伊吹萃香もどきが行く 作:葛城
素直に、月間に移ればいいと思うのよ(提案)
第三話:ハンター試験と鬼娘
――ザバン市と呼ばれるその街は、その日も活気に満ちていた。
その日は朝から雲一つなく、どこまでも晴れ渡った青空が広がっていた。気温も程よく安定していることもあってか、その下に広がる市場は明るく賑わい、往来する人々の顔ぶれには笑顔が溢れていた。
市場に売られている商品もまた、様々であった。季節ものの果物や野菜を始め、今朝方狩られたばかりの食肉が並ぶ。本物か偽物か、金銀細工の装飾が施された加工品や、手作り感満載の商品が至る所で見受けられる。
加えて、出店形式の飲食店も至る所で見受けられた。飲食店は飲食店だけで固められており、そこに老若男女の区別はない。朝方というには遅く、昼前と呼ぶには早い時間帯であったが、それでもだいたいの出店の席は埋まっていた。
……その中で一つ、他の店とは違う賑わいを見せる出店があった。
その店は、他の店と同じように席のほとんどが埋まっていた。しかし、違うのはそこではない。賑わいの原因は、一つのテーブルの上に並べられた大小様々な空ジョッキの山……に、新たな空ジョッキを乗せた、一人の少女であった。
その少女は、傍目から見ても不思議な出で立ちであった。
背丈は130cm程度と、けして高くはない。白のノースリーブに紫のロングスカートという服装だけを見れば、珍しくはない。だが、不思議なのはリボンに纏められた薄い茶色のロングヘアーの合間から伸びる、頭部に生えた二本の角であった。
いったい、少女は何者なのか……少女を見ている周囲の者は、揃って同じことを考えたことだろう。だが、その角よりももっと周囲の者たちが不思議に思ったのは、だ。
驚くべきことに、少女が載せた空ジョッキの数は優に80杯を超えている……という点であった。しかも、その大きさは大ジョッキ。一杯辺り600mlは入る大きさであり、単純な総量は48kgにも達していた。
はた目からみれば、それは信じ難い光景であった。何せ、少女の背丈はせいぜいが130cm程度。華奢な体つきを大目に考慮したとしても、その体重は35kgにも達しない。
それを前提に考えれば、少女は己が体重よりも多量のアルコールを摂取し続けていることになる。普通に考えれば、即死している量だ。なのに、少女の身体には全く変化が現れていないのだ。
アルコールを抜きにしても、その身体の何処に水分が収まっているのやら。水分を抜きにしても、摂取したアルコールだけでも十分致死に至る量を既に収めており、そういう意味でも信じ難い光景であった……と。
「――かぁああ!! ロックが臓腑に沁みますなぁ~」
がしゃん、と。82杯目の空ジョッキをテーブルに叩きつけた少女……伊吹萃香と名乗っている彼女は、酒臭いゲップと共に83杯目の御代わりを店員に告げた。途端、歓声にも似たどよめきが、様子を窺っていた周囲の客人全てから上がった。
まあ、無理もないことだ。何せ、彼女がこの出店に訪れたのは、かれこれ四時間前。ツマミを挟みつつも、ほぼ3分に1杯という驚異的ペースでジョッキを空にしてゆくのだから、周囲の注目が集まるのは当然であった。
ザルだとか、そういう問題ではない。これではもはや、底なしだ。ペースこそ早いものの実に美味そうに酒を飲み干すからこそ、周囲も呆気に取られるだけで気分を悪くするような者は現れていなかった。
「あの……お客様。申し訳ないのですが、今ので店にあるのが最後です」
「え、マジで?」
さあ、早く早く。アルコールによってテンションが高まっている彼女であったが、恐る恐るといった様子で前に現れた店員に、彼女は目を瞬かせた。
「はい、まことに申し訳ないのですが……」
「全部? ボトル一本もないの?」
「申し訳ありません。冷酒もウィスキーもブランデーもワインも何もかも、お客様が飲み干されてしまいました」
言われて、彼女はテーブルの上を見回し……納得した。「しゃーない、お勘定頼める?」仕方ないので会計を頼めば、既に用意していたのだろう。こちらです、と差し出された一メートル近いレシートの一番下を見やった彼女は、無言のままにカードを差し出した。
このカードは、マフィアを通じて手に入れた物である。『彼』が生きていた以前の世界では、カード一枚持つにも身元やら何やらが必要であったが、この世界ではそういったものはそこまで必要とされていない。
ハンターという仕事があるからなのか、住所不特定や偽名であっても口座を作ること自体は簡単なのである。(ただし、ブラックリストに載ると……)その為、ここ10年近くは現金をほとんど持たず、もっぱらカード払いであった。
ありがとうございましたー。
「美味しかったよー」
その言葉を背中に受けて、すっかり千鳥足になった彼女は店を後にする。ざわめきがちらほらと聞こえてきていたが、酔いが回った彼女の耳にはもう届かない。
普段の彼女なら、ここまで呑むようなことはしなかった。しかし、今回は無理であった。つい昨日、小金稼ぎ(主に酒代)の為に遠出の依頼を梯子して済ませたばかりであり、それ故の暴飲であった。
おかげで、今の彼女は超が三個付くぐらいにご機嫌であった。久しぶりに浴びる程飲み干したおかげで、満足だ。隣を通り過ぎる通行人が顔をしかめるぐらいの酒気を放っていたが、今の彼女は気付かなかった。
……あ~、どうしよう。ホテルでもとって寝ようか?
