伊吹萃香もどきが行く   作:葛城

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お久ブリーフ

忘れたころに来ました


第十三話: ステンバーイ……ステンバーイ……

 

 

 

 ──ヨークシン・シティ。

 

 

 世界でも有数の都市なだけあって、シティ内のインフラは他の町とは比べ物にならないぐらいに万遍なく整備され、張り巡らされている。

 

 特に顕著なのが、交通インフラだろう。

 

 彼女が居を構えている『メイドリック』も相当な発展具合ではあったが、それでもここ、ヨークシン・シティに比べたら……見劣りしてしまうと、彼女は率直に思った。

 

 そして、その交通インフラに見合うだけの混雑が……彼女の眼前には広がっていた。

 

 

 何処を見ても、人、人、人。

 

 

 おそらく、もうすぐ開かれるオークションの為に集まった人の他にも、それを当て込んだ店が様々な形で出店しているからだろう。

 

 聞いたことも無い名前の屋台が、これまた見た事も無い食材を鮮やかに調理しているのが有れば。

 

 彼女ですら何度も見聞きしたチェーン店が『本日限りの出張!』というのぼりを出して、営業しているのも見える。

 

 そして、それは何も食品だけではない。

 

 道に敷いたシートの上に、個人制作と思われる様々な小物を売っている駆け出し職人の姿もあれば。

 

 即席のスタジオを作り、多彩な芸や演奏を奏で、己のパフォーマンスを見せ付けている者たちの姿もある。

 

 その熱気は、もはや常夏のカーニバル。

 

 誰も彼もが何処となく浮かれていて、誰も彼もが作り出された祭りの空気に呑まれている。

 

 その中を、彼女はてくてくと歩いている。

 

 じゃらじゃらと鎖だけでなく、その先端に括りつけられている分銅がごとんごとんと音を立てていたが、幸いにも周りから奇異の目は向けられてはいない。

 

 これもまた、陽気な空気のおかげだろうと彼女は思った。

 

 

(……祭りにしては些か興が削がれる部分もあるけど……それを含めての祭りなんだろうね)

 

 

 さて、だ。ちらり、と。

 

 道すがら、地面に商品を並べている店を見やる。ほとんどは手作り、あるいは中古品を修理した物ばかりで、値段も相応にバラバラだが……その内の、幾らか。

 

 

 ──明らかに、騙す目的で置かれている商品が有る。とはいえ、彼女の注意を引いたのはそこではなく、その中身だ。

 

 

 兎にも角にも『嘘を嫌う』彼女だからこそ分かった事だが、中々に手が込んでいるのが多い。もちろん、下手くそなのもあるが、中には目を見張るモノがある。

 

 特に、わざわざ薄く銀を塗って本物っぽくした懐中時計は凄い。

 

 素人ではまず分からないし、熟練の技術によって施され……それで真っ当に飯が食えるのではと思わなくはないが、凄いのだ。

 

 なので、『嘘』は気に入らないが、その『嘘』を誤魔化す為の技術に関しては見事と言わざるを得ないという、何とも不思議な思いで彼女は商品を眺めて行くのであった。

 

 

「──ちょっといいかしら?」

 

 

 と、思っていたら……掛けられた。

 

 

「あれ、アンタは……センリツ、だったかな?」

「あら、覚えてくれていたの、嬉しいわ」

 

 

 振り返った彼女が目にしたのは、己とそう背丈の変わらない女性(パッと見た限りでは、そう見えないが)の、センリツであった。

 

 

「あれ、アンタってネオンのボディガードじゃないの? こんなとこで油を売っていていいのかい?」

 

 

 居るはずのないセンリツが此処に居る。

 

 その事に首を傾げて尋ねれば、「少しだけ、無理を通して貰えたのよ」センリツは朗らかに笑みを浮かべた。

 

 

「ねえ、唐突で不躾な話だとは思うけど、お願いして良いかしら?」

「うん? 私に? まあ、暇潰し程度なら良いよ……なんだい?」

「少しの間だけでもいい。貴女のお出かけに付き合いたいの……邪魔はしないから、ねえ、いいかしら?」

「……はい?」

 

 

