よし、決めた。休日の朝からジョギングをするのは、これで生涯最後にしよう。
「…………」
「……どした?」
何やら視線を感じ、顔を上げると、星空がじぃ~っとこちらを見ていた。
そして、目が合うと、彼女は人慣れしていない野良猫みたいに、急にあたふたと慌てだした。
「にゃにゃっ!?な、何でもないにゃあ!」
「そ、そうか……」
「そうですよ~……あはは……」
何でもなさそうには見えないし、何でもないといって何でもなかった奴を俺は知らないが、あまり突っ込まないほうがいいのは明白なので、気づかないふりをしておこう。
「あの……」
小泉がおどおどしながら、ぴょこっと手を挙げた。
子犬のような瞳が可愛らしく、何とか話しやすい空気を作ってやりたいが、こちらも子猫のように臆病なので、そういう手助けはしてやれない。すまんな。
「花陽さん、どうかしましたか?」
その様子を見るに見かねたのか、小町が発言を促した。ちなみに、さりげなく「お前、もっと頑張れ」と言いたげな一瞥を俺にくれた。不甲斐ないお兄ちゃんでごめんね。
「あっ、いえ……その、比企谷さんと小町ちゃん……えと……飲み物、どうぞ……」
「わぁ♪ありがとうございますっ!」
「……悪い。助かる」
「いえ、どういたしまして……」
小泉が頬を染めながら、やわらかくはにかんでみせた。
うわ、何だこの小動物……小町の次くらいに小動物感ある。
小泉は星空にも飲み物を渡し、一息ついたところで、今度は小町が手を挙げた。
「じゃあじゃあ!4人揃ったところで、何かゲームやりませんか?」
「……じゃあ、俺審判やるわ」
「まだ何やるかも決めてないにゃ~!」
「あはは……」
「はいはい、お兄ちゃんはちょっと黙っててね」
まさかの三人からの非難の視線に、俺は「うぐぅ……」と声を詰まらせ、縮こまる。せっかく楽しようと思ったのに……。
「あ、あの……それなら、バドミントンやらない?実は家にあるの持ってきたんだ」
「おおっ、花陽さんナイス!さすがお義姉ちゃん候補!」
「えっ?お義姉ちゃん?」
「あっ……こっちの話なので、お気になさらず~」
「あはは、でも、もし、小町ちゃんみたいな妹がいたらって思うなぁ」
「花陽さん……くっ、眩しい!花陽さんの優しさが眩しいよ!」
「あははっ、小町ちゃん。元気だね」
確かに、我が妹はいつにもまして一人で賑やかだ。元気いいね。何かいい事でもあったの?
*******
さて、公平にじゃんけんで決めた結果、俺と星空。小町と小泉のチームになった。
……星空と一緒か。何となくだが、楽できそうだ。こいつ、かなり運動神経いいみたいだし。
「じゃあ、お兄ちゃん。小町達から始めていい?」
「ああ、いいぞ」
「よ~し、気合い入れていくにゃ~!」
「…………」
いや、気合いは入れなくてもいいんだよ?普通より緩めでもいいくらい。まだ朝だし。休日だし。
しかし、星空は「いっちにー、さんしー」とストレッチを始めていた。どうやら休みの日こそ休むなよ、というタイプらしい。
「いっくよー!……それっ」
それぞれ距離を取り、ラケットを構えると、さっそく小町が羽根を宙に打ち上げた。
ぽこんという弱々しい音と共に、空に舞い上がった羽根は、春の穏やかな風に揺れ、少し進路を変えながら星空へと向かっていった……なんか文章だけ見ると、さらに飛んでいるよう見えるな。安心してください。落ちてきてますよ。
「にゃ!」
星空が難なく打ち返すと、羽根は再びやわらかな放物線を描き、小泉の元へと向かった。
「……えいっ」
そして、軽やかな音と共に、ようやく俺の元へ飛んでき
「……っと」
よし、とりあえず打ち返せた。体育の選択授業、テニス取っといてよかったー。
一巡して全員ほっとしたのか、あとはそのまま不規則なリズムで、ぽこんと羽根が舞っていく。
うわ、これ思ってたよりずっと楽しいな。
そんな心地よいリズムに身を委ねていると、川原の側の道を、運動部らしき男女混合のジャージ軍団が通りすぎていった。
「朝から女の子と楽しそうに……」
「二フラム」
「ちっ、ボッチのくせに!」
君達、聞こえてるからね。そういうのは聞こえないように言ってね。あと、そろそろ俺をボッチだと知ってる奴とは決着をつける必要がありそうだ。いや、マジで。メタい話になりそうだけど。
「ひ、比企谷さん、危ないにゃ~!」
「え?」
よそ見していたせいで、小泉がこちらに打ち返してきたのに気づいてなかったようだ。
そして、はっと気づいた頃には、ぺちっと頭に羽根が当たり、地面に落ちた。
「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか!?」
「あははっ、大丈夫だよ。花陽さん。よそ見してたお兄ちゃんが悪いし」
悔しいが小町の言うとおりである。今のは俺が悪い。
「ひ、比企谷さん!」
すると、星空が近くまで駆け寄ってきて、ちょいと背伸びして、俺の頭に触れた。
その際、顔が割と近くになり、白い肌に視線が釘付けになる。
「……うんっ、問題ないにゃ!」
「…………」
いや問題ありまくりなんだけど何でいきなりATフィールド突き破ってくんのなんかときめいちゃうからやめてあと案外甘い香りが……。
「お兄ちゃん、顔赤いよ?」
「……運動したからな」
「……そっか」
小町はそれ以上追及してこなかったが、何やら意味ありげな視線を感じて、鬱陶しい。可愛いけど。
とりあえず、今はバドミントンに集中しようと思った。