖魔と英霊による死合いの火蓋が再び切って落とされた。

 

 

 

 

墓地を後にした東郷美森は、市街地の上空を駆けていた。神樹の加護により飛躍的に向上した脚力で一度ビル屋上を蹴れば、彼女の身体を遥か上空へと跳躍させた。東郷は夜空の上から、街灯が照らす薄暗闇の街を見下ろし、人影がいないかと目を凝らす。

 

「友奈ちゃん、どこ…?」

 

上空で小さく声を漏らすが、当然それに反応する声が聴こえてくるはずもなく、暗い表情のまま探索を継続する。青髪の青年との衝突でもたらされた痺れについては多少マシにはなりつつも、未だ身体に残留している。だが、それがどうしたと痺れが残る身体に鞭を入れて、奔走する。

 

(友奈ちゃんが受けている苦しみに比べたら、こんな痺れ……!)

 

思い浮かべるは、いつも隣で笑ってくれていた彼女の姿――。今も苦しんでいるであろう彼女のことを想うだけで、胸が張り裂けそうになる。一刻も早く合流せねば、と地を蹴る足にも力が籠る。

 

そして、東郷が探索に精を出す理由はもう一つある。『悪魔の子』の情報だ。

 

なるべく多くの参加者と接触して、先程の青年のように『悪魔の子』に関する情報を持ち合わせていないか収集しなければならない。本当は口封じの意味も込めて、先程青年を見つけ出せれば良いのだが、そう都合よくいかないらしく、まだ人っ子一人見当たらないのが現状だ。

 

「必ず見つける! 友奈ちゃんも! 『悪魔の子』も!」

 

やがて数刻の時を経て、東郷は前方の方角からのけたたましい破壊音を聞きつけた。

 

 

 

 

「だークッソ! もっと速く走れねえのかよ、忍頂寺さんよぉ!」

「ははは……勘弁してほしいね、イケP君。 僕もそこまで体力があるわけじゃないからね……」

「……。」

 

 何かと急かすイケPに、アルーシェを背負い走り続ける忍頂寺は疲弊した表情で抗議する。その二人の前をサリュは物言わず走っているが、歩調は忍頂寺に合わせているため、彼女にしてはかなりのスローペースである。

 

イケPとサリュがアタランテに後を託し、戦場を離脱して五分程経過した頃、二人は先行していた忍頂寺達に追い付いた。特に放っておくことも出来ず、お互い軽い自己紹介だけを行ってから、こうして同行している流れとなっている。

 

イケP達を先導しているのはサリュであるが、これには理由がある。イケPとアーナスの戦闘に介入する前に、アタランテは予めサリュにアーナスとの戦闘を預かる旨を伝え、逃走経路と戦闘後に落ち合う場所の指示を与えていたのだ。更には逃走に必要だからと自身の最後の支給品が入った支給品袋と、壊れてしまう可能性があるからと自身のスマートフォンもサリュに託していた。

 

(アーチャー……)

 

 未だに背後からは轟音が鳴り響き、地が揺れるのは、未だに大規模な戦闘が行われているという証拠。野性味と気品を併せ持ち、近寄りがたい雰囲気をまとっていたが、こうして自分たちのために命を張ってくれているアタランテーー彼女の無事をサリュは強く願った。

 

そんな一行の前に、一つの人影が突如として舞い降りた。

 

「すみません、少しだけお話を伺っても宜しいでしょうか?」

「誰っ……!?」

「うおっ! 空から女の子が!」

「おやおや……」

 

 それは、黒い艶のある長髪の少女だった。水色と白を基調とした青空を彷彿させる装飾を身に付けた少女の姿はまさに天女の如くーー一行は三者三様の反応を見せ、立ち止まる。

 

「私は東郷美森と言います。 あなた方と敵対するつもりはありません。少しお聞きしたいことがあるだけです」

「私たちは急いでいる、申し訳ないけどーー」

「いやいや三ノ宮君、折角のご来客だ。無碍にするのも申し訳ないよ」

 

 今も自分達のために奮戦しているアタランテのことを想うと、悠長に立ち話をすることなどできないーー東郷の申し入れをサリュが一蹴しようとすると、忍頂寺が遮った。あまりにも能天気で緊張感も感じられない物腰に流石のサリュもムッとする。

 

「あなたは今の状況が分かってーー」

「まあまあ、優衣。 この子も何か困っているようだし、話だけは聞いてやろうぜ。 それに情報交換ってやつなら、俺らが欲しい情報も何か持っているかもしれないだろうし」

「――分かった。小池がそう言うなら……。但し、手短に終わることを希望する」

 

忍頂寺のみならず、イケPにまで諌められたサリュは渋々了承する。但し、東郷に対する視線は未だに鋭い。やり辛いな、と内心思いつつも東郷は話を切り出していった、

 

