伊吹萃香もどきが行く   作:葛城

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幻影旅団ジェノサイドな話

幻影旅団ファンは注意、情け容赦なく死ぬんで


後編その1っす


第十四話: 蜘蛛の足(残り10本)

 

 

 ──ダルツォルネや、彼女自身は気付いていないが、実はネオンが書き記す『予言』に関して、たった一つの例外が存在する。

 

 

 それは、異なる世界にて生まれたゲームでは伊吹萃香と呼ばれ、この世界では二本角と呼ばれている、『彼』の魂が融合した彼女の存在だ。

 

 

 その例外とは、なにか? 

 

 

 簡潔に述べると、占えないとか、そういう話ではない。彼女の存在そのものが、予言に感知されないということ。

 

 ネオンの能力では、彼女は存在しないモノとして扱われ……彼女が如何なる行動を取ろうと考えていても、『予言』には現れないのだ。

 

 

 つまり、どういうことかといえば、だ。

 

 

 仮に、雇われた殺し屋が、『A』という人物を7日後に必ず殺すと計画し、実行すると決めていたとしよう。

 

 通常、ネオンがAを予言した場合、そのAが死ぬに至る流れや理由や経緯が詩という形で現れる。

 

 これは、殺し屋が何かしらの理由から計画を断念しても同じだ。

 

 その場合は、計画が断念されたという詩が書き記され、断念される理由等が続けられる場合が多い。

 

 あるいは、もっと重大な出来事が起こる場合は、そちらが優先的に書き記される……といった感じで、起こらなかった事でも、それが重大な事であれば予言として書き記されるのだ。

 

 

 ──では、それが彼女の場合はどうなるか? 

 

 ──答えは、一切予言に現れない、である。

 

 

 仮に、雇われた殺し屋と同じく、7日後に『A』を殺すと考え、実際に計画を立て、実行すると決めていたとしよう。

 

 その場合でも、ネオンの占い……『予言』には現れない。

 

 何度占っても結果は変わらず、彼女が来るという示唆もされない。言うなれば、彼女はネオンの予言においては透明な存在なのだ。

 

 

 だからこそ、ダルツォルネ(他、数名)は気付けなかった。

 

 

 なにせ、ある意味では中間管理職に当たるダルツォルネは、その職務上ネオンの予言を誰よりも見聞きしているからこそ、信頼していた。

 

 ネオンの『占い(予言)』は、何もしなければ必ず起こる事である、ということを。

 

 

 実際、これまでの予言は全てそうなった。

 

 

 そうなったからこそ、的中率100%という冗談のような売り文句を誰もが信頼し、マフィアン・コミュニティの重鎮すら動くのだ。

 

 加えて、ダルツォルネがその事に気付けなかった要因が三つもある。

 

 

 一つは、彼女(二本角)自身を占う事が出来ないということ。

 

 彼女の行いや、他者の占いに彼女の存在が一切関知されないだけではない。彼女自身を占う事が出来ないから、そういった部分に気付き難いのだ。

 

 

 二つ目は、ネオンは父親の命令によって私的な占いを禁止されているということ。

 

 これは、単純にネオンの占い(という、表向き)にプレミアを持たせるためであり、その価値を下げないようにする処置であると同時に、ネオンの身を守るためだ。

 

 

 また、ネオンは自身の事を占うことも禁じている。

 

 

 それが能力の制約なのかは不明だが、ネオンなりのルールに従って決めたことらしいので、その辺りに関してはダルツォルネも口を挟めないまま……というわけだ。

 

 

 そして、三つ目は、彼女がネオンの傍をほとんど離れていなかったこと。

 

 ネオンの書き記す予言は、その者の身に起こる重大な事。言い換えれば、特筆すべきナニカが起こらないなら、予言は当たり障りのない事しか記さない。

 

 せいぜい、『アンタがもうすぐ買うことになる電化製品、不良品ですぐ壊れるから買うの止めた方がいいよ』といった、その程度の予言だ。

 

 

 ……そう、的中率100%のネオンの予言は、相手によってその価値が大きく変わる。

 

 

 ネオンの予言が真価を発揮するのは、内外に敵を抱えている財界などのお偉方に対してであり、一般人に対してはあまり意味を成さないのだ。

 

