とにかく今回の話は悩みもがき苦しみました。
前回の話が1番大変かなと思ったのですが、前回に負けず劣らずキツかったです。何度も何度も書いては消して書いては消してを繰り返しなんとか形あるものに仕上げましたが、はっきり言って私の書く能力はまだまだだと痛感するばかりです…
さて、今回はサブタイトルをご覧の通り前回と前編後編の二部作になっておりますが、この堕ちたハナビラという話は陽乃と八幡の関係やこの物語の転換点となっています。ようやく物語が進み始めたような気がします…(遅せぇよ)
どれだけの時間そうしていたかは分からない。ただ手で顔を覆い、泣き続けていた雪ノ下陽乃の隣に俺はいた。
特に声をかけることはなく、ただひたすらに彼女の隣に寄り添い薄着越しに触れる肌に熱を感じながら移りゆく時を過ごしていた。
それでも彼女が泣き止む頃には陽は傾き始めていて、黄金の陽の光はいつしか赤味を帯び始め、俺たちの影を伸ばしていた。
どうやら随分と長い時間この丘にいてしまったようだ。
もう8月だというのにこんなにも長く外に入られたのは幸いにも海風が通り、ヒートアイランド現象からの影響もほとんどない田舎ならではの涼しい環境であったからだと言えよう。
まぁ、それでも熱中症にはならないように泣き続けていた彼女をどうにか引っ張ってこの木陰には連れてきてはいたのだが…。
木陰に連れてきた時も彼女の態度は依然として変わらなかった。
ここまで引きずってくるわけにもいかず、何とか彼女を引き起こし肩を支えこの場所に連れてきた。丘になってるこの斜面を歩くのは少しばかり重労働だったが、田舎といえど流石に直射日光に長時間当たるのはよくないし、彼女の白く美しい肌を台無しにしたくないという謎の願望が俺をそうさせた。
場所を変えたそこからも変わらずこの丘に咲き誇る華と大洋が眼前には広がっていた。
長くこの場所にいても色褪せることなく美しい自然の色彩は俺たちを囲むようにして風に揺れ、甘い香りを運び続けていた。
陽の傾きで色を変える風景はどれも美しいが、今現在、眼前に広がる水平線に重なろうとする紅の太陽は、水面をさらに輝かせこの丘を紅く染めあげていた。
そんな場所で俺は陽乃さんの隣で静かに時の流れに身を委ね、ただ物思いに耽るように目の前の風景を見ていた。
陽乃さんは泣き止んだ後もしばらくは蹲っていた。いわゆる体育座りという格好で顔を伏せていた彼女もいつしかぼんやりと俺と同じように紅を見ていた。
彼女がようやく話せるようになったのは午後の6時を過ぎたあたりだった
太陽高度がさらに低くなった頃に彼女はゆっくりと無言で立ち上がった。そして一つ大きく深呼吸をする。そろそろ帰ろうという言葉を期待したのだが、彼女は再び俺の横に腰を下ろし、今度は俺の肩に身を預け始めてしまった。
その時に彼女は特に何も言わずにもたれかかってきたために一瞬はいつものように身構えて躊躇したが、状況が状況のために俺は彼女の行動を容認してしまった。
そして今、俺の顔の僅か数センチのところに彼女の顔がある。俺は今まだ以上に彼女の香りや息の音、そして鼓動をさらに感じていた。
長年のボッチ生活でこんな状況になったことがないために終始、心臓はバクバクだったが彼女が望むならと俺は肩を貸していた。
そこからもしばらくは二人で黙って風景を眺めていたのだが、流石の俺も長すぎる沈黙と時刻的問題に耐えかねて声をかけることにした。
「もう、大丈夫ですか…」
が、俺の勇気を振り絞った質問は虚しく返答がない。
いわゆる無視である。
流石にそれは傷つくぞ…。
特に動作を見せるわけでもなく、返答を示さないので俺はしばらく再び声をかけるかどうか迷っていると、
「…見て分かんない?」
一言かえってきた。
どれだけ時差があるんだよ…
とルミルミを思い出しながら心の中でそうツッコミを入れる。
しかし、見て分かんない?と言われても実際よく分からないものである。
どんなテンションで話しかければいいのかがさっぱり分からない。
そもそもさっきまで号泣していた女性に寄り添って声をかけるというイベントを今までの人生で経験してこなかったため、こういった場合の正解をそもそも知らないのだ。
よって俺はぶっきらぼうに
「分かりませんね」と一言。
我ながら女心を全く理解していない感が半端じゃないと思うが、嘘はいけないと心の中で言い聞かせて自分を正当化した。
まぁ、さすがに怒られるかなとも覚悟はしていたのだが、意外にも陽乃さんは「流石は比企谷くんだね」と少し落ちたトーンの口調で返答された。
「さすが」という言葉を聞くにどうやら期待通りだったらしい。
と言っても、まともな返答が返せないということでの期待通りということなので全く良いことではない。最初から気の利いた言葉など期待されてないようだ。ちょっぴりショックだけど事実だから仕方ないね★
それでもそういった返しが陽乃さんもできると分かれば少しは話すハードルも下がったので俺は話を進めることにした。
「時間大丈夫ですか?」
とりあえず適当に聞いてみたのだが、
陽乃さんは無言で俺の腹を指で思い切っ切りつまんできた。
いきなりの不意打ちを食らって俺は
「ぎゃっ」と悲鳴をあげる。
「このタイミングで時間聞いてくるなんて空気読んでよ…」
どうやら俺の質問は失礼でそれに陽乃さんはご立腹らしい。
くそっ、でもだからってお腹の皮をつままなくてもいいじゃないか…。
地味にいてぇよ。
「もー比企谷くんはホントにさっきまでのはなんだったのかなぁ」
とため息をつかれながら言われた。どうやらさらに呆れられてるらしい。
さっきまでというのは何を隠そう、彼女が号泣する前のことであり、俺が柄にもなくまた臭いことを言ってしまったことだ。つまり新たな黒歴史が確定した瞬間である。思い出しただけで死にたくなるのであんまり考えないようにしていたのになぁ…。
「なんか、すみません…」
「いいよもう、それが比企谷くんらしさなんだろうね」
「気の利いた言葉が言えないのが俺らしさとかちょっとショックですね。」
まぁ事実だから仕方ないんだけど…
「なら、努力あるのみだよ」
「何をですか…」
「それはもちろんレディとの致し方だよ」
そう言って、この鬱とした空気を変えようとしたのだろうかお得意のきゃぴるんっとした一色ばりの笑顔を発揮する。
さすがは強化版一色いろは、笑顔なのに恐怖を感じさせるあたり魔王に相応しい。
「そんなの、ぼっちにはキツイですね」
「あーそんなこと言っちゃうんだー
君の周りにはあんなに可愛い子たちがいるのにそんなこと言っちゃうんだー」
「いや別にあいつらとはそういう関係じゃないですから」
「ふーん。どうだか…」
「そもそもそんな関係なら、ここにはいないですよ」
「それもそうか」
「はい、それに俺が女性のご機嫌取りなんてキモいだけですよ」
「ははそれもそうかもね。
ご機嫌取りなんて所詮その場限りのものでしかないものね」
「ま、そうですね…」
女性に敬意を払い、身だしなみを褒め称え、エスコートをすることは、
