バトル・ロワイアル The Rebellious Memory 作:原罪
◇
市街地エリア『C-7』。
疎らに煌めく街灯を頼りに、舗装されたコンクリートの街並みを歩く少年少女が二人。
ピンク色の髪を靡かせ、先頭を元気よく歩いているのがーーアストルフォ。
見た目麗しい美少女のように見えるが、れっきとした男子であり、何を隠そうイングランド王の息子にしてシャルルマーニュ十二勇士が一人、ライダーの英霊でもある。
アストルフォに付き添うように続いているのは、これまた異様な格好をした女性であった。
殺し合いの場に似つかわしくないメイド服を纏っている彼女の名はーー粕谷瞳。
一度は
これも幾多の
能天気に前進していくアストルフォと違って、彼女の眼光は鋭く、周囲に睨みを利かしている。その右手には彼女の得物でもあるチェーンソーが握られており、いつでも襲撃者に対応できるよう厳戒態勢を敷いていた。
彼女は過去にもシークレットゲームと称された
しかし、彼女をそうさせまいとしているのは、掲げた行動方針の違いによるものだった。
力ある者として、かつて自分に手を差し伸べてくれた彼女たちと同じく、より多くの命を救わねばならないという重責が、否応なしに彼女の表情を険しくさせていた。
「(ううぅ……なんか窮屈だなぁ)」
瞳から放たれる尋常ならざる殺気は、前方を歩くアストルフォもひしひしと感じている。
やがて、そのプレッシャーに耐え切れず、後方へと振り返る。
「瞳ー、さっきからちょっと強張りすぎてない? もう少し気楽に行こうよー」
「アストルフォさん……仮初にもここは戦場。警戒をするに越したことはありません」
「それもそうだけどさぁー。瞳の望みは、仲間を集めてこの
「っ!? ですが、私の務めはリピーターとして、アストルフォさんを初めとする皆様を護るこーーほへっ!?」
突如アストルフォに両手で頰をむに〜っと引っ張られ、瞳の抗議は遮られた。
アストルフォの予期せぬ行動に、彼女らしからぬ間の抜けた声を発し、瞳は硬直する。
「ア、 アストルフォさん……。こ、これは…?」
「もうっー、瞳は独りで抱え込みすぎなんだよ! そんな小難しい顔して、色々背負いこまなくてもさー、もう少しボクを頼ってくれても良いんだよ? これでもボクは英霊の端くれなのだからさっ!」
動揺を隠せない瞳に対して、アストルフォはむっと頬を膨らませ、言い聞かせる。
それが単純に瞳を気遣っての言動なのか、女性に『護る』と言われて騎士としての自尊心を傷付けられたためなのか、出会って間もない瞳には分からなかった。
「ですがーー」
「『ですが』じゃないの! 良いかい、瞳? もし何かあれば、ボクが瞳の事を護るよ!」
「っ!? 護る……?」
「そう! ボクが瞳を護るよっ!どーんと任せてよっ! だから瞳がそんなに気負う必要はないんだよ」
困惑気味に尋ねる瞳に、アストルフォは一切の躊躇いもなく、答えてのけた。
「……わかりました」
「うん、うん! 大船に乗ったつもりでいてよ!」
結局アストルフォに根負けする形で、瞳は引き下がらざるをえなかった。
瞳が肩の力を抜いて、所謂厳戒態勢を解いたのを認識すると、アストルフォは満足したのか
笑顔を浮かべ、「よーし、出発っ―!!!」とクルリと身を翻し、歩き出した。
瞳はそんなアストルフォの背中を見据えて、思考する。
「(--不思議な方です……)」
幾多の殺人ゲームに参加してきた瞳は、それこそ数多くのプレイヤーと出会い、類い稀な戦闘力を以って、彼らの命を摘み取ってきた。
全てのプレイヤーが手を取り合い結束したあのゲームでもーー
結局は信じてくれた仲間たちを裏切るような形で、その手を血に染めてしまいーー
その報いを受けることとなってしまった。
そして、再び訪れた殺人ゲームーー。
抗うことのできない血染めの運命に絶望していた瞳を、地の底から引き揚げたのは自らを英霊と名乗る少年騎士であった。
目の前を歩くこの少年は、瞳に対して「護る」と言ってのけた。
幾多のゲームにおいて「狩る側」もしくは「護る側」であった瞳にとって、それは予想だにしない出来事であった。
能天気に前方を歩くアストルフォが、先のゲームで出会った修平のように、卓越した頭脳で物事の先の先を読んでいるようには思えない。
