バトル・ロワイアル The Rebellious Memory   作:原罪

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Lucid/カミュ、ホメロス(ヤヌ)

――お前こそが、俺の光だったのに。

 

 

 

☩  ☩  ☩

 

さすがに壁を壊して進むような愚を二度も冒すつもりはなく、ホメロスは出口を使って図書館の外へと踏み出した。

頭上を見上げれば、蔦が絡みついた荘厳な趣の建物が夜空へとそびえるように建っている。

 

「内装から想像してはいたが、ずいぶんと大規模な図書館だな……これを超えるものはクレイモランの古代図書館ぐらいか」

 

ロトゼタシアに大規模な製紙印刷工場などあるはずもなく、当然に本の発行部数も限られる世界にいたホメロスにとって、これが世界中の書籍を集めた国家規模の建設物ではなくただの市立図書館でしかないことには、かなりの驚きがあった。

とはいえ、はじめに蔵書を手に取って読んでみた時の驚きはそれ以上だったが。

 

「聖杯戦争だの、『夜』を封じる失われた聖典だの……他の者なら御伽噺と切り捨てていたかもしれないが、さすがに全ての本がよくできた作り事だとするには手が込みすぎているな」

 

ここ最近は知略を生かす機会がなかったので目立たないが、ホメロスは幼いころからデルカダール王国の重臣となるべく勉学に励んでおり、ロトゼタシアでもかなりの読書量を持っている。そのホメロスの目を持ってすれば、図書館にあった蔵書はどれもロトゼタシアで出版された英雄戦記や魔術書とは一線を画していることが明らかだった。

根源の渦、並行世界、剪定事象……いずれもロトゼタシアの魔術体系からは生まれない概念だったが、逆にまったくの初見であるからこそ『ロトゼタシアの人間が、空想を巡らせて書いたとしても出てくるような発想ではない』という察しがつく。

『自分が少しも感知することのなかった』という事実でもって、『これはロトゼタシアの話ではないのだ』と半信半疑ながらも視野に入れる。

だが、あの場でずっと読書に没頭し、殺し合いゲームとやらを無視して引きこもっているわけにもいかない。

よってホメロスは、『他の施設も回ってみるついでに自分の知らぬ文明の利器があれば利用する』という折衷の判断をした。

先ほど、一見して魔法力も無さそうなただの子ども等を相手に手こずったことを深く深く反省している、というわけでもないのだが。

 

――世界を意のままにするチカラを与えられた私でさえ、いまだこの世にあずかり知らぬ『チカラ』があるというのも、面白いことではないからな。

 

たかがプライドと言ってしまえばそこまでだが、戦場における不確定要素をなくしておきたいというのは正しい行動でもある。

進行方向を、ホムラの里があることから勇者一行らが向かう可能性のある北部ではなく、いちど東部に向けたのもそのためだ。

ゲームセンター、アリスランド、原子力研究所……ホメロスにとって、どういう施設なのか想像がつかないランドマークは、西部よりも東部のほうに多いし、ユグドミレニア城も『城』と名の付く以上は何かしらの備蓄や武器庫が期待できる。

何かしらホメロスの知らなかった地の利、それに魔術書やアイテムでもあれば、先に獲得しておいた方が有利になるばかりか、天空魔城へ帰還した時の手土産にもなるかもしれない。

また、最初に出会った少女に対して『ナツヒコを殺す』と宣言した以上、その人物が向かう可能性のある『天川夏彦の家』とやらも散策の余地はある。

いきなり灰色で塗り分けられた市街地エリアに突入すれば道が入り組んでいるリスクもあるだろうし、まずは『墓地』を目指すように直進してから東部エリアに入るのが最短距離になるだろうとホメロスは考えた。

 

「もっとも、手土産というならばそもそもこの剣こそ大事になってくるのだがな」

 

手元には、刃こぼれ一つしていない『勇者の剣』がある。

元が魔王を倒すための武器だったとはいえ、これは本来、魔王ウルノーガの力によって『魔王の剣』として生まれ変わった剣だ。

ホメロスは『勇者の剣』だった時の姿を大樹の結界に収められていた短時間しか目撃していないために記憶も曖昧だったが、おおよそはこんな見た目の剣だったと覚えている。

なぜか勇者の剣の形に戻ってしまっているとはいえ、主君の所有物である以上は丁重に持ち帰らなければならない。

 

「よくできた贋作、ということは無いのだな……」

 

月光に凍てついた反射を返す剣の輝きを、仔細に観察する。

鋼の力強さと剣身の冴えは、明らかにどんな武器屋にある名剣とも一線を画していた。

おそらくオリハルコンのような太古の希少金属を素材にしているのだろう。確かに個人が携行できる刀剣類の中では最上位の名剣だと認めざるをえないものがある。

 

「しかし、理解に苦しむな……わざわざ『セッティング』とやらをするぐらいなら、なぜ『魔王の剣』をそのまま支給しなかった?

いや、あのような大剣を扱える者など限られることは確かだが……」

 

勇者の剣とはそもそも、命の大樹に敵対する闇の力を祓うために造られた武器であるはずだ。

剣としての斬れ味はともかく、魔軍司令であるホメロスが光の力を持った武器を使えるようになったところで実質的な意味はない。むしろホメロスの持つ闇属性の攻撃術とは相性が悪いぐらいだ。

あの白黒の魔物は、まさか『伝説の勇者の武器が魔軍司令に使われてやんのゲラゲラ』と皮肉を利かせるためだけに、わざわざ『性能を勇者の剣のままに、魔族にも扱えるよう改変する』などという手間をかけたというのか。

むしろ逆にホメロスのほうが『魔王軍のくせに勇者の剣を使ってやんの』と嘲笑されることになるのではないか。それとも悪魔の子、もとい勇者の方は、たとえ魔王の剣を支給されても頓着せずに振り回したりするのだろうか。いや、まさかなと首を振る。

 

「そもそも、魔族であるかどうかが問題なのではないな。勇者の力を持たない者がこの武器を扱えている、その絡繰りだ」

 

大樹の祝福をうけて生まれた勇者が聖なる剣で邪悪の影を討ち取る……というのがローシュ伝説のおおまかな筋書きだが、逆にいえば魔王軍にとっても勇者の力さえ封じてしまえばこの世に脅威たりえる人間はいない、ということになる。

それが聖なる力を振るうのに勇者である必要はないということになれば、どの勢力にとってもロトゼタシアの大原則を揺るがす異常事態だ。

しかし、例外として勇者でない者が勇者の剣を扱えるようにした実例がひとつある。

今は魔王である主君ウルノーガが使った方法だ。

 

「ひとつ試してみるとするか」

 

ホメロスは勇者の剣を抜き、構えた。

剣の柄の部分へと魔力を集中させ、夜闇を切り裂くべつの闇をイメージする。

 

「――はあっ!!」

 

柄にはめ込まれていた赤い宝玉が暗紫色に発光し、一条の光線となって虚空へと放たれた。

 

――闇の閃光。

 

本来は闇のオーブから発せられた魔力を一点に集中してぶつける技だが、闇の力を剣に取り込んでいる魔王ウルノーガは魔王の剣を用いて同じ事ができる。

 

「なるほど。やはり魔王様のつるぎと同じような産物というわけか」

 

闇のオーブを用いた時ほど閃光は強くないようだったが、それは剣に含まれる闇の力がそこまで濃くないせいだろう。

しかし、魔王の剣と共通する原理の技を放てたことで、はっきりした。

勇者以外でも扱えるようにする為のセッティングというのは、つまり魔王もそうしたように闇の魔力で剣を侵食したということなのだろう。

魔王の剣が作られた時と違って、剣の形そのものを変えてしまうほど多量の魔力は注がれていないようだが、勇者以外の者が振るっても支障ないほどには別種の力を上塗りされている、というのが正解だ。

