かなりシリアスで重い内容です。
耐性が無い人は読まないことをお勧めします。
何気なく時間を潰すために開いたニュースアプリのホーム画面に「幕張万博」という文字が並んでいた。
変に懐かしさを感じる地名に促されて私はその画面をタップした。
開いた画面にはその名の通り6年後に幕張で行われる万国博覧会についての記事だった。私達がかつて過ごした街が、万博の開催地になるとは思ってもいなかったから、去年決まったと知った時はかなり驚いたのを覚えている。
もう2年以上も地元は帰っていないけれど、今の幕張はどうなっているのだろうと、私は高校時代を過ごした千葉の臨海地区の風景に想いを馳せた。夏は暑くて、冬も海風が当たって寒い場所だったけれど、今ではそれさえもどこか懐かしい思い出に感じる。
比べて東京という街はどんな時だって騒々しい。それは昔から人混みが苦手な私にとって日常においてかなりのストレスであることは事実だ。だけど生きていくには耐えるしかない。
残暑が消えて秋の兆しが見え、服の袖丈が伸び始めたこの頃、私は大学生として3回目の秋を迎えようとしていた。
秋といえば気温も穏やかになり食欲の秋や読書の秋、紅葉など良い面をクローズアップされがちであるけれど、残念ながら私が学生生活を送る東京はそれを感じることは少ない。年中変わることのない摩天楼に見下ろされ、むせ返るような雑踏と、あちこちから響く騒々しい音が入り混じって、それはまるで魔境のようで、季節を感じるものは肌で感じる冷たくなった外気と儚くボロボロに踏みつけられた落ち葉くらいしかない。
しかし風情などどこへやら、季節の鮮やかさとは無縁の生活に私はいつしか慣れ切ってしまった。時間に拘束された現代人が足早に駆けずり回る、この余りに大きく膨れ上がった大都会で私は高校卒業後から今日まで生きてきた。
高校を卒業して私は慶應大学に進学した。受験生当時、学校の教師からは国公立大学の受験を勧められたが私は首を縦には振らなかった。それに対して確固たる理由はないけれど、他人から言われた進路を辿ることへの嫌悪感が当時の私にはあったのだと思う。それ以外にも姉と同じ国立大学には行きたくないというのもあった。今思えばそんな意地を貼ったところで何の意味もないことだとすぐに分かるのに、当時の私はそのくだらない意地に固執していた。
そんな昔のことを考えてていると、電車のアナウンスが鳴った。
毎度言ってる人は違うのだろうけれど、どれも同じ声に聞こえる車掌の声は否応なしに私達を現実の世界に連れ戻してくれる。
「四ツ谷〜四ツ谷〜」
慣れた口調でアナウンスがかかった。
だけど、その地名は三田に通う私にはあまり馴染みのない名前だ。
電車を降りて人混みに流されながら改札を出ると不慣れな私は辺りを見回した。
数分格闘したものの、結局はよく分からなかったので結局は近くにある地図を見て確認して私は歩き始めた。
行く方向は東側。私はかつて幕府の権力の象徴だった江戸城の堀の上に架けられた駅を跨ぐ橋を渡った。
慣れない景色が続く中、前方に見える上智大学の脇に堀に沿って植えられた樹々は色づき始めていた。橋を渡り終えると右に曲がり、私はその樹々に沿って靴音を鳴らした。
今日は風が少しあった。肌に当たると少し寒さを感じ、樹々に当たれば葉を散らせた。道路の端に敷き詰められた落ち葉の絨毯は人々が歩みを進めるたびに音を奏でていて、この東京でも数少ない秋を感じさせていた。
そのまましばらく歩き、上智大学の横を通り過ぎると雰囲気が変わり少し大きな建物が見えてきた。
名をホテルニューオータニ。帝国ホテルとホテルオークラに並び東京のホテル御三家の一角で、由緒正しき名門のホテル。
今日の私の目的地はここであった。
かつて徳川御三家の紀州藩の屋敷があったこの地に建てられたニューオータニはそのいかにも権威を表したような面持ちと、私を見下ろすように建てられた旧館はどこか物々しい圧を感じさせた。
広い駐車場を抜け、表玄関から入りロビーに辿り着くとスタッフが「御宿泊ですか」と声をかけてきた。私はそれを否定して、ホテル内にあるとある中華料理店の名前を告げた。
するとスタッフは笑顔でその店までの道順を教えてくれた。
ホテルニューオータニは旧館と新館の2つがあり、施設内にはブランド店や高級料理店などが多くあるプラザ型ホテルである。そのために館内は広大で初めて来た客はおそらく迷ってしまうだろう。
私自身は過去に何度か泊まったことがあるが、それでもあまり慣れない。
私はスタッフが教えてくれた道順と貰ったパンフレットを手に、いかにも高所得者という雰囲気を出した宿泊客達の中を歩いた。