ほわほわと火照っている脳裏に、そんな言葉が浮かんだ。さすがに、これ以上は店を梯子しようと思わなかった。しかし、それは酔い潰れるから……という理由ではない。
傍目から見れば転ばないのが不思議なぐらいにぐでんぐでんだが、実はまだ彼女には余裕がある。しかし、こう何件も店の酒樽を空にするのは忍びないというのが実際の理由であり、そろそろ惰眠に浸りたいという欲求も湧いて来ていた。
……ん?
よたよた、よたよた。右に左に前に後ろに、じゃらじゃらと身体に纏わりつく鎖をじゃらじゃら鳴らしながら、ふらりふらりと千鳥足のまま歩いていた彼女であったが、その足が突如止まった。
それは、食欲を誘う匂いであった。肉の焼ける香ばしい匂いにすんすんと鼻を鳴らした彼女の視線の先には……小さな飯屋があった。
……寝る前に、飯でも食っていくか。
腹が空いているというわけではないが、酒ばっかりで碌に飯を食っていなかったことを思い出す。食わなくても平気だが、匂いのせいか……食欲がわいて来るのを実感した。
歩み寄って確認すれば、幸いにも営業時間になってすぐのようだ。がらりと扉を開けて中に入れば、若い女定員がカウンターテーブルを拭いており、店主と思われる頑固そうな男がフライパンを振るっていた。
客は、まだいないようであった。どうやら、一番乗り。ふらふらと足元をもつれさせながらカウンターテーブルに腰を下ろすと、「――いらっしゃい。何にします?」目の前に水の入ったコップが置かれた。
「とりあえず、ウーロン茶とメニュー貰える?」
さすがに、酒は頼まない。飲めないというわけではないが、飲むと歯止めが利かなくなる。なので、頼むのは止めた。
「それは構いませんが、大丈夫ですか? 随分と、その……」
言い辛そうに視線をさ迷わせる女店員に、「ああ、大丈夫、大丈夫」彼女はべたりとカウンターに頬を預けたまま女店員に手を振った。信用性が欠片も見当たらない姿に、女店員は困ったように店主を見やったが、店主はただ首を横に振るばかりで何も言わなかった。
……しばし間を置いてから、女店員は諦めたのだろう。困ったようにため息を零すと、今にも寝息を立てそうな彼女の傍にメニューを置いた。ありがとう、と手を振って見送ると、彼女はそのままの姿勢でメニューを開いた。
とんとんとん、と。規則正しい包丁の音と、フライパンが奏でる香ばしい匂いが食欲と眠気を誘う。さすがに眠るような失礼を働くつもりはなかったが、困ったことに思考が纏まらなかった。
メニューに記された品物の数は中々に豊富だが、それが仇となった。酔ってはいるが、自分を見失う程に酔っていないせいだろう。アレも良いな、コレも良いなと候補は見つかるが、コレという決め手に欠けた。
肉が良いか、魚が良いか。それとも焼き飯系が良いか、いっそのこと麺系で攻めるべきか。この身体になってからは特に好き嫌いもないので、こういう酒のつまみ以外から選ぶのは……ん?
がらがら、と。店の出入り口が開かれる音に、カウンターから頬を上げる。視線の先にいたのは三人の少年と、フードを被った一人の男……いや、少年の内の一人はスーツを着ているのもそうだが、20代と思わしき顔立ちなので、少年二人に男二人であった。
少年の内の一人は緑色の衣服を着る、黒の短髪。三人の中では一番の年少なのか一番背が低く小柄で、次に背が高いのは金髪の……イケメンと称されてもおかしくない顔立ちの美少年であった。
家族か、友人か。客にしては雰囲気がおかしいというか、いまいち判断が付かないが、フードを被った男が先導して店の中に入る。何となく様子を見ている彼女を他所に、その男は店主を見やってから……ぽつりと呟いた。
「オヤジ、ステーキ定食だ」
直後……ピクリ、と。僅かではあるが、緊張感が走ったのを彼女は感じ取った。それは気のせいかと思うぐらいに些細なものであったが、鬼の感覚がそれを捉えていた……と。
「……焼き加減は?」
「弱火で、じっくり」
フードの男がそう告げた瞬間、店内に走っていた緊張感が霧散した。おや、と身体を起こした彼女が見やれば、女店員に案内されるがまま、その四人は店の奥へと進んで行って……奥の部屋へと入って行った。
……ステーキ定食、か。決めた、それにしよう。
メニューを最後まで見ることなく閉じた彼女は、四人が頼んだのと同じものを注文した。彼女としては、選ぶ手間が省けたという程度の話であったのだが……何故か、再び緊張感が店内に広がったのを彼女は感じた。
……え、またコレ?
