長編小説になる予定なので、ここから数話は序章で少し物語が単調になってしまいます。
とりあえず家に着いた。
一昨日と同じように雨の中
重い足を引き摺るようにして。
リビングに入ると小町が既に夕食を作って待っていてくれた。ひとまず小町にお礼を言い、自分の今の濡れて早く着替えたいということを伝え、
雨で濡れた靴と裾の濡れたズボンを脱ぎ、先に風呂に入ることにした。
普段は体を洗ってから湯船に浸かり、そして最後に頭や顔を洗うというのが俺のルーティンなのだが今日は頭から思いっきり熱いシャワーを浴びた。
今のムシャクシャした気分のためそうした。
体を一通り洗うと湯船にどっぷりと浸かる。肩まで湯に浸かるように体を沈め雨にうたれ冷めた身体を温める。
冬の風呂が1番好きだが、
雨と汗に濡れ冷やされた身体を熱いお湯が暖めてくれるのもまたいい。
お湯で温めたタオルを目の上に乗せるとさらにいい。
やはり風呂は気持ちがいい。
問題が解決したわけではないが、浮かない気分を和らげるには風呂は最高の手段だ。
そうして身体が安心したのか 今日の疲れが押し寄せてきた。
今日は早く寝てしまおうと決意し
俺は束の間の安息と呼べるような入浴タイムを満喫することにした。
時刻は9時を回ったところ。
俺は自室のベッドに横たわりカーテンの隙間から見える街灯を眺めていた。
あの後 俺は風呂を上がり愛しい小町の作った夕食を食べ、適当に学校の課題を済ませ今に至る。
テレビは小町が占領しているために見れないしぼっちである俺にはメールをする友人もいない。よって手持ち無沙汰になった俺は自室でこうやってぼーっとしてるのだ。
ただいつものようにぼーっとできるのならいいのだが、今日はそうはいかない。
こうやって何もしないでいると雪ノ下さんの件が頭をちらつくのだ。
俺は雪ノ下さんから真実を聞いた。
彼女は意外にもあっさりと俺に事の顛末を話した。
内容は俺と雪ノ下が予想していたことと大方似ていて雪ノ下陽乃自身のことであった。
彼女は現在は大学三年生。
となればその後の進路を考える時期となるのは当然である。
だが問題はそこで生じた。県議会議員であり建築会社の令嬢として生まれた雪ノ下陽乃はその生まれ持った社会的地位と引き換えに個人の自由が制約された。一般人よりはるかに大きな社会的ネットワークと権力を持つ由緒正しき雪ノ下家ではその家に命を授かった者はその家の人間として在るべき生き方を強いられる。人の上に立ち、そして社会から賞賛されるような生き方をしなくてはならない。
となると必ずしも自分の思い通りの生き方ができるわけではなくなる。
事実 以前 雪ノ下さん本人が言っていた。本当はもっと上の大学に行きたかったと言うが 親からの指示で地元の国立大学に行くことになったと。
大学の時点で進路が家によって決められているのだ大学卒業後の進路なら尚更親からの指図が来るのは当然のことといえよう。
もちろんその後の進路というのは雪ノ下家の長女として相応な進路となるのだろう。
どこかの家に嫁ぐのか、親の言われたエリート企業に勤めるのか、はたまた家業を継ぐのか、まだハッキリと決まったわけではないとは言っていた。だがこれらが必ずしも自分の望む進路ではないということも言っていた。
いずれにせよ 自分の思い通りの進路にはならない。今まで家のため、自分の自由を捨て親の指示に従ってきた。それが自分の運命だとそう自分に言い聞かせていた。だが大学三年生となり、いざ人生最大とも呼べる人生の分岐点を直前に差し掛かると、今後の自分の人生が決まるとなると不安と不満で自分の中で上手く折り合いがつかなくなったと彼女は言っていた。
こう言うと随分とシリアスな会話をしたように思えるがこれらのことを話していた雪ノ下さんは悲しげな顔など一切見せずにあっけらかんと言った。
彼女の意地なのだろうか最後まで弱さを見せることはなかった。彼女の真の心内とは裏腹に……
ここで回想は終わる。
そして俺はここで大きな難問に迫られた。今回の雪ノ下さんの件の話を聞いて俺はどうするのか?ということだ。
現状はあくまで雪ノ下さんに状況を聞いただけに過ぎない。だが彼女が状況に悩んでいるのは事実であろう。もし仮にここで奉仕部としての職務を果たすということになれば雪ノ下さんの相談に乗ることになる。
だが、別に雪ノ下さんに相談に乗って欲しいという直接的なことは一切言われなかった。つまり俺は依頼として話を聞いたわけではないため職務執行をする必要はないのだ。おまけに今回の一件は家族での問題。一介の高校生がどうこうできる話でもなければ部としての職務を執行するにあたっては管轄外という見方もできてしまう。
もし今回の問題に介入するとなれば、おそらく過去最高レベルの難易度になる。学校内、同世代だけの問題ではなくなる。大人を敵に回しかねない。
つまり俺は問題解決する以前に今回の一件に介入するかどうかですら難問になるのだ。
昔の俺なら絶対やらないだろう。こんな面倒ごとハッキリ言ってこっちから願い下げだ。正直言って今もやりたいとは思わない。こんな難問解決できる勝算なんてゼロに近い。だから(別にこの問題に首を突っ込む必要なんてないじゃないか)とも思っている自分がいる。が反面、奉仕部員だからなのか良心でどうにかしたいと思っている自分もいる。
だが、俺が動くためには理由付けが必要だ。
一色の生徒会選挙の時は小町の言葉を俺の動く理由付けにした。
では今回は?