 それこそ、寝たきりの老人を占った結果、『何事もなく飯食って糞出してぼーっとテレビ見て一ヶ月終わるよ(要約)』という内容になんても、なんら不思議な事ではない。

 

 

 もちろん、その人がもうすぐ交通事故に遭うとか、そういう場合はちゃんと予言に現れる。

 

 

 だが、そんなのは例外みたいな話だし、数十年の人生の中に一度起こるかどうかのピンポイントな予言は、さすがのネオンの能力でも手が届かない領域で。

 

 結局、様々な理由からダルツォルネがその事に気付けるヒントを見過ごしてしまい。

 

 また、直前にネオンに頼み込んで占ってもらった部下の予言を見て、『特に影響はないか』と判断してしまうのもまあ……仕方がないことであった。

 

 

 

 

 

 ──で、その結果、どうなったかと言うと。

 

 

「おっ?」

 

 

 地下競売の会場へと向かう人たちを他所に、だ。

 

 襲撃するやつらを黙って待つのも退屈だし、どんな物が売られるのかなとスタッフオンリーな通路を通り、会場の裏側へと入った彼女は。

 

 

「うん?」

 

 

 なにやら見覚えのある人……優男というべきか、イケメンというべきかは、些か判断に迷う人とバッタリ鉢合わせした。

 

 相手は、ギクッと動きを止めた。

 

 まるで信じ難いナニカを前にしたかのような……マフィアの人達にはちょっと見えないが、きっちり正装をして……あっ、思い出した。

 

 

「──襲いに来るの、おまえらか?」

 

 

 思い出した瞬間、彼女は目の前の優男……いや、今日の地下競売を襲撃する者たちの正体に気付いた。

 

 そして、気付いた時にはもう……彼女は、カチリと頭の中でナニカが切り替わる音を聞いた……その、瞬間。

 

 

 ──にっこり、と。

 

 

 無意識のうちに、彼女は……満面の笑みを優男に向けていた。

 

 

 ──ゾッ、と。

 

 

 背骨に氷を差し込まれたかのような感覚を覚えた優男は、瞬時に風となった。

 

 蹴った床を焦げ付かせながら、廊下の向こうへ向かい、上へ逃げようと──したのだろうが、遅かった。

 

 

 ぎゅん、と。

 

 

 優男の身体が、くの字に曲がる。ごふっ、と優男の口から苦悶の悲鳴が出たが、意味は無かった。

 

 いったい何をしているのかって、引っ張られているのだ。

 

 まるで見えない紐が腰に巻きついているかのように、ぐんっと空を飛んで──コンマ何秒という後には、優男の腰に彼女の腕が回されていた。

 

 

「と、取引──」

 

 

 きを、しよう……と、言おうとしたのかもしれない。

 

 

「──げぇっ!?!?!」

 

 

 だが、その言葉は言えなかった。

 

 何故なら、彼女の返答は……抱き締めた両腕に力を入れて、締め付けるというもの。

 

 当然ながら、鋼鉄をモナカ菓子のように引き千切る腕力の彼女が手加減抜きでそんなことをしたら、無事ではすまない。

 

 いちおう、弁明しておくが、優男は……手応えからして、まあ普通の人間の強度じゃなかった。

 

 たぶん、見えない攻撃みたいなアレの、防御バージョンなのだろう。

 

 詳しくは知らないが、そういうモノがあるのだろうと彼女は思った。

 

 

 ──でもまあ、結果は同じだ。

 

 

 ベキベキベキ、ベキベキ……ぶつん、と。

 

 優男の身体から骨が砕ける音と共に、小さなボールぐらいにまで縮められた隙間のサイズに従って、優男の腰が細くなってゆく。

 

 当たり前だが、痩せたわけではない。外部から掛けられた物理的な圧力によって、強引に変形したのだ。

 

 圧迫されてせり上がった(あるいは、下がる)内臓が破裂し、動かせられない筋肉組織が断裂し、合わせて、皮膚が裂けて内側から血が噴き出す。

 

 抵抗など、無意味。というか、抵抗する暇など優男にはなかった。

 

 骨が砕け、砕けた骨が内蔵に突き刺さり、それによって内臓の中身が噴き出し、生命維持に必要な神経線維すらも千切れて使い物にならなくなる。

 