エレベーターに乗り、指定された階で下りるとまた変わった雰囲気の廊下を歩くと、その店はあった。
店に入り、雪ノ下の名を告げると店員は「お待ちしておりました」と言って私を店内に案内した。
私が通されたのは1番奥の個室だった。
スタッフがその個室の扉を開けると、中華料理店に代表される大きな円卓にいくつかの料理が並んでいた。
そして、そのテーブルを囲むように私の母と見知らぬ人達が並んでいた。
「あら、おそかったのね」
久しぶりに見る母が部屋に入ってきた私に気付いてどこか白々しく言った。
と同時に席を囲んでいた人達が私に目を向ける。
その様子に私は一瞬動揺するが、何とか気持ちを整えて
「大学の方で講義がありましたので、遅れました。申し訳ありません」と言った。
母は「そう」と一言だけ言って手に持っていたワイングラスに口をつけた。
するとすぐにスタッフが「上着を預かります」と言ってきたので私はコートを預けると、このまま私のために空けられた席にエスコートされた。
席に着くと「お飲み物は何にされますか?」と聞くので私は烏龍茶を注文した。
「あれ、お酒は飲まないのかい?」
と目の前に座っていた40代〜50代くらいに見える中年の男性が笑顔で声をかけてきた。
「はい、あまり得意ではないので」
「そうか〜それは残念だ。こんなに美味しい料理があるのに飲めないのは勿体ない」
そう言って男性はワインを飲んだ。その顔は実に愉快そうな表情だった。勿論、私はこの人を知らなかった。
すると母が「ああ、雪乃にはまだ紹介していなかったわね。この人は国土交通省で働いておられる島浦さんよ」紹介をしてきた。
「あ、そうだったそうだった。すまないね。紹介がまだだった。雪乃ちゃんとははじめましてだったね」
島浦という人は少し酔ってるのか、上機嫌であった。だがその雰囲気に似合わず、国土交通省で働いているということは官僚で、つまりはエリートであり国の仕事に携わっている人だ。おそらくは父の仕事関係者だろうと察しがついた。
そして、その右隣に座っていた眼鏡をかけた30前後の比較的若い男性が立ち上がった。
「申し遅れました。私、衆議院議員藤原厚聡の秘書をやっております。前田祐樹と申します」
そう言って丁寧に名刺を差し出してきた。私がそれを受け取ると一礼をして、席についた。その立ち振る舞いはいかにも秘書という感じがして、全てが丁寧であった。それに何より彼が言った衆議院議員の藤原厚聡は現国土交通大臣であった。つまり彼も国政関係者。
今紹介された2人だけで国交省の事務方と国務大臣関係者というかなりの大物だ。
そしてその更に右隣の更に若い青年が、立ち上がり慣れきったような笑顔をこちらに向けて自己紹介をした。
「はじめまして。その藤原厚聡の息子である藤原健吾です。お姉さんの陽乃さんとはアメリカでの同級生で、親しくさせてもらっています」
彼はそう言って手を差し伸べてきた。私はそれが握手だということに数テンポ経った後に気付いて、慌てて彼の手を握った。その握手は非常に力強いものだった。優しさを体現したかのような笑みとは似つかわしくないその力強さに私は少し驚いた。彼は手を離すと、私を見てはにかんで席についた。
母と私意外の今度は彼らが私に視線を向けてきた。一瞬動揺して母の方を向くと、母もこちらを向いていた。そこで私は自分の自己紹介をこの人達が待っているのだと察した。
「申し遅れました。雪ノ下雪乃です。都内で学生をしております」
立ち上がって私は一例して挨拶をする。周囲の人達はそんな私を突き刺すような目で見てきた。彼等は私を見てどう思っているのかは分からない。しかしその視線は私には耐え難いもので、逃れるように私は早々に席についた。
「いやぁ、ホント姉妹揃って美人ですなぁ」
言って島浦は軽い拍手をした。そしていかにも機嫌の良さそうに笑って見せた。彼の体型は小太りで、いかにも中年男性という見た目だが、身につけてるものはブランドものばかりで、社会的地位の高さをひしひしと伝えていた。
「いえいえ、そんなことはないですのよ」
そう答える母も愉快そうだった。
否、いつもと変わらないかもしれない。
母はいつも全てを知ってるかのように余裕を保ち、笑みを浮かべていて底が知れない怖さがあった。今の姿はそれとたいして変わることはない気がした。場所が変わってもいつものように振る舞える母を見て、私はこの人とまともに張り合っても勝てる日は永遠に来ないのだろうと心の奥底で思った。
高校生から母に反抗するような形で家を飛び出して一人暮らしをしていたけれど、今では結局それでさえも母の手のひらで踊らされていたようにしか思えない。
