バトル・ロワイアル The Rebellious Memory 作:原罪
◇
ユグドミレニアの城を出てから暫くの時間が経過したころ。
神楽鈴奈は夜道を緊張した面持ちで歩いていた。
それも必然――
この地で行われているのはバトルロワイアルーー正真正銘の殺し合いが行われる戦場の中で足取りが重くなるのは不思議なことではない。
かといって、鈴奈は自身が殺し合いの真っ只中にいるという事実について認識はしているけれども、いまいち実感は沸いてこなかった。
それでも、鈴奈は常にビクビクとした様子で恐る恐る歩を進めている。
まるで獰猛な肉食獣の縄張りに迷い込んだ小動物のように。
「ひっ!!!」
しまいには、バチリと、自分が踏んだ枯れ枝の音に悲鳴を上げてしまう始末だ。
鈴奈は辺り一面を改めて見渡す。
周囲にあるのは闇。闇。闇。
鈴奈が歩む森林の中には人口の灯火は一切なく、頬を撫でるような夜風と気味の悪い虫の鳴き声が鈴奈の五感を刺激する。
鈴奈は決して、未だ見ぬ襲撃者に怯えているというわけではない。
如何にも魑魅魍魎が飛び出てきそうなこのシチュエーションに耐え切れないのである。
「うぅ…クリスさん、どこに行っちゃったんですかぁ……」
傍らに同行者がいれば、お喋りでもして気を紛らわすことが出来るのだが、今は唯一人森の中に取り残されてしまっている状況だ。
悠々と先行していたクリストフォロスはいつの間にか姿を消していた。
尤もーーいなくなったクリストフォロスも、鈴奈が恐れる魑魅魍魎に分類される存在ではあるのだが、そんなことは今の鈴奈にとって些細な問題であった。
持ち前の大声で幾度も同行者の名を呼びかけるが、一向に返事は来ず。
いよいよ心が折れそうになったその瞬間――
「っ!?」
眼前にある茂みがさりごそりと揺れ動いていることに気付いた。
「ク、クリスさん……? そ、そこにいるんですか?」
震える声で言葉を投げかけるが反応はなし。
まるで薄着で猛吹雪に晒されているかの如く、悪寒を感じた。
直立する二本の脚は倒壊寸前のビルのように、ガクガクと震えだす。
――これはきっとクリスさんだ
――また私を驚かせようとしているのだ
――うん、絶対にクリスさんだ。間違いない
と、茂みの向こうにいるのは悪戯好きの探し人であると自己暗示を掛ける。
ゴクリと生唾を飲み込み、ありったけの勇気を振り絞る。
覚悟を決めて茂みに近づいてみた、その刹那――
「■■■■■■■■■■■■■■■―――!!!!」
けたたましい咆哮とともに、妖しく光る黄金色の影が鈴奈の視界を覆った。
瞬間――鈴奈の体内時計は完全に停止した。
身の丈は自身の倍以上はあるであろうその異形を見上げ、石像のように凝固する。
そして、数秒の膠着を経て―ー
「きゃあああああああああああああああああああああああーーーーー!」
我に返った鈴奈は大絶叫を上げて、逃走を開始する。
その悲鳴は先の異形のものを遥かに凌ぐ叫び声で、闇夜の森林エリア一帯に轟くものとなった。
天地を反転させるかの如き声量は、まさに天然の拡声器――
一歩間違えれば、殺し合いに乗った者を引き寄せる恐れもあったが、そんなことを思考する余裕は持ち合わせていなかった。
「あああああああああああああああああーーーー!!!」
まるでウイルスに感染したコンピュータのように思考はグチャグチャにかき乱され、鈴奈は錯乱して駆ける。
背後より異形の雄叫びは尚も続くが、その声は段々と遠ざかっていく。
だがーー
逃走の果てに待ち構えていたのは、またも異形のものであった。
「■■■■■■■■■■■■■■■―――!!!!」
「――っ!!?」
度重なる恐怖と心労に鈴奈の精神は臨界点を突破していた。