 

 ごぽっ、と。

 

 

 口から胃液混じりの鮮血が噴き出すのと、優男の身体からガクッと力が抜けるのと、ほぼ同時であり……パッと手を離せば、上と下が反対の方向を向いた亡骸が、どすんと床に落ちた。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………ふむ。

 

 

「あいつらなら、こいつ独りで来るわけないだろうし……と、なると、競売の会場の方か?」

 

 

 ──仕事とはいえ、見殺しにするのもねえ。

 

 

 そう、誰に言うでもなくポツリと呟いた──直後。

 

 

 ぶわっ、と。

 

 

 彼女の身体が瞬時に霧散した。

 

 それは、比喩ではない。物理的に彼女の身体は霧となったのだ。

 

 鬼としての頑強さと、彼女が持つ『密と疎を操る程度の能力』の応用だ。自らを疎にすることで霧状にし、移動する事が出来る。

 

 この能力、相手への攻撃という意味では非常に非力なのだが、逃走や移動という点ではかなり便利な能力である。

 

 

 まず、霧状態の彼女にダメージを与えるのは非常に難しい。

 

 

 触れるほどに密集しているならともかく、肉眼では確認出来ないぐらいに霧散している時には、ほぼほぼ攻撃が当たらない。

 

 というか、当たっても当たっていないようなものなので、ダメージが無い。

 

 せいぜい、なんかそよ風が吹いたなというレベルであり、点ではなく面による広範囲爆撃ですら、なんかチクッとしたかなという程度の影響しか与えられない。

 

 彼女の身体……伊吹萃香が登場する『東方Project』の者たちならば、魔法やら霊力やら能力やらで対処されてしまうが……少なくとも、力押しではまず攻略は不可能である。

 

 

 そして、この霧状態の何が恐ろしいって……彼女の意思一つで幾らでも密度を変えられるということだ。

 

 

 つまり、霧状態でも部分的に密度を濃くすることで、ある程度重い物は動かせるし、鍵だって開けられるし、なんなら銃弾だって止められる。

 

 さすがに、精密な作業となると霧散した身体を集めて手を作らないとならないが……それでも、その隠密性は驚異的の一言だろう。

 

 そうして、音も無く、目視する事も出来ない霧状態になった彼女は、最短ルートを突っ切って建物の中を進み──地下競売が行われている会場へと侵入した。

 

 

 そう、誰にも気付かれることなく。

 

 

 既に会場内には、競売が始まるのを今か今かと待ちわびているマフィアン・コミュニティの人達で満員となっている。

 

 その中には、護衛として雇われている者もいて、念能力者と呼ばれる者もちらほらいた。

 

 

 だが、誰も気付けなかった。

 

 

 念能力者は、対念能力者への対応を熟知している。

 

 念能力の勝敗は、基礎的な実力の違いを除けば、如何に相手の能力を先に把握出来るかどうかが鍵となっている。

 

 なので、会場内の念能力者は、感覚を最大限に研ぎ澄ませて、如何なる侵入、如何なる襲撃にも警戒し続けていた。

 

 

 それでも、誰も気付けなかった。

 

 

 ただ、それを責めるのは酷というものだろう。

 

 なにせ、『密と疎を操る程度の能力』の応用によって霧化した彼女のソレは、念能力ではないのだ。

 

 つまり、対念能力者用の感知が通じず……霧化した彼女を発見するためには、だ。

 

 

『肉眼で確認出来るレベルまで、密集している』か。

 

『念能力における高等技術『円』による感知』をするか。

 

『あるいは、索敵に特化した念能力』でないと、居場所の特定はほぼほぼ不可能なのである。

 

 

 そして……誰も彼もが気付けないまま、ライトに照らされた檀上に、小柄な男性と、顔に傷痕が目立つ大柄な男性が姿を見せる。

 

 どちらも目つきは悪いし人相も悪いが、そんなのはマフィアでは珍しくもなんともない。

 

 誰もが疑う事も警戒する事もなく、ジロッと視線を向けるだけであった。

 

 

「──たいへん長らくお待たせ致しました」

 

 

 だからこそ……会場の誰も彼もが、気付くのに遅れた。

 

 

「──とりあえず、堅苦しい挨拶は抜きにして」

 

