アイドル課に飛ばされた 作:寝台
カメラマンの野太い誉め言葉が聞こえる度に、パシャリパシャリとフラッシュがたかれる。そのレンズの先にいるのは、妖艶の一言では表せない雰囲気を纏うアイドル、速水奏である。
着ているヒラヒラとした衣装は、本当に買うのなら目玉が飛び出るようなお値段がする。それに撮っているカメラマンもこの道では腕利きと有名な人なのだ。さらにセットの設備やスタッフの数など力の入りようが違う。
それはそうだろう。なぜなら、今日の撮影はいつものローカル誌ではない。誰もが知っているような全国区レベルのファッション誌の撮影。しかも巻頭だ。雑誌の売上を担うと言っていい重要な写真なのだから、このくらいの設備は当然と言える。
ラスト1枚というカメラマンの声が響いた。
「オッケー! いいよ奏ちゃん! 最高の写真が撮れたぜ!」
写真を撮り終えると、カメラマンは笑顔で速水に握手を求めた。速水もそれに嫌な顔せずに応じた。
「ありがとうございます。写真がいいのはカメラマンさんの腕のおかげだと思います」
「はっはー! 嬉しいこと言ってくれるね!」
「本当のことですから」
「ありがとう。ボクも君みたいな娘を被写体にできてとても光栄だよ! また撮る機会があったら是非ともよろしくね!」
「勿論です。よろしくお願いします」
編集部の人の方へ戻るカメラマンに速水は、頭を下げる。
そして、俺は脇に抱えていた上着を渡すために速水に近づいた。
「ほれ上着」
「ありがとうプロデューサー。……匂い嗅いでないでしょうね?」
「嗅いでないよ。そんな気にするなら、ラベンダーの香水なんてつけてくるなよ。匂いが濃くて、ちょっと辛かったんだから」
「やっぱり嗅いでるじゃない、変態」
おっと墓穴掘りましたね。
「それにしても、あの一流雑誌の巻頭に速水の写真が載るのかぁ。何だか感慨深いな」
「ちょっとプロデューサー? 誤魔化さないでくれるかしら?」
速水も同じく昔のことを懐かしがっていた。
あの『新人アイドル対抗歌合戦』に出演してから、俺たちを渦巻く環境はがらりと変わった。
まず劇的に変化したのはファンクラブの人数である。元々3桁くらいしかいなかった会員は、放送後100倍以上に増えた。あまりの急増ぶりにシステムが落ちたのは1度や2度ではない。あの時のパニックぶりは、今でもよく覚えている。
次に来たのは番組の出演オファーである。主に歌謡番組が多く、他にもこのバラエティーで最近注目のアイドルとして紹介したいとか、歌にフォーカスを当てたオファーが多かった。それだけ速水の歌が世間に衝撃を与えたということだろう。
そして最後に元々力をいれていた撮影の仕事だ。俺という業界に明るいプロデューサーが付いていたこともあり、様々な雑誌から依頼が殺到した。ローカル誌から、今日みたいな一流雑誌まで様々。マネージャー時代一番忙しかった時でも、ここまで忙しくはなかった。
お笑い芸人が番組で優勝した途端マネージャーの電話がパンクするという体験談を何度か聞いたが、まさにそんな感じだった。
もちろんデビューライブも好評で、速水は一気に人気アイドルの一人に躍り出た。今では渋谷のjkに聞けば、速水のことはみんな知っているほどだ。
反応しない俺に諦めたのか、速水は息を吐いて追求をやめた。
「次は何の仕事かしら?」
「いや、今日はもうこれで終わりだ。昨日前もって伝えただろ?」
「そうね。私は午後丸々暇なのよね。久しぶりに、珍しく」
「おう。だから、今日はゆっくり休んで……いてててて! お前いきなり何すんだ!?」
突然耳を引っ張るという暴挙に出た速水を俺は問い詰める。
さっきの復讐? 油断するのを待ってたの? どれだけ匂い嗅がれたのが気に入らなかったんだよ。
しかし、速水は拗ねたようにそっぽを向きながら。