自由だと思っていたのは決して自由ではなく、反抗だと思っていた行為は反抗にもなっていなかった。私達はいつだって母の手綱にくくりつけられて、上手いように泳がされていただけなのだ。
そう考えるたびに圧倒的無力感が私を襲った。今こうしている空間さえも、母に己の弱さを突きつけられてるような気分でしかなかった。昔からこのような公式の場は姉に任せてしまって避けてきたから、私はこんな年齢になってもまだこのような大人の空間に慣れない。
私は居心地の悪さをなんとかしようとテーブルに置かれた水を少し飲んだ。痛いくらい冷たく感じる水は私の喉を潤した。状況は何も変わらないけれど、その冷たさは気休めには丁度よかった。
私は一つ小さく深呼吸をして、なんとか気持ちを整えて改めてこのテーブルを見回した。
今この場所には私を含めて5人の人間がいた。私以外に母と、先程紹介された3人の男性だ。
しかし、このテーブルには6つの席が用意されていて、母と藤原という男の間の席が一つ空席であった。空けられたその席には食べかけの料理と飲みかけの赤ワインのグラスが置かれ、椅子にはナプキンがかけられていた。おそらく一時的に席を外しているのだろうと見当がついた。
私は母にここに呼び出されたのが今日の朝であり、この場の意味を私は全く知らされていない。普段なら断るところであったが、珍しく母が直接私に連絡を入れてきたために、普段とは少し違うことを察した私は渋々承諾をした。
正直言って、この場所は私にとって最悪の場所と呼べるものだった。この場所には私の心を許せる人も味方も誰もいなかった。私がこれまで避け続けたものが合わさったような気持ちの悪い空間で、この場にいるだけで精神が擦り減るような感覚があった。
私は自分の気遅れを悟らせないように、自分の体裁を守るのに必死になっていた。
「久しぶりだね雪乃ちゃん」
随分と久しぶりでありながら聞き慣れた声が後ろから聞こえた。
私は反射的に振り返るとそこには数年ぶりに顔を合わせる姉の姿があった。
「姉さん…」
私が驚きを隠せないままそう漏らすと、姉は、私と顔を合わせると薄らと微笑んで何か答えるわけでもなく直ぐに席についた。
「すみません離席してしまって」
姉は言い慣れたかのような微笑と申し訳なさを上手く混ぜ合わせたような表情と動作で席についた。
「誰からか連絡かい?」
藤原が聞いた。
「ええ、父から」
「あらやだ、あの人ったら。電話をよこすくらいならここに来ればよかったのに」
母は眉を落として言った。
「いえいえ、私の父も陽乃さんのお父様も今は大事な時期で忙しいので仕方がないですよ」
「あらあらホント申し訳ないわね健吾さん。せっかくこんな場を設けて頂いたのに」
「自分は別に大丈夫ですよ。そんなことよりも国のプロジェクトを頑張ってもらいたいですし」
そう彼はにこやかに言った。
その姿はまるで好青年を絵に描いたような人だった。身長もすらっと高く、顔も整っている。高級感のあるスーツを着こなし、テーブルマナーや言葉遣いも完璧と言っていい。
あの母を前にして気負いは全く感じられないし、堂々と微笑みを絶やさずに談笑をしていた。
そう、何もかも完璧だった。
完全無欠。
気味が悪い程に。
「ところで、そのお父上のそのプロジェクトの方は上手くいきそうなのかい健吾くん」
島浦が聞く。
「ええ。今のところ順調らしいですよ。万博は一大イベントですから、絶対に成功させると息巻いてますよ」
藤原も愛想が良さそうに答えた。
それにしても一つ気になったことがあった。今、藤原が言った「万博」という言葉だ。おそらくそれは数年後に控える幕張万博のことだろう。そしてプロジェクトとはその万博に向けたものであると察しがついた。
「万博なんて何度もできるものではないですから、頑張っていただきたいですわね」
「それは、雪ノ下さんのお父様にもですな」
「あら、そうでしたわ」
そう言って母と島浦は高らかに笑った。
それを見て周りの大人達も笑っていた。
この空間は私を除いて終始愉快そうな雰囲気だった。
ここで大人達が話してる内容は私は今日まで一言も聞いたことがない。ましてや姉が帰国してることすら知らなかった。今日の宴はおそらく父を中心とした仕事関係の人間によるものだ。これまでそのような集まりや行事には殆ど顔を出さなかった私が、なぜ今日この場に呼ばれたのか終始疑問が残った。
まるで私に見せつけるかのような眼前の光景は、その踏み入れ難い権威じみた圧を纏いながら一学生である私に得体の知れない不気味さを突きつけていた。
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時刻は9時に差し掛かった。
