Monster Hunter Pioneer〜少女と竜と『その他』の物語〜   作:アリガ糖

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長らくお待たせ致しました。
それではどうぞ。


10、故に狩人は奮起します。

 

──先程とは、比べ物にならない程速い。

 

この戦いにおいて初めて自らに明確な傷を刻み込んだ、神速と呼ぶに相応しいその斬撃に、ケチャワチャは僅かに警戒心を高めました。完全な奇襲であったにも関わらず、直前に僅かに体を逸らすことによって深傷を回避してみせましたが、逆に言えば、その斬撃はそうしなければ確実にケチャワチャに少なくないダメージを刻んでいたであろう攻撃だったのです。

 

……とはいえ、それは警戒には値しましたが、脅威にはなり得ませんでした。

相棒であるアリスでさえ動けないと思い込んでいた状態からの奇襲、完全に不意を突いていたにも関わらず、自分に致命傷を負わせることも出来ない攻撃など、二度とは通じないと。

 

事実です。

それは強者故の慢心などではなく、純粋な事実でした。いつでも戦いを欲し、強さに焦がれてきたケチャワチャにとって、彼我の実力差を正確に測る技能は最早大前提として存在しております。そして、ネロやアリスに自らの実力を悟られないようにする技能はない以上、その計測は非の打ち所がないほど正確なものでした。

 

そう、覆しようのない現実として、ケチャワチャと二人との間にある実力差は、あまりにも大きかったのです。

 

「…………アリス、助けを呼んできて」

 

そして、ネロもまた一端の実力者として、朧げながらにそれを悟っておりました。自身の出せる全力を持ってしても、目の前の相手を上回るにはまだ一歩足りないと。だから、今のネロに出来得る精一杯は、アリスを逃す時間を稼ぐことだけ。しかし、ただそれを正直に伝えるのでは、この心優しき少女は素直に逃げてはくれないでしょう。

故に、例えそれが何の意味もない欺瞞であるとわかっていても、ネロはアリスに助けを呼びに行くように要請しました。無論、聡明なアリスが今から助けを呼びに行ったところで間に合う筈もないという事実に気付かない道理はありませんが、同じくらい責任感の強い彼女であればこの提案を無下に断ることもできないだろうと、それはそんな計算づくで放たれた卑怯な言葉でありました。

 

「……っ!」

 

一瞬の逡巡。その間にアリスの内心にどれだけの葛藤があったのかは、とても外野には想像できるものではありません。

ですが最後には、彼女はこの場から走り去ることを選びました。それは一見すると非情な行いにも見えましたが、決してそんな軽い決断などではないということは、何よりも、二人がこれまでに築きあげてきた絆が証明しておりました。

 

ネロを信じ、ケチャワチャに背を向けて力の限り走り出すアリス。そんな彼女を、当然の如く残虐なケチャワチャはただで逃すつもりはありません。数多の生き物の血を啜ってきた鋭利な爪を振り上げ、その小さな背中を見るも無惨に切り刻もうと迫ります。

 

 

──ギャリリリィッ!

 

 

しかし、そんなケチャワチャの動きを、ネロは意地でも許しはしませんでした。その小さな身体からは想像もできないほどの速さで太刀を振るい、アリスに追い縋らんとするケチャワチャの動きを見事に止めて見せます。

……いえ、正確に言えば、止められたのはネロの方です。

先程の太刀の一閃は、ネロから意識を逸らしたケチャワチャの体を、背後から切り裂くつもりで振われたものでした。その渾身の一撃を、ケチャワチャはその堅牢な鉤爪でもって、あろうことかノールックで受け止めて見せたのです。

そして、しばしの鍔迫り合いも、最後にはケチャワチャの圧勝で終わります。片や正面への全力の一撃、片や背後からの攻撃に対する片手間の防御、それほどの条件差があってもなお覆せない膂力の差が、両者の間にはございました。

しかし、だからと言ってネロの行いは全くの無駄であったかと問われれば決してそんなことはなく、ケチャワチャは走り去るアリスから視線を外し、その表情に狂気を湛えつつネロの方を振り返りました。

 

