Monster Hunter Pioneer〜少女と竜と『その他』の物語〜   作:アリガ糖

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9、得てして未知は恐ろしい。

–––––––ケチャワチャ

 

 

バルバレギルド管轄内で発見された大型牙獣種であるそのモンスターは、高い知能によって成り立つ狡猾さと好奇心旺盛な性格、体が通る空間さえあればどんな地形にも対応できてしまう運動能力によって、"行商人の天敵"とまで呼ばれた危険なモンスターです。

しかしながら、その食性は昆虫食寄りの雑食であり、凶暴性も低く、ハンターから見ればその戦闘力は下から数えた方が早い程度で、一般的な脅威度というのは他のモンスターと比べても大したことはありませんし、ましてや古龍や古龍級生物などとは比べるべくもないでしょう。

 

その程度のモンスターであれば、先の壊滅した漁船団、『青鮫』であっても当然梃子摺るような相手ではありません。それどころか、海の上ならば一方的に討伐することさえ可能でしょう。

例えそれが特殊個体であったとしても、普通ならばいくらでもやりようのある相手であった筈です。

 

 

しかし、今回現れたこのケチャワチャに対し、その『青鮫』は誰一人として生存者を残すことも叶わず全滅しました。古龍や古龍級生物相手ではないにも関わらず、誰一人として生きて地上に戻ることはなかったのです。

それは別に、このケチャワチャが古龍や古龍級生物並みの戦闘力を誇っているというわけではありません。確かに、一般的なケチャワチャに比べれば十分に強いでしょうが、それでもまだ、一般的なモンスターの範疇に収まる程度の力しかありませんでした。

 

 

 

ただ……彼には他のモンスターとは明確に違う点が、たった一つだけ存在した。

 

 

それはとても純粋で、かつ異質なもの……

彼は、縄張りから追い出す為でも、何かを守る為でも、餌にする為でもなく……殺すために(・・・・・)襲撃を仕掛けたという点において、通常のモンスターはおろか古龍や古龍級生物からもかけ離れて異質だったのです。

 

食料にまともに目もくれず、撤退を決して赦さず、傷を負うことも厭わず、動く者のある限りただひたすらに虐殺を繰り返す。

自然の理から外れたその異常性……それは、彼が賢い生き物だったから。

 

 

とても賢く、愚かな生き物。

 

それはまるで––––––––。

 

 

***

 

一瞬。

ケチャワチャがハンターの二人組から視線を外したのは、ほんの一瞬の出来事でございました。時間にすれば1秒にも満たない、ほんの僅かな逡巡だったのです。

 

–––––––––あまりにも(・・・・・)長過ぎる(・・・・)

 

 

カツンッ……

 

僅かな風の音ばかりに包まれる岩場に小さく、しかしハッキリと響いたその音に、優れた聴覚を持つケチャワチャは的確に反応し、素早くハンター二人の方を振り返りました。

空気を切り裂くような一閃や、軽弩から放たれた弾丸を容易く見切り、初見殺しの攻撃に初見から(・・・・)カウンターを加えたその異常なまでの反応速度と判断力。その精度は例えケチャワチャの気が逸れている間にハンター達が逃げ出すことを試みようとも一瞬で仕留められるだけの絶対的な速度を誇っておりました。事実として、二人のハンターのアクションによって発生した隠しきれない僅かな音に、彼はこうして反応することが出来ていたのです。

 

しかしながら……

…………それが仇となることも、またあるのです。

 

 

振り返った直後、ケチャワチャの視界に映ったのは、中に光蟲が閉じ込められた人間の拳ほどの大きさの小さな玉でした。

 

––––––––カッ!!

 

直後、小さな破裂音と共に閃光が閃き、岩場に囲まれた薄暗いエリアを真っ白に染め上げます。その光の拡散はケチャワチャの反応速度を遥かに上回り、不意を打たれた彼の網膜を直撃しました。

 

……閃光玉。

一般的にハンターの間ではそう呼ばれているその道具は、絶命時に閃光を発する光蟲という蟲の性質を利用し、莫大な光によって優れた視力を持つモンスターの視界を封じ、一時的に行動を制限するという、狩りにおいても撤退するにおいても非常に重要な役割を持つ手投げ玉の一種です。

その利便性から特別貧乏だったり新人だったりしない限りは殆どのハンターがこれを常備しており、人によっては調合分まで用意しているというケースも決して少なくは無い程、非常にポピュラーな道具なのです。

 