社会に生きる人間として、男のマナーとしてそれは重要なことであると世間一般では認識されている。
世の女性陣はそんな風に、格好の良い男にオサレな場所で美しく着飾ってエスコートされたいと思うのだろう。
だが、きっとこの人はそれを好かない。そんなことは既に経験してきたというのもあるかもしれないが、マナーという表面上のものが何よりもこの人は嫌いなのだろう。
まぁお世辞というのも同じようなものなのだろう、あの嘘くさい賞賛は俺も正直苦手だった。
「君は良くも悪くもそういうところがないからいいね」
「まず言う機会が無いんで」
「それもそうか」
と彼女はクスクスと笑う。
「さて、そろそろ行こうか。
予定よりちょっと長居しちゃったし」
言って彼女は立ち上がる。
「ちょっとじゃないですよ」
俺もそんなツッコミを入れてみる。
「もう、そういうことは言わないの」
「というか、もう大丈夫なんですか?」
「うん、まぁ大丈夫だよ。泣いたら少しはスッキリした」
「そうですか。ならよかったです…」
「まったく人前で泣いたなんてどれくらいぶりだろうなぁ〜
雪乃ちゃんの前でも泣いたことないのに、まさか比企谷君に見られちゃうとは我ながら恥ずかしいね〜」
「別に大丈夫ですよ。誰にも言いません。なんなら言う相手がいなないです」
「それならよかった」
そうニコッと笑って言ってくるあたり反則だと思う。
まったく美人っていうのは本当にいろんな意味で危ない存在だ…。うっかり惚れちゃいそうになる。
こういう人にコロッと言いくるめられて世の男共は簡単にお金とかプレゼントを渡しちゃうんだろうなぁ。
陽乃さんは元来た道を戻るように丘を登って行く。
俺はその後ろ姿を追いかけるようにゆっくりとついて行った。
陽乃さんは丘の頂上に着くとくるっと振り向く。そして赤い陽の光と煌びやかに輝く海の方を見すえる。
そしておもむろに彼女はポケットからカメラを取り出すと、パシャっと一枚この景色を撮った。
「カメラなんて持ってたんですね」
「まぁ一応ね。せっかく持ってきたのに使ってなかったし、どうせならこの場所を残しておきたかったから。」
そのまま彼女は、ぱしゃりとさらにもう一枚写真を撮る。そしてそれを確認して「よし」と一言言って再び歩みを始めた。
そして俺も再びさっきと同じ間隔で歩き始める。彼女の後ろ姿をただ静かに眺めながら…。
紅に照らされた花々に見送られるように歩く彼女はそれだけで絵になっていた。
この絵においては主役は風景なのか、それとも彼女なのかは分からないが、いずれにせよどちらも主役となり得るほどに美しいというのは間違いない。
この景色も数時間いただけなのに俺自身もどこか名残惜しさを感じていた。
そして夕焼けがさらにその感情を助長していた。
俺は、この景色と鼻腔に染み付き慣れたこの花と磯の香りを噛み締めるように歩いた。
もう二度とこの風景には会えないのだろうとそんな気がした夏の夕暮れだった。
帰りの車で俺は寝ることはかった。
疲れているはずなのになぜか目は冴えていた。
流れる車窓からの景色とラジオの誰とも知れぬDJの声、そして時折聴こえてくる陽乃さんの鼻歌と共に俺は揺られていた。
本来ならもっと早く伊豆を出ることになっていたのだが、予想外のイベントにより現在 夜の8時半過ぎにようやく横浜市に差し掛かった。
この時刻になると既に陽は沈み、空は遥か向こうの空がわずかに青みを帯びている程度だった。
もちろん高速道路から見える街並みは既に街灯で照らし出され美しくも夜景を作り出していた。
夜のドライブと言えばこの状況は少しオシャンティだが、残念ながら俺たちの状況は帰路なのであんまりワクワク感はない。
ただ物寂しさを確認するように流れる街の灯りを眺めているだけだ。
基本的に俺と陽乃さんの関係において会話を始めるにあたってその開始はほぼ陽乃さんからであった。
だが、珍しくも今回は俺からであった。
「満足できましたか?」
相変わらず無愛想に目的語も無いような言葉で語りかける。
というのは、言わなくとも彼女なら理解してくれるだろうという期待とわざわざ目的語を言うのも野暮ったいというなんともくだらない考えがあったからだ。
「それって普通 私の質問じゃない?」
するとなんとも真っ当な返答が返ってきて少し驚いた。
彼女のことだから少し斜め上の回答を期待していたからだ。
だが一般的な観点からすれば、彼女のその返事は至極まっとうであり、俺からする質問じゃないのは事実だった。
でも、今回の俺達は別だ。
今回の俺の誕生日プレゼントと言う名の旅行はただ俺の誕生日を祝うだけのイベントじゃないということに俺は気付いていた。
つまりは、この旅行には何かしらの雪ノ下陽乃の意図が含まれているのだ。
そして、今の俺の「満足できたか?」という質問はそれを踏まえたものである。
彼女は「それは私がする質問だ」と質問返しで答えたが、きっと俺のこの質問の真意に彼女だって気付いている。
だから俺は
「確かにそうですけど、俺の質問の意味くらい陽乃さんだって分かってるんでしょう」
と少し問い詰めるような感じで彼女に問うた。
陽乃さんはすぐには答えなかった。
ただ黙って運転を続けていた。
そして、
「比企谷くんは本当になんでも分かっちゃうんだね…」
と小さく漏らした。
午後の10時半を優に過ぎた頃、俺たちはようやく千葉に着いた。
海浜幕張駅にほど近い新都心のビル街を貫く大通りはこの時間帯となれば車の通りはそれほど多くはなくなる。
オフィス街と商業施設、公共施設 住宅、公園などが混在するこの街は全国的に少し珍しい場所と言える。
陽乃さんは行きに待ち合わせた海浜幕張駅ではなく、駅から少し離れた公園へとやってきた。
まぁ、ここから俺の家はそう遠くはないし歩いて帰れなくもない距離ではある。この場所で俺を降ろすのかと思ったのだが、「少し時間ちょうだい」と言われてしまったのでもう少し拘束されるようだ。特に断る理由もないので俺は分かりましたと小さく一言を添えた。
陽乃さんは公園近くの有料駐車場に車を停め公園に入る。
この場所は開発が進む幕張新都心に位置するそこそこ大きめの公園。中にはちょっとした遊具やベンチなどがある。
日中は家族連れやここらに住む住民がジョギングやウォーキングコースの一部になったりと憩いの場になっている。
俺達は少し中に入った広場にある街灯下の適当なベンチに座る。
そして、いつものようにしばらくの沈黙が走る。
もはやここまでくると気まずくもなんともない。慣れというのはすごいもので苦手だった沈黙が彼女といる時に限ってはほとんど気にならなくなったのだ。というのもこの静寂な空間だけは互いに理解し許容できていた気がしたからだ。つまりこの時だけは俺と彼女の間にくだらない気遣いや配慮、空気の読み合いは必要ないのだ。
この時間は自然体で、自分の感覚だけでいられる数少ない時間であり、どこか居心地の良さがあった。
「ね、楽しかった?」
そんな時に彼女は俺にそう問うてきた。っていうか、その質問俺がさっき車でした質問とほとんど同じじゃねぇか。
