Monster Hunter Pioneer〜少女と竜と『その他』の物語〜   作:アリガ糖

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2、食欲は蟻を殺しますか?

 

 

あれから運良くジャギィから逃げ延びることに成功したオルタロスは、しかし前回の反省をまるで活かすことなく腹袋がパンパンになるまで近くに生えていたキノコを詰め込みます。

実を言うと、このオルタロスは一匹で行動しているので、本来ここまで食料を詰め込む必要はありません。もともとオルタロスが腹袋に食料を詰め込むのは、女王個体や幼虫などにその食料を分け与える為なので、それを行う必要のないこのオルタロスは、単純に自らの食欲を満たすためだけに、生き延びる上で最も重要な機動力を殺してまで満腹になるという命知らずな行動に出ているということになるのです。完全に世間を舐めています。一度死んでみてはどうでしょうか?

 

しかも、よりにもよって今オルタロスが食べているのは毒テングダケです。オルタロスの……というより、甲虫種の共通の弱点としてまず挙げられるのが、そう、毒です。毒で仕留めれば通常攻撃すると砕け散ってしまう死体が砕け散らないので、毒を使ってオルタロスなどを仕留めたハンターも少なくないでしょう。

そうであるにも関わらず、このオルタロスはよりにもよって、あろうことかその弱点である毒を持つ毒テングダケを食べているのです。あまりにも無謀です。控えめに言って自殺行為でしょう。

しかし、どれだけ待とうとも、オルタロスが毒で苦しむ様子を見せることはありません。それどころか、その肥大化した腹袋が、紫色に染まっているではありませんか。

そう、このお馬鹿で弱っちいオルタロスの、唯一と言っていい自慢できる点がこの消化能力……というか適応能力。目につくものは手当たり次第に食べてみるという彼のある意味命知らずな性格が、思わぬ結果を結んだのです。

 

とはいえ、別に彼は毒テングダケの毒を克服したわけではありません。その腹袋が紫色に染まっていることからもわかるように、毒の成分だけを分離して腹袋の中に溜め込んでいるだけなのです。

そういうわけですから、当然溜め込んだ毒を排出する必要があります。オルタロスは何度か膨らんだ腹袋をブルブルと震わせると、その先端から紫色の液体を吹き出しました。

本当に何も考えずに噴出されたそれは、綺麗な放物線を描いて飛び、あろうことか近くを飛んでいたブナハブラに命中してしまいました。突然攻撃(本虫にその意図無し)されたブナハブラは、当然のようにオルタロスに反撃せんと尻先から鋭利な針を覗かせます。しかし、先述したように甲虫種の弱点はなんといっても毒。それもオルタロスの腹袋の中で濃縮された毒を浴びてしまったものですから、哀れなブナハブラは数瞬後には甲高く弱々しい羽音をたてて地面に落ちてしまいました。

 

意図せずブナハブラを殺してしまったオルタロスは、たまたま近くを飛んでいたブナハブラが突然落ちてきたことに驚き、すわ天敵か!?とでも考えたのか、即座に警戒態勢に移ります。しかし、どれだけ周囲を警戒しようとも彼の視界にブナハブラを殺した犯人が入ってくることはありません。だって犯人は他ならぬオルタロス自身なのですから。

しかし、このお馬鹿虫はそうとは露程にも思わず、虚空を威嚇するばかりでございました。

 

暫くその場で警戒していたオルタロスですが、やがて敵が既に周囲にいないことを悟ると、今度は地面に落ちたブナハブラの死骸を食べ始めます。

ブナハブラとオルタロスは蜂と蟻、そしてどちらも特徴的な形状の頭部を有していますから、生物学的にはそう遠くない親戚に当たるのですが、このオルタロスにそれを言ったところで意味は無いでしょう。百パーセント理解できないと断言するまであります。

 

というかそれ以前に、つい先程毒テングダケを山ほど食べたにも関わらず、まだ食べ足りないのでしょうかこのお馬鹿虫は?

 

さて、オルタロスがブナハブラを食べ終わると、日は既に西に傾き始めているではありませんか。燃えるような夕日が、海を、そして空を真っ赤に染め上げ、昼間の命溢れる蒼とはまた違った、幻想的な風景を作り出しておりました。

そんな風情に魅入られることも知らないオルタロスは、強靭な顎と前脚を器用に使って、その場に穴を掘り始めます。オルタロスは夜に活動することも無くは無いですが、基本的には昼行性の虫なので夜は休むのです。しかしこのオルタロスには帰るべき巣穴が無いので、こうして自ら一匹入れる程度の小さな穴を掘り、そこでたった一匹で夜を過ごします。

 