下手をすれば、ゲームの打倒について瞳の方が、より多くの思考を巡らしているかもしれない。
それでもーー
アストルフォという少年騎士は、何かを成し遂げてくれるのではないかという期待を抱かせるようなーー不思議な魅力を漂わせていた。
◇
それから、歩くこと数十分――。
二人は、とある建物の前へと辿り着いた。
「おー、此処がカジノかぁ~! 思っていたより大きいなぁ~!」
「はい……どうやらこの地図の情報に偽りはないようですね」
スマートフォンに映し出されている情報と目の前の建物を交互に見定める瞳。
その傍らでは、アストルフォが如何にも興味津々といった様相で、カジノ入り口の装飾を眺めている。
建物の周囲には、ある程度の感覚でかがり火が配置されており、夜の暗闇の中でもこの建造物を遠目からも視認出来るようになっている。
円形にそびえ立つそれは、石造りのもので、一見すると中世に建立された劇場を彷彿とさせる。
しかしその実、入り口には電光掲示板が構えており、「CASINO」という文字をド派手に投影している。
此処が殺し合いの場だからこそ、中世さながらの外見へ「カジノ」という最先端の娯楽を融合させるという、随分と手の込んだ建築は異様なものを醸し出していた。
これも創り手の拘りによるものなのだろうかーー
その異様さに逡巡する瞳――。
だが生憎と、彼女と同行するアストルフォにブレーキはない。
瞳を尻目にアストルフォは入り口へとテクテクと進んでいき、その扉へと手を掛ける。
慌てて瞳もそれに続いていく。
「アストルフォさん! せめてもう少し慎重に……」
「もーう、心配症だなぁ、瞳はぁ! こういう時は行動あるのみだよ!」
扉を開けたその瞬間、眩い虹色の光が目に飛び込んできた。
うひゃー、とアストルフォが感嘆の声をあげる傍らで、これはスポットライトによるものだ、と瞳が認識したその時――。
人工の光の向こう側より、一つの人影が姿を現わした。
「何者ですか!?」
「ようこそ、黒のライダー様。並びに粕谷瞳様。我々モンスターカジノはあなた方を心より歓迎いたします」
チェーンソーを構える瞳に全く怯むことなく、ディーラーの服を纏ったその中年男性は笑みを顔に張り付けている。
男の髪は白く、口髭もまた白い。
老いを感じさせる風貌ではあるが、その眼光はどことなく鋭い。
「おじさん、誰?」
「私は当カジノのディーラー兼支配人を務めさせていただいております。以後お見知りおきをーー黒のライダー様」
眉を顰めるアストルフォの質問に、男は無機質な声で応える。
「(この声はーー)」
瞳はその声色と言葉遣いに聞き覚えがあった。
実に数日ぶりにこの声を耳にしたと思う。
脳裏に浮かぶはシークレットゲームの説明会場での光景――。
自分が犯してしまった過ちを悔やんでいるからこそーー
脳に刻まれている、この忌々しい声を忘れ去ることなど出来はしない。
「アストルフォさん、お気付けください! 恐らくこの男はーー」
「こうして対面でお話しするのは初めてですよね、プレイヤーNo.2――いや、このゲームにおけるプレイヤーナンバーは『61』でしたか、粕谷瞳様」
「っ!? やはり貴方はーー」
「えっ何なに!? 二人は知り合いなの?」
シークレットゲームにおける自身のプレイヤーナンバーを告げられ、瞳の疑念は確信へと変わる。
表情もより一層険しくなり、憎悪の視線を男へと向ける。
瞳が最後に参加したシークレットゲームーー。
束の間の平穏は終わらせ、殺人ゲームを再開させてしまったのは他ならぬ瞳自身である。
殺人マシーンであった自身を受け入れてくれた仲間達を信じることは出来ず、理不尽に屈した瞳に非があるのは確かだ。
だが「リピーターズコード」なる悪意を差し向け、瞳の肩を押し、その惨劇をエンターテイメントのショーとして楽しんでいたであろう
やがて、瞳の怒りは臨界点に達しーー。
カジノ内にチェーンソーの乾いた音が鳴り響いた。
「瞳っ!?」
「貴方のせいでっ、私達はーー!」
怒れるメイドに、アストルフォの諫める声は届かない。
まるでロケットのように男の眼前へと迫り、チェーンソーを振り上げる。
