アイドル課に飛ばされた   作:寝台

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橘ありす1

プロジェクトクローネが始動して日が経った頃。

俺はプロデューサー室の自分の椅子に座りながら、とある一流音楽雑誌を読んでいた。

見開きのカラー写真のページ。そこに写っているのは、速水を中心としたプロジェクトクローネのメンバーたちだった。

コンセプトに合わせた黒を基調としたヒラヒラとした服に、満面の笑みではなく含み笑いのように余裕のある大人の女性をイメージした表情をしている。

これはクローネの紹介記事である。その次のページにはリーダーである速水のインタビューが載っている。

他のプロデューサーたちからの悪意的な妨害は北風形式(常務命令)で吹き飛ばし、ようやくメンバー全員揃って仕事をすることができたのだ。

もう少し粘られるかと思っていたが、報告した次の日にスケジュール確認のメールが次々に来たので驚いた。多分常務側もある程度想定していたのだろう。

まあ、明らかな恐怖政治なので反感は強まりそうだが、今更気にしても仕方がない。

コーヒーを一口啜っていると、ドアがノックされた。

 

「こんにちはプロデューサー」

 

入ってきたのは速水だった。

 

「よう。休みなのにいきなり呼び出して悪かったな」

「別にいいわよ、予定もなかったし。それに仕事だものね。男の都合に振り回される悲しいお仕事」

「お前は人聞きが悪い言い方をしないと気が済まない病気か? ん?」

「冗談よ。それよりも、その雑誌って私たちが載った雑誌?」

 

さらりと話題を変えられた気がする。まあ、いいか。

俺は見ていたページを開いたまま速水に渡す。

 

「そうだよ。クローネの特集記事を書いてもらったやつだ」

「へぇ。さすがは名のある雑誌ね。とてもお洒落なデザインだわ」

「だよな〜。俺も宣伝したいから特集記事を載せたいとは言ったけど、まさかこんな一流雑誌のカラーページ持ってくるとは思わなかったよ。今更ながら、この会社って芸能プロダクションじゃ大手なんだな」

 

理想的すぎて、育成ゲームしている気分になった。これが権力か。コツコツとコネクション広げてきた自分が馬鹿らしく見えるぜ。

 

「それだけ期待されてるってことじゃないかしら?」

「……まあな」

 

なんせ常務の夢らしいからな。失敗したりしたら、はたして俺は物理的に生きていられるのだろうか。富士の樹海あたりで変死体になってないだろうか。

 

「ふふ、骨は拾ってあげるわ」

「死ぬ前提で話進めるのやめてもらえませんかね?」

 

シャレにならないんだよ、マジで。

 

「それで、今日はどんな用事で呼び出したのかしら?」

「ああ、それはもう1人が来たら話すよ」

「まだ誰か他に呼んでいるの?」

「そうだよ。そろそろ来るんじゃないかな……」

 

とドアの方を覗き込むように見ると、ドアがノックされた。

 

「失礼します」

「よう、ありす。今日はよく来てくれたな」

「いいえ、プロデューサーさんに呼び出されたんですから来て当たり前です。あと、ありすじゃなくて橘です」

「おお悪い悪い」

 

特に悪びれず口だけの謝罪をした。ありすじゃなくて橘ですは、彼女の持ちネタのようなものなので、流しておく。橘は少し不満そうだが。

 

「じゃあ、さっそく本題に入ろうか。2人ともこの動画を見てくれ」

 

と言って、俺はタブレットを操作して、画面を2人に見せるように机に置いた

タブレットが読み込みを終えると、動画が始まった。

和音がマイクから響くと同時に、渋谷、北条、神谷が息を揃えて歌い始める。高潔さをも感じさせる歌い出しから、サビの全身を痺れさせるような迫力を持つ圧倒的な歌唱力。それは人々に印象と憧れの感情を残すには十分だ。

この動画は、渋谷凛、北条加蓮、神谷奈緒の3人で結成されたトライアドプリムスというユニットのデビュー曲『TrancingPulse』のMVだ。

動画が終わると、俺は歌声の余韻に浸っていた2人に

 

「どうだった?」

 

問いかけると、2人は我に帰り。

 

「すごかったわ。3人の実力は知っていたつもりだったけど、ここまでとはね。嫉妬しちゃうくらい」

「すごいです! とてもかっこよかったです!」

 