 一瞬、意味が分からず、彼女は軽く目を瞬かせた。

 

 とはいえ、ニコニコと笑うセンリツに裏は感じ取れない。

 

 つまり、『二本角』を利用したり、顔を繋いでおいたり、恩を売っておこうといった下心的なアレを、彼女は全く感じ取れなかった。

 

 ……短い付き合い(本当に短い)とはいえ、彼女にも分かっている部分はある。

 

 それは、センリツはコミュニケーション能力に長けた大人の女性であるということ。実力的には新人の中でも下の方だが、責任感や精神的な落ち着き具合は一番である。

 

 

「……なんで?」

 

 

 評価は分かれるだろうが、少なくとも、彼女はセンリツをそのように評価していた。

 

 だからこそ、そんな女が、わざわざ仕事を放り投げる形で……気になったので、彼女は率直に尋ねてみた。

 

 

「貴女の『音』が気に入ったの。とても素敵な音を出す貴女のプライベートを見たくなったのよ」

 

 

 すると、センリツはそんな答えを返した。「……音?」意味が分からずに首を傾げれば、「私、他人よりずっと耳が良いの」そう答え、己の耳を指差した。

 

 

「特に気に入っているのは、貴女の『心音』。まるで、壮大なオーケストラ……大自然が奏でる星の声を聞いているかのような……そんな感じなの」

「それはちょいと大げさじゃないのかい?」

「いいえ、私にはそう聞こえる。こんなに激しく、力強く、それでいて語りかけてくるかのように穏やかで、なのに見上げてもなお頂きが分からないほどの重圧……初めてよ、こんなに重厚な音を聞いたのは」

「ふ~ん……」

 

 

 

 うっとり、と。

 

 どこか夢見心地な様子で語るセンリツの姿を見やりながら……彼女なりに、自分の事に思考を巡らせる。

 

 率直な感想を言わせて貰うなら、言い得て妙、というやつだろうか。

 

 彼女の身体である『伊吹萃香(いぶきすいか)』は、そもそも人ではない。自然が……あるいは人の怖れが生み出した、妖怪と呼ばれる存在である。

 

 考え方としては、大自然が生み出した存在だと思わなくもない。そして、語りかけてくるかのような穏やか……おそらく、理性的な思考を取る『彼』の部分が影響しているのだろう。

 

 

 と、なれば、だ。

 

 

 本来であれば在るがままに吹き荒れ存在するだけの膨大な大自然の爆音を、『彼』が間に入る事で緩和され、心地良い程度に抑えられた結果、耳触りの良い音量になった……といった感じだろうか。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………よく分からんが、付いて来たいのなら好きにすればいい。

 

 

 そう結論を出した彼女は、同行の許可を出した。

 

 損得を抜きにしても、彼女はセンリツの事を嫌っているわけではない。なので、ありがとうと満面の笑みを浮かべるその姿に、逆に落ち着かないぐらいであった。

 

 

 ……そうして、再び歩き始めてから……幾しばらく。

 

 

 邪魔をしないと口にしていた通り、センリツは常に一歩引いた大人の立ち振る舞いをした。

 

 世間話程度に雑談を交えるが、彼女(二本角)が少しでも他に興味が移ればすぐさま唇を閉じ、視線を遮らないように身体を引く。

 

 逆に、興味が定まらずに視線がさ迷い始めれば、「あら、最近○○で賞を取ったスイーツの店が出ているわね」といった具合に、自然と彼女の視線を誘導する。

 

 雑談に熱が入れば、それに合わせて熱を入れ、少し冷めれば合わせて口数を抑え、時折思い出したようにジュース(アルコール入り)を奢ってくれて、その手際はもはやホストのソレ。

 

 生来の気質……というよりは、先ほどの発言通り、『音』を頼りに反応しているのだろう。

 

 離れていてもなお心音を聞き取るぐらいなのだ。

 

 僅かな所作、僅かな音の変化から、彼女の行動を先読みし、先手を打っていると見て、間違いないだろう。

 

 

(……変わった奴だな)

 

 