果たして情報交換はサリュの希望通り、手短に終わった。まずはお互いに軽い自己紹介を

行なってから、ゲームが始まってからの動向と探している人物の情報交換を行った。東郷が自身を中学生と紹介した際、イケPが「中学生っ!? その身体でかっ!?」と騒ぎ、サリュに「小池は黙って!」と一喝された一幕はあったが、それ以外は滞りなく終わったと言えるだろう。

 

結論から言うと、今回の情報交換において、お互いに目ぼしい収穫はなかった。一行の誰も『勇者部』部員の目撃情報と『悪魔の子』に関する情報を持ち合わせていない事を知ると、東郷はがっくりと肩を落とし、東郷が青髪の青年とのいざこざを伏せ、まだ他の参加者と接触したことないと告げた時は、夏彦達の情報を微かに期待していたのかサリュも一段と険しい顔を浮かべた。

 

「お時間を取らせてしまい、申し訳ございませんでした」

「時間の無駄だった」

「おいっ優衣、そんな言い方ねーだろ! 悪いーな、美森ちゃん。優衣も悪気はあって言ってる訳じゃねえんだよ。 ちなみにこれから、どうするつもりだ? 俺達はこの島から離れるつもりだけど、もし良ければ俺達と一緒にーー」

「いえ、お気遣いはありがたいのですが、私はもう少しこの島を探索してみたいと思っています」

「そうか……。まぁ無理強いは出来ねぇわな。 俺が言うのも何だけど、無茶だけはするんじゃねぇぞ。それと、ここからはなるべく離れた方が良いぜ」

「僕達も道中結城さんに出逢うことがあれば、君の事は伝えておくよ。 僕にも是非君達が二人一緒になれることを手伝わせてほしい」

「――お心遣い痛み入ります。 皆さんも道中お気を付けて」

 

イケPと忍頂寺に謝礼を述べ、最後にチラリとサリュを一瞥すると、目と目が逢った瞬間に視線を逸らされてしまった。随分と嫌われてしまったようだと内心では苦笑し、東郷は地を蹴りその場を後にした。

 

 

 

「どうした? その程度の速さでは私を捉えるなど、夢幻に過ぎぬぞ」

「小癪な真似をっ!」

 

広場に接するビルの屋上にて、アーナスは苛立ちを声に込めて、魔剣を振り払う。アーナスとアタランテ、両者には30メートルほどの距離があるが、生憎と魔剣ヨルドは伸縮自在。瞬時にアタランテの華奢な身体を真っ二つにせんと、剣先が伸展する。だが、次の瞬間には既にアタランテはこれに背を向け別のビルの屋上へと飛び移っていた。剣先は尚もアタランテを猛追するが、アタランテはひらりと身を躱す。魔剣は速度を殺さずに屋上の地に粉砕音とともに潜りこむ。間髪入れずにアタランテの足場を破壊しつつ、彼女の喉元へと急浮上する、が。

 

「緩いぞッ、妖魔! それも見切っているわ!」

「チッ…」

 

流石は最速の弓兵というべきか、アタランテは空中で身体をクルリと反転し、龍のように飛翔する魔剣を難なく躱しきる。更に崩落していく足場へと一度降下し、踏み込みの弾みをつけてから飛躍する。軽やかに屋上のアスファルトの床へと復帰したアタランテーー同時にこれまで散々自身を喰らわんと追跡してきた魔剣が上空へと舞い戻ることを知覚する。天を仰ぐと、そこには満月に照らされ、魔剣を上段に思い切りに振りかぶるアーナスの姿があった。

 

「弓兵風情が…潰れて消えろッ!」

 

振り下ろされた夜の渾身の一撃はビル上部を完全に崩落させた。巨大な砲弾が炸裂したかのような、とてつもない破壊音が辺り一面に木霊する。広場には砕け散ったビル上部の残骸が無遠慮に落下していき、大地を揺らす。

 

たった一振りで、これほどの爪痕を残したアーナスは破壊の権化と呼ぶに相応しいだろう。だが、それでもアーナスの一撃はアタランテの肢体を分断することはなかった。

 

「ッ……!」

 

上部が欠損したビルの中、コンクリートの壁を貫く音とともに到来する矢にアーナスは咄嗟に反応し、喉元の寸前で鷲掴みにする。矢の放たれた方向、対面するビルを忌々しげに睨みつけるが、壁越しに射てきたのであろう狙撃手の姿を捉えることは出来ずーーその一撃を皮切りに右方、左方、後方、床下あらゆる方角から連続してアーナスを射殺さんと神速の弓矢が襲い掛かってきた。

 

アーナスは左手を塞ぐ弓矢を粉々に砕くと同時に、右手で握る魔剣を振るい四方八方から押し寄せる弓矢を次々と弾き落としていく。

 

――斬撃を叩きつけられる直前、アタランテは隣接する廃墟ビルへと素早く回避――崩落の現場を目の当たりにした後、ビル内部にポツリと取り残されていたアーナスに対して攻勢を仕掛けていた。アタランテは、周辺のビル群、果てはアーナスが立つビル内部と彼女の視界に捕捉されぬよう遮蔽物の陰へと駆け回りーー弓を射ては、次の狙撃ポイントへ移動し、また弓を射ては、次の狙撃ポイントへと移動を繰り返していた。