今回は学校内の問題ではない。
事態は難しい状況だ。小町は今回のことを知らないうえに直接的依頼でもない。やはり動くとなると当事者からの依頼(理由付け)が必要だろう…。
自分の目をカーテンの隙間から見える街灯から背け視線を天井に移す。
目を閉じため息を大きく一つ。
考えをめぐらしては見たものの……
お手上げだ。
現時点での自分にはどうにもなりそうにない。
個人的に決断するにあたっては白旗状態だ。自分には決められない。
俺 個人で判断するには範疇をこえている。
自分ではどうしようもないと敗北を認めると一気に眠気が襲ってきた。
大人しく睡魔の侵攻に白旗を掲げ、目を開ける努力を放棄する。
そのまま俺は夢の中へと堕ちてゆく…
まどろみの中で俺は誰かの面影を見た気がしたそれが現実なのか想像なのか、はたまた誰なのかを俺は知る由もない。
2日連続の雨はようやく止んだ。
だが雨は止んだものの雲は依然と空を覆い尽くして日本特有の不快指数の高い生暖かさを作り上げている。
毎日のようにみるテレビの画面に映し出される朝のお天気おねえさんは降水確率は40%と少し困った表情をだして話していた。
40%油断ならない数字だ。傘の携帯が必要だ。とりあえずは折りたたみ傘をバックに入れておこう。
それ以外はとりあえずいつもとやることは同じだ。制服を着て、小町の作った朝食を食べる。食後にはコーヒーをすすり適当に教材をバックに詰めて家を出る。いつもならチャリに乗って登校するのだが、天気予報的に今日は(正確には今日も)万が一の雨に備えてバスで登校することにした。
家から歩いて最寄り駅まで向かい、駅のロータリーから出る始発のバスに乗る。雨は降ってないせいか普段雨の日に乗る時よりは客の数は少ないものの座席に座れる程ではない。だから結局いつもみたく通路に立ち、吊革に捕まり見慣れた千葉の風景を眺める。
取り敢えず昨日みたいなことは流石にもうないだろ… だって朝だし、もし今 昨日みたいなことが起きたら確実に遅刻確定。そして平塚先生の鉄拳制裁を食らうというおまけ付き。ていうか教師が暴力ってどうなの?あの人絶対普段のストレスやら婚活の失敗を俺にぶつけてるよね?ホント俺の学校生活の安寧のために早く誰かもらってあげて!
まぁいい人なんだけどね。本当にあと10年俺が早く生まれるか、先生が10年遅く生まれてたら心底惚れてただろう。あ、女性に年齢の話はしたらダメでしたね!先生 俺ちゃんと学んでますよ!だからもう殴らないでっ!
こうしていつも通りぼっちの俺は、やはりいつも通りくだらない妄想に耽っているのだった。
16時過ぎ校内ではチャイムが鳴り響く。そのチャイムは帰りのホームルームの終了を表し、生徒を学校という監獄からの解放を表す。
ちなみに俺はまだこのあと部活があるため、解放されて完全な自由を手に入れることはできない。
葉山グループとダラダラと話し込んでいたアホの子由比ヶ浜は教室に置いて行き、帰りの挨拶を済ませるとすぐに俺は教室を出た。まぁ由比ヶ浜が遅いからというより、今日は雪ノ下に用があるのだ。それはもちろん昨日のこと。だからむしろ由比ヶ浜がいない方が都合がいい。
廊下を早歩きで進み特別棟へ向かう。おそらく過去最高タイムのスピードで部室へ向かった。
もしかしたらまだ雪ノ下来てないんじゃないか?と思っていたのだが部室のドアを開けると雪ノ下は既に部室に到着しており、いつものように華麗に読書をしていた。
こいつ瞬間移動でも使えんのか??
サイヤ人の血でも引いてるの?
あれ?姉が魔王だしもしかしたらあながち間違えじゃないかも…
そのままスーパーサイヤ人になっちゃうの?そんでこの星を消しちゃうの?あ、それはフリーザでしたね!
「こんにちは。何 突っ立ってるのかしら?ついに歩けなくなるまで足が退化してしまったの?オタマジャクシ君?」
「おいヒキガエルからさらに退化してんじゃねぇか。それに毎回言ってるけどお前 俺を貶さないと生きられないわけ?並の男子ならもう既に死んでるぞ?」
「大丈夫よ。あなた以外の人には言わないから」
「一見特別感出てるように聞こえるけど、実質的には俺だけに悪口言ってるだけだからな?」
「そんなことより早く座ったら?」
あ、流された…
俺への扱い本当に酷過ぎやしません?
由比ヶ浜さんとはあんなに百合百合してるのに、何がこんなにも差を生んだんでしょうかね。八幡わかんないよ。
雪ノ下への不満を抱えつつも、俺は着席する。そしていつものようにバッグから本を…
おっと 危ない忘れるところだった話さないといけないことがあるんだった。
「なぁ 雪ノ下」
「何かしらオタマジャクシ君?」
「それまだ続いてんのかよ…」
「冗談よ それで何かしら?」
冗談でも軽く傷つくからやめてほしいなぁ…. もういいや…
「雪ノ下さんのことなんだが」
「姉さん?」
「ああ、昨日 また雪ノ下さんと会った。んで、全部聞いた」
「全部って 前話たこと?」
「ああ、まぁその原因の内容は俺らが予想してたようなことで、今後の雪ノ下さんの進路みたいなもんだった。」
「そう… やっぱり…。」
「でも 意外だな。あの人がそんなことで悩むだなんて。てっきりそんなもんは割り切りるか自分の思い通りにしちまいそうだけどな」
「少なくとも自分の思い通りにすることは無理よ。お母さんがいる限り。あの人は姉さんよりずっと怖いし強い人よ」
「魔王より強いってどんだけだよお前の母ちゃん… 」
魔王より上ってなんだよ… 想定外だわ…魔王の上位互換なら神か?