 他人の事を言えはしないが、あくまで胸中に留めつつ……さて、と。足を止めた彼女に釣られて足を止めたセンリツは、彼女の視線を追いかけ……まあ、と目を瞬かせた。

 

 そこは、ヨークシンでも有数の……言うなれば、寝具など布製品を主に取り扱っている大型専門店であった。

 

 もちろん、置いてあるのはベッドや布団といった寝具だけではない。

 

 日常的に使う布や木綿もそうだが、それを使った加工品も数多く置かれている。中には、希少な素材を使って製造された物もおかれている。

 

 単価にしても一枚150ジェニーで買えるお手軽品質なものから、平均月収3ヵ月分は飛ぶ高級布団。変わり種として、防音用の垂れ幕まで置かれている。

 

 

 そういった方面には疎いセンリツも、名前ぐらいは何度か見聞きした覚えがある、超有名店の一つであった。

 

 

 ……平日かつ寝具店とはいえ、ブランドが確立している店である事に加え、オークションの関係から様々なセールが打ち出されている。

 

 それ故に外から(駐車場を含めて)見る限りでも混み具合が確認出来る。中に入ればソレ以上であり、品揃えの良さに感心するよりも、レジ回りの混み具合に辟易してしまうだろう。

 

 

 

 ──さ、さすがはヨークシンにその名を知られた店だわ。

 

 

 

 実際、彼女に続いて店内に足を踏み入れたセンリツが最初に思ったのが、呆れを通り越した称賛であった。

 

 そんな、プールで芋を洗うというわけではないが、よそ見をすれば間違いなく誰かとぶつかるぐらいに混雑している中を、彼女はヨタヨタと進んでいる。

 

 その足取りは正しく千鳥足というやつだが、驚くことに、他者とぶつかる事はおろか、危うい場面が一度としてない。

 

 特徴的な二本角もそうだが、ぶらぶらと垂れ下がる鎖も、不思議と誰かにぶつかる事はない。器用な人(?)だと感心するセンリツを他所に、彼女は店内を進み……足を止めた。

 

 そこは、タオルケットなどが置かれているブースであった。

 

 シンプルなデザイン(言い方を変えれば、同じようなデザイン)が多い掛布団などの寝具とは異なり、様々な用途に対応出来るよう、その種類はパッと見ただけでも相当であった。

 

 

「……何か言いたそうだね」

 

 

 チラリと、意味ありげな視線を向けて来た彼女に対し、センリツは反射的に否定しようとして……寸での所で、止めた。

 

 

「正直、意外だなと思った。失礼だとは思うけど、貴女の性格から考えて、寝床には無頓着な人だと思っていたから……」

「まあ、否定はしないよ」

「では、いったいどうして? わざわざ別行動を取ってまで?」

「そりゃあ、プレゼントを買う為だからさ」

 

 

 ……プレゼント? ここで? 

 

 

 予想外な返答に言葉を失くすセンリツを他所に、彼女は傍を通りかかった年若い店員に二言、三言、話し掛ける。

 

 すると、店員は足早にその場を離れ……少し間を置いてから、初老の女性がやってきた。心音から、熟練のスタッフであることをセンリツは察した。

 

 

「まだるっこしいのは嫌いでね。年頃の、そう、17歳、18歳の無垢で世間知らずな箱入り娘が気に入りそうなタオルケットって有る?」

「現時点では何とも……その御人が気に入っているブランドなどは分かりますでしょうか?」

「いやあ、さっぱり分からん。やっぱり、分からんと選べそうにないか?」

「売れ行きの良い商品、ブランド商品等をおススメする事は出来ますが、好みに合致するかどうかは即答できかねます」

「ふーん、そっか。それじゃあ、人気なブランド品は有る?」

「ございます。それでは、こちらへ……」

 

 

 ぼんやりと見ている間に、さっさと商談が進んでゆく。

 

 というか、商談にしてはずいぶんと……そう思いながらも、センリツは彼女の後に続く。行き先は、予想から全く外れていない、多種多様なタオルケットが並べられたブースであった。

 

 いや、それはもはやブース(小間)というよりは、フロアー(階)と呼んでも差し支えないぐらいに、広々としていた。

 

 さすがは、ヨークシンでも名の知られた専門店。

 

