アイドル課に飛ばされた   作:寝台

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初仕事

速水奏と顔を合わせた次の日。彼は、速水の家の前で車を停めて待っていた。

すでに到着していることは速水に連絡済みだ。まもなく来るだろう。

そして5分後に玄関から速水が出てきた。

服装は、なぜか昨日と同じ制服だった。

しかし彼は、特に何か言うでもなく車から出た。

 

「おはよう、速水」

「おはよう、プロデューサー。あと速水じゃなくて奏でいいわよ」

「断る。ふざけたこと言ってないで、早く車に乗れ」

「つれない人ね……」

 

不満顔の速水を後ろの席へと座らせて、彼も運転席に戻った。

彼が運転席に座りシートベルトを付けたことを見計らって、速水は後ろから。

 

「今日は何の仕事なの?」

 

速水には、明日から仕事だから家に迎えに行くとしか伝えていなかった。

彼は、車のエンジンのかかりを確認しながら、言った。

「雑誌の撮影だ。地方雑誌だが、お前の写真を巻頭に乗せてもらうことになっている」

「……えっと、エンジン音のせいで聞こえなかったから、もう一度お願い」

「巻頭写真の撮影だ」

「耳がおかしくなったかしら……。巻頭がどうとか聞こえた気がするわ」

「合ってるよ、お前の耳は正常だ。今日の撮影で撮った写真を、雑誌の巻頭カラーで使うんだよ」

「嘘でしょ?」

「喜べ。本当だ」

 

しかし、速水の反応は喜びよりも戸惑いだった。

当たり前だ。昨日プロデューサーが付いたばかりなのに、いきなり巻頭写真など、誰が聞いてもおかしいという。新人アイドルが積むべき下地を何段も飛ばしている。

そのことは彼も分かっているので、速水の反応も予想通りだった。

だから、速水に事情を説明した。

 

「編集長が俺が前にいた部署の時のお得意さんでな。俺の担当していたモデルをよく使ってもらってたんだ。その伝で聞いてみたら、ちょうど予定していたモデルが使えなくなったとがで、急だが今日の仕事が決まったんだよ」

「なるほど、プロデューサーの人脈だったのね」

「まぁ、ごり押しだかな」

「いいじゃない、ごり押しでも使えるなら使えば。綺麗事ばかりで生きていける世界じゃないでしょ?」

「確かにな。子供なのに、この世界のことをよく理解しているじゃないか」

「えぇ。でも、使えるものとは言ったけど、枕営業はまだ決心つかないわ」

「させねえから、心配すんな!」

「そう」

 

冗談だったのか、速水はクスクスと笑っていた。

必死につっこんでしまった羞恥心から、彼は顔を赤くして、少し強めにアクセルを踏んだ。

 

 

 

 

 

速水を衣装係りのお姉さんに任せて、俺はスタジオの方へと来ていた。

スタジオでは、すでにスタッフたちが撮影セットを用意してスタンバイしていた。俺は毎度のことながら準備の早さに感心しつつ、今日の仕事の依頼者である雑誌の編集長に挨拶に向かった。

 

「おはようございます編集長、支です」

 

子太りで眼鏡をかけた中年な見た目の編集長は、俺を見るなり両腕を広げて。

 

「おお! 支くん、久しぶりだね! 今日は急な撮影なのに女の子貸してくれてありがとうね! いやぁ支くんには、本当にいつも助かっているよー」

「いえ、自分の方もいつもそちらの雑誌に使っていただき感謝しています」

「もうほら、そうやって堅くする。僕と支くんの仲なんだから、もっと砕けていこうよ。フレンドリーにさ!」

「……善処します」

「ほらまた堅い!」

 

俺は編集長の人間性は嫌いでない、むしろ好意的に思っている。

だが、このように距離を近くするのを強要してくるところは、少し苦手だった。

基本はいい人なんだ。しかし、時々うざくなるのだ。そんな印象だった。

 