「まぁ、ある意味貴重な体験でしたね」
「もぅ、素直に楽しいって言いなさいよ」
「そんなこと一言も言ってないんですけど?」
「じゃあ、楽しくなかったの?」
「別に…」
「ほら、本当に素直じゃないんだから」
「すみませんね…」
こんなやり取りでも前みたいにトゲのある会話ではなくなった気がする。
これを関係の進展と呼んでいいのかは分からないが、とりあえず今はそういうことで自分を納得させることにしよう。
「陽乃さんは、満足できましたか?」
さっきと同じ質問をしてみる。
「楽しかったとは聞かないんだ」
陽乃さんは少し不満気な顔をする。
「まぁ、さっきはぐらかされたんで」
俺は戯けるように答える。
「はぐらかされたんだから、答えたくないってことくらい君なら分かるよね?」
さらに顰めた顔をする。
「まぁ」
「それでも聞いちゃうんだ、
君は意地悪だね。」
「陽乃さんほどじゃないですよ」
「そうかな?」
「陽乃さんだって、結構キツイこと聞いてくるじゃないですか」
「そうだったっけ?」
「ふざけないでくださいよ…」
「もう、そんな顔しないでよ。冗談よ冗談」
「全く…」
まぁ、彼女が言うように、彼女が答えたくないという気持ちにはなんとなくではあるが気付いていた。だが俺はそれでも知りたかった。今回の旅行は表向きには俺の誕生日祝いということにはなっているが、実はそれだけではないのだ。きっと旅行をしたのには他にも理由がある。それはおそらくこの1ヶ月の時間と何かしらの関係はあるとは思ってるのだ。そして俺はその理由をまだ知らない。
あの丘で俺が言ったことなど、所詮は俺の推測の域を脱しない。限りなく正解に近くとも100%ではない。
結局は彼女の言葉から聞かなければ真実は分からないのだ。
「なんかいろいろごめんね。」
「なんの謝罪ですかそれ」
「んー泣いちゃったり、ずっと色々付き合わせちゃったってことかな?」
「別に気にしてませんよ…」
「そう?ならいいんだけど…」
陽乃さんはそう言い放って空を仰ぐ。
その向こうには、いつしか見たものと同じような月が見えていた。
ただその時と違うことはその月がくっきりとした満月ということだ。
いつもより丸々とその妖艶な月光は強く俺たちを照らし付けていた。
「こんなはずじゃなかったんだけどなぁ」
「ってことは不満ですか」
俺が少し小さめの声で聞くと、彼女は見上げていた顔を俺の方に向けて微笑んだ。
「想像以上だよ」
「それは悪い方向への想像以上ですかね」
「そんなわけないでしょ悲観し過ぎだよ」
「俺特に何もしてませんけどね…」
俺は少し自虐的に言った。そして目線を落とし足元を呆然と眺める。
実際、特に俺は何かしたという記憶はないのだ。彼女に言われるがままについて行っただけ、能動的なことなどほとんどない。だから何か彼女のためになったかと自分自身に問えば、頷くことは限りなく難しいのだ。
「本当にそんなこと考えてるの?」
「そりゃまぁ…」
「それなら君は本当に天性の女たらしだね」
「は? いや、意味わかりません。論理の飛躍ですよ。」
「飛躍なんてしてないんだけどなぁ。君は鈍感なのか鋭いのか分からないね」
「いずれにしても実際俺は自分が何かしてあげたなんて心当たりはないんですが…」
「そんなことないよ。比企谷くん」
彼女はそうすぐに否定する。
「私は救われたよ」
「いや、でも俺何も….「満足したかって聞いたよね?」
俺の言葉を遮るように彼女は言葉を発する。
「はい…」
少しの沈黙が再び訪れる。
隣の彼女を見ると、先程俺を見て微笑んでいた表情とは違い再び空を見上げて思案顔であった。まるで心の整理をつけているかのように….。
そして彼女は、一つ小さく深呼吸をして少しばかりその大きく美しい瞳に力を込めて語り始めた。
「君の質問に答えるなら、私はこれ以 上ないくらいに満足できたよ。 だから…安心して」
「そうですか….」
彼女は俺の考えを悟ったのか、まるで俺を安心させようとしてるかのように言う。
これまでの雪ノ下陽乃を知る者からすればかなり珍しい行動だと思ったさ。
なぜならこれまでの雪ノ下陽乃なら、特に俺たち奉仕部の人間に対しては配慮なんて呼べるものは一切と言っていいほどなく、常に核心を突き、いかにも答えるのを躊躇ったり嫌な現実を思い知らせるようなことを平然と言ってのけるのが普通であった。
それこそが、俺が彼女を苦手に思う最大の理由の一つだったし彼女をより恐ろしくしている要因であった。
だが、今の彼女にその当時の面影は随分と姿を消した。全く無くなったと言うわけではないが以前の雪ノ下陽乃に比べれば別人に思えるほどだ。
それは彼女のこのような一連の行動や発言、そしてなにより彼女の涙からも察しが付いた。
「私ね、ケジメのつもりだったの」
「ケジメ?」
「そう、ケジメ…これからのための……」
彼女は自分の組んだ手元を見ながら言った。そして、その口調はどこか寂しげで冷たい。
「多分、君のことだから君が私に考えてることは当たってると思うよ」
「そう、ですか…」
「うん。ていうか君の話を聞く限りでは随分と私のことを分かったみたいな感じで喋ってたけど?」
「そ、それはなんか、すみません
流れというか、勝手に決めつけて言ってただけです…」
「いやいや別に謝らなくてもいいんだよ。それだけ考えてくれてるってことでそれは素直に嬉しいんだよ」
「それでも、 ただの推測ですよ…
結局は俺の勝手な推測で、真実とは限らない」
「そうだね。でもそれを本人が認めたらそれは事実でしょ?」
「まぁ…」
「でも君の言う通りだったよ。私はずっと悩んでた。どうしたらいいかなんて分かんなかった。 自分の本当の気持ちも分かってる。でも自分が周りから求められてる着飾った自分でいなきゃいけないことを理解してる理性があるのも分かってる。結局、どっちつかずで自分のやりたいことも、これからどうしていこうかっていう考えも分からなくなってた…」
「ならこの旅行がどうケジメになるんすかね…」
俺は率直な質問を投げかける。
月を見上げていた彼女はこちらに顔を向ける。そしていたずらに微笑む。
「知りたい?」
「…まぁ」
「君のことだよ」
「は?」
「君とのケジメだよ」
「いや、さらに分からないんですが…」
「えー、わかんないの?」
「はい…」
「君は本当に鈍感なのか鋭いのか分からない子だね」
「なんかすみません…」
なぜか雰囲気で謝ってしまった。
これまでの流れで何か俺は見落としたのだろうか?彼女の口ぶりはまるでここまで言えば分かって同然かのような喋り方であった。
「本当に分からないの?」
彼女は再度確認をするかのように聞いてくる。
「俺をぶっ飛ばす的なケジメならやめてください」
「そんなわけないでしょ」