だが、闇のオーブや魔王の剣よりも力が薄いということは、オーブが持っていたようなバリアを張り巡らす機能までは無いことも意味していた。

 

「読めたぞ。魔王の剣やオーブを支給しなかったのは、ワンサイドゲームを避けるための措置ということか……」

 

そう考えれば腑に落ちる。

思い返せば、ゲームを説明していた時も白黒の魔族は『一般人でも上手く行けば強いやつ相手にジャイアントキリングが可能かもしれないぽん』などと述べていた。

おそらく、あの魔物は何をどうやっても殺されることのない無敵状態のまま勝ち残る展開など望んでいないのだ。

そのために、魔族が持てば絶対不可侵の防御を張れる闇のオーブや魔王の剣を支給することをよしとしなかった。

 

「そちらからゲームに招いたにも関わらず、ずいぶんと注文をつけてくれたものだな……やはりあの羽虫の上にいる輩は気に入らん」

 

ホメロスとしては優勝を目指すつもりではあるが、このゲームを楽しんでいる黒幕のことを何も知らぬまま能天気に帰還するつもりも無かった。

どころか、主君であるウルノーガと利害が衝突するようであれば、決して放置できない存在だと警戒している。

さらにホメロスの立場としても、天空魔城へと帰還し『いったいどこへ行っていたのだ』と報告を求められたとして、『私を攫ったのはどういう存在なのかさっぱり分かりません』などと間抜けな報告をして主君から失望を受けたくはない。

優勝するにしても、主催者の正体を探り出した上で帰りたかった。

 

「『何を目的としたどのような組織であるのか』という答えならば、あの白い小娘が握っているようだ。

だが、尋ねても先ほどの金髪の娘のような反応をされるのが関の山だろうな」

 

交渉しようにも、自分の身体はすでに人間ではなく魔族のそれに近いモノへと変質している。

図書館では金髪の幼い少女ですら騙せなかったように、よほど能天気な者でない限りは闇のオーラを気取られてしまうことが想像に難くない。

デルカダールの将軍として築き上げた知名度こそホメロスの立場を偽るのに有利なものだったが、問題は名簿から把握できる見知った人物が全員、ホメロスが人間を裏切ったと知っていることだった。グレイグを含めた全員が、大樹が崩壊した日に行われたことを他者に広めて警戒を促すだろう。

今のところ、首輪の解除条件について利害の一致をみた参加者を誘うぐらいしか交渉材料がない。

おそらく魔を祓う剣が支給されているぐらいなのだから魔族もホメロス以外に何名か参加しているのだろうし、優勝狙いの魔族でもいれば『もし自分の手で殺すのはしのびない仲間がいれば、お前の代わりにそいつを殺してやる』などと交換条件を結べるかもしれないが、そんな者は限られるだろう。

いっそ支給品に鉄兜や仮面のような類の装備でもあれば、顔を隠して別人を装うことをできたのだが……やはり顔を隠したままの人間など、遠からず警戒される。

そもそも支給品に頼ろうにも、問題がもう一つあった。

 

「袋を隅々まで検めたのに支給品は二つしか見当たらないときている。あの羽虫の手抜かりも甚だしいな」

 

袋の底まで隅々を漁ってみたが、絶対に切断されない拘束用魔法ロープとやらはいいとして、三種類目の支給品に相当する道具が見当たらない。

スマートフォンやらの扱い方を掴むのに難渋したためになかなか気に留められなかったのだが、悪条件が重なると舌打ちの一つもしたくなる。

 

「こんな道具一つに地図やルール説明を入れておくぐらいなら、ついでに間違えないよう支給品台帳でも付ければ良かったものを…………おや?」

 

スマートフォンを動かしてアプリを眺めたことで、気付いた。

 

参加者名簿にルール説明、会場地図、時計、メモ帳、ファヴが『ある』と言っていた機能の他にもう一つ、意味の分からないアイコンが浮かんでいる。

 

 

 

支給品:特殊機能『Lucid(光)』

 

 

 

「ルシード……これが支給品だというのか?」

 

支給品の機能として『光』とはどういうことだ、とその四角形に触れる.

ほどなく、大きな表示枠が画面に浮かんできて説明文らしき文字列が眼に入った。

 

 

☩  ☩  ☩

 

 

黒髪の少女に追いつくことを期待して引き返してみたものの、結果は懸念の通りだった。

 

「もう移動してたか……そりゃそうだよな」

 

人ひとりいなくなったモニュメントを見下ろして、小さくため息をひとつ。

 

試しに、先ほどの少女が立っていたところまで歩き、何を見ていたのかを確かめた。

他の墓標よりもだいぶ新しく切り出されたことが分かる石材で、『三ノ輪銀』と名前が刻んであった。

どこかで最近に見覚えがある気がしないでもなかったが、そんなワケないかと気のせいにする。

二年前に世界を守る盾になったという幼い勇者が、この彼女なのだろう。

そして、その隣にまだ名前を刻まれていない墓がひとつ、これからもう一人分できる予定だと言いたげに建ててあるのを見て顔が顰められた。

ここに『あの子』の名前が刻まれるのが嫌だと彼女は言っていた。

先ほどの少女の言いようでは『友達の勇者』は身体を悪くしていているような言い方だった。

生前に墓地を用意する風習だとしたら悪く言うつもりはないが、それはそれとしてこんな墓をもう見込みがないと決まっているかのように用意されていれば、『友達』として焦燥にかられもするだろう。

踵を返し、先ほど墓場を出て行ったのと同じように階段を上った。

この場所にはもう何の用もないが、確かめたいことは一つだけ残っている。

 

草原は、墓地のモニュメントを頂点とした丘陵地帯だった。

ゆるく坂道をくだり、少女との会話を思い返しながら同じ場所で足を止める。

戦闘になった草原から、撃たれて地面がえぐれた箇所を見つけ出す。

残っていたクナイのうち一本を使い、穿たれた地面を掘り返していった。

さきほど撃たれた武器の正体を、確認するために。

 

「マジかよ……」

 

その矢じりは、想像以上に小さかった。

穿たれた穴の底から掘り出されたのは、手のひらにおさまってしまうような大きさの金属片だった。

大きく抉られた弾痕の深さをみても、ボウガンや弓矢の類にここまでの貫通力はない。

あるいは大砲に相当する火薬兵器ならば似たような破壊も可能かもしれないが、ロトゼタシアには大砲をここまで軽量化する技術も、目に見えぬほどの速度で撃ちだす魔法もない。

もしもこれを人間の頭へと接射されたりでもすれば、痛みを感じる間もなく頭部そのものがどうにかなるだろう。

もっとも、東郷美森が使っていたトカレフは魔法少女の力で大幅に強化されたものであり、通常の銃器にここまでの破壊力はないのだが、弾丸からそこまで予想できるはずもない。

 

他の参加者にも同じような武器が支給されていたとしたら、と想像する。

嫌な想像にしかならなかった。

 

「不味いな」

 

自分たち一行はそれなりに同じ人間から追われていた期間があり、魔物相手ではない対人戦の経験もあれば、兵士を殺さずに無力化するような戦いへの慣れもある。

だが、スライムを倒すのさえ数ターンかかるような細腕の女子どもでさえ、ここでは武器と殺意さえあれば勇者やら大賢者やらを一撃で仕留めることが可能になってしまうというのは、不意打ちにもほどがある。

