Monster Hunter Pioneer〜少女と竜と『その他』の物語〜 作:アリガ糖
そう、言ってみるならば、これは主人公のオルタロスと同期に当たる虫のお話。
灼熱の大地、煉獄の大河、高温の大気。
火山……。それは人類が知る中でも最も過酷な世界です。ただその場に立っているだけで命の危機に晒されるほどの高熱、一歩でも足を踏み入れればまず助からない赤熱の溶岩流、一瞬で身を焦がす程のガス噴出……そのどれもが、人間の命を容易に奪う程の脅威を持っております。しかし、モンスター達というのは何とも理不尽なもので、人間では踏み込むのさえ命がけなその地でも、ちゃんとした生態系を築いているモンスターは多々存在いたします。
例えば、ウロコトルなどのように、もともと火山にしか生息しない生き物や、甲殻種や甲虫種のように、例え極寒の地でも遥かな高所でも最悪食料さえあればどんな環境でも適応できるような無敵生物。
そして、熱地どころか溶岩流さえものともしない屈強な大型モンスター達。
このように、常識ではとても生き物が住んでいるとは思えない火山でも、実は結構な種類の生き物が生息しているのです。
そんな生物の中に混じってしまったのが、ハンター達の間では一般に盾虫、クンチュウと呼ばれている甲虫種のモンスター。それは元々火山地帯に適応する個体も確かに存在はしますが、ここ、ラティオ活火山には本来生息するはずのない生き物でした。
クンチュウの特徴は、なんといってもその並桁外れた防御力。その金属を思わせる堅牢な甲殻は、小型モンスターはおろな名だたる大型モンスターの甲殻さえも上回る強度を有しており、鉄をも切り裂くと謳われる脅威的な斬れ味を持つハンターの武器さえも簡単に弾いてしまうほどであります。ですが反面、その堅牢な甲殻に覆われているのは背面のみである関係上、腹部の防御力は非常に低く、ひっくり返されて仕舞えば途端に無防備になってしまうという弱点を有しております。
このクンチュウ……いえ、クソチュウではありません。例え大型モンスターとの戦闘中に横槍を入れようとも決してクソチュウではありません。例えここがチャンスだと思って振るった渾身の一撃をその甲殻で阻まれても、終いには大型モンスターの盾となるように張り付き始めても……もうクソチュウでいいです。
……このクソチュウ、一般には腐肉食、腐葉土食として幅広く知られておりますが、実はその無敵とも言われる甲殻の強度を保つ為に、若干の鉱石食性も有しているのです。そういう観点で言えば、鉱石の宝庫として名高いこのラティオ活火山は彼にとってまさに天国と言えるところ…………では残念ながらありません。
その要因の一つが、ウロコトルやガブラスといったモンスターの存在です。いくらウロコトルやガブラスでも、流石に圧倒的防御力を誇るクンチュウにまで襲い掛かるようなことは致しませんが、両者共にスカベンジャーである関係上、当然クンチュウとの生存競争を繰り広げる関係にあります。ですが、クンチュウの攻撃手段といえば地面を転がる程度しかありませんので、地中へと潜るウロコトルや、空を飛べるガブラスなんかにはそもそも攻撃が届かず、更に悪い事に両者共に遠隔攻撃手段を有しておりますから、もし鉢合わせした場合クンチュウは成すすべなく一方的に攻撃を受けて追い立てられてしまうのです。
そういうわけですから、せっかくクンチュウが死肉を見つけても、ウロコトルやガブラスに横取りされるのが常でありました。勿論、ロクに植物が生息できない火山で御座いますから、栄養豊富な腐葉土など望むべくもありません。
結果としてこのクンチュウは、大した栄養にもならない鉱石を日々食すしかありませんでした。毎日のように鉱石が生成されるこのラティオ活火山では、鉱石だけは山ほどあったのです。
そんな、鉱石だけを食すという偏った生活が、まさかあのような結果をもたらすとは、一体誰が考えたでしょうか?
