Monster Hunter Pioneer〜少女と竜と『その他』の物語〜   作:アリガ糖

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1、所詮は虫ケラなのでした。

 

 

あるところに、一匹のちっぽけな虫がおりましたとさ。

堅牢な甲殻も持たず、鋭利な角も持たず、素晴らしい機動力を持つ訳でも、圧倒的物量を持つわけでもない、それはそれはちっぽけで、弱々しい虫だったそうです。

 

その虫の名前はオルタロス。

十メートルを超す巨大なモンスター達が闊歩するこの世界では、まさしく蟻に等しい存在。鈍間で、ひ弱で、力も無く、大して群れもしない、雑魚がその大半を占める甲虫種界隈でも、極め付きの雑魚と言って然るべき存在でしょう。

 

例えば、群れからはぐれようものなら、たちまち自然の脅威に呑まれて、消えてしまうような……

しかし、その虫は死にませんでした。そこに大した理由やカラクリなどありはしません。ただひたすらに、ただ純然に、ただ、思わず呆れ返ってしまうほど、その虫は運が良かった(・・・・・・)のです。

 

残念ながらこれは、後世に語り継がれるような英雄譚でも、最強の龍の成長記でも、様々な思惑渦巻く偶像劇でもありません。

これから始まる物語は、たった一匹の、ちっぽけで脆弱な虫のお話です。

ある日ある時ある場所で、群れからはぐれてしまったオルタロスが、生きるために空回りの努力を続けながらも、最終的にはなんだかんだ生き残ってしまう、そんなお話。

 

 

***

 

多種多様な生態系を擁する絶海の孤島に、一陣の潮風が吹き抜け、海水の水面が俄かにざわめき立ちます。

人間で言うならば丁度足元が水に浸かる程度の水深でしょうか?海水に浸された広い広い岩場を走る、四つの影。先行する緑がかった黄色い影と、それを追う三つの真っ黄色の影。大きさと色こそ似てはいるものの、両者の姿、動き、そして現在の状況は全く違う様相を呈しておりました。

 

まず、先行する緑がかった黄色い影、オルタロスは、六本の足を懸命に動かして前に進もうと試みますが、その特徴的な頭部の形状が仇となり、重い海水の抵抗により思うように進めていません。それでも命惜しさにひたすら無策に逃走を続けます。

一方で、それを追う三つの真っ黄色の影、ルドロス達は、まるで苦労している様子はありません。当然でしょう、海水というのは彼女達の真のホームグラウンドです。迷い込んだだけの虫ケラ如きとはまさに年季が違います。ルドロス達は最早真剣に追ってすらいません、完全に遊んでいます。いつまでこのオルタロスは逃げ続けることができるものかと、三匹という数の力も用いてオルタロスの動きを巧みに誘導しながら遊んでいます。

 

誰が見てもこの状況からオルタロスの生還は絶望的と感じるでしょう。どう足掻いたところで数分後にはルドロス達におやつ感覚で齧られるオルタロスの姿が容易に想像できます。

ですが、運命というのはなんとも面妖なもので、その結末が訪れることはありませんでした。

 

サラサラと波の音に包まれていた孤島に、けたたましい火薬の炸裂音が響き渡ります。銃口から放たれた数発の凶弾は、そのままルドロス達の頭に突き刺さり、決して浅くない傷をその滑らかな黄色い皮に刻み込みます。

ですが、ルドロス達はその痛みに仰け反りはすれど、その一撃だけで絶命してしまうほどひ弱ではありません。彼女達はスッパリとオルタロスの追跡を取りやめ、自らを攻撃した存在を睨みつけます。

 

その視線の先に居たのは、小さな人間の少女でした。ルドロス達が伏せている姿勢なのに対し、人間は直立ですから、どうしてもルドロス達が少女に見下ろされる形になりますが、その実、両者には三倍以上の体格差がありました。

三倍以上の体格差で、数も三倍。これで負けるなどと誰が考えるでしょうか?

少なくともルドロス達は、自分達が目の前の少女に負けるとはまったく思って居ませんでした。寧ろ、もっと柔らかくて食べやすい獲物がやってきたと歓喜の声すら上げます。

 

彼女達の失敗を挙げるとするならば、人間に対する恐れを欠いていたことでしょう。まだ今年生まれたばかりの若い個体である三匹は、人間という生き物の怖さを知らなかったのです。

 

瞬間、三匹の中で一番左にいたルドロスが、真っ赤な血を吹き出します。首筋に赤い線を描かれたルドロスは、海水を赤く濁しながら倒れ伏し、やがて動かなくなりました。

刹那の間にそれを行なったのは、少女ではありません。どこからともなく現れた、自らの身の丈よりも遥かに長大な太刀を振るう、中性的な顔立ちをした子供でした。その子供の印象を一言で述べるならば、「黒」。ユクモ美人よりも純然たる黒髪に、静かな闇を湛える黒目、身に纏う装備もわざわざ黒に着色してあるので、おそらく黒い色が好きなのでしょう。

 

仲間が一匹斃れ、敵がさらにもう一人増えたことにより、ルドロス達に数の利は無くなります。それに、不意打ちとはいえ仲間を軽々と仕留められたのですから、例え体格で勝ろうとも、実力的にも有利であるとは言えません。ルドロス達に唯一残された利といえば、この場が人間にとり動きにくい水場であるということでしょうか?