白銀の“それ”が鈴奈の前に立ちはだかったその瞬間――
鈴奈は叫び声すら上げることもなく、自らその意識の手綱を放棄した。
――視界がスローモーションで薄れてゆく。
―ーそれに連動し気が遠くなっていく。
『ふふっ、やっぱりあなたは揶揄いがいがあるわね、鈴奈。』
「――――――へっ?」
まどろみの世界に堕ちゆく鈴奈の意識を引っ張り上げたのは、探し人である少女の一声だった。
我を取り戻した鈴奈が、声がした方角へと視線を向けると、樹木の太枝の上にちょこんと座りこむクリストフォロスがいた。
白い仮面を身に付けた純血の妖魔は、ニコニコと楽しそうに此方を見下ろしていた。その傍らには、自分を恐怖のどん底に突き落とした黄金色と白銀色の異形が宙に浮き、くるりくるりとクリスを中心にリズミカルに周回をしていた。
先程はパニック状態で気付かなかったが、目を凝らしてみると、それはまるでオーケストラに登場する巨大な二基のホルンであった。そんなホルンがまるで自らの意志を持っているかのように夜天の宙を周遊している。
目を疑うような光景に思わず、ギョッとする。
「ク、クリスさん、それは一体……?」
「ふふふっ……、お前にはまだ紹介していなかったな。 彼女達は
額に汗浮かべる鈴奈に、黒の仮面をつけた天使は悪戯な表情を崩さず、懐から指揮棒を取り出し天に掲げる。すると、クリスの周りを飛び交っていた二基のホルンはピタリと動きを止め、鈴奈に向かいペコリとお辞儀をした。
鈴奈は硬直したまま、ただただ呆然とそれを見上げていた。
◇
先程の城塞を出て、暫く私が先行して北へと歩んでいたが、暗がりの中それとなく鈴奈の背後へと回り、置き去りにした彼女の様子を観察していた。
何故このようなことをしたのかと云うと、理由は単純――。
先の城での一件といい、鈴奈を揶揄うのが至極愉しいからだ。
夜道に独り放置され、怯えに怯えた鈴奈の姿があまりにも可笑しかった。アルーシェも中々に揶揄いがいがあったが、鈴奈の反応は飛びぬけていた。
更に魔楽器たちをけしかけて、仰天する鈴奈の反応を愉しんではいたが、少し羽目を外してしまったようだ。
あんな大きな声を上げて悲鳴をあげ続けられると、こちらとしても堪ったものではない。
ネタバラシの後――
本当に怖かったんですから!と涙目になりながら、ポカポカ肩を叩き抗議してきた鈴奈をどうにか諫め、改めて従者たる魔楽器たちを紹介した。
鈴奈は最初こそは戦々恐々としていたが、時間が経つに連れ慣れてきたようで、今その表情は緩んでいる。
「えっと……リュリーティスさんの他にも、クリスさんのお知り合いはこのゲームに巻き込まれちゃっているんですよね? その人たちも妖魔ってことで、魔楽器さんたちのような邪妖を引き連れているんですか?」
「いいや、この場に参加している知り合いに私のような純血の妖魔は参加していない。 この場にいる知り合いは人間が三人。 成りかけの半妖が二人。 元々人間だった私の主人が一人といったところか。 確かにアルーシェなら邪妖を引き連れている可能性はあるな」
「……成りかけの半妖? 元々人間、だった……?」
鈴奈の反応は如何にも理解が追いついていません、といった反応であった。
妖魔や半妖といった単語に慣れていないこの反応から察するに、なるほど此方の常識と鈴奈の常識に大きな乖離があるようだ。やはり、お互い別々の理の中で生きてきたと考えたほうが納得がいく。
良い機会だから、今後の為にもお互いの身の上の情報は改めて共有しておいた方が良いだろう。
『折角の機会だから、あなたには話しておくわ。 私達のことを』
クリスは語り聞かせたーー