 

 その、言い回しに、勘の鋭い者がおやっと目を瞬かせた──時にはもう、遅く。

 

 

「──さっさと死ぬがいいね!!!」

 

 

 異常に気付いた者たちが、念能力者が、反応した時にはもう──攻撃が始まっていた。

 

 じゃらり、と。

 

 大柄な男の両手の指が、ポロリと外れる。

 

 それはまるで、鎖に繋がれた蓋が外れるかのように、あるいは、銃口を向けるかのように、無くなっている指先を、集まっている客たちに向け──音も無く、発砲された。

 

 それは……名前を付けるなら、『念弾』である。

 

 念という力を込めて固めた、弾丸。その威力は一発一発が機関銃をはるかに凌駕する威力であり、マフィアたちを瞬く間に肉片へと変えてゆく。

 

 

 ……仮に、何も知らない第三者の一般人がこの光景を見た時。

 

 

 言葉では表現できない凄惨な光景であると同時に、いったい何が起こっているのか理解出来ず……混乱しただろう。

 

 と、いうのも、だ。

 

 基本的に、念能力は同じ念能力者でないと、その姿を確認する事が出来ない。一般人にも見えるような念もあるのだが、基本的には見る事が出来ない。

 

 ゆえに、第三者の一般人目線から見れば、だ。

 

 指先を失っている男の両手、それを向けた先の者たちが次々とひとりでに肉片に変わっている……そんな光景なのだ。

 

 銃の発砲音は無いし、爆発音もしない。

 

 何も持っていない手を向けるたびに、肉片と死が生まれる。そんな状況を正確に理解し受け入れろ……というのが、無理な話なのである。

 

 

 

 ──さて、そんな地獄の光景の中で、冷静に動けていた者は数少ない。

 

 

 

 雇われていた主が死んだのを見て、逃走を図ろうとした者と……己の念能力で耐えようとした、能力者の二つだ。

 

 前者は、立ち位置的に出入り口に近かった者は脱出出来た。運悪く遠かった者は、射線に入ってしまってそのまま……風穴だらけとなった。

 

 そして、後者……ノストラード・ファミリーに雇われている、『シャッチモーノ・トチーノ』は……自らの念能力を発動させた。

 

 

「俺の背後に伏せろ! 盾になれ! 『縁の下の11人(イレブンブラックチルドレン)』!!!」

 

 

 それは、念によって生み出される、11人の黒子。

 

 攻撃しろ、追いかけろ、盾になれといった簡単な命令しか受け付けないし、力も一般人より少し上ぐらいだが、その防御力は相当なものだ。

 

 少なくとも、拳銃やマシンガンぐらいであれば十二分に耐えられるし、自動車が突撃してきても受け止められるだけのパワーを有していた。

 

 

 ──が、しかし。

 

 

 この場合、相手が悪過ぎた。

 

 

 なにせ、相手は『幻影旅団』。

 

 

 裏世界においてもその悪名は轟いており、その名を聞いただけで怖気づく者が多いほどで。

 

 実際、その実力はプロハンターですら瞬殺してしまうほどに強いく、世界一の殺し屋一家『ゾルディック』ですら、『やつらには手を出すな』と評価するほどだ。

 

 トチーノは、一般的な基準で考えれば、プロハンターとして申し分ない実力者ではあった。

 

 だが、それでも『幻影旅団』と比べれば、蟻も同然。そんな集団の一人が放った攻撃を受け止めるには……あまりに、実力が足りていなかった。

 

 

 加えて、相性も悪過ぎた。

 

 

 と、いうのも、『縁の下の11人』はその特性上、ゴム風船に念を込めて発動するのだが……一定以上の攻撃を受けると、空気が抜けるように縮んでしまう。

 

 これで相手がただの機関銃を使用していたならば、退避するまでの十分な時間を確保出来たのだが……ソレとは比べ物にならない破壊力の念弾の前では、文字通り、風船の壁にしか成りえなかった。

 

 

「がっ──!?」

 

 

 トチーノへ向かった弾は、たった3発。直接向けられたわけではない、たまたま着弾コースにいただけのこと。

 

 けれども、そのたった3発で、トチーノは盾にした『縁の下の11人』が消滅し、残った1発が右腕を使えなくした。

 

