伊吹萃香もどきが行く   作:葛城

4 / 15
やーっと原作キャラが登場するゾ。やっぱりオリジナル展開よりも原作キャラを多めに出した方が書いている方も嬉しくなるゾ

ところで……もう一か月以上待っているんですけど、ま~だ(こんな感じの作品を投稿してくれるまで)時間掛かりそうですかね?
もう風呂入ってサッパリしたしキンキンにバッチェ冷えたビールも飲んだし、後は……そういえばさ皆さ、(書きたいって本音が)チラチラ見えてたゾ

何時までも投稿されるのを待っているからな、(大会も近いし)、しょうがないけど、頼むよ~


第四話:二本角(にほんづの)と呼ばれた鬼娘

 

 

 

 

 ネテロとの戦いから離れ、幾日。森を抜け、平原を抜け、人々の暮らしの中に紛れることは簡単であったが、その前途は多難の一言であった。

 

 ――と、いうのも、だ。

 

 彼女が、最初に足を踏み入れた都市の名は、『メイドリック』と呼ばれていて、『彼』の記憶にある街並みよりもずっと都会ではあった。だが、『東京のようだ』と零したぐらいにネオンが眩しいその喧騒の中で、彼女がまず取った行動は……途方に暮れる、であった。

 

 何故かと言えば、答えは一つ。彼女には、この世界で生きてゆくために必要となる様々な知識が、圧倒的なまでに不足していたからで。その中でも、まず直面して困ったのは金銭云々住居云々ではなく……文字が読めないこと、であった。

 

 いや、読めないどころではない。それが文字であるということすら分からないぐらいに、彼女にはこの世界における知識が不足していた。

 

 幸いにも文明のレベルというやつが『彼』の記憶の中のそれと似通っていたので、雰囲気からある程度の推測は出来たが、それだけ。右を見ても、左を見ても、『日本語』というやつが全く見受けられなかったのだ。

 

 はっきり言って、誤算であった。

 

 何せ、会話は全て『日本語』で通じていたのだ。ネテロもそうだが、これまで出会ってきた誰もが、己と同じ言葉を発し、会話が出来た。だから文字も『日本語』か、あるいは『英語』のどちらかだろうと無意識に考えていた。

 

 しかし、蓋を開けてみれば日本語はおろか、英語どころの話でもない。

 

 まるで、図形の羅列だ。ネオンに照らされた図形も、どでかい看板に描かれた図形も、テレビに映し出された図形のテロップも……彼女にとって、それらは只の図形でしかなく、一昼夜が過ぎるまで、それを文字だとは認識出来なかった。

 

 他にも、彼女には戸籍のような身分を証明する物もない。まあ、当然といえば当然のことだが、そのせいで彼女は公的機関に捕まると非常に面倒な事になってしまう。加えて彼女の姿は、年若い以前の……10歳前後にしか見えない、角を生やした女の子なのも結果的にはマイナスであった。

 

 そりゃあ、身元不明の人間自体はそう珍しいものではない。『彼』がいた世界にも存在していたし、他所の国から怪しいパスポートを使って密入して出稼ぎに来るなんてのは、探せばけっこう見つかる程度の話であった。

 

 だが、10歳前後の女の子が一人で出稼ぎに来るなんて話は聞いたこともない。あったとしても、『彼』が暮らしていた世界でも100,200年も前の話だ。この世界での就労事情がどうなっているかは彼女には分からなかったが、行き交う人々の姿を見る限り……そこまで違いがないというのは察せられた。

 

 それ故に、喧騒の中に紛れた彼女の日々は当初……浮浪者のそれとそこまで変わりなかった。

 

 術で衣服を作り出して新調したり、数十キロ離れた川に行って身体を洗ったりして浮浪者よりもはるかに身綺麗にはしていたし、悪いとは思ったが欲求に逆らい切れず販売店からちょいちょいとしたが……それでもまあ、その生活は青息吐息であった。

 

 いくら彼女が、酒とツマミさえあれば満足出来る性質とはいえ、だ。さすがに宿無し生活を半年も続ければ、温かい布団やら熱い風呂が恋しくなる。というか、自分の寝床ともいうべき住居が欲しくなってくる。

 

 あの大陸から船に乗り込んだときは欲求が爆発して飲み食いしまくったのが、懐かしい……というか、何時までも盗賊紛いの生活を送ることに少し嫌気を覚え始めていた、というのが彼女の正直な気持ちであった。

 

 けれども、そう思ったところで彼女は文字が読めないし身分を保証するものもない。おまけに、その見た目は年若い少女。角を生やし、両手と腰に鎖が巻き付いているとあれば……自分でいうのも何だが、これは何処も雇ってくれないだろうなあ、と彼女がすぐに結論を出したのは仕方ないことで。

 

 それ故に、当初の彼女の日々は灰色であった。しかし、都市に来て9か月が過ぎた辺りで、少しずつではあるがその暮らしは改善の方向へと進み始めた。

 

 警官の目やら何やらから身を隠したり、公園にて開かれる炊き出しを少しちょろまかしたり、落ちている小銭やら何やらを集めたりと涙ぐましい努力を重ね、時にはおっ立たせた変態を返り討ちにしたりとしている内に……徐々にではあるが、彼女の存在が夜の世界で知られるようになっていたのである。

 

 ……彼女は微塵も記憶していなかったが、ぶっ飛ばした変態の内の一人が……まあ、変態ではあるが荒事に対して腕の立つ男で、有名人物だったせいである。

 

『最近、見られている気がするなあ~ちょっと控えようかなあ~』

 

 と、いう具合で暢気に酔っ払っていた彼女を尻目に、一人、また一人と彼女へと向けられる視線が増えてゆく。気づけばそれは噂が噂を呼び、彼女自身が気付かぬ間に、彼女は注目の人となっていた。

 

 まあ、無理もないことである。『彼』の部分のおかげで、ある程度は人間らしい常識的な振る舞いが出来ているが、所詮はある程度。『伊吹萃香』の身体を持つ彼女にとっての普通の振る舞いは、人間からすれば常識外でしかなかった。