普段はお馬鹿な行動ばかりしていますが、そんな様子を見ると、何処か寂しそうでもあり…………ませんね。今も簡易巣穴の中でアオキノコを食べながら、気楽な一匹狼ならぬ一匹蟻生活を満喫しております。一瞬でも同情した私が馬鹿でした。

 

 

***

 

真夜中の孤島は、昼間のそれとはまるで違う様相を呈します。

静寂と、闇。その二つが人間に容易に牙を剥き、今自分が立つ場所が、日々命のやり取りが行われる「狩場」であることを嫌が応にもこの身に刻み込んでくるのです。

ふと空を見上げてみれば、まるで黒いキャンパスに色とりどりの宝石を散りばめたかのような美しい星空が見れるでしょうが、それに魅入られたが最期、弱肉強食の理によって自らがそのお星様の一つになってしまうことでしょう。美しく、残酷。ここはそういう場所です。

 

冷たい陸風が吹き荒れ、少し冷え込む夜の孤島に、二人のハンターが足を踏み入れました。

軽弩を背負ったまだあどけなさの残る少女と、「黒」という印象が強い太刀を背負った中性的な子供。それは間違えなく昼間にオルタロスが邂逅(両者にその自覚があるとも思えませんが)した二人組でした。

ハンターという業の深い仕事をしていると考えるには、二人ともどう見ても幼すぎるように感じますが、訳あって幼少期からハンターをすることになってしまった子供というのは案外少なくありません。両親が狩人で、その両方が殉職したことにより孤児になった子供などもその一例でしょう。中には他の職業を見つける子もいますが、その殆どは狩人の道に進み、そして大抵は早死します。最近ではハンターズギルドでも問題視されるようになってきた案件です。

ですが、今それを語れば長引くこと必至なので、この場は割愛させていただくとしましょう。

 

軽弩を背負った少女が、自らの細身な体を抱き、小さく震えながら声を出します。

 

「うう〜、夜は冷え込むね……。ネロは大丈夫なの?」

「…………別に。」

「アオアシラを狩ったことはあるけど、まさか夜にやることになるとは思わなかったよぅ。」

「…………確認不足。」

「うっ!?……そ、それを言ったらお終いだよ。」

 

基本的に、軽弩を背負った少女が喋り掛け、黒い子供が短くそれに応えるというのが、二人の間に交わされる主なコミュニケーションのようです。一見すると気が抜けているようにも見えますが、二人とも周囲の警戒は怠っていません。その証拠に……

 

「……っ!」

 

……例のオルタロスがモゾモゾと巣穴から出てきた瞬間、二人は素早く軽弩と太刀を構えました。特別言葉を交わした訳でも無いのに二人が戦闘態勢に移行したのはほぼ同タイミングですから、見かけによらず相応な実力が備わっているのだということが見て取れます。

そんな二人ですが、出てきたのがオルタロスであると知ると、ホッと構えた武器をその背中に背負い直しました。もともとオルタロスは甲虫種モンスターの中でも最も温厚な性格をしていると言われていますから、警戒に値する存在では無いと考えたのでしょう。

 

当のオルタロスの方も、一瞬自分が攻撃されそうになっていたなど露程にも思っていないようで、二人の狩人には一瞥もくれずに何処かへ向けて走っていきます。六本足でシャカシャカと動くその様は、見る人が見れば大層不気味なものなのですが、虫嫌いはハンターなんてとてもでは無いですがやってられません。罠やら薬やら……狩猟生活に虫というのは必要不可欠なものですから。

 

さて、オルタロスが一目散に走っていった方を見れば、そこには星明かりに照らされてキラキラと輝く、濃密な蜜を垂らしたハチの巣があるではありませんか。

ハンター二人組の目的であるアオアシラも蜂蜜は大好物ですから、ここで待ち伏せすればアオアシラと邂逅出来るだろうと当たりを付け、二人は手頃な場所に隠れます。しかし、そんなことは知ったこっちゃ無いオルタロスは、真っ直ぐにハチの巣へと向かっていきました。

 

地面に滴り落ちた琥珀色の蜂蜜を、オルタロスは一心不乱に舐めとります。すると、あっという間に彼の腹袋は黄色く膨れ上がり、やがて満腹となったオルタロスは、満足げにその場を立ち去ろうとしました。

しかし、そんなオルタロスの頭上に、突如として影が差します。

熊のようなシルエット、軽く6メートルを超すであろう体格、鋭利な爪や牙、太い前脚は堅牢な甲殻で覆われており、見るからに強そうです。それこそ、この前オルタロスを追い詰めたルドロス達や、ジャギィなど比べ物にならないほどに……。

 

 

このモンスターこそ、青熊獣アオアシラ。

オルタロスがその生涯で初めて邂逅した大型モンスターなのでした。

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