意味の解らない緊張感に、彼女は訝しんで店主を見やる。すると、同じような視線を向ける店主と目が合った。いや、店主だけではない。気づけば女店員も、一人だけ部屋に入らずに立ち止まっているフードの男も、己へと視線を向けていた。
……何なの、もしかしてステーキ焼くの苦手なの?
それは、料理人としてどうなのだろうか。いや、焼くっていうこと自体、極めるのは大変だろうけどさ……そんな言葉が脳裏を過ったが、「……焼き加減は?」それを口にする前に店主から尋ねられたので。
「弱火で、じっくり」
先ほどの男が頼んだのと同じのを、お願いした。瞬間、何故か店主の視線が己ではなく、フードの男へと向けられ……これまた何故かその男が意味深に頷けば、不思議な事に女店員は彼女の前に置いたコップとメニューを取り上げてしまった。
メニューは分かるけど、コップもかい?
そう思った彼女だが、「それでは、ご案内致します」さっと女店員より手で促されたので、とりあえず言うとおりにする。心配そうに見やる女店員を他所に、ふらふらと千鳥足で奥の部屋へと案内された彼女は……おや、と目を瞬かせた。
何故なら、部屋の中にはテーブルはおろか窓すら付いていない密室であったのだ。当然ながら、ステーキもない。あるのは、先に部屋に入った少年二人と男が一人の、計三人だけであった。
……首を傾げる彼女を他所に、背後で扉が閉まる音がした。
振り返れば、やはり扉は閉まっていた。おいおい、わざわざ相席させるのかよと思った……途端、地響きにも似た振動と共に目線が下がり……いや、違う。部屋が下がり始めている光景に、彼女は目を瞬かせた。
「最近の店は、定食食わせるのに随分と大掛かりな仕掛けをするんだなあ……」
「アホか! んなわきゃあねえだろ! 試験会場に向かっているんだよ!」
独り言のつもりであったが、返事をされた。また振り返れば、「――っていうか、お嬢ちゃんもしかして酒飲んでんのかよ」スーツの男が顔をしかめてこちらを睨んでいた。
喧嘩を売っている……というわけではなさそうだ。その証拠に、口調こそ汚いものの多量の飲酒に対して控えるべきだと話を続けており、その目には……確かな優しさが見受けられた。
「ん~、ま~、気持ちよく酔える程度には飲んだかな~」
「嘘つけ! そんだけ酒の臭いさせておいて、気持ちいい程度なわけねえだろ!」
「うん、レオリオの言うとおりだよ。君、すっごく酒の臭いしているけど大丈夫? 俺、人より鼻が良いからそういうの、すぐに分かるんだ」
「あ~、だいじょぶだいじょぶ~。お姉さん、これでも飲酒暦は相当長いから、これぐらいなんてことない、なんてことない」
「そうだな、それだけ受け答え出来るのであれば大丈夫だろう。しかし、おせっかいながら無理はしない方が身のためだということを忠告しておくぞ」
「あいあい、そんな心配しなくても大丈夫だってば」
そしてそれは、その男だけでなく、二人の少年の目にも同じものが宿っていた。なので、特に彼女は気分を害することはせず、素直に彼らの忠告を聞くことにした。まあ、守るつもりはないが……さて、と。
「ところで、試験会場ってなに? ステーキ食う為に試験受けなきゃあならんの?」
「もしかして、本当に分からないでここにいるのか?」
「分からないって、ここは飯屋だろ?」
「……嘘だろ。嬢ちゃん、ラッキーだけで試験会場を当てたってのかよ」
分からんことを分からんと言っただけで、彼らは大そうな驚きっぷりであった。何だ何だと彼女が目を瞬かせれば、それを見て説明をしようとした金髪の少年は……ふと、思い出したように自己紹介を始めた。
金髪の少年は、名をクラピカといった。短髪の少年は、ゴン。スーツ姿の男は、レオリオと順番に名乗り終えると、彼らはこれから始まるらしい『試験』について軽く説明を始めた。
そうして分かった事なのだが、どうやら、この飯屋は普通の飯屋ではないらしい。『ハンター試験』と呼ばれる、この世界においては誰もが知る試験の会場への入口が、この店なのだという。
ハンター試験とは、その名の通り、『ハンター』と呼ばれる職業資格を得る為の試験である。数多に存在する資格の中でも特上レベルの難度を誇り、受験者数は数百万にも達すると言われている。
試験は年に一回。内容は毎年異なり、合格まで何回試験が行われるかは不明。裁量は各試験官に委ねられており、試験会場の前に行われる振るい落としだけで、その数を一万分の一以下にまで落とされるという、針の穴よりも狭い門となっている。
