「なかなかお洒落なお店だね」
時刻は8時30分
俺は待ち合わせ場所に10分早く行ったはずなのに、三葉は既にそこに居た。
俺たちはその後、晩飯を食べにレストランへと来ていた。
「ここは俺が高校生のときバイトに来てた店なんだ」
「へぇ!すごい店でバイトしてたんだね。高校生でこんなお洒落なお店で…羨ましい…」
三葉がジトーッと見てくる。
その仕草がなんとも可愛らしい。
あらためて向き合ってみると、すごく美人だ。
清楚で美しく、お手本のような大和撫子。
でも、どこか仕草の一つ一つに可愛さが含まれていて、独身男性の描く理想の女性像って感じだろうか…って何考えてんだ俺は。
「み…三葉はどっかでバイトしたりしたことはあったのか?」
「ううん。私は高校2年の秋までは田舎にいたし、東京に出てきても忙しかったから…。」
「あ、そういうことなのか。」
「?」
三葉が首をかしげる。
こいつ、感情が表情とか仕草とかに結構出やすいタイプなんだな。
頭の上にクエスチョンマークが見える(比喩)。
「三葉、時々訛ってるじゃん。」
「えぇ!訛っとった!?」
「ほら、訛ってる」
「あ…」
えぇ…訛りが出ないように注意してたのに…。
うわーん、もしかして同僚にもバレてる?
「なんでそんなに恥ずかしがるんだ?」
「えぇ…だってなんか田舎者~って感じがするじゃん?」
「うーん、でも三葉は訛ってたほうがしっくりくるなぁ…俺は」
そこはかとなく「お前は田舎者」って言われてる気がする…のは気のせいかな?
でも、ありのままの私のほうがしっくりくると言ってもらえたのは素直に嬉しい。
「じゃあ…瀧君の前ではそうしようかな…?」
「あぁ、せっかくだし、俺の前では猫をかぶってほしくないな。」
「別に猫をかぶってたわけではないんやけどね…」
「そう、そっちのほうがしっくりくるよ」
なぜかはよくわからないが、三葉といえば方言!といった感じがするのだ。
会ったこともないのに何でそう思うんだろうか?
「なぁ、俺と三葉って…やっぱりどこかで会ったことあったけ?」
「…どうなんやろね」
二人が電車から降りてダッシュしたのは「この人だ」って思ったからだ。
瀧は「君をどこかで…!」と言ったし、三葉も「私も…!」と言っているから、二人ともどこかで会った気はしているのだ。
しかし、やっぱり会った記憶がない。
「三葉ってさ、どこ出身なの?」
「……」
三葉の表情があからさまに曇る。
「言いたくない?」
「うん…」
「そうか、じゃあ聞かないでおくよ」
瀧君は優しい。
私が嫌だと言えば、無理に要求したりはしないだろう。
でも、ここで言わなきゃ、私たちの記憶は蘇らない。
そんな気がしたから、私はやっぱり言うことにした。
「ううん、やっぱり言う。私は…糸守出身なの。」
「いと…もり…」
瀧君が目を大きく見開く。
「糸守ってあの…彗星が落ちた…?」
「そう、その糸守」
「そうか、だから高校2年の秋に東京に…?」
「うん」
岐阜県糸守町
2013年10月4日に地球に最接近したティアマト彗星が突如として分裂し、その片割れの隕石が落下した場所だ。
隕石は糸守町を破壊しつくし、地形をも大きく変え、元々あった糸守湖と共に瓢箪型の新糸守湖を形成した。
しかし、偶然にもその日は避難訓練が行われており、死傷者はほぼ0だったらしい。
その奇跡のような物語は日本中…いや世界中で伝えられ、「糸守の奇跡」として語り継がれている。
「もう…8年か…俺が中学3年生のときで…三葉は高校2年生だったのかな?」
「うん。あのときのことはもうあんまり覚えとらんなぁ」
「俺もだよ。ただ、なんだかすっげー楽しかった気がする」
単に箸が転んでもおかしいような年ごろだったってだけか?
いや、それは少女に対する言葉だったか。
「私もやよ」
「え?」
彗星が落ちた年なのだから、悲しい記憶が多いはずなのに、楽しかった?
どういうことだ?
そんな気持ちが表情に出てたんだろう。
三葉が手を顔の前で振って慌てて否定した。
「あ!もちろん彗星が落ちた時は悲しかったんよ!ただ…」
「彗星の悲しみを超えるほどの楽しいことがあったのか?」
「うん…ただ、その記憶も今では無くなってまって、いまでは忘れちゃったっていう悲しい感情しか残っとらんのやけど、でもやっぱり彗星が落ちる前はすごく楽しかった気がするんよ」
「俺もだ」
「え?」
「俺も、彗星を見た後、何かを忘れちまったっていう悲しい感情だけが残ってるんだ」
「…」
同じだ…。
私は彗星の落下を境にとても楽しかった大切なはずの記憶を忘れてしまっている。
瀧君も彗星を見たのを境に、やはり同じように記憶を忘れてしまっている。
その大切なはずの記憶とは、もしかしたら私たちの間にあった、大切な何かなのではないか。
俺たちはその大切な記憶を全て忘れ、何か大切なものを失ってしまったという感覚だけが残っているとしたら…。
あり得ない話ではない。
俺たちは互いの記憶を、まるで一瞬にして消え去る彗星のように忘れてしまったのかもしれない。
バカみたいに口をあんぐりと開けて、夢の景色のようにただひたすらに美しい夜空を眺めていたあの夜。
三葉は俺の大切な記憶を消え去る彗星と共に忘れてしまったのではないだろうか?
