自分の納得いくものがなかなか書き上がらず、何度も書いては消して修正するというのが続きようやくできあがりました。それでも個人的に納得しきれるかと言えばそうではないです。自分の技量の低さを痛感するばかりです。
さて、今回は少し時間が進んだ話になっていてちょいちょい時間軸が変わりますのでしっかり読んで惑わされないように注意してください。基本的には比企谷達が卒業式の日くらいのストーリーとなっています。
急いで書いた部分もあるので誤字や脱字、文章的に不自然なところがあるかもしれません。その場合はそっと教えていただけると幸いです。
Winter fall
風が自分の前を通り抜けるたびに空中の白い結晶達も不規則に舞い上がる。
一歩一歩足を進めるたびに
ジャリジャリと足元の白い絨毯が音を立てる。
焦点を彼方に移せば降りかかる白にボヤけた奥には黒々として荒れた海が見えた。
いつか見た時とは違うその様相に恐怖すら抱いてしまう。
俺はその強烈で曖昧な景色にただ立ち尽くしていた。
周囲は灰色と白か混じった世界。
自分の呼吸音以外には音はない圧倒的な孤独感。
そんな俺に自分以外の音が聞こえてきたのはしばらく経ってからだった。
それはさっきまで俺がが鳴らしていた音とほとんど変わらない音で少し離れた地面からゆっくりと鳴っていた。
そしてその音はゆっくりと自分に近づいてきて、きっと手を少し伸ばせば届きそうな場所でその音は止まった。
「久しぶりだね…」
その音を鳴らした者が声をかけてきた。
と同時に俺はその人を正体を理解した。
俺がその声がなる方向へ振り向くと
その人物は悪戯な表情をしながら「ビックリした?」と聞いてきた。
多分自分は驚いてはいるのだろうけれど、
反応は小さなものだった。
そして「まぁ…」と小さく言った。
「ふふっ、そっかそっか。それならよかったよ」
そう言ってまた小さく笑うと、俺の隣にいる人は肩にかかるくらいの美しいセミロングの髪型に、明るい薄茶のコートを羽織り、整いながらも少し厳しさを含んだような目でこちらを見ていた。
「あれ、もしかして怒ってる?」
「少し…。というより自分に怒ってます」
「どうして?」
「それは……まぁ…俺もいろいろと…」
「責任感じてるとか?」
「まぁそうですね…」
「君が責任感じることなんてないじゃない」
「そんなことはないです…」
「相変わらず律儀なのね。君は」
「そういうんじゃないですよ…」
「じゃあどういうの?」
「それは……」
言葉に詰まってしまった。
「言えないなら、つまりはそういうことなんだよ。」
「そんなことは…」
「起こったことだけが真実。君がどう思うことが他にあったとしても現実は変わらない。あるのは私と君がもう会うことは無くなってしまったという事実だけ… それ以上でもそれ以下でもないんだよ」
彼女が突き付ける冷徹にも思える現実は俺に反論する意思を殺した。
理由なら簡単で全ては彼女の言う通りだったからだ。
俺はあの日、誕生日プレゼントという名の旅行を最後に彼女と会うことが無くなった。
それはあまりに突然で、俺に後悔という2文字を強烈に突き付けた。
「俺は後悔してるんです…」
「どうして?君が後悔する理由があるの?」
「当たり前じゃないですか…あるに決まってますよ」
「そうかな?いくら君でもそこまで背負い込む必要なんてないと思うけど?」
「俺の性格分かっててそんなこと言うんですか…」
「違うよ比企谷君。二度も言うけど君が私を気にかける必要なんてないんだよ。私は満足できたの。だからもう大丈夫なの。君は私のことなんて考えないでもっと他にやることや考えるべきことがあるでしょ?」
「どうしてそんなこと言うんですか?」
「それが正解だからだよ」
「なぜ…」
俺が心に残る後悔と思いをぶつけようと声を出そうとした刹那、漆黒の海から強い風が吹き荒れ俺の叫びを遮る。