宴は終わった。私を除いた大人達の会話を私はただ言葉分からぬ赤子のように聞くだけで、その中に加わることはほとんどなかった。そんな苦痛の時間がようやく終わった頃には、私の身体は鉛の塊を背負い込んだ体のように重かった。精神的な疲労によるものだろうが、常にその空間で気を張っていた私の身体は限界に近かった。
彼らの話は私の知らぬ所で起きている内輪の話ばかりであり、その場所での私の存在意義などどこにもなかった。
こんなところに呼び出した母の意図など知る由もなく、ただただ苦痛を味わうだけの今回の宴に憤りを感じるしかなかった。
料亭を出ると、藤原健吾と私達家族は、島浦と秘書をホテルの玄関から見送った。お酒も進み、タクシーに乗る頃の島浦は顔を真っ赤に染めて上機嫌この上なかった。
母と姉と藤原はタクシーで出て行く2人を、そのタクシーが見えなくなるで頭を下げて見送った。私はそんな3人を一歩後ろから眺めていた。
こんな光景を随分昔に見たことがあった。
まだ私が小学生の頃だったと思う。父の仕事の都合上、接待をすることも多かったから、客人をもてなした日の最後はいつもこんな光景を見ていた。
結局、大人に近づいても変わることのない家族の姿に私は言葉では言い表せない複雑な感情を抱いた。そこには悲しさとか、憤りだとか、虚しさだとかそんな一つの言葉では表現しきれないあらゆるものがごちゃ混ぜになった気持ちの悪い感情だった。
学生になって離れて1人暮らしをしても私たち家族は変わることがないのだと、私は澄んだ夜空を見上げて思った。
「健吾さん。今日は本当にありがとうございました」
「いえいえ、全然構いませんよ」
「そう、ならよかったのだけれど。これからも陽乃をよろしくお願いしますね」
母はそう軽く頭を下げて言った。藤原は笑顔で礼をしながらこちらこそよろしくお願いしますと丁寧に言ってみせた。
姉はそれを昔と変わらぬ笑みを浮かべながら見ていた。
「ではもう遅いですし、私は部屋に戻りますけど貴方達はどうしますか?」
「私も部屋に戻ろうかな〜」
「陽乃がそう言うなら僕も戻るよ」
「そう。でしたら今日はここでお開きですわね」
「どうやらそのようですね」
「雪乃、貴方はどうするの」
そう言って母は私を見た。私は母の言う意味が少し理解ができなかったので、答えあぐねていると藤原が捕捉をするように言った。
「今日は僕たちここに泊まるんだけど、雪乃ちゃんもどうかなってことだよ。大きな部屋を2つ取ってあるから雪乃ちゃんも泊まれるんだ。だからもし良ければどうかなって」
彼は相変わらず笑顔を絶やさなかった。
「有難い提案ですけれど、明日も学校があるので私は帰らせていたきます。申し訳ないです」
「あら、そう。それは残念だわ」
母は言った。だがその言葉には感情はこれ少しも感じなかった。
「そうか。それなら仕方がないね」
「ええ。すみません」
姉は私達のやりとりをただ静観していた。
「じゃあ僕達は部屋に戻るよ。気を付けてね」
そう彼が言うと母は踵を返しながら、執事に荷物を預けると歩き始めた。それについて行くように姉と彼も私を置いて歩き始めようとした。
「待って」
と私は彼等に言った。3人は立ち止まって振り返り、まるで何を言い出すんだと言わんばかりの顔で私を見た。
「少しだけ、姉さんと時間をください」
私が言うと母と藤原は姉の方を見た。姉はそんな2人の視線を一瞥してクスリと笑って「分かったよ」と言った。
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10時前、私と姉は母と藤原と別れると「場所を変えようか」と姉に言われてホテルのロビー階にあるバーに入った。店内には暗めの照明の中にピアノの生演奏の音色が流れ、僅かに落ちる照明と壁にかけられた絵画がアダルトな雰囲気を醸し出していた。姉は慣れたように人数を店員に伝えると、私達はカウンター席に通された。
店内には正装のスーツやドレスアップをした男性や貴婦人が多くいて、私達のカウンターにも男女の若いカップルと髭を蓄えた紳士が1人でワインを飲んでいた。
気品に満ちた空間に、普通なら私達若い姉妹だけという客は相当に珍しい光景だろう。そもそもこのような場所は学生が飲みにくるようなところではない。
私達は席に着くと、姉はメニューも見ずに「ネグローニ」とバーテンに言った。バーテンは「承知しました」と言うと、私を見て「どうされますか」と聞いてきたので私は飲む気がなかったので烏龍茶と答えた。
