国境付近、湖の側の村への道
ピックアップの荷台が揺れ、目を覚ます
今来たであろう道を振り返るとまだ空は闇の帳がかかり、夜明けまではまだ時間があることが解る
両側を山に挟まれた道は、殆どと言って良いほど舗装されていない
頭の中に叩き込んだ地図と照らし合わせると、目的地まではもうすぐだった
尻に敷いていた麻袋を取り出すと、口を開き、中から迷彩服を取り出す
ヨレヨレの人民服を脱ぎ、しっかりとした生地の迷彩服に身を包むと、先程まで着ていた人民服を乱暴に麻袋に詰め込み、また尻に敷く
暫くして、少し車のスピードが落ちたので前を見ると、1km程の所に黒いヘリコプターが停まっていた
MH-47Gだ。もうすぐ帰れる
油断は禁物だが、どうしても安心してしまう
帰ったらどうしようか。飯を作らないと。そう言えば買った物冷蔵庫に入れるの忘れてた。あと、曜と千歌の部屋にサイン取りに行かないと。あ、桜内さん無事に帰れたかな? 年齢の事は……仕方ないか。24なんてオッサンと知ったら嫌われるかもしれないが、もうどうしようもない
待てよ? 曜って誰だ? 千歌? 桜内? 年齢って、俺は23だよ。何変なこと考えて……
「航くん」
「……おう」
気付いたら、寝落ちしていたらしい
時計を見ると2103
うつ伏せの状態から手をついて起き上がろうとすると、背中を押されてまたベッドに落ちる
「寝てていいよ。私が作るから」
声のした方を見ると、曜がベッドに腰掛けていた
薄手のパーカーに眼鏡。下は見えないけど多分ハーフパンツか何かだ
「ありがとう。お言葉に甘えるよ」
「うん」
妙に優しい態度に胸が痛む
怒ってるのかな。でも、そんなに怒ってるなら飯作ったりしないか
フライパンで油が跳ねる音がする
なんか炒め物でも作るのか。楽しみだな、曜は料理上手いって言うし
あ、曜って言われるのもう嫌かな
まあ、もう渡辺で良いか
「なあ、渡辺」
「曜」
まだ曜が良いのか
「あー、曜。千歌からは聞いたか?」
「うん。全部」
曜はキッチンに向かったままこちらを振り向かない。料理をしているからか、怒っているからか。多分前者だろうが
寝っ転がったまま話すのも行儀が悪いので、ベッドから出て座布団に座る。飯を食うのでベッドの下からちゃぶ台も引っ張り出す
「悪かったな、色々。隠す積もりは無かったが、そうべらべらと言い触らす物でもなかろうし、一応、いつか言おうとはしてたんだが……嫌だろう。同い年だと思ってた奴がこんなんで」
「んー……別に、年齢とか経歴はどうでも良いかな」
どうでも良い。そんな言葉で切り捨てられるとは思ってなかった
部屋にソースの美味そうな匂いが漂う。今更腹が減ってきた……沈黙を油の音がかき消す
しかし、どうでも良いと言うのは「どうでも良くなった」とも取れる。それなら、俺の取るべき道は一つだ
ただ、一抹の寂しさは残る
まだ半年も経っていないが、それでも曜とは楽しくやってきたのだ
黙って考え込んでいると、曜が口を開く
「ただ、私は、君の秘密をこういう形じゃなくて、ちゃんと君の口から聞きたかった。君の意志で聞きたかった。ただそれだけ」
ああ、そう言う事か
そこまで好意を向けていてくれたことに、少し胸が熱くなる
「それで……私ね。君のこと好きなんだ。君の年齢とか、経歴とか、そう言うの知った上で言うけど、君のことが好き」
「は?」
なにこの人こわい。全速前進
「うん。これが私の秘密。だからこれでおあいこね? 君の年齢と経歴を知った私。私の恋を知った君。お互いの秘密を知ったんだからおあいこ。で、ちょっとしたあてつけ。秘密を自分から話してくれなかった君へのあてつけ」
そう言う事か
思わず吹き出してしまう
不器用な奴。いくらなんでも告白としてはお粗末が過ぎる
それになんて意地悪な奴だ
だが、有り難いことに少し気持ちが軽くなった
「俺も、お前のそう言う所が好きだよ」
「うん。ありがと。さ、できた! 曜ちゃん特性ヨキソバだよ!」
ちゃぶ台にドンと大盛りのオム焼きそばが乗せられる
おお、滅茶苦茶旨そう
卵の上にはケチャップでYOと書かれている
器用な奴
「いただきます」
「ごちそうさまでした」