舞い降りてきた白は激しく舞い上がり、酷く冷たい結晶が顔に当たる。
俺は反射的に腕で顔を覆うが、冷たい海風は容赦なく身体を冷やし、巻き上げた白い結晶達で視界を奪う。
喉まで来ていた言いたい言葉を発するゆとりもないこの状況に、俺はただ耐えるしかない。
「比企谷くん」
彼女の声が聞こえた。
その声は今の俺の状況とは反対の落ち着いた静かなものだった。
「時間なんだ。もう行かなきゃ」
唐突に言われた別れの言葉に俺は一気に焦りを覚える。
もう一度彼女に向き直ろうとするが、俺と彼女の間を抜ける容赦ない風がそれを妨げる。
それでも必死になって彼女の方をなんとか向き、声を出そうと振り絞る。
だが轟音を立てて吹き荒れる風は俺の声を搔き消す。
このままではまた同じことを繰り返すだけだ。また彼女は消えてしまう。あの時の後悔をもう繰り返すだけだ…
「待ってください! 陽乃さんっ!」
俺は普段出すことはない程の大きな声で叫んだ。
だが、彼女は一瞬俺に微笑みかけると小さく口を動かして何かを呟いた。
そしてそのまま踵を返して、荒れ狂う白い風の中に消えていった
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!!」
聞き慣れた声が耳元で響くのを知覚して俺は覚醒した。目を開けるとそこには聞き慣れた声と共に見慣れた顔があった。それは俺に似たアホ毛を持ち、俺と違う丸くて大きな目、そして可愛らしい犬歯を持った、つまり俺とは全く似てない妹の顔であった。
「お兄ちゃん大丈夫?」
目の前に広がる光景と妹のその声を聞いて俺は夢を見ていたことを知る。起き上がってみると身体中にジメっとした不快感を感じる。どうやら大量の汗をかいていたらしい。今も尚熱を帯びる身体を伸ばして一つ大きく呼吸をする。
「本当に大丈夫?今日から学校でしょ?どうする休む?」
小町のそんな問いかけによって俺は一気に現実に引き戻され、焦り始める。
「小町今何時だ!?」
「大丈夫。まだ7時だよ」
「そうか…」
と時刻を聞いて俺は一瞬緊張した身体の力を一気に緩める。やばい、今のでなんかすげぇ疲れた…。
「で、どうするの?顔真っ赤だけど休む?」
「いや、大丈夫だ。学校は行く」
「そう?じゃあシャワー浴びてきなよ。そのままじゃ汗臭くて近くにいて欲しくないし」
「ちょっと、朝から酷過ぎませんかね」
「でも事実じゃん。ほら朝ごはんもできてるから早く浴びてきてよ」
そう言って小町はそそくさと俺の部屋から出て行った。部屋で一人きりになった俺は気だるい身体に力を入れて、ゆっくりとベッドから立ち上がった。
体温を保持していた布団から解放された俺に、容赦ない朝の冷気が身体を襲う。特に今回に限ってはまるで熱を出した時のような汗が俺の体を余計に寒さを知覚させる。
こんな日は布団から出たくないものである。できることならもう一度寝たいくらいだ。が、社会とはそんなことをさせてくれるほど優しくはない。学生も社会人も毎朝のように決まった時間に登校、出勤を義務付けられる。そこに個人の気分や意思、自由はない。全ては社会という名の人間の集団と秩序を円滑に進めるためなのだ。
きっと定年退職をするまでこういった生活を送ることになるのだろう。
人類はその進化の過程で時間という無形の概念を生んだ。それは狩りや漁労、農業の発達、はたまた文明を形作るなかで重要な役割を担ってきた。それは今もなお続いている。
しかし、現代社会の特に都会に住む人間は皮肉にも自らの先祖が生み出したはずの時間に支配されている。頻繁に時計を見ては時間を気にして、予定に支障が出ないように自らの足を早める。
あぁ、こんなこと考えてたらどんどん憂鬱になってきた…。1日の初めに考えることじゃないな。まだ今日は長いというのに…。