いや神ならもっと慈悲深いな、じゃあとりあえず大魔王ってことにしておこう。きっとデュエマにすると強い。多分 闇文明の呪文をノーコストで唱えられそう。そうやって邪魔者をフィールドから(現実世界でも)排除してるんですね 分かります。
「その魔王って まさか姉さんのことかしら?」
「それ以外に誰がいるんだよ。あんな怖い人 俺 今まで初めて会ったぞ。(雪ノ下さんより怖いと聞いて現状は雪ノ下母が1番怖い。あんまり話したことないけど…)平塚先生の方がずっと可愛く見えるまでる。」
「まぁ 怖いことは否定はしないけど、あれでも一応 ちゃんと人間よ? 現にお母さんには歯向かえないし」
「まず一応ってつく時点でヤバいけどな、本当にお前の家族怖すぎ」
「失礼ね…」
だって怖いじゃん…
雪ノ下家大集合なんてあった日には、胃に穴が開いちまいそうだわ。
「まぁ でもそうね… だからこそ姉さんのことはすごく驚きを隠せなかったわ… 少し意外だった」
雪ノ下の表情はどこか悲しげであり悩ましげであった。その浮かない表情は普段の姉妹の関係を見れば少し意外だった。
姉を心配してるのだろうか?それとも自分もいずれこうなるのだろうと思い悩んでいるのか?もしかしたらどちらも該当するのかもしれないな。
「でも別に まだ色々決まったわけじゃないだろ」
「どうかしらね… あの姉さんがそこまでなるってことはもしかしたら既にかなりの方向まで話しが進んでる可能性はあるわよ。私達が思ってる以上に状況は厳しいのかもしれないわ。」
「マジかよ…」
そうして沈んだ表情のまま雪ノ下は俺の前に淹れた紅茶を置く。サンキュと軽く言って湯のみに口をつける。熱めの紅茶が舌を刺激する。猫舌の俺は慣れない温度に苦戦しつつ僅かに口に含むようにして紅茶を飲んだ。程よい苦味が口に広がる。そして「ハァー」っとため息をつくように湯のみから口を話す。
やはり雪ノ下の淹れる紅茶は美味い。
そして、たまに彼女が作ってきたクッキーが合わさるとさらに美味い。この紅茶とクッキーのセットは読書をするには最高の環境を作り上げると言っていいだろう。
雪ノ下 由比ヶ浜と俺 だけしかいない部室は教室のように多くの人間がいて騒がしいということはなく、慣れ親しんだ3人だけが作り出す穏やかな空気感と程よい静かさは外界から遮断された部室という束の間のユートピアを作り出していた。大勢がいる空間を嫌う俺にとってはなんとも居心地のいい空間で心底この空間を好いている。口には出さないけど…。
「それで あなたはどうするつもりなの?」
「え?」
雪ノ下は唐突に問う。
「その様子だと、姉さんのことについてどうするか決めかねてるのね?」
「…………。」
「沈黙は肯定と受け取っていいのかしら?大方の理由は問題が家族の問題だから、学校外の人間だから ってところが悩んでいる理由でしょう」
「エスパーかよ 本当に怖いわお前ら…」
「あら 当たったみたいね。勘で言ったのだけれど」
「勘にしては精度が怖いくらい高いんですけど…」
「あなたの捻くれた考えは読みやすいのよ」
いや今のは捻くれてないでしょ…
って思ったけど絶対言わない。罵倒で倍返しされそうだからな。
「それでどうするの?」
「まぁ お前の言う通りなんだがな…。やっぱり雪ノ下さんの一件は気になる。が、やはり俺の介入できるような問題ではないと思う。」
「…………。」
「それに俺が動く理由がない。俺は雪ノ下家の人間でもなければ、雪ノ下さんに助けを頼まれたわけでも奉仕部としての依頼を受けたわけでもない………。だから俺は現状ではどうすることもできない。」
そうその通り。俺は動かない。
仮に動きたかったとしても動けないし。それに俺には何もない。理由も力も信頼も。だから俺にはどうすることもできない。けどこれは別に悪いことでも変なことでもない。そう…いつも通りの俺だ…。俺はスーパーマンでもプリキュアでもない。依頼がなけりゃただの人間。動く理由もなけりゃ助ける義務もない。
何もおかしいことなんてないじゃないか…。俺はいつものようにしているだけ。悩む必要なんてなかった…。
そう俺はいつも「でもそれは本心ではないのでしょう?」
「え?」
「姉さんのことに介入しないみたいなこと言っているけれど、本当にそうは思っていないのでしょう」
「は?何言ってんだ?」
「それはこっちのセリフよ。
そして私の質問に答えなさい」
「何を根拠にそうやって決めつけんだよ…。それにそんないきなりそんな質問みたいなこと言われても答えらんねーわ」
「あなただからというのが理由かしらね」
「ますます意味わかんねぇよ…
だいたい俺だからってのが分からん。俺だから雪ノ下さんを助けるだとでも言いたいのかよ」
「そういうことよ」
「さらにわかんねぇよ。お前だって俺のこと多少は知ってんだろ?俺がそんな善人みたいな人間に見えんのか?そもそもさっき言ったみたいに俺が動く理由だってないんだぞ」
「ええ知ってるわよ。少なくとも他の人間よりはね。だから言ってるのよ。」
「だったら俺の言ってることくらい分かるだろ」
「あなたと私達が奉仕部で過ごしてきたこの一年はその程度のものなの?」
「は?」
「 方法はともかくとして、あなたは今までなんだかんだと言いながらも多くの人を救ってきたじゃない。良心がなければそんなことできないわ。それが私の言うあなただからという理由の根拠よ。」
「それは買い被りだ。確かにこの一年は濃密なもだった。でも俺はお前が思ってるほどいい奴でも優しい人間でもねぇよ」
「いいえ。そんなことないわ。優しくない人なら、痛みを知らないなら、人は救えない。でもあなたにはそれがある。あなたはもっと自分の価値を正しく認識するべきよ」
「俺に周囲から価値がある人間と思われてるなら俺はもともとぼっちじゃねぇよ。周囲から孤立して陰口叩かれて価値を見出されてるならこんなことにはなんねーよ」