***
それはある日の事でした。ここで天気の様子でも述べるのが情景的な描写なのでしょうが、生憎火山の天気が変わることは滅多にございません。専ら毎日晴れ一部黒煙といった様相でございます。
そんなある日のこと、クンチュウは新鮮なアプケロスの死骸を発見しました。ウロコトルやガブラスなどのように優れた嗅覚を持たないクンチュウが一番に死肉を発見するというのは珍しいことですから、クンチュウは当然このチャンスを逃すまいとアプケロスの肉を喰らい始めます。久々の肉、それもアプケロスのような大きな獲物、まさにクンチュウにとっては至福の時と言えるでしょう。
しかし、幸せな時間というのはそう長くは続かないもので、一心不乱に肉を貪るクンチュウに、ウロコトル達やガブラス達の影が迫ります。彼等も中々に狡猾なモンスターでありますから、これまでの経験でクンチュウの追い払い方は心得ており、ガブラスは上空からひたすらに毒液を吐きかけ、ウロコトル地中から半分体を覗かせた状態で炎のブレスをクンチュウに浴びせます。
ですが、いつもは攻撃を受ければすぐさま逃げ出すクンチュウの様子が、この時ばかりは違いました。まるで攻撃が通じていない……それどころか攻撃されていることに気付いてすらいないかのように、夢中で肉を貪り続けたのです。
そんなクンチュウの様子を鬱陶しく思ったガブラスが、今度は空中からクンチュウ目掛けて飛びかかります。クンチュウとガブラスでは体格が大きく異なりますから、ガブラスの飛び蹴りを食らえば、クンチュウは容易く吹っ飛ぶはずでありました。しかし、結果から言えば、クンチュウはガブラスの蹴りを受けてもその場からピクリとも動かず、代わりに、ガブラスの足にはまるで岩盤でも蹴ったかのようなジーンとした痛みが走ることとなりました。
その衝撃で漸く、クンチュウは自分の周囲にウロコトルやガブラスがいることに気が付きます。するとさっきまでのまるで攻撃が通じていないような態度は何処へやら、すぐさまその場でまるまって防御体制に移行しました。
その場で丸まって鎮座するクンチュウをウロコトルが嘴で退かそうとします。しかし、何かがおかしい。どれだけウロコトルが力を込めようとも、クンチュウの体はビクともしないのです。そこでウロコトル達は漸く気付きました。このクンチュウ、凄まじく重くなっているのです。
それもそのはずでしょう、腐肉にありつく事が出来ず、ずっと鉱石ばかりを食べ続けたクンチュウは、驚くべきことに、食した鉱石を甲殻に反映する能力を手にしていたのですから。ドラグライト鉱石や鎧玉を中心として様々な鉱石の成分を含んだ甲殻は、その堅牢さもさることながら、何よりも凄まじいのが重量でございます。なんと言ったって非常に高密度の重金属の塊のようなものでございますから、比較対象がいないので分かりづらいですが実は通常のクンチュウよりもふた回り近く大きいその体躯も相まって、その重量は五百キロに迫らんばかりの勢いです。
そんなクンチュウに攻撃するのは、言ってしまえば巨大な岩塊に攻撃を加えるようなもの、この上なく不毛です。ウロコトルやガブラス達もそれを悟ったのか、クンチュウを退かすことを早々に諦め、無視の姿勢を決め込んでアプケロスを食い始めます。
ふと、自分が攻撃を受けていないことに気が付いたクンチュウは、なにぶん自分が凄まじく硬く、そして重くなっていることを知らないものですから、何故見逃されたのかを不思議に思いながらも、食い荒らされるアプケロスの死骸を惜しみつつその場を立ち去ります。
アプケロスの死骸を横取りされ、渋々と立ち去ったクンチュウは、やけ食いのようにその辺で見つけた鉱石の塊を食しますと、それから間もなくして、ふと体に違和感を感じ、素早く岩の陰に身を隠しました。
するとどうでしょうか、圧倒的な堅牢さを持つクンチュウの甲殻が、前後に大きく裂け、中から真っ白な甲殻が覗いているではありませんか。クンチュウがその場でもがくように体を震わせれば、裂けた甲殻がだんだんと剥がれていき、やがて白い甲殻が剥き出しになります。そう、これこそがクンチュウの脱皮の様子です。
さて、やがて脱皮を終えたクンチュウですが、食料の少ないこの火山においては自分の脱皮殻でさえ貴重な栄養源、当然のように脱皮殻を捕食致します。
……この習性のおかげで脱皮の痕跡が残ることはありませんが、実はかのクンチュウの脱皮回数は控えめに言って異常でした。何せ既に十分以上に育ったはずの今でさえ二週間に一度は脱皮を行い、その度に一回り大きくなっていくのです。クンチュウにとって脱皮というのは結構命がけの作業ですから、それだけの回数をこなしていると聞いただけで生物学者は有り得ないと口にするでしょう。しかし、これはまぎれもない事実だったのです。
この少し哀れで、そして凄まじく異常なクンチュウこそが、やがて世界で最も硬く、世界で最も重く、世界で最も巨大であると謳われた、後の"王蟲アルマ"でございました。
主人公より主人公っぽい番外編主人公の登場でございます。
オルタロスももたもたしているもK編に本編を乗っ取られるかも知れませんよ?ええ、人気次第で。