簡単にくたばってしまうような仲間たちだとは思わないが、お人よしが高じて殺意を隠し持った一般人っぽい外見の者にのこのこと近づいて『ズドン!』……されることにはならないと思いたい。

それに遠くからの一方的な狙撃も可能だとすれば、あの『勇者の友達』を取り逃がしたツケは高くつくかもしれない。

 

そんな物思いに、しばらく沈んでいた。

『そいつ』がいきなり現れていたのに、己の不注意で気付かなかったように感じたのはそのせいだったのだろう。

 

 

 

――背後に人の気配が現れていた。

 

 

 

立ち上がりざま、クナイを構えつつ体ごと振り向く。

人影との距離はおよそブーメランがぎりぎり届く程度だろうか。視線を向けるまでのタイムラグに抱いたのは、焦りと警戒と、心配事にふけるあまり注意を欠いた自分への憤慨だった。

 

「おい、そこに――」

 

しかし、言いかけた声はそのまま止まった。

墓地から出てきたばかりのような立ち位置にいたのは、見間違えようのない人物だった。

知っていた。

知っているどころではない。

 

正体が分かったことでもたらされたのは――拍子抜けと、取り越し苦労の呆れと、安堵だった。

 

「カミュ!」

 

名前を呼ばれた。

そこにいたのは、紫の外套を身に着け、滑らかでさらさらとしたブロンドの髪を持つ少年。

当然のように、名前を呼び返していた。

 

「イレブン!」

 

嫌な予感はたいてい当たってきた人生だったが、今回に限ってはそうならなかった幸運に感謝する。

そこにいたのは、まぎれもなく苦楽を共にした相棒の姿。

駆け寄って肩を叩き、軽く聞こえるように無事を喜ぶ言葉でもかけようと駆けようとすれば、「待って」と大きめの声で呼び止められた。

やや拒絶するような声のトーンに、どうしたと足を止める。

 

「僕、最初にカミュに言わなきゃいけないことがあるんだ」

「なんだよ」

 

見ているこちらが何とはなしにほっこりする、いつもの笑顔で。

 

 

 

「今すぐ死んでくれないかな?」

 

 

 

――は?

 

 

 

そんな声を漏らすしかできなかった。

いや、声だけでなく、頭の中で思考できたことさえそれに尽きた。

こちらの理解が追いつかないことなど構わず、少年は続ける。

 

「だって、僕が優勝すれば、過ぎ去りし時を求めて全員を取り戻せるでしょ?」

 

さらりと、そう言った。

 

「全員を……?」

「うん。このゲームで犠牲になる人が出たとしても、ウルノーガのせいで亡くなった人たちも、全員。

僕が生還して、忘却の塔で時間を巻き戻せれば元に戻る。

このゲームが始まるのだって、その後で止めればいい」

 

一歩、こちらへと踏み出す。

 

「魔王ウルノーガだって倒せたんだ。世界の平和だって一度取り戻してる。

あとは大樹が落ちるのをなかったことにして、そこにもう一つ仕事が増えるだけだよ」

 

そこまで流ちょうにしゃべって、それから「あれ?」と首をかしげた。

 

「なんでそんな顔してるの? カミュだって時の番人から話は聞いてたじゃないか。

まさか、ここにきてまた止めに入ったりなんかしないよね。このゲームは僕が生還する」

 

断るはずがないと圧をかけるかのように、眼光をけわしいものにしていく。

時の番人からその話を聞いたばかりなのに、まさかその発想が無かったのかという蔑視でもあった。

 

「ウルノーガやホメロス達をもう一回討てるのも、勇者のチカラを持ってるのも僕しかいない。

それに、ベロニカを取り戻そうとしたんだから、ここにいる人達だってやりなおさないと不公平だよ」

 

うんそれが一番いいと、ひとりで納得したように頷いて。

お前にできないなら自分がやってしまうとでも言いたげに、こちらのクナイへと手をのばしながら歩み寄ってきて。

 

「ううん、これはベロニカを取り戻す為でもあるんだから――」

「なぁ」

 

それ以上はもう聞くに堪えなかったので、声をかけた。

そこで色々と喋っている存在に、ではない。

 

「出て来い」

 

こちらへと降りてくる少年を完全に無視して、迂回するように坂道をのぼった。

ここにセーニャがいればきれいさっぱり祓ってくれたのだろうが、それができない以上は放置するしかない。

隠れているならそのあたりだろうと、ドームの柱を見上げる。

 

「胸糞悪いのを『二度も』見せやがって、上手くいくと思ったのか?」

 

呆れて小ばかにしたような声を出そうとしたつもりだったが、思いのほか冷めた声を出すのが大変だった。

先ほどこの場所で『勇者の友達』に抱いたようなやるせない怒りではない。

むしろ『首を斬れば爆弾を解除する』などという条件を出したゲームマスターに抱いている類の、いくらでもキレていい外道に向ける怒りだった。

やはり抑えなくていいか、と路線変更して声を張り上げる。

 

「――いるんだろ、ホメロス!!」

 

同じ手口を二度も使われれば、特定できないはずがない。

魔王城で、ベロニカの似たような幻影を見せられた時も、あんなものを見せるのは一人しかいないと親友から評されていた男だ。

 

「ふん、盗賊ふぜいがよくも見破った……と評価してやりたいところだが、『二度も』とは異なことを言う」

 

ずらりと並んだ墓標の中から立ち上がるようにして、灰色の墓石から白い鎧姿が現れた。

一度は世界の破滅をもたらして皆を苦しめ、最後には後味の悪さとともに闇に消えていったはずの男。

どうせ見下すような嘲笑とともに、魔軍司令の姿で沸いてくるのだろうと思ったが、その二つは予想が外れた。

一つは、邪悪な気配こそあったものの、その姿が魔族ではないデルカダールの鎧姿をした人間のそれだったこと。

 

「貴様こそ、何を見ていた? ウルノーガ様と私が敗れたなど、混乱のあまり頭でもおかしくなったのか?」

 

そしてもう一つは、ホメロスもまた、幻影がまったく意に添わぬことを言ったかのように顔をこわばらせていたことだった。

 

 

☩  ☩  ☩

 

 

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【ロトゼタシアのまめちしき】

 

このゲームに呼び出されたホメロスにとっては、未来の話だが。

かつてホメロスは勇者一行の前に死亡したはずのベロニカを幻影として再現し、動揺させたことがある。

『あんたたちを守ったせいで死んでしまったのだから、今すぐ自死して償え』と勇者らを精神攻撃するという幻影だった。

この策は、ベロニカがそのようなことを口にするはずがないと結束した仲間たちからあっさり一蹴されている。

 

しかし仮に、この偽ベロニカの言動がすべてホメロスの台本だったとした場合、ひとつの謎が生まれる。

ホメロスは、いつ、どこで『ベロニカが大樹崩落の際に、自分の命と引き換えに勇者一行やグレイグ達を守っていた』ことを知り得たのだろうかということだ。

 

デルカダール城でグレイグやイレブンと対峙した際、ホメロスはイレブン達が生きていたことを最近知ったかのような言い方をしていた。

また、ホメロスの性格上、もしもその時点でベロニカのことを把握していたならばその場でグレイグや勇者を口撃する材料としてあげつらっていたはずだ。

つまりホメロスは、あの場に残って大樹崩落のときのベロニカの行動を目撃していたわけでもないし、少なくともその次にグレイグ達と再会した時もまだ知らなかったと推定できる。