 だが……残念な事に、念弾はそれだけではない。

 

 マシンガンのように連射している大男に、疲れは全く見られない。いや、それどころか、楽しくて仕方がないと言わんばかりに笑っている。

 

 

「──に、逃げろ、二人とも」

 

 

 それを見て、トチーノは己の死を受け入れた。

 

 再び『縁の下の11人』を発動したところで、時間稼ぎにもならない。

 

 それどころか、小賢しく念でガードしようとしていると目を付けられ、集中的に攻撃される可能性が極めて高い。

 

 そうなれば、トチーノだけでなく、背後にいる仲間のイワレンコフやヴェーゼも瞬時にミンチにされるだろう。

 

 だからこそ……トチーノは最後の意地で、自らを盾にして二人を逃がそうとした。

 

 

 それは、意地であった。

 

 もはや己が死ぬのは受け入れた。

 

 

 しかし、何も成せないまま死ぬよりは、次へと、仲間を生かす為に散る方が良いと思ったからだった。

 

 そして、そんなトチーノの想いに反応したかのように、皮肉にも大男の手が向けられ──そのまま、トチーノは全身を穴だらけにされて死ぬ──ところ、だったのだが。

 

 

 ──不思議な事に、念弾がトチーノの身体に着弾することはなかった。

 

 

 まるで、見えない壁に当たったかのように、トチーノへと着弾するはずだった念弾の全てが途中でナニカにぶつかり、止まったのだ。

 

 当たり前だが、トチーノは、何もしていない。

 

 また、外へ逃げようとしている2人も同様で……当たり前だが、攻撃した御男が手を抜いたわけでもない。

 

 では、いったいなにが……答えは、すぐにトチーノへ出された。

 

 

『ほら、早く逃げな。この状態だと、あんたらぐらいしか庇えないんだよ』

「に、二本角か!?」

 

 

 姿は見えないし念による感知にも引っ掛からないが、まるで頭の中へ直接語りかけられているかのような、その声は、確かに彼女の声であった。

 

 

『盾にはなってやれるけど、私にはアイツらの攻撃が見えないからね、ほら急げ急げ』

「──恩に着る!」

 

 

 彼女がどうやっているのか、そんな事を考える暇などない。

 

 とにかく、己が助かるために、すぐさま踵をひるがえして、先に行った二人の後を追いかけた。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………一方、その頃。

 

 

 仲間の命を代償に、扉を蹴破る勢いで廊下へと飛び出したヴェーゼとイワレンコフは……油断していた。

 

 いや、それは油断というよりは、冷静さを欠いていたという方が正しい。

 

 冷静に考えれば、襲撃者の仲間が控えていない方が不自然なのだ。

 

 いくら大男の念弾が強力とはいえ、一度に全員を殺せるわけではない。一発で致命傷を与えられるとはいえ、念弾を当てなければ殺せないのだ。

 

 当たり前だが、様々な幸運が重なって、命からがら会場から逃げ出せる者が現れてもなんら不思議ではない。

 

 そして、それを襲撃側が予測していたとしても、なんら不思議ではなく。

 

 廊下にて待機していた旅団の仲間……眼鏡の女が、たまたま近い方に居たイワレンコフの頭を砕こうと、念によって具現化された掃除機を振り上げ──。

 

 

『おー、おまえもか』

 

 

 ──た、のだが。

 

 その掃除機が振り下ろされるよりも早く、なにも存在していない虚空から前触れもなく出現した両腕が、眼鏡の女の頭をガシッと掴むと。

 

 

『じゃあね』

 

 

 異変に気付いた女が、反射的に逃げようとする──よりも早く、その両腕に込められた力によって──ばきん、と首から上が、落としたスイカのように割れた。

 

 事情を知らない第三者からすれば、いきなり人の頭が割れて爆発したかのような、一瞬の出来事であった。

 

 それは、助けられた二人も例外ではない。いきなりなスプラッタ光景に、イワレンコフもヴェーゼも、状況を理解出来ず呆然としていた。

 

 

『ぼやぼやしちゃ駄目だって。トチーノも来るから、3人で固まりなよ。あんたら3人ぐらいなら襲われても守れるから』

 

 

 けれども、さすがは危険を承知で雇われたプロだ。

 

