がんばってほしいですけど、あのとき勉強した内容なんてすっかり忘れてしまっていますから、何と声をかければいいのやら…
…あ、いけない…目覚ましかけるの忘れてた…。
えっと…昨日は女物のパジャマを着た瀧さんを見て大爆笑してたお姉ちゃんを叱って…それで寝て…寝たのはいつだっけ…?
おもむろに時計を見る。
時刻は午前9時をさしている。
…寝坊しちゃったなぁ。今日が土曜日でよかった。
まだ重い体を起こしてカーテンを開ける。
いつもは6時ごろに起きているから朝日を眺めるのが日課なので、朝起きたら既に日がのぼっているというのは違和感だ。
……良い匂いがする…?
耳を澄ますと何かを調理している音がする。
お姉ちゃんがやってるのかな…?
いやでもお姉ちゃんは寝坊助だから、私が起こさないと起きない。
まさか…。
そう思ってドアを開けてダイニングへと向かう。
「あぁ、おはよう」
「瀧さんっ!」
案の定、瀧がいた。
彼は既にワイシャツに着替えており、昨日の情けないパジャマ姿ではなくなっている。
改めて見ると…イケメンだ。
お姉ちゃんの彼氏なのかな…?
いや、それは今は問題ではない。
「なんで…料理してるんですか!?」
「え…ダメだった?」
「いや…ダメって言うか…昨日今日と迷惑をかけるのは…」
「あぁ、それなら逆に泊めてもらった俺のほうが迷惑をかけてるからな…せめてものお礼だよ」
「はぁ…」
四葉は瀧の作っている料理をまじまじと見る。
見たことのない洋風料理だ。
「何作ってるんですか?」
「これはトマトスープだよ」
「トマトスープ…?」
それって作れるものなのか…?
恥ずかしながら、四葉は洋食というのを生まれてこのかた作ったためしがない。
四葉は基本的に三葉の料理を見様見真似で作った料理しか作れないのだ。
そして三葉は主にお祖母ちゃんから料理を教わっているから、結果として三葉も四葉も和食しか作れない。
だから非常に興味があった。
「へぇ…洋食って、どんな感じに作るんですか?」
「え…?どうって言われてもなぁ…」
俺はバイトのときのシェフの料理とかを見て見様見真似で作ってるから、あんまりどんな風に作るといいのかってのを知らない。
「ごめん…俺は人のを真似て作ってるだけだからどうって言われてもよくわからないんだ」
「そうなんですか…」
「あ、でも…高2の時に和風の煮魚に妙に凝った時期はあったなぁ」
「煮魚?」
煮魚といえばお祖母ちゃんの得意料理だ。
どうしたら煮魚をあれほどおいしく作れるのか…何度も聞いてみたが、ムスビがうんたらかんたらとしか言わないのでよくわからない。
「それよりもさ、そろそろ三葉を起こしてくるといいよ。多分、二日酔いの真っ最中だと思うから。ほら、雑炊も作った。」
「わかりました!でも、お姉ちゃんにはまだまだ色々と説教が必要ですね…!」
「あぁ、みっちりこってりと絞り上げてやろう」
四葉と瀧はニヤリと笑う。
気が合う。二人はそう感じた。
初対面なはずなのに、なぜか話がしやすい。
なんでだろうか?
そりゃあ三葉の体を通じて会ったことがあるから当然なのだが、二人にはよくわからない。
ただ、四葉はあのときの姉と瀧を重ね合わせていた。
姉は高2のとき、突然おかしくなることがあった。
外見は大して変わらないのだが、まるで脳を入れ替えたかのように人格が正反対になるのだ。
「宮水のお嬢さん」の肩書など知ったことかといった感じに好き勝手やっていた気がする。捨て鉢になっていた。
テッシーは「狐憑きや」と言っていたが、天国のマイケルを憑依させていたりもしたそうだからあながち間違いではないかもしれない。
そんな感じにとにかく変になっていた姉と、今、目の前にいる瀧という男からは醸し出される雰囲気が瓜二つなのだ。
なんだかよくわからないから四葉は考えないことにした。
多分、私の勘違いだ。
とりあえずそういうことにした。
「うぅ~、気持ち悪いよ…」
三葉は案の定、二日酔いに苛まれていた。
「まったく…言ってくれればよかったのに…俺と同じペースで飲むもんだから、てっきり強いほうなのかと…」
「うぅ、ごめんなさい!」
「まぁ、いいんだけどな…良いもん見せてもらったし」
瀧がそう言うと、三葉は頬を赤くした。
「え!?ちょっ、瀧君、酔ってる私に何したん!?」
「さぁな~、覚えてないなら別にいいんじゃない?」
「というか、お姉ちゃんは何されても文句は言えん立場やないの?」
「ごめんなさい」
と、こんな感じのやりとりを繰り返し、三葉は心が折れてきたみたいでシャワーを浴びると言い出した。
そのため、部屋は瀧と四葉の二人だけになった。
「あんなお姉ちゃんを見たのは初めてです」
四葉は何気なくつぶやく。
「…あんな…というと?」
「怒ったり、笑ったり、喜んだり、悲しんだり…コロコロと表情を変えていたさっきのお姉ちゃんです」
…つまり、今まで四葉ちゃんが見てきた姉は、感情の変化を一切表に出さないつまらん女だったということか?
