Monster Hunter Pioneer〜少女と竜と『その他』の物語〜 作:アリガ糖
その"巣"は、硬い岩壁に無数に開けられた穴と、地面から数メートルの高さに無数に張り巡らされた糸によって構成されておりました。
ちっぽけなオルタロスが作ったと言うには、あまりにも巨大な要塞……。
オルタロスの巣というのは、地域によって……或いは群れによってもその姿形は全く異なります。
ある場所では地面に掘られた横穴、ある場所では竜の体高ほどもある巨大な蟻塚、ある場所では大木の中をくり抜いて作られ、またある場所では岩の地盤の中にあったりもします。しかしながら、まるで蜘蛛の巣のように糸を張り巡らせ、一枚岩の岩盤に大量に穴を開ける巣というのは、全く以って前代未聞の話でございました。
ましてやそれが、群れではなくたった一匹の手によって作られたものであるなどと……そう言ったところで、信じる者がどれだけいることでしょうか?
しかし、そんな無謀とも思えることを、あのお馬鹿なオルタロスはやってのけました。愚直に、堅実に、生きる為の努力を重ねたのです。
たかが、アリ一匹。
されど……オルタロスは紛れもなく"アリ"だったのです。
オルタロスの体長は大型のもので2メートルを優に越し、小型のものでも成人男性ほどの大きさがあります。すると必然、その大きさの分だけ体重は重くなり、個体によっては100キロに迫るものすらいるのです。
……そして、先程も言ったように、彼等は"アリ"です。
アリは自らの体重の約百倍もの重さの物を運ぶ事が出来ます。つまり、大型のオルタロスが運ぶことができる物の重さは、単純計算すると最大10000キロ……実に10トンにものぼります。
勿論、これは地面を引き摺って運ぶ時の話であり、持ち上げたり引き上げたりといった場合にはこの限りではありませんし、物体の形状や性質によっても結果は大きく異なるでしょう。しかしそれでも……
……2トントラックぐらいは余裕で運べる。それがどれだけ恐ろしいことかなど、考えるまでもありません。
そんな強力な力を……ましてや怪力の種によるドーピングで更に底上げした状態で運用すれば、岩に穴を開けるくらい造作も無く、巨大な枝を釣り上げるくらい朝飯前です。
とはいえ、オルタロスは機動力や防御力が他のモンスターと比べても非常に低く、その力が戦闘で発揮されることはほとんどありませんし、大型の飛竜ともなれば素の状態でも大岩を体当たりで砕きますから、相対的には非力と言っても過言では無いのですが……しかし、彼等は、彼は"非力"ではあれど"無力"ではないのです。
……しかし、やはり非力な者がどれだけ準備しようとも、圧倒的な力の前には風前の灯に等しく、容易く吹き消される程度のものにしかなり得ません。それほどまでに、"種族の差"というのは大きいのです。
非力な者に残された数少ない逆転の目である知能でさえも、虫というのはお粗末なものです。ましてや彼はお馬鹿なオルタロス……どれだけ考え抜いても、大したことは出来ません。
力の差を埋めての勝利など、そうそうあり得ることでは無いのです。
そう––––––––
––––––––"勝利"……は。
***
その
大きな目、大きな耳、長い鼻、鋭い鉤爪、細長い手足、鞭のような尾。しかし何よりも特徴的なのは、前脚から後脚にかけて張られている薄い膜のようなものでしょう。
その
赤黒く固まった血栓によって小麦色の毛並は所々燻んだ茶色に変色し、一部では海水によって皮がめくれ上がり、痛々しく炎症を引き起こしています。右耳の先の一部も欠け、よく見れば後脚の爪も一本折れているようでした。
その
だってそれは、本来この地域には存在しない生き物だったのです。
だってそこに刺さっていたのは、見覚えのある鉈だったのです。
「ギュォォォォォオオオッ!!」
突如現れた危機に対して、アリスとネロは迅速に対応を始めました。ネロは素早く回復薬を呷って太刀を構え、アリスは愛用のボウガンに弾を詰め込み、即座に臨戦態勢に移行します。
その判断は決して間違いではありませんでした。
そのモンスターは、初見ということもあって確かに少々厳しいところはございますが、本来であればアリスとネロの実力ならば決して勝てない相手ではなかったのです。