──ケチャワチャの目的は、究極的に言えば殺戮と闘争の二つに帰結します。

 

であるならば、そこに命ある限りいつでも実行に移せる殺戮よりも、確かな実力を持つ相手がいなければ成り立たない闘争の方が、ケチャワチャにとっては優先度が高い事柄でございました。

そして、そんなケチャワチャの狂気じみた視線を浴びて、ネロはいよいよもって覚悟を決めます。後先のことは顧みず、今この瞬間に持ち得る全ての力を出し切って、例えこの命を散らそうとも、恩人の少女を逃すだけの時間は稼いでみせると。

 

その覚悟を果たすために、ネロは自らの内に眠る忌まわしき力を、今、全力で解き放ちます。

 

直後、ネロの存在感が急激に膨れ上がったかと思うと、刹那の内に禍々しい気配を放つ太刀の切っ先が、ケチャワチャの顔面に迫ります。

さらに一段階鋭さが増したネロの斬撃を、ケチャワチャは先程とは異なり真正面から左手の鉤爪で受け止め、反撃と言わんばかりに余った右手を突き出しました。

必殺の一撃を防がれた上での、手数で上回られている相手からの反撃。熟練の狩人であっても容易には避けられないであろうそれを、しかしネロは持ち前の身軽さと反射神経でもって華麗に回避してみせます。体が小さいことも、回避という意味では有利に働きました。単純に当たり判定が小さいというのももちろんありますが、それ以上に、体重が軽いために急制動が効くという点が、このレベルの戦いでは大きな意味を持つのです。

 

ケチャワチャの反撃を回避したネロは、間髪入れずに二の太刀を振るいます。それをケチャワチャが対応してさらなる反撃を放ち、ネロが再び回避して次なる攻撃を繰り出す。そんな、一見すると拮抗しているようにも見える攻防の中で、しかしネロは確実に己の不利を悟っておりました。

後先のことを顧みず持てる限りの力を解放し、彼我の実力差を無理矢理に埋めてもなお、払いきれない劣勢。

ケチャワチャの余裕は、この後に及んでも決して揺らぐことは無かったのです。

 

確かに、今のネロの纏う雰囲気は、これまでとはまるで様子が違っております。切り結んだ回数は片手で数えるほどではありましたが、攻撃の速さも鋭さも以前より格段に上がっていることは、誰よりもケチャワチャがよく理解しておりました。

しかし、だからなんだと言うのでしょう。

いくら力に覚醒しようが、いくら人の道を踏み外そうが、あの程度の肉体で出来ることなどたかが知れております。なにより、力に覚醒することも、道を踏み外すことも、ケチャワチャにとってはとっくの昔に通ってきた道でした。人が想いを力に変え、新たな力に覚醒すると言うのであれば、このケチャワチャはもう、とうの昔にそれ(・・)を済ませているのです。

 

現状で拮抗している時点で、既に勝敗は決しているようなものでした。ケチャワチャは未だ実力の底を見せておらず、翻ってネロは異常な負荷に身体が耐えられなくなるのを待つばかり。一瞬で勝負を決めに行くこともできず、さりとてこのまま時間が経てば急速に蓄積される疲労によっていずれは拮抗すらも保てなくなります。そして、その先に待つネロの運命など、わざわざ語るまでもありません。

 

これまでは漠然としたものでしかなかった、自身の死の明確なビジョン。それが明らかになって、しかしネロはなおも気丈に笑って己を奮い立たせます。

 

己の疲労を待つばかりの今の状況は、むしろネロにとっては都合の良いものでした。ケチャワチャが余裕をこいてネロとの戦いを愉しんでいるその時間の分だけ、アリスがケチャワチャから逃げ切れる確率は上がっていきます。そして、アリスが無事に逃げ切れば、その情報を元に自分達より遥かに実力のあるハンター達によって万全の対策の下に討伐隊が組まれ、間も無くケチャワチャはその生涯に幕を閉じることになるでしょう。例え自分はここで斃れようとも、負けるのは向こうです。

 

元より、とうの昔に潰えている筈の命でした。どこにも、意味などない筈の命でした。

それが今、こうして誰かのために散れるのであれば、それも悪くはないのかも知れないと、ネロは思うのです。

 