ヨキソバは滅茶苦茶に旨かった。嫁に来てきてほしいくらいだ
食器を水に漬けると、曜と並んで座ってテレビを観る
今日はこの位のズボラは許される筈だ
「あのさ、今度、ゆっくり話すよ。俺の今までの事とか」
「今日じゃないの?」
「流石に今日は疲れた」
「そっか」
曜が肩に頭を乗せ、手を握ってくる
あんな事を言われた後だと、ふざけて振り解く訳にもいかない
「航」
「おう」
曜の髪の香り、曜の手の温もり、曜の頭の重さ、曜の声
また、逃げられなくなってしまった
いや、逃げたくないんだ。俺は、これを望むようになってしまった
「航。こっち向いて」
曜がそっと俺の頬に手を添え、顔を寄せる
吐息を感じる程の距離で見つめ合う
いつもよりずっと近くで見る曜の顔は、今まで見てきたどの表情よりも綺麗で、目が離せない
曜が瞼を下ろす
結局、曜の唇が柔らかかった事以外は、よく覚えていない
「私、今日はここで寝るね」
唇を離すと、曜はもぞもぞとベッドの中に潜り込む
端に寄り、ちょっと狭いが人一人入れなくもない位の隙間を開けると、壁の方を向いてしまった
これは、そう言う事なのか
据え膳食わぬは……ではないが、この誘惑を断ち切れる程、俺も強い人間ではない
覚悟を決めるか
座布団からすっくと立ち上がり、布団にそっと入る
「曜……」
「うん……」
どこから触れば良いんだろう。やっぱ頭かな。それとも手?
いや、まず抱き締めたりか……?
ええい、ままよ
曜の身体に手を伸ばし━━
呼び鈴が鳴った
「はいっ!」
曜も俺も飛び上がり、曜は座布団へ、俺は玄関へと走る
「はい! お疲れさまです!」
「あ、航くん……」
やはりと言うか、来客は千歌だった
「あー、高海か……どうした?」
「千歌」
曜と同じでそこを変える積もりはないらしい
「はい。千歌、どうした」
「あの……今日、なんか最後変な感じになっちゃったから……これ。明日からは普通になるからね! あと曜ちゃんに見逃すのはこれが最後って伝えて!」
白い箱をぐいと押し付けて逃げるように隣の部屋に入る千歌
成る程。別に千歌は悪くないのに、真面目な奴
箱の感じからして中はケーキか洋菓子かな?
「だってさ」
それなりの声量で会話していたんだ。曜もいまの会話は聞こえてただろう
部屋に戻り、箱の中を覗く
中にはケーキが三つ。チョコとショートケーキと蜜柑のタルトが入っていた
何というか、あいつも不器用な奴だ
「待ってな。千歌を呼んでくる」
「うん」
曜と二人きりになれなかったのは残念だが、今はそれ以上に、千歌と曜の三人でケーキを食べられるのが、たまらなく嬉しかった
携帯の着信音で目を覚ます
あの後、曜と千歌は0000まで俺の部屋で過ごし、また来るからねと捨て台詞を残し帰って行った
ディスプレイには園田 海未の文字
電話に出る前に時計を確認する
0032
微妙な時間だ。もし酔った勢いで掛けてきたとかであれば、非常に面倒臭い
ここは無視だな
液晶に表示された拒否の字をタップして、通話を終了する
電源も切ってしまうか
その瞬間、再び着信
拒否
再び着信
拒否再び着信
いい加減しつこいな……
これ以上は後が面倒と、此方が折れて電話を取る
「はい、市ヶ谷です」
「何故一回目で出なかったのです!」
訂正。既に面倒臭い事になっていた
「お掛けになった電話をお呼びしましたが、お出になりません。ピーっという発信音の」
「立川駅南口の個室居酒屋。貴方の名前を出せば通してくれる筈です。ことりと穂乃果も居ます。来なかったら家まで押し掛けます」
ブツリと電話が切れる
なんとか誤魔化そうとしたが無理だった
待てよ? 南と穂乃果が居るって事は、あいつら女だけでこの時間ほっつき歩いてるって事か?
幸い、指定された居酒屋までは徒歩10分かからない
気乗りはしないが行くしかないか……
ジャージから着替え、重い足取りで部屋を後にした
次の戦いの準備をする曜
それを知らぬ海未と市ヶ谷は夜中の居酒屋で問答を繰り返す
少女と呼べなくなった年齢の穂乃果はその問答の中に過去の二人の面影を見る
機動戦士渡辺、次回『居酒屋の攻防』
君は生き延びる事ができるか
2話と3話を統廃合しました