 動揺はしたが、我に返るのも早い。自分が成すべき行動を瞬時に思い出した2人は、遅れて出てきたトチーノと共に、全力での逃走を行ったのであった。

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………夜のヨークシンの上空を飛んでいる、気球。

 

 

 その気球に乗っているのは、堅気の人間ではない。

 

 乗っているのは、つい少し前にマフィアン・コミュニティを襲った実行犯、『幻影旅団』に所属する5人だ。

 

 

 1人は、顔の傷痕と体格の良さが目立つ大男、フランクリン・ボルドー。

 

 地下競売の会場にいたマフィアたちのほとんどを殺し尽くした、念弾を連射していた男である。

 

 

 1人は、藍色の髪をポニーテールにした女、マチ・コマチネ。

 

 念糸(ねんし)という、オーラを糸状に変化させて操る技能に長けている。

 

 

 1人は、黒いコートに身を包んだ小柄な男、フェイタン・ポートォ。

 

 特徴的な口調で喋り、旅団内でも1,2を争うぐらいに残虐かつ陰湿な性格をしている。

 

 

 1人は、ちょんまげに着流しという特徴的な恰好をしている男、ノブナガ・ハザマ。

 

 旅団内でも我が強い傾向にあり、刀使いで居合の達人であり、旅団の特攻役を務めている。

 

 

 そして、最後の1人は……筋骨隆々の巨体に毛深く野生的な外見の超大男、ウボォーギン。

 

 肉体の強さは旅団内最高であり、念において強化系と言われる系統を極めたと豪語している戦闘狂である。

 

 

 ……さて、だ。

 

 

 顔写真だけでも、1人あたり何千何億という価値があるとされる『幻影旅団』が5人も乗っている、その場の空気は。

 

 

「──シズクを殺したやつは誰だと思う?」

 

 

 一切の誇張抜きで、最悪と言っても過言ではないぐらいに重苦しいものであった。

 

 シズクとは、旅団の一員である、シズク・ムラサキのこと。眼鏡を掛けた黒髪の女性であり、掃除機の形をした念を具現化する。

 

 実力は、旅団内ではそう高くはない。むしろ、純粋な戦闘能力は下から数えた方が早く、能力も戦闘向きとは言い難い。

 

 とはいえ、それでも幻影旅団の一人。

 

 並みの使い手程度なら、ほぼ一撃で仕留められるだけの実力は有している。

 

 言ってはなんだが……少し前に皆殺しにした会場のマフィア共が一斉に銃撃してきても、無傷で突破出来るだけの力を持っていた。

 

 そんな、旅団の一員が、だ。

 

 首から上が破裂(あるいは、潰され?)した遺体で発見されたのは、会場内のマフィアを殺し終え、後片付けを頼もうとしていた……その時であった。

 

 

 ──何者の手にやられた? 

 

 

 仲間の死体を目にした時、旅団の誰もが思ったのは、ソレであった。

 

 もちろん、仲間を殺された事に怒りや悲しみも少なからず覚える。しかし、その感情を差し引いてもなお、胸中を過るのは疑問だ。

 

 作戦中、運良く会場から出られた者を仕留めるために、シズクは廊下にて待機していた。

 

 その間、シズクは独り。つまり、誰もシズクが襲われている瞬間を目撃していないのである。

 

 言い換えれば、会場のマフィア共を皆殺しにしたグループと、競売品という名の『お宝』を奪いに行ったグループが、合流するまでの僅かな時間。

 

 

 その、僅かな時間の中で、シズクは殺されたわけである。

 

 それも、旅団の誰にも気付かれないままに。

 

 

 いくら各自が宛がわれた役目に集中していたとはいえ、果たしてそんな事が可能なのだろうか……そんな疑問が、誰しもの脳裏を過ったわけである。

 

 

「……この中に、シャルから連絡を受け取っているやつ、いる?」

 

 

 加えて……ポツリとその問い掛けをしたのは、念糸使いのマチ……普段よりも1オクターブ低いその声に、誰もが小さく首を横に振った。

 

 そう、シズクに加えて、もう1人。

 

 

 旅団内において参謀的な存在である、『シャルナーク・リュウセイ』が、指定の時刻になっても戻って来なかったのだ。

 

 