誰がどう見ても、ディーラーを名乗る男の命は、風前の灯となっていた。
だがーー
ピ―――――というアラーム音が瞳の首筋から聞こえたとき、瞳は驚愕の表情を浮かべ、その動きを止める。
「「っ!!?」」
瞳もアストルフォも訳が分からないといった様子で、その場で立ち尽くす。
そんな二人の反応を目の当たりにし、男は再び笑みを浮かべる。
「それ以上余計な真似はしない方が良いですよ、粕谷瞳様」
「これも貴方の小細工ですか、『運営』っ!」
「私の意志によるものではありません、この施設が課したルールによるものですよ、その『警告』は」
「どういう意味かな?」
此方に向ける嘲笑が生理的に受け付けられないのだろうか、アストルフォは顔を顰めつつ、男に質問をする。
「今のは『警告』です。プレイヤーの皆様が心置きなく遊戯に興じられるよう、この施設内では一切の戦闘行為を禁止しております。誰かを傷つけ、殺すような不届きものが現れるのであれば、制裁として対象プレイヤーの首輪を爆破いたします」
誰かを傷つけ、殺すものーー
それは今まさに、瞳が仕出かそうとしていたことだ。
瞳とアストルフォの表情は一気に強張った。
「無論、戦闘行為の対象となるのはプレイヤーのみにあらず。運営側にいる私も含まれます。
ご理解いただけましたかな?」
「……。」
「ご理解いただけたならば、その得物をおさめていただくことを強くお勧めいたします。その首輪がある限り、あなた方の命運は我々が握っていることも夢忘れずに」
「――瞳、ここは抑えるんだ……。」
「――わかりました、アストルフォさん」
アストルフォの忠告を受け入れる形で、瞳はチェーンソーを静かに降ろす。
悔しさによるものだろうかーー表面上は平静を装ってはいるが、瞳のチェーンソーを握る手はぷるぷると小刻みに震えていた。
「賢明なご判断です、粕谷様。それでは、当施設についてご説明いたしましょう」
男はニヤリと笑い、懐より小さな硬貨を取り出し、二人に見せつける。
スポットライトに照らされたそれは、金色に煌めく。
「ご来場頂いたプレイヤーの皆様には、ささやかながらこの『ドリームコイン』を300贈呈します。この『ドリームコイン』はこのカジノのみならず、ゲーム会場全体でご利用いただける通貨とお考えください。当カジノは、この『ドリームコイン』を利用して4種類のギャンブルをお楽しみいただけます。皆様のコインは様々な景品と引き換えることが可能ですので、奮ってご参加ください!」
と、そこで男はカジノ中央部に高く掲げられた電光掲示板を指さす。
電光掲示板には以下の内容が点滅しながら表示されている。
ミネラルウオーター500ml 50コイン
乾パン 100コイン
幕の内弁当 500コイン
特やくそう 3000コイン
まほうのせいすい 3000コイン
ラブリーエキス 4000コイン
バニースーツ 5000コイン
バイク10000コイン
ワゴン車 15000コイン
クルージングボート 25000コイン
「現在交換可能な景品はあちらの掲示板に掲載されます。景品は定時放送を重ねる毎に追加されていく仕組みとなっております。より実用性の高いアイテムが追加される予定となっておりますので、何度も足を運んで頂くことを推奨いたしますーーおや? お二人ともどうなされましたかな?」
「――隣のアレは何なのさ?」
瞳とアストルフォは、当初は男に誘導されるがまま中央掲示板へと視線を向けていたが、今はその隣に設置されている掲示板の内容を凝視していた。
そこには以下のような内容が掲載されている。
魔王パム: 256倍
ジーク: 65倍
伊藤大佑: 19倍
ホメロス: 178倍
犬吠崎風: 113倍
「ほぉ…そちらが気になりますか。 それは後程ご説明させていただく予定でしたが、折角なので今ご案内させていただきましょう! それは当カジノが提供するメインギャンブル『シークレットゲーム』となります!」
「――っ!?」
シークレットゲーム。
嫌というほど聞き慣れた単語が飛び出したことで、瞳の表情は一気に強張る。
「当カジノにおかれましては、プレイルーム内に置かれているポーカー、スロット、ルーレットにてドリームコインを賭けた勝負を行うことが可能です。しかし、それだけではそこいらの平凡なカジノと何も変わらない…。参加者の皆様におきましても、さぞ刺激が足りないと思われることでしょう。」