 

 ――例えば、バッテリーが上がって車が動かなくなって困っているマフィアを見かけた時。

 

 普通の人なら見て見ぬふりをして、親切な人ならブースターケーブルを使って電気を貸すなり牽引するなりする所だが、彼女の場合は……車を持ち上げて運んだ、である。

 

 重さ1トン近い車を、まるでお盆を掲げるぐらいの気楽な感じで、おおよそ2キロメートル先のガソリンスタンドまで運んだのである。実際にその姿を見た者は、さぞ驚きに言葉を失くしたことだろう。

 

 ――例えば、深夜の販売店に強盗が押し入った所に遭遇し、客たちに銃器を向けていた時。

 

 普通なら、怯えて犯人の指示に従うところで、勇気ある人なら決死の覚悟で隙を突いて脱出しただろう。だが、彼女の場合は……犯人を殴って気絶させた、である。

 

 もちろん、犯人は銃器を使用した。打ち出した弾丸の9割を直撃させたが、恐ろしい事に彼女には全く通じなかった。銃弾をその身に受けながらも鼻歌混じりに近寄ってくるその姿は、犯人からすれば悪魔か何かに見えた事だろう。

 

 ――例えば、マフィア同士の抗争のど真ん中に足を踏み入れてしまい、双方より銃器を向けられた時。

 

 彼女は……双方、ぶっ飛ばした。文字通り、マフィアの身体が宙を舞った。理由は、『喧嘩を売られたみたいだから、とりあえず』。当然、怒り狂った双方より徹底的な攻撃を受けたが、彼女は物ともせず、その場にいる全員を拳でダウンさせた。

 

 とまあ、そんなことばかり繰り返しているから、強面揃いの夜の住人たちが、『こいつはただ者じゃないから手は出さない方が良い』と一目置くようになるのも、仕方ないことで。

 

 彼女なりに人らしく振舞ってはいたが、10年も経てば、『あの子の前では下手な争いはするな』という暗黙の了解がマフィアの間で定着するのも、当然といえば当然の結果で。

 

 時折ぶっ飛んだ事を仕出かしはするものの、やること成すことに悪意はなく、またマフィアなどに敵意もない。後々振り返ってみれば、全体的には有益な結果に終わることも多い。

 

 そうなってくると、夜の住人たちから親しみを込めて挨拶されるようになっていくのもまた、自然の成り行きで。誰が決めたというわけでもなく、『あの子の居る場所でのいざこざは御法度』という暗黙の鉄則が制定されたのもまた……成り行きであった。

 

 ……さて、そうして日々を過ごすうちに、都市に来てから20年が過ぎた頃。

 

 この頃になると、彼女の生活は当初の素寒貧な生活とは打って変わり、裏社会のバックアップを受けることで身分を手に入れ、温かい布団で寝られるようになっていた。

 

 これは、彼女が特定の組織に身を寄せた……というのとは、少し違う。

 

 有り体にいえば、他の組織(あるいは、特定の組)に与することを警戒した『マフィア・コミュニティ』が、彼女の立場を『中立』にし、多分な干渉はお互いに行わない……という契約の報酬であった。

 

 ……そうなる切っ掛けは、そう。時を遡ること、彼女が都市に来てから10年ぐらいの時、マフィアのとある組織から勧誘を受けた、その時から彼女とマフィアの不思議な関係が始まった。

 

 当たり前といえば当たり前だが、彼女は勧誘を断った。身分と職を得られるというのは魅力ではあったが、『伊吹萃香』の部分も、『彼』の部分も、彼らの仕事に対してあまり良い感情を持っていなかったからだ。

 

 しかし、事はそう単純ではない。裏社会とはそういうもので、飛び抜けた存在は、時に無用の警戒心を他者に与える。傘下に入らないことを決めた彼女を今度は『不安要素の強い敵』として捉え、マフィア側は彼女を排除しようとしたのだ。

 

 だが、これまた当然といえば当然のことだが、マフィアたちの計画は失敗した。考えてみれば、当たり前の結果であった。

 

 その強さを危険視されたマフィアから様々な刺客を向けられるも、全員返り討ち。マシンガンは当然のこと、バズーカや戦車の砲弾ですら『くすぐったい』で済ます相手に、ただの人間ではあまりに分が悪い。

 

 軍から横流しされた新型兵器の直撃も駄目。酒に目がないと分かってからは毒物やら何やらを試しても、全く効果なし。最終的には『伝説の暗殺一家』の手を借りたが、それでもどうにも出来なかった。

 

 ならば懐柔しようとしても、地位や名誉にはあまり興味がない。金品は当然のこと、物欲や色欲に関しても同様。例外は『酒』だが、その酒だってどこからか盗んだり、ちゃんと金払って飲んだりと、こちらからいくら提示しても手を伸ばしてこない。

 

 ぶっちゃけてしまえば、どの組織(組)も喉から手が出る程に彼女が欲しいのが本音だ。なのに、強いて彼女が見返りとして要求するのは、(裏稼業はしないので)せいぜいが職を得る為の身分だけ。

 

 そんなのは、どの組織でも用意するのは簡単である。言い換えれば、どの組織でも彼女を引き込めるチャンスがあるということ。これは長い目で見れば不味い状況だと早期に気付けたマフィア上層部は、相応に聡明であった。

 

 とはいえ、気付けたところで解決出来なければそれまで……マフィア側も困った。

 

 マフィア側とて、面子というやつがある。いくら彼女自身にその気がないとはいえ、(傍目から見れば)たかが小娘にビクビクしているのもそうだし、何時までも無用の緊張感を維持していると、どこかで暴発しかねないことを危惧した。

 

 それならば、どうする?