そこから暫くの沈黙が続いた。正確に言えば、私と姉は母達と別れてからここまでまだ一言も話していなかった。ただ姉の背中に連れられてこの店に来て席に着いただけだ。
数分後に注文したネグローニと烏龍茶が届いた。姉はそれをゆっくりと飲むだけでやはり言葉を発しようとはしなかった。
つまり、姉は私からの言葉を待っているのだと私は悟った。
「帰ってきていたのね」
「うん」
姉は意外にもすぐに答えた。
「いつ、帰ってきたの」
「ちょっと前だよ。3日くらい前かな」
「そう……。元気、そうね」
「うん」
「いつまで…日本にいるの」
「当分はいるよ。もう卒業したし」
「そう…」
姉はこちらを向くこともなく、ただ目の前に飾られた絵画と並べられたワインを見ながらネグローニを飲んで淡々と答えた。
その表情は素知らぬ顔に見えて、気怠そうな顔にも見え、気の抜けた表情にも見えた。相変わらず掴みどころのない姉は昔と変わらなかったが、久しぶりに見る姉は少し伸びた髪とその顔つきは私には大人びて見えた。
「そんなことを聞くためにわざわざ私を呼び出したの?」
姉はトーンの落ちた声色で言った。まるで何かを煽るかのような挑発めいたニュアンスの姉のその声は昔と変わらなかった。
私はそれに若干の苛立ちを覚え、喉まで上り詰めた感情を危うく姉にぶつけそうになるのをなんとか抑えて、冷静を装った。
「そんなわけないでしょう」
と私は言ったが、冷静さを保ったつもりで言ったその言葉には若干の怒りが見えていたことが私にもわかった。もちろん姉はそのことに気付いていて、グラスを回して不敵に微笑んでみせた。
「どうして何も連絡くれなかったの」
「帰ってくること?」
「いいえ、それだけじゃないわ。それまでもずっとよ。姉さんがいなくなってからずっと」
「連絡する必要なんてないと思ったからだよ」
白々しく答えた。
「そんなことあるはずないでしょ」
「そんなことあるよ」
「どうして」
「私がそう思ったから、ただそれだけよ」
「だからどうしてそう思ったのか聞いているのよ」
「連絡したところで無駄だからだよ。第一どうして私にそう関わろうとするわけ?何度も私と連絡取ろうとずっとしてたみたいだけど」
「それは、」
思わず言葉が詰まった。
「それは何?」
と言って姉は追求してくる。
「姉さんがお母さん達に…」
「お母さん達に?」
「お母さん達に、言われて……」
「お母さん達に言われて、アメリカに行ったって?」
「……ええ」
私は力なく答えた。それを見て姉が少しニヤついたのが横目で見えた。
「確かに、留学の件はお母さん達から言われたこと。でもね雪乃ちゃん。最終的に決めたのは私自身なんだよ。だから問題なんてないんだよ」
「そんなの嘘でしょう」
「嘘じゃないよ。事実よ」
「でも姉さんは行きたくなかったはずでしょう」
「はじめはね。でも最後は納得した」
「納得?いいえ違うわ、自分を押し殺しただけだわ」
「仮にそうだったとして?だったら何なの?」
「姉さんが望まないなら、私達に…その…」
「私達に?何かな?まさか相談でもしてくれればとでも言いたいの?もしそうなら、そんなの無駄なことだよ。雪乃ちゃん達に話してたとして何かが変わるの?そんな確証どこにあるの?」
「それは…」
「結局何も変わらないんだよ。そんなの雪乃ちゃんだってわかってるはずでしょ。無駄なものは無駄なのよ」
「なら姉さんはそれでいいと思っていたの」
「いいと思ったから行ったんだよ。言ったでしょ最後は私自身が決めたことなんだから」
「嘘よ…そんなの嘘」
「だから嘘じゃないよ」
「どうして…! どうして姉さんは自分自身にそうやって嘘をつくの⁉︎」
私は立ち上がってつい声を少し強めてしまった。握っていたグラスに力が入り、氷の音が響いた。
姉はそんな私に動じることもなく、こちらを見向きもせずただグラスを揺らしていた。
そこから姉は暫く沈黙を奏でた後に口を開いた。
「ダメだよ。雪乃ちゃんそんなんじゃ」
姉はやはりこちらを見ることはなかった。カウンターの前に飾られた絵画を憂いを帯びたような目で見ながら言葉を続けた。
「我儘言っちゃダメだよ。そんなんじゃまだまだ子供だよ」
「我儘?」
「人間っていうのはね、何かを諦めて大人になるんだよ。選択肢を絞って選んでは棄てを繰り返すんだよ。自分のやりたい選択肢だけを選んで私達は大人にはなれないの。私は生きるための選択をしただけ。雪乃ちゃんが私が不本意な留学をさせられて同情してるのかもしれないけれど、私は別に気にしてない。それが私のやるべきことであっただけ」
「そんなこと……」
「そんなことあるんだよ。雪乃ちゃんだって分かってるでしょう。雪乃ちゃんだって諦めて諦めて、ここまで来たんでしょ。人生っていうのはね、得るものより諦めて失うものの方がずっと多いんだよ」