クリスの世界はかつて“夜の君”と呼ばれる一人の妖魔に滅ばされかけていたということを。
「夜の君」が撒き散らした蒼き血が付着したものは姿と性質を変え、邪妖と呼ばれる怪物となり、夜の世界を支配していたということを。
その蒼い血を浴びて半妖となったのが教皇庁の
クリスも、人間と妖魔の共存を掲げたアーナスに同調し、その傘下に加わっていたこと。
しかし、アーナスは新たに台頭してきた妖魔”月の女王”に敗れ、暴走状態のまま行方不明となってしまったこと。
その後、クリスは“月の女王”を倒さんとするアルーシェとその仲間達に協力しつつ、アーナスの行方を追い、彼女を正常に戻そうと動いているということを。
『今のあの方は非常に危険な存在よ。だから鈴奈、今後運悪くあの方に出会ったりでもしたら、すぐに逃げなさい。 あれはただの人間が幾ら集まろうと敵うものではないわ』
「えっと、でもクリスさんがアーナスさんに直接会って説得されたいんですよね?」
「そうしたいのは山々なのだが、私の説得だけでは”夜の君”を正気に戻すのには足らんのだよ」
クリスとアーナスは今でこそ主従の契りを交わしてはいるものの、元を辿ればアーナスが
確かにクリスが直接訴えることで、夜の姫君の心を多少なりとも揺れ動かすことはできるかもしれない。
ただし、それは決定打となりえないということは、他ならぬクリス自身が理解していた。
「それじゃあ、どうやってアーナスさんを元に戻すつもりなんですか?」
『……リュリーティス。 あの方が愛する女性もこの場所に呼ばれているわ。 彼女を保護した後、あの方を説得して貰うつもりよ』
そう、鍵となるのはリュリーティス。
アーナスが
アーナスは彼女を救うために、世界の理に叛旗を翻した。
そして、その結果として世界ごと彼女を救った。
言うなれば彼女たちの愛という名の絆が世界を変えたのである。
だからこそ確信している。たとえアーナスが自我を失っていたとしても、リュリーティスと出会うことで、恐らくは……。
だがそんなクリスの思考をいざ知らず、鈴奈は思わぬところに喰いついてきた。
「えっ? 愛する女性って……? アーナスさんて確か女性ですよね?」
「……? それがどうしたのか?」
「だ、だ、だって女性同士ですよ! 女の人同士で愛しあうなんて、そんなそんな……!」
頬を紅潮させ、あたふたする鈴奈。
はわわわ、と両手で口元を抑える反応が実に初々しい。
そんな彼女の様子を視界に収め、本当に退屈しないお嬢さんね、とクリスは微笑む。
『くすっ鈴奈。真の愛の前には性別も種族の壁でさえも矮小なものよ。 鈴奈はどうしようもなく誰かを好きになったことは無いのかしら?』
「えっ、えーっと、私は、そんな……今はその……」
「目が泳いでいるぞ。ふむっ、その反応から察するに完全に脈なしというわけではなさそうだな。『帰宅部』という連中の中に想い人がいるという訳か」
「ち、ち、違いますよー!!!! 確かに先輩には色々助けてもらいましたけど、私達そういう関係ではーー」
「ほほう、その『先輩』とやらが、鈴奈の愛する人なのか。これは良いことを聞いたぞ」
「ってうわああああああああああああああああああああん!!!! クリスさん、今話したことは忘れてくださいぃいいいいいーーー!!!!!」
意地悪な顔してほくそ笑んでやると、鈴奈は湯気が出るのではないかと思わせるほど顔を真っ赤にして詰め寄ってきた。
必死の形相でクリスの肩を掴んで嘆願する鈴奈の姿を見て、しみじみと思う。
――やはり人間は興味深い存在だな、と
◇
「今度こそ、勝手にいなくなったりしないで下さいよ」
『ふふふっ、分かってる分かってる』
「ぜ、絶対ですよ」