 パッと見回しただけでも、数えるのが馬鹿らしく思えてしまうぐらいに、大量のタオルケットが並んでいる。

 

 値段もバラバラで、大きさもバラバラ。

 

 使っている材質もそうだが、同じメーカーでも色違いや柄違いを含めれば相当数にも……ある意味、数撃てば当たるという売り方なのだろうか。

 

 

 

 ──タオルケット一つで、これだけ色々なモノがあるのね。

 

 

 

 この場に訪れてそう思ったのは、おそらくセンリツだけではないだろう。

 

 今でこそ、ではあるが、センリツとて女だ。

 

 有名なメーカーは一通り知っているし、お洒落にも当然気を使っている。嗜みとして、相手の信用を得るためにも、改めて勉強した部分もある。

 

 それでもなお、こうして己の不勉強さを自覚させられるのは……それだけ世界が広いということか、蛇の道に身を浸してもなお己はちっぽけな存在のままなのか。

 

 

 おそらく、両方なのだろう……と、センリツは思った。

 

 

 さて、辺りを見回すセンリツを他所に、当の彼女……特徴的な二本の角をふらふらと揺らしている彼女は、「御用が有りましたら、また……」そう言って離れて行く店員を見送った後……さて、と商品棚を見回す。

 

 

 ……その視線は、揺れる身体と同じく揺れている。

 

 

 とはいえ、その揺れの原因は酒ではない。目星が付いていないが故に、視線と注意が定まっていないだけだ。

 

 その証拠に、ふらふら、ふらふら、とあっちこっちに動き回る彼女の足取りに、迷いが見られる。

 

 表情こそ酔いのせいかに焼けているが、何処となく、いや、明らかに、どれを買えば良いのか悩んでいる。

 

 けれども、センリツは話しかけようとは思わなかった。

 

 何故なら、彼女はセンリツに助言を求めていないからだ。

 

 そういった素振りすら、無い。

 

 だから、センリツは彼女に話し掛けようとはしなかった。

 

 ……そのまま、時間にして30分ほど。

 

 ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる、と。

 

 普段の彼女(二本角)を知っている者が見たら、さぞ驚いた事だろう。お前、酒以外にそんなに真剣になれるモノが有ったのか……と。

 

 

「店員さん、コレの淡いピンクってある?」

「……在庫は有りますが、その値段で、その色合いでの商品はありません。値段が倍近く上がりますが、どう致しますか?」

「ん? 値段上がるの?」

「はい、お客様が手に取っておられるその生地は特殊な材質でして、特定の色には染まり難い性質なのでして」

 

 

 そう言うと、その店員は肩に掛けた鞄よりカタログを取り出すと……とあるページを開いて、彼女に見せた。

 

 

「御覧の通り、お客様がお求めになられている色となりますと」特殊な技法と材料を使って染め上げた物になりまして」

「あ~、確かにコレだけ値段が高いね」

「使用されている生地も、他の物に比べてグレードが高くなっております。その色以外であれば、こちらのようにお手頃価格となっておりますが……どう致しましょうか?」

「高くてもいいよ。その色が、あの子の好きな色だから」

「お買い上げありがとうございます」

 

 

 彼女より差し出されたカードを両手で受け取った店員は、「ラッピングはどう致しましょうか?」次いで、そう尋ねてきた。

 

 タオルケット自体は大して重くはないが、かさばるし持ち運ぶには少しばかり大きい。

 

 チラリと、店員の視線がセンリツへと向けられる。

 

 おそらく、荷物持ちかナニカだと思われているのかなと察したセンリツは、荷物持ちぐらいはするわよと彼女に声を掛けようと──。

 

 

「このまま私が持って帰るから配達はいらん。可愛いリボンでも巻いてくれたらいいから、なるべく早くね」

 

 

 ──する前に、彼女がサラッと決めてしまった。

 

 

 そうなれば、店員は「畏まりました、それでは少々お時間をいただきます」軽く一礼すると、腰のベルトに取り付けていたトランシーバーにて連絡を取り始めた。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………商品が届くまでの、少しばかりの間。

 

 

