アイドル課に飛ばされた 作:寝台
「自分をですか……」
常務に言い渡された言葉に、俺は困惑が隠せなかった。
当然だろう。プロジェクトの成否は会社の利益に大きな影響を与える。
例えば武内さんが担当しているシンデレラプロジェクト。あのプロジェクトは14人のアイドルを武内さんの方針の下で売り出すものだが、やはりそれ相応のコストが伴う。成功すればいいが、失敗すれば大赤字なんてプロジェクトはザラにある。
だから会社側もプロジェクトの責任者には能力経験共に持ち合わせた人物が望ましいと考える。
しかし、俺は能力については置いておくとして、経験に関してはまだまだだ。大きな仕事を任せるには心許ないはすだ。
では、なぜ俺なのか。
考えられる道は2つ。1つは元から捨て石の企画で成功させる気がないこと、2つ目は実権は発案者の常務にあり俺はただの操り人形であること。これぐらいしか、俺にプロジェクトを任せるメリットが思い浮かばなかった。
「何やら勘繰っているようだが、このプロジェクトは捨て石でもなければ、君を人形にするつもりもない」
「……よく自分の考えていることが分かりましたね」
「今西部長から、君は考えすぎる性格だと聞いたからな。それを考慮した上で、君との会話をシミュレートしただけだ」
なるほど、会話シミュレートは社会人の基本スキルだ。それなら合点が行く。
では、この質問は予想しているだろう。
「では、どうして自分にそのプロジェクトを任せるのですか?」
「不服かな?」
「いいえ。大変大きな評価をいただいて嬉しいです。しかし、不自然だとも思います。年数的にも、実力的にも自分より優先される人がいると思いますので」
「それだけ自分が評価されている、とは考えないのかね?」
「そこまで楽観視できるほど楽な環境では育っていませんから」
「ふっ、そうか」
俺の言葉に常務は小さく笑った。
呆れられてしまったのか? しかし、常務からは侮蔑の色は見えない。むしろ興味深いものを見るような視線を感じだ。
「それでは説明させてもらおう。なぜこのプロジェクトに君を選んだのか」
「お、お願いします」
「それでは先にこの資料を見てくれ」
常務は茶封筒から1枚の資料を取り出して俺に渡してきた。
読んでみると、そこにはアイドルのプロフィールと顔写真がづらりと並んでいた。
まだデビュー前のアイドルから、346でもトップクラスの人気アイドルまで選り取り見取りだ。 あ、速水も入ってる。武内さんのプロジェクト所属の渋谷さんとアナスタシアさんもいた。
全部で20人弱。
ここからプロジェクトのメンバーを選抜するということなのか?
「それがプロジェクトクローネのメンバーだ」
「これすべてですか!?」
「その通りだ。もちろん参加は任意だから辞退者も考慮しての選抜だがな」
「なるほど。では、人数はそれなりに収まる計算なのですね」
「まあ、ここからさらに増える可能性もあるがな」
やめたください。死んでしまいます。
……とは言えず、苦笑を浮かべるに留めた。だって社畜だもの、上司に口答えなんてできないんだよ。
「1つ問おう。このメンバーを見て、君はどう思った」
「どう思う……」
言葉の真意を図りかねたが、聞かれたのなら答えるしかない。俺は写真を眺めながら。
「綺麗ですね。何と言えばいいのか迷いますが、これぞ正統派のアイドルと表現すればいいのでしょうか?」
昔、伝説のアイドル日高舞のライブビデオを親に見せられたことがあったが、これぞアイドルという衝撃を与えられた。今でも俺の中でアイドルの第1イメージは彼女だ。
時代の流れもあるから、今のアイドルの状態に文句はないが、それでも俺はアイドルと言えば日高舞と答える。
俺の返答に、常務はさらに笑みを深めた。
「素晴らしい。このプロジェクトクローネのコンセプトは、かつての芸能界のようなスター性、別世界のような物語性の確立」
「具体的には?」
「今では主流となっているバラエティ路線を縮小して、アーティスト性を重視したプロデュースを求めている」
「なるほど」
理解した。クローネのコンセプトも、そしてなぜこのプロジェクトを俺に任せようとしているかも。
「茨の道ですね」
「時代に逆行していることぐらい理解している。しかし、理想の道は苦難を乗り越えた先にのみ示めされる。山がない成果の方が君は好きかね?」
何で少しポエミーなんだろうか? 武内さんのように仕事のできる人はポエマーであれってルールがあるんですか?