乗らない気分の中、俺は半分閉じていたカーテンを開ける。すると部屋は一気に明るくなり、俺は朝の眩しさに目を細める。
目が慣れてくれば、見慣れた街並みが眼前に広がる。空から降り注ぐ光に照らし出さられた街をサラリーマンや学生が歩いていくのが見える。
きっと彼等も俺と同じ、時間に支配された人達なのだろう。誰もが皆、忙しそうに歩調を早め、腕時計を眺めては何処かに消えていく。
そんないつもと変わらぬ日常を眺めては、俺はため息を大きく吐いて、空を見上げる。
気分の乗らない時や、辛い時は下を見ないで上を向けと言われるが、残念ながら今の俺の気分も目線も上がらない。
というかもうここ最近半年近く気分は決して優れてるとは言い難かった。別に風邪とか病気とかで体調が悪いというわけではない。ただ気分が優れないのだ。だから俺はきっとどこかで心に蟠りや後悔が残り俺の気分を害し続けているのだろうと勝手に推測してみせていた。
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寒い。と家を出た瞬間呟いた。
もう今年に入って何度言ったか分からない。少なくともここ毎日、家の玄関を出るたびに俺はそう呟いている気がする。そんなことを呟いたところで何の解決にもならないことくらい分かっているのに、乾燥した冷たい空気に触れると俺は反射的に声に出してしまうのだ。
いっそうこのまま家に戻って寝ていたいのだが、さっきシャワーを浴びた後に体温を測ったら全く熱はなかったので、そういうわけにもいかず俺は家のドアに鍵をかけて今日も千葉の街に繰り出す。
俺が歩を進める度に地面はジャリジャリと音を立て、俺の進行を阻む。
先日降った雪がまだ残っているのだ。だから今日はチャリで学校には行かず、久しぶりのバスに乗り学校を目指す。
今日は3月7日。いよいよ俺たちの卒業式が翌日に控え、受験生であった俺達三年生が約1ヶ月振りの登校であった。つまり、こうして制服を着て学校に通うのもあと今日を含め2回となったのだ。
そう思えばなんとも感慨深いものだ。
振り返ってみれば、今日まで約3年間を一言で語るのは不可能だ。長いような短いようなこの高校での時間はは間違いなく俺の人生において最も濃密で、活きた時間だったと思う。俺の周りにいた人達には感謝もしている。俺にはもったいない程に充実した時間だった。
ただ、そんな卒業という新たな門出を前にしても俺の心は晴れやかではない。
俺の中で残り続ける後悔という念が今も尚、俺の頭を悩ませていた。もう半年も経ったと言うのに、心の中で整理がつかないでいる…
そしてその原因は紛れもなく、あの日を境にしていた。
俺はあの日から彼女を今日まで一度として見ることはなくなった。あの日まで毎日のように見ていた表情も仕草も、髪の香りも感触も俺の前から跡形もなく消えてしまった。ただ、あるのは俺の中に残る彼女の記憶だけだ。
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8月の31日、俺は高校最後の夏休みが終わり約1ヶ月ぶりに始まる学校生活を憂鬱に感じながら一人いつものように学校への道程を自転車で走っていた。夏休み明けとはいえ、暑さは当然まだまだ残っていて、例年より雨の多い今年の8月下旬の天気により不快指数はこれまでにないほどに高かった。
学校に着けば、そこには1ヶ月前と変わらぬクラスメートの顔があった。久しぶりに見るお互いの顔に笑顔を見せ談笑する者もいれば、静かに勉強している者もいる。個々人に見せるホームルームまでの過ごし方は、若干勉強している人間が増えていること以外は以前と変わらなかった。
そして担任が教室に入りホームルームが始まると、きっと毎年のように三年生に言ってる最終的に「勉強をしろ」という結論に至る学期始めの先生のお言葉を聞き、それが終わると、また1ヶ月前と同じスケジュールで授業が始まっていく。学期始めの最初の授業は割と雑談が多くなるために身体を慣らすのには丁度いい。そんな感じで、適当に授業を受けていればすぐに放課後がやってきた。
