Monster Hunter Pioneer〜少女と竜と『その他』の物語〜   作:アリガ糖

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虫が本気を出し始めます。



6、そして人々は動き出すのです。

ズルリ......ズルリ......

 

孤島の片隅に、全身を血で染めた一匹の獣が、重々しくその足を引きずりつつ上陸致しました。その巨体を染め上げた大量の血は、決して返り血だけではありません。全身を見渡せば切り傷や刺し傷が至る所に点在し、中には今もなお刃物の刃先が刺さったままになっている箇所さえあります。息遣いは荒く、目は気怠そうに半目になっており、そこに活気は感じられません。

……そのモンスターは確実に手負いでした。

 

それは、勿論相手の男達が相応に強かったというのもありますが、もともとそのモンスターにとって水上戦というのは一番苦手な分野(・・・・・・・)であったというのが主な原因でしょう。実力を十全に発揮できない環境では苦戦するのも当たり前という話です。

それでも戦った理由は……いえ、そのモンスターにとっては、戦いこそが何よりの目的なのです。例えそれが、生き物の理にかなっていなかったとしても……。

 

さて、そんな血を垂れ流しにした手負いの獣が居ますと、その血の匂いを嗅ぎつけたルドロス達が集まってまいりました。

そのモンスターはルドロス達よりもずっと大きな相手ではありましたが、ルドロス達は彼我にそこまで絶望的な体格差は無いこと、そのモンスターの外見がさして強そうではないこと、そして何より相手が手負いであること、以上のことを吟味して集団でかかれば十分に卸せる相手であると判断したのです。

そのモンスターを囲みこむように円陣を組んだルドロス達。その内の一匹が鳴き声を上げれば、ルドロス達まるで示し合わせたかのように一斉にそのモンスターに跳びかかります。最近はジャギィの群れの台頭もあり、陸上で得られる食料がだんだんと減ってきた今日この頃、ルドロス達は久し振りの大きな獲物に歓喜していたのです。

 

ですが、彼女達のそんな歓喜は、次の瞬間には全く別の感情に塗り替えられます。全く別の感情とは言っても、それは驚愕、恐怖、困惑、悲哀……そのどれでもない、完全なる"無"でありました……。

 

それが何故かと問われれば––––––

 

刹那、一閃。

日光を反射して黒光りする鋭い鉤爪が、大きく円を描きつつ周囲を薙ぎ払います。一見適当に薙ぎ払われただけに見えるそれは、しかし確実にルドロス達の急所だけを捉え、触れる全ての命を刈り取るが如く、瞬く間に鮮血の沼を築き上げました。

最早戦闘とも言い難い一方的な蹂躙劇は、時間にしてみれば1秒にも満たない僅かな時のことでございました。ついさっきまで多くのルドロス達が群がっていたその場には、しかし今はたった一匹のモンスターが赤き血溜まりに佇んでいるのみでございます。

ルドロス達は、自分達が何をされたのかもわからぬまま、その命を散らしたのです。

 

––––––そう、言ってみれば、"死人に口無し"と同じような理論でございました。

 

 

***

 

孤島周辺地域でも名の知れた漁船団『青鮫』の全滅が知らされたのは、彼等が行方をくらませてから数日後のことでございました。

その衝撃の事実を確定的なものとさせたのは、『青鮫』が行方不明となった事を好機と見て彼等の縄張りに勝手に侵入し、その狩場で漁を行おうとしていた所謂『狩場泥棒』と呼ばれる連中が、大量の船の残骸を発見した事でございました。その残骸に使われていた船体の質が相当に上質なものであったこと、さらに流れてくる瓦礫の一部に『青鮫』の意匠が施されていたこと、大型船が全部で六隻であったこと、それら全ての事実が、漁船団『青鮫』の全滅という最悪の状況を示していたのです。

 

そこからのギルドの対応は迅速でした。

即座に『青鮫』が全滅したという海域に上級ハンターを護衛につけた調査船を派遣し、その結果によっては即座に非常事態宣言を発令し、周辺住民に避難を促す準備を進めたのです。

 

あれほどの大人数な漁船団が、誰一人逃げることすら叶わず全滅させられた。それは、どれほど強大なモンスターが現れたとしてもそうそうあり得ることではありません。大抵の大型モンスターは縄張りから追い出すためか、或いは食料にする為に人間を襲いますから、前者である場合は撤退は比較的容易であり、後者の場合であっても『青鮫』の規模ならば仲間が食われている間に逃げる事は十二分に可能です。ですから、誰一人残らず全滅させられるというのは、相応に異常な事態でございました。

それこそ、古龍種などの規格外の中の規格外のモンスター出現の可能性さえ考慮しなければならないほどに。

 