「そんな本質を見ないで表面しか見ない輩の評価がなんだというの?あなたはそんなことを気にする人だったかしら?あなたに勝手な評価をする人間との関係はあなたの言う本物なの?本物の関係でもない人間があなたの本当の価値を見出せるのかしらね。それともそんな軽薄な輩の評価よりも私達の評価は信用できないのかしら?あなたにとって私達は信用ない?」
「そんなことないが…」
「ならもう少し自分に自信を持ちなさい」
「だとしてもだ。仮に俺がいい奴だったとしても俺には大義名分はない。なんの理由もなしに首を突っ込めばそれはただの邪魔者だろ。そんなんじゃ俺は何もできない。」
「…………理由なんてとっくにあるじゃない。」
「は?どこにだよ….」
「姉さんはあなたにだけ話した。それが何よりの理由よ」
「理由になってねぇよ。そもそも俺だけなんて確証もないだろ。俺ごときに話したんなら他の親友とかにも話してるだろ」
「はぁ… どこまで捻くれてるのかしら…。 考えてみなさい。あの姉さんよ?あなたが強化外骨格と言ったようなあの人がそんなこと他の人に話すと思うの?周りから親友と思われてるような友人であっても姉さんにとってはそんなの上辺だけよ。おまけに仮面を作ってまでして生きているあの人が簡単に自分の弱味を他人に話すと思って?」
「だとしても俺だけに話す理由なんてねぇよ」
「理由はあなたのことを高く評価しているからよ」
「いや、評価してるっていうより俺はあの人にとって都合のいいオモチャとしか…」
「本当にそんなこと思っているの?仮にオモチャとしか思ってなかったらこんなこと言うと思う?良くも悪くもあなたは他人とは違う人間よ。外面だけしか見ない他の人間とは違って、ちゃんと本質を見れるあなたを見込んだのよ。どんな形であれあなたは姉さんの中では唯一無二の存在であるのよ。」
ここで勘違いしてはいけないのは
唯一無二の存在という存在、響きだけはいいがこの場面では恋愛的なプラス的な意味ではなくて、ただ単に人より捻くれてるという奇異的な意味での表現であるということを忘れてはならない。並みの男子ならうっかり勘違いして惚れてたが、俺はそうはいかない。
まぁそんなことはおいておいて…
「……………こんなこと言わなくても本当は分かってるのでしょう?」
「…………。」
まぁ事実。なんとなくは分かっていた。けど分かっていてもそんな意味付けを確定させられることなど俺なんかにできるわけない。頭では分かっても素直には行動に移せない。素直には受け止められない。それがぼっちなんだよ…。
些細な言動ですら相手の裏を読み、賞賛や厚意を素直に受け止めることができない。
あらゆる物事を自分の脳内でフィルターにかけ相手の言動の真意を探ろうとしてしまう。もちろんそのフィルターではほぼ全て悲観的な内容が導き出される。決して、自分にとって都合のいい解釈なんてしない。
いつの時もそうだった都合のいい解釈も、自分から動いた時もそれが実を結んだことなどありはしなかった。結果はいつも同じで周りから白い目で見られるか、空回りするだけ。事態は良くなるどころか悪化さえする。
だったら………
最初から、自分から、
動く必要なんてない……
そうやって俺は1つの教訓を作り出した。
その教訓を得た時から俺は自ら動くことをやめた。
確かに奉仕部での経験は今までにないものだった。
多くのことを見た 聞いた 知った 学んだ。
だが、それでも。
俺は自ら動こうとはほとんどしなかった。
一色のクリスマスの一件で俺は俺一人でやると言ったが、あれも結局 罪悪感と責任、そしてなにより一色の依頼によるものだ。自ら良心で動いたとは言い難い。
結局根本は何も変わってないのかもしれない…
だから今回も………俺は………。
「………なんで… お前はそこまで言うんだよ…。 お前は自分の姉のために俺に動いて欲しいみたいじゃねぇか」
「ええそうよ………。」
「なんで…. 、お前雪ノ下さんのこと嫌ってただろうが」
そう言うと 雪ノ下は俺に向けていた目を下に落とした。
そしてうつむき、何かに思いを巡らすように閉じた本の上に置かれた自分の指先の一点をじっと見つめる。
聞こえるのは外からの微かな喧騒。
ここは時が止まったかのような静寂。
体感で数分の経過。雪ノ下は再び目線を上げた。そして瞬間俺と目を合わせる。
そして瞼を閉じ、今度は窓から外を見やる。
つられて俺も目線を雪ノ下から窓へとスライドさせる。
数日前と変わらず重く暗い色をした雲は空を覆っていた。
しかし刹那、ゆっくりと流れる雲の隙間から夕焼けの光が射し込まれていった。
薄暗く湿気を孕み寂しさと重苦しさに溢れていた世界が僅かではあるが照らし出される。
照らし出された空や海 大地は茜色に染まる。
綺麗だ と思った。
こんなこと言うような柄じゃないので口には出さない。
別にこんなの特別な風景でもない。夕立ちだったり雨上がりの夕方には見ることのできるような光景だ。
だが曇天の色と茜色がコントラストとなり空は美しい模様を描いた。それをこうして意味もなく眺めるとその美しさを身に染みて感じれた。
そしてまた数分。俺はそれをぼんやりと見ていた。
「別に嫌ってるわけじゃないのよ…」
雪ノ下は空を眺めながら口を開いた。
「苦手なだけ…。 でも…………」
「たった一人の姉だから………」
そう言って 雪ノ下は言葉を紡ぐ。
「私の責任でもあるのよ。
私は自由に勝手にやらせてもらってるから、姉さんに家のことは押し付けてしまった…」
「結局私は姉さんに頼っていたの。姉さんなら上手くできると勝手に決めつけて… 私は何も分かっていなかった…」
「そんなこと…」
「いいえ。私は憧れという言葉を使って姉さんを優秀な人間だと勝手に決めつけて甘えていたの…。 なんだかんだとずっと背負いこませてしまったのよ…」
雪ノ下の表情は言葉を口から出すたびに険しくなる。これがさっきから雪ノ下の表情が晴れなかった原因か…。
一般人とは違う家庭で生まれたからこその姉妹の葛藤。俺ら平民には一生関係なさそうなことだ。
俺から見れば 雪ノ下姉妹は両方とも充分に優秀だ。優秀過ぎると言ってもいい。だがそんな彼女達にも家系というしがらみに囚われた俗に言う可哀想な女の子に過ぎないのかもしれない。