 何処かで時間を潰すには短く、かといって、ボケッと突っ立っているには長い……そんな一時。

 

 

「そのタオルケットって、ネオン御嬢様への?」

「そうだよ」

 

 

 先ほどの店員との会話から目的を察したセンリツが率直に尋ねれば、彼女は特に隠す様子もなく頷いた。

 

 

「いったいどうして? 私が知る限り、寝具に不満はこぼしてなかった気がするけど」

 

 

 センリツが言うことは、もっともである。

 

 寝具が変わると眠れない人はいるが、少なくとも、ネオンがそういうタイプであるという話は聞いていない。

 

 むしろ、気質としては逆だとセンリツは思っている。

 

 一般的な質のベッドなら場所が変わろうが普通に熟睡出来るぐらいには図太く、屈強なボディガードに囲まれても全く怯えず、人体収集家というコアな趣味すら持っている。

 

 それが、自分たちの雇い主である少女、ネオン・ノストラード……だと、思っていたのだが。

 

 

「別に、寝具じゃなくてもいいのさ」

「え?」

「必要なのは、あの子にとっての聖域なんだよ」

 

 

 質問の答えとしては少しばかりズレた返答に、センリツは首を傾げ……そんなセンリツを他所に、彼女はカリカリと頭を掻いた。

 

 

「あんたも含めてみ~んな勘違いしているようだけどさ……ネオンって、あんたらが思う程バカでもないし図太くもないんだよ」

「それは……」

「分かっているんだよ、あの子も。自分が置かれた立場、自分がどうして守られているのか、その意味も……でもまあ、あんたらが気付けないのも仕方ないさね」

 

 

 ──だって、あの子は自覚出来ないぐらいに『嘘』を真実だと思い込んでいるからね。

 

 

 そう、ポツリと零した彼女に、センリツはハッと目を見開いて顔をあげ……次いで、あっ、と唇を震わせた。

 

 ……それは、正しく閃光のような一瞬の気付きであった。

 

 

「まさか、そんな……」

「最初に顔合わせした時の、あの部屋を覚えているかい? あれ、最初の頃はベッド以外に私物なんて一つも置かれていなかったんだよな」

「そんな……じゃあ、やっぱり……」

 

 

 思わず、零した呟きが震えてしまうのも……仕方がないことだろう。

 

 なにせ、ヒントは山のように置かれていた。

 

 全ては、彼女の言葉によって視点を変えた直後に気付けてしまうぐらいに、あからさまだった。

 

 

 ……そう、気付いてしまえば、どうして気付かなかったのかと不思議に思えるほどに……ネオン・ノストラードは。

 

 

(愛情不足の、子供……!)

 

 

 典型的な、家庭崩壊によって健全な精神の成長が遅れたまま育った、心が未成熟な子供なのだということに。

 

 そう、そうなのだ……思い返せば、初対面時のインパクトで気付けなかったが、その兆候はいたる所にあったのだ。

 

 入口から一番奥まった場所に置かれた、ベッド。自室として使っているにしては、些か生活感が乏しいように思えた。

 

 私物はあった。実際、あの時は片っ端から投げ付けられた。

 

 だが、その私物は衣服などを除けば、ベッドや部屋のいたる所に置かれた多種多様な人形ばかりだったのを、センリツは思い出して、気付いてしまった。

 

 

(人体収集家なんてのはフェイク……いえ、フェイクというよりは、周囲への威嚇みたいなものなのね)

 

 

 思わず、センリツは内心にて己を罵倒した。

 

 それは、見つけてほしいけれども、見つけてほしくないという……ネグレクトによって傷付いているナイーブな内面の現れだ。

 

 

 己を見てほしい、見つけてほしい。

 

 けれども、外が怖い、他人が怖い。

 

 だから、威嚇する。迂闊に近づくなと警告する。

 

 

 本当は、誰よりも近づいてきてほしいのに、そうしてしまう。

 

 

 

 ──ネオンは気付いているし、理解しているのだ。

 

 

 

 己が、あの家以外に安息の場所などないということに……その家ですら、己を道具としか思っていない父親の掌の上だということに、ネオンは気付いている。

 