カジノ内を見渡すと成程確かに、いくつものプレイテーブルが置かれてルーレットやトランプの類のものが置かれているし、様々なスロットマシンも用意されているようだ。
「だからこそ、我々は第四のギャンブルとしてこの『シークレットゲーム』をご用意いたしました。ルールはいたって簡単! 掲示板に表示されている五名の参加者のうち、次回放送までに死亡するであろう参加者を予想し、コインを賭けていただきます。 賭けの対象となる五名の参加者は放送毎に更新されていきます。 そして見事次回の放送時にBetした参加者の名前が読み上げられたら、報酬としてレートに応じたコインを獲得することが出来ます! ちなみにこのレートについては我々主催者側が設定したものとなります。レートが高いものほどそう簡単に死亡することはないと思われている参加者となります、逆にレートが低い参加者はーー」
「もういいよ」
男の流暢な説明はアストルフォの低い声で制された。
その言葉には明らかに怒気が込められている。
「ボクはそんな悪趣味なギャンブルに参加するつもりはないよ。だからこれ以上の説明はいらない。ボクのマスターが、こんな下らないものにエントリーされていると知っただけで十分だよ。すっごくムカついたから!」
ほほう、と男は挑発気味に笑う。
瞳もアストルフォに同調し、言葉を重ねる。
「私もこのギャンブルに参加するつもりはありません。私たちはゲームの駒ではなく、生きている人間です」
「まさか、貴方からそのような言葉が発せられるとは思いませんでしたよ、粕谷瞳様。まあ良いでしょう……。先程も申し上げた通り、このカジノにはポーカー、ルーレット、スロットといったギャンブルも用意されております。ごゆるりとお楽しみください」
男は手元にある600のドリームコインをアストルフォへと手渡す。
300のドリームコインを二人分ということで、そこには瞳のコインも含まれている。
瞳は相も変わらず男への殺気に満ちていたので、直接手渡すのは敬遠したのだろうか。
アストルフォは黙ってコインを受け取った。
その後、男はカジノの奥へと立ち去ろうとするがーー。
ふと思い出したかのように、二人へと振り返る。
「先程も申し上げましたが、当カジノでは一切の戦闘行為を禁止しております。ただし、くれぐれもそれに託けて、当カジノでの籠城などを考えないように。ギャンブルを目的としない滞在については原則認められておりません。その場合当方から警告はいたしますが、それでも不当な滞在を続けられる場合は、首輪を爆破させていただきますので、あしからず」
「……。」
お前たちが考えることなどお見通しだ、と言わんばかりの視線を投げかけ、男は今度こそ店の奥へと消えていく。
瞳はただ悔しそうにそれを見届けるしかなかった。
冷静に考えれば、参加者集団が安全地帯に引き籠るなどしてしまうと、ゲームの破綻に繋がりかねないのでこの処置は当然とも言えるだろう。
◇
数分に及ぶ話し合いの末、瞳とアストルフォはカジノが提供するギャンブルでドリームコインを稼ぐことに決めた。
運営の掌の上で動かされていると思うと不愉快極まりないが、提示されている交換景品が魅力的なのは否定できない。
例えば、ワゴン車――。
今後会場を動き回り、多くの同行者を集っていくにはうってつけの景品である。
「それでは、どのギャンブルに挑戦しましょうか……。」
「う~ん、そうだなぁ~」
参加者の命を賭博の対象とする「シークレットゲーム」は論外とすると、残るギャンブルはスロット、ルーレット、ポーカーの三つである。
それぞれのルールが記載されている冊子がカウンターに置かれていたので、アストルフォはふむふむとこれに目を通す。
「よし、決めた! ポーカーに挑戦するよ!」
「ポーカーですか……。」
一体何故?と頭の上に疑問符を浮かべる瞳に、アストルフォは笑ってみせる。
「うーん、特に理由はないんだけどねぇ。直感でピピーッときたから!」
生憎と英霊アストルフォの理性は蒸発している。
彼の騎士は本能の赴くままに行動する。