それを踏まえてみれば、だ。言われてみれば、こいつら只者ではないなあ、と彼女は三人を順々に見やった後、なるほどと納得した。
一番年上であろうスーツのレオリオもそうだが、美少年のクラピカも、立ち居振る舞いというか、胆力が常人のそれではないことが見て取れる。
一番年若いであろう短髪のゴンも言うに及ばず、3人には見た目からは不相応な自信というか……度胸というやつが、彼女には感じ取れた。
……だが、そんな事よりも、だ。
(はて、ゴン、クラピカ、レオリオ……何だろう、どこかで聞いたような……覚えがあるような……ん~、思い出せない)
何故だろうか、妙に琴線に引っかかる。顔自体には見覚えが無く、初対面であるのは確かなのだが……妙に気になるというか、何というか。言葉にはし難い違和感に、「あの、ところでさ」彼女はひとまずゴンを見やった。
「俺たち、まだお姉さんの名前を聞いていないんだけど、お姉さんの名前はなんていうの?」
「んー、私? 知り合いからは『二本角』と呼ばれているよ」
尋ねられて、彼女は素直に答えた。「にほん……なに?」それって名前なのかと、ゴンとレオリオの視線が彼女の頭部に生える角に集まった直後、「――なに、『二本角』!?」その名に強く反応したのは、クラピカであった。
「まさか貴女は、あの、運び屋の『二本角』なのか?」
「あんたがどの『二本角』を言っているのかは知らないけど、私は『二本角』さ――ん?」
不意に、がくん、と。下がり続けていた部屋が、止まった。何だと思って辺りを見回せば、壁の一面が緩やかに上がり始めていた。
何から何まで派手な仕掛けだなあ~と思って見ている間に、完全に開かれた扉の向こうは……何やら、薄暗い。「行こっ、二本角さん!」意気揚々とその先に向かうゴンたちに釣られて、彼女もその後に続き……おや、と眠たげに緩んでいた目を見開いた。
薄暗い向こうは、思っていたよりも広かった。いや、それは広いというよりは、奥行きが広かった。何処まで続いているのか、『伊吹萃香』の眼力を持ってしても突き当りが見えない程に長い。
例えるなら、そう、トンネルの中だ。そして、そのトンネルの内壁にはパイプやらケーブルやらが伸びていて、それらを隠しているかのように……大勢の人達が、たむろしていた。
集まっている者の大半は男性で、年齢や顔ぶれに共通点はない。だが、強いてあげるとするなら……自信、だろうか。トンネル内にいる顔ぶれの誰もが自信に溢れた顔をしており、どこかギラギラとした熱気を瞳に宿していた。
さすがは世にその名を知らしめるハンター試験、その会場、なのだろう。一触即発とまでは言い難いが、何とも言えない緊張感が場に満ちている。先に出たゴンたちもさすがに緊張したのか、彼女より十数メートル前の辺りで足を止めていた……と。
「――すみません。ちょっといいですか?」
「ん? あー、なに?」
突然、声を掛けられた。振り返った彼女の目に止まったのは、己よりも30……いや、50センチは小さい背丈の、スーツ姿の男であった。
何だ何だと思って男を見やれば、「えーっと、私、当試験の案内人を務めさせていただきます、マーメンといいます」男は手元の手帳をぺらぺらと捲りながら彼女を見上げてきた。
「ご確認の為に、受験票、並びに、どの案内人を通じてここに来たか、教えていただけますか?」
「そんなのないよ。飯屋でステーキ頼んだからここに案内されたのさ」
「……えっと、つまり試験の申込等をされていない、というわけですか?」
一瞬ばかり、男は……マーメンは息を詰まらせた後、そう尋ねてきた。それを聞いて、(ああ、そっか……)今更ながら彼女はマーメンの言わんとしていることを察した。
考えてみれば、これはハンター試験だ。試験ということは受験票……つまり、申し込みを初めとした様々な手続きの他、受験費用を支払っているかを確認する必要があるわけだ。
当然、彼女はそんなもの、一切合財していない。今しがたの言葉通り、ステーキ頼んだら会場へ案内されたのだ。なので、彼女は素直に何もしていないということをマーメンに話した。
ついでに、忍び込んだわけではないので、許してねともお願いした。警察は怖くも何ともないが、余計な騒動は面倒だ。故に、彼女は両手を合わせてマーメンに頭を下げた。
「ああ、それはいいんですよ。当試験会場に自力で辿りつけたのであれば、特例としてそういった受験費用は免除となりますから」
すると、意外とあっさり許してくれた。お願いしてみるもんだなあ……と思っていると、「では、これをどうぞ」番号の書かれたナンバープレートを渡された。
……なに、これ?