速水は複雑そうな顔をしながら感想を言い、橘は興奮気味にすごいを連発していた。

この辺りはまだ子供っぽさが残ってるんだな。少し安心した。

目を輝かせている橘を微笑ましく見ていると、橘は気がついたのかハッと肩を揺らして、ギロリと俺を睨んだ。

俺は目をそらして、コホンと咳をする。

 

「これは先日公開した、トライアドプリムスの新曲MVだ。現在Yチューブの346official channelにて無料公開している」

「こ、こんなすごいMVを無料で聴けるんですか!? 信じられません!?」

「そして何と何と! 他のクローネメンバーのソロ曲も期間限定で無料公開中なんですよー!」

「……何よ、そのネットショッピングの社長みたいなテンション」

 

調子に乗って某社長をマネして声高めにしたら、馬鹿を見るような目をされた。

は、恥ずかしい!

俺は羞恥に悶えていると、橘が。

 

「でも、こんなすごいMVを本当に無料公開して大丈夫なんですか?」

「そうね。結果を出さないと、プロデューサーの首も涼しいんでしょ?」

「大丈夫だ。無料公開をするのには明確な理由があるからな」

「理由ですか?」

「そうだ。まず前にも言ったように、プロジェクトクローネの真の狙いは新たなアイドルのファン層を開拓することだ。しかし、今まで通りSNSや音楽番組の宣伝では、やはり限界がある。どうしてもアイドルが歌っている、という先入観が抜けないからな。見ないやつは見向きもしない」

 

話についてこれているか、2人に一度目配せし。

 

「そこで無料配信だ。無料なら一回くらいと気軽に興味を持ってもらえるだろう? それに、お前らも知っての通りYチューブでは一定の再生数を超えれば、それは1つの格になる。100万、1000万、1億ってな。そういう分かりやすい格付けがされていれば、アイドルだからって先入観が薄まる。要するに、損して得とれってやつだ」

 

実際損も多い。アイドルの楽曲は基本的に作詞作曲共に外部に委託するのが大部分だ。そうなれば、版権使用料がかさむし、何より人によっては無料配信なんてとんでもないと仕事を受けてくれない人までいる。しかも必然的にその人が作った曲は、配信に使用できないのだ。今回の配信だって、揉めに揉めてようやく期間限定配信という形で決着が付いたのだ。

本当に著作権って面倒だよなぁ(遠い目)。

 

「目が死んでるけど大丈夫?」

「気にするな。ちょっと、ここまで来るまでの思い出が走馬灯のように流れてるだけだから」

 

もうこんな仕事二度としたくない。と思いつつ、またやるんだろうなぁ。

 

「まあ、そんなわけでようやく内容に入るが。橘、今度お前のソロ曲を流すことが決定した」

 

その言葉を聞いた橘は、目を剥いた。

 

「ほ、本当ですか? 私がソロデビュー……?」

「ああ。歌はもう出来てる。そしてそれに合わせてMVの撮影も決まったから、準備しておいてくれ。撮影日は、今日から2週間後だ」

「結構あるのね」

「いや、かなり時間ないぞ? お前自分基準にすんな?」

 

たしかに歌が出来て1週間で生放送で歌わされるのに比べれば楽かもしれんが、そんなハードモード普通ないからね?

噂では自分たちで詩を作って、次の日歌ったアイドルがいるらしいが……。ここのアイドルたちって本当に人間かしら?

アイドル超次元人間説を唱えたくなったが、関係ないので割愛する。

 

「それでな橘は今日からレッスンに入ってもらいたいんだが、生憎俺は別の仕事が立て込んでたな。もしかしたら、撮影当日も入れないかもしれん」

 

橘は心配なのか少し顔を強張らせる。

 

「そこでだ。速水には橘のサポート役として、できる限り付いていてもらいたい。クローネの中じゃ、お前と鷺沢が橘に懐かれてるからな」

「な、懐かれてるって! もう少し言い方ないんですか!?」

 

今度は顔を赤くして怒る橘。不安になったり、怒ったり忙しいやつだ

 

「じゃあ、好かれてる」

「す、好き!? そ、そんな……」

「あら、ありすは私のこと嫌い?」

「嫌いじゃないです!」

「ならいいでしょ?」

「むむ……分かりました。お願いします」

 