 

 元々、彼女を排除しようとしたのも、彼女が他の組織に流れる危険性と脅威を考えてのこと。彼女自身にその気がないとはいえ、その存在自体が不和を招きかねない。

 

 だが、放置も出来ない。マフィアをマフィア足らしめるのは、数と暴力と権力の三つをより多く有し、かつ、自らの欲望のままに自制なく振る舞うから。そのどれもが欠けてしまえば、もはやマフィアはマフィアという立場にいられなくなってしまう。

 

 軍人であれば、放っておけばよい。彼らはあくまで自らの意思を持たない銃口であり、その銃口は地面に向けたままでも許される。しかし、マフィアはその銃口を常にちらつかせ、周囲にその脅威を知らしめておかなければならない。

 

 彼女の存在は、マフィアが持つその脅威を根本から覆しかねない。有り体にいえば、ナメられたら終わりなのだ。それ故に、マフィアたちは彼女をどうすればよいのかと頭を悩ませた。

 

 ――考えに考え抜いて結論を出したマフィアたちは、まず彼女と対話することを選んだ。とにかく、彼女からの不信を買わず、彼女が敵に回らないようにするのが最優先だと、マフィアたちは考えた。

 

 下心は見せてもよい。だが、欺瞞だけは欠片すら見せてはならないし、持ってもならない。注意深く観察を続けたことで彼女の性格を把握したマフィアたちは、一切の嘘偽りなく素直に取引を持ちかけた。

 

 ……これが、上手くいった。幸いなことに、何時までも根無し草はなあと思っていた彼女も首を縦に振ってくれた。

 

 よし、それではと、マフィア側は早速彼女の身分を作った。

 

 だが、作った後でマフィア側は気付く。そうなったらそうなったで新たに浮上した問題……それは、どうやって他の組織に彼女と自分たちとの関係性をアピールするか、だ。

 

 下手に何処かの組に属させるにしても彼女が首を縦に振らないだろうし、そもそもそれでは本末転倒だ。かといって、いきなりコミュニティの上層部におけば、コミュニティ内での不和が生じる。

 

 ダミー会社を作ってそこの重役に……それも駄目。そういうふうに縛り付けられるのが、ある意味では一番嫌がられるという程度には、マフィア側も彼女の事を理解していた。

 

 しかし、マフィアの仕事は大半が裏稼業であり、彼女はそれをしたがらない。というか、見た目が見た目だ。最悪、マフィア側としては大人しくしてさえくれれば良かったが、彼女がそれでは駄目だと納得してくれなかった。

 

 ――ならば、どうするか。

 

 マフィアの上層部たちは彼女を何度も食事に誘い、一様に頭を悩ませた。傍目から見れば十数名の強面と角を生やした可愛らしい少女が一堂に会するというシュールな光景だが、強面たちは真剣であった。

 

 何回も、何回も、あれでもない、これでもないと、進まぬ会談を続けた……その結果。

 

「……いっそのこと、個人事業主という体で『運び屋』をやってもらうというのはどうだろうか? 書類や会計等の雑事はこっちでやっておくから、特定の物を採って来たり、それを運んでくれたりするだけでいい」

 

「――それでいい。いや、それがいいや。でも、麻薬とかそういうやつは嫌だよ」

 

 第41回目にも及ぶ、食事会の最中。それなりに酒を召して酔っ払っている上層部たちと、『伊吹萃香』でもある彼女の長く続いた会談は、意外なほどあっさりと終わりを告げたのであった。

 

 彼女がこの都市……『メイドリック』に来て、早30年。そうして彼女は『運び屋』という職業を得て、『マフィア・コミュニティ』と契約している個人事業主としての生活が始まった。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………さらに月日は流れ、15年。『メイドリック』に来てから、かれこれ45年。

 

 

 当初はどうなるかと思われていた『運び屋』も、鬼の身体能力にモノを言わせて数をこなし続け……気づけば彼女は、『トラック少女の二本角』という通称でコミュニティから親しまれるようになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……商業ビルやらマンションやらが立ち並ぶ『メイドリック』のメインストリートより離れた、古ぼけたマンションの一室。薄汚れたドアに貼り付けられたプレートは、『No.908』……そこが、彼女の住居であった。

 

 家賃はひと月4万5000ジェニーで、間取りは2LDK。この値段はかなりお買い得であるのだが、マンション住人の構成比が、薬中にアル中に多種多様な売人を合わせれば7割というまるで意味の解らないものに……まあ、住めば都な感じではあった。

 

 そんなマンションに住まう者たちの朝は、薬でラリッた阿呆の悲鳴から始まる。初見の人は驚くだろうが、三ヶ月も住めば慣れる。かれこれ20年近く住み続けている彼女も同様であり、その日も、前日と同じように響いた悲鳴を目覚まし代わりに起床した。

 

 彼女の寝室は、おおよそ汚いと評される程度に散らかっている。中央には彼女が寝ている煎餅布団があって、部屋の隅にはパンパンに膨らんだビニール袋が三つ。室内の至る所には、放り出された絵本やら何やらが無造作に転がっていた。

 

 望めばもっと広くて綺麗な豪邸に住めるが、彼女はここでいいとマフィアたちの提案を固辞した。基本、酒飲んでテレビ見て寝るだけなので、広い部屋は邪魔だし無駄だと考えているからだ。

 

 煙草は吸わないので、寝室の壁などにヤニの汚れはない。しかし、室内にはむせ返る程の酒気に満ちている。欠伸と共に布団から身体を起こした彼女は、すっぽんぽんのまま大きく伸びをすると……枕元に置かれた酒瓶を手に取り、胃の奥へとアルコールを流し込む。

 

 アルコール純度40%のバーボンであったが、彼女の前では大したことではない。ものの十数秒程で瓶一つを空にした彼女は濃厚なゲップを吐くと、ふらつく足取りでシャワーへと向かう。

 

 寝汗を流す程度なので、出るのは早い。バスタオルで水滴を拭いつつ、迎え酒のビールをプシュッと空ける。その辺り、こいつもアル中の一人だと思った方……気づくのが遅い、彼女も大概なアル中だ。

 