 

先程とは一転、攻守は逆転した。アタランテは「狩人」として「獲物」であるアーナスを仕留めるべくアーナスの視覚外から猛攻を仕掛ける。精錬された射撃は捌かなければ、確実にアーナスの身体に風穴をあける正確無比の代物である。アーナスは射手を視認できないため、ただひたすらに四方八方から連射される弓矢を撃墜していくしかない。が、如何に「夜の君」と言えど、呼吸を整える暇も与えらない状況下では、神速で迫りくる凶器を全て捌ききることは出来なかった。撃ち洩らした幾つかの弓矢が、アーナスの肉を抉っていく。

 

「グッ……! おのれッ……!!!」

 

右太腿、左肩口から溢れ出る己が血液を見て激昂するアーナスは、魔剣ヨルドを両手に掲げ大きく振りかぶる。と同時にヨルドの剣先は一瞬で100m以上に伸長し、右隣に位置するビルを貫通する。アーナスはそのまま剣を振り払いーービルを真っ二つに両断した。

 

「何ッ……!?」

 

アーナスに追い打ちを掛けんと弓を番えていたアタランテは、隣接するビルの半身が崩れ落ちていく様子に目を奪われる。

 

「うぉおおおおおおおッ!!!」

 

獣のような咆哮とともにアーナスは尚も剣を振るう。その矛先は今しがた破壊したビルに連なって位置するビルーー現在アタランテが潜伏している場所でもあった。

 

 無論アーナスはアタランテがどのビルに潜んでいるかなど皆目見当がついていない。アーナスが行ったことは単純明快。遮蔽物の陰から攻撃してくるのであれば、その遮蔽物全てを失くしてしまえばよい。だからこそアーナスは自分の視野に入るビル群全てを除こうとしたのだ。

 

圧倒的破壊力と攻撃範囲を誇るアーナスだからこそ成しえる荒業である。

 

「ッ……! 何と出鱈目な!」

 

轟音ともに下の階層が魔剣の剣先が貫いたのを悟ると同時に、アタランテは浮遊感を感じた。アタランテが潜むこのビルも先程と同じ要領で両断されたのだ。広場の地面に引き寄せられていく籠から脱出すべく、アタランテは急ぎ窓ガラスをぶち破り宙へと跳ぶ。

 

――しかし。

 

「捉えたぞッ! 弓兵!」

 

跳び出した先の宙は「夜」の宙であった。

 

アタランテが視線を落とすと、そこには赤とエメラルドに煌めく眼光で此方を見上げるアーナスの姿があった。敵の視認と同時にアタランテが知覚したのは、自身の真下――地の底から聞こえる風を切る音と突風。まずいと歯噛みし、空中で身体を捻るが、夜の魔の手から完全に回避することは適わなかった。

 

「くっ……!」

 

地の獄から飛翔した魔剣の剣先がアタランテの右脚を貫き、そのまま横へと裂いた。鮮血が夜の空に飛び散り、思わず顔を顰めるアタランテ。更に魔剣は空中で屈折し、アタランテの顔面を貫かんと襲い掛かるが、瞬間、胴を反転させ携帯する弓柄でこれを弾く。

 

アタランテは瓦礫の山へと片脚で着地し、こちらへ向かい歩を進めるアーナスを見据える。先に負った脚へのダメージは深刻なものであった。剣先は骨の髄までをも貫通し裂いていたため、脚はほぼ千切れかかっている状態となり、その機能を失いかけていた。赤黒い血を垂れ流す傷口からは、ピンク色の肉が剥き出しとなっていた。こうなると、速さを殺されたも同然。アタランテは先程のように俊足で駆動し、翻弄することは出来ない。

 

しかし、アタランテの闘志は死んでいない。生きている方の脚に力を込め、後方へ跳躍すると同時に、空中で矢を番えアーナスの眉間に照準を合わせようとするがーー

 

「無駄な足掻きだッ!」

「ぐはッ……!」

 

矢を放つ前に高速で飛来した夜の斬撃に対処すべく、弓柄を盾としこれを防ぐ。だがそれでも勢いを殺しきることは出来ず、アタランテのか細い身体は数十メートル先にあるビル残骸の渦へと叩きつけられる。

 

「ゲホッ……ゴホッゴホッ……!」

 

土煙が漂う残骸に埋もれ、アタランテは血を吐きだすも尚、ゆっくりと自身に歩み寄ってくるアーナスを睨みつける。満身創痍の身体でも弓を握る力は弱めず、矢を番えんと腕を動かすが、それよりも速くアーナスが振るった魔剣が頭蓋に延伸した。

 

(これで終いか)

 

と、アタランテが覚悟を決めたその瞬間、目前に迫っていた剣は突如として巻き戻る。続けて、アーナスは明後日の方向へと振り返り、巻き戻りし剣を一線に振り下ろした。

 

と同時に、アーナスの左右で爆音とともにコンクリートの地面が爆ぜた。

 

「――まだ私に逆らう愚か者がいるか」

(遠方からの狙撃……何者だ?)