そう少し呆れた表情を見せて「仕方がないなぁ」と吐くと、その表情はすぐにいつもの少し悪戯な笑みに変わると、彼女急に俺との距離をぐっと詰めて来た。嫌というわけではないが、長年のぼっち生活ゆえに俺は反射的に距離を取ろうとするがベンチの手すりにそれを阻まれる。手すりに逃げ場を塞がれ追い込まれた俺をいいことに彼女はそのまま距離を詰め、顔を近づけてくる。そこも俺は反射的に目を瞑ってしまう。
気付けばあと少し距離を詰めれば唇と唇が重なってしまいそうにも思える程に彼女の顔が近くにあった。
目の前には美しく大きな瞳とスラっと通った鼻立ち、そして穢れなど一切知らないような真白な肌があった。
身体中に感じる彼女の体温と柔らかさ、聞こえるはの互いの吐息、薫るのは彼女の甘い香り、俺は今全身で彼女を感じていた。
この急な展開に思考が追いつかない。ただ絶えることなく俺の脳に伝わり続ける雪ノ下陽乃を俺はただ何も動けず、言葉も言えずに見つめることしかできない。
身体が熱い。高揚している。
同時に俺の胸も高鳴り始める。
きっと今の俺の顔は真っ赤になっているのだろう、見つめる圧倒的な美しさに俺は成す術もない。
顔をそらそうにもそらすこともできずただ見つめ合うしかないのだ。
彼女は変わらず妖艶な笑みを浮かべたままであった。が、よく見ると彼女の顔も少しばかり赤くなっているような気もした。いずれにせよ彼女自身も高揚しているのだろうか。
「ねぇ、比企谷くん」
「はい…」
「本当に分からないの?」
「……はい」
「じゃあ仕方ないね……
君のせいだからね」
「は?」
「ケジメっていうのはね…」
彼女はさらに身体を近づけてくる。
そしてそのまま彼女は口元を俺の耳元に近付ける。
「こういうこと、だよ…」
甘く湿っぽく艶やかに彼女は囁いた。
そして彼女はその白く程よく細い腕を俺の身体に回し抱き締めてくる。
途端に早かった鼓動がさらに加速する。火照る身体はさらに体温を上げたような気がした。
耳元に残る残響も、全身から伝わる感触も、鼻腔をくすぐる薫りも、全てが俺の身体が認識し得る感覚を超えていた。未だ嘗て感じたことのない強烈な感覚に俺は溺れるしかない。
「ちょ、陽乃さん…」
思考は完全に停止していた。
脳は感覚器官から容赦なく強烈に伝わる感覚に晒されるしかない。
俺は暫くはそんな強烈な感覚の連鎖に飲まれれるしかなかった。
そんな時間に俺たちは月影の下で流れていた。
抱きしめられるという状況になったことのない俺は放心状態のまま彼女に身を任せていた。抱きしめ返して抱き合うという形にすればよかったのかもしれないがそんな度胸は今の俺にはなかった。
感覚で10分程度そうしていたと思う。
彼女はゆっくりと抱きしめていた腕の力を緩め俺は解放された。
「これで分かったでしょ」
「ま、まぁ、なんとなくは…」
「あれ、足りなかった?」
「いや、もうほんとに十分過ぎるくらいに…」
いや本当は何も分からない…
「ふーん」
彼女はそう言いながらクスクスと笑う。
全く、さすがはカースト最上位に君臨している人だ、きっとこの程度朝飯前なのだろう彼女はこの状況にして動揺してる素ぶりは全くと言っていいほど見せない。
一方俺は未だに心臓の鼓動が鳴り止まぬ状態である。おかげで、何故か疲労感を感じ肩で息をしていた。
「君には少し刺激的過ぎたかな?」
「それを分かってたなら何でしたんですか…」
「それは、逸る気持ちが止まらなかったから?」
「なんで疑問形なんですか… あなたの気持ちなんですから俺は分かるわけないでしょう」
「えーそう?君は人の心理を読むのは長けてるじゃないの?」
「こういうのは完全に管轄外ですよ
何しろ経験がないもんでね」
「あれ雪乃ちゃんとかとハグとかしないの?」
「そんなリア充がやるようなことしませんよ… 仮に雪ノ下にやろうものなら命がいくつあっても足りませんよ」
「へーじゃあ私は君の初めての人なんだね」
「その意味深な発言は絶対に他所ではやめてくださいよ」
「それは君が勝手に妄想して意味深だと思ってるだけでしょ〜 比企谷くんたら破廉恥〜 比企谷くんってもしかしてムッツリ?」
「普通の男子高校生ですよ」
「健全な男子高校生ならこんな綺麗なお姉さんに抱きつかれたんだからそこはもっと行動を起こすべきなんじゃないの?」
「男子高校生にどんなイメージ持ってるんですか…」
「性欲の権化」
「酷い…」
まぁでも実際は当たらずとも遠からずって感じではあるよな…。
「でも君は女の子と接する時はいつも距離を取ろうとするし、私が近づいても嫌がるそぶりしか見せないからもしかしたらアッチ系なのかな?って思ってた時も一瞬はあったよ」
「そんなわけないでしょ」
そう言うとまた陽乃さんはケラケラと笑う。俺はそれがいつもの雪ノ下陽乃らしい振る舞いに思えて、呆れか安心からか自分でもよく分からないが一つ溜息を吐いた。
すると熱く強張った身体の力が少し抜けた気がした。
「それで、そのケジメってのはちゃんとついたんですか」
俺は仕切り直すように問う。
「どうしてそんなこと聞くの?」
「いや、まぁ結構口ごたえするみたいなこと言ってしまったんで…」
「あぁそんなこと」
俺の言葉に彼女は苦笑する。
「大丈夫なったよ」
「本当ですか…」
「本当だって、そりゃもう十分過ぎるくらいに…」
「あれで、ですか?」
「あれだからだよ」
「どういう…」
「分からない?」
「まぁ…」
「だって伝わってきた気がするんだもん」
「何が?」
「君の気持ちだよ」
「俺の?」
「そう。君のあの言葉を聞いて君の気持ちが見えた気がしたの」
「それは、陽乃さんらしくないですね。あんなのに気持ちが篭ってるだなんて理屈っぽくなくて随分曖昧じゃないですか?」
「じゃあ君はテキトーに言ったの?」
「そういうわけじゃですけど…」
「でしょ?それに君がテキトーに言ってるかどうかなんて大体分かるよ。」
彼女は「私にはお見通しだ。」と言わんとするかのようにニッと微笑む。
「でもね。別に適当に言っただけだったとしてもいいの。だってそれが嘘でも君のあの言葉を信じたいって思えたから、信用したいって思えたから。
だから、それでいいの…」
そう言って微笑んだ顔はすぐに哀しげな表情になる。
「やっぱり貴方らしくないですね」
「どうして?」
「それってただの自己満足じゃないですか。そんなの虚し過ぎますよ。」
「まぁそだね。でも理屈じゃないんだよ。だって私は初めて嘘でもいいって思っえたんだ。それくらいに私にとっては君の言葉は大きかった。」
「それは変に俺を信頼し過ぎじゃないですか?」
「むしろ私はもっと君は信頼されるべきだと思うけどね。」
「葉山みたいなこと言わないでくださいよ…」
「それだけ私達は君を認めてるってことだよ」
「あまり人に信用されたことないんでそう言われると率直に新鮮ですね。」
「そうかな?」
「信用されてたら孤立なんかしてませんよ。それに陽乃さんとか葉山の方が俺なんかよりずっと周りから信用されてるじゃないですか。それと比べたら俺なんて全然ですよ」
俺は少し自虐を交えてそう言うと
「別に私は信用なんかされてないよ…」
彼女はすぐに否定した。
「周りが信用してるのは都合のいい私。周囲の期待に応えてニコニコして外面だけがいい私。それって本当に信用かな?」