最終的に橘が折れた。

 

「じゃあ、そういうことでよろしく。橘は先にレッスン室に行ってくれ、速水は少し残れ」

 

 

 

 

橘が部屋から出るのを見送った。

速水を見ると表情を引き締めていた。どうやら速水はこれから話す内容が、重要なことだと理解しているようだった。

相変わらず鋭い。こいつの旦那になったら、浮気とか絶対できないな。

俺が苦笑を浮かべていると、速水は表情を柔めて。

 

「あら、私の顔に何かついてる?」

「いいや。お前の旦那になるやつは大変そうだなぁって考えてただけだ」

「心配ないわ。私の旦那になる人は浮気なんて絶対しないもの」

「そんな保証のある男なんてこの世にいるのかねぇ」

「じゃあプロデューサーは浮気する人?」

「いや、しないけど」

「じゃあ、いるじゃない。浮気しない保証のある男」

 

そう言って速水は妖艶な笑みを浮かべる。

たしかにそうだが、自己申告で判断していいものなのか? 人を信じるのはいいけど、悪い男に騙されないようにしてほしい。

 

「まあそれはいい。お前に残ってもらった本題なんだが、橘のことをよく見ていてほしい」

「ええ、だから私がありすのサポート役に付くんでしょ?」

「それは建前だ」

「建前? どういうこと?」

 

速水の声が鋭くなる。

それはそうだろう、ここで話していることは橘は知らない。それは、事情はあれど彼女を騙しているのと同じだ。速水は飄々としているようで橘を可愛がってるから、それが不満なのだろう。

 

「もっと言うのなら、速水には橘を監視していてほしい」

「……意図が理解できないわ」

「ああ、だから説明する」

 

俺は封筒から書類を取り出し、そのまま速水に手渡す。

 

「それは今まで橘が参加したユニットの曲目だ。それを見れば分かるように橘はユニット単位なら場数は踏んでいる」

「そうね。私よりも多いくらいだわ」

「そうだ。正直実績だけなら、橘はとっくにソロで曲を出していてもおかしくないんだ」

「じゃあ何で今なの?」

「あいつのプロデューサーの方針だよ。ソロデビューは早くても高校生から。それまでは経験を積むためにユニット中心の活動させるってな」

 

それ自体は悪いとは思わない。実際ソロデビューは心因的リスクも大きいから、心身共に成長したタイミングでデビューさせるということは1つの手段だ。

個人的には好きじゃないが。

「だが、橘はその方針が合わなかったらしい。あいつはずっとソロデビューさせてくれとプロデューサーとぶつかっていたようだからな」

「あの子けっこう頑固なところがあるものね」

「まあな。今回のクローネもあいつのプロデューサーは難色を示していたが、橘が強引に受けたんだ。それぐらい、あいつのソロデビューへの拘りは強い」

「……」

「ここまで言えば大体分かるな? 今回のソロデビューに対するあいつの思い入れは相当強い。意地でも成功させようと気負うだろう。しかし、どんなに技術があろうとあいつは子供だ。根を詰め過ぎれば潰れてしまう。だから、橘が潰れないように監視しておいてほしい」

 

速水は目を閉じる。考えを巡らせているのか、少々考え込んでいた。

そして目を開けると、静かに言い出す。

 

「要するに私はありすを見守ればいいのね」

「ま、そうだな」

「もう、紛らわしい言い方しないで。あの子を監視なんて言うから何事かと思ったじゃない」

「いや、何というかなぁ……。橘に任せておいて、お目付役をつけるのは、矛盾するというか、信じてないみたいで罪悪感があってな」

 

だから『見守る』という自分のやり方に肯定的な言葉は使いたくなかった。

 

「相変わらず馬鹿正直な人ね」

 

呆れ混じりに言われた。

「人を信じること、人を心配すること、両立出来ないわけじゃないでしょ?」

 

そして諭されてしまった。

「速水」

「何かしら?」

「ありがとう」

「どういたしまして。お礼は期待していいの?」

「おう。すごいプレゼント用意しておくよ」

「そう。楽しみにしておくわ」

 

速水は妖艶な笑みを浮かべながらそう言った。

 


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