 シャルの愛称で呼ばれているその男は、間違ってもウッカリなミスはしない。

 

 指定の時刻に姿を見せないというのは、見せない方が良いと彼自身が判断したか、あるいは、見せられない状況に陥ったか……その二つ。

 

 

 前者ならば、まだ分かる。

 

 

 シャルは、旅団でも随一の思考力や分析力、多方面の知識を持つ。現時点で合流すると不利益が生じると判断したのであれば、姿を見せないのはまあ……苛立ちはするものの、納得は出来る。

 

 

 だが、問題なのは後者の場合。

 

 

 見せられない、戻れない状況に陥ったということは、なにかしらの妨害を受けたか、アクシデントが生じたということ。

 

 これが、各自が勝手にやっている事ならば様子を伺いに行くところだが、今回は幻影旅団の団長の指示による協力プレイが前提の仕事だ。

 

 

「……競売品も、まるでこちらの動きを事前に読んでいたかのように、金庫は空っぽ……不思議な話ね」

 

 

 さらに付け加えるなら、そもそもの目的……『お宝』が、金庫に一つ無かったという不可解な事態。

 

 事前に念には念を入れて競売品を動かしたにしても、タイミングがあまりに良過ぎた。

 

 速過ぎず、遅すぎず、こちらが気付いて計画を変える頃にはもう、事が済んでいた……そう、まるで何時頃に襲撃が行われるのかを予言していたかのような、最良のタイミングであった。

 

 金庫番を拷問に掛けたが、分かった事は、『見慣れぬ男がフラッと中に入ったかと思えば手ぶらで出て来て……その後にはもう、金庫の中は空になっていた』という証言だけ。

 

 仲間の1人が死に、1人が行方不明、目的のお宝も不明なまま……想定していなかった不確定要素、想定していなかった犠牲、どちらも、あまりに多過ぎた。

 

 ゆえに、当初はウボォーギンが代表する形で、『俺たちの中に裏切り者がいる』という疑念を伝える為に団長の『クロロ・ルシルフル』へと連絡を取った。

 

 

 そうして、返ってきたのは二つ。

 

 

 一つは『裏切りを行うリスクとリターンがまるで吊り合っていない』ということ。

 

 そう、金であれ名誉であれ地位であれ、それを行えば幻影旅団全員を敵に回すということになる。

 

 如何ほどのリターンでリスクを呑み込むのか……団員の実力を知っていればいるほど、そんな馬鹿な事はしない。

 

 

 そして、もう一つは……『何らかの手段によって、襲撃を予測されていた』ということ。

 

 こちらの方がまだ、可能性が高い。

 

 どうやって予測したのかは現時点では不明だが、直前で競売品を極秘に異動させるぐらいには信頼のおける情報なのだろう……というのが、クロロの考えであった。

 

 

『ただし、チグハグな部分はある』

 

 

 続いて、クロロは更に話を続ける。

 

 

『俺たちが来ると分かっていたのであれば、あまりに警備が手薄過ぎる。それこそ、あの場に居た者たち全員を囮にしたぐらいには警備が薄い』

 

『仮にあの場に居たのが下っ端だけだとしても、数百人近い構成員を囮にしたと露見すれば、コミュニティそのものへの団結にほころびが生じる』

 

『なにせ、囮にされた者たちからすれば、到底納得出来る事ではないからな。上のさじ加減一つでゴミのように使い潰される関係なんて、遅かれ早かれ破綻する』

 

『つまり、この情報には、今日のどのタイミングで襲撃されることまでは予測出来ていても、誰が襲撃を掛けてくるかまではできなかった』

 

『とても、チグハグな情報だと思わないか?』

 

『だからこそ、俺たちの中に裏切り者はいないと思う。仮に裏切り者がいるとしても……そんなモノで満足するようなやつが、俺たちの中にいると思うか?』

 

 

 ……そう言われてしまえば、ウボォーギンを始めとして、団長の言葉に耳を澄ませていた誰もが否定しなかった。

 

 

『──ただし、不測の事態なのは事実だ』

 

『どんな手段を用いたのかは不明だが、おまえ達に気付かれる事無く一瞬でシズクを仕留め、おそらくはシャルすらも……と、なれば、不用意な深入りはリスクが高い』

 