 

アーナスは忌々しげに彼方のほうを睨みつける中、アタランテは持ち前の超視力で数百メートル離れたビル屋上からアーナスに銃口を向ける東郷美森の姿を視認した。

 

 

 

 

「本当に人間離れしているわね、あの二人」

 

サリュ達との情報交換後、東郷美森はアーナスとアタランテの死闘の様子を遥か後方のビル屋上で窺っていた。

 

先程の四人組は残念ながら「悪魔の子」の情報は持ち合わせていなかった。

 

―フィールド内に残る情報源は残り2人。ただし、先の四人から聞いた話によれば、あの蒼の騎士は殺し合いに乗っているであろう危険人物であるため、会話に応じてくれる可能性は低い。したがって、接触できそうな情報源は翠緑の弓兵アタランテ只一人。彼女からも「悪魔の子」に関する情報を保有していないか聞き出しておきたい。その為には現在アタランテと人間離れした攻防を繰り広げ、今後友奈や自分を含めた参加者達にとって脅威になりえるアーナスは出来うる限り排除したかった。但し、あくまでも「出来うる限り」の話だ。美森にとっての最優先事項は友奈との合流であり、「悪魔の子」の情報や殺人者(マーダー)の間引きは二の次である。建造物を次々と造作もなく破壊する夜の怪物と正面から相対するリスクを冒すつもりもなければ、情報欲しさだけに狩人に加勢する義理もない。したがって、広場で繰り広げられている死闘については、基本的には深入りせずに様子を窺い、機会が訪れることであればアタランテを援護し、暫く介入する余地が無ければ場を去るつもりであった。

 

果たして機会は訪れた。アタランテはアーナスの魔剣に被弾し瓦礫の海の中に沈み、アーナスは雌雄を決するべく、ゆっくりとアタランテの元へと近付いていく。その後ろ姿は奇しくも東郷の視点からは真正面――間に遮蔽物は存在しない。

 

射程圏内で大きな隙を見せたアーナス。今引き金に力を込めれば、数秒も経たずにアーナスの脳天を撃ち抜く状況にあることを認識し、東郷はゴクリと生唾を飲み込む。

 

引き金に掛ける人差し指が震えていることに気付く。これは先の墓地で被ったシバリアによる影響だけではない。人一人の命を奪うという事に対する背徳感と重責が、東郷の身体に震えを生じさせていた。

 

東郷は瞼を閉じ、ゆっくりと呼吸を整えた。

 

今更何を躊躇う必要があるのだろうか。

大切な親友の為に、その手を血で染める覚悟は既にしたはずだ。

 

思い返す。

 

――太陽のように私を照らしてくれるあの子の笑顔を。

――私が不安だった時、いつも抱きしめてくれたあの子の優しさを。

――友人の為なら命を賭すことも辞さないあの子の勇ましさと……危うさを。

 

「これも、友奈ちゃんのためーー」

 

だからこそ殺す。

 

――あの子の首輪を解除するために「悪魔の子」を。

――あの子に仇なすであろう危険人物を。

 

震えは立ち消えた。

東郷は瞼を見開き、銃口の照準を微調整する。

 

「今度はーー私が友奈ちゃんを護るんだ!」

 

決意を込めた掛け声と共にマジカルトカレフの銃口が火を噴いた。

 

 

だが。

 

 

「嘘っ……。あの体勢から弾丸を斬りつけるなんて……!」

 

弾丸が迫りくるその瞬間、アーナスは顔色を変えずに振り向きざまに剣を振るい、これを両断した。

予想だにしなかった光景に、東郷は火薬の匂いと硝煙が立ち込める中、激しく動揺する。

アーナスはただ立ち尽くし、狙撃元の方角である此方を睨みつけている。この距離では恐らく東郷の姿を視認していることはないだろう。ただし弾丸が発射された方角に敵対者がいることは認識しているはず。

 

相手はやはり化け物。

交戦か。撤退か。

 

「えっ……」

 

次のアクションを逡巡する美森の思考は、アーナスの周囲に眩い光が蓄積されているという摩訶不思議な光景を目の当たりにして、断ち切られた。

黒に包まれた夜の市街地だからこそ、その白い光は神々しさをも感じさせるものであった。

 

そして次の瞬間――。

蓄積された光は解き放たれた。

 

「なっ……!」

 

 文字通り光速で差し迫る白の光は、両者間にあるビル群を次々と飲み込んでいく。

 東郷美森は何が起こっているか理解できていない。

 

 理解する前にーー

 身体が反応する前にーー

 

 眩い魔力の光は美森の五体を包み込んでいった。

 

 

 

 