────ただ、

 

 

繰り返される攻撃の応報は、時間と共にさらに激しさを増し、ネロのなけなしの体力を削っていきます。どれほど鋭く太刀を振ろうとも、ケチャワチャの防御は一向に揺らぐ気配がございません。あらゆる攻撃を左手の鉤爪で容易く防ぎ、流れるように反撃を叩き込んで来るのです。

あちらは最低限の動きで攻撃を防いでいるのに対して、ネロの方はケチャワチャの攻撃を回避するのにどうしても大きい動きを強いられます。片や強大な大型モンスター、片や特別な力を持つとは言え人間の子供。元々の体力からしてかけ離れているのですから、ネロが追い詰められていくのは必然の流れでございました。

 

そのような攻防を続けていれば当然、ケチャワチャの反撃は次第にネロに届くようになってまいります。まだ致命的な一撃こそ貰ってはいませんが、ケチャワチャの鋭い鉤爪が掠めることによりネロの体にはあちこちに裂傷が刻まれ、流れ出した血液がより一層ネロの体力を奪い去っていきます。

一時は拮抗していたようにも見えた応報は、最早誰の目から見ても一方的なものに様変わりしておりました。懸命に足掻くネロを、ケチャワチャは嬲り殺しにする様に少しずつ切り刻み、まるで新しい玩具を与えられた子供のように命が失われていく様を愉しんでおりました。

 

このまま行けば、ネロの体力はあと1分も持ちません。

誰がどう見ても、この状況から逆転する目などあろうはずもございませんでした。このまま精根尽き果てるまで戦い、なけなしの時間を稼いでネロはその短い人生を終えるのだと、今この瞬間を見ている者が居たとしたら、誰もがそう考えるでしょう。

 

ただ、一人を除いては。

 

もはや何度目になるのかもわからない、太刀の一閃。あまりにもワンパターンな攻撃に憐れみさえ覚えつつ、徐々に鋭さが失われつつあるそれを、ケチャワチャはいつものように左手の爪でもって防ぎます。

 

いつものように、左手の爪でもって、防ごうとしました。

 

──バキィィィンンッ!!

 

これまでと同じような攻防。しかし、これまでとは明らかに違う、何かが砕け散る(・・・・・・・)ような音が、エリア3の岩肌に反響しました。

 

────ザクッ!

 

そして、その直後に僅かに聞こえた、柔らかいものを(・・・・・・・)切り裂く(・・・・)ような音。

 

しばしの無理解の後、自らの左耳に走った激痛によって、ケチャワチャは己の身に何が起こったのかを理解させられます。

 

左手の爪を、斬られた。

その先にあった左耳諸共、斬られたのです。

 

 

太刀越しに、確かに腕に伝わってきた何かを切り裂く感触に、ネロは小さな笑みを浮かべました。

ネロの実力では、ケチャワチャの防御の隙間を突いて真正面から攻撃することは、ほぼほぼ不可能でした。ケチャワチャの反応速度と先読みの能力は文字通り人外の域にあります。不意を突いてようやく、擦り傷程度のダメージを本体に与えられるというレベル。とても敵うものではありませんでした。

それはケチャワチャ自身もよく理解しており、ネロ程度の実力では己の防御を突破する術はないという、確かな自信があればこそのあの余裕だったのです。

 

 

でも、あるいはだからこそ、そこにはつけ入る隙がありました。

 

太刀の斬撃をあえて左の鉤爪で防がせ、常に一箇所に衝撃を与え続けることで、防御の要である左の鉤爪を破壊する。これまで決して揺らぐことのなかった防御、それを真正面から打ち崩しての攻撃は、ケチャワチャにとっては背後からの一撃などとは比較にならない、予想外の不意打ちとなり得たのです。

 

 

結果として、目の前の子供を所詮はただ死にゆくのを待つばかりの弱者と侮り、ここまで余裕をこいていたケチャワチャは、

 

そのツケを、己の左爪と左耳で払うことになりました。

 

 

 

 

「……油断」

 

 

────無傷じゃあ、カッコがつかないから。

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