 そんなわけで350ml缶を素早く3本空にした後、4本目のプルタブを空けつつ玄関ポストへ。入っていたチラシやら何やらを選別しながら布団に戻った彼女は、紛れていた封筒を開けて中を見やり……ふむ、と頷いた。

 

 封筒の正体は、コミュニティを通して簡潔にまとめられた彼女への仕事依頼である。

 

 中には『採取してほしい物の写真と、運んで欲しい物の写真』。そして、報酬やブツの詳細が記されたリスト。仕事を受ける場合は、この写真の裏に書かれている連絡先に電話すれば、荷物の受け取り場所を教えてくれる……というものである。

 

 仕事を受ける場合は、なので、受けたくない場合は放って置いてもよい。一般的に考えれば、何ともいいかげんというか曖昧なやり方だと思われそうだが、これでもマフィア側にとっても、彼女にとっても、十二分に利益になるやり方であった。

 

 理由は、それぞれの報酬金額。実はこのリストに記されているのは、大金を積んでも嫌がられるような物がほとんどであり、かつ、他の者に任せると、紙面に記された報酬では絶対に受けてくれないという、焦げ付いた依頼ばかりなのである。

 

 ――例えば、リストの一行目。人里離れた山奥の、天然の毒ガスに満ちた場所にのみ咲く向日葵の採集。通称『アンチ・ポイズンライオン』

 

 美容に関して驚異的な効能を持つが、向日葵の周辺には毒に適応した猛獣やら蛇やらが群生している。一本の向日葵を獲る為に毎年数千人以上の死者を出し、原価が平均2億ジェニー(この世界の通貨単位。だいたい、円と同じ価値で物価も同様)となる超高級品である。

 

 当然、受ける側は対毒対猛獣用の装備や、場合によっては護衛やらを用意する為にプラスαの費用がその都度掛かる。一般的な相場が2億ジェニーとなっているが、実際にはそれ以上の経費が掛かるのがザラである。

 

 なのに、彼女にはそれがない。それどころか、トラックと身一つで突入して物を持ち帰ったりするので経費は微々たるもので、利益率が物凄く高い。加えて、仕事の成功率は実に99%。受ければほぼ確実に利益を出すので、マフィア側にとっても、受けられる時に受けてくれればよい……で十分なのであった。

 

 ……そして、それは彼女にとっても都合が良かった。何せ、彼女は(『伊吹萃香』の性質からか)組織の一員として縛られるのを嫌がる。富や名声だって、さほど興味はない。

 

 特定の組を贔屓さえしなければ、それでいい。受けても良いし、受けなくても良い。反対に、受けてくれなくてもいいし、受けてくれてもいい。相手はそれ以上を望まないし、こちらも応えるつもりもない。

 

 傍目からみればマフィア子飼いの運び屋と思われるかもしれないが、実際に違っているならば、それでいい。相場より賃金が安かろうが、彼女にとっては、今の付かず離れずの距離感が心地良かった。

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………この日、彼女は52日ぶりに『運び屋』の仕事を引き受けることにした。特に何か意図があったわけでもない。52日前と同じように、ただの気紛れであった。

 

 受ける仕事は、『猛獣やら魔獣やらが跋扈する危険地区への調査に赴いた、調査団への物資の供給』であった。

 

 ……マフィアからの仕事の依頼なのに、意外と堅気臭い仕事ではないかと、思う人もいるだろう。しかし、それは誤解というやつである。マフィアとて、何も全てが非合法で資金を得ているわけではない。

 

 むしろ、資金源の大半は真っ当な商売によって得ているのがほとんどであり、非合法な利益は全体のわずか数パーセント程度。ただ、一般的な業者では引き受けない危険な仕事を優先して受けているというだけの話であった。

 

 まあ、その危険な仕事を実際に行うのが、マフィアの手によって受けざるを得ない立場に置かれた者(薬中毒者、借金漬けなど)なのだが……まあ、それはそれとして、だ。

 

 マンションを出て、しばらく。案内された場所には一台の軽トラック(コンテナ付き)が停まっていて、その傍にはスーツを着た初老の男が立っていた。男は煙草を吹かしていたが、彼女に気付いてすぐに火を消すと、居住まいを正した。

 

「二か月ぶりだな、二本角」

 

 二本角とは、何時の頃からか呼ばれていた彼女の渾名であり、今では彼女自身が自称している渾名だ。『伊吹萃香』の名は、そう安くない……という思いからであった。

 

「だいたいそれぐらいになんのかねえ……んで? これに乗ってそのまま目的地に行けばいいの?」

 

「そうだ。二十日以内に到着してくれれば、それでいい。荷物さえ運んでくれれば、トラックは壊れてもいいし乗り捨てても構わない」

 

「ふ~ん……いちおう聞いておくけど、運ぶ荷物は『食料品を始めとした日用品』と、『特定の魔獣が好む餌』で間違いないね? 他に、何もないね?」

 

「何も無いし、間違いない。食料の他には酒や煙草といった嗜好品。餌の方は、特殊な装置を使って発酵させなければならないから、現地では作れないので、だ、そうだ」

 

 そう、はっきりと言い切るスーツの男……ふむ、言葉に嘘はない。

 

 それを確認した彼女は、さっさとトラックに乗り込んでエンジンを掛ける。彼女の体格にペダル等の位置を合わせているので、運転に支障はない。

 

 最初の頃は上手く加減が出来ずにハンドルを引き抜いたりアクセルを踏み抜いたりもしたが……まあいい。窓を開けて手を振れば、男は笑みを浮かべて手を振り返す。

 

 どこどこどこ、と。この時の彼女は気付きもしなかったが、特有の振動音と共に遠ざかってゆくトラックを見つめる男の目線は、柔らかかった。

 

 男も、彼女とはこの世界(マフィアの世界)に足を踏み入れた時からの付き合いだ。その実力は十分に分かっていたし、歳を取らない彼女に思うところはあったが、彼女自身に悪意はないし敵意もない。どうしても、気を許してしまうのを抑えられなかった。