狙撃手が潜んでいたであろう方角の建造物の一群は、瓦礫の山と化していた。

 

「クソッ……!忌々しい人間どもめが……!」

 

鉄塔を消し去った時よりも多くの魔力を消費した影響か、アーナスは一瞬立ち眩みにより、ぐらりと膝を崩しかけるが気力を振り絞り、立ち直る。

 

幾ら「夜の君」といえども、その魔力は無尽蔵ではない。その表情は極めて疲弊したものとなっていた。

 

狩人はこの千載一遇の機会(スキ)を逃すことはなかった。

 

「我が弓と矢を以って太陽神(アポロン)月女神(アルテミス)の加護を願い奉る」

「……!」

 

アーナスが振り返ると、瓦礫の海の中にはアタランテの姿は既になく、視線を遥か彼方へと移行させると、上部が切断されたビル残骸の柱に佇み、弓を天に向ける宿敵がそこにいた。

アーナスは即座に魔剣を振るい、剣先はアタランテ目掛けて猛スピードで接近していくが、時既に遅し。

 

「この災厄を捧がん――『訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)』!!!」

 

詠唱が終わると同時に、二本の矢が空高く放出される。この二本の矢は荒ぶる神々への加護を訴えるものである。

そしてその加護は敵方への災厄という形で具現する。

 

「なん、だと……!」

 

 アーナスは夜天から自身を目掛けて降り注ぐ光の矢の大軍を、呆然と見上げる。これぞアタランテが誇る対軍宝具『訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)』。

 

アタランテは当初から怪物を仕留めるために宝具の使用も想定していた。故に広範囲に降り注ぐ矢の雨に巻き込まれぬよう、イケP達を戦線から離脱させた。

 

市街地に到来した矢の雨はあらゆる物を貫き、地を穿っていた。アタランテの眼前に広がるはクレーター状の更地。先の戦闘で崩壊していたビルの瓦礫もまだ無事であったビルも問わず、粉微塵となっているところを見るに、切り札の威力が窺える。

 

だが、それでもアタランテの表情が晴れることはなかった。

 

「ゴホッ……まさか……このような芸当も出来るとは、な……」

 

盛大に赤い血を吐くアタランテの眼差しの先には、ブラックホールのような黒い渦が蠢いている。その暗黒空間からは魔剣が飛び出し、アタランテの胸を貫通して翠緑の衣装に赤黒い花を咲かせていた。その刺突はサーヴァントにとっての心臓にあたる霊核を貫いていた。

 

アタランテに致命傷を負わせた魔剣は黒の渦へと戻る、と同時に満身創痍のアタランテの身体は地に伏した。そんなアタランテの眼前で、魔の領域の主が腕を組みながらゆっくりと浮上する。

 

「成る程な、貴様の切り札――確かに見事なものだった。 まともに攻撃を受ければ、私といえども危なかった」

 

あの時―矢の雨がシャワーのように一斉降下してくるのを視認したアーナスは即座に暗黒空間を足元に創出し、これに潜り込んだ。外界と隔絶された異空間の中では如何に地上で大規模な破壊活動が行われようとも、一切の影響を受けない。

アタランテの決死の切り札は結果としてアーナスに傷一つ付けることは出来なかった。

 

「称賛しよう。 私をここまで追い詰めたのは”あの女”から数えて貴様が二人目だ」

 

アーナスはアタランテに勝利した。だがこの勝利をもぎ取るためには、多大な魔力を消費した。だから、補充しなければならないーー浪費したものを補填するために、強者の生き血を。

アーナスは血みどろのアタランテの髪を引っ張り上げ、無理やりに立たせる。アタランテは脱力した状態のまま、特に抵抗はしない。

 

「貴様には私の魔力の贄となって貰おう。わざわざ弱者に手を差し伸べた結果がこれだ。

貴様ほどの力量を持つものが、実に愚かな選択をしたものだな」

「これは……私自身の…意思で決めたことに対する結果だ。そこに悔いは、ない……」

「下らない強がりだな」

 

狩人の瞳は既に光を失い、獅子の耳に依る聴覚も朧げなものとなっていた。だがそれでも、アーナスの声に反応はできるようで、血にまみれた口元を微かに綻ばせる。

 

「――何が可笑しい」

「可笑しなものよな。既に趨勢は決しているというのに……、汝は、死に行く私にこうも無意味な会話を試みている」

「……黙れ」

「早々にとどめを刺せばよいものを……何を躊躇っている? 何を迷っている?」

「黙れと言っている」

「生憎と私は敗残した身。 汝に思うところは何もない。 それとも私の口から否定して欲しいのか? 揺れに揺らぐ汝自身の在り方をーー「黙れぇええっ!!!」

 

アタランテが言い終わる前に、アーナスは怒声とともに彼女の首筋に喰らい付いた。

そして、アタランテの命の灯火が消えるその瞬間まで、アーナスは彼女の生き血を貪り続けた。

 

 

 

 