仮に勝てなくとも、一時的に行動を制限して逃げ出すくらいは造作も無い相手である筈だったのです。
そこに間違いがあったとするならば……
…………奇襲を受けたその時点で、
……
「…………シッ!」
鋭い吐息と共に、目にも止まらぬ速度でネロが襲撃者の間合いに飛び込みます。大人顔負けのそのスピードは、子供ならではの軽い体重と、人間の子供としては異常なレベルの身体能力によって生み出される、単純ながらに必殺の一撃でした。
その動きを援護するように、小さな火薬の破裂音と共に数発の弾丸が襲撃者に向けて放たれます。本来なら危険であるはずの踏み込んだ前衛の背後から銃弾を放つというその行為は、しかしネロの体の小ささとアリスの集中力によって、初見殺しの包囲網を築き上げるレベルに達していました。
太刀を防げば銃弾が、銃弾を防げば一閃が、どちらを選んでも確実にダメージを負う結果となる苛烈な攻撃に対し……しかし襲撃者は、
まるでその程度の攻撃、どうとでもなると言うかのように……。
迫り来る攻撃に対し、襲撃者は
ハンターの攻撃を、
モンスターがハンターの攻撃を避けるということは滅多にありません。強靭な生命力を持つモンスターにとって、ハンターの攻撃というのは一撃一撃は微々たるものであり、その巨体が仇となって細かい攻撃を躱し続けるよりは早くハンターを殺してしまった方がずっと安全となりうる場合が多いからです。
勿論、ジャンプしたり飛び立ったりした結果偶然にもハンターの一撃を回避する結果となった事例もありますが、このように明らかに意図的に攻撃を躱すという行為は、無いとは言いませんが非常に珍しいことでした。
少なくとも、ネロとアリスにとっては初めての経験。
襲撃者が後ろに下がった事によって、間合いが大きくズレます。そのズレによってネロはほんの僅かの間攻撃タイミングを見失い、その一瞬のうちにアリスの弾丸がネロを追い越してしまいました。
そして、どんな高精度の同時攻撃も、タイミングさえズレてしまえば、後は順番に処理するのみ。
襲撃者は鉤爪を用いて飛来する弾丸を容易く撃墜し、最早止まることの叶わないネロを冷静に迎え撃ちます。
––––––––ガキンッ!
「………っ!?」
体格差があるとは言え、ネロの全体重を乗せた、トップスピードの一撃を
……ネロの体を、
大して力の乗っていなそうなその一撃で、しかしネロの体は蹴鞠のように放物線を描いて容易く吹き飛び、短い草の生えた湿った地面を無様に転がりました。
「ネロッ!?」
「……チッ」
倒れ込んだネロにアリスが慌てて駆け寄ると、ネロは痛みを堪えるように身を起こし、短く舌打ちをして襲撃者を睨みつけました。
ただその、たった一回の攻防で、二人は気付いてしまったのです。
初見殺しの攻撃に、平然とカウンターを決められ、もう片方の爪を振るえば簡単に仕留められるのに、手加減でもするかのように、わざわざ蹴り飛ばした……それによって。
自分達の力では、絶対に敵わないと……
いつでも殺せる上で、甚振って遊んでいるのだと……
かつてない程の絶望感に苛まれる二人に、襲撃者はゆっくりと歩み寄ります。まるでジワジワと近付く死の気配に怯える表情を愉しんでいるかのように、ゆっくりと、ゆっくりと……
–––––––カサカサ……
……突如、緩やかな風と共に小さな音が聞こえたまさにその瞬間、襲撃者は歩みを止め、しきりに周囲の様子を伺い出しました。
この時、襲撃者は空腹でした。
肉や魚はどうしても口に合わず、
それは、"遊び"をやめる理由としては十分だったのです。
…………。
……そしてそれは、"罠"への足掛かりでもありました。
ちっぽけなオルタロスによる、絶対に敵わず、逃げる事すら許されず、知恵でも勝てる筈が無く、築いた巣さえ無意味にし、どんなに群れを成しても蹂躙されるような、絶対的な天敵……
突如としてこの地に飛来し、血塗れの惨状を生み出した……
––––––––"ケチャワチャ"に対する、罠への。
オルタロスの天敵で、
飛行能力を持ち、
ある程度の遊泳も可能で、
黒く長い鉤爪を持ち、
遊ぶほどの知能があり、
ルドロスとそこまでのサイズ差が無いモンスター。
襲撃者の正体は、ケチャワチャでした。