 

 ……気を許しているのは彼だけではない。彼女と何度か顔を合わせた事のあるマフィア側の大半は彼女に対して気を許しているし、中には娘のように思っている人もいたりするが……まあ、それはそれとして、だ。

 

 ――『メイドリック』を出発して、早三日目の早朝。

 

 時折ガソリンスタンドに立ち寄ることはあっても、休むことはなく。朝も昼も夜もぶっ通しで走り続けたトラックは早くも目的地の少し手前まで来ていた。

 

 かれこれ、数千キロは走っただろうか。出発した頃は綺麗だったトラックは砂埃で薄汚れ、酷い有様だ。酒瓶を傾けつつ走らせ続けたので覚えてはいないが、周囲の景色は自然一色となっている。

 

 目的地となる『危険地区』は、主要道路から外れた悪路の先にある、山の向こう。慣れていない者が車を走らせれば、10分で嘔吐する酷いデコボコ一本道。そこを進み続けるだけでも一苦労だが、彼女は何ら堪えた様子もなく軽快に車を走らせる。

 

 コンテナ内の荷物は全て緩衝材に包み、ドライアイスを用いて数度以下に抑えているので何事もない。窓を開ければ、目の奥に痛みを覚えそうなほどに濃厚な緑の臭い。右を見ても、左を見ても、目に止まるのは木々ばかり。だが、嫌いじゃない。

 

 トラックを走らせていると、街に居る時には見られない物を色々と見ることが出来る。効率を考えれば空を飛んで荷物を運ぶ方が早いが、それでは味気ない。不便を押してまでトラックで運ぶ……そこに、彼女は密かな楽しみを見出していたから。

 

 ぴよぴよと聞こえてくる鳥の声をツマミに、彼女はぐびりとビール瓶を傾ける。時々、野生の獣が目に止まるが、すぐに逃げてしまう。中にはトラックよりも大きな猛獣も姿を見せたが、襲い掛かってくるようなことはなく、遠巻きに見てくるだけ。

 

 トラックを恐れたのか、あるいは彼女を恐れたのか。おそらく後者だとは思うが、当の彼女は気にすることもなくエンジンペダルを踏み続け……そうしてさらに2時間後。

 

 辛うじて道路と思わしき山中の通路を進み続けていると、木々の合間の向こうに、山と山に挟まれる形で設置された検問らしきものが見えた。その傍にはテントと車が立ち並び、あそこが『危険地区』入口となる検問所であるのがすぐに分かった。

 

 ……『危険地区』は、その名の通り人間が踏み入るには危険性が高いとして封鎖されている地区のことである。その管理方法は各国、各自治区によってバラバラだが、これから向かう『危険地区』は、数ある危険地区の中でも有数の危険性を誇る場所であった。

 

 もちろん、ただ危険というわけではない。他では生息していない特殊な生物や、新薬の開発に必要な希少な薬草。かつて栄えたとされる古代の遺跡跡など、様々な可能性や学術的価値がその地区には存在している。だからこそ、調査団が中に入って命知らずの調査をしているのだ。

 

 ……まあ、一軒家よりもデカい魔獣や、広い縄張りを持つ猛獣。その薬草とほぼ瓜二つの毒草に、人体に有害な天然ガスの噴出。地区内の大部分が草原地帯であるので遭難はし難いが、常人なら大金積まれても入るのを躊躇する場所ではあるが……さて、と。

 

「――げふっ、そろそろかなあ~」

 

 がたがたと車が揺れる中、酒気に満ちた車内にまた一つ酒瓶が転がる。助手席に置いたケースにはこれでもかと空き瓶が差しこまれ、その足場には踏み場もないぐらいに空き缶やら空き瓶やらが押し込められていた。

 

 都会ならまだしも、人里離れた荒野や山奥に検問なんてものはない。あったとしても彼ら彼女らが見るのは犯罪者か、その予備軍かということだけ。飲酒云々で止められるようなことはないのであった。

 

 というかまあ、悪路としか言いようがない荒野やら草原やらを駆け抜ける最中に飲酒を続けるのは……いや、止そう。とにかく彼女は手慣れた様子で車を走らせ続け、目的地となる危険地区への検問前に辿り着いたのであった。

 

 検問前では、軍人と思わしき武装した十数名の男が立っており、停車している車の確認をしている。何故そんな事をしているのかといえば、単に密猟&盗掘対策だ。

 

『危険地区』は確かに危険だが、地区内には大金に早変わりする希少な植物や生物もいる。また、地区内にある遺跡の幾つかは様々な要因で手付かずになっており、そこには古代の人が溜め込んだ金銀財宝がそのままになっているという噂もある。

 

 前者は国際的に取引が禁止されている個体も珍しくはないし、後者に至っては立ち入りが制限されている遺物のコレクターなんてのは掃いて捨てる程いる。危険と分かっていても盗みに入ろうとする犯罪者は後を絶たないのだ。

 

(……にしても、ずいぶんと剣呑な雰囲気だな~?)

 

 減速しながら他所の車を見やれば、どいつもこいつも唾を飛ばして顔を赤らめて怒鳴っている。荷物検査に時間を食っている……にしては、些か雰囲気が悪いというか、剣呑とし過ぎている。

 

(な~んか、あったんかねえ~)

 

 そう思ってみていると、三人の武装した男が、彼女が運転するトラックを指差してくる。危険地区の検問をするだけあって、人相がマフィア顔負けである。まあ、彼女の前では大した差はないが……ひとまず停車すれば、武装した男の一人が銃器を向けながら近寄ってきた。

 

「……凄い酒の臭いだが、ドラッグでなければいい。通行証か、あるいはそれに準ずる何かはあるか?」

 

 運転席近くまで寄ってきた直後、男は早口に告げた。ずいぶんと高圧的な物言いだったが、これも仕事だ。「物資を運ぶよう依頼されたよ~」事前に渡されていた書類を差し出せば、男は半ばひったくるようにしてそれに目を通し……「よし、車をここに置いて、荷物を持って行け」それだけを告げた。

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………え、車を?