以前、俺は雪ノ下雪乃は強い女の子だと決めつけていた。だが俺はその間違いに気づいた。彼女だって決して強いわけじゃない。だがそれは雪ノ下雪乃だけではなく雪ノ下陽乃も同じなのかもしれない。
結局2人は周囲の人間から求められる人間を演じ続ける他なかった。優秀だと決めつけられ、それが理想だと崇められ、常に期待に応え続ける。それが自分自身が望む自分でなくとも。
人より優れていることが彼女達姉妹が周囲の人間から勝手に決定づけられた自分らしさ、つまりアイデンティティである。
哲学的になるが、自我というのは他人を介して生まれるという。赤子が言葉を理解しその言葉を使って世界を認識する。その中で子供は他者を理解し、それと対照的なものとして自分(自我)を形成する。
これに習えば 幼い頃から周囲の期待に応え続けることを強いられた姉妹はそれが彼女達のアイデンティティとなった。
それが望む自分でなくとも…。
皮肉にも人間の自分らしさ(自我)というのは他人を介してしか生まれないのだ。よって時としてその自分らしさが他人により自分の望まない形で形成されることがある。思春期に多くの子供が自分らしさに不安を抱えたり、クラスでの人間関係に悩まされるのは主にこれが原因だ。
アイデンティティはその複雑さゆえに多くの時代で多くの文学で題材にされる。
事実、中学〜高校(主に高校)の現代文でこれが多く取り上げられ、それはちょうど思春期にさしかかった学生達にその現代文を通して自我について学ぶのが目的という側面がある。よって現代文なんて将来必要ないとか言ってる奴は往々にして頭が悪い。
多くの人間が思春期の時期に悩みながらも最終的には折り合いをつけ自我を確立させるが、
年齢からみて雪ノ下姉妹(少なくとも姉は)は思春期を終えている。おそらく一度は期待に応え続け、優秀な自分という自我を認めたのだろう。いや正確に言えば諦めたと言うべきか。
だが雪ノ下さんは今回の一件で仮にも認めた自我にヒビが入り始めた。アイデンティティの損失。
いや、彼女達にアイデンティティなんてそもそも初めからなかったのかもしれない。周りから見た彼女達らしさというのは本物ではない。
つまりアイデンティティではない。思春期に自分に対して悩みを抱える人間の多くは”自分はどうあるべきか”と悩む。
だが雪ノ下さんにはそもそも
その ”どうあるべきか?” すら無かったのかもしれない。つまり悩む以前の問題で選択肢は初めからない。よって家族や周囲の人間から望まれる人間になるという道しかなかった。所詮 人から決めつけられた本心とは違った偽りの自分など本来はたいした強度もなく脆い。だが雪ノ下陽乃はこれまでの人生でそれを完璧に演じ、それがあたかも本来の自分であるかのように強固なものにした。
だが皮肉にも完璧に作り上げた偽りの自分はその偽りを作る原因となったはずの家族によって今回壊されかけた。
やっぱり雪ノ下家は怖いな……
雪ノ下家に生まれなくて良かった。
そんなことを考えていると雪ノ下が口を開いた。
「本当に悔しいのだけど…。
私にはどうすることもできないの…
助けられないのよ」
「…………………だから俺がやれと…?」
「……本当に迷惑なことを言ってるのは分かってるわ。だからこの問題を完璧に解決してほしいだなんて言わないわ…。」
「ただ、姉さんが困っていた時は……今までのあなたがしてきたように助けてあげてほしいの… 」
「本当に悔しいのだけれど…私にはどうする手立ても思いつかないの………
時刻は午後7時前。
季節は初夏で日照時間は冬と比べれば圧倒的に長くなり午後7時前後であればまだ陽の光をわずかに見ることができる。だが生憎、ここ数日雨を降らせ続けた梅雨前線は今尚、千葉上空に健在でありそれによる雲が空を覆い尽くしてるためこの時間だと外はほぼ夜と変わらぬ暗さであった。日中は時より薄っすらと雲の裂け目から太陽は顔を覗かせるものの、街を完全照らし出すには至らなかった。
まぁ世間からしたら雨が降らなかっただけでもよかったんだろうが。
2日ぶりの窓に雨粒のないバスは自宅から最寄りの駅のロータリーに停車した。いつものように下車をする。
やはり駅前は帰宅ラッシュの時間帯ともあり、今日も変わらず多くの老若男女で溢れていた。
止まることなく押し寄せる人並みをかいくぐりバスロータリーを抜け、引き続き帰宅の途につく。
歩みを進めるたびに街は輝きを失い、反比例するように静けさが増す。
住宅街にも入れば、聞こえるのは自分の足音か、遠方から僅かに聞こえる車の音くらいだ。
ただ相も変わらずどんな場所でも変わらないのはアスファルトの湿り気と生暖かい外気は健在であるということ。
不快指数が高い天気であるが、そんなものは今の俺にとってはそこまで気になるものではなかった。
まぁ理由はご存知の通り、雪ノ下問題だ。(勝手に名付けた)
鼻腔に僅かに残る冷めた紅茶の匂いと、脳裏に浮かぶ静閑とした部室。
そこで姉を助けてほしいと、
雪ノ下はこちらを真っ直ぐに見つめて言った。
普段 素直かどうかと聞けばYesとは言い難い雪ノ下雪乃が自分のプライドを捨て姉のことを頼み込んできた。それが俺の中で大きく違和感だった。
別に悪いこととしての違和感ではないから全然いいのだが、ただなんだかんだとありながらもあの二人も姉妹なんだなと思った。普段は嫌った素ぶりを見せる雪ノ下も姉を心配しているという事実は思ったよりも印象的なことだった。
ただその雪ノ下の頼みに俺は答えを言えなかった…
気持ち的に整理がつかなかったのもあるが、ちょうどそのタイミングで由比ヶ浜が部室に入ってきたからだ。
よって返事をするタイミングを無くしてしまった俺は、そのまま今に至る。
今はまだ由比ヶ浜には今回の件は伝えてはいない。雪ノ下の家庭的事情が絡んでいるために無闇やたらに人に広めるわけにもいかず、結局は俺と雪ノ下姉妹でしか認知されていない。まぁ人に広めたところで解決の糸口が見えるわけでもないのだが。
結局、今尚心の蟠りは完全に消えることなく、俺を悩ませ続けている。