ホームルームを終え、荷物を纏めると俺は直ぐに教室を出た。別に急いでいるわけではなく行く場所は以前と変わらぬ部室だ。ただ一つ違うのが、いつもホームルームが終わった直後は三浦達と会話を楽しんでいる由比ヶ浜が今日は珍しくホームルームが終わると同時に教室を出て行ったことだ。何か用でもあるのだろうかと一瞬思ったが、冷静に考えてみると由比ヶ浜の行動にいちいち気ににかけてるとか我ながら中々気持ち悪いと思いすぐに考えるのをやめた。雪ノ下とかに用がある可能性もあるし、別にそこまで気にすることもなかっただろう。
3年の夏休みも終われば部活らしい活動というのもほとんどなくなり、部室に行ってもそこで勉強をするのが基本で後はいつものように会話を楽しむというのがこれまでの日常であるため、俺の歩調は1ヶ月前と変わることはなかった。
渡り廊下を渡り、特別棟の階段を登り、廊下を進む。目的の教室の扉の前まで進みそれを開けれてしまえば、何度も見てきた風景が広がっていた……
いや、正確には少し違った。
この部屋の中心に置かれた長机のその一番奥の席に座り、いつものように本を読んでいる、もしくは勉強をしている雪ノ下雪乃の姿は見えなかった。
彼女がいたのはもっとその奥、この教室の窓辺に立ち、外を眺めていた。
これまでのように適当に挨拶をするが、返事は返ってこない。
ここ最近での彼女の態度からすれば少し意外な反応であったが、気まぐれの俺への揶揄いだと思い、俺はいつものように一番手前の俺の特等席に向かう。
机に鞄を置き、席に着いた時「やっと来たのね…」と彼女は声をかけてきた。
何このデジャブ?この世の女子は俺からの声掛けに時差をつけて返答するルールでもあんの?
「これでもホームルーム終わってから直ぐに来たんですけど…。てか、お前どんだけ来んの早いんだよ」
多少の不満と普段の疑問を交えて俺は返答した。
「違うわ… 部室に来ることを言ってるのではないわよ」
「はぁ?じゃあ、何だよ」
「もっと気にすることがあるでしょう?」
「いや、わかんねぇよ。何なの?ドッキリ?」
「貴方、まだ分からないの?」
「いや、なんのことだよ」
互いに言葉を交わしても俺は雪ノ下の言ってることが全く分からなかった。お互いの会話の前提にズレが生じていることは明白だが、何よりも気になってたのは雪ノ下の強めな態度だった。
「まさか自分の周りで起きたことに何の疑問も持ってないのかしら?」
「いや、本当に何言ってんのか分からないんだが?お前なんのこと話してんの?」
俺がそう答えると、雪ノ下は大きくため息をつき額に手をあてる。
「あなた夏休みに入ってもずっと姉さんと一緒にいたのでしょう?」
「いや、なんで知ってんだよ…。ていうか、あの人がなんかあんのか?」
「貴方、まさか本当に何も知らないの?」
「だから知らねぇよ…」
俺の返答に雪ノ下は少し驚いた表情をすると、その顔は直ぐに失望したかのような表情をして「そう…」と言ってまたため息をついた。
「貴方なら何か知ってると思ったのだけど…… どうやら姉さんは貴方にも話していないのね…」
言って雪ノ下はまた窓の外を向いた。
「なぁ、あの人がどうかしたのか?」
「さぁ、分からないわ。何かあったことは確かだけど、具体的なことは何も…」
「いやだったら、なんで何かあったなんて分かるんだよ」
「いないのよ… 姉さんが…」
「は?」
唐突の理解に苦しむ雪ノ下の発言に少し強く聞き返してしまう。
「言葉の通りよ。どこにいるのか、何をしているのか何も分からないの…」
それを聞いた瞬間、俺の中で黒く気持ち悪い感情がよぎった。
「それって…何?失踪って言いたいの?」
「そうね…」