「そういえば支くんは、モデル課からアイドル課に移ったんだったね。 どうだい、環境が変わった感想は?」

「……移ったといっても、昨日からですしね。まだ環境の変化は実感出来ないですよ」

「それでも前の部署よりはいいと思うだろ?」

「………………そうですね」

「かなり間が空いたね。まだ吹っ切れていないのかい?」

「いいえ、吹っ切れてはいますよ。ただ、環境が変わったからいい方向に進むのかなぁ、とは思いまして」

「進むと思ってればいいよ。後ろ向きに考えても、気分を重くするだけさ」

「そうですね」

 

編集長は俺の事情を知る数少ない1人、俺が干されているときも仕事をくれたことは今でも感謝している。

「今はそんな暗い話はやめましょう」

「そうだね。じゃあ、今日の撮影のことでも確認しようか」

 

前向きになれと言われた通り、俺は過去の話でなく、今の話をすることにした。

編集長にもその意図が伝わったのか、異論を示すでもなく、笑顔で話題を変えてくれた。

 

「今日の撮影のテーマはね『お嬢様のバカンス』だ。もうすぐ五月だからね、それに合わせて涼しげで爽やかな写真にしようと思ってるんだ」

「なるほど、いいですね」

 

この雑誌は地元密着情報誌、求められる客層は男女どちらもだ。だから男性でも女性でも、どちらも使う。服装もグラビアなどの過激なものより、季節に合わせた清楚なものが多くなるのだ。なので、水着を嫌がるモデルには当てやすい仕事なのだ。

でも、速水に爽やかなイメージか……。

「モデルの子入ります!」

 

張りのある女性の声に、みなが一斉にその方向を見た。

もちろん俺もだ。

速水が来ていたのは、水色の膝元まで伸びるワンピース、それ以外は着ていない。生足で、海岸にでも行けばさらに映えそう(そんな予算はない)という格好だった。

おそらく普通のJKが着れば、清楚で爽やかな風になるのだろう。

だが、その服を着た速水に俺が抱いた感想は。

 

「なんかエロい……」

 

そう、速水の姿はエロかった。

ふざけてるわけでなく、真剣にエロかった。

普通ならお嬢様のような清楚なワンピースが、速水が着ることによって、その儚げな表情が大人の色気を感じさせてしまうのだ。

服に着せられているという言葉があるが、速水の場合は服を自分のものにしていると言えた。

それはいいことだ、才能ともいっていい。しかしここではその才能は発揮してはいけなかった。

さすがにこれはボツだろ……。

先程から一言も話さない編集長を横目で見ると。

 

「うん、未亡人みたいで、なんかこう……グッとくるよね」

 

おい爽やかはどうした。数分前の自分の発言を思い出せ。

「……慣れないわね。制服以外の姿を人に見られるのは」

 

髪をかきあげる動作をすると、何人かの男性スタッフが見惚れていた。そして彼女持ちだった人は彼女にしばかれていた。

そして速水は俺の方を見ると、そのままこちらに歩いてきた。

 

「どうかしらプロデューサー、似合う?」

「ああ、すごい似合ってる」

 

当初のイメージとはかけ離れているがな。しかし、それでも男の目が奪われるのだから、似合ってることはかわりない。

「そう。ありがとう嬉しいわ」

 

速水は微笑んで言った。

本当に褒められて嬉しいのか、からかっているのか、分かり難いな。

まぁ、白い肌がほんのりと赤くなってるところを見ると、本当に照れているのだろう。

年相応なところがあって、少し安心した。

 

「この子が速水ちゃんか。はじめまして、僕は今回撮影をお願いした雑誌の編集長だ」

「はい。まだ知名度もない新人の私を起用していただいてありがとうございます。期待に沿えるようにがんばります」

「はは、前の子とは違って礼儀がしっかりしてるね。若いのに感心感心」

 