まあ、口には出さないけど。後がこわいし。
「嫌いではないですが、好きでもありません」
「その心は?」
「無料より高いものはありませんから」
「なるほど、経験則か」
何で分かるんだろう……。ポエマーこわい。
「質問をしてもよろしいでしょうか?」
「構わない。情報を揃えた上で熟考してほしい。中途半端な心持ちで引き受けると潰れてしまうからな」
つ、潰れる? 物騒な言葉が出てきたことに若干及び腰になったが、なんとか踏ん張った。
「アーティスト性を重視すると先程おっしゃられましたが、ライブや楽曲の販促を中心にするということでしょうか?」
「いや、やり方は問わない。君のやりやすいようにやってくれ。もちろんライブ会場を押さえてもいいし、君の得意な雑誌のモデルをさせても構わない。成果を出せばそれ相応の評価をしよう」
よくも悪くも成果主義か。何ともアメリカ的な仕事スタイルだな。向こうに留学でもしていたのだろうか?
「なるほど。では、選抜メンバーについてなのですが、彼女たちの中には他のプロジェクトのメンバーが多数います。もしも、兼任という形になった場合には、どちらのプロジェクトを優先させるつもりなのでしょうか?」
「基本的にはこちらのプロジェクトを優先させるつもりだが、そんな心配をする必要はなくなるだろう」
「どういう意味でしょう?」
「近くに346プロダクションのアイドル課は大変革を行う。その1つとして、全プロジェクトを解散させる」
「ぜ、全プロジェクトですか!?」
衝撃のあまり素に戻ってしまった。
「今の個性を重視するやり方は悪いとは言わない。しかし、時計の針は止まってくれないように時間と金は有限だ。私は自他共に認める短気な性格でね、速やかな成果を求めているんだ。反対かな?」
「……え、と」
「私は強引過ぎると思うんだがね……」
俺が意見を言いあぐねていることを察知してくれたのか、今西部長が流れを作ってくれた。本当に今西部長にはお世話になりすぎて、足を向けて眠れないぜ。
「……そうですね。自分も早過ぎると思います。急ぎ過ぎた変革は崩壊を呼び込むだけかと」
「しかし、前に進むためには、時にこういった手法も有効だと思うが?」
「たしかに有効な場合もあります。ですが、それは衰退しているのに古い方法に固執している場合だと思います。自分が見る限り、アイドル課のプロデューサーは、皆さんそういったことはないです」
「それは本音かね?」
「はい」
少し嘘だ。
俺が基準にしているのは武内さんのプロデュース。他のプロデューサーのやり方には思うところがないわけではない。しかし、それも個人の価値観だと納得している。
常務はじろりと鋭い瞳を向ける。
「なるほど。しかし、これは決定事項だ」
覆ることはないと強調してきた。
「たしかに君や今西部長の言う通り反発が予想されるだろう。だから救済案も色々と用意してある」
「救済案ですか?」
「それは初耳だ。君のことだから、てっきり反発なんて握り潰すと思っていたよ」
今西部長!? 何でそんな皮肉げに言うんですか!?
たしかに俺も思いましたよ? 無理矢理に変革を進めるんじゃないかって!
地味に怒ってたんですか? 柔和な外面で、実ははらわた煮え繰り返ってたんですか!?
常務はみるからに顔をしかめて、じろっと今西部長を睨む。続いて引きつらせた俺の顔を見ながら。
「346プロに利益をもたらすということを証明するならば、私はどんな形だろうとも歓迎する。ただ今の形では物足りないということだ」
思っていたよりも柔軟な考えのようだ。
ちょっと昔の黒幕みたいに、気に入らない奴は徹底的に潰すという考えではないらしい。
理想を目指すが、あくまでも会社の利益が優先。それは口で言うのは簡単だが、容易に割り切れることではない。
俺だって、時々客観的な利益よりも主観的な好みを優先させてしまうことがある。
「それで、ここまで話を聞いてみて君はどうする? プロジェクトクローネ、受けるのはそれなりの覚悟が必要になる」
あー、潰れるってそういうことか。
たしかに他のプロデューサーたちからすれば、この役目を引き受けた俺って、完全に黒幕の手先だもんなぁ。友好的な関係なんて望めるはずがない。
ふっ、所詮奴は四天王の中でも最弱! とか言われそう。え、俺死んじゃうのかよ。
まぁ、全プロジェクト解散はさすがにビックリしたけど、それを抜きにすれば受けない理由はない。
会社の全面バックアップが受けられる上に、やり方は俺任せ。
責任は重いが、どうせ一度切られかけた首だ。やるだけやってやる。
「お引き受け致します。必ず成功させてみせます」
「期待している」
「はっ。ありがとうございます」
「話はこれで終わりだ。細かな資料などは後日送る」
「はい。それでは失礼します」
俺は部屋を出た。