心の奥底で良心と常識、雪ノ下の頼み、そして黒歴史がせめぎ合っている。
よって決心がつくわけでもなく、取り敢えず、雪ノ下姉妹から動きがあれば合わせるみたいな感じでいいだろうと、相変わらずの受動的な考えが俺の脳を支配するのであった。
今日は7月1日。あれから数日が経過。
だが、相変わらず天気は優れない。
雨が降っては曇り降っては曇りを繰り返している。時折 太陽は顔を見せるもののやはり満足行くような照りは見せない。
おかげで最近はずっとバス通学だ。
俺の愛用チャリは今日も変わらず家で雨が上がるのを待っている。
天気は優れないながらも時は進み続けている。通学方法以外は今まで通りの生活をしていたし、学校生活でも特に問題は起きていない。
が、久しぶり一悶着ありそうな雰囲気が今起きていた。
「ひゃっはろー 比企谷くん」
時刻は6時過ぎ、部活が終り校門を出たところまさかの魔王と鉢合わせ。いや正確には待ち伏せにあった。
ちなみにこの魔王はパワー14000
闇文明と光文明のエンジェルコマンド、ロストクルセイダーでトリプルブレイカー(主に俺のハートをトリプルブレイクする)魔王がフィールドにいる限り俺はあらゆるクリーチャーや呪文の発動を禁じられる(つまりあらゆる弁明が無効化される)。
要約すると詰んだということである。
「何してるんですか?こんなところで… … 千葉大学はここじゃありませんよ」
「つれないなぁ〜 こんな美人のお姉さんが話しかけてるんだからもっと嬉しそうにしなさいよ〜」
だが、数日ぶりに会う雪ノ下さんは前回や前々回とは違い。普段通りの明るく社交的(強化外骨格によるものだが)な姿に戻っていた。まぁ嘘でもそっちの方が話しやすいから構わないのだが…
「自分で自分をそうやって言っちゃうあたり俺とは相容れない存在というのは確かですね」
「ふふ 君は相変わらずだね」
「で、繰り返しますが何か御用ですか?」
「あ、そうそう ねえ比企谷くんこの後暇だから私に付き合ってよ」
「いやいや あなたの予定なんて聞いてな」
「私のじゃなくて君のことだよ?」
「え? 俺?」
なんなこのやりとり前も誰かとした気がする… というかなんでみんな俺には予定がないみたいに勝手に思ってるの?ねぇなんで?あ、ぼっちだからですね…
「いや、なんで俺なんですか?雪ノ下さんなら他に付き合ってくれる人ならいくらでもいるでしょう」
「今日はそういう気分じゃないの。それにいつも学校の人といても飽きるしね」
「交友関係に飽きるとか人生で一度も言ったことないですよ。なんなら今後も言わないまであります。」
「ハハ やっぱり君は面白いね!他の人とは違うそういうところ好きよ」
「さいですか…」
「ここで立ち話もなんだし行こっか」
「ちょっと俺は付き合うとは言ってませんよ」
「大丈夫 大丈夫 君ならなんだかんだと言いながら付き合ってくれるから♪」
嫌な信頼だなそれ… 言い換えればなんだかんだと言いながらもパシリになってくれるみたいになるなこれ…
「ほら 行くよー!比企谷くーん」
数日前の貴方はどこに言ったんですかねぇ…。魔王の前では俺みたいなパワー1000のクリーチャー【ちなみに俺の能力は、『このクリーチャーは攻撃できない』何それザッコ… さすがぼっち。なんならフィールドにいても気づかれないまである。よしだったら『このクリーチャーは攻撃されない』をつけよう】は太刀打ちできるわけもなく、仕方なく付いて行くことにした。
「ちょっと雪ノ下さん」
「んー?」
「んー?じゃないですよ どこ向かってるんですかこれ?」
「え?駅だよ?」
「いやいや 稲毛海岸駅は俺の家と逆方向なんですけど…」
「大丈夫大丈夫。ちゃんと君の家の方には行くよ。まぁ正確に言うと通り過ぎちゃうけどね!」
「まさか電車乗るんですか?」
「そうだよ?あ、運賃は私が持つから気にしなくていいよ?」
「いや、それよりも直近の目的地は分かりましたけど最終目的地はどこなんですか?」
「んー取り敢えず 無難にららぽーとかなぁ〜 あ、ちゃんと小町ちゃんに連絡しておいてね!今日の晩御飯はいらないよーってね」
「え、そんな時間食うんですか?」
「もちのろんだよ♪」
さてあれから1時間が経過。
俺と雪ノ下姉はららぽーとのイタリアンレストランにいる。まぁもちろん夕食だ。
俺達二人はテーブルを挟み向き合うように座り食事をしている。
ちなみに注文したのは無難にパスタとサラダとスープだ。雪ノ下さんも注文した品は俺と大差ない。
俺達はいつものようなとりとめのないような会話をするだけで、会話に花を咲かせ盛り上がるなどということはなかった。
まぁ俺はリア充じゃないから変に盛り上がられても困るんだけどね。
ただ雪ノ下さんは別にこんな会話をすることが今日の目的ではないはず……
ここ一連の出来事とこれまでの雪ノ下さんとのやり取りで分かったことが1つある。それは雪ノ下さんは何か重要な案件がある場合でも必ず最初は普段通りの何ともないような会話をしてくるということだ。いきなり本題に入ることはなく必ず回り道をしてくる。
自分の本音を悟られないようにするためなのか、相手を軟化させるのが目的なのか彼女の真意は分からないが これが雪ノ下さんの癖だということが何となく分かった気がした。
「難しい顔しちゃってどうしたの?」
「いえ、少し考え事を………」
「ふーん 他の女の子のことでも考えてたのかな?ダメだぞー 女の人と一緒にいる時に他の女の子のこと考えたら〜。マナー批判だよ」
「そんなわけないでしょう…」
「そんな怖い顔しないでよ笑 冗談よ 冗談」
「冗談なら最初なら言わないでください…」
「………………じゃあ 何考えてたの?」
「なんでそんな聞いてくるんですか…。別にそんなのどうでもいいでしょう」
「そりゃ素直に気になるからだよ。」
「別に大したことじゃないですよ」
「大したことないなら言えるでしょ?」
そうやってこの人はいつものようなイタズラな顔をする。薄っすらと口角を上げ悪魔のような笑み。やっぱり怖いなぁ…
「恥ずかしいので…」