また、ベロニカが命を落とした時のことはベロニカ自身の持っていた杖が勇者一行にのみ見せた光景であり、ホメロスが勇者一行よりも早くに知ることができたとも考えられない。

つまり、有り得るとすればベロニカの葬儀を執り行っていた前後のラムダか、もしくはその後の一行のもとに監視の目を送り込み、葬儀の儀式なり勇者たちの悲しみにくれた様子なりを報告されて知ったという線しかない。

しかし、勇者たちについてそこまで把握していたのとしたら、その後に勇者の剣を再制作されて天空魔城に侵入されるまでの間にこれといった妨害の手を打っていなかったことや、各地の軍王の勢力には勇者の手配書を回していたこと、そして情報収集していた割にはいざグレイグ達と対面したときに『まだ死んでいなかったのか』というようにわざとにしても行きすぎなほど侮る態度をとっていたこと、そして実際に作り出されたベロニカの偽物があまりに彼女らしかぬ言動をするものであり、とてもベロニカの人となりや最期をよく知った上で台詞を考えたものだとも思えないことなど、ちぐはぐな点もいくつかある。

 

しかし、この謎の答えとして、もう一つの回答がある。

ホメロスは実のところ、ベロニカが我が身かえりみず最後まで希望をもって勇者たちを守ったという詳しいいきさつなど知らなかった。

そしてホメロスの行使した幻術とは、あらかじめ台本を用意してその通りの台詞を口にさせるような術ではない、というものだ。

 

それを裏付ける実例はある。

 

ひとつは、ロトゼタシアの世界にはネルセンの地下迷宮の試練のように、『相手の心の中にある恐怖心や記憶を読み取ってそれに応じた姿になる幻影』を生み出す技術が存在すること。

もうひとつは、このゲームが始まってから三ノ宮・ルイーズ・優衣に行ったことだ。

ホメロスは姿も声も知らず、それどころかその時点では少女の知り合いであることさえも知らなかったはずの、天川夏彦の幻覚を『げんわくの瞳』で出現させた。

これは、ホメロスがわざとその姿を見せたわけではなく、結衣のほうが大切な友人のことを考えていた結果として夏彦の幻を見たものだ。

 

つまり、ホメロスの幻術とは、術をしかけられた相手のほうが幻覚作用によって勝手に偽物を見るような技だと思っていい。

たまたま夏彦の姿になった『げんわくの瞳』の時と、わざと勇者たちが動揺する人物を見せた偽のベロニカの時では術のタイプが大きく違っていたにせよ、基本的にはそういう原理だとすればつじつまは合う。

ホメロスが天空魔城でベロニカの偽物を出そうとしたのは、魔王城に乗り込んできた一団のなかに以前からいたはずの小さな少女だけがおらず、『もしやここに来るまでに戦死したのではないか』と推理することはできたから。

幻影がベロニカその人なら決して口にしないような言葉を発する粗末な出来だったのは、ホメロスから『自分の死の責任が勇者にあるかのような糾弾をして一行を絶望させろ』というような、おおざっぱな指向性しか持たされていなかったから。

大樹で一行を庇った結果だという細かいことまで知っていたのは、『ベロニカを犠牲にしてしまった』というイレブンたち全員の負い目が反映されてしまったから。

 

つまり、仮にホメロスがこの場で勇者の幻を作り出し、『勇者である自分こそが生還しなければならないと、優勝する為に仲間を裏切った振りをしろ』という幻影を仕掛けたとして。

そこにいるのが、『すでに魔王を倒して世界を救い、忘却の塔で過去をやり直すか否かの瀬戸際にいる』というホメロスの知らぬ未来を生きている人間だったとしたら。

 

ホメロス自身は『魔王を倒すために生還する』というやり取りが行われるのだろうと予想していたとしても。

現れた偽の勇者は、そこにいる人間の参戦時期を反映して、『魔王たちはもう倒したのだし、あとは過ぎ去りし時を求めるために生還する』というホメロスにとって驚愕の事実を口走ることになる。

 

 

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☩  ☩  ☩

 

 

「何、寝ぼけたこと言ってやがる。お前こそどっかの間抜けみたいに都合の悪い記憶を失くしたとか言うつもりじゃないだろうな」

「寝言を言っているのはそちらではないか? 大樹は落ちて、勇者の力は壊され、オーブは我々がすべて回収した。ここから、何がどうすれば私やウルノーガ様が敗れるというのだ?」

 

噛み合わない。

そもそもどうして生きているんだ、あそこまで完敗しておきながらどうしてまた見下したような態度が取れるんだと感情を逆撫でするポイントはいくつもあったが、続けて言い放った心無い質問はその比では無かった。

 

「どこで偽物だと分かった? 友が自分を殺そうとするはずがないなどという妄信は根拠にならんぞ」

 

その言葉だけで、こいつはベロニカを愚弄するような偽物を作った時と、何も変わっていないと察した。

 

「お前にはどこがおかしかったか分からないのか?」

「質問に質問で返すな」

「だったら、言っても分かりゃしないだろうよ」

 

有り得ない。

たとえ全てを救うためだろうと、そのために犠牲者を出すようなことを何の痛みもなしに笑ってやろうとする勇者なら、皆がついていくことも、ホメロスたちが敗北することも、世界が救われて『やり直す』という選択肢に至ることもなかった。

できるはずがない。

たとえ、実際に手を汚してでも世界を救うために帰ろうとする英雄がここにいたとしても。

きっとイレブンは、そいつの手段を否定しても、想いまでは否定しないだろう。

もしかしたら、そいつがいよいよ人殺しを決断するぎりぎりまでは守りたいと願って、手助けさえするかもしれない。

それでも、道が分かたれた時は、心の中で泣きながらそいつを倒す、そういう少年だと思っている。

 

だから決めた。

いや決めるまでもなく避けられないことだが、改めて逃げる気が失せた。

ホメロスに思い入れのあったグレイグがここにいないことを残念に思わないでもないが、それはそれとして。

 

「どのみち、二度とそのふざけた術を使うことは無いんだからな」

 

ホメロスを、ここで倒す。

一度は皆で力を合わせて倒した相手だ。一人きりの時に対峙するのは無謀だと頭では理解している。

相手が性懲りもなくゲスな手口を使う気満々で殺し合いに乗っている以上、見逃すわけにいかないという責任感もある。

しかし、何より。

 

「吠えるなよ、ドブネズミの分際で」

「黙るのはお前だ、コウモリ野郎」

 

天空魔城で因縁は清算しきったつもりだったし、こういう戦いの動機はあまりよろしくないのだろうけど。

 

お前が、あの時、あんなことをしなければ。

世界は闇に覆われたりせず。

イレブンは、過ぎ去りし時を求めるかどうか、なんて選択を迫られることもなく。

ベロニカは、こんなゲームの名簿に名前を書かれてやきもきするまでもなく生きていて。

セーニャは、姉を失った心の傷と、また失うかもしれないという不安を抱えたまま殺し合いに挑まされることなんかなかった。

二度も最低の幻を見せられ、この期に及んで世界は自分たちのものだと息巻かれた上で、そのことを恨まずにいられるほど、自分は心が強くなかったようだ。

 

「では、来ないのか? 墓場のアテならここは不自由しないぞ」

 

啖呵を切ったものの、戦端はすぐには開かれなかった。

ホメロスがその手に武器らしいものを持っていなかったことが、出方を迷わせた。

観察してみれば、ホメロスはその背に負うような恰好で支給品袋を身に着けており、その袋の空け口のところから長い突起物が利き手で引き抜きやすいように飛び出している。月明かりと夜目を頼りに、かろうじてそれが剣の柄らしいことが分かった。