 既にその能力は、ネオンの目も手も届かない場所にまで知れ渡り、能力が生み出す物を求めて大金が動き回っていることに、ネオンは気付いている。

 

 そして、同時にネオンは……理解しているのだ。

 

 あの家で、真の意味で己の味方となる人が居ないということに。

 

 面倒を見てくれる侍女(じじょ)も、気安く話しかけてくれる侍女も、結局のところは親が金で雇った人であり、雇われているから自分の面倒を見てくれているということに。

 

 大金を払っているからこそ、守ってくれている。

 

 大金を払っているからこそ、傍に──ああ、そうか。

 

 

「そのタオルケットが、ネオン御嬢様にとっての聖域なのね」

「そう、たかがタオルケットだけどね。これで包まっている内側は、あの子だけの場所……あの子だけのプライベートなのさ」

 

 

 彼女が言わんとしていることにようやく思い至ったセンリツは、静かに溜息をこぼした。

 

 

「嫌ね、本当に……蛇の道を進む間に、心まで蛇になってしまっていたのね」

 

 

 そう、しみじみとセンリツが呟くのと、封がされたままラッピングされたタオルケットを店員が抱えてくるのと、ほぼ同時であった。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………その後。

 

 

 昼間からやっている居酒屋を見てふらふらっと吸い寄せられようとしている彼女に対して。

 

 

 ──御嬢様、きっとお喜びになるでしょうね。

 

 

 幾度となく、そう言ってブレーキを掛け……奇跡的にも、飲み屋に寄ることなくまっすぐ戻れたのは、センリツのおかげだろう。

 

 

 

 そうして、だ。

 

 

 

 年頃の少女にタオルケットという、なんともミスマッチなプレゼントをセレクトした彼女に対して、誰しもが『なんでそのチョイス?』と首を傾げた。

 

 なにせ、ネオンが寝具に拘っているという話は一度として聞いた事がない。というか、拘りがあったら侍女などがとっくに用意している。

 

 実際、ネオンも最初は意図が分からず、貰えるものは貰うけど……といった感じで首を傾げていた。

 

 

「あ、そのタオルケットは私のポケットマネーで買ったから」

「え?」

「だから、それは間違いなくおまえさんのモノで、ネオンのモノだ。誰が何と言おうが、ね」

「……っ!!!」

 

 

 けれども、だ。

 

 

「──ありがとう、ほんちゃん」

 

 

 受け取ったプレゼントに顔を埋め、うっすらと涙を滲ませる、その姿に……誰も、何も言えなかった。

 

 

 ……そんな中で、だ。

 

 護衛たちの誰もが(侍女たちも含め)首を傾げている中で……ただ一人。

 

 

(……気付いてしまえば、本当に分かり易い)

 

 

 センリツだけは……目尻に涙を浮かべているネオンの内心に思い至り……ふと、思い出す。

 

 そう、気付いてしまえば、どうして気付かなかったと思うぐらいに……ネオンは、彼女に対して懐いている。

 

 出会い頭の、一緒に入浴を済ませたという下りから始まり、何かあるたびに『ほんちゃん、ほんちゃん』とその名を呼んでいた。

 

 顔を合わせてから大して日は経っていないが、付き合いの長い侍女たちよりも彼女を呼ぶ回数の方が圧倒的に多いのではと思うぐらいに、違っていた。

 

 ここに来る途中だって、『お酒臭いから一緒の車は嫌』と言いつつも、『……着いて来るよね?』と不安そうにしていたぐらいで……まあ、アレだ。

 

 

(収集家と言いつつも、収集した物には無頓着な時点で……はあ、初見の思い込みって厄介ね)

 

 

 こんな形で己の未熟さを思い知ることになるとは……気恥ずかしさを覚えてしまうのを、センリツは抑えられなかった。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………だからこそ、なのだろう。

 

 

 日が暮れた、その日の夜。

 

 的中率100%という極秘のタレコミ(意味深)により、『裏のオークションに出るのは命が危ない』という報告を受けたらしい、ネオンの父より。

 

 

「──え、オークション行っちゃ駄目?」

 

 

 ハッキリと、明日のオークション参加を禁止されてしまったネオンが……見る見るうちに大粒の涙を零し始めたかと思えば。

 