「どうですかね…」
「もう、本当は分かってるくせに」
「でもその点君は、ちゃんと信用されてる。雪乃ちゃん達にね。君は別に猫かぶりをするような人じゃないだろうし私と違って君は君のままだし本来は私なんかより信用に足る人だと思うよ」
「どうですかね…。本人達から言われたことなんてないんで意外とそうでもないかもしれませんけどね」
「捻くれてるなぁ」
「過去が過去なんでそうそう変わりませんよ」
「嘘だぁ そんなこと思ってないくせに」
彼女は少し意地悪な表情をして俺を疑うが、俺はそれを黙殺する。
「でも、私が評価してるのも本当だし、すごく感謝もしてるのは事実だよ…やっと自分の気持ちに折り合いがついたと思う」
「そうですか…。でも繰り返しますが感謝されるようなことした覚えないですよ。」
「そんなことないって」
「なら具体的に俺が何したんですか?」
「否定してくれたからだよ」
言って彼女は俺の方に向き直りその瞳を俺に向ける。
「君は他の人達とは違ってただ同調するんじゃなくて君はちゃんと自分意見を言ってくれた。イェスマンなんかじゃなくてちゃんと、私を否定してくれた。それが理由だよ。」
「でも…」
「違うよ…。私はきっと誰かに否定して欲しかったの、これまでの自分を、生き方を…」
「君の言うとおりなんだよ。あのまま君に言われなかったら悩み続けて、不本意な生き方に何の答えも希望も見出せないままだった。自分にも他人にも嘘をつき続けて生きるしかない。そうやって生きることが自分なんだって言い聞かせてた。それが自分の役割だから。」
「結局誰も私なんかちゃんと見てないんだなって思ったの。周りが求めるのは完璧に見せた嘘の私であって、私の本心や意思なんて最初から欲しくはないの…」
「だから嬉しかった… 君が言ってくれたことが…」
「嘘の私を否定してくれた。私の生き方を否定してくれた。君にはたったそれだけのことかもしれない。でも私にとってはすごく嬉しかった。救われた気がした私の本当の気持ちが…」
そう言って彼女は俺の手を握ってきた。それは細く白い手だった。なのにどことなく力強さを感じた。
確かに他人から賞賛される自分が必ずしも本人の意思によるものだとは限らない。
本当の自分らしさだなんて、はたしてこの世にどれだけ存在するのだろうか?
そもそも本当の自分らしさを正確に認識している人間がどれだけいるだろうか?
自分が自分らしさと思っているものははたして自分が望むべくして成り立ったものだろうか?他人から決めつけられた自分らしさではないだろうか?
強烈なキャラクター性というのは時として大衆の注目を集め、カリスマ性と言う名の元に多数の人の上に君臨する。そしてそれは人々を魅了し、期待され、大衆を扇動する。それを時として圧倒的個性と称することもある。
だが、本当に全てそれは個性だろうか?
周囲の視線や期待によって縛られ無理矢理に生み出された個性ではないだろうか?
人間は誰しも完璧ではない。
周囲の期待に100%応えることなど不可能である。
つまりカリスマとして崇め奉られた人間であってもその周囲の人間の期待に沿った人間であり続けることなど不可能なのだ。肥大化し不特定多数の人間に認識されたカリスマは各々の解釈や欲や期待に汚染され、いつしか当初のカリスマとしての個性から別の存在に変容し始める。そこにはもう最初の個性も自分らしさはない。他人に押し付けられた自分である。自分が自分らしさと思っていたものは周囲の圧に屈しついには望まぬ自分になるのだ。
そのことに気づかずに周囲の人間の期待に合う自分になるために、自分の本心に嘘をつき、カリスマという自分を演じる。
そうなってしまったカリスマはもうカリスマでもなんでもない。ペテン師であり大衆の期待に押し潰された操り人形であり被害者である。
そしてあの雪ノ下陽乃という現実離れしたほどの人間でさえもそうならざる得なかった。
嘘を演じ続けた結果といえど元々彼女が持ち合わせる圧倒的な美貌と個人としての能力を持ってしても周囲の期待という圧には勝てなかったのだ。
それほどに人間が大勢集まった時の期待や要求、言い換えれば民意と呼ばれるものは恐ろしいのだ。
彼女は、雪ノ下陽乃は、その期待に応え続けながらここまで生き続けてきたのだ。
親を含めた周囲の大人達の期待や、友人や知り合いクラスメイトの期待を一身に背負い込んだ重圧は計り知れない。完璧を演じ続けることなど不可能であるのにもかかわらず彼女はここまでそれをやり続けてきた時点で彼女のスペックがどれほどに化け物じみているかが分かる。
だが、いくらスペックが高くても人間であることは変わりないのだ。
彼女にも心があり意思がある。
周囲の人間が期待することをただこなしていく機械なんかじゃない。
我々はもっと早く彼女に気付くべきだった。
自分達にとって都合のいい雪ノ下陽乃しか見ずに真実に盲目であったのだ。
人間というのは本当にどこまでも罪深い生き物だと思い知らされる。
「俺は自分の思ったことを口にしただけですよ。。」
「そうだね。でもそれなんだよ比企谷くん」
「え?」
「自分の気持ちをどれだけ言葉にできるかが重要ってことだよ。それが私にはできなかったの。その逆もそう。人が私にかけてくる言葉はどこか嘘くさくて表面的にしか思えなかった。」
「都合のいい嘘なんて、私には何にも響かない。ただ虚しいだけ…私はそんなもの欲しくはないの…」
「私が欲しかったのは薄っぺらい言葉なんかじゃない。気持ちが欲しかった。嘘なんかじゃない、本当の気持ちで私を見て話してくれる人がずっと欲しかった… 」
一つ一つ絞り出すように口から言葉を紡ぐがそれも難しいことのように思える。
「別に、そんなこと…」
「ううん、そんなことあるんだよ…」
「だから、だからね…
ありがとう…比企谷くん……」
その言葉を発した彼女の瞳から一粒の雫が流れ始める。今日見るには2回目のその雫はゆっくりとゆっくりと瞼に溜まり、彼女の白い肌は少しずつ赤くなっていく。
「そんな大袈裟な… 別にお礼とかいいですよ…」
「でも言いたいの…
これは、これが私の今の本心だから、素直な気持ちだから… 」
「今だけは…自分に素直でいたい…正直でいたいの……」
そう言って彼女は俺の肩に顔を預ける。そして今にもまた破裂しそうな感情を噛み締め、手で俺の服を握りしめて堪えていた。
そして溢れる涙と感情の中でなんとか絞り出した言葉には確かな彼女の思いを感じた。
俺はその彼女の思いに応えるために静かに「分かりました」と言って理解を示しせめてもの冷静を装っていた。
まさか二度見るとは思わなかった雪ノ下陽乃の涙の意味を受け止めようとすることしかできなかった。(受け止めきれるかどうかは分からないが…)
他人との関係が乏しい俺にとって妹以外の異性を慰めたことなどないし、さらには相手が雪ノ下陽乃ともなると随分と異常な状況であるのだが、なぜか落ち着いている自分がいた。
彼女の涙を見たのが2回目だからという理由もあるのかもしれない。