もしかして、彗星と何か関係があるのか?
「彗星の落ちた日からか…?」
「!!どうして…?」
「何となくさ…俺もそうだったから」
俺も三葉も彗星災害のときに何か大切な物を…大切な誰かを失った。
それがお互いであったことはもうわかっている。
四葉ちゃんは俺と三葉が記憶を取り戻すうえで、重要なキーパーソンのはず。
俺や三葉の知りえないことまでを知っているはずだ。
だから、俺と三葉のことについて話しておくべきだろう。
「俺と三葉が出会ったのは昨日のことだ。朝、並走する電車の窓越しに目が合って、目が合った瞬間「この人だ!」と思って、次の駅で降りてお互いを探し回って…出会った」
「どうしてそんな…」
「ムスビ…」
「!!」
四葉ちゃんが驚く。
なんでお祖母ちゃんの言葉を…!?と思ってるんだろう。
「君らの祖母ちゃんの言葉を借りると、ムスビってやつだと思う。俺も三葉も彗星災害を境に大切な誰かを失った…そして昨日、時間を超えてまた出会った…」
「…」
「にわかには信じがたいかな?」
俺は少し不安になる。
俺が今話したことを、誰かに話したとしよう。
多分「何言っちゃってんのお前、自分の勝手な解釈を一目ぼれした相手に押し付けてるだけじゃん」って言われると思う。
しかし、四葉ちゃんは俺の予想外の言葉を発した。
いや、俺も感じていたことだから予想外というと綾があるか?
「私…瀧さんに初めて会った気がしないんです」
「…俺も、四葉ちゃんには初めて会った気がしない」
「彗星が落ちるほんの一か月前ぐらいからかな?お姉ちゃんは突然人格が変わったみたいになることがあったんです。それまでのお姉ちゃんからは想像できない、真逆の性格をもったお姉ちゃんです」
「…!!」
俺は、司に似たようなことを言われた。
三葉も同じ時期に突然に人格変異を起こしていたということか…?
そこには関係性はあるはずだが…いまいち説明できない。
「まるで、男の子になったみたいな…男子の視線を気にせず、スカートに何の注意も払わず…朝、部屋に起こしに行ったら胸をひたすら揉みしだいていたことまでありました…」
私はその様子を思い出してゾッとする。
原因をあのときの私なりに色々とさぐってみたが結局わからずじまいで、彗星災害が起きてからは姉が人格変異を起こすこともなくなった。
突然やってきて、消えていった彗星のように…。
「俺は…友人の話によると、どうも女の子っぽくなってたらしい」
「え?」
四葉ちゃんが俺の顔をまじまじと見てくる。
こいつが女の子っぽいってどんな感じなんだろうか?と想像してるんだろう。
俺も三葉が男の子っぽいってどんな感じなのかと少し想像してみた。
…?
想像できない。
というか、そもそもどうしてそんなことが起こりうるのか…見当もつかない。
なぜ同じ高2の時に…?
「なんだか不思議ですね」
「あぁ…何せ、俺と三葉にも何が何だかさっぱりわからないんだからなぁ…」
わからないといえば、確かに俺と三葉は同じ高2のときに人格変異を起こした。
しかし、三葉が高2の時は2013年。俺が高2の時は2016年なので、ちょっとタイムラグがあるようにも思える。
これはほかのことにも言える。
俺が三葉の記憶を失ったのは彗星が落ちた日。
三葉が俺の記憶を失ったのも同じ彗星が落ちた日なのだ。
そこに矛盾はない。
でも、俺には誰かを失ってしまったというその感覚がより強くなった日がある。
糸守を見に行った日だ。
あの日、俺は本格的に、何もかもを失ってしまったような感覚にとらわれた。
このことが実に不可思議なのだ。
いくら考えても答えが一向に見つからないのでこのことは保留していたが、やっぱり変だ。三葉にもそのことはちょっぴりレストランで話したが、どう思ってるんだろう?
まぁあのときは「彗星災害のとき誰かを失い、糸守に行った後その感覚が強くなった」としか言ってないから気づいてないかもしれないが…。
俺は糸守に行ったとき、いったい何をしてたんだ…?
いかん、そろそろ混乱してきた…。
「お待たせ~」
俺が熟考しているところに三葉がシャワーから戻ってきた。
「お姉ちゃん、遅いよ!」
「ごめんごめん!片づけは私がするでね」
ただ、この何気ない光景を見ているとどうでもよくなってくる。
俺たちの過去には何かがあったけど…それはおいおい思い出せばいい。
そう思えてくる。
俺たちはまだ始まったばかりだ。
遅くなりすいません。
この後どうすっかなーって悩んでます。
いろんな物語の進め方があって、どうすれば面白くなるか試行錯誤中でございます。
あ、もちろん最終話まで書くつもりなのでご安心を…。
ではまた次回。