そう言う姉の姿は虚しさしかなかった。しかし姉の言うことは現実に他ならなかった。
「彼のことはどうなったの…」
「彼?」
「比企谷くんよ…」
「ああ、比企谷くんね。別に何もないよ」
「何も連絡してないの?」
「うん」
「どうして?お世話になったのでしょう?」
「理由は雪乃ちゃんと同じだよ」
「同じ?」
「仮にもし私と比企谷くんが繋がったら、彼も私に介入してこようとするでしょ。だからだよ」
「だからって、何もしないのはおかしいじゃない…」
「おかしくないよ。私の人生なんだから、必要じゃない他人に介入されるなんておかしいじゃない」
「でも、比企谷くんはずっと姉さんのことを心配して…」
「なら比企谷くんに伝えておいて、別に心配する必要なんてないから。私は私の人生を歩んでるからって」
「そんなの、あまりに薄情よ……」
「そうかな」
「ええ、そうよ」
「雪乃ちゃんにそんなこと言われたくないなぁ。薄情だって言うなら、どうして今更私に雪乃ちゃんは介入してくるの?今まで自分は好き勝手逃げてきて、家のことは全部私に任せてきて、なのに今更何を言うの?ずっと私に押し付けていた雪乃ちゃんも薄情じゃない」
姉は突き放したような口調で、どこか怒りを含んだような声で言った。彼女の言うことは正論だった。私は幼い頃から逃げてきた。高校時代から家を出て全て姉に任せてきた。自分の今やっていることはあまりに都合が良すぎていた。私は言い返すことができなかった。
「私ね、多分結婚するんだよね」
「冗談でしょう?」
「何で?私もう24なんだから結婚したって普通でしょ」
「誰と」
「さっきいたでしょ」
「藤原って人ね」
「ぴんぽーん」
「どうして」
「どうして?」
姉は困ったような表情をわざとらしく作った。
「姉さんはあの人のこと好きなの?」
「さあね」
「そんな人と結婚したいの?意味がわからないわ」
「周りの人が喜ぶからだよ」
「は?」
「彼と結婚すれば何かと都合がいいのよ。周りの偉い大人たちがね」
「そんなのおかしいわ」
「おかしくないよ別に。大学だって自由にさせてもらえなかったんだもん、結婚相手だって自由にさせてもらえるわけないってことくらい最初から分かってたし」
「姉さんの意志はないの?」
「私の意志?はは、何、今更そんなこと言うの」
「何もおかしくないわよ…そこが一番重要じゃない、」
「私の意志なんて最初からないよ。第一、意志のある人生なんて歩んできていないから」
姉は言葉は、私達姉妹を取り巻く非情な現実と、彼女自身のこれまでの人生を形容して吐き捨てるかのようなものだった。そしてそれは重くのしかかる事実であり、私達だからこそ痛いほど分かる現実だった。
姉はもう希望なんてものを持ちあわせてはいなく、希望自体をはるか昔に捨てていたのだと私は理解した。
「なら、それこそ自分のやりたいことを尊重したいとは思はないの?」
「思わないね。どうせ無駄だし」
「諦めるのね」
「人生諦めが肝心って言うじゃない」
「そんなありふれたことを言うなんて姉さんらしくないわ」
「その私らしいって何?」
「私の知る姉さんなら、他人の言葉なんかに振り回されないで自分勝手にやるものだと思うのだけれど」
「あーなるほどねぇ。自分勝手か〜」
姉さんはそう言って苦笑しながら残ったカクテルを飲み干した。そしてそれをバーテンダーの前に差し出すと、ウィスキーをロックでと言った。バーテンダーはそれを受け取って笑顔で「銘柄はどちらにしますか」と言うので、姉はメニューを見ることもなくマッカランを頼んだ。姉の店員に向けるその表情は見慣れた微笑みだった。
本当に何も気の悪いことなんて何一つないような表情は私にはいつも理解できなかった。私はそんなことはじめからできないからだ。
姉はそんな私の及びもつかないほどに完成され、どこか不気味な表情のまま言葉を続けた。
「他人が自分に抱くイメージって絶対的に正しくないんだよ。それは雪乃ちゃんも痛いほど分かってるはずだよ」
肯定の返事しかできない姉の言葉に私は返事ができなかった。姉は私の沈黙を肯定とみなした。
「私が誰かに見せる顔は、もちろん私の本当の自分とは違うことがほとんど。でもそれは私に限った話じゃないでしょ。人によって程度はあるけど、みんなが自分を取り繕ってる。だから他人に見せる自分なんて表面的なものでしかない。雪乃ちゃんの言う私らしいっていうのは正しそうに見えて正解じゃない」
「なら、姉さんの本心は、本当の姉さんは何なの?」