 

「──やだやだやだやだ!!!!」

 

「お、御嬢様! お、落ち着いてください!!」

 

「絶対行くの!!! ぜったいぜーったい!! 行くの!!!」

 

「来年! 来年もありますから!」

 

「行かなきゃもう書かない!! 占いしない! 何もしない!!」

 

「また来年、また次の機会にしましょう!!」

 

「ばかばかばか!!!! ばかー!! みんなバカァ!!!」

 

 

 幼子のように、ベッドの上でジタバタと手足を振り回して暴れ回り……あまりの騒がしさにフロントから苦情が入るほどに泣き喚いても。

 

 

(……そりゃあ、そうもなるわよね)

 

 

 護衛チームの中で、センリツだけは……苦笑いで、ネオンの癇癪が過ぎ去るのを待っていた。

 

 ちなみに、彼女はその間、泣き喚いている彼女の隣で、バカバカと酒(ウイスキー)をラッパ飲みしていた。

 

 

 

 

 

 ……そうして、泣き疲れてそのままネオンが寝落ちし、夜がさらに更けた頃。

 

 

「……明日のオークションについて、話そう」

 

 

 万が一にもネオンには気付かれないよう別室にて集まった護衛チームは……リーダーであるダルツォルネ(タンコブ有り)の発言に、互いに顔を見合わせた。

 

 どうしてかって、理由は一つ。

 

 ネオンを守るために雇われていたはずなのに、そのネオンがオークションに行かない……つまり、雇われている理由の半分が失われたからである。

 

 もちろん、雇われている以上はちゃんと職務を全うするが……理由が、わからない。

 

 そんな、部下たちの視線を察したのか、ダルツォルネは深々とため息を零した。

 

 

「本当は、オークションが中止になったと話したかったが……あいにく、ここには嘘を嫌うやつがいるのでな。こういう手を使うしかなかった」

 

 

 嘘を嫌うやつ……その言葉に、場に居る誰もがチラリと彼女に視線を向けたが……当の彼女は気にした様子もなく、ソファーに寝転がってふわあっと欠伸を零していた。

 

 その姿に、ダルツォルネは二度目のため息を零した後……気を取り直して、今後の事を話し始めた。

 

 

 

 ……その内容を簡潔にまとめると、だ。

 

 

 

 まず、オークションは予定通り行われるわけだが……そこに、護衛チームより3名が代理として出る。

 

 目的は、ネオンが競り落とそうとしていた商品を競り落とすこと。少しでも、ネオンの溜飲を下げて貰うためだ。

 

 ネオンをオークションに生かせない理由は、あくまで極秘の情報スジからだが、オークション襲撃を企む者がいるのが分かったから。

 

 護衛チームの腕を疑うわけではないが、万が一がある。父親として、危険が起こると分かっている場所に娘を連れ出すことはできない……ということ。

 

 

 で。だ。

 

 

 既にネオンの父より承諾は得ており、定めていた予算の2倍までは使っても構わない。

 

 ただし、ネオンが一番狙っている『クルタ族の緋の目』だけは、何が何でも競り落とせ、とのこと。

 

 

「ここまでで、何か質問は?」

 

 

 ダルツォルネの問い掛けに、「オークションが襲われるのは、間違いないのか?」という声があがった……が。

 

 

「それは間違いない。情報源を明かすことは出来ないが、オークションが襲撃されるのは絶対だと考えろ」

 

 

 ダルツォルネはハッキリと頷いた。それを聞いて、再び質問があがる。

 

 

「それなのに、オークションは中止されないの?」

「表のオークションならともかく、裏のオークション……『地下競売』は、マフィアン・コミュニティ全体の面子も関わってくるからな」

「あ~……そりゃあ、中止できねえか」

「そういうことだ。最悪、事は面子だけで収まらない可能性が高いからなあ……さて、話を戻すぞ」

 

 

 続けて、ダルツォルネは……当日のフォーメーションの最終確認を始める。

 

 まあ、始めるといっても、そう大したことはしない。元々、様々な状況を想定して作戦は立ててあったのだ。

 