そして俺もまた然り…あの日、夜空を眺めながら
きっとそうなんだろう。
私は
彗星が落ちたあの夜。
私がわけもわからずサヤちんやテッシーと共に避難誘導をしたあの夜。
私は瀧君の、そして瀧君は私の。
互いの大切な記憶を消え去る彗星と共に忘れてしまったのではないだろうか?
きっとそうなのだ。
「「あの」」
声が重なった。
多分瀧君もも同じことを考えてたんだな…ってわかる。
その確信がある。
「三葉、先にいいぞ」
「うん…私ね、あの彗星が落ちた時、みんなが言うには彗星落下を予知してたらしいんよ」
「え…?」
瀧君は怪訝そうな表情…そりゃそうか。
私にだって記憶がないし、世界中の誰もが予想できなかった彗星落下をド田舎の一女子高生が予想してたなんて信じられない。
「それで、私は友達に頼んで避難誘導をしたらしいんよ」
「そりゃ…すげぇことをしたもんだな…」
田舎だから東京に比べれば幾分簡単かもしれないが、それでも高校生が糸守町中の人々を避難誘導するのは不可能ではないか?
「どうも、町の変電所を爆破して山火事をでっちあげて、防災無線をハッキングして高校から町中に放送したらしいんよ…」
「えぇ…そりゃまた…すげぇ行動力というか…よっぽど彗星が落ちるって確信があったんだな」
「私にも、内気な私がそんなことをしたなんて、にわかには信じられんよ…でも、まわりがみんなそう言うんよ」
でも、一つだけ引っかかることがある。
報道された事実と異なるのだ。
「確か報道されたのでは、町中で避難訓練をしてたって聞いたんだけど…」
「そういうことになっとるんよ」
「え?」
「さすがに3人だけでは避難させきることは難しくて、町長のお父さんにお願いして避難指示をだしてもらったんよ」
そういえば、たしか町長の姓は「宮水」だった気がする。
もっといえば隕石の落下地点ってちょうど秋祭りをしてた土地の氏神を祀る「宮水神社」じゃなかったっけ?
あれ、三葉って実は結構お嬢様…?
でもそれは今問題じゃない。
三葉が彗星落下を予知し、親父さんを説得し避難勧告を出させたのは紛れもない事実なんだろう。
親父さんが娘のために矢面に立ってメディアに出てたとすれば、説明がつく。
でも、そんなことをしたのに三葉の記憶がないのはあまりにも不自然だ。
もしも、さっき俺が考えたお互いにお互いとの記憶を失っているという仮説が正しいとすれば、そこに俺が関わっていることになる。
どういうことだ?
「どうして…そんなことをしたのに記憶にないんだ?」
「いや…厳密には避難誘導をした記憶はあるんよ」
「どういうこと?」
「その計画をした記憶がないんよ、気づいたら彗星落下を知っとっただけ」
計画をした記憶はない…?気づいたら彗星落下を知ってた?
ますますわけがわからない。
「気づいたら彗星落下を知ってたって…気づいたのは避難誘導中なのか?」
「うん…って、なんかおかしいな…?」
「あぁ、もしお前が彗星落下を避難誘導中に知ったとしたら、避難誘導の計画をしたのは誰なんだ?お前の周りの人はお前だって言ってるんだよな?」
「うん…でも、その記憶がないんよ」
「そんな記憶を忘れるなんて…もしかしたら、そこには俺が関わっているかもしれない」
「え?」
もし、さっき私が考えた仮説が正しいなら、そういうことになる。
「瀧君は、糸守に来たことがあるん?」
「ある。高校2年生のときに」
「え…?」
それでは辻褄が合わない。
瀧君が高校2年生の時は私は東京に出てきて大学に通っているわけで、糸守は既に彗星が落下した後だ。
たとえ、そのときに糸守に来たとしても私には会えるはずが無いし、関りがあったとは考えにくい。
どういうことなの?
「辻褄が合わないだろ?それは俺も承知してる。でも…もしかしたら、そこについても何か大切なことを忘れちまってるんじゃないかって思ってさ…ハハ、そんなこと言ってたら埒が明かねぇよな」
瀧君が自嘲気味に言う。
でも私は首を振って言う。
「うぅん。確かに辻褄は合わないかもしれんけど、多分そうなんよ」
「…でも、それじゃ訳がわかんないぞ」
「あんまり考えすぎもよくないんよ?ゆっくり思い出そう?」
「あぁ…」
瀧君がワインをグビグビっと飲む。
ワインってそんなに一気にのんでえぇもんなん…?