「えぇー 比企谷くん恥ずかしい事考えてたの??笑」
「いや、別に変なのじゃないですよ」
「じゃあ教えてよー」
本当にこの人は苦手だ…
だがこうなるとラチがあかない
「ちょっと雪ノ下さんのこと考えてたんですよ…」
「え?私??」
一瞬 雪ノ下さんは驚いた表情を見せる。だがそれは一瞬で、すぐにいつもの表情に戻る。
「比企谷くんはお姉さんの何を考えてたのかな〜?比企谷くん意外と大胆な事言うのね〜」
相変わらず 小馬鹿にしたような口調で問い詰めてくる。
「安心してください。よくある恋愛的な意味じゃないですから。」
「えー つまんなーい」
「『君のことを考えてた』からのクサイ口説くようなセリフはこの俺が言うことはないんで」
「じゃー何なの〜」
「雪ノ下さんの癖?みたいなのですかね」
「癖?私の?」
「まぁ…」
「え、お姉さんなんか変な癖ある?」
「いえ 別に変じゃないんですけど、話し方?って言うんですかね」
「話し方?」
「なんか回りくどい感じです。いつも本題を話すのは最後で 最初はいつもみたいなふざけた会話したり…」
雪ノ下さんの顔つきが少し変わる。
「………自分では気にしたことなかったけど 確かにそうかもね。どうしてそんなこと思ったの?」
「まぁ 雪ノ下さんと知り合ってこれまでのやり取りからって感じですかね…。まぁ 実際今日も、こうやって呼び出しておいてこのままこんないつもと変わらない会話ってのもおかしいですし」
俺がそう言うと、雪ノ下さんは椅子の背もたれに深く腰掛け、俺から目をそらす。そして店の窓から見える外を眺める。
相変わらず こんななんでもないことでも様になるな…
しばらく雪ノ下さんは窓からの景色を眺めていた。
だが突然 フフっと彼女は笑った。
「参ったなぁ〜 確かに君の言う通りだよ。 まぁ今日はあんまり辛気臭い話はしようとは思ってなかったんだけどね」
「…………」
「幻滅した?」
「何にですか?」
「私のことだよ。ここ最近の私見て」
「まぁ… そうですね。少し意外でしたね」
「そうだよね 私もそう思うよ。自分で言うのも変な話なんだけどさ。多分こういうの初めてかも」
「けど、少しホッともしてますよ。
雪ノ下さんにも少し人間らしいところが見れた気がします」
「何それ〜 まだ魔王とか思ってるの??私はちゃんとした人間なんだからね〜」
「いや 普段は本当に怖いんで」
「酷いなぁ〜 魔王だなんて言われたことないよ?いつもみんな可愛いとか綺麗とか言ってくれるのに〜」
「自分で言いますかそれ……
それに、それは貴方が猫被りしてるからでしょう。ぼっちには通用しませんよ」
「えーこんな綺麗なお姉さんとデートしてるのにぼっちだなんて言うんだー」
「いや これデートじゃないですから。パシリですよパシリ」
「ぶー つれないなぁ〜」
「そんなことより 本題には入らなくていいんですか?もう十分遠回りしたでしょう」
「あー それかー。どうしようかなぁ」
「本題入らなかったら マジで今日の俺パシリじゃないですか…」
「まぁまぁ」
そう言って雪ノ下さんはまた思案顔になる。
この人 本当にちゃんと考えてんのか?
などと思ってしまった。
「ねぇ 比企谷くん」
「なんですか?」
「君予備校行ってるよね? 何曜日?」
「え、と 授業あるのは月曜 水曜 土曜です」
「何時に終わるの?」
「基本的には夜の9時くらいですけど…」
「じゃあ 明日からお姉さんと毎日放課後は会おう! 予備校ある日は予備校の後でいいから!」
「え? いや、待ってください。何ですかいきなり。俺 勉強あるんですけど… それに本題は…?」
「それは別に今日じゃなくてもいいかなぁーって。勉強の方は大丈夫だよ お姉さん見てあげるから!」
「いや でも小町とか心配すると思いますし…」
「じゃあ小町ちゃんに許可取ればいいだけだね!」
「あと ほら雪ノ下さんの予定的にも悪いですし!」
「少なくとも今日から一週間は特に予定はないよ?」
「でも 俺 お金ないんでー」
「今月始まったばっかりだよ?お小遣い貰ったばっかりでしょ?それに基本的にはお姉さんが払ってあげるから大丈夫だよ?」
「あ、あはははは」
「ふふふふふ」
詰んだな…。間違いなく…。
学生必殺のお金ないから断る作戦が通じない時点で雪ノ下さんのチェックメイト…。
「君は私といるのは嫌?」
「嫌というわけではないですけど…苦手ですね…」
「え、じゃあ嫌じゃないんだね?」
「ま、まぁ…」
「じゃあ 大丈夫だね!決定だ!」
「いやいや 嫌いじゃないとは言いましだけど 苦手って言ってるじゃないですか、解釈の都合が良すぎますよ」
「大丈夫大丈夫 気のせい気のせい!慣れてくって!」
「無茶苦茶な…」
「ていうか なんで雪ノ下さんと毎日会わないといけないんですか?」
「うーん。比企谷くんといると楽しいからかなー」
「はい? 俺が楽しい奴なら今頃クラスの人気者だと思うんですがねぇ…」
「あー違う違う。そんなありきたりなのじゃないよ君は。そんなのいらないし、つまんないよ。」
「人気者の雪ノ下さんがそれ言いますか?」
「うん、言うよ。だって私、つまんない
人間だもん」
「え?」
「みんなのために笑顔振りまいて、周りよりちょっと優秀にやってるだけの人生だよ?それに親の言いなりで、自分の意思は尊重されない。だからつまんないの。容姿が恵まれたことは得してるけどね」
「周りの人間から見たら そうは思えないでしょうけどね。誰もが羨む存在、それが貴女、おそらく周囲の共通認識。」
「そう。みんな気付かないの私のことなんて 結局 表面しか見てないの」
雪ノ下さんはそう言いながら、何かを哀れむような悲しむような表情を見せ手元にあったお冷を一口 口に含んだ。
その表情が自分に対してなのか 周囲の人間に対してなのか俺には分からなかった。
才色兼備とはまさにこのことと言わしめるような雪ノ下陽乃でも、こうも憂うような顔をする、その事実が人間という不完全性を象徴しているかのようだった。この世に完璧な人間はいない。では彼女の不完全な部分とは何か?