彼の行動に理由は存在しない。
ただ単純に彼がそうしたいと思ったから、そのように行動しているだけだ。
はぁ…、と半ば呆れたような溜息を漏らす瞳ではあったが、今一度ポーカーの説明書を見返すと、アストルフォの選択も悪いものではないと考えた。
ギャンブルという性格上、元手が0になってしまうリスクもあるが、「ストレート」以上の役を揃えれば元手は数倍に膨れ上がる。
中でも「ロイヤルストレートスライム」という役を揃えれば500倍にもなるとのことで、リターンが大きい。
また、プレイヤーが行うのは配られたカードの取捨選択だけなので、決着も早い。
したがって、ポーカーという選択について特に反対しようとは思わなかった。
「ところで、これディーラーはどこにいるんだろう?」
ポーカーの席につくアストルフォはキョロキョロ周りを見渡す。
ポーカーというギャンブルには、ゲームの進行を司るディーラーの存在が必要だ。しかし今このプレイルームには、アストルフォと瞳しかいない。
「ふふっ、ポーカーですか。これはなかなか良い選択ですね」
「っ!?」
何処からともなく声が聴こえたかと思えば、先程の『運営』の男が、店の奥から舞い戻り、アストルフォたちのテーブルの対面についた。
「また君か……」
「生憎と人手が足りないのでね……。不肖私がポーカーのディーラーを務めさせていただきます」
「はいはい、もう分かったからさっさと始めて~」
これ以上無駄話をしたくないのだろうか、アストルフォはうんざりしたような表情で男を急かす。
瞳はというと、相変わらず男をただ睨みつけている。
「――それでは始めましょうか。プレイヤーは黒のライダー様で宜しいですね?」
「うん、ボクだよ」
「ドリームコインはいくらBETされますか?」
「ボクが所有する300コイン全部賭けるよ」
アストルフォはつい先ほど手渡されたコインをテーブルに放り投げる。
100コイン硬貨が3枚――。
これが現在アストルフォの所有する全ての財産となる。
「ほほう、流石は英霊……。思い切りが良いですね」
「アストルフォさん!いくら何でもそれはーー」
「やっぱり何かを得るためには、相応のリスクを背負わないとね!」
戸惑いの声を上げる瞳の眼前で、アストルフォは淡々とした調子で男からトランプのカードを受け取る。
配られたカードは下記の5枚となっていた。
K(剣)
3(剣)
7(スライム)
7(剣)
Q(盾)
「(『7』のカードが2つ……。ここはこの2枚だけ残して、スリーカードやフォーカードを狙うべきでしょうか)」
ポーカーというゲームに触れたことのない瞳ではあったが、ルールブックを読んだうえで、このギャンブルでは確率の計算と合理的な判断が必要になってくる、と理解していた。
何かしらの役を揃えるということを第一に考えると、この場面では『7』のカードを2枚だけ残して、他の手札を替えるのが安牌である。
「ほいっ、じゃあこれをチェンジで」
「っ!?」
しかし、アストルフォが切ったのはK(剣)、7(スライム)、Q(盾)の3枚――。
手札に残るは3(剣)、7(剣)の2枚――。
「(アストルフォさんが狙っているのはストレートフラッシュ!?)」
ストレートフラッシュは、5枚のカードの数字が連続して且つマークが同一であるときに成立する役である。
このポーカーにおいても、役を揃えたときの報酬は20倍となり、4番目に強力な役として位置付けられている。
この場合、交換で4(剣)、5(剣)、6(剣)の3枚を得ると役が成立となる。
「それでは、3枚のカードを交換します。配布されたカードの内容をご確認ください」
しかし、アストルフォの目論見も空しく、新たに配られたのは10(スライム)、5(盾)、7(王冠)の3枚――。
最終的な手札は以下の通りとなる。
3(剣)
5(盾)
7(王冠)
7(剣)
10(スライム)
「残念ながら、役は不成立。カジノ側の勝利となります。」
ストレートフラッシュどころか、下位の役も成立せず、ゲームに敗れてしまった。
「う~ん、そう簡単に上手くはいかないかぁ……。」
結果を聞いたアストルフォは大いに落胆し、そのままテーブルへと顔を埋める。
よほど悔しかったのか、呻き声と共に足をばたつかせる始末だ。