私が聞くと、姉はその表情に影を落として、ひときわ憂いを帯びた目をしてバーテンダーの背後にある絵画を眺めた。
「分からない」
「分からないわけないでしょう。姉さんのことなのに」
「本当だよ。分からないの」
そう言う姉の声は少しトーンが落ちた。
「自分のやりたいことは、もう分からない。だからいいんだよこれで。分からないからやりたいことができなくても別に他の人みたいに後悔も未練もないし」
つらつらと並ぶそれらの言葉は無情と言う他なかった。しかしそれらは紛れもない事実でもあり、私達にはどうしようもできないことだった。
ただ姉は絶望感など微塵も感じていないようだった。もはや絶望なんて感じなくなったのかもしれない。麻痺といえばよいのか、いずれにせよ異常とも言えるほどに姉は目の前にある現実に能天気だった。
「姉さんは本当にいいのね…」
「何度言わせるの?いいって言ってるじゃん」
「そう…」
「うん」
そう言うと、ウィスキーが届いた。姉はそれを受け取ると相当アルコール度数の高いであろうそれを一気にあおった。
「比企谷くんにはどうするの」
「別に、どうもしないよ。何でそんなこと聞くの」
「姉さんは随分と彼を大事に思ってた気がしたから」
「そう?まぁ、よくできた子だとは思うけど、私と彼の関係性なんて今のこの私を見れば分かるでしょ」
「そうね、非情だわ」
「どうして雪乃ちゃんは、私と比企谷くんをそんなに引き合わせようとするの?」
「そういうのじゃないわ。私は人としてどうするべきかと言っているのよ」
「ならそんなのは余計なお世話だよ」
「私は余計なお世話かもしれない、でも姉さんは比企谷くんに姉さんの言葉で連絡するべきよ」
「どうして?雪乃ちゃんが言ってくれればいいじゃん。私のお姉ちゃん元気にしてるよ〜ってさ」
「そんなの失礼だわ。逆に、姉さんはどうしてそこまで比企谷くんに直接言いたくないわけなの?」
「別にそういうのじゃないよ。でもさっきも言った通り、彼はきっと気にかけてくれるの。でもその必要はないの。だから私は彼に直接言うべきではないんだよ」
「自分勝手過ぎるわ…」
「そうかもね」
「そうかもねって、分かってるなら…」
「分かっててもできないことだってあるでしょう。雪乃ちゃんの言い分も分かるけど、それは状況的に得策ではないの」
姉は決して譲ろうとはしなかった。こちらに目を合わせることもなく、全てを跳ね除けるように私の言う言葉に拒否をした。
「雪乃ちゃんさ、私のことなんて気にしてていいの?」
「どうして?」
「私のことなんか放っておけばいいでしょ。私のことは忘れて、昔みたいに自分のために生きればいいじゃない」
「今と昔は違うわ、私だってもう大人よ。自分のことだけじゃなくて他の人に目を向けることくらいできるわ」
「そう?でも別に大丈夫だよ。雪乃ちゃんは自分のやりたいようにやるべきだよ」
「そんなことできないわよ…」
「どうして?」
「それは、」
私は言葉を詰まらせた。姉の問いに私は上手く言葉を紡ぐことができない。それは答えがわからないとかの理由ではなく、答えはとっくに出ていた。ただそれを言葉にするのはこれまでの私では考えられなかったからだ。
いざ姉を前にして、その言葉を言うには小恥ずかしさがあった。
しかしそんな私の心中とは裏腹に、姉は昔のように揶揄うように言った。
「他人のことなんて心配してるほど余裕ないでしょ〜雪乃ちゃん。私のことなんて放っておいて雪乃ちゃんは比企谷くんと仲良くすればいいじゃない。好きなんでしょ?」
そう姉が言った時、私の中で何かがプツンと切れるような感覚があった。
そこからはよく覚えていないが、気づいた時には私は乾いた音と共に姉の頬を叩いていた。
反射的に、無我夢中でやったのだろう、私のグラスはテーブルの上で倒れ、烏龍茶が無残にテーブルに撒き散らかされていた。
周囲にいた客や店員は驚いてこちらを見ていたが、何かを言ってくる気配はなかった。
頬を叩いた感触が痛いほどに残った私の手は力なく落ちて、目は姉の横顔を見ていた。
しばらくそのままお互いに無言のままで、私は立ち尽くしていた。
こんな場所でこんな行為を働いたことにきっと後から酷く恥じるのだろう。でもそんな理性すらも消し去るほどに私の心の中はめちゃくちゃだった。
呼吸が早くなり、身体が熱い。怒りも悲しみも、虚しさも、多くの感情がごちゃ混ぜになった胸の内をどつにか落ち着かせようとするけどうまくいかない。気付いた時には私の頬には涙が伝っていた。
姉はそれでもこちらを見ることはなかった。
どうにもならない。無力感だけが私を支配した。悔しさなんてものはとうになかった。