この問いの答えに繋がるものが 今回の一連の騒動の中に介在するとするなら、それは彼女の人生において重要な事象となりうるだろう。
ただ それが、
雪ノ下陽乃の納得できる形で終結するかは別問題であり、今後の彼女自身の人生において大きく左右されるものとなることは、もはや言うまでもない。
外は完全に闇となった。
今は閉店時刻まであと1時間と少し。
ただ意味も目的もなく 放浪人のようにららぽーとを回った俺たちは明日はお互い学校もあり、適当な時間帯ということでお開きとなった。
排気ガスの匂いの立ち込める、歩道橋を渡り南船橋駅から
沿岸沿いを走る京葉線に乗り
京葉工業地帯の一角を成す、工場地域、幕張新都心界隈を抜ける。
うちの最寄り駅から数駅離れた雪ノ下さんの実家の最寄り駅で降り、彼女を送る。ここまでの帰路では前にも似たように俺達の会話はほとんどない。
お互い 物思いに耽るように夜のネオンを眺めていた。
そして今も同じ、俺は付いて行くように雪ノ下さんの半歩後ろを歩いているが 特にこれといった会話はない。ほのかに香る雪ノ下さんの匂いを感じながら、彼女の歩く後ろ姿や見慣れない街の風景を見ながら歩いていた。
歩き始めて10分程度が経とうとしていた。周囲は住宅街に差し掛かり始めていた。だが、ここの住宅街の少し違うところは俺の家がある住宅街より一回りもふた回りも大きい家がほとんどだということだ。いわゆる高級住宅街というやつか。
いや、違うな。ここは千葉だ。だからそもそも高級住宅街とかほとんどない。おそらく、昔から住みここら一帯の地域で権力を持っていた地主だったりとそこそこのお金持ちと言った人達が多く住んでる地域と言ったところか。
ちなみにこういった人達や住宅は千葉ではそこそこ多く見受けられる。
例えば千葉郊外の宅地開発が進むニュータウンで周囲の住宅よりひときわ大きい家を見つけたらそれはもともとその地に住んでいた地主である可能性が高い。
雪ノ下家もそんな背景を持つ一族なのだろうか?と少し思案してみたりもした。
まぁそんなことを考えてるうちにも身体は進むわけで、ただ機械のように雪ノ下さんに付いていってると、住宅街にある小さな公園に入った。
まぁ 小さな砂場と遊具、ベンチがあるよくあるやつだ。
「ごめんね 今日はあんまり楽しいことできなかったね。明日はもう少し考えてから行くことにするね」
「完璧に忘れてましたけど、俺と会うことは確定してるんですね…」
「だってー比企谷くん 別に私のこと嫌いじゃないって言うし〜」
「嫌いじゃないから行くっておかしくないですか…好きとかなら分かりますけど。」
「だって、比企谷くん人に好きだなんて言わないでしょー !つまり君は「好き」を省いて人を評価することになるから一般的に「普通」が最上級の評価になる!つまり、嫌いじゃないっていうのも繰り上げ評価ってこと!おまけに比企谷くん他人よりも嫌いな人多そうだから嫌いじゃないっていう君の評価をもらった時点でかなりのいい位置にいると思うんだよね〜」
言われてみれば確かに………
雪ノ下さんの言ってることはただの屁理屈なのになぜか変な説得力があった。納得してる自分が悔しいぜ…
人に好きだなんて黒歴史を積み重ねた今の俺はまぁ言わない。あ、戸塚と小町は例外な。
でも仮に雪ノ下さんが俺の中でいい位置にいるとしたって断る権利くはいは持ってると思うんだけどなぁ。
「ね、だからお願い比企谷くん」
あざとい………。 上目遣いで可愛い声で頼めば要求が通るとか思ったら大間違いだ! って言ってやりたいのだが、この人の本性は魔王だからさらにタチが悪い。この人にかかれば猫撫で声など使わなくても絶対大丈夫なんだろうけどなぁ…
まぁ、断れるだなんて最初から思ってませんよ…。 雪ノ下にも色々言われたしな…
「疲れないようにしてくれれば…」
相変わらずハッキリしない物言い。
ただ単に素直にOKするのが癪だというくだらない理由だからなのだが、少しくらい俺の大したこともないプライドの1つや2つ張ってもいいじゃないと自己肯定。
「うん、分かったよ!ありがと!」
そう言って 久しぶりにちゃんと見た雪ノ下さんの笑み。悪企みをしてる悪魔みたいな笑みではない。やはり相変わらず綺麗なご尊顔だと思う。だからこそ何故こんな人と一緒にいるのかと思うと本当に不思議である。
笑顔の綺麗な人というのは他人を魅了する。まさに俺とは対極であると言っていい。決して交わることないような位置にいる俺達は、神の悪戯なのか今こうして2人でいる。
俺が一生かかってもできないその笑顔を息を吐くかの如くできる貴女であるからこそあの日の顔が忘れられない。
強化外骨格と言えど、多くの人間を魅きつけるあの笑顔の下にはそんな表情があったのかと驚くと同時に、笑顔というモノは儚さを知った。
綺麗なモノ 美しいモノには悲しみ 儚さが表裏一体で存在する。
だからこそ 春に咲く桜も散ってゆくから綺麗なのだ。
なら 彼女のその笑顔も いつか散るのだろうか?
いつも思うのだ「永遠なんて存在しない」と。
ならその笑顔もいつか終わるのだろうか?
その美しく淡い笑顔は儚く散りゆくから綺麗なのだろうか?
けど、もしかしたら今のその笑顔の意味は本来とは違うものなのかもしれない。
ただ
たとえそれが嘘の笑顔であろうとも、
彼女の笑顔というのは俺には眩し過ぎる