 

 数秒程、彼女は男の言うことが理解出来ずに目を瞬かせた。この検問所は、あくまで入口に過ぎない。車で走っても、荷物の受け渡し先である調査団まではおおよそ3時間は掛かる場所にいるのに、この男は車を置いて歩けと言った。

 

 どういうことだと問い質せば、男たちは特に隠すことなくあっさり教えてくれた。どうやら原因はマフィア側……ではなく、純粋に危険地区に住まう猛獣たちであった。

 

 本来なら車で中に入ってもよいのだが、どうも十数年に一度しか発情期が来ない希少性の高い魔獣とかちあってしまったらしい。車のエンジン音に過敏に反応するらしく、それが繁殖の妨げとなってしまうから、入るのなら車を降りろ……というのが、男たちの言い分であった。

 

 ――まあ、たまには散歩もいいかな。

 

 何とか強引にでも車で押し通ろうとする彼らを横目で見やった彼女は状況に納得すると、コンテナへと戻る。訝しむ男たちの視線を他所に、彼女は手慣れた様子で連結部へと……がちゃりとロックを外すと、片手でそれを頭上に掲げた。

 

 ずずん、と彼女の両足が地面に食い込むが、彼女は気にすることなく歩き出す。一番近い遺跡でも徒歩だと6時間は掛かると聞く。例え手ぶらで向かうとしても、往復で12時間も歩かされる計算だが、大した問題ではない。

 

 それはあくまで、一般人の話。唖然とする男たち(軍人、怒鳴っていた者たち、一人の例外もなかった)を尻目に、彼女は地面に深々と足跡を残しながら……検問を通り、『危険地区』へと足を踏み入れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そうして、歩くこと三時間。

 

 保冷剤やら諸々によって重さ1t分にも達するコンテナを涼しい顔で掲げたまま、川を三つ程渡り、猛獣を目線一つで追い払うこと、十数回。

 

 事前に貰っていた地図を手掛かりに、穴だらけの崖壁へと到着した彼女は、さて、と辺りを見回した。

 

 辺りには、人の気配はない。先ほどまであった獣の気配も、ない。不思議といえば不思議だが、仕方ない。彼女が今いる場所は、『危険地区』の中では有名な場所。通称、『ウツボ穴』と呼ばれている、大小様々な穴が掘られた崖壁の前であるからだ。

 

 その名の由来は、崖壁の至る所に掘られた穴の中に住む魔獣によるもの。普段は大人しく穴の中に潜んでいるが、獲物が通りかかると一斉に飛び出して仕留めに掛かる。その姿が、ウツボが獲物を狩る姿に似ているということから、その名が付いた。

 

 ……しかし、彼女はその穴が何なのかを知らなかった。

 

 何故なら、興味がないからだ。彼女が知っているのは、荷物の明け渡しに関する詳細と、ここが危険な場所であるということだけ。書店に行けば分かる程度の予備知識すら、彼女は持っていなかった。

 

 それ故に、彼女は特に気にすることなく穴へと近寄る。知識のある者が見れば驚愕に言葉を失くすぐらいの軽率な行動であった。そう、それこそ、魔獣の機嫌次第で生死が分かれるような……その時であった。

 

「――君、そこは危険だ!」

 

 今にも穴を覗き込もうとしている彼女の背後から、その声が響いたのは。

 

 振り返った彼女の目に映ったのは、黒髪の青年であった。その後ろには、青年の連れだろうか。彼女を縦に2人並べてようやくという顔に傷のある大男と、金髪をリーゼントにしている男が立っていた。

 

 声を掛けて来たのは、その黒髪の青年だ。「早く、こっちへ!」いったい、何をそんなに慌てているのか。とりあえず、拒否するのも何だと思った彼女は、青年の指示に従って黒髪の青年の下へと歩み寄った。

 

 そうしてから初めて、彼女はこの場所が危険な場所であることを知った。青年から、少々声を荒げられて教えられたのだ。その怒り様は中々に凄く、傍目には子供を叱る大人と言う構図であった。

 

 ……けれども、だ。

 

 そんなことよりも、彼女は気になっていた。ずいぶんと、青年の恰好が場違いなものであるということに。いや、青年だけではない。連れの二人も似たようなもので、まるで近所のレストランに向かうかのようなカジュアルな格好であった。

 

 とてもではないが、『危険地区』に入るような出で立ちではない。それは彼女も似たようなものだが、人と鬼とでは前提条件が違う。同じように考えてはならない。

 

 まあ、『危険地区』に自ら足を踏み入れる命知らずである。自分の命を自分で守る術は心得ているのだろう。それに、常人をはるかに上回る身体能力を持つ人間を……彼女は、これまで何度か目にしたことがあるし、戦ったこともある。

 

 おそらく、目の前の3人はそういう者たちなのだろう……が、それでも自然と、彼女の内心が目線に表れたようだ。「まあ、これでもプロだからね」青年はようやく怒りを抑えて頭を掻く。次いで、青年の目線が頭上へと上がり……「もしかして、君が『二本角』さん?」そう、言葉を続けた。

 

 ……まあ、隠すのも何だ。

 

 そう思った彼女が頷けば、それは良かったと青年は笑みを浮かべた。いったい何だと訝しむ彼女を他所に、青年が懐から取り出したのは……一枚の割符。それを見た彼女は、思わず目を見開いた。

 

 何故ならそれが、『二本角』への依頼をした者の証であるからだ。一枚は彼女が持ち、一枚は依頼主が持つ。こうすることで荷物の受け渡し間違いを防ぎ、確かに渡したという証明書代わりにするのである。

 

 なので、この場合の依頼主は眼前の青年ということになる。それは青年自身が一番分かっているようで、「いやあ、仕事が早くて助かったよ」コンテナを軽々と掲げる彼女の姿を見ても、特に驚いた様子はなかった。