首を傾げながらマーメンに尋ねれば、色々と教えてくれた。
どうやら、このプレートが受験票の代わりになるらしい。試験中、このプレートを失うと理由次第で失格。また、他者のプレートを故意に破壊しようとするのは即失格らしく、不合格になるまでは大事に持っておくべしと、強く言われた。
ふむ……なるほど。
辺りの受験生を見回してみれば、誰も彼もがどこかしらの見える場所にプレートを付けている。おそらく、試験官に受験生であることを知らせる為に、そうしろと言われているのだろう。見れば、ゴンたちの胸元にもプレートが付けられ……あ、いや、待て。
(あれ、何でわたし、このまま試験を受ける流れになってんの?)
雰囲気に流され掛けていることに気付いた彼女は、寸での所でプレートを止める手を止めた。やれやれ、危ない危ない。一つため息を零した彼女は、プレートをそのままマーメンに返した。
「おや、どうしました? プレートに何か有りましたか?」
「いやいや、違うよ。私はただ、試験を受ける気がないから、これを返したいだけさ」
「……え?」
ビタリ、と。声どころか全身を硬直させたマーメンの手にプレートを強引に握らせると、彼女はマーメンに背を向け、先ほど降りてきた部屋へと歩き出した。
未練など、ない。何故なら、彼女は運び屋だ。運び屋という仕事に嫌気は覚えていないし、今の暮らしに不満はない。
むしろ、現状を気に入っている彼女にとって、ハンターという資格は邪魔でしかなかった。他の受験生が聞けば怒り狂うであろう話だが、彼女にとって、それが偽りの無い本音であった。
(……まあ、あのままあそこにいると、さ)
それに、もう一つ。
(あのジュース配っているオッサンをぶちのめしたくなる……って言っても、まあ信じてはくれないだろうからねえ……)
傍からみれば阿呆な話ではあるが、それもまた……彼女の、嘘偽りのない本音であった。なので、彼女は後ろ髪を引かれるなどということは全くなく、降りてきた時と同じように、ふらふらとした足取りでエレベーターへと……乗り込もうと、したのだが。
「えー!? 二本角さん、試験受けないで帰っちゃうの!?」
そうするよりも前にトンネル中を反響した、ゴンの声に足を止められた。思わず振り返れば、トンネル中の……というよりも、試験会場にいた全員の視線とが交差する。直後、ゴンだけでなく、他の二人も幾分か慌てた様子で駆け寄って来た。
そうして始める、ゴンたちの説得。
曰く、ここで帰るのは非常にもったいない。運で来られたとはいえ、狙っても来られる場所ではないから次はない。いや、次どころか、この試験会場すらまともに辿り着けないこと自体、なんら珍しいわけではない……等々。
今しがた出会ったばかりの赤の他人だというのに、その説得たるや鬱陶しい程に情熱的である。まあ、無理もない。この試験を合格することで得られる、『ハンターライセンス』の価値を、彼女は知らなかったからだ。
『ハンターライセンス』
ハンターと呼ばれる仕事に従事する者はまず二種類に分けられる。ライセンスを持つプロハンターと呼ばれるハンターと、アマチュアと呼ばれるライセンスを持たないハンターの、二つだ。
一般的にハンターと呼ばれるのは、ライセンスを持つハンターの事を差す。それは一定以上の実力が保障されているからという理由とは別に、ライセンスが持つということ自体が、社会的な信頼をももたらしてくれるからだ。
というのも、このハンターライセンス。その歴史と功績とを紐解けば文庫本一冊にも及ぶであろうものなのだが、それら積み重なった様々な事柄によって……現在では、様々な特権が付与されているからだ。
まず、銀行等の金融機関からの信頼性が跳ね上がる。ブラックカードどころの話ではなく、ライセンスを得ているというだけで、数億、数十億の融資を受けることが出来るようになる。
他にも、世界のほとんどの国における公的機関の無料(しかも、最高級グレードのを)利用や、ホテルなどの特定施設の割引利用。この公的機関とは図書館や公民館といったものだけでなく、医療施設や移動設備を始めとした様々なインフラを無料で利用することが出来る。
それが利かない割引にしたって、正規の7割引、8割引は当たり前。加えて、チケット等を取る際は最優先で割り振られる為に予約が取れないなんていうこともなく、ほぼ全ての機関をスムーズに利用する(一般客からすれば迷惑だろうが)ことが可能である。
また、一般人では立ち入ることはおろか観覧すら難しい施設や情報をも閲覧することが出来る。これはハンターという職業柄必要となる部分ではあるが、それを差し引いても、あらゆる手続きをほぼパスされるようになるのだ。
そして……そして、何よりも驚くべきは、このライセンスそのものの価値だ。
誤差が大きいので正確な金額は分からないが、言葉にすれば『人生7回遊んで暮らせるだけの大金』というほどの価値になるらしい。これは誇張でも何でもなく、ハンターライセンスというのはそれほどの物であるのだ。
……などの情報は、ハンターを目指す者なら誰もが知り得ている話である。いや、志願者どころか、大人から子供まで、それこそボケた老人ですら覚えているぐらいに有名な話なのだ。
何せ、ハンターという仕事は非常に死亡による離職率が高いが、それをはるかに上回るメリットがある。売れば一生を7回遊んで暮らせるだけの金が手に入り、所持しているだけでありとあらゆるところでVIPの待遇。