私はアルコールに大して強くはないからチビチビと飲む派なんやけど…でもここで飲まなくてノリの悪いやつと思われるのも心外やし…ええぃ儘よ!
と私もグビグビっと飲む。
後で考えれば、素直にアルコールに弱いと言っておけばよかったと思う。
「お、いい飲みっぷりだな!それにしてもこの店の飯は美味いだろう?」
「うん、ただ、どこかで見たことあるような気がするんよ…」
「もしかしたら一度入ったことがあるのかもな?」
「…」
三葉は釈然としなさそうな表情だが、瀧はあまりそのことは気にしなかった。
実はこれも三葉と瀧の過去の関係にかかわる事なのだが、二人がそれに気づくのは結構未来の話だ。
「俺は高校2年生のとき、やけに糸守に興味をもってたみたいなんだ」
「え…?でも、瀧君が高校生の時って、彗星が落ちてから3年後やよね?なんでいきなり…?」
その通り、ちょうど彗星災害の話も下火になってきたころに俺はいきなり糸守に興味をもちはじめたのだ。
「彗星災害ってよりも、糸守そのものに興味をもったんだよ」
「え?」
「ほら、俺って東京生まれの東京育ちでふるさとっていうのを知らないんだよ。だから、そのふるさとの感覚を糸守に見出してたんじゃないかな?だから、俺が興味をもってたのは彗星が落ちる以前の糸守だったみたいなんだ」
私は嬉しかった。
普通「私は糸守出身です」と言ったら百人中百人が彗星災害の話しかしない。
それで同情されるのが嫌で、出身地を隠してきた。
でも瀧君は彗星が落ちる以前の糸守が好きだと言ってくれた。
それが無性に嬉しくて、ぽろりと涙がこぼれる。
「え…なんで泣いてるの!?」
「…なんか、瀧君が彗星が落ちる前の糸守が好きだって言ってくれて…嬉しかったんよ…」
「…」
こういうとき、どうすればいいのかわからない。
というのは第1話でもおわかりいただけだだろう(メタぁ)。
とりあえずハンカチを渡す。
「ありがとう…」
三葉が涙をぬぐう。
その仕草になぜかドキッとしてしまう。こんなときにときめくなんて…俺ってやつは…。
「俺、そのとき糸守の彗星が落ちる前の風景とかを描きまくってたみたいでさ。多分ニュースとか新聞とかネットとかで見た写真を写してたんだと思うんだけど…。それで糸守にも出かけたんだよ」
「…それで糸守に…」
「彗星でずたずたにされた糸守を見て、俺はよっぽどショックを受けてたみたいで…一緒に言った友達を心配させたりしたなぁ」
私も今でも糸守の痛々しい景色を見ると胸が苦しくなる。
でも、まさか糸守以外の人が糸守の景色を見てショックを受けてくれていたとは思わなかった。
「それで、喧嘩でもしてやけくそになったのか…俺は一人で糸守近くの山を登って、その山頂で一夜を明かした」
今でもその謎の行動の理由がわからない。
ただの頭のおかしいやつである。
「なんかもう、色々忘れちまってて…そしてそんな忘れちまったことに、なぜか心を締め付けられて…」
「…」
「でも、もしかしたらそれらの忘れちまった記憶ってのは、三葉が関わってたのかもな?」
「…うん、きっとそうなんよ…この紐を見て」
三葉が髪を結っていた紐を解いて俺に見せてきた。
とてもカラフルで、きれいで、丈夫そうな紐だ。
「これは私の死んだお母さんがくれた組紐」
「組紐…」
何か大切な、忘れたくなかった記憶が顔を出そうとしている。
「お祖母ちゃんがいつか言っとったんよ…ムスビって知っとる?」
「ムスビ…?」
「土地の氏神様のことを古い言葉でムスビって言うんやって。ムスビという言葉には深い深い意味があって、糸を繋げることもムスビ。人を繋げることもムスビ。時間が流れることもムスビ…全部神様の力なんよ」
「…」
俺は三葉の組紐を見つめながら思う。
俺と三葉は…ムスビによって繋がっているのか?
「だから、組紐は神様の技。時間の流れそのものを表しててるんだって…」
俺の脳内に一つのフレーズが浮かび上がる。
「縒り集まって形を作り、捻じれて、絡まって、時には戻って途切れて、また繋がり…」
「知っとったん?」
「あぁ」
「「それがムスビ。それが時間」」
二人の声が重なった。
なぜ…なぜ瀧君はお祖母ちゃんの言葉を知ってるの…?
なんで…俺は三葉の祖母ちゃんの言葉を知ってるんだ…?
「もう少し、話をしよう」
「うん」
キリの悪いところで終わりです。
すいません!
あと…鋭い人は決定的な矛盾点にはお気づきかも。