嗚呼、そうさな。

愚かなことをしたと、私自身が良く分かっている。

あの無鉄砲な大莫迦者に付き合った結果がこの有様だ。

 

あの男が掲げた理想は、私が抱える願望と比べると何てことはない小さなものではあったが、彼奴の力量では成し遂げることは難しくーー危ういものであったな。

 

それでもーー身の丈にあわない目標のため、天に向かい翼を広げようとする彼奴の姿を嘲笑うことは出来なかった。

意固地になって羽ばたこうとする彼奴が失墜する姿を見たくなかったのだよ。

 

嗚呼、そうか。

そうだったのか。

 

見果てぬ幻想を掴もうと背伸びする彼奴にーー私は私自身の姿を重ねていたのか。

 

なればこそ、願おう。

 

彼奴らの飛翔を。

彼奴らの成長を。

彼奴らの栄華を。

 

せめてもの悔いはーー

彼奴らの行く末を見届けることできないことぐらいか。

 

 

【赤のアーチャー@Fate/Apocrypha 死亡】

 

 

 

魔力補充を終えたアーナスは既に戦場を去り、幽鬼のように街を彷徨っていた。アーナスの頭には先程の戦場で出会った人間達の声がエコーしていた。

 

『やっぱり残さず食べてあげないと、相手にも失礼だよ。君たち妖魔は、簡単に他人を取り込むことが出来るんだろ?』

 

薄気味の悪い料理人から説かれた妖魔の習性。先程アーナス自身も吸血という形で実行している。これは妖魔にとっては至極当然の行為ではあるが、何故だか腹の底から嫌悪感が滲み出てきてしまう。

 

『それとも私の口から否定して欲しいのか? 揺れに揺らぐ汝自身の在り方を』

 

刃を交えた英霊に見透かされた心の内。とどめを刺しに行くべきあの瞬間、確かに心の奥底で躊躇いが生じていた。理由は分からないが、それはかつて自分自身が忌み嫌っていたことではないかと錯覚した。

 

「私は人間を糧とする妖魔の長“夜の君”、アーナス。それ以上でも以下でもない。ただそれだけ…。ただそれだけなんだ…」

 

記憶が欠落した夜の君は自答を繰り返し、苦悩する。

宝石のように鮮やかなオッドアイからは、いつのまにか涙が零れ落ちているが、歩みを止めることはない。

 

陽が出るまではまだ時間がある。

 

夜の時間はまだ終わらない。

 

 

【G-4/一日目 黎明】

【アーナス@よるのないくにシリーズ】

[状態]:記憶欠落、全身ダメージ(小)、魔力消耗(小・ある程度回復)、“月の女王”への激しい憎悪

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品3つ(本人未確認)

[首輪解除条件]:不明(本人未確認)

[状態・思考]

基本方針:皆殺し。優勝して元の世界に戻った後、”月の女王”を殺す

1:参加者を探して殺す

2:主催者も殺す

3:私の大切なもの…?

4:私はアーナス…夜の君…

5:忍頂寺一政に対して強い嫌悪感

[備考]

※参戦時期は暴走状態からのです

※アルーシェから吸血を行い、理性と”夜の君”としての記憶を取り戻しました。ただし、”夜の君”になる前の記憶については、喪失したままの状態となっています。また、アルーシェの蒼い血を吸った影響で妖魔としての力が増大しています。

※アタランテから吸血を行い、魔力補充を行いました。そのほかの影響については後続の書き手にお任せします。

 

 

 

 

「終わってしまったようね……」

 

二人の戦士の激突の余波で荒廃した市街地―ー変わり果てた姿で横たわるアタランテを前にして、東郷美森は暗い表情のまま呟く。

 

まさか、あれほどまでに危険な参加者がこのゲームに参加しているとはーー

 

アーナスから放出された閃光が肉薄したあの瞬間――精霊が盾となっていなければ、間違いなく即死だった。

あれはまさに怪物だった。たとえ満開状態であったとしても、あれとまともに相対できるという自信はない。

 

東郷の肩は恐怖で打ち震えていた。

 

 それは怪物自身に対するものでも、自分が死に直面したという事実に対するものでもなく、今後自分の大切な友達があの怪物に遭遇してしまい、あっさり殺されてしまうのではないかという恐怖によるものであった。

 

脳裏に浮かんだのは大切な人の死――。

最初にフラッシュバックしたのは、バーテックスの前で仁王立ちし物言わなくなった親友の記憶。

次に想起されるは、怪物の魔剣で串刺しにされた赤髪の少女のイメージーー

 

「ッ……!!!駄目っ……!!!」

 

己が浮かべた最悪の結末――東郷は咄嗟に首を振り、思考を打ち消した。馬鹿な考えをしてしまった自分に嫌気をさしながら、アタランテの亡骸の懐を探っていく。

 