一方で、鎧の剣帯には特に何も留められていない。おそらく、鞘のない抜き身の剣を支給されたために腰に剣を提げることができなかったのだろう。

その剣を抜こうとしていないのは不可解だった。しかも、利き手と逆の手にはスマートフォンを握っている。先ほどからさりげない素振りを装いつつも視線を目移りさせていたのも確認していた。

こんな時に地図や名簿セットの確認だなんてずいぶんな慢心だと苛立ちかけたが、ちょうど黒髪の少女と戦った時のことを思い出した。

 

あの時の少女は、その手にスマートフォンを取り返したとたんに武器を持った姿へと変身していた。

もしかしたら、ホメロスも何かしらの『仕込み』を持ったスマートフォンを支給されており、切り札にするつもりなのかもしれない。

天空魔城で戦ったときのように魔物と化した姿では無い上に闇のオーブも持っていないようだが、余裕の素振りからして何らかの勝算を持っていることは間違いなかった。

剣を抜かないのも、スマートフォンを手放すわけにいかない事情があり、利き手を剣だけでなく呪文を撃つために使わねばならないとしたらしっくりくる。

 

だとすれば、最初の一手は呪文だ。

 

「――ジバリーナ!」

 

橙色の光を伴った魔力を地面へと定着させ、三重円の陣を敷いた。

こちらは斜面の中腹にいて、あちらは斜面の上方にいる。彼我の位置関係からいってもこちらが不利。

ならば、まずは足場狙い。体勢を崩させ、スマートフォンを操作する余地も奪う。

 

「――はっ!」

 

だが、ホメロスもすぐさま飛び出していた。

すかさず右手に闇色の光球を生み出しながら。

 

「ドルモーア!」

 

『陣』は、敷設から発動までに少しの猶予がある。あるのだが、陣が敷かれたのを感じるやすぐさま飛び出し、同時に飛び出してきたところを撃たれぬよう反撃の上級呪文まで打ち込んできた。

戦術家を評されるだけのことはあり、行動選択が早い。というか上級呪文の光弾は周囲を巻き込んで衝撃波が爆ぜる。ただ光弾を避けても連鎖爆発のように巻き込まれ、そしてセーニャもロウもいないのだから呪文耐性も回復もできないまま受けるしかない。

 

光弾がカミュの足元で破裂し、周囲が至極色の光で染まるほど大きく爆ぜた。

 

――シャドーステップ

 

普通に飛びずさっても巻き込まれる。

だが残像を生み出すほどの足さばきをもってすれば、かろうじて離脱が間に合った。

閃光に眼がくらみ、波動の余波に撫でられながらも残像を引き連れて横っ飛びに退き、無理に加速したところから着地を確保するためにくるりと宙返りして足を地面につける。

 

さっきまで自分のいたあたりを見れば、走り抜けるホメロスと目が合った。かわされたことが意外だったのか、「ほう」というため息が聞こえる。

呪文を撃ったその足でそのまま走り出し、すでに陣の効果範囲にはいない。

直前にドルモーアで切り開いた地点をそのまま退路としたように、斜面を走り降りていく。

すれ違いざまにまた一撃入れてくるかと思ったのに、こちらをスルーしてそのまま走り去ろうとしている。

 

どうして?

 

先ほどまでの余裕から、一転して逃げをうったとも思えない。

であれば何らかの罠かもしれなかったが、こちらは逃げるという選択肢も見逃すという選択肢もすでに放棄してしている。

袋の中からもう一つの支給品を取り出し、追撃の為に駆け出した。

偃月刀のような形をした切っ先の鋭いブーメランだった。

最初に何度か試し投げをしたことで、投げるたびにバギ系の呪文のような真空刃が生まれること、ブーメラン自体の切れ味も鋭いことは確かめている。先ほどの少女相手には危ないと判断して使えなかったが、ホメロス相手には躊躇することもなかった。

 

「どうした! 大口叩いて逃げるのか!」

 

背後につけて煽っても、ホメロスの反応は特になかった。

走りながらでも投げられるかどうか手首のスナップを確かめ、自分と相手の位置関係をつかんでから腕を振りぬき、投擲する。

仮に距離をとってからスマートフォンを使って何かするつもりなら、先手を打った方がいい。

 

ホメロスにとっては初見となるはずの攻撃だったが、ひゅんひゅんとブーメラン特有の風を切る音を察しよく聞きつけたらしい。

ホメロスも右手を肩の方にやり、さっと引き抜く動作をした。

 

キン、と金属同士の衝突する音、止められた真空刃が気流になって霧散した感覚が闇の向こうから伝わってきて、斬り込むよう飛ばしたブーメランが払われたと分かる。

試し投げの時にブーメランの鋭さと真空刃の威力は思い知っていたからこそ、「マジかよ」と独りごちた。

空中で払われたブーメランが、血痕もなにもなくきれいなまま手元に返ってきた。

どういうわけか途中で障害物に当たっても持ち主のもとに戻ってくるようできていることは知っていた。想定外だったのは、刃の横腹に鋭い刀で撃ち込まれたような一本線が刻まれていたことだ。

どうやらホメロスの技量だけでなく、振るわれた剣もとてつもない業物だったらしい。

 

――もういっぺん投げても、同じだろうな。

 

ブーメランを利き手でない右手に持ち替え、どう有効打を打つべきか考える。

 

あの剣がある以上は投擲による攻撃は聞きにくいだろうし、こちらにはジバ系以外の攻撃呪文もない。

だとすれば追いついて近接戦に持ち込むしかないが、誘うように逃げてみせたからにはむきになって追いつこうとすれば何かのカウンター技を出してくる用意ぐらいはありそうだ。

だが。

 

左手にふたたびクナイを持ち、挙動を気取られないままに加速するイメージを固める。

 

何があったのかは知らないが、ホメロスは各地でオーブを奪還されて以降の記憶が無かったかのように話していた。

ならば、こちらは大樹が落ちた日に戦って以降に披露した手の内は知られていない。

『シャドーステップ』は回避のために先ほど見せたきりだし、『ぶんしん』もまだ使っていない。本来はみかわしや連続攻撃のための技術だが、加速に転用すれば一息で懐に飛び込める。

 

――一瞬で距離をつめて背後を取り、何をする動作も起こさせないまま心眼一閃を叩き込む。

 

気合の声はあげない。ただ心の中で「今だ」と叫んで地を蹴った。

食らえ、と念じて文字通りに飛び込みクナイを居合に似た動作で引く。

追っていた人影が一瞬で手を伸ばせる距離に縮まる。予想はあたり、瞬間移動を見たホメロスが驚いた顔をしたことに『当たる』と確信を持った。

 

今から剣を振りぬいても向こうは間に合わないし、振るわれる素振りでもない。ただ剣の柄にある宝石が輝きを放つのみで――気付いた。

 

気付くのが遅かった。

 

「――そちらから飛び込むとは」

 

驚きの表情が、嘲笑へと変じた。

表情が眼に焼き付くのと同時に、灼けるのに似た痛みが左肩を撃ち抜いていた。

 

剣は振るわれなかった。

ただ、剣自体から闇の閃光が放たれていた。

 

敵はこちらが攻めるのを待つまでもなく、向こうから攻撃するつもりだった。間に合わなかったのはこちらだった。

痛みとともにぐらりと身体が傾く中で、気付いたことを噛み締めた。

 

