Monster Hunter Pioneer〜少女と竜と『その他』の物語〜 作:アリガ糖
──さて。
ここまで、いくらでも見せ場があったにも関わらず、一切姿を表さず、ネロやケチャワチャに主役の座をほぼほぼ奪われかけていた、我らが主人公(笑)たるオルタロスが、どこにいるのかと申しますと。
……空を、飛んでおりました。
とは言っても、どこぞの飛竜のように自在に空を翔けているわけでも、ケチャワチャのようにスタイリッシュに滑空しているわけでもありません。ネンチャク草とツタの葉と蜘蛛の糸によって編み上げたパラシュートのようなものにぶら下がって、ただ海風の吹き荒れるままに飛ばされておりました。
──バルーニング。
一部の蜘蛛の幼体などが行う、糸を風に乗せることで空中を移動し広範囲に移動するその技を、当然このオルタロスが初めから知っていたわけではございません。天敵への対策として様々なものを用意している中で、一際強烈な海風が吹き荒れた時に飛ばされてしまったことから生み出された、それは偶然の産物でございました。
そうして会得した、バルーニングという新たな技術を駆使して大空を移動し、このオルタロスが一体何を企んでいるのかと申しますと。
……逃げております。
何を言っているんだと、そう思われるかも知れませんが、何を隠そう正真正銘、このオルタロスは絶賛逃走中でございました。
逃げられないと思ったから準備をしていたんじゃないのかだとか、戦うどころかエンカウントすらせずに逃げ出すとかそれでも主人公かだとか、そう言った文句はいくらでもあることでしょう。実にごもっともな意見です。もっと言ってやってください。
しかし、事実としてこのオルタロスは、早々に戦場を逃げ出してしまっていたのです。
改めて言いますが、このオルタロスは基本的には馬鹿です。
本能的な鋭さや偶然を上手く活かす能力にはそれなりに恵まれているようですが、本質としてはアホでドジで鈍臭いおたんこナスのすっとこどっこいに違いありません。
そんなお馬鹿であるオルタロスが、遥かに格上である捕食者を打ち倒せるような極めて高度かつ最高にスマートな戦術を考えられるかと言われますと、当然そんなことはないわけで。
毒をばら撒いて巣ごと仕留めたブナハブラを使って、嫌がらせ程度の地味なトラップぐらいは作ることができましたが、それをどう運用すれば格上相手にも戦えるか、などというきちんとした作戦を考えることはできませんし、抜群の破壊力をもたらすような高度な仕掛けも作れません。
ケチャワチャの頭上に投下した大木のトラップが、今のオルタロスにできる精一杯の攻撃でございます。つまりは、最初にそれを躱された時点で、すでにオルタロスは万策尽きてしまっていたわけです。
ちなみに、オルタロスの預かり知らぬ所で唯一ケチャワチャに明確なダメージを与えた『外れる足場』のトラップは、別にああなることを想定した上で作ったものではなく、落石トラップの失敗作だったりします。その失敗作が一番の効果を発揮しているところを見るに、やはりこのオルタロスの悪運の強さは相当なものと言えるでしょう。
さて、話は戻りまして、結局のところ、オルタロスが直接ケチャワチャに対して仕掛けた攻撃は、最初の大木落としだけだったわけです。
それが躱された以上、決め手を失ったオルタロスが打てる一手は、もはや逃走しかありませんでした。
一見情けなくもありますが、それは実に合理的な判断でございました。
マトモに戦えば、戦いにすらならない相手。見つかってしまえば、逃げられない相手。
相手の位置もわからないまま闇雲に逃げ出せば、運悪く不意に遭遇してしまった時点で詰みとなります。相手の正体もわからないまま適当なトラップを張れば、場合によっては何も活かせないまま一方的にやられてしまいます。
そんな、どうやっても勝ち目の無さそうな相手でも、しかし確実に逃げられる状況が、ひとつだけありました。
それは、こちらが相手の位置を正確に把握していて、かつ相手がこちらに気付いておらず、何か別のものに気を取られている時。その、極めて限定的な状況下であれば、確実に相手から見つからずに逃げ出すことが可能なのです。
そして、オルタロスが大木のトラップを回避され、万策尽きたその瞬間、まさしくその状況は目の前にありました。
天敵であるケチャワチャが、確実にエリア3にいることがわかっていて、明確にこちらの存在には気付いておらず、二人のハンターに気を取られている、最大にして最後かも知れない大チャンスが。
それに気付いた瞬間、オルタロスはすぐさま思考を切り替え、落陽草の成分によって自身の体臭を消し去ると、念のために用意しておいたバルーンで海風に乗り、あっという間に逃げ去りました。
時間をかけて築き上げた要塞も、足りない頭で考え抜いて作り出したトラップも、必死の思いで巣を襲撃してかき集めたブナハブラの死骸も、毎日孤島を駆けずり回って用意した備蓄の食料や材料も、全てをあっさりと投げ出して逃走したのです。
虫の香りに誘われて天敵が横穴に顔や体や腕を突っ込んでいる最中に、その真上から落石を落とすトラップ。マトモに当たれば強大な相手とはいえ大怪我をしかねないでしょう。ついでに穴の奥に粘着トラップを仕掛けてやれば、場合によっては回避すらままなりません。
ブナハブラの死骸ににが虫の苦味成分を濃縮して塗すことで、天敵に強烈な苦味をお見舞いするトラップ。苦味に悶絶して隙を晒す天敵に、様々な追撃をお見舞いすることができます。あるいは直接的なダメージを期待して、毒テングダケやネムリ草の成分を混ぜ込むのもアリでしょう。
天敵が牙などを用いて横穴に張られた膜を破った瞬間、その顔面目掛けて濃縮された海水ぶちまけるトラップ。水の衝撃に落下するも良し、刺激で目を開けられなくなるも良し、過剰な塩分で脱水症状を引き起こすも良し。一つのトラップから様々な効果が期待されます。
安全策として、あえてブナハブラを仕留め切らずに死にかけで留めておき、さらに自分の匂いを塗り付けておくことで、天敵に対するカモフラージュとして利用するのもいいでしょう。自分の正確な位置を悟らせなければ、こちらは自由に動いて罠を仕掛けていくことができますから、間接的に攻撃力の上昇も見込めます。
さらに、自前の酸や光蟲から抽出した発光成分を使って相手の視力を奪えば、あの立体的な高所では相当な有利を取ることも可能だったはずです。
それら全てを活かし切ることができれば、もしかしたらどのような天敵であっても、退けることができたのかも知れません。
それなのに、時間をかけて準備したそれら全てを無駄にして、オルタロスは逃走を選びました。
きっと、オルタロスが人間であったのなら、そんなことは出来なかったでしょう。
必死の思いで作り上げた集大成を全て出し切るために、あのケチャワチャに挑みかかって、あるいは善戦しつつもその命を散らしていたかも知れません。
ですが、オルタロスは人間ではなく虫ですし、策士ではなくお馬鹿でした。
故に、策に溺れることなく、クレバーにただ生き残るために必要な選択を選び取ることができたのです。
そう、それこそが、天才オルタロスの最高にスマートな戦略。
揺るぎない、ただ一つの行動原理。
──この世界では結局、最後に生き残った奴が、勝ちなのです。
ようやくケチャワチャ編が終わりました。
いやー長かった。3年ぐらいかかってしまいましたね。