俺は雪ノ下のその返答を聞いて嫌な予感が的中していたことを確信した。そして俺の中で膨大な情報と感情が錯綜する。そしてそれは直ぐに焦りの感情へと変わった。
「ケータイには繋がんねぇのか?」
「当たり前でしょう。実家に帰っても姉さんの部屋はもぬけの殻、両親も何も教えてくれないのよ…」
「いつからいないんだ……」
「8月の上旬くらいね」
俺と雪ノ下陽乃が最後に会ったのはあの旅行があった日だ。あの日から俺は一度も彼女には会っていない。つまり、その後彼女に何かあったということだろう。だがその「何か」は雪ノ下が言うように何も分からない。それでも良い予感は全くしない。
「貴方、姉さんの連絡先は待っていないの?」
「いや、持ってない。そもそも連絡先を交換したこともない…」
「ならどうやってあんなに会ってたのよ」
「全部口約束だ。毎回毎回、最後にあの人が次の予定を指定してくる。俺はそれに合わせるだけだ…」
確かに雪ノ下が言うように、今思えば何故あそこまで頻繁に会っていたのに一度も連絡先を交換させようとしなかったのか疑問が残る。わざわざ毎回のように次会う予定を指定してくるのだって完璧に効率的とは言えない。何か互いの予定が狂うことで会えなくなる可能性だって十分あり得るはずだ。考えれば考えるほどに不自然だった。
「お前の持ってるあの人の連絡先のアドレスとかアカウント、番号はどうなってるんだ?」
「電話番号は使われてないとアナウンスが流れるだけよ。SNSのアカウントも全部削除されているしメールアドレスも使われてるかどうか分からないわね」
「そうか…」
つまり、雪ノ下陽乃との連絡手段はほぼ完全に絶たれたということだ。今現在、彼女がどこにいるのかも分からないため手紙という古典的な方法も使うことができない。
「親はなんか言ってないのか?」
「何もないわよ。貴方には関係ないとしか言ってはぐらかされたわ。」
「そうか…お前にも教えないのか」
「やはり姉さんがいなくなったのって両親のせいよね…」
「……あぁ、まぁそうな…」
すると少し考え事をして歯切れの悪い俺を見て雪ノ下は追求してきた。
「…あなた他に思うことでもあるの?」
「いや、まぁ…なんでもねぇよ」
「何よ、いいなさいよ」
「いやでも、単なる想像だから…」
「構わないわ。言いなさい。私は関係者として知る権利があるはずよ」
そう言って雪ノ下は強く俺を睨む。その時点でこいつに相当な強い思いを感じる。こうなってしまった以上、俺に逃れる可能性はほぼゼロに近いだろう。俺は白旗を振ることにした。
「まぁ、その、おそらくこれはお前の親だけを原因に考える問題じゃないと思うんだ…」
「どういうことかしら?」
さらに雪ノ下の目つきがキツくなる。
「つまり、この失踪は完全に両親の意思によるものじゃねえってことだ」
「どうしてそう言えるのかしら?」
「SNSのアカウントが全部削除されてるからだ。アカウントを削除するなんてパスワードとか個人情報を知ってる本人しかできないはずだ。仮にもしお前の親が陽乃さんのSNSアカウントの存在を知っていたとしても親が消せと命令できても直接消すことはできない。つまり消したのは陽乃さん自身だ。」
「貴方はそれで、この失踪に姉さんの意思もあったと言いたいのかしら?アカウントを消したくらいでそれは言い過ぎなのではないかしら?」
「いや、それだけじゃない。あの人との連絡手段が一切ないのもそうだ。今の時代、周囲にバレないように裏アカウントを作ることだって簡単にできる。元々使っていたアカウントを消して親に黙ってもう一つアカウントを作り直せば隠れて連絡をとる手段としては問題はないはずだ。つまり、その気になればいくらだって連絡手段はあるし、親が物理的にあの人を拘束しない限りは他人との連絡手段を完全に規制することなんてできるわけがないんだよ」