 あくまでも人員の配置についての確認がほとんどで、各自明日の本番に備えるように……という通達みたいなものであった。

 

 

 ……そんな中で、だ。

 

 

 むくり、と。彼女はソファーより身体を起こす。

 

 話し合うダルツォルネたち(チラリと視線は向けられたが)を尻目に、のそのそと廊下へと出た彼女は……そのまま、ネオンが寝ている部屋へと向かう。

 

 

 

 ……まあ、当たり前といえば、当たり前だが、ネオンは眠ったままだった。

 

 

 

 ただ、その寝顔は……お世辞にも、良いとは言えない。

 

 目尻に浮かんだ涙もそうだが、寝ている間も涙が出ていたのだろう。枕にその跡が残っており、頬にはまだ赤みが残っている。

 

 ギュッと、ラッピングがされたままのプレゼントを、抱き締めたままの姿勢で寝ているのがなんとも痛々しく……憐れみを誘う。

 

 既に、侍女たちによって片付けられた後なのだろうが……それでも、目を凝らせば菓子の屑やらジュースが零れた跡やらが、床のいたるところに見られた。

 

 

(……たぶん、ダルちゃんの言うタレコミって、ネオンの占いだろうな)

 

 

 それらを、一つ一つ見やった彼女は……難儀な話だと頬を掻いた。

 

 

 

 ──ようやくと言えばようやくな話だが、ネオンには他人にはない特殊な能力がある。

 

 

 

 それは、占いという形式にて出力(書き出される)される、的中率100%の予言だ。

 

 この予言の内容は少々難解な詩のような形となっているが、その人物の身に降りかかる(一ヶ月以内の)大きな出来事が記される。

 

 つまり、その後の人生に影響を与えるような出来事を、詩という形で事前に知る事が出来る能力……それが、ネオン・ノストラードの能力なのだ。

 

 そして、一見するばかりだと自由気ままに生きているようにみえて、実際は何一つ選択権が与えられていないネオンの現状を作り出しているモノでもある。

 

 この占いの内容はネオンも知らないし、どんな人物を占っているかも知らない。

 

 信条として知るつもりがないことに加え、下手に知るのは危ないと思っているからだ。

 

 

 ……ちなみに、その占い……実は、彼女(二本角)だけは占う事が出来なかったりする。

 

 

 占おうとしても、他の人ならサラサラッと書き出してくれる予言の詩が書き出されず、毎回白紙のまま出力され……話が逸れたので、戻そう。

 

 とにかく、その占いにて、『地下競売』を開催するのは危険だという占いが出たのだろうと彼女は推測した。

 

 ダルツォルネに聞いても、おそらく絶対に教えてはくれないだろう。そのことに、彼女は特に怒りは覚えなかった。

 

 だって、基本的に部外者の立場であるのは変わりないし、下手に組み込むのはリスクがあると……以前、ダルツォルネより言われたからだ。

 

 

(襲撃は確かで、おそらく犠牲者が出るのが確定する結果が出た……それも、不特定多数の大勢が犠牲になる……だから、ネオンは行かせたくないってわけね)

 

 

 とまあ、そういうわけだから、ネオンが激怒するとわかってもなお禁止したのかなあ……と、彼女は思った。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………まあ、それはそれとして。

 

 

 しばしの間、その寝顔を眺めていた彼女は。

 

 

「……鬼も、泣く子には勝てんか」

 

 

 仕方がないかなと諦めたかのように溜息を吐くと……そっと、風邪を引かないよう、乱れた布団を正してから……廊下に出ると。

 

 

「十老頭……には、連絡しなくていいか。襲ってきたやつ片っ端からぶちのめせばいいわけだし」

 

 

 とりあえず、ダルツォルネにだけは話を通しておこうと……護衛チームが居る部屋へと戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※次回、幻影旅団、死す!? デュエル、スタンバイ!! 



※実は主人公、見た目は育っているけど中身は子供のネオンにけっこう情が湧いているので、それを台無しにしようとしている相手に対してちょっとオコです。また、中身子供だと分かっているので、自覚出来ていない嘘に思うところはあっても、まあしょーがないかと思っています
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