「大丈夫だ、もうしないから。 まあ、もし今後何かの拍子で離れ離れになるようなことがあったとしても、私の名前を呼んでくれ。 すぐに駆け付けることが出来る。 お前の声は本当に響くからな。それは約束する」
「……分かりました、約束ですからね」
込み入ったお互いの身の上話を済ませ、暫しの休息をとった一人の少女と一人の妖魔は再び、北へと歩を進める。
やがて森林エリアを抜け、人工の明かりが照らす市街地エリアへと足を踏み入れた。
まだゲームが始まって数時間しか経っていないが、鈴奈はここに至るまでの道程をとても長く感じた。それこそ
すでに鈴奈の表情に先程のような怯えの色はない。
少しやりすぎたと反省したのだろうか、クリスは鈴奈と歩調を合わせて、隣にいてくれているし、黒色に染め上げられていた夜天は徐々に薄らいでいる。
更には街灯が放つ白光が、道先の様子を視認させてくれる。
これらの要素が相まって、鈴奈に安心感を与えてくれているのだ。
(真の愛、かぁ……)
緊張の呪縛から解き放たれた鈴奈は、先程クリスが口にした言葉を心の中で反芻した。
(どうして、こんな時に「先輩」のことを思い出しちゃったんでしょうか……)
クリスに唆された際に、脳裏に浮かべたのは「彼」の姿であった。
いつも皆を纏め上げ、帰宅部を勝利に導いてくれる彼――。
鈴奈はそんな彼の背中を見て、頼もしいと思っていた。
鈴奈の心の闇にも真正面から向き合ってくれた彼――。
鈴奈はそんな彼の優しい瞳に励まされ、
でも、何故だろうか。
「彼」のことを考えだすと、妙に胸が高鳴り気恥ずかしくなってくる。
(私、どうしちゃったんでしょうか……)
きっかけは同行する妖魔とのたわいない会話だった。
よくわからない場所に連れ込まれ、殺し合いを強要されてしまっている異常事態において、この場所にいるはずのない「彼」を意識し始めていた。
鈴奈の中で発生しているこの微々たる感情の変化に、同行する妖魔クリストフォロスはまだ気付かずにいた。
【G-6/ゲームセンター付近/一日目 黎明】
【神楽鈴奈@Caligula -カリギュラ-】
[状態]健康、疲労(小)
[服装]いつもの服装
[装備]
[道具] 基本支給品一色、スマホ(特殊機能付き)、不明支給品2つ(本人確認済み)
[首輪解除条件] 特殊機能が搭載されたスマートフォンを2台以上破壊する
[思考・行動]
基本方針:この殺し合いを止める
0:クリスさんに同行し、人が集まりそうな施設に向かう。まずはゲームセンター
1:アーナスさんを正気に戻すためにリュリーティスさんを探す。
2: 帰宅部の皆と合流
3: 死んだはずのシャドウナイフが参加していることに疑問
4: 「先輩」に逢いたい……
※参戦時期はカリギュラ本編、グラン・ギニョールでの最終決戦直前となります。
※鈴奈のスマートフォンには特殊機能が搭載されており、半径200以内にいる参加者の名前を表示することができます。
【クリストフォロス@よるのないくにシリーズ】
[状態]健康
[服装]いつもの服装
[装備]:魔楽器オルガノン(よるのないくに)
[道具]:基本支給品一色、スマホ、クリスの仮面(黒)、クリスの仮面(白)
[首輪解除条件] 会場内のとある施設にある「Nエリア」に到達する
[思考・行動]
基本方針:殺し合いには乗らない。「夜の君」の暴走を止める
1:鈴奈と同行。情報収集のため、人が集まりそうな施設に向かう。
2:アーナスの記憶を取り戻すため、リュリーティスを保護する
3:アルーシェとの合流も視野に入れる
4:余裕があれば、首輪を解除したい
5:鈴奈に非常に強い興味。出来れば楽団に引き入れたい。
※参戦時期はよるのないくに2 第6章以前からとなります。