「にゃ~……このジャージ、凛には……やっぱりこっちにしよっ!」
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早朝。
何故俺はジャージを着て、東京の路上に立っているのか?
本来なら自宅のベッドで惰眠を貪っているはずなんだが……もしかして、異世界転移しちゃった?もしかして、ありふれた職業で最強になっちゃうとか?
「お兄ちゃん、目が腐ってるよ~」
「…………」
どうやら異世界ではないようだ。まあ、可愛い妹となら異世界に行くのも構わないのだが。つーかこれ、もうありそうな設定だけど。
道端の階段に腰を下ろして、川の緩やかな流れを眺めていると、長閑な気持ちになってくる。なんかもう、このままぼーっとしていたいような……。
「ほら、シャキッとしないと!そんなんじゃ凛さんが来た時みっともないでしょ~」
「その星空はまだ来てないみたいだな」
「もう来るよ。タオルとかスポーツドリンクとか用意してくれるんだって」
「……そっか。てか、やっぱり運動するのか」
そう。先日星空と電話で話したのだが、本当に運動する羽目になってしまった。あれ冗談とか社交辞令じゃなかったのか……。
まあ、口約束とはいえ、やると言った以上はやるしかないだろう。最近運動不足なのは事実だし。
らしくない事を考えていると、こちらに向けて、たたたっと勢いよく駆けてくる足音が聞こえてきた。
目を向けると、ストリートダンサーのような、だぼっとしたジャージに身を包んだ星空が、朝のひんやりした空気を突き抜けるように走っていた。
「お待たせにゃ~!」
ものすごい勢いで走ってきた割に、全然息を切らしていない星空は、ショートカットの髪を揺らして、朝の陽射しのような爽やかな笑顔を見せた。
そして、それと同時に控えめな甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「凛さん、おっはようございま~す!」
「おはよう、小町ちゃん!あっ、せ、先輩もおはようございます」
「……おう」
俺の時だけ何故噛んだかは置いておこう。それより……何故かわからんが、眠気がすっかり醒めちまったじゃねえか。どうしてそうなったかは本当に知らんけど。
首に手を当てながら、俺はなるべくゆっくり星空に話しかけてみた。
「それで……今から何をやるんだ?」
「にゃ?あー……」
ノープラン、だと?
思わず目を見開いたが、星空はすぐに口を開いた。
「よしっ、え~と……走るにゃあ!」
ノープランすぎるだろ。
「……そ、そうか。じゃあ頑張れよ」
「にゃあ!?」
「はいはい。お兄ちゃん。恥ずかしいから、こんなところでゴミいちゃんにならないで」
「……おう」
小町からジト目で睨まれ、渋々頷く。
星空はというと、ほっと胸を撫で下ろしていた。何故そんなに俺を運動させたがるというのか。いや、もうここまで来たら、無心になって走るしかあるまい。
腹をくくり、申し訳程度に屈伸を始めると、星空は満足そうに頷いた。
「かよちんも後から来るって言ってたにゃ!」
「花陽さんも来るんですね♪よ~し、お兄ちゃん!さっそく走るよ!」
「…………」
朝から元気いいね、君達……。
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30分後……。
「はぁ……はぁ……」
「お、お兄ちゃん……小町はもうだめだよ……」
「にゃ~♪にゃ~♪」
さすがにもう疲れてきた、ていうか限界なのだが……。
こいつの体力はどうなっているのか……楽しすぎて狂っちまいそうだと言わんばかりのハイテンションなんだが……。
斜め後ろから少しだけ見える彼女の横顔は、爽やかなという言葉そのもので、ほんのり赤く上気する頬も、こめかみの辺りにはりつく髪も、彼女の魅力を彩っていた。
……いや、何見とれてんだよ。
俺は何とか声を絞りだし、星空に話しかけた。
「な、なあ、星空……そろそろ休憩しようぜ。俺も小町も限界なんだが……」
「あっ……あはは、じ、実は凛もそう思ってました、よ?」
「…………」
絶対に嘘だろ。目、泳ぎまくってるし。
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河川敷に腰を下ろし、息を整えていると、小泉がとことこと駆け寄ってくるのが見えた。
「お、お待たせしました~……あれ?み、皆、どうしたの?すっごく疲れてるみたいだけど……」
星空とは対照的に、ふわふわした空気をまといながらやってきた小泉は、芝の上に寝転がる俺と小町を見て、不安そうに首をかしげる。心配してくれるとか、この子は天使じゃなかろうか。中学時代なら……いや、今はこのくだりすらどうでもいいぐらい疲れた……。
「あはは、ちょっと飛ばしすぎたにゃ……」
「もう、ダメだよ。あんまり無理しちゃ……あ、あの、二人とも、これ、どうぞ……」
「ありがとうございま~す……」
「お、おう、どうも」
微かに小さく細い指先が触れたのには気づかないふりをして、ペットボトルを受け取った。べ、別に緊張してなんかないんだからね!
「…………」
「凛さん、どうかしたんですか?」
「にゃ?な、何でもないにゃ~。よ~し、かよちんも来たことだし、何かするにゃ~!」
「ま、またノープランかよ……」
「ま、まあ、いいじゃん。それより、お兄ちゃん……凛さんって走ってる時、すごい綺麗だよね」
「……ああ」
小町の言葉に、俺は黙ってこっそり頷いた。
確かにそうだったから。
あの時の横顔と走り終わった時の爽やかな笑顔は、春の青空によく映えていて、もう少し見ていたい気分になったから……多分。
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にゃにゃあ!?
き、きっと聞き間違いだよね!?
い、今……
「凛ちゃん、どうしたの?」
「な、何でもないにゃ!!」