「アストルフォさん……」
落ち込む英霊の姿に、どのような声を掛けるべきか瞳は逡巡する。
とその時、テーブルに伏せていたアストルフォが突如立ち上がり、瞳へと詰め寄ってきた。
「ひ~~と~~み~~!」
思わず「ひゃい!?」とらしくない声を上げ、顔を赤らめる瞳の目と鼻の先にはアストルフォの整った顔がある。
「さっきのコインあるよね? あるよね?」
さっきのコインというのは、運営から受け取った瞳の分の300コインである。
先程の曇った表情から一変し、アストルフォは目を輝かせながら、ぐいぐいと瞳に接近していく。
失意の中、アストルフォは瞳が受け取った300コインの存在を思い出し、こうしてせがんでいるのである。
「えーと、どうぞ(ち、近い……。)」
「わーい、ありがとう、瞳~!」
目をキラキラと星のように輝かせ、異常接近してくるアストルフォに抗う術はなかった。
元々自分はギャンブルを行う柄ではないと理解はしていたので、一層のこと目の前の少年騎士に自らの運命を託してみるのも悪くないと思った。
この人なら何かを成し遂げてくれるかもしれないーーそういった根拠のない期待もあったのも事実だ。
「――ゲームを続行させていただきます。プレイヤーは引き続き黒のライダー様、賭け金は前回と同様、300コインで宜しいですね?」
「うん、それで問題ないよ」
「それでは、手札を配りますので、カードをご確認ください」
手慣れた手つきで男から配られた5枚のカードは以下の通り。
A(スライム)
4(スライム)
A(王冠)
10(スライム)
2(スライム)
「(っ!? スライムのカードが4枚も! ここは王冠マークのAを切り、もう1枚のスライムを狙うのが無難でしょうか……。)」
うーんと、頭を悩ませるアストルフォの後ろで、瞳は、5枚のカードのマークを統一させる「フラッシュ」こそ、狙うべき手番であると考えた。
だがーー。
「(いいえ、例え『フラッシュ』が完成したとしても得られる報酬は四倍程度。先程の勝負での選択を鑑みると、ハイリターンを望むアストルトフォさんが狙うのは、恐らく……)」
ロイヤルストレートスライム。
スライムマークの10、J、Q、K、Aを揃えることで成立する最強の役。
500倍の報酬を得られるこの役こそ、アストルフォが狙っている一手ではないだろうか。
数学的に成立するこの役が成立する可能性は極めて低い。
まさに一世一代の大勝負。
「(分かりました、アストルフォさん。不肖、この粕谷瞳。貴方の大勝負、見届けさせていただきます!)」
決意と共に、瞳はアストルフォが座る椅子の背を強く握りしめた。
しかし次の瞬間、強張った瞳の表情は崩れ去ることになる。
「これを交換で!」
「はぁ…?」
拍子抜けする瞳の眼前にあるのは棄てられた三枚のカード。
4(スライム)
10(スライム)
2(スライム)
手元に残るはAの二枚。
「(ここに来てAのスリーカード、フォーカード狙い!? アストルフォさんの考えていることが理解出来ません)」
見当違いだったかーー。
大穴狙いでもなければ、安牌でもない。
全くもって合理性の欠いた選択に、瞳はこの少年に全てを託してしまった自分の判断を呪った。
だがーー
「ファイブカード成立! おめでとうございます! 黒のライダー様の勝利となり、Betされたコインの50倍、15000コインの獲得となります!」
「っ!?」
「やったー!」
人々が不可能だと思う事柄を悉く覆すのが英霊である。
4枚のAカードとJOKERを手札に揃え、嬉々とする少年騎士に呆然とするメイドは尋ねる。
「アストルフォさんは、この結末が読めていたのですか……?」
「ううん、僕には先の未来のことなんか分からないよ。それに頭を捻って小難しいことを考えるのも好きじゃない」
「……?」
「ただ直感に従っただけさっ!」
アストルフォは、屈託のない笑顔で明朗に応えてみせた。
その笑顔が瞳にはとても眩しかった。
◇
「それでは、またのご来場をお待ちしております」
頭を下げ送り出すカジノオーナーを背景に、アストルフォと瞳はカジノの外へと歩みだす。
二人の眼前には、先程のポーカーで勝利し獲得した15000コインで換金したワゴン車が用意されていた。