「うるさい。約束を忘れるようなプロデューサーなんて知らないわ」
「……約束?」
はてな、と俺は約束とは何かと思い出すために考え込む。
ああ、そういえばデビューライブが成功したら買い物連れていけって言われてたな。
一応確認とるか。
「買い物か?」
「あら、覚えていたのね。てっきり、あの場限りの調子のいい言葉に騙されたのかと思ってたわ」
「俺は間男か何かかな? そんなに薄情じゃないって」
「どの口が言うのかしら?」
「痛いって、口引っ張るな! ……たくっ、悪かったって。でも、今日の休み逃したらお前1月ぐらい休みないけど大丈夫か?」
「問題ないわ。プロデューサーを奴隷のようにこき使うためなら、それくらい我慢できるもの」
「お前俺のこと嫌いすぎだろ」
「あら、心外ね。私プロデューサーのこと大好きよ」
「反応がおもしろい玩具としてだろ。わかってるよ」
「ふふ、どうかしら」
「はあ......。とりあえず着替えてこい。俺はカメラマンと編集長に挨拶してくるから」
「ええ、分かったわ」
◇
現場を後にした俺たちは、車を適当な駐車場に置いていき、とあるショッピングモールに来ていた。ここは服や本、映画館まである複合施設で、俺もスーツを作るときはここに入っているお店を利用している。
俺の横でサングラスに帽子といかにもな変装スタイルをしている速水は、口元に手を当てながら。
「へえ、けっこう賑わってるのね。あなたの行きつけと聞いていたから、古着屋にでも連れていかれるのかと思ってたわ」
「お前が俺のことをどう思っているのかよーーく分かった。これでも元モデル課だぞ。専門家には及ばないが、最新のファッションとか勉強してる」
「そう。なら今日買う服はプロデューサーに選んでもらおうかしら」
「は?」
俺はあっけにとられた。
普段から色々なスタイリストに着飾られて目が肥えている彼女の私服を俺に選べと言ってこられたのだ。
無茶ぶりである。しかし、勉強していると言ってしまった手前逃げるわけにはいかない。
「いいだろう。俺のセンスを見せてやる」
「プロデューサー......」
「強がってすいませんでした」
俺は上司に謝罪するかのように、腰を90度に曲げる綺麗な謝罪をして見せた。
速水は呆れを通り越して、かわいそうな人を見る目をしている。なぜこんな立場逆転現象が起きたのかというと、簡単に言えば俺の服のセンスがなさすぎたのだ。
勘違いしないでほしい。俺の私服は別にダサくない。ファッション誌の服をそのまま買うことも多いから、ヘンテコな服装ではないと断言できる。
しかし、男と女では服のセンスが変わる。自分の服は選べても、異性の服を選ぶセンスがない人間は多い。そして俺もその一人だったわけだ。
あれだけいきがっておきながら、自分でもわかるほどひどかったため、俺の責任感に耐えられず頭を下げたのだ。
「えっと、その......気にしなくていいわよ」
あれだけ俺をいじりまくる速水ですら、慰めを選択するほど憐れなセンスだったらしい。
慰められてるのになぜだろう、目から涙が。うれし涙かな? 多分違う。
「私はもう少し服を見てくるわね」
「ああ、行ってこい。俺はここで待ってるから、買う服が決まったら声をかけてくれ」
「わかったわ」
いちおう今日の買い物は料金すべて俺持ちである。速水は俺の懐事情を気にしてくれたが、どうせ独身貴族。そこそこ高い給料もらっているのに使い道もなかったので、使わずにに腐らせておくくらいなら担当アイドルのモチベーションアップに使ったほうが有意義だろう。
視線の先には店員さんと楽しそうに談笑しながら服を選んでいる速水がいた。こうしてみるとやはり速水も年頃の女子高生なんだなぁ。いつもいじられているから、忘れがちになるが。