背中を見せていたのは、剣の柄が光りだす初動を自分の身体で隠して見せないためでもあったらしい。

着地が叶わず足元を崩しつつ、理解が追いついた。

 

かつて同様の術を見ていたことで身体の真ん中に直撃するだけは避けたが、耐性も体勢も整っていない状態で受けたことで意識は飛びかけた。

そのまま転倒し、斜面をあっけなく転がり落ちる。

 

そして何より最悪だったのは、闇の閃光を放ったことではっきり照らされた剣の姿が、見間違えようもないぐらい馴染みのある剣であることだった。

 

「貰ったぞ」

 

斜面が緩やかになったところで切り株に背中を受け止められるようにして身体がとまり、そこにホメロスが剣を突きつけた。

本来ならその剣に唾でも履いていたところだが、喉元に刃が当たっているのはやはり間違いなく『勇者の剣』で、敗北の悔しさよりそれをホメロスが向けていることが許せなかった。

 

「お前、その剣に何しやがった」

 

左手の指で何やらスマートフォンの画面を叩いているようだが、今は『皆で作り上げた大切な武器を闇の力を持った武器に魔改造されている』という最低の愚弄行為にしか意識がいかない。

人を小ばかにするためにあるかのような吊り目の男は、ふんと軽く鼻で笑った。

 

「恨み言ならゲーム運営に言うことだな。

そもそもこれはウルノーガ様のものになった剣だろう。

それを私がウルノーガ様のもとへ持ち帰るのはおかしいことでもあるまい」

 

まただ、先ほどからの噛み合わない認識。

ベロニカがそうかもしれないようにホメロスもまた蘇ったのだとしても、天空魔城で起こったことのすべてが無かったかのように振る舞っている。

 

「お前こそ、魔王の剣と勇者の剣の区別もつかないのかよ。

お前を倒した時だってその剣が振るわれてただろうが。得意げに献上品扱いできる立場か」

 

スマートフォンの画面の光に照らされ、ホメロスの眉が不愉快そうに寄せられるのが分かった。

ぷつりと首輪の上あたりに痛みが走り、浅く切られて血の玉が伝うのが分かる。

 

「またその話か。この状況で何を言おうと、動揺させるためのハッタリにしか聞こえんぞ?」

 

状況はほぼ詰みに近い。

ならば、嫌がらせもかねて真実を突きつけてやろうという悪意で口が動いた。

 

「覚えてないなら教えてやるよ。お前は最後に、グレイグに負ける」

 

ぴくりと、切っ先が震えた。

 

グレイグとホメロスの因縁まで、カミュは知らない。

イレブンはグレイグと二人旅していた時に色々と聞いたようだが、人の思い出話について詳しく踏み込んだことはなかった。

だが、グレイグとホメロスの最期のやり取りはその場にいて見ており、ホメロスからの執着も目の当たりにしている。

 

「下手な挑発だな」

「けど嘘じゃない。お前、最後までグレイグと同じペンダント付けてただろ」

 

ぎり、と歯を軋ませる音が聞こえた。

 

「貴様、それをどこで聞いた」

「実際に見たんだよ。お前は最後に泣き言を言って消えていったな。『俺はグレイグのようになりたかっただけなんだ』ってな!」

「黙れっ……!」

 

第三者に、一番知られたくない部分を突かれたのだろう。

魔族のように白かったホメロスの顔色が、スマホの微光でも分かるほど朱に染まった。

一撃で終わらせるには怒りが深かったのか、首ではなく二の腕が剣で抉られ、背後の切株に突き立つ。

がっとうめき声が漏れたが、黙ってたまるかという意地でそれ以上の悲鳴を殺した。

 

「認めたくないのか! グレイグはお前と違って正直に言ったぞ、『昔からお前に憧れてたのに何で分からないんだ』ってな!」

 

なんだと、という呟きと息をのむような音が聞こえた。

 

「それを聞いたお前が、なんで今さらこんな事やってんだよ! そんな有り様じゃ、何度やってもグレイグには負けるぞ!」

「黙れええええええ!!」

 

 

ホメロスが感情に任せて剣を横殴りに振るうと同時、ドルマ系呪文の色をした波動が暴風のように荒れ狂った。

魔力の暴走。

闇のオーブを食らった時ほど凶悪ではないにせよ、勇者の剣から迸ったのは激情まかせの魔力刃が四方にあるもの全てを叩き、打ち上げる。

 

「ぐあっ……!」

 

こっそりと手をのばしていた刃型のブーメランをかざして波動そのものはガードしたが、それでも体が打ち上げられて後方へと大きく飛んだ。

そのままトドメを刺されるかと覚悟したが、予想に反して体はそのまま放物線で落下し、どさりと地面に落ちても続く攻撃は無い。

 

 

 

ホメロスはどうしたと顔を上げてみれば、草原ではなく人のいない雑木林がそこにあった。

 

 

 

何が起こったのか――ルーラの呪文で連れられて着陸した時のように、景色が変わっていた。

 

 

☩  ☩  ☩

 

 

幻覚で完全に心を折ることまでは期待していなかった。

生還を狙うための動機としては(すでに勇者のチカラを失っているイレブンに世界が救えるかは怪しいにせよ)ありえそうな線を用意したつもりだったが、まさか死んでくれと言われてあっさり死ぬような馬鹿はいないだろうと踏んでいたし、しばらく茫然としている間にこちらがスマートフォンを持って近づき、必要なことを澄ませるだけの余裕を稼げればと思っていた。

結果として思ってもみない証言が引き出されてしまったが、信じようという気にはなれなかった。

 

カミュとかいう名前の盗賊が嘘をついているとは思えなかった。それに準じた幻覚まで見ているのだから、カミュにとって『魔王とホメロスがすでに倒された』という発言は、あの男にとっては前提となる真実なのだ。

だが、思い込みか妄言の類と見なすしかなかった。

記憶の食い違いだの生き返りだのを信じられない以前に、闇に落ちてまで手に入れようとしたものがいともたやすく引っ繰り返されたなど、ホメロスにとっては有り得るはずがない未来だったのだから。

 

だが、あの男はホメロスしか知らなかったことを言い当てた。

 

――最初はただ、グレイグのようになりたいだけだった。

 

主君であるウルノーガこと元デルカダール王にさえ、言葉として打ち明けたことはなかった。

誰にも明かしたことのないまま闇に葬った願いだった。

 

それを不覚にも言葉に出してしまうほど追い詰められない限り、あの男が言い当てることは有り得ないのだ。

まして、ペンダントは衣服の内側に首から下げて隠し持っており、大樹が落ちてから人に見せたことはない。

いずれも、ホメロスの負ける未来が訪れない限りは、露わにならないはずのものだった。

 

「私は、負けると言うのか……?」

 

認めたくないという意地がある。

信じられないという拒絶がある。

 

だが、『負ける』と言葉にしてしまった瞬間に、思わずペンダントを取り出し眼をやってしまった自分がいた。

それが、無性に許せなかった。

ぶつりと鈍い音を立てて、首に通していた鎖を引きちぎる。

 

支給品ではない、最初から首に下げていたデルカダール由来の装飾品を、誰に向けたかもわからない怒りとともに遠くへと投げつけた。

ペンダントは夜闇の中で放物線を描き、先ほどの男がそうだったように『会場内と会場外の南端の境界線を越えたあたりで』見えなくなった。

 