でもそれ以上に俺は狼狽えるよりも彼女の思いを汲み取りたいという気持ちの方が大きかった。
そんな意識が俺から動揺を消したのだろう。
それでもまぁ、具体的に何かできるわけじゃなく相変わらず彼女の隣にいることしか俺はできない。
でもきっとこれでいいのだ。
思ってもない言葉をかけるより
取り繕った言葉をかけるより
俺たちはこれでいいのだ。
悠々と流れる時に身を任せて
今だけは、今だけは、
この時間だけを考えて生きていたい。
それが今の二人の願いだと思うから。
「ごめんね比企谷くん…」
「何がです」
「色々と…」
「もし今日を含めてこれまでのことを言ってるなら大丈夫だってさっき言ったはずですが」
「そうだね、でも、なんか言わずにはいられないんだよね…」
「本当に今日の陽乃さんはいつもと違いますね」
「そうだね… 自分でも少し驚いてる
自分がこんなにも弱いだなんて…」
「そうですね。まぁ、でもその方が人間味あるんじゃないですか?魔王味よりいいと思います」
なんてジョークをかましてみる。
「もぉ 酷いなぁ本当に。」
彼女はそう言って少し微笑んで肩を小突いてくる。実はそれがなかなか痛い。
それでも、いくら人間味があるといえど、流石にいつまでも泣いて落ち込んでいられるとこちらも困るので、笑ってくれたのは少し安心した。
途端俺は一つあることを思い出した。実は今日までにやらなければならないことがあったのだ。この機を逃すまいと俺は「陽乃さん」と呼びかける。
「なに?」
「このままだと機会を逃しそうなので今渡したい物があるんです」
そう言って隣置いていたバッグの中をあさり、一つの袋を取り出す。
「何?これ」
俺はその袋から2つの丁寧に包み紙でラッピングされた長方形の箱を取り出し彼女に差し出す。
「本当に遅れてすみませんでした。
誕生日おめでとうございます。」
「どうしたの?、え、くれるの?」
「はい。所詮は高校生レベルのものですけど、陽乃さんにここまで凄い誕生日プレゼントもらったのに、こっちは何もないのは申し訳ないので」
「別によかったのに…」
「それでも、俺の気が治らないんです。だから受け取ってください」
俺はそういってラッピングされた袋を彼女に手渡す。
「開けていい?」
「どうぞ」
俺の承諾を聞いて、陽乃さんは袋から綺麗な包装紙で包まれた小包を開ける。そこには高級感のある黒い箱が現れる。
そして彼女は俺に開けていいか?と確認を取るように目配せをしてきたので俺は黙って頷く。
彼女はゆっくりと箱を開ける。
「わぁ…。」っと彼女は声を上げて箱の中にあるものを取り出す。
「これって、ルビー?」
「まぁ、一応…」
それは花の形をしたフレームの真ん中に一つのルビーがあしらわれた小さなネックレスだ。ちなみにこのネックレスは鎖を変えれば、ブレスレットにもなるちょっと洒落たものだ。
まぁそのために諭吉っさんと野口ちゃん複数名が犠牲になったが…。
「一応は本物なんですけど、その大きさが俺の出せる精一杯でした…」
「ううん、凄く嬉しいよ。
でもルビーを選ぶなんて洒落てるね君は」
「それはまぁ誕生石なんで…」
そう、俺がルビーを選んだのは雪ノ下陽乃の誕生日である7月の誕生石だからだ。誕生日プレゼントを何にしようかと悩んでいた時にネットでその存在を知った。最初は宝石のルビーと聞いて躊躇はしたが、陽乃さんの俺への誕生日プレゼントに比べたら比較にならないのでお年玉などの貯金をはたいて購入したのだ。
「まぁそれでも陽乃さんが持ってるようなブランドモノと比べたら安物ですけど。」
「だから気にしなくていいって。
こういうのは気持ちが大切なんだから。君の思いはちゃんと届いてるよ」
「ならよかったです…」
「それとーこっちも開けていい?」
「もちろん…」
陽乃さんが聞いてきたのはネックレスと渡したもう1つのプレゼントだ。その箱は水色に白の水玉模様の包み紙に包まれていて、彼女はそれを丁寧に剥がしていく。
そしてその中身が彼女の前に現れる。
「これは、手帳?」
「はい。」
彼女は黒く小洒落た手帳をパラパラと捲って吟味する。
「一応、三年手帳です。陽乃さんが何か楽しいことがあればそこに日記を付けて、思い悩む時はそれ見て少しは気が楽になればいいかなと… やっぱり過去に付けた自分の日記を見返す時ほど自分を客観的に見て心の整理をつけられるものなんてないですから…」
「君は本当に優しいんだね…」
「たかが手帳ですよ…」
「それでも、だよ…」
実際のところ最初は手帳にしようかなと思ったのだが、それだけだとあまりに彼女には不釣り合いに思えたので俺はネックレスを追加したのだ。
そう、つまり。今回のプレゼントの主役はネックレスではなく、手帳なのだ。
「このプレゼントには君が見えるよ」
「なんすかそれ…」
「そのままの意味だよ…でも本当に嬉しいよ。ありがとう比企谷くん。」
どうやら気に入ってくれたらしい。
プレゼントを渡した時ってやっぱり緊張するよな。仮に相手にとってそれが不本意なものでも苦言を呈することなんてないと分かってるのに、相手が露骨に嫌な顔しないかどうかを気にしてしまうのは多分多くの人が理解出来る心情だと思う。
「まぁ、今回の旅行と比べたらまだまだ釣り合わないですけどね…」
「もう、そんなこと気にしなくていいのよ」
「いや、やっぱり男の方がこういう時はいい物をあげるほうがいいって感じじゃないですか…」
「そういうところは気にするのね君は」
彼女は苦笑する。
そして彼女は何か思い付いたような表情をして箱からネックレスを取り出した。
「じゃあさ、これ付けてよ」
そう言って今渡したばかりのネックレスを差し出してくる。
「いや、自分でつけた方がいいですよ」
「そんなことないよ、こういうのはプレゼントした男の人がつけてあげるもんでしょ?」
「でも…」
「もう恥ずかしがらなくていいから、早く早く」
そう言って彼女は背を向ける。
どうやらこちらの言い分を聞くつもりは毛頭ないらしい。こうなれば俺はどうしようもないのでしぶしぶに従うことにした。
彼女からネックレスを受け取り、彼女に近づく。こうして近くで見ると魔王と恐れた人は意外と小さく細い肩だった。
俺は恐る恐る彼女のセミロングの髪に僅かに触れる。その感触は自分の髪のものとは明らかに違いまるで絹のようでもはや同じ人間とは思えない。そんな髪に触れるのは少し躊躇ってしまうが、このままいても状況は進まないので再び触れ髪を分けてチェーンを背後から前に回す。
その時、白く透き通るような綺麗なうなじが見え甘い香りが舞った。
俺たち男とはどうやっても違う光景と香りはあまりに刺激的であった。
反射的にその首元に目をやってしまうが微かに沸き起こる罪悪感を糧になんとか堪えようとする。
こういった状況は見たり考えるからいけないのだ。俺は目を逸らしチェーンを一気に回し金具をとめる。
普段アクセサリーとは無縁の俺には少々手こずったが、どうやら無事につけることに成功した。
