ここは勅使河原家。
早耶香はキッチンで食器の後片付け中で、克彦はのんびり『ムー』を読んでいる。いつもの光景である。
唐突に克彦が『ムー』をパタンと閉じ、言った。
「サヤちん。瀧に会って、どう思った?」
「…何よ藪から棒に」
早耶香はカチャカチャと食器の当たる音を立てながらぶっきらぼうに聞き返す。どうせまたオカルトな話なんだろうとでも思っているのだ。
瀧が実は…予言者や!とか。
「いや…ちょっとあいつに似とるなぁって思ってな…」
「…」
早耶香の手が止まる。水だけが流れ続ける。
「奇遇やな。私もや」
「そうか。じゃあ、誰に似とるかせーので言おうや」
「「狐憑き」」
狐憑きとは…一応解説しておくと、三葉が高2のときに発症した突発性人格変異症候群のことである。少なくとも二人はそういう認識だ。
「なんというか、雰囲気っていうんかなぁ…あんときに三葉に何となく似とるというか…」
「話しぶり口ぶりが何となく似とる。しかもや、俺たちあの時お前のためにバス停に青空カフェ作ったやろ?」
「あー。あれなぁ…よぅできたもんやと思ったけど…そういえばちょうど狐憑きのときやったなぁ」
「あれ、設計したの誰やと思う?」
「…あんたやないの?」
早耶香の疑問に克彦は首を横に振る。
「俺にはあんなセンスのあるもんはできへん。あの図面を書いたのは狐憑きの三葉や」
「は?あの子、設計とかできたん?」
「せやから、瀧と狐憑きの三葉が似とるっていうんや」
「あぁ。そういうことね…最後に狐憑きを見たのは、確か彗星が落ちた日やったね…」
「…あぁ」
二人は感慨深げに天井を仰ぐ。
あの日、彗星が落ちた日。三葉の行動はまさに奇行と言えた。
もちろん、それまでも狐憑きによる奇行はしばしば見られたが、あの日の奇行は常軌を逸していた。
何せ、朝遅刻してくるなり「彗星が落ちてみんな死ぬ」と言い出したのだから…。それが現実となったことには、いまだに二人は驚いている。
「あの日、三葉は俺の自転車を奪ってどっか行ってまったやろ?」
「あー。そんなこともあったなぁ…あの時はまだ狐憑きの方やったな」
「せや。でも、戻ってきた三葉は既に元の三葉やった」
その間には一体何があったのだろうか。
克彦には見当がついている。
三葉は「あの人」に会ったのだ。
早耶香にも見当がついている。
三葉は「あの日の奇跡を共に喜びたかった人」に会ったのだ。
その三葉にとっての大切な人のことは、いつのまにか三葉は忘れてしまっていたようだった。
「瀧なんやろなぁ…」
「せやなぁ…瀧君しかおらんよなぁ」
おそらくその大切な人は瀧なんだろうと見当がつく。
瀧と三葉の出会いの話はまさに「運命」としか言いようのないものだった。
そもそも初対面に人に「この人だ!」と訳も分からず思うことなんて普通はない。
ましてや、その人を探そうと電車を降りるだろうか?
きっと、瀧と三葉の間には、他の人の手の届かないほどの尊い運命があった。
そのことを早耶香も克彦も感覚的にわかっていた。
「…三葉、幸せになれよ」
「…あんた、自分も結婚予定なの忘れとらん?」
「はは、もちろんお前も愛しとるで」
「…もう、そういうこといきなり言うのはずるいで」
「何度でも言うたるわ!愛しとる!」
その後どうなったかって?
聡明な読者の皆様なら想像がつくのではないだろうか。