シンデレラストーリーだとか、アメリカンドリームだとか、そんなちゃちな話ではない。最下層から最上層への文字通りの人生一発大逆転を夢見て受験する者は後を絶たず、その倍率たるや一万倍を優に超えるほどであった。
……まあ、そんなわけで、だ。
ラッキーのみで『試験会場に辿り着く』という前段階の試験を突破したとはいえ、倍率何万倍にも達する狭き門を越えたというのは紛れもない事実。
駄目だと思ったら棄権すればいいんだし、せっかくだから受ければ……と、ゴンたちが引き留めに掛かるのも、当然の話であった。
(ん~、親切に説得してくれているのは分かるんだけどなあ~)
とはいえ、それはあくまで一般的な話であって。どうしたものかと内心にて頬を掻く彼女にとっては……という大前提を抜きにすればの話であった。
正直な所、こういう裏のない親切は断り難い。これは『伊吹萃香』の部分ではなく、『彼』の部分が元々そういう気質であるからだ。けれども、ぶっちゃけ面倒だなあ、というのもまた、紛れのない彼女の本音でもある。
加えて、何だろうか。
説得を受けながら実感したことなのだが、どうも己は眼前の少年達が苦手だ。いや、嫌いというわけではなく、純粋に好ましいのだが、それが逆に彼女の気持ちにブレーキを掛けた。
出会って数十分程度とはいえ、何となく分かるのだ。生い立ちや性格はバラバラだが、根が善人。何の得にもならないどころか場合によってはライバルを増やしかねないのに、わざわざ説得する辺り……良いやつなのが窺える。
(特に、このゴンって子は凄いな。まるで磨いた鏡みたいだ。話していることは横の二人と同じなのに、どうもこの子の言う事には耳を傾けたくなってしまう)
現に、徐々に己の中で天秤が傾きつつあるのを彼女は実感していた。というか、そう考えた時にはもう、受けてみようかなあ、という気持ちになって……と。
「――やあ、揉めているようだな」
彼女が頷くまで、後十秒というところで、横合いから声を掛けられた。彼女とゴンたちが視線を向ければ、そこにはゴンよりも少しばかり(もしかしたら、靴のサイズの違いなのかもしれない)背の高い初老の男が笑顔を向けていた。
男は、自らをトンパと名乗った。鼻の形が四角く、御世辞にも美男とは言い難い風貌ではあったが、どこかお人好しを思わせる朗らかな笑みを浮かべていた。
それから、尋ねてもいないのに、トンパはやれ何十回と試験を受け続けているのだの、もう合格出来るとは考えておらず、全力を尽くそうとする新人たちを見たい気持ちが大きいだの、色々と話しかけてくる。
一見する限りでは、夢に破れた男が、己が破れた夢に向かう若者たちを応援する……といったところだろうか。
あいつには気を付けろ。前の試験ではこうだった。あの教官が出て来た時は注意しろ。そんな感じの話を一通り続け……間を置いてから、そういえば、といった調子でトンパが懐より取り出したのは、缶ジュースであった。
「ここであったのも何かの縁。お近づきってわけじゃないが、
その言葉と共に、トンパはゴンたちの手にジュースを手渡してゆく。些か強引だが、親切にされて嫌に思う者は少ない。三人の中で唯一断ろうとしたクラピカすらジュースを握らされ……それじゃあ、と流れで彼女の手にもジュースを――。
「私の前から失せろ」
――渡そうと手を伸ばした、その瞬間。ぬるりと横殴りに振られる、立てられた中指(ファック・ユー)が、ばすん、と音を立てて缶に突き刺さった。
「――うわぁ!?」
驚きに思わず後ずさるトンパを尻目に、彼女は苛立ちを隠そうともせずに缶を放り捨てると、唖然とするゴンたちに吐き捨てるように告げた。
「気を悪くさせたなら悪いね。でも、私は嘘が嫌いでね。こいつのように、何から何まで嘘で塗り固めたやつに嘘を吐かれると、腹が立って仕方がないんだ……いや、それは私の勝手か」
深々と。それはもう深々とため息を零した彼女は、「少し、頭を冷やしてくるよ」そう言ってゴンたちの下を離れた。背後で己を呼ぶ声がしたが、構わず彼女はゴンたちから……正確には、トンパから距離を取った。
それは、自分の怒りがゴンたちの気を悪くさせてしまうことを配慮したうえでのことではあったが、同時に、トンパ自身を半殺しにしてしまわないようにする、己への自制の意味もあった。
ずんずんと鼻息荒くトンネルを進むこと、幾しばらく。ぎらぎらとした熱気を放っている受験生たちの数も少なくなり、周囲に人が居なくなった辺りで……ようやく、彼女は足を止めて、大きく息を吐いた。
(危なかった……あと、ほんのちょっとでも嘘を吐かれていたら、反射的にぶん殴っていたかも……)
コレだという明確な根拠がなくとも、彼女には『嘘』が分かってしまう。それは、『嘘』を何よりも嫌う鬼としての性質。『嘘』というものに関しては、おそらくこの世界に存在する全ての生物よりも如実に反応を示してしまう……それが、『伊吹萃香』という名の鬼だ。
だからこそ、彼女にとってトンパの言葉は筆舌にし難い不快感の塊でしかなかった。何故なら、トンパの言葉はたった一つを除けば全てが嘘であったからだ。
彼が語った言葉の中に唯一有った真実は、『合格するのを諦めた』という部分だけ。