『俺たちの狙いは、お宝だ。仲間を殺したやつを狙うのは、その後だ』

 

『現状は、向こうが優勢。それをひっくり返すためにも、相手の情報を調べる必要があるだろう』

 

 

 電話越しに、全員の頭が冷えたのを感じとったクロロは、『手筈通り一旦引け』という……撤退の指示を出した。

 

 各自、思うところはある。

 

 だが、旅団の対応が後手に回っているのは事実……ひとまず、団長の作戦通りにヨークシンから逃走している……というのが、現状であった。

 

 

「…………」

 

 

 とはいえ、だ。

 

 頭では納得は出来ても、感情が納得出来ない事があるのは、極悪非道の幻影旅団とて同じ事。

 

 楽しい楽しい、一方的な狩りが行われるはずだったのに、蓋を開ければ手痛いしっぺ返しを食らったかのような、この状況に……誰もが、苛立ちと怒りを感じていた。

 

 

「……っ、ああ、くそ、イライラするぜ」

 

 

 だからこそ……旅団一の戦闘狂であるウボォーギンが、クイッと親指で指し示した眼下の……自分たちが乗った気球を追いかけてくる、多数のマフィアの車を見て。

 

 

「むしゃくしゃして堪らねえ……あいつら、ぶっ殺していいだろ?」

「……遅くなると怒られるから、あんまり時間を掛けるなよ」

 

 

 只でさえ凶悪な人相を、更に凶悪に歪ませながら出されたうっ憤晴らしを……誰もが、駄目だとは言わなかった。

 

 そう、誰しもがあえて口に出すようなことはしなかったが……非常に苛立っていた。

 

 だから、自分が直接手を下すつもりはなかったが、ウボォーギンを前にして悲鳴をあげて逃げ回るだろう、その姿を想像して……ちょっとばかり、気分が晴れたのであった。

 

 

 ……。

 

 

 ……

 

 

 …………まあ、なんだ。

 

 

 念能力者としては(残念ながら)超一流であり、身体能力も超一流の彼ら彼女らであっても、相手が悪かったというしかあるまい。

 

 なにせ、相手は『念』を使っていないのだ。

 

 つまり、対人間を想定した常識が一切通用しない。

 

 『念』によって感知能力を上げたとしても、そもそも『念』を使っていないから、相手の『念』を感知出来ない。

 

 『念』を使った、特別な索敵能力を別個に持っているならまだしも、普通の感知では無意味だ。

 

 そもそも、念を使わずに身体を霧状……しかも、肉眼では確認出来ないぐらいに広がった状態の相手を見付けろというのが無理な話だろう。

 

 

 ……ゆえに、旅団の誰もが気付けなかった。

 

 

 いや、もしかしたら、無意識の奥底にて警報が鳴らされていたのかもしれないが、それに気付くには……純粋に、彼ら彼女らが積み重ねてきた経験が少な過ぎたのだろう。

 

 始めから傍に来ていると予測していたうえで最大限に注意を払っていたならばまだしも、夜の闇に紛れてしまえばもう、見つけるのは不可能であった。

 

 しかも、場所は気球(つまり、上空)なうえに、眼下の道路は罵声やらクラクションやらがガンガン鳴り響いていて、御世辞にも静かとは言い難い。

 

 

 そのうえ、この場の団員たちは1人の例外もなく、平時のような冷静さを保ててはいなかった。

 

 

 いくらその名を知られた幻影旅団とはいえ、こうまで相手に有利な状況、アドバンテージを取られた状態で、限りなく薄い霧状になっている相手の存在に気付け……というのが無茶な話で。

 

 ヨークシンからちょっと離れたところに暴れやすい場所があるし、そこでうっ憤晴らしをしよう……そう思っている旅団一の戦闘狂と同じく。

 

 

 その、霧状になった存在……いや、彼女もまた、街から離れた方がやりやすいなと、似たような事を考えていることに。

 

 

 まだ、団員の誰もが気付いて……それどころか、想像すらも出来なかったのは……仕方ないを通り越して、当然の事でしかなかった。

 

 

 

 

 




よりにもよって、団長を除いた旅団随一の頭脳と、非常に応用が利くけど替えが利かないメガネさんが即死

……ビール、がぶ飲みに気づけるかな?
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