 

「それじゃあ、ちょっと注文した物を確認させてもらうよ……おい」

 

 青年の指示を受けた大男と金髪の男は、無言のままに前に出る。常人なら1ミリとて浮かせられない重量だが、大男は持てると確信しているようだ。何の迷いもなくコンテナを掴むと、二人で息を合わせてグッと力を入れた……が。

 

 ――コンテナは、ビクともしなかった。

 

 まるで、空間そのものに貼り付けられたかのように、コンテナは動かない。「――っ」異変に気付いた二人が、さらに力を込める。力を入れすぎてコンテナが陥没する程であったが、それでもビクともしない。

 

 どうしたと青年が二人を見やるが、それでも動かない。歯を食いしばり、顔を真っ赤にしてもなお、動かない。そこまで来て、ようやく彼女が何かをしていると思い立った二人がコンテナから手を放した。

 

「――一つ聞いておきたいんだけどさあ。あんたらって、本当に依頼主なのかい?」

 

 その直後、彼女は口を開いた。えっ、と目を見開く青年を他所に、「いやあ、さあ、別にあんたらを疑っているわけじゃあないんだよ」彼女は言葉を続けた。

 

「ただ、一つだけ質問に答えてくれるだけでいいんだ。これは、何もあんたらだけに限った事じゃない。依頼主に対して、私が必ず尋ねていることなんだ」

 

「……質問? まあ、答えられる範囲であれば、答えるけど?」

 

「なあに、簡単なもんさ。肩肘張らず、気楽に答えてくれたらいいよ」

 

 訝しむ青年に、彼女は問うた。

 

「あんたらは、『私の依頼主』かい?」

 

 ……一瞬、静寂がこの場を流れた。「え、えっと、さっき、割符を見せたよね?」ハッと我に返った青年が、懐からまた割符を取り出そうと――する前に、「返事は?」彼女がその動きを視線で止めた。

 

「……あの、もしかして疑っている? 困ったなあ、それ以外の証拠となると、依頼状ぐらいしかないんだけど――」

 

「さあ、どうなんだい? あんたらは私の依頼主かい? それとも、依頼主を騙った偽物かい? ちゃっちゃと答えてくれたら、それでいいんだ」

 

 苦笑する青年を前に、彼女はただ答えろと繰り返す。先ほどまであった和やかな空気が、なくなった。青年は困ったように連れの男たちと視線を交わすと……やれやれと言わんばかりに、ため息を零し。

 

「――面倒だな。やれ、フランクリン」

 

「了解、団長」

 

 先ほどまで浮かべていた優しげなものとは掛け離れた、冷たい視線と共に非情な命令を下した直後。額に浮かんだ汗をそのままに、大男は彼女へと片手を向ければ、五本の指先がパカリと外れて……光が、放たれた。

 

 それは、念が込められた弾丸であった。まるでマシンガンのように連射されたそれらは、一発一発が人の首を吹き飛ばす威力があった。それが、寸分の狂いもなく彼女の身体に着弾した。

 

 ……だが、それだけであった。

 

 常人なら全身が粉々になる破壊力であっても、彼女の肌はおろか、衣服すら貫通しない。その事実に、三人の男は驚愕に目を見開いて一斉に距離を取った。その動きはやはり、彼女が思った通りに常人のソレではなかった。いや、動きだけではない。

 

 三人の目つきも、同様であった。冷たく、暗く、静かで。何の負い目もなく人を殺せる者特有の、無機質な眼差し。偽物で決まりかなあ、と彼女が思った時にはもう、大男は両手を彼女へ向けていた。

 

 再び、光の弾丸が放たれる。今度は両手だ。先ほどよりも威力も物量も倍以上となったダブルマシンガンが、彼女へと着弾する。だが、結果は同じ。やはり衣服すら貫けない。

 

(さーて、どうしたもんかなあ?)

 

 ガココココ、と。己が身体から響く振動に目を細めつつ、彼女は考える。弾は能力を使って己に集めているのでコンテナに当たることはない。問題なのは、この3人をどうやって追い払うかだが――ん?

 

 ――どん、と。

 

 考え事をしていると、背中を強く押された。さすがに数歩ばかり、たたらを踏む。何だと思って振り返れば、そこにいたのは……心底驚いている様子の、リーゼントの男であった。

 

 ……何をしたのだろうか。

 

 男の意図が分からずに首を傾げていると、「――くそがっ!」男は腕をグルグルと回し始めた。肩の柔軟……本当に何をしようとしているのか。ますます疑問符を浮かべる彼女を他所に、三十回程腕を回し終えた男が、一気に距離を詰め――彼女の頬を殴りつけた。

 

「――いっでぇえ!」

 

「あ、ごめん。でも駄目だよ、不用意に私を殴っちゃさあ」

 

 だが、駄目。おそらくは渾身の力を込めたであろう拳であっても、彼女に傷を負わせるには至らない。顔をしかめて手を摩る男に、彼女はため息を吐くと……ほい、とコンテナを空高く放り投げた――その瞬間。

 

「いち!」

 

 彼女は、その場の地面を蹴りつけた。しかし、ただ地面を蹴ったわけではない。『伊吹萃香』として出せる、半ば本気の足踏み。ただそれだけではあるが、その破壊力は……ミサイルのそれであった。

 

「にの!」

 

 砕け散った小石が散弾のように、四方八方へと広がる。それは風と音と共に光のマシンガンすらをも掻き消し、三人をその場に足止めさせ……そして。

 

「さん!」

 

 三歩目の、足踏み。その破壊力はそれまでの二歩目とは桁が違っていた。大地を陥没させ、揺らし、離れた所にある崖壁の一部が崩れ、三人の男たちをも吹き飛ばしていった。

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………どすん、と。降りてきたコンテナを受け止めた彼女は、しばし、周囲の気配を探った。これで逃げてくれれば良し、それでも襲ってくるのなら已む無し。そう思って5分、10分……30分を過ぎた辺りで、ようやく彼女は肩の力を抜いた。