そして勿論、ベテランに比べればまだ狩人となってから日が浅いアリスとネロも、閃光玉を常備しておりました。年齢的には破格の実力を持つ二人ですが、ハンター全体で見ればまだヒヨッコも良いところ。当然ながら仮に遥か格上のモンスターと遭遇してしまった時の備えをしていない筈が無いのです。ましてや、孤島に生息する危険な大型モンスターはリオレウスやラギアクルスなど閃光に弱い者が多いですからなおのことでしょう。

そして今、アリスが閃光玉を投げたその判断とタイミングは、この状況においては非の打ち所が無いくらい的確なものでした。突如乱入してきた異常な程に強いケチャワチャ、何者かの手によって激変してしまったエリア3という環境、どう考えてもクエストの遂行を諦めてでも即時撤退が望まれる中で、手持ちの道具の中で最も確実に効果を発揮できるであろう物を選択し、最大限の効果を望めるタイミングで投擲しました。

その判断力も観察力も、褒められこそすれ貶される謂れも余地も到底ございませんでした。

 

だから、彼女は何も悪くありません。追い詰められた状況で、最善を尽くしました。

 

 

…………ただ、相手が最悪過ぎた(・・・・・・・・)

 

 

閃光が瞬く中で素早く立ち上がったアリスは、未だケチャワチャに蹴られた衝撃が抜けていないネロを何とか抱き起こし、一刻も早くこの危険区域を脱しようと走り出しました。

勿論この時アリスは知りませんでしたが、一般的なケチャワチャの閃光玉の効果は約20秒程。完全に動きが止まるというわけではありませんが、逃走するだけならば十分な時間が稼げるはずでした。怒り状態ならば無効化されてしまいますが、通常状態ならば20秒という猶予が出来る…………その筈でした(・・・・・・)

 

閃光が収まり、真っ白に染め上げられた岩場は、徐々にその色を取り戻していきます。それに倣って、ほぼあやふやな記憶のみで走り出したアリスも明確な行き先が視えるようになり、その足取りを僅かに早め…………

……しかし、その動きが突如として止まりました。

 

 

そこにいたのです。

 

先程まで自分達の後ろにいたはずのケチャワチャが、目の前にいたのです。

 

 

先述したように、閃光玉というのは強大なモンスターと戦う上でも逃げる上でも欠かせない非常に利便性の高い道具です。

ハンターならばよほどの新人か貧乏人で無い限りは必ず備えておくべき道具です。

 

勿論、それはハンターのみならず、大自然の中にある心許ない街道を行き交う行商人や、数多のモンスターの遍く海に挑戦する漁師、果ては一般人でさえ例外ではありません。

 

––––––––そして勿論、大きな漁船団である『青鮫』が、備えていない道理は無いのです。

 

 

それは、アリスとネロには……いや、それどころか現状では誰一人として知り得ない、想像も出来ないことでした。

このケチャワチャが、大きな漁船団である『青鮫』をたった一匹で壊滅させ、さらにその交戦経験を経て、閃光玉への対抗手段を学習していたなどと……一体誰が考えつくでしょうか?

 

いえ、それ以前に……

 

彼が、目が見えなくとも(・・・・・・・・)戦えるほどの聴覚(・・・・・・・・)と嗅覚を持った存在(・・・・・・・・・)であること自体が、そもそもイレギュラー過ぎるのです。

 

 

 

「…………ぁ」

 

一瞬掴んだかに見えた希望が、絶望へと塗り変わったことを知ったアリスの口から、消え入るようなか細い声が漏れ出しました。

理不尽過ぎる。つい先程までは何ら変わりの無かった日常が、数分も経たないうちに崩れ去ろうとしているのです。

 

世界というのはそういうものだと、知ってはいたつもりでも……、

簡単に割り切れる、訳では無い……。

 

 

……だから、

 

 

 

––––––––ザンッ……

 

 

肉を引き裂く鈍い音が、嫌にハッキリと響きました。

生暖かい鮮血が目の前で吹き出し、自分の顔に飛び散ってべっとりと張り付きます。

だけど不思議と痛みは無く、それどころか恐怖すらも、アリスは感じませんでした。

寧ろ、その時彼女の中に湧き出した感情は、"頼もしさ"。

 

「ネロ……。」

 

そう言う彼女の視線の先にあったのは、一瞬でケチャワチャの横腹を掻っ捌いた世界で一番信頼できる相棒の姿でした。

 

 

 

……だから精々、足掻かせて貰おう。





全く登場しない主人公。
実は理由があります。
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