めぐりあい
0500
まだ日の昇らない内から、自然に目が覚める
歯を磨き、しっかりと朝食を取ると、ラフな服装に着替えて散歩に出る
1ヶ月程前に引っ越して来てから、毎日散歩は欠かさない。生活が一変しても変わらない物がある
例えば、それは起床の時間であるとか
朝の5時に目が覚めるこの身体は、幸か不幸かそう長く二度寝のできるようにはできていなかった
そこで、二度寝代わりの眠気覚ましとして、川に沿って30分程ぼーっと歩いてみるのが、俺の日課となっていた
しばらくふらふらと歩いていると前から自転車が二台走ってきた。相当急いでいるのか、その自転車の少女達は立ち漕ぎで相当なスピードを出したまま、大声で喋っている
「……ゃん! まずいよ! 入学式から遅れなんて! うっかりさんじゃ済まないよ!」
「千歌ちゃん! とりあえずまだ間に合う筈だから! あんまり慌てるとまた何か忘れちゃうから! 一旦帰ったら……」
″入学式”今年から高校生と言うには大人びた感じの彼女達は、どうやら俺の同期らしい。流石に、大学まで同じと言う訳では無いだろうが
「帰るか」
携帯の時計は0542。少し早いが、今日の入学式を考えれば、妥当な時間だった
踵を返し今来た道を戻ろうとすると、どうやらさっきの二人組が落としたであろう帽子が転がっていた
黄色いメッシュ地で、前面に″YOU”と描かれている。正直、あまりセンスが良いとは言えないデザインだ
「ユー……?」
YOU ユー あなた
「よう……じゃあ無いよな……」
これを置くかひっかけるかしやすい場所を探すにも、この周りにそんな所は無かった
「一旦持って帰るか……」
その気になれば持ち主を探す事もできる
そう呟くと、俺は帰路へと踏み出した
“髭が剃れる程綺麗な線を入れろ”
そんな事を誰が言い出したかは知らないが、それが俺のアイロン掛けの基本方針だ
その言葉通り、えげつない位に鋭い折り線が入ったズボンに脚を通す
まだ着馴れないとは言え、そこそこ様になっている。少なくとも、服に着られてると言う事は無いだろう
姿見を前に、ゆっくりと一周して変な所が無いか確認する
帽子が無いのは違和感が有るが、これなら制服とそう変わらない
鞄の中には入学式の案内にノートと筆記用具、クリアファイル、携帯の充電器、暇つぶしの文庫本、財布、携帯
携帯はさっき拾った帽子の写真も撮っておいた
運良く、落とし主に出会えるかもしれない
もう一度鞄とポケットを確認して、忘れ物が無いか確かめる
「よし。行くか」
まあ、ある程度の事はなんとかなる
そんな風に言い聞かせて、俺はアパートの戸を開けた
24区の外にあるウドが有名だったり有名な映画館があったり、とある漫画では超有名二大宗教の神様が住んでたりする駅から電車で十数分
丁度通勤ラッシュの治まり始めた頃に乗車できた俺は、座れはしなかったものの、ドア横のポジションを確保できた
さて、入学式が終わったら帽子の事を考えないとな……
そんな事を思っていると、背後から聞き覚えのある声が聞こえた
「千歌ちゃぁん……やっぱり見つからなかったよ……」
「帰ったら、今朝走ってた所もう一回探してみよう? きっと見つかるよ」
ドア横の一番良い席に座る二人
一人はオレンジ……もっと直感的に感じた言葉を使うなら“みかん色”の髪を後ろで纏めている少女
もう一人は毛先にパーマのかかったボブのグレーアッシュ
今朝は薄暗くて顔までは解らなかったが、間違いなく今朝の自転車二人組だった
「なあ」
「「はっはい!」」
二人組に声をかけると、二人は綺麗に同じタイミングでビクリと跳ね上がった
ダンサーかよ。そう思いながら携帯に今朝の帽子を表示し、差し出す
「あの……ファンの方ですか……?」
「私達もう引退したんで……」
ファンって何だ。確かに二人ともかなりの美人だが、たまたま同じ電車に乗っただけでファンとか有り得ないだろう。恐らく入学式で浮かれてるにしても、ちょっと飛躍しすぎている
「驚かせて悪かったな。で、君達が言ってるのはこの帽子の事か?」
「あっ」
みかん色がずいっと画面に食いつく
「拾ってくれてたんですか!?」
グレーアッシュが立ち上がり、ずずいと俺に食いつく
やめろ。俺は素人童貞なんだ。そんなに近付いたら勘違いするぞ
「ああ、川べりでな。君達が自転車で通り過ぎた後に落ちていた鳥にでも持って行かれるとまずいから一回持って帰った今は俺のアパートにあるちゃんと返すから心配すんな近い近い近い」
「あ、ごめんなさい」
グレーアッシュがすとんと席に座る
危なかった。仄かに漂う滅茶苦茶いい匂いは電車の空調だろう。そうに違いない
「えっと……じゃあ、連絡先交換しましょうか? 私達今から大学の入学式で、返して頂くにもその後でないと難しいので……」
「そうだな」
某有名緑色無料通話チャットアプリのQRコードを読み込み、連絡先を登録する
“渡辺 曜”
それが彼女の名前らしい
「ふむ……渡辺か」
「はい。えっと貴男の下の名前って……」
「ああ、そうか。俺苗字しか登録してなかったっけ」
自分のプロフィールには“市ヶ谷”とだけ書かれている
正直、これだけでは苗字と解る奴も少ないかもしれない
「うん、俺の名前はな」
「
この大学が僕の学び舎になる日、大学の人々は渡辺曜を見て過剰に反応してしまった
僕も校長の石像が崩れた時息を飲んでしまった
モビルスーツが現れたからだ
次回、∀渡辺曜『入学式』
風が吹いた