他は、1から10まで真実が欠片も混じっていない。ある種の清々しさすら覚える程に嘘しかない。反射的に拳を振るわないだけ我慢出来た己を褒めたい気持ちすら、彼女にはあった。
……すっかり、酔いが醒めてしまった。
はあ、と零れた二度目の溜息。意気消沈という言葉が、そのまま彼女の顔に現れている。こういう時、気分転換も兼ねて飲み直すのが何時もの流れだが……当然、この場に酒屋などという都合の良いモノはなく。
――じりりりり、と。
突如鳴り響く、時計のアラーム音。それが止まった直後、いつの間にか姿を見せていた試験官の男。名を、サトツ。立派な口髭を生やしたその男が登場し、試験開始を宣言した……その、瞬間。彼女は、帰るタイミングを逃したことを悟ったのであった。
――よくわからないが、気分を悪くさせてしまったようだね。
そう言い残して気まずそうに離れて行くトンパと名乗る男を見送った私は、今しがた彼女が……いや、『二本角』が言い残していった言葉を思い返していた。
(嘘に塗り固められたやつ……か。参考にするわけではないが、あのトンパという男……少し、気を付けた方がいいかもしれないな)
元々、胡散臭いやつだとは思っていた。面識のない相手に笑顔で近づいてくるのもそうだが、何だろうか。言動もそうだが、立ち居振る舞いに欺瞞を覚えてならなかったのかもしれない。
その証拠というには不本意だが、レオリオのやつも訝しんだ様子でトンパの背中を見送っている。危なっかしい面が見られるゴンも、さすがにトンパに対してやんわりとした警戒心を覚えているようだ……ん?
「どうした、レオリオ。さっきから、妙に気難しい顔をしているようだが?」
気になった私は、率直にレオリオに尋ねた。レオリオは答えなかった……いや、これは答えないというより、聞こえていないと言う方が正しいようだ。
しきりに視線を上に上げては、また下に下ろすというのを繰り返している。専門分野ではないが、人がそういう反応を見せるのは……何か、後悔が入り混じる迷いを抱いている時だ。
……考えるまでも無い。レオリオを悩ませている種は、今しがたこの場を離れて行った……二本の角を生やした、女の子のことだろう。レオリオほどではないが、私もあの子については……少々、思うところがある。
――『二本角』の事に関しては、私も詳しくは知らない。せいぜい、凄腕の運び屋という程度で、私がその名を知ったのだって、本当に偶然からだった。
たまたま……そう、名前すら忘れた喫茶店で昼食を取っていた際、たまたま同じ店に居合わせた裏稼業(おそらくは、マフィアだろう)たちの会話が、たまたま耳に入ったのが切っ掛けだった。
曰く、仕事に取り掛かれば成功率はほぼ100%だが、仕事に入るまでが遅く、どの仕事を受けるかは当人が気紛れなので分からない。
曰く、常に酒を飲んで酔っ払っているから、余計な頼み事をしても色よい返事はされないし、相手にもされない。
曰く、重鎮たちと繋がりのある人物だから、下手に関わろうとはするな、間違っても手を出すな……等々。
情報だけを抓み取ればずいぶんと物騒な人物像が出来上がるところだが、実際に会ってみて拍子抜けした。まさか、あそこまで想像していた姿と異なっているとは思わなかった。
(いや、駄目だな。見た目に惑わされては、いずれ足元を掬われてしまうか)
そうやって何度も己に言い聞かせるが、どうしても……その、小さい女の子として見てしまうのは、私が未熟だからだろう。
(レオリオのことを馬鹿には出来ない……か。私も、どうやらお人好しなのかもしれないな)
そう、自嘲してしまう己を……私は、止められなかった。
まあ、何であれ彼女はハンター試験の本会場まで来た。例えそれが運によるものだとしても、本質は変わらない。何か……私たちにはない何かが、彼女にはあるのだろう。
それは……おそらく、レオリオも分かってはいるはずだ。そう思うと同時に、自然と視線がレオリオへと向いた。
短い付き合いではあるが、この男はけして悪人ではない。まあ、二言目には『金さえあれば』と口にするような強欲者だが、他者を騙して利益を得ることに嫌悪感を抱く程度の善人でもある。
そんな男が、トンパ……ではなく、あらぬ方向を見やっては顔をしかめ、何かを考え込む様に顎に手を当てては、小さく唸り声をあげている。これで気にならないといえば、それこそ嘘になるだろう。
「――大丈夫だ。いくらハンター試験とはいえ、いきなり死傷者を出すようなことはしないだろう。無理だと判断すれば、あの子自身が自分から棄権するさ」
だからこそ、私はあえてレオリオが抱いている後悔を真正面から突いた。途端、「――いや、でもよ」レオリオは驚いたようにこちらを見やった……ふむ、分かり易いやつだ。
レオリオの悩みの種は、分かっている。大方、この試験の危険性を考慮もせず、もったいないという一心で帰ろうとするのを引き留めてしまったことを悔いているのだろう。
あの子が普通の子じゃないのは、レオリオ自身も分かっているというのに、何とも馬鹿なやつだ。
だが、あの子の見た目は正しく十代前半……ゴンよりも背が低い。レオリオからすれば、己の腰のあたりまでしかない子供(それも、女の子)が出ているとなれば、気に病むのも致し方……待て。
そういえば……こういう時、誰よりも反応しそうなゴンが大人しいのは何故だ?