わざわざ会場の境界線近くへと場所を移したのは理由があってのことだが、ここまで会場の『外』の空間に接近していたのは気付かなかった。

カミュに対しては妄言扱いして鼻で笑っていたにせよ、やはり自分たちが負けるという証言への動揺は大きかったらしい。

会場の外へと出してしまった以上、ルール上ではカミュは首輪を爆破されることになるのだが、それにしては姿ごと消えてしまったことも、『首輪を爆破する時はアラームを鳴らす』というルールだった割には何も聞こえてこないことも引っ掛かる。

とはいえ、ホメロスまでルール違反となる危険を負ってまで後を追う気にはなれなかった。

 

「気に入らんが、あの預言のような『負ける』という未来については嫌でも覚えておく必要がありそうだな。

あの状況からウルノーガ様が落とされるというのは虚言としか思えないが、少なくとも私の心を見抜いたつもりになるだけの何かは知っているのだろう」

 

少なくとも、グレイグとホメロスのことに関する部分は本当ではないか。

そう受け止めてしまったことで、ならば最後の言葉も真実になるはずだという論理にたどりついてしまった。

 

 

 

――昔からお前に憧れてたのに。

 

 

 

それこそ、まさかと考えることを止めていた。

ありえないと想像したこともなく、気付けばホメロスが背中を追っていたという思い出ばかりが積もっている。

グレイグ自身の口からそう聴いたわけでもないのに、鵜呑みにできるものではない。

 

だが、もしもグレイグがあの男に聴こえるところで、そう言っていたのだとしたら。

ホメロスの言いたいことは、ひとつだ。

 

怒鳴っていた。

 

「なぜ、そう思っていたならもっと早くに口にしなかった!!」

 

昔からグレイグは、ありとあらゆることを態度に出さなかった。

ねぎらいと称賛の握手を求めて無視されたのは、ユグノアでのデルカダール王救出の功績を叙勲する時だっただろうか。

救えなかったマルティナ姫のことを思えば素直に喜ぶ心境になれなかったのは無理もないとは分かっていたが、ホメロスを全く眼中に入れずに歩いていったその姿は、違う世界の存在になったのだと思い知るには十分すぎた。

 

――もはや弁明などさせぬ! ホメロスよ、王の御前で成敗してくれる!

 

命の大樹へとデルカダール王を連れて現れた時も、『取るに足らない裏切り者を処断しにやってきた職務忠実な将軍の顔』でしかなかった。

『信頼する友の裏切りに傷ついた顔』などかけらも見せなかった。

 

――王よ、見ていましたか今の戦いを。ホメロスの力こそ闇の力。

 

ホメロスが裏切った事実を突き止めても、まったく意外そうな顔をしていなかった。

以前からホメロスのことを下に見ていなければ、あんな他人事のような言い方ができるはずがない。

もしもあの時に、グレイグから悲しい顔をして『俺の元から去らないでくれ』という言葉を聞かされていれば、ホメロスを引き止めるにはかろうじて間に合ったかもしれないのに。

 

「ウルノーガ様に出会う前にその言葉を聞いていれば、私も、友のために死ぬことを厭わない愚か者になっていたかもしれないのに」

 

たとえ滅びるという未来が真実なのだとしても、今になってウルノーガの元を離れるという選択肢はホメロスにはなかった。

ホメロスにとってのウルノーガはこの世でただ一人、グレイグと自分を比べた上で自分を選んでくれた存在だ。それが不利になったからと言って離れられるわけがない。

ホメロスを言葉で引き戻すことが叶っていたかもしれない段階は、もう通り過ぎている。

 

「今さら聞いたところで、なおのこと貴様らを生かしておくわけにいかなくなっただけではないか」

 

『Lucid』のアプリを推し、そこに登録されている名前を確認して、起動のためのパネルに触れた。

すぐさま、眼前に薄桃色をした『扉』が現れる。

ホメロスは、その扉をくぐった。

扉を開けた先では視界が暗転し、気分が悪くなるような浮遊感が訪れる。しかし、出る扉はさらにすぐ目の前にあった。

扉を開け、もとの会場へと帰還する。

出た時は、入った時よりも目線が低くなっていた。

身長が変化している。

衣服まで鎧から緑色の布の服に替わっているのは不便だったが、衣服がホメロスのそれのままでは意味がないのでやむを得ないだろう。

たしかに、姿は変わっていた。

 

『特殊機能:Lucid(光)』

 

このアプリを起動させることで、バトルロワイアルの会場において帰宅部員やオスティナートの楽士がそうであるように外見をアバターとして変化させることができます。

特に指定したアバターが無い場合、外見がこちらで用意させていただいたアバター『Lucid』のものになります。

 

他のアバターを登録したい場合は、所有者がいるスマートフォンの半径5メートル以内に近づいてその所有者の名前を下部の枠内にある74人の中から選択し、その状態で『送信』をタッチしてください。

所有者の名前が正解であれば、『登録完了』が表示されて、その所有者の外見が登録されます。

登録できるアバターは一人分のみです

登録の抹消はいつでも可能ですが、一度登録すると制限により以後6時間は別のアバターを登録することはできません。

(登録が抹消されると、使用できるアバターが『Lucid』に戻ります)

 

注意)偽装できるのは姿や声など表面上の部分だけです。能力まで変化させることはできません。体格が変化することがあっても身体能力等はそのまま維持されます。

 

 

『オスティナートの楽士』だの『アバター』だのという意味は分からなかったが、外見を変化させる魔法であることは明記されていた。

試しに図書館に戻って鏡がある場所で『Lucid』とやらを試してみたところ、外見が黒服に髑髏のような仮面をかぶった不気味なそれへと変貌していた。

何より、仮面の下は何もないかのように透明で、人相がちっともわからなくなっている。誰も登録されていないからこその、中身がない人間ということか。

重畳だったのは、外見の変化にともなって闇のオーラも視認できなくなっていることだ。

警戒されずに交渉できる手段を欲していたホメロスにとっては、願っても無い機能だった。

 

とはいえ、覆面をかぶった透明人間のままではたいていの人物から不審者扱いされることには変わらない。

さっさと誰かを登録してしまいたかったし、もっと言えばそれが勇者一行の誰かだったのはより好都合だった。

 

最初にいきなり仕掛けずに幻覚を見せたのは、近づいてスマートフォンを至近距離で操作するための隙が欲しかったから。

そして、名前と姿を借りる以上はカミュの名前が放送で呼ばれては不都合であり、あまり致命傷を与えるような捕らえ方はしたくなかったからだった。

仮にあの盗賊の年齢が18歳以下だとすれば首輪のためにはやや勿体なくもあったが、ホメロスはカミュの年齢を知らない。デルカダール王国が調べ上げても出自は謎のままであり、生年など分かろうはずもなかった。

幻覚で動揺させれば本人から誘導尋問はできたかもしれないが、それにはあえなく失敗し、カミュを殺したとして『あと5人』なのか『あと4人』なのかは不明のままだった。

エリアの南端へと場所を変えたのは、なるべく誰も訪れないような会場の隅の方に、姿を借りた後は縛り上げて本物が見つからないようにしたかったから。

結果的に激昂してしまったことでエリア外へと追いやってしまったが、ひとまず放送でカミュの名前が呼ばれるかどうかが分かるまでは『カミュ』の名を借りて優勝のための交渉や実力行使をさせてもらい、勇者とその仲間たちに対する信頼度を貶めるために利用させてもらう。

放送で呼ばれた名前しだいでは、他の者の姿を借りても、いっそ『Lucid』のアバターとやらを緊急手段で使ってもいい。

当初の予定どおり東へ向かうか、それとも人の集まっている場所を探すために北上して手っ取り早く市街地入りするかは……これから考えるとしよう。

そばに先ほど横転した際に落としたと思われるクナイが落ちていたので、これも持っていたほうがそれらしいだろうと拝借した。

 