どれだけ探っても彼女の懐からは支給品袋もスマートフォンも出てこなかった。恐らくは先の四人に託したのか、アーナスに奪われたのだろう。

唯一亡骸の近くに放置されていた弓矢を自分の支給品袋に放り込むと、東郷は逃げるように戦場跡から退散した。

 

 勇者――東郷美森の瞳は今や焦燥と恐怖の狭間で揺れ動いていた。

 

 

【F-4とG-4の境目/市街地/一日目 黎明】

【東郷美森@結城友奈は勇者である】

[状態]:健康

[装備]:勇者装束(変身中、満開ゲージ残り4)、青坊主(消えたり姿を見せたり)

[道具]:基本支給品一式、東郷美森のスマホ(支給品として勇者システムのアプリ入り@結城友奈は勇者である)、マジカルトカレフ(予備弾薬一式含む)@魔法少女育成計画、リップルのクナイ(3本)@魔法少女育成計画、天穹の弓@Fate/Apocrypha

[状態・思考]

基本方針: 皆で殺し合いから脱出し、叶うならば主催者の謎の力を利用してタタリを消す方法を探す

1:とにかく友奈ちゃんと合流。『友奈の友達』として、友奈ちゃんに『勇者』であり続けるのを止めさせる

2:アーナスの脅威を認識。排除のために他の参加者と手を組む。

3:勇者部の皆を探す。銀は……。

4:『悪魔の子』を特定し、ほかの参加者にばれないように殺す。そのためにも青髪の青年は警戒(出会ったら情報を引き出してから口封じする)

5:三ノ輪銀の存在に疑念。会ったとしても何を言えばいいんだろう…。

6:三ノ宮さんに嫌われてしまったなぁ……。

[備考]

※参戦時期は勇者の章5話、部室で友奈と喧嘩した後です

※『悪魔の子』についてはその呼び名しか知りません

※赤のアーチャーのスマホの特殊機能は『死亡者放送時、同時に死亡した参加者が誰に殺されたかを表示する』

死亡者放送が流れ終わった直後に、スマホに自動的に『○○殺害者:○○』と表示されます

※F-4エリアにて、アーナスとアタランテの戦闘により、市街地が大規模に破壊されております。

※F-4エリア、市街地にアタランテの死体が倒れています。

 

 

 

 

ここはG-3、陽がやや上り始めた早朝の海の上、一隻の船舶が水面に揺れていた。

 

赤のアーチャーからサリュに託された支給品――大型クルーザーの内装は非常に豪華なものであった。メインサロンには本革の白いソファが備えつけられ、絨毯、TV、長方形のテーブルといった家具一式、さらにはダイニングキッチンまでも完備されている。

 

さらにメインサロンから階段を伝うとキングサイズのベッドを備え付けた寝室に、シャワールームといったものまで用意されており、海上でも乗組員(クルー)は不自由なく過ごせる構造となっている。

 

 

「んん、ん。ここは……?」

「良かった、気が付いた」

「君は……?」

 

 寝室のベッドの上、アルーシェは眼を覚ます。その傍らにはサリュがいた。先の戦闘で負ったアルーシェの傷については、イケPから譲り受けた「けんじゃのいし」を使って、ある程度は治癒できていた。

 

 覚醒したばかりのアルーシェは今の状況を上手く飲み込めていない。困惑した表情を浮かべ周りをキョロキョロと見渡すアルーシェに、サリュは淡々と告げる。

 

「私は三ノ宮・ルイーズ・優衣。あなたと同じゲームの参加者。まずは付いてきて」

「あっ、ちょっと君! 待ってよ!」

 

 自分を放置し階段を降りていこうとするサリュを、アルーシェは慌てて追いかける。階段を降った先のサロンには、サリュの他に二人の男性が待ち受けていた。その内の一人は見知った顔だ。

 

「忍頂寺さん!」

「ああ良かった、アルーシェ君気が付いたようだね」

「はい! えっと……こちらの人は?」

「よお、傷の具合はどうだい、姉ちゃん?」

 

アルーシェは何とも安心した面持ちで忍頂寺に駆け寄り、忍頂寺もこれに応える。さらに傍らにいるイケPも話に加わり、サロンは賑やかになる。

 

とりあえず一段落付いたーーと三人の歓談を眺めるサリュは感想を抱いた。

 

 だが、それでも一つ懸念は残っている。

 

サリュは思い出すーーイケPを追いかける形で戦場に向かう道中に聞かされた、アタランテからの忠告を。

 

「優衣、今後何があったとしてもあの男には決して気を許すな」

「……? あの男って?」

「あの広場にいた、もう一人の男のことだ」

「私の眼には、特になんてこともない非力な人間に見えたのだけど……それは野生の勘というやつ?」

「恐らく汝には視認できなかったかと思うが、あの男……あの状況で笑っていたのだよ、 まるで得体が知れない。 後は、そうさな……動物的な勘だ。 奴からは獰猛な肉食獣のようなものを感じた。見た目には騙されるな」

 