彼女達は自分達の不利を悟り、逃走を選択しました。さっきまで戯れでオルタロスを追っていたルドロス達が、命を惜しむが故に逃げ出したのです。しかし、狩人達はそれすらも赦しません。凶弾がルドロス達の足を止め、鋭い太刀筋がその命を刈り取ります。

 

時間にすれば1分に満たない短いものでした。そんな短い時間で、三匹のルドロスはアッサリとその生涯を閉じたのです。

これがこの世界の理、弱い者は死に、強い者だけが生き残ります。それがどれだけ理不尽なことであっても、弱肉強食の世界は常に生者達にその牙を剥き続けるのです。

 

やがて二人の狩人がルドロスの亡骸を剥ぎ取り、その場を後にすると、放置されたルドロス達の死骸に、一つの影が近付きます。そう、どこに隠れていたのやら、先程追われていたオルタロスです。

オルタロスは物言わぬ屍となったルドロス達の体に登ると、なんと驚いたことに、その大きな顎で新鮮な肉を喰らい始めたではありませんか。先程まで自分が食われそうになったことなどまるで覚えていないかのような振る舞いです。いえ、虫にそのような記憶を期待すること自体が間違いのような気も致しますが……。

因みに、オルタロスが肉を捕食するというのはかなり珍しいことです。彼等の主食といえばもっぱらキノコや木の実といった物ですから、肉を喰らっている場面に遭遇することはまずほとんどありません。しかし、群れからはぐれて餌も少ない海辺に放り出され、よっぽど空腹だったのでしょう。オルタロスは一心不乱に肉を食み続けます。

 

しかし、ここで一つ大きな問題が発生してしまいました。

ルドロスの肉によってオルタロスの腹袋がパンパンに膨れてしまい、ただでさえ水の抵抗で動きづらかったのに、なおさら動けなくなってしまったのです。馬鹿です。正真正銘の馬鹿です。

大きくて遅い虫が、波に足を取られながらたった一匹……鴨葱どころか鴨が葱と鍋とおまけに豆腐や白滝や山の幸の詰め合わせを背負って来たような状況です。もし今捕食者に見つかりでもすれば、今度こそ絶体絶命のピンチでしょう。

 

……と、思いきや、数秒もしないうちにオルタロスの腹袋が元の大きさに戻っていきます。なんと驚異的な消化能力でしょうか。暴食の王として悪名高いイビルジョーもびっくりです。

そうして、なんとか機動性を取り戻したオルタロスは……再びルドロス達の肉を食み、腹袋をパンパンに膨らませます。なんというお粗末な記憶力でしょうか。学習能力のがの字もありません。これには比類なき咬力をもつイビルジョーも開いた口が塞がらないでしょう。

 

そんな馬鹿なことを繰り返しているうちに、案の定オルタロスの前に捕食者が現れます。くすんだオレンジの体色の二本足の立つ竜、ジャギィです。しばらくして漸くジャギィの存在に気が付いたオルタロスは、慌ててその場から逃げ出します。しかし、その時には彼の腹袋はパンパンに膨らんでおり、押し寄せる波によってアッチヘふらふらコッチへふらふら、大層お粗末な迷走っぷりを見せております。

勿論、ジャギィだってそれを見逃してくれるほど甘くはありません、大きく口を開けて牙を剥き、迷走するオルタロスに襲い掛かります。

 

しかし、幾ら馬鹿で弱っちくてお粗末なオルタロスでも、黙ってやられる程愚かではありませんので、口を開けて迫ってきたジャギィ目掛けて、腹の先から酸を吹き出します。

地味に高い精度で放たれた酸の塊は、見事にジャギィの顔面を捉えました。流石に即死するようなものではありませんが、目や口の中に入れば相当に痛いものです。ジャギィは堪らずその場で悶絶します。

その隙を突くように、オルタロスも逃走を開始します。アッチヘふらふらコッチへふらふら……これでも逃げているつもりなのです。

 

結局、その場ではしばらくの間悶絶するジャギィとふらふらするオルタロスというシュールな絵面が展開されることとなりました。結果から言えばジャギィが転がっているルドロスの死骸で妥協したので、オルタロスは何とか無事に危機を乗り切ったのですが……こんなので本当にこの厳しい自然界を生き延びることが出来るのでしょうか?語り手である私も不安な限りで御座います。





※オルタロス
当作の主人公。おそらくモンハン小説界で最もお馬鹿な主人公。オルタロスとは言っても、普通のオルタロスとは少し違うようで……?

※少女
???ライトボウガンを使っているハンター。まだ何処と無く幼さが残っている。

※黒い子供
???太刀を使っているハンター。見かけによらず実力は高そうだが、不思議な雰囲気を放っている。

※ジャギィ
永遠のライバル(爆弾発言)

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