その光景を微笑ましく眺めていると、胸元にいれていた携帯が振動した。表示されている名前を見ると、今西部長だった。その名前を見た途端、俺は仕事モードに意識を切り替えた。
「もしもし支です」
『やあ、支君。今電話大丈夫かね?」
「はい」
今西部長はいつも通り優し気な口調だった。しかし、上司からの突然の連絡など何かしらのトラブルしか思い当たらず少々警戒してしまう。
『明日の午前9時に部長室に来られるかな?』
「はい、大丈夫です」
『そんな固くならなくていい。なぁに、心配しなくても悪い話じゃないさ』
「はあ......」
『では、そういうことだ。これからも速水君のことよろしく頼むよ』
「はい、失礼します」
そう言って電話を切った。
部長室に来いか......。悪い話じゃないと言っていたが、そこまで信じていいものか。
もしや速水の担当変えの話かもしれない。彼女が人気が出てきたから、ここで会社が経験豊富なプロデューサーに預ける判断をする可能性は大いにある。
しかし、今西部長はこれからも速水をよろしくと言っていた。もし担当変えの話なら、今西部長がそんな言い回しをするだろうか?
では一体どんな話なのか......
「......サ。プロデューサー!」
「っ! は、速水?」
「どうしたの考えこんで? さっき電話していたようだけど、もしかして何かあった?」
速水は心配そうに聞いてくる。
相変わらず感の鋭い奴だ。
「いいや、今西部長からだ。速水が最近売れてきて上でも好評だから、この調子で頑張ってくれって激励の電話だったよ。だから何でもないよ」
「そう......ならよかったわ」
速水は静かにつぶやいた。
おそらく速水は今のが嘘なことは大体理解しているのだろう。しかし、大人の話に下手に好奇心で首をつっこむべきではないと理解している。本当にかわいくないな。そんなかわいくない彼女を俺は絶対に守りたい。
「服は決まったか?」
「ええ」
「それじゃあ、レジ行ってくるわ。この後映画見に行こうぜ。映画は好きだろ?」
「そうね好きよ。......ふふ、まるでデートみたいね」
「俺はロリコンじゃねえぞ」
「雰囲気は大事にしなさい」
「いてててててて!」
またもや頬を引っ張られた。
◇
翌日俺は部長室の扉の前に立っていた。
ここに来るのは二度目だが、一度目とは比べ物にならないほどの重圧を背中に感じていた。あの時は失うものはなく半分やけになっていた。しかし、今は失う
俺は緊張の面持ちで扉をノックした。
中からどうぞという声が聞こえると、俺は静かに扉を引いた。中に入ると部長の椅子に座った今西部長と、その横に長い髪を後ろにまとめた綺麗な女性が立っていた。誰だろう見覚えがないな。秘書か?
「失礼します」
「やあ支君。忙しい中よく来てくれたね」
今西部長は毒気のない柔和な笑みで迎えてくれる。
そんな優しげな表情も、疑心暗鬼になっている俺には何かしら裏があるのではないかと身構えてしまう。
失礼な態度だが、今西部長は気にする素振りも見せずに話を続ける。
「さっそく今日君を呼んだわけなんだが......いいやこれは直接本人の口から言ったほうがいいかな? 美城常務」
「はい」
美城常務と呼ばれた女性は鷹のように鋭い瞳を俺に向けた。というか常務? 今西部長よりも立場上の人じゃん。
「はじめまして、支君。君の活躍はよく聞いている大変優秀だと」
「い、いえ。お褒めにあずかり大変恐縮です」
いきなりラスボスともいえる人との対面に、俺は緊張を隠せずにいた。
「今日君をここに召集したのは他でもない。君に私の新たなプロジェクトを任されてほしいのだ」
「新たなプロジェクトですか?」
「そうだ。その名は『プロジェクトクローネ』。君をその担当プロデューサーを任せたい」
常務のお話は想像を絶するものだった。