レオリオからゴンへと視線を移した私は……思わず、目を瞬かせた。
何故なら、私の想像では『心配そうに消えた背中を見つめている』というものだった。しかし、現実は想像とは異なり、ゴンは彼女が消えた先を見つめてはいたが、その目には……何の心配も宿っていなかったからだ。
「……ゴンは、心配じゃないのか?」
島国かつ辺境(少し、失礼な言い回しだが)のうえに猛獣と友達のように一緒に育ったせいだろう。時々ではあるがドライな面を見せるゴンだが、こういう時は違う。少なくとも、違うだろうと思っていた私は、気付けばそんな失礼な事を尋ね……内心にて、己に罵声を吐いた。
「え、なんで心配するの?」
「――おい、ゴン! てめえ、何時からそんな冷てぇ人間になったんだ!」
「そう言われても、二本角さんは違うもの。心配する気持ちは分かるけど、それはあの人に対して失礼だよ」
けれども、己にぶつけた罵声も、不本意ながらレオリオの怒声によって、すぐに声量を落とされてしまった。さらに、駄目押しと言わんばかりのゴンの言い分に、私の中に渦巻いていた自己嫌悪が跡形もなくなってしまった。
レオリオも私と似たようなものらしく、「え、お、おう? 失礼、なのか?」今の今まで露わにしていた怒りは何処へやら、困惑した様子でこちらを見て来た……ええい、私に振るな!
「ゴン、私にも分かるように説明してくれ。いったい、あの子は何が違うんだ? 純粋に、戦闘能力が高いという意味か?」
「ううん、そういう事じゃないよ。あの人はね、物凄く大きいんだ」
仕方なく私から話を振れば、ゴンはまたもや曖昧な言い回しをした。「大きい……私には、あの子はゴンよりも小さかったように見えたが?」レオリオと顔を見合わせた私は、思ったままを尋ねた。
「背の高さじゃないよ。う~ん、何て言えばいいんだろう……なんていうか、あの人は『くじら島』というか、海みたいな感じなんだよね」
くじら島……確かその名はゴンの故郷の名だが、いったいそれが? それに、海? 言っている意味が、まるで分からないぞ。
「俺もどう言い表したらいいか分からないんだけど、自然がそのまま人の形になったと考えた方が、分かり易いのかな? とにかく、あの人はそういうモノだから、心配するのは逆に失礼だよ」
「自然……つまり、あの子は人の手の入らない秘境などで育ったから、私たちの常識が通用しないということか?」
「違うよ、常識とかじゃなくて……ん~、何て言えばいいのかな。俺、あんまり勉強得意じゃないから……とにかく、そういうモノなの」
「……とりあえず、心配する必要は全くない、ということでいいんだな?」
「――っ! うん! そう、そうなの! ああ、伝わってくれて良かった」
いや、伝わったわけではないのだけれども。
そう言いたい気持ちはあったが、胸に留めておいた。レオリオも、あの子は大丈夫という点だけ分かれば満足なのか、「それなら、いいんだけどよ……」複雑な顔で納得したようであった……が。
「それにしても、トンパさんには吃驚したよ。二本角さんに対して嘘を吐くなんて、凄い度胸だよね」
「……? 何で、凄い度胸になるんだ?」
「え? だって、自然に嘘を吐いたらしっぺ返しが来るでしょ? 森の皆だって、自然相手には絶対に嘘を吐かないよ」
「……そ、そうか。自然が相手なら、そうだろうな」
「そうだよ、もう。二本角さんが優しかったから良かったけどさ」
今度は逆に、私だけが納得出来そうになかったのだが……間の悪い事に、試験が始まったことで、それ以上をゴンに尋ねることが出来なかった。