Monster Hunter Pioneer〜少女と竜と『その他』の物語〜   作:アリガ糖

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4、酷さも極めると芸術らしいです。

 

不幸にもハンターとアオアシラの戦いに巻き込まれてしまった翌朝、太陽が東の空に登り始めた頃に目を覚ましたオルタロスが朝一番に目にしたものは、アオアシラの死骸でございました。

その青色の毛皮には無数の切り傷が刻まれ、大量に流れ出して乾いた血によって全身がドス黒く染め上げられており、ところどころ肉が抉れたような場所も見受けられ、特に酷いところでは肉の隙間から白い骨が剥き出しになっております。

アオアシラの死体のあまりにも凄惨な様でありますので、それは普通ならば目を覆いたくなるような光景でしたが、残念ながらオルタロスにそのような可愛らしい感性など存在いたしません。彼の心情を表すならば、たった一言で事足りてしまいます。「餌だー!」という……本当にたったそれだけです。つい昨晩その脅威をまざまざと見せつけられたはずなのに、オルタロスはまるでそれを覚えていないかのように、目の前に横たわる肉塊を「餌」としか認識していないのでありました。なんという図太さでしょうか。これには流石の私も感心されられ…………ません。何故ならこのお馬鹿オルタロスは、目の前の肉塊が昨晩邂逅したアオアシラであることを、本当に覚えていない(・・・・・・・・・)のですから。

 

さて、そんなお馬鹿なオルタロスがアオアシラの死骸を貪っておりますと、そんな彼の背後から数匹の影が迫ってきておりました。言わずと知れたジャギィ達です。小型の肉食竜である彼等にとっても、大きなアオアシラの肉塊は言うまでもなくご馳走の塊なのでありますから、それを手に入れる為であるならば、たかだかオルタロス一匹敵に回す程度彼等にとっては全く苦ではありません。寧ろ下手に抵抗してくるならばアオアシラの死骸にオルタロスが一匹添えられるだけだという、その程度の認識なのでしょう。

しかしこのジャギィ達は、数秒後にはその認識を大きく改めることになります。当然でしょう、曲がりなりにもこのオルタロスはこの物語の主人公なのですから、例え数匹のジャギィに囲まれようとも、その力を使って無双……しません。ジャギィ達の存在に気が付いたオルタロスは、その瞬間にそそくさとその場から逃げ出しました。しかもちゃっかり持てる限りの肉塊は持ち出すというみみっちさです。

ジャギィ達はその瞬間、オルタロスに対する認識を大きく改めました。オルタロス一匹敵に回す程度……と先程までは思っておりましたが、肝心のオルタロスは、敵に回ることすらない正真正銘の雑魚であったのです。臆病なモンスターの代表格であるアプトノスだってもう少し気概があります。

オルタロスのあまりの弱虫(物理)ぶりに呆気に取られつつも、ジャギィ達はアオアシラの死骸を貪り始めました。その中の一匹が空を仰いで大きく吠えれば、何処からか沢山のジャギィやジャギィノスが集まってきます。おそらく彼等は群れの家族なのでしょう。

やがて、アオアシラの死体の周囲にはジャギィ一家の団欒が催され、誰もがオルタロスの事など忘れてしまうのでありました。

……ただ一匹、若いオスの個体を除いては。

 

***

 

さて、ジャギィ達に餌を横取りされたオルタロスは、次なる食料を探して孤島を彷徨います。コイツは食う寝る逃げるしか脳が無いのでしょうか?無いのでしょうね。一応フォローを入れておきますと、通常のオルタロスも基本的には食料を求めて徘徊している場面しか見せませんから、彼のこの行動は本能的なものであり、このオルタロスがお馬鹿であるという事実とは関係無いのです。逆に考えれば、オルタロスというのは種族を挙げてお馬鹿なのでしょう。酷い風評被害です。

それはさておき、オルタロスが次に発見した食料は、赤い木の実でございました。大きさは大体人間の拳よりふた回りほど小さいといった程度でしょうか?赤い実が穂のようにまとまってなっているこの植物こそ、一般に「怪力の種」と呼ばれ親しまれている、ハンター達御用達のドーピング薬でございます。この怪力の種の齎す効果は非常に単純かつ強力なもので、怪力の種を食べると一時的に筋力が上昇するという、なんとも摩訶不思議な植物です。

 

目の前の木の実がそんなものであると知ってか知らずか、オルタロスは怪力の種をそれはそれは嬉しそうに食べ始めました。もっとも、このオルタロスが何か食べている時に嬉しそうな表情をしていないことなどこれまで一度たりとも無かったのですが。

数分と経たない内にその場になっている怪力の種を粗方食べ尽くしてしまったオルタロス。ですが、怪力の種はそこまで大きな木の実ではないため、それだけではこのオルタロスの膨大な食欲を満たすには到底足りえません。次に彼が目をつけたのは……青色の甲殻を持つ小さな甲虫、にが虫でございます。その名の通り……或いはそれ以上に凄まじく苦い虫ではございますが、その体液の成分には非常に多種多様なな薬効があり、多くの薬品の調合素材にが虫の体液が用いられているほどです。

因みに、そこそこ珍しいことではありますが、もともとオルタロスという種族は虫を食べることがございます。その証拠に、腹袋を膨らませたオルタロスを倒してみたら中から虫の死骸が出てきたという経験があるハンター諸氏も少なくないのではないでしょうか?