「そういえばあの者は左手の得物を主に使っていたな。そこも真似させてもらうとするか」

 

幸いホメロスはもとから二刀流の剣士だった。

左手に短刀を持ったところで、そこそこサマになるようには扱えるだろう。

くしゃくしゃと頭をかけば、くせの強い短髪の慣れない髪質が手に伝わってきた。

あまり自分のセンスにそぐうような容姿ではないが、背に腹は代えられない。ただ挑んだだけでは負ける、という不吉な忠告もある。

 

「そういえば、先ほどの言いようでは、グレイグとイレブンの仲間の連中は行動を共にしているのだったな。ならば奴を欺くのにも都合がいい」

 

あるいは。

別人を装ったこの姿なら、グレイグに対して、ホメロスの口からはとても言えないような本音を問いただす質問ができるのではないか。

 

そんな思いつきを閃いてしまった自分で自分に腹が立ち、ホメロスはその提案にかぶりを振った。

わざとあの盗賊の口ぶりを演義して、粗野な言葉遣いでもっと残酷な思いつきを口にする。

 

「『オレ』が仲間を裏切った時の連中の顔。

自分の姿が仲間を傷つけたと知った時のアイツの顔。

そして、オレと道をたがえてまで選んだ仲間たちが、やっぱり裏切った時のグレイグの顔。

いったいどうなるのか、見ものじゃないか」

 

【H-4/エリア南端付近/1日目/黎明】

【ホメロス@ドラゴンクエスト11】

[状態]:ダメージ(小)、MP消費(小)、カミュのアバター

[服装]:鎧姿

[装備]:勇者のつるぎ@ドラゴンクエスト11(支給品袋を鞘替わりに)、特殊機能『Lucid』(起動中)、リップルのクナイ@魔法少女育成計画

[道具]:基本支給品一色、スマホ、拘束用魔法ロープ@魔法少女育成計画

[首輪解除条件]:実年齢が18歳以下の参加者を5名殺害する、ただし英霊は除く

[思考]

基本:勇者とその仲間共、そしてグレイグも殺す。優勝するつもりだが、なるべく主催者の情報を得た上で帰還したい

1:ひとまずはカミュの姿を借りて勇者一行の信用度を落としつつ、二つの顔を使い分けながら立ち回る。第一放送でカミュの名前が呼ばれた際にアバターを変更するかどうかは保留

2:『いつかグレイグに負ける未来が来る』という発言については、ひとまず念頭において進める。慢心はなるべく抑える。

3:図書館で戦った少女と、乱入してきた妙な武器の男は警戒。なるべくは始末

4:利用できる協力者を探す。主催者のことを知っている参加者から情報を得たい。都合がいい首輪の解除条件を持った参加者が入れば良いのだが

5:首輪の解除条件のために場合によっては『夏彦』とやらは殺す

6:市街地を目指してみる。北上するか東に進むかは……

[備考]

※参戦時期は命の大樹崩壊後からです

※幻術は使用可能ですが『思い通りの人物を見せるためにはある程度その人物の外見などの知識が必要』『大雑把な方針しか持たせられない』など使用条件が限られ、知り合い以外に多用するつもりはないようです

 

景色が変わったと思ったら、樹の幹か何かにぶつけたらしくしばらく昏倒していた。

やがて金色のペンダントがどこからか投げ込まれて額にあたり、それで目が覚めた。

 

何が起こったのか、なぜホメロスの姿が消えたのかと頭をひねり、やがて場所に感じてはスマートフォンから地図を見ればいいのではないかと思い至る。

たどたどしく地図のマークが書かれた四角形を押して画面を展開し、そのマップにうたれた現在地を示す光点を見てさらに分からなくなった。

 

自分がいることになっているのは、『A』で仕切られた会場の北端の区域の、3という数字の近く……つまりは、会場の北端近くで、それまでとぜんぜん異なる場所。

まさかこの会場、南の端から出たら北の端に戻ってくるようになっているのか、いや百歩ゆずってそうだとしても、それならA-4の海中にどぼんと落ちているはずだ。つまり何が起こったのか分からない。

 

分からないが、ルール上は『会場を出たら首輪を爆破』である以上、ホメロスのところに戻るためにこのまま北上して元の場所に戻るかは試せない。

つまり……ホメロスを止められなかった。

 

「くそっ!!」

 

手近にあった樹の幹に、八つ当たりで拳を叩きつけた。

全身がじくじくと痛んでいたところに、さらに手の甲から血がにじんだが、心に澱んだ無念さの方がそれらを上回っていた。

 

最初の少女と、ホメロスと、連続で何も留められていないことに腹が立った。

胸糞の悪い相棒の出来損ないを見せた挙句に、勇者の剣を得意げに振りかざすホメロスに怒りが溜まった。

あのような男に勇者の剣を渡しただけでなく、良くない改造まで施したらしいゲームの黒幕が憎かった。

威勢のいい啖呵を切りながらも、終始ホメロスに言いようにされたことに歯ぎしりがした。

そして、それだけではなく。

 

勇者の剣で腕を斬られたあの瞬間。

痛みやホメロスへの憎悪とは別のところで。

もしこの剣が、相棒のもとに戻らなければ、と想像してしまった。

 

――時のオーブを壊せずに、過ぎ去りし時を求めさせずに済むかもしれない。

 

あの時だけでもそう考えてしまった自分自身に、心底から吐き気がした。

 

イレブンが背負っているものの重さは、分かっている。

確かにイレブンは、皆殺しをすれば自分の力で全てを取り戻せるなどという安易な結論に飛びついたりはしないだろう。

けれど、もしも犠牲者を目の当たりにしてしまったとして。

その時は、『死んだ人を取り戻す手段に心当たりがあるのに、それをやればいいと思えないでいる』ことに、やっぱり後悔するのだろう。

 

御姿の勇者に、『勇者』を辞めさせるんだと叫んでいた少女のことを思い出した。

なあアンタ。名前も知らないからアンタって呼ぶしかない勇者の友達。

アンタは、勇者がこれ以上背負い込むのが耐えられないとか言ってたけどな。

 

上体を起こし、地面に投げだした膝を折り曲げてその上に額を乗せ、小さく声に出す。

俺だって、相棒には幸せになってほしいと思ってるんだ、と。

 

 

【A-3/エリア北端付近/一日目 黎明】

 

[備考]

陸地のあるエリアで会場の外に出た時は、別エリアの陸地から会場に入る形で無作為に転移します。

海中のエリアで同様のことをした場合には、別の海中から同様の形で転移します。

 

【カミュ@ドラゴンクエスト11 過ぎ去りし時を求めて】

[状態]:喉元に刺傷、左肩に挫傷、右二の腕に裂傷、各所に打ち身

[装備]:リップルのクナイ(残り1本)@魔法少女育成計画、プリンセス・テンペストのブーメラン@魔法少女育成計画、デルカダールのペンダント@ドラゴンクエストⅪ

[道具]:不明支給品1つ、基本支給品一式、スマホ

[状態・思考]

基本方針:仲間と合流し、殺し合いゲームの打倒

1:パーティーメンバーと合流する(ベロニカが生きていることについては、今は合流を優先し考えない)

2:御姿の勇者を特定して保護する

3:ホメロスには最大限の警戒。黒髪の少女(名前は知らない)には警戒

[備考]

※『御姿の勇者』については、その呼び名しか知りません

※参戦時期はウルノーガ撃破後、主人公が決断するまでの間です

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