「いいですよ。」と声をかけると陽乃さんはクルンと周り彼女の甘い香りと共に俺らは向かい合う。
「どう?似合う?」
そう言って彼女は胸元を強調する。
うーんエロいなぁ…。
という感想が第一に心の中で出てしまったが、もちろん口には出さない。
僅かに見える谷間の上に目線をスライドさせればそこにはしっかりと紅いルビーを飾った銀色のネックレスが輝いていた。
元々、整った美貌と抜群のプロポーションを誇る雪ノ下陽乃は何をしようとも似合ってしまうのだろうが、今回ばかりはやはり自分のあげたモノだということもあり、なんとも感慨深いというか、自分のおかげで目の前にいる人がより美しくなったという事実は俺の中で何とも言えない満足感があった。
「まぁ、言うことなしですよ」
そっけなく言ってみる。
「言うことないくらい似合ってないの?」
「いやそんなこと言うわけないでしょう」
「君のセリフには言葉が足りないんだよ。もっと言うべき言葉があるでしょ?」
そう言って彼女は少し冷たい目線を送ってあからさまな不満を示してくる。
「ま、まぁ、陽乃さんならなんでも似合うと思います…」
「もー全然ダメ。こういうのはこの場に合った相応しい言葉を言わなきゃダメなの」
「いや似合ってるって言ったじゃないですか」
「言ったけど君の場合一言多い。何でも似合うなんてのはいらないの」
「いやなんでも似合うとか超いい言葉じゃないですか…」
俺なんてその真逆だというのに…。
「そんなことないの。何でも似合うなんて嘘っぽくてイヤ」
「俺はなんでも似合うなんて言われたことないんでそんなの分かりませんよ…」
「違うよ比企谷くん。女の子は一瞬一瞬を大切にしたい生き物なの。だから今を特別にしたいの。どんなに綺麗で可愛くてどんなものでも似合う人だとしても、今ある自分を褒めて欲しいんだよ」
「へぇそういうモンなんですか…」
「そういうもんよ」
そう言って彼女は俺の顔を覗き込んでくる。まるで「さぁ、早く私を褒めろ」と言うかのように。そしてじわりじわりと距離を縮めてくる。猛獣かよ…。
ここまでくりゃ俺は従うしかないようだ…
「まぁ、そりゃ… 綺麗だとは思います…。」
最後までどこか素直になりきれない賛辞を送る。
「うん、ありがと 比企谷くん」
そう言って満足したのか必殺スマイルを彼女はうかべる。
はぁ、眩しい眩しいよ小町ぃ〜
笑顔が眩しすぎるよぉ…
まぁでも納得してくれたならいいか。
「ここまで感想を強要されたのは初めてですよ…」
「比企谷くんが往生際が悪いんだよ」
「俺が似合ってないって言ったらどうするつもりだったんですか」
「あ、そんなこと考えてなかったなぁ
君は絶対そんなこと言わないと思ってたから」
言って思案顔をしてみせる。
「どんだけ自分のルックスに自信あるんですか…」
「その辺の人よりはあるよ?」
「なにその疑問系…」
「まぁでも、君なら仮に私がブスでも似合ってるって言ってくれると思うけどね、君は優しいから」
「あぁ…確かに…
いやでも、陽乃さんの前なら正直に言うと思いますよ」
「どうして?」
「そりゃさっきまでの会話をしてれば分かるでしょう」
「あぁそっか。それもそうか…」
「そうですよ。それに仮定の話なんてしても何にもなりませんよ」
なんてことを空を見上げて少しスカして言ってみる。
「まぁでも、陽乃さんが今みたいに美人じゃなかったらこうしてプレゼントを渡すどころか知り合ってすらないと思いますけどね」
「それもそうね。ブスならもっとマシな性格してたと思うわ」
「自覚あるんですね…」
「そりゃもう。じゃないと猫なんてかぶってられないわよ」
そう言って俺と同じように空を見上げた。
2人で空を見上げるこの公園に生える木の間から顔を覗かせるように丸く白い月が浮かんでいる。
こんなにも月が大きく白く輝いているものかと思ったのは初めてだった。
無論、実際には月が大きくなっているわけではいのだが、それでも今日はいつもと違って見えた。
こうして思い返せばここ最近彼女といる時間はいつも月が顔を見せていた気がする。
皮肉にも太陽の名を冠する彼女とは裏腹に俺たちの時間の多くは夜だった。
それでも、少しの悲しさと不安と孤独を抱えた俺達にとっては居心地が良かった気がする。
だって太陽はあまりにも眩しすぎるのだ。
世間を嫌い遠ざかった人間と偽りの太陽にはお似合いの時間帯だと思う。
きっと彼女もそう思ってるに違いない…
いや、そうであってほしい…
「そろそろ時間とか大丈夫ですか」と彼女に俺は声をかけた。
「そうだね、もう遅いもんね…」と彼女も答える。
俺と彼女は少し長居してしまったベンチを立ち上がり駐車場に向かう。
「あの、俺ここから歩いて帰れるので車戻ったらそこまででいいですよ」
「あ、そう…。わかった…」
やはり流石の雪ノ下陽乃といえど疲れたのだろうか。彼女の返答はトーンがいつにも増して低かった。
数十メートルの小さな並木道を通り抜け駐車場に着くと車のトランクから着替えなどを入れたバッグを取り出す。
俺はそのままお礼をして帰ろうと思ったのだが、彼女は少し送っていくと言って付いてきた。
相変わらず彼女の声のトーンはすぐれない。
いや、声だけじゃない。彼女の雰囲気全体がどこか気落ちしてもの寂しそうな感じであった。
俺は断る理由も特になかったためにすぐ近くの交差点まで一緒に歩くことにした。
「今日と昨日は本当にありがとうございました」
「え、全然だよ…
むしろこっちの方がお礼を言いたいぐらいだよ」
「あの程度気にしないでください。なんなら恥ずかしい発言に関しては忘れてください」
「そんなこと無理だよ…忘れられるわけない」
「こっちとしては恥ずいですよ…」
「それでも私は、君の言葉が嬉しかったんだよ」
そう言って彼女は俺の腕を掴む。
それは彼女の強い意志を訴えるように見えた。
「まぁ、誰にも言いふらしたりしないならいいですけど…」
「大丈夫。誰にも言わない」
彼女はそう言って組む力を少し強めた。
そんなことを話しているといつのまにか交差点に着いた。
さすがにこの時間ともなれば車や人のと通りはほとんどない。ここまでかな、と俺は区切りをつけて立ち止まる。
「あの、ここまでで大丈夫ですよ。車も停めっぱなしで来てますし…」
「あ、うん… そうだね…」
声の調子は相変わらず優れない。いや、もしかしたらさっきより悪いかもしれない。だからって何か出来るわけでもないのだが…。
俺は彼女の方をチラリと見れば彼女の首元には先程あげたネックレスが街灯に照らされて輝いているのが分かった。
まだ数分しか経っていないのにそこに付けられたネックレスの存在にどこか瞬間的な安心感を覚えてしまう。まぁきっと本当に一瞬だけなんだろうけど…
「そのネックレス、もし邪魔になったりいらなくなったら捨ててもらって構わないですよ」
不安な未来を見越してそんな保険にもなってないことを言ってみる。
「そんなことするわけないじゃない。君からのプレゼントなんだよ?」
「いやでも例えば彼氏とかできたらとかいうパターンあるじゃないですか」