にが虫というのは、その強烈な味の関係上天敵が少ないからなのか、とてもノロマな虫です。しかし、オルタロスにとっては苦味などさしたる問題にはならないため、そのノロマさが仇となって格好の餌となってしまうのでございます。

 

さて、オルタロスがそんな調子で、いつものように目に付くものを取り敢えず食べるという一種異様な日課を果たしておりますと、そんな彼の目の前に突如として一匹の若いジャギィが立ちはだかります。

この若いジャギィは、つい先日三匹のルドロス殺害事件の折、波に足を取られていたオルタロスに襲いかかろうとして見事に反撃を食らい、顔面に彼の腐蝕液を浴びたことによって悶絶することになったあの個体でした。自業自得とはいえ酷い目に遭ったのは事実なので、若いジャギィはこのオルタロスの事を執念深く覚えていたのです。

一方、オルタロスの方はと言えば、曲がりなりにも食われかけたにも関わらず、この若いジャギィの事などカケラ程にも覚えていませんでした。何かと天敵の多い上に無駄に悪運の強いオルタロスですから、外敵に襲われた事など一々覚えてなどいられないと言われればそれまでなのですが、もう少し学習能力というものを見せていただきたいと思ってしまっても贅沢ではないでしょう。

 

そのように、どうにもやや温度差のある両者は、しかし互いに真剣な様子で真正面からじっと睨み合います。状況だけ見れば非常に緊張感がある場面なのですが、片や逆恨み、片やお馬鹿であることを考えると、どうにもコメディチックに見えてなりません。

しかし、例えそんなコメディチックに見える場面であっても、ジャギィはれっきとした獰猛な肉食竜であるという事実を忘れてはなりません。その大きな口を目一杯開いて凶暴な牙を剥き、オルタロスに襲い掛かります。猛然と襲い掛かるジャギィに対して、後手に回ってしまったオルタロスは……その口目掛けてさっき食べたばかりのにが虫の苦味成分を濃縮したものを吹き掛けました。これは酷い。

どうやら学習しないのはジャギィも同じだったようです。前回と同じ過ちを犯して反撃を食らったジャギィは、口の中に飛び込んできた液体のあまりの苦さに思わずその場で悶絶致します。ですが、それで突撃の勢いが消えた訳ではありません。そのまま倒れこむようにオルタロスに襲い掛かったジャギィは、口の中に広がる苦味にのたうち回りながらも、力を振り絞ってオルタロスの体をひっくり返しました。ですが、ジャギィに出来たのはそこまでです。オルタロスの体をひっくり返したジャギィはその場で倒れこみ、か細い悲鳴を上げて苦味に耐えます。その隣では、ジャギィによってひっくり返されたオルタロスが、わしゃわしゃと足を動かして起き上がろうとしておりますが、いかんせん腹袋が膨れているがために上手く起き上がることができておらず、無防備な体制でもがいております。

強烈な苦味に悶えるジャギィと、満腹なせいで起き上がれないオルタロス。なんという……なんという低レベルな争いでしょう。もしかしたら、この弱肉強食の理が支配するモンスターハンターの世界でも有数の、超低レベルな争いなのではないでしょうか。

 

悶絶するジャギィと、ひっくり返ったオルタロス。どうやら先に体勢を立て直したのはオルタロスの方であったようです。苦労の末に何とか起き上がることに成功したオルタロスは、悶えるジャギィに対して追撃と言わんばかりに腹袋から出た液体を吹きかけます。ですが、それがなんともお馬鹿な話で、にが虫の苦味成分は既に使い切っていたオルタロスがジャギィに吹きかけた液体は、なんと怪力の種の増強成分だったのです。

怪力の種の増強成分を全身に浴びたジャギィは、体から力が湧いてくるのを本能的に感じとり、漸く治ってきた苦味に耐えながら通常よりも強化された力でオルタロスに襲い掛かり……しかしその場で倒れ込んでしまいました。今度はビクビクと小刻みに震えながら悲鳴を上げるジャギィ。そうです、苦味に悶えて変な姿勢をとっていた時に突然外的な要因で筋力を増強されてしまったがために、足が攣ってしまったのです。しかも怪力の種で増強されておりますから、普通に攣った時よりも更に痛いです。

 

目の前で痙攣を始めたジャギィにビビったのは、他ならぬオルタロス自身でした。自分は相手を痙攣させるような事はしていないはずだと思っているので、姿を見せていない第三者がジャギィを攻撃したのだとでも思っているのでしょうか?オルタロスは見えない敵に恐れをなしてその場から逃げ出しました。

 

それ以来、孤島では定期的に低レベルな争いが繰り広げられるようになったとかならないとか……。





※ジャギィ
(モンハン世界お馬鹿決定戦においての)永遠のライバル。

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