「ここ最近平和が続いたと思えばすぐこれじゃ。難儀なものよのぉ……」

 

ギルドの職員が忙しなく動き回るのを見ながら、タンジアの港ギルドのギルドマスターは一人そうごちます。いや、そんなことしてないでお前も働けよと思う方もいるやも知れませんが、緊急連絡を一早く知ることができるこの場所で待機し、何かあったら即座に対応することこそが彼の背負った最大の責務です。現状の指揮は非常事態マニュアル通りに進めているだけですが、それ以上の異常事態が発生した場合にどうしてもギルドマスターの指示が必要になってくるのでございますから、彼がこうしてここに腰掛けている事は非常に重要なことなのです。

 

「はぁ、これも海の(ほと)りに生きるものの宿命(さだめ)……かのぉ。」

 

雲一つない青空の下、サファイアよりも青く輝く海を見つめ、ギルドマスターはそこには居ない誰かに語りかけるように呟きました。

 

 

***

 

「……おかしい。」

 

絶海の孤島の真っ只中、ふと空を見上げた黒い子供のハンターは、そう言って訝しげな表情を浮かべました。実は、この時既にハンターズギルドからは全ハンターに対する孤島からの撤退が指示されていたのですが、ある職員のほんの些細なミスにより、まだハンターになって間もない二人組にその指示が行き届かなかったのです。

これでもし二人に何かあれば本当に首が飛びかねない事態なのですが……それは一先ずさておくとして、空を訝しげに見上げる子供ハンターに対し、その隣を歩く少女ハンターが問いかけます。

 

「…?どうしたの、ネロ?」

「…………ブナハブラが一匹も居ない。」

 

少女ハンターの問いかけに対して、子供ハンター……ネロは簡潔にそう答えます。ブナハブラと言えば、その非常に高い適応能力により何処の狩場にも大抵存在し、狩に出かければ最低一度は見つけるだろうとさえ言われているほど個体数の多いモンスターです。そんなモンスターが、今日に限っては一匹も見当たらないのですから、ネロが不思議に思うのも無理もない話でありました。

とは言え、そんなこと普通のハンターは気付きませんし気にも致しません。ブナハブラというモンスター自体単体では大きな脅威とはなり得ませんし、普段はハンターの死角となる位置を飛んでいることが多いですから、例えブナハブラが居なかったとしてもそれに気付ける人間……ましてやそれを気にかける人間がそもそも少ないのです。そんな事に目敏く気付いたネロに、少女は感嘆の声をあげます。

 

「ほへー。よく気付いたね、私全然分からなかったよ。」

「……不注意。」

「うっ!?…普通に耳が痛いです。」

 

それは、いつも通りのやりとりでした。

二人の間では何十回も繰り返された、いつもと同じような会話。

孤島周辺でどのような異常事態が起きており、それによってハンターズギルドがどれだけ騒いでいるか……それすらも知らない二人は、勿論狩場において決して油断はしてはおりませんでしたが、その警戒が一段階足りなかったと言えるでしょう。

 

何も知らぬまま狩場を歩く二人組の背後から……そのモンスターは足音も無く近付いてきました。静かに、しかし素早く。そう言わんばかりに接近したモンスターは、二人がその気配に気が付いた時には、既にすぐ目の前まで迫っておりました。

 

「……え?」

 

……そう、オルタロスが。

腹袋を大きく膨らませたオルタロスは、そのままシャカシャカと足を動かし、ハンター二人組を一瞥もくれることなく追い越します。重い腹を背負いながらも懸命に前に進むその様子は、どこか慌てているようにも見て取れました。

その様子を不思議に思った二人のハンターは、別にそうする理由など特に無かったにも関わらず、そのオルタロスの後ろを追い始めました。水場を超え、岩場を超え、時にはソロリソロリとジャギィ達の縄張りを通過して、オルタロスは何処かを目指して歩き続けます。

 

「……妙に速いな、あのオルタロス。」

 

オルタロスの後を小走りで追いかけつつ、ネロは誰に言うでも無く呟きました。通常のオルタロスは、腹袋に何かを詰めた状態だと人間が普通に歩くよりも遅くなるため、こうして小走りでないと追いかけられないというその事実に、ネロは僅かな驚きを抱いていたのです。

そうしてオルタロスを追い続けて数分、ハンターズギルドの地図で言えばエリア3に指定されている狭い通路に辿り着いた二人は、目の前に広がる光景に絶句しました。

 

「なに……これ」

「………巣」

 

そこにあったのは、ちっぽけで独りぼっちな虫が、身を守るためにたった一匹で築きあげた、ある種の要塞でございました。


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