そんな風に返すと少し胸が痛む。
「それでもだよ…。どんなことがあってもこれを捨てるようなことはないし、君のことを思ってる間はずっと肌身離さず持ってるよ…」
「そうですか…」
彼女のまさかの言葉に俺は反応に困ってしまう。本当に俺のこと大事に思い過ぎじゃかいか?って思うほどだ。無論有り難い事ではあるのだが、生憎慣れない俺には少しきつい。
「まぁ、でもそれでも本当に邪魔になったら…」
なんて性懲りも無くまた言ってしまう。
「もう…君は本当に臆病なんだね…
分かった。君がそう言うならここではそういうことにしておいてあげるよ。まぁでも、多分肌身から離す程度だと思うけどね。捨てはしないよ。」
さすがに彼女も呆れたのか苦笑してそんなことを言う。
自分でも情けないとは思うけどやっぱりこういったプレゼントというのはあげた後が一番怖いものなのだ。
自分が自信満々であげたものがお粗末に扱われたり捨てられたり他の人の手に渡っていたのを知った時の悲しさは尋常じゃない。
だからこうして先に言って覚悟を決めておくのだ。
馬鹿だと思うかもしれない。でも仕方ないじゃないか怖いんだから…。
そんな一抹の未来への恐怖を抱えながら彼女と正対する。
本当にこんな人と俺はどうしてずっと一緒にいるのだろうとつくづく思う。
もしかしたら俺は夢のような時間を過ごしているのかもしれない。
本来こんな人と一緒に出かける事自体が普通じゃない。
こうして彼女と向き合うたびに彼女がどれほどに美しいかが分かる。
だが、今この時は彼女の美しさの中に普段の快活さはない。目線は落ちたままで交わることはなく、見せる表情は泣いた時とは違えど普段との別れ際と違うのは明らかであった。
俺は反射的に「どうかしましたか?」と聞いてみるが、聞かれた瞬間は彼女は我に帰るようにハッと気付いた表情を一瞬するが、それはまたすぐに元の表情に戻り「ううん、なんでもない」と言う。
でもそうは言うものの、彼女に何かあるのは分かってる。でも俺はこの時これ以上散策することをやめた。彼女の表情を見たら深追いするのが憚られたからだ。
「比企谷くん」
意外にも彼女は言葉を続ける。
「はい」と俺も答える。
「君は本物は、あると思う?」
彼女は俺に突き刺すような目線を向けて
いつか俺に聞いてきた同じ質問を彼女は問いかけてきた。
瞬間俺はこの感じはいつもの彼女だと思った。
だっていつだってそうだった。彼女は俺と会って話しては本物について問うてきたのだ。そしてその時はいつもその視線は厳しいものだった。まるで取調べを受ける犯罪者に向けるような目線で俺の心の中を突き刺すようにして俺から答えを引き出そうとするのだ。
「さぁどうでしょうね…」
「それなのに君は欲しいの?」
「まぁ…そうですね、」
「何か煮え切らないわね」
「お互い様ですよ」
「じゃああるとしたらどんなものだとおもうの?」
「具体的なのは分からないです。ただ…」
「ただ?」
「ただそこに嘘はないっていうことだけは言える。…と思います……」
言うと彼女は少しの間沈黙する。だが目線は常に俺に向けられているままだった。
そして「そう、嘘じゃない…ね…」と呟くとくるりと体の向きを変えて背を向ける。
「どうかしたんですか?」
「ううん、なんでもないよ。」
「そうですか…」
「うん。」
俺の今尚曖昧な解答に彼女は納得したのだろうか?これ以上の彼女の追求はない。
そして、何も言わないまま彼女は後ろで手を組んで道端の小石をコツンと蹴った。
カツンカツンとテンポの良い音を鳴らして小石は車道へと転がってゆく。
俺達はその小石の行方を眺めていた。
そして小石が向かいの歩道に辿り着くか着かないかの手前で止まるったのを見て
「見つかるといいね。君の言う本物が」
彼女は呟いた。
「……それはお互い様ですよ」
と俺も返す。
「そうであれればいいけどね…」
「どういうことですか」
「それは直ぐに君も分かるよ」
そう、どこか諦めた人が吐くような力の無い声でそう言う。
「でも望むなら分かりたくないですねそれは」
「まぁそうね…」
彼女は苦笑する。
こうして俺達の会話は終わった。
「それでは、陽乃さん…
今日と昨日は本当にありがとうございました…」
と、これ以上遅くなっても申し訳ないので俺は言うと
「うん… 君が楽しんでくれたならなによりだよ…」
と彼女も寂しげに返す。
「まぁ、いい体験をさせてもらいました」
「そっか…なら良かった…」
「はい。では、もう夜も遅いので…」
「そうだね… それじゃあね…」
「はい、本当にありがとうございました…」
「うん、さようなら…比企谷くん…」
彼女は胸元で小さく手を振りながら優しく微笑むようにして俺にそう別れを告げる。俺もつられて無愛想に手を出して応じてみる。
すると彼女は「あっ」とした表情をして直ぐに踵を返して早歩きで行ってしまった。そして彼女が交差点の角を曲がってその姿が見えなくなった。
どうしたのだろうか?トイレか?
彼女の別れ際の行動に多少の疑問を持ちつつも、気になるようならまた今度聞けばいいと楽観視して俺は歩みを始めた。
今こうして思い返してみればなかなかに強烈で暖かく、そして人間味で溢れていた時間だったと思う。それ程に彼女との時間は色濃いものだったような気がする。
肩で汗を拭えばまだ服に彼女の匂いがしているのが分かった。どうやら今日は彼女とくっつき過ぎたらしいとそんな物思いに耽ながら空を見ると、先程はあんなに煌々としていた月がほとんど漆黒の雲に覆われていた。
「たしか明日は雨だったか…」
空を見てそんなことを意味もなく呟いてみるが聞こえるのは虫の音色と遠くから響く電車の音だけで返ってくる声はない。
視線を戻せば暗闇に明滅する信号旗と、弱々しく灯る街灯だけが見えた。
それらは充実したこれまでの時間に比べればなんとも寂しい光景だった。
そんな光景を歩きながら次の交差点に差し掛かった時、俺はふと後ろを振り返った。
視線の向こうにさっき彼女と別れた交差点が見えた。だが、そこにはもちろん彼女の姿はない。
どこか名残惜しい気がしながら俺は歩みを戻すと「さようなら」と別れ際に言われた言葉が唐突に思い浮かんだ。
別に意味なんてない。 理由なんてない。
ただ思い浮かんだのだ。
それが彼女の最後の言葉とも知らずに……。
Interlude
危なかった
あと少しで君の前でまた泣くところだった
そしたら君はきっと全部気付いてしまう
私をまた助けようとしてくれる
だから逃げてしまった
もう君に戻れないと分かっていたのに
もう君と話せないと分かっていたのに
もう君とあの丘の華を見ることはできないのに
でももう決めたことだから
だから
最後に君見せる顔は優しいままでいさせて
これが最後のワガママだから…
最後まで読んでいただきありがとうございました。
次の話もなるべく早く投稿できるように頑張ります。
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