と忍頂寺を凝視し回想していると、彼と視線が合った。忍頂寺は相も変わらず柔和な笑みを浮かべながら、サリュに声を掛ける。

 

「うん、どうしたんだい三ノ宮君? 僕の顔に何か付いているかい?」

「……別に」

 

サリュは直ぐに視線を外した。先程、東郷美森とも同様のやり取りを行なっていたが、サリュは東郷に対しては辛辣な態度を取ってはいたものの、東郷自身に嫌悪感を抱いていたわけではなく、ただ単に気恥ずかしさから視線を逸らしていただけであった。だが、今回はーーアタランテから植え付けられた先入観のせいなのか、忍頂寺の視線にどことなく悪寒を感じていた。

 

 

【G-3/海上・クルーザー内メインサロン/一日目 早朝】

【アルーシェ・アナトリア@よるのないくにシリーズ】

[状態]疲労(中)、全身ダメージ(中・ある程度治癒)、首筋に噛み痕(軽い失血)

[服装]いつもの服装

[装備]

[道具] 基本支給品一色、スマホ、不明支給品3つ(本人確認済み)

[首輪解除条件] 7人以上の参加者から吸血を行う(残り6人)

[思考・行動]

基本方針:会場からの脱出

0: まずは状況把握

1:アーナスさん、一体どうして……

2:忍頂寺さんと一緒に仲間たちを探す

3:忍頂寺さんのとっておきの料理が楽しみ

4:なるべく首輪は外したいけど、無理矢理血は吸いたくない……

※忍頂寺からスマートフォンの使い方を教わりました。

※忍頂寺から吸血を行いました。

※参戦時期は本編6章でアーナスが仲間になった直後です。

※本人は気付いていませんが、活動時間の制限が取り除かれています。

 

 

【忍頂寺一政@追放選挙】

[状態]疲労(中)、興奮状態、首筋に噛み痕(軽い失血)

[服装]いつもの服装

[装備] 首輪索敵レーダー、

[道具] 基本支給品一色、スマホ、ボウガン及びボウガンの矢30本(現実)、調理器具一式(現地調達)、不明支給品(本人確認済み)

[首輪解除条件]他参加者に装着されていた首輪を6個以上保有する

[思考・行動]

基本方針:積極的に殺し合いに乗るつもりはない、他人と「共生」する手段を模索する。

0:まずはこの二人(イケP、サリュ)との情報交換かな

1:クリストフォロスを捜索し、青い血を浴びて邪妖になる。

2:妖魔に半妖……やっぱり素晴らしい存在だね

3:積極的に他の参加者と接触し、自分と「共生」するのに相応しい存在か観察する

4:アルーシェ君に「あれ」をご馳走する。その為には食材が欲しいところだね

5:アルーシェ君にまた吸血されたいし、アーナス君にも吸血されたい

※首輪索敵レーダーは半径200m以内の首輪の存在を確認することができます。

※参戦時期はアリスから追放選挙のルールを説明された直後となります。

 

【イケP@Caligula -カリギュラ-】

[状態]:疲労(中)、全身切り傷、ダメージ(中・ある程度治癒)

[服装]:いつもの服

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ、けんじゃのいし×5(残り数2)@ドラクエ11、せいすい@ドラクエ11

[首輪解除条件]:首輪解除条件が達成された女性参加者の首輪を2つ以上所持

[思考]

基本:この殺し合いを開いた連中をとっちめてメビウスに帰る

0:姐さん……

1:優衣と共に夏彦の家に向かう

2:あの外道イケメンと銀髪の姉ちゃんを警戒

3:もしウィキッドと出会ったらどうか

4:峯沢が心配

 

[備考]

※楽士ルート、水族館編終了後からの参戦です

 

【三ノ宮・ルイーズ・優衣@ルートダブル -Before Crime * After Days-】

[状態]:疲労(小)、ダメージ(小・ある程度治癒)

[服装]:いつもの服(ボロボロ)

[装備]:単分子ワイヤ@魔法少女育成計画シリーズ

[道具]:基本支給品一色、スマホ、赤のアーチャーのスマホ、魔術万能攻略書@Fate/Apocrypha、レスキューマンのコスチューム@カリギュラ、アリス@ルートダブル -Before Crime * After Days-、大型クルーザー(現実)

[首輪解除条件]:天河夏彦、森の音楽家クラムベリー、一条要、三ノ輪銀の内、最低一人の第三回放送終了後までの生存。なお該当者が全員死亡した場合即座に首輪が爆発する

[思考]

基本:夏彦とましろと共に、元の世界へ帰る。

0 :情報交換後、アタランテとの合流ポイントに向かう

1:イケPと共に夏彦の家に向かう

2:夏彦とましろが心配

3:あの金髪の男と銀髪の女は今後警戒

4:忍頂寺一政も一応警戒しておく

5:もし渡瀬と出会ったら……

[備考]

※AルートGoodエンドからの参戦です

※アタランテから聞かされた合流ポイントについては、次の書き手さんにお任せします。

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