もう私には、私以外の家族とは、相入れることはないほどに大きな壁があることを知った。私達にあるのは血縁という事実だけで、それ以外は何もないのだ。
そう理解した私の目から溢れる涙は増していった。手で拭っても拭きれない、思いは止まるところを知らない。
私は考えるまでもなくその場を走り去った。
その後のことも何も覚えていない。
いつ、どのように帰ったのかも分からない。
私が気がついた時は、カーテンから朝焼け僅かに差し込んで薄暗い自室の天井だった。
薄青く照らし出された部屋は音もなく、どこか重苦しい空気を漂わせていた。
そんな部屋で私は泣き疲れた子供のように、力なくベッドに横たわり、呆然とした感覚の中にいた。
寝返りをうつことはもちろん、手足を動かす気力も出なかった。
ただ、輪郭の曖昧なぼやけた景色と耳鳴りだけが私の頭を駆け回っていた。
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Interlude
ホテルの部屋に戻った時には、とうに日付は変わっていた。
妹が出て行った後も私はバーで飲み続けていた。
もう何杯飲んだのか覚えていない。グラスを空にしては次のお酒を頼み、それをあおった。
妹が去ってからは意外と気分は良かった。
久しぶりに1人で飲めたからかもしれない。
誰にも邪魔されずに私だけの時間を過ごせる数少ない一時だった。
部屋のキーを差し込み部屋に入ると、健吾がバスローブを着て1人でワインを飲んでいた。
「あれ、遅かったね」
「うん、まぁね」
私はおぼつかない足取りで歩いてベッドに倒れ込んだ。
「結構飲んだんだね」
「そんなことないよ」
「いや、すげえ酒臭いよ?」
「そうかな」
そう言われて私は手で顔を押さえた。
すると、まだ妹に叩かれた頬が痛んでいるのを感じた。
ピリついてどこか熱さを感じる痛みだった。
あの子に手を出されたのはいつ以来だろう。
多分私もあの子もずっと幼かった時だろう。
頬をさすりながら昔のことを思い返すが、上手く思い出せない。
もう思い返せないところまで来てしまったらしい。
寂しいような悲しいような、でもノスタルジーに駆られても仕方がない。
そんな感情は遠い昔に捨ててきた。
感情など、私の人生では邪魔でしかない。
理性で全てを殺して生きる。
他人とは違う。それはもう分かってる。
むしゃくしゃする気持ちを振り払うように起き上がって、私は腕時計やアクセサリーを外してテーブルに放り投げた。
すると健吾が隣にやってきて私を後ろから抱き寄せた。
自然と彼と零距離になり、体は密着する。
「何?どうしたの?」
「いや、陽乃が綺麗だったからさ」
「そんな言葉もう聞き飽きたなぁ」
私は彼とは違う方向に目を逸らす。
「じゃあ、あいつならもっと上手く言うのか?」
「あいつって誰のこと」
「分かってるくせに、比企谷って奴だよ」
「あぁ…ね。彼は多分、言いもしないわ」
「へぇそうなの?」
「口下手なのよ」
どうして今日は皆、彼のことを言うのだろう。
「それはレディへの扱いがなってないなぁ」
「いいんだよそれで。彼はそういう人なの。彼のことを知ってる人は、別にそんなこと求めてないし」
「へぇ、それでも陽乃や周りの可愛い子ちゃんを落とせちゃうって相当なやり手なんだな」
「そうかもね。っていうかこの話はもうやよ」
言って私は彼を引き離す。
「じゃあ、もっと楽しいことするか」
と言って、彼は再び私に抱きついてベッドに横たわらせた。
そしてそのまま片付けをしようとするが、私は彼の口に指を当てそれを静止する。
「今はそういう気分じゃないの」
「えーなんだよつれないな」
「いいでしょ。こっちにも気分ってものがあるのよ」
「陽乃はいつもそうだな」
「誰にでも構わずに股を広げる女とは一緒にしないで」
と少し苛立った口調で言うと
「可愛いねぇ」とケラケラ笑った。
「じゃあ、シャワー浴びるから健吾はもう寝てていいよ」
「あーはいはい。分かったよ」
健吾はつまらなさそうに返事をして、再び立ち上がってワインを飲み始めた。
私はバスローブとタオルを持って浴室に入った。
電気をつけて服を抜いた。
目の前の鏡に自分の裸体が映し出される。
何度も見た自分の身体。
スタイルには自信がある。
白い手足にくびれた腰、
膨らんだ胸に、程よく肉のついたヒップ。
自分の身体を美しくするためには、
人並みに手入れはしている。
でも、努力をそこまでしたことはない。
別にそこまで努力をしなくても、周りに人は集まってきたし、褒められてきた。
自分の魅力は自分がよく分かってる。
綺麗だときっと多くの人が言ってくれるだろう。
ただ、
鏡に写る自分の顔は、酷く崩れていた。