運転はボクに任せてよと、アストルフォは意気揚々と駆け出し運転席へと乗りこむ。
瞳もやれやれ、といった笑みを浮かべながら、これに続こうとしたがーー。
「粕谷瞳――。」
「っ!?」
唐突に声色を変えたカジノオーナーの声が耳に入り、咄嗟に振り返る。
閉まりゆく扉の向こうには、運営の男が鋭い眼光でこちらを見つめていた。
「この腐った世界で尚、信念を貫きたいと願うなら、自らの手で現実を書き換えてみせろ」
「っ!? それは、どういうーー」
だが困惑する瞳の問いかけを待つことなく、その扉は閉ざされてしまった。
「瞳、何しているのー? 置いていくよー!」
「あっはい、申し訳ございません。只今参ります」
アストルフォの掛け声で我に返った瞳は、慌ててワゴン車の助手席へと駆けこんだ。
「(今のは、一体……?)」
募る疑念と不審――。
カジノへと引き返して、先程の発言の真意を問い質したい気持ちもあるが、今はとにかく時間が惜しい。
男の言う「現実」へと抗うために、今はより多くの仲間を集める必要がある。
だからこそ、今はカジノへ引き返すべきではない。
「よーし、出発~!!!」
そんな複雑な思考を胸抱く瞳を他所に、アストルフォは元気一杯にアクセルを踏み、ワゴン車はカジノを跡にした。
粕谷瞳とアストルフォによる
【C-7 カジノ付近/一日目/黎明】
【黒のライダー@Fate/Apocrypha】
[状態]:健康、ワゴン車運転中
[服装]:いつもの服装
[装備]:触れれば転倒!
トラップ・オブ・アルガリア
@Fate/Apocrypha、恐慌呼び起こせし魔笛
ラ・ブラック・ルナ
@Fate/Apocrypha
[道具]:基本支給品一色、スマホ、乙女の貞節
ブライダル・チェスト
@Fate/Apocrypha、ワゴン車@現実
[首輪解除条件]:首輪解除条件を達成した参加者が24名以上になる。なおこれはすでに死亡した参加者もカウントする
[思考]
基本:殺し合い? そんなの認めないよ!
0:ライダーの本領発揮だね!運転は任せてよ!
1:マスターとルーラー……あと赤のセイバーも探そう!
2:知らない間にマスターが令呪を使いすぎていないかすっごく心配
3:赤の陣営、特に天草と赤のアサシンは警戒
4:黒のアサシンって確か倒されたはずだよね……
[備考]
※参戦時期は空中庭園の迎撃術式を全部破壊し、墜落したときからの参戦です
【粕谷瞳@リベリオンズ Secret Game 2nd Stage】
[状態]:健康
[服装]:いつものメイド服
[装備]:チェーンソー@リベリオンズ Secret Game 2nd Stage
[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品一つ(本人確認済み)
[首輪解除条件]:第四回放送終了時まで、12時間以上同じエリアに留まらない。もし12時間以上同じエリアに留まった場合、首輪は爆破される
[思考]
基本:なるべく多くの人を助けて、この会場から脱出する。危険な相手に関してはなるべく無力化の方針
1:アスフォルトさんと共に行動。
2:首輪解除条件の変化を懸念
3:アスフォルトさんがまさか男だったなんて……
4:もし黒河正規と出会ってしまった場合、私は……
5:機会があれば、カジノオーナーへ真意を問い質したい
[備考]
※参戦時期はCルート死亡後からです
粕谷瞳のスマホの特殊機能は、『現在いるエリア及び隣接するエリアにいる参加者のスマホに対し、メールの送信を行うことが出来る』。彼女たちは知らないですが、メールの内容は主催側も確認できるようになっています。ただし別に主催側でのメール内容改竄等の干渉は行いません。
※モンスターカジノではドリームコインを基に「スロット」、「ポーカー」、「ルーレット」、「シークレットゲーム」の4つのギャンブルに挑戦することが出来ます。交換できる景品については放送を乗り越えるごとに、追加されていきます。尚、カジノ内では一連の戦闘行為は禁止されております。戦闘行為やギャンブル以外の目的でのカジノ滞在を行った場合は、運営側の判断で首輪を爆破させられる恐れがあります。