 

「……三歩必殺もどき。まあ、もどきの私にはちょうどいい……かな?」

 

 ――正式名称・四天王奥義『三歩必殺』。

 

 この技は『伊吹萃香』の技ではない。東方Projectにおいて、同じく山の四天王と呼ばれ恐れられていた『力の勇儀』こと、星熊勇儀の技である。ただし、技といってもやっていることは単純で、ただ鬼のパワーにモノをいわせて、思いっきり三歩足踏みするだけである。

 

 しかし、侮るなかれ。ただ踏み込むだけでも、鬼の力でやればそれだけで武器になる。威力こそ星熊勇儀のソレよりも劣るが、その破壊力は大地を揺らし、周囲の木々や建物を倒壊させる程で……まあ、そんなことよりも、だ。

 

(あいつら……こんなもんを盗んで何がしたかったのやら)

 

 頭上に掲げたコンテナを見やった彼女は、不思議そうに首を傾げる。実際、『彼』として考えても、『伊吹萃香』の部分で考えてみても、それらしい答えを思い浮かべられなかった。

 

 何せ、コンテナの中身はお世辞にも金になるようなものではない。あの男たちは、この中身が金銀財宝にでも見えたのだろうか。だとしたら、盗賊としてはかなり間抜けだ。

 

 というか、わざわざこんな場所に来ているやつに強盗を働いてどうしたいのだろう。お腹が空いたから……それは違うか。けれども、この中身であの男たちが使えそうなものなんて、食べ物ぐらいしか……ん?

 

「――ちょっとあんた! そこで何やっているの!? そこは危険よ、すぐに離れなさい!」

 

 気配を覚えた。と、思ったら、また背後から声が響いた。しかし、先ほどよりも高く、その声は可愛らしかった。

 

 反射的に振り返った彼女の目に映ったのは、一人の少女であった。金髪のツインテールに、可愛らしい顔立ちを際立たせる碧眼。ゴシックロリータを思わせる赤を基調とした場違いな出で立ちに、彼女は思わず目を瞬かせた。

 

 しかし、驚く彼女を尻目に、少女は御立腹なようだ。遠目からでも怒りを露わにしているのが丸わかりな形相で近づいてくるので、思わず彼女は首を傾げる。それがまた少女の怒りを買ったのか、少女はますます怒りを露わに――し始めたかと思ったら、「――え、あ、あれ?」急に少女は足を止めた。

 

「怯えている……ウツボ穴の魔獣が?」

 

 その顔には、先ほどまであった怒りは消えていた。困惑に眉根をしかめる少女を尻目に、とりあえず彼女は少女の傍へと歩み寄る。ずん、ずん、と地面に足跡を作る彼女を前に、我に返った少女は素早く身を引いて……もしかして、と彼女を指差した。

 

「あんた、『二本角』?」

 

「おや、私を知っているのかい?」

 

「……知っているも何も、あんたに依頼を頼んだのは私たちだわさ」

 

 ああ、すれ違いにならずに良かった。そう言って、少女は深々とため息を零した。「はあ、これでひとまず安心だわさ」次いで、申し訳なさそうに頭を下げると、彼女へと向かって手を差し出した。

 

「お初にお目に掛かるわね、『二本角』。私の名は、ビスケット・クルーガー。ビスケと呼んでちょうだい。こうみえてハンターやってるわさ」

 

「よろしく、ビスケ。私の事は、二本角と呼んでくれ。ところで、あんたが依頼主なら――」

 

「その事なんだけど、ごめん!」

 

 彼女の言葉を遮って、ビスケは頭を下げた。いきなり何だと目を瞬かせる彼女を尻目に、「いやあ、実は……」ビスケは機嫌を窺うように理由を話し始めた。

 

「……失くした? 割符も依頼状も?」

 

「そうなんだわさ。悪いんだけど、両方ともここには無いんだわさ」

 

「あ~、そっか~」

 

 ぽかん、と呆ける彼女を前に、ぱん、とビスケは両手を合わせて頭を下げた。

 

 ビスケが頭を下げるのも、仕方ない。何せ、割符も依頼状もないとなると、ビスケが依頼主であることを証明する手立てがないからであった――とはいえ、だ。

 

「ん~、じゃあまあ、それならそれでいいや」

 

「えっ!? いいの!?」

 

「いいよ。ただ、私の質問に素直に答えて、それに私が納得したら、ね」

 

「質問……まあ、私がこの場で答えられることなら……」

 

「大丈夫大丈夫、肩肘張らずに気楽に答えてくれたらいいさ」

 

 それはあくまで、普通の運び屋の話であって。

 

「それじゃあ聞くよ。『あんたは、私の依頼主』かい?」

 

「……は?」

 

「ほらほら、答えなよ」

 

「……え、本当にそんなのでいいの?」

 

「それで十分さ。さあ、あんたは私の依頼主かい?」

 

「……あー、正確にいうと私じゃなくて、私たちなんだけど……私も依頼主の一人になる……とは思うんだわさ」

 

「……うん、そうだね。あんたは、私の依頼主だ。そして、あんたは依頼主の一人でもあるってわけだ」

 

 実の所、彼女にとってはどうでもよいことであった。「……何なんだわさ?」意図が読めずに頬を掻くビスケを他所に、彼女はほいっとコンテナを掲げ直すと。

 

「案内しなよ。せっかくだ、調査団のところまで運んでやるよ」

 

 にっこりと、笑みを浮かべた。

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………。

 

「そ、それで、コンテナを持ち上げたままここまで来たの? 私も大概だとは思っていたけど、私以上にぶっ飛んでいるやつは初めてだわさ」

 

「ここまで草原が続いていて助かったよ。木々の下だと空を飛ばなくちゃならないし、それだと退屈だもんね」

 

「……いやあ、ほんと。ハンターって仕事に就いていると、世界は広いってつくづく思い知らされるわさ」

 

 対して、ビスケの笑みは引き攣っていた。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。