本当だよ。初対面のお偉いさんにヤッホーとか言わないやつで、俺も気が楽である。

「その、編集長、撮影はどうしますか? 自分で言いたくはないですが、今の速水はそちらのテーマに合っていないと思うのですが……」

「うーん。そうだね、どうしようか……」

「どんなテーマなの?」

「『お嬢様のバカンス』だよ」

「なるほど、たしかにね。私はお嬢様というより、お姉様だものね」

「お姉様って、自分で言うか? なに言われたことあるの?」

「えぇ、後輩からよく言われてるわ。女の子もなかなかいいわよ。唇も柔らかいし」

「そんな情報知りたくなかった……」

「なら、体験してみる? 私の唇で?」

「なにが、『なら』なんだ!? ふざけんな!」

 

というか人前で言うなよ。週刊誌ではないとはいえ、雑誌の編集長の前でよ。スクープされたらどうする。

そんな心配をしているとき、編集長のいる方から手のひらを叩き合わせる、乾いた音が聞こえた。

 

「これだ!」

「「……え?」

 

何のことか分からない俺と速水は、そろって気の抜けた声を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、本当に載せたのか」

 

俺は手に持っている雑誌の表紙を見ながら言った。

そこに写っているのは人差し指を唇につけ、片目をウィンクするように閉じた速水だ。

その題名は『お嬢様のバカンス』ではない。新世代の小悪魔系アイドル速水奏と銘打ってあった。

写真も爽やかさは欠片もなく、大人の色気をこれでもかと感じられるように載せてあった。

何でも編集長ら、俺のことを楽しそうにからかう速水を見て、これを思い付いたらしい。

俺がからかわれたおかげと言うと少し複雑だが、イメージの違いを、これ以上ないほどいい方向で修正できたのは嬉しいことだ。

雑誌の売れ行きも上々らしい。

最初はいつもと方向が違うから不安視する声もあったが、結果が出れば認めるしかないだろう。

これで速水の名前が売れればいいが。

 

「それにしてもこいつ、本当にエロい顔してんな」

「あら、ありがとう。嬉しいわ」

「うおわぁ!?」

 

独り言に言葉が返ってきたと思ったら、主は速水だった。

「お、お前いつの間に入ってきたんだ!?」

「何よ、そんな驚かないでよ。ノックはしっかりしたのよ」

「そ、そうか?」

 

まったく気がつかなかった。

俺は、どんだけ集中して写真見てたんだよ。

 

「ふふ。私の写真に見とれてたの?」

「………………」

「あら、図星?」

「……ふん」

 

俺は気恥ずかしくなって、顔をそらした。

「これからダンスレッスンだろ? 早く行ってこいよ」

「もう、そんなに怒らないでよ。ちょっとからかっただけじゃない」

「大人をからかうな。するなら同級生にでもしておけ」

「い・や。だって、プロデューサーをからかうの楽しいんだもの、可愛いし」

「いい度胸だ。グラビア入れられても泣くなよ?」

「そうね、水着姿に照れるプロデューサーを見るのも面白そうね」

 

どうしよう、本当にそうなりそう。

自分のことながら、速水の水着に耐えられる気がしない。

 

「そろそろ本当に遅れそうだから、行ってくるわね」

「そのまま帰ってこなくていいぞ」

「直帰でいいの? ありがとう、優しいわねプロデューサー」

 

そう言って、ドアへと歩いていった。

皮肉ったつもりなのに、お礼を言われるとは……。

完全にこいつの手のひらの上だな。大人なのに情けないったらないぜ。

自分の情けなさに嘲笑していると、速水はドアを開けた去り際に、顔だけ俺を見て。

 

「ありがとう、プロデューサー。あなたとならやっていけそうだわ」

 

と言って、部屋から去っていった。

 

「……いきなりなんだあいつ?」

 

意図がよく分からない言葉に、俺は首を傾げていた。

 

 

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