「けど現代において親に物理的に拘束されるなんてことはそうそうないからな。俺のこの予想が正しければ、おそらくそうだろう…」
雪ノ下はそれを聞いてため息をはいて、頭に手をやる。
「どうして…」
「さぁな…」
俺は少し吐き捨てたように言った。
「どうして、貴方はそんなに穏やかでいられるの…?姉さんとずっと一緒にいたのでしょう…!」
「別に穏やかじゃねぇよ…でも今更後悔したってもう手遅れだろ…」
「そんなこと…」
「そんなことあるだろ、手がかりがない以上俺たちにできることはねぇよ。妹であるお前に対してのこの徹底ぶりだ。多分他の人に聞いても無視されるか、知らないかのどっちかだろ。多分、前者の可能性はほとんどないだろうけどな。」
「誰も知らないってこと?」
「あぁ。もちろん親を含めごく僅かな人間は知ってるだろうけど、だからこそ知ってる人間は口を滑らせることなんてないだろ。よほど信頼してる人間にしか言わねぇよ」
俺の言葉に雪ノ下はまた大きくため息をついて額に手を当てた。そんな雪ノ下の振る舞いを見れば心中など簡単に察することが出来てしまう。いくらあの姉とはいえ、血を分けた姉妹であることは変わりない。以前から心配していた身としてはやるせない気持ちになるのも理解できる。
ましてや、俺達は雪ノ下陽乃の様子がおかしいことに1ヶ月以上前から分かっていたのだ。にも関わらず結果的にこういう結末になってしまった。絶対ではないにせよ雪ノ下陽乃を救えたかもしれないという可能性があったかもしれないという事実がより悔しさを滲ませることになったのだ。
「…どうすればよかったのかしらね」
雪ノ下は言って大きくため息をつきながら自分がいつも座る席に座り込んだ。
その動作は実に弱々しかった。
「さぁな…最初から答えを分かってたら誰も失敗なんてしねぇよ…」
と、俺はそんなことしか言えなかった。
「……」
それを聞いて雪ノ下の口元は強く噛み締める。
こんなあからさまに感情を表にした顔をする雪ノ下を見るのは久しぶりだった。
それでも俺は何もできるわけがなくただ彼女を眺めることしか出来ない。
俺はその時間と空間がたまらなく気持ち悪かった。
それでも暫くはただ呆然と2人で静寂の中にいたが、どれだけの時間が経ったのか分からなくなった頃、耐えきれなくなった俺は気づいた時には一人黙ってこの教室を出て行た。
教室を出て荷物を持ち廊下を早歩きで通り抜ける俺にどこからか声をかけられた気がしたが、それでも今はもう覚えてはない…
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陽に肌を焼かれ、湿度に不快感を覚えながら俺は自転車を走らせた。
気分のままに教室を飛び出した俺は、その瞬間においてもも帰路においても何故か上手く頭が働かなかった。ただ呆然とし、これまで何度通ったか分からぬ通学路を反射的に駆け抜けた。
今思えば、頭が働かなかったというよりは働かせたくなかったという方が正しいのかもしれない。あの教室を何も言わずに出て行った理由はきっと沢山あるのだろうが、その一つ一つの理由を考えられるほど俺の気分は良いものではなかった。ただもし1つだけ思い付く理由を挙げるとすれば、それは単純にあの空間から逃げ出したかったということだ。
普段は心地の良いあの教室も、あの瞬間においては気持ちが悪かった。雪ノ下のあの表情も、悔しさと後悔に満ちた静寂も、あの空間にいつか訪れる由比ヶ浜や一色達の未来を考えた時に、俺はどうしてもあの空間にいたくなかったのだ。あの空間で俺は下校時刻まで耐えられる気がしなかった。だから今こうして逃げるように自宅までの道程を走っているのだ。そうしていれば、何も考えずに済むと思ったから…。
車に抜かされながら大通りを駆け抜け、ジリジリと鳴く蝉を横目に見慣れた住宅街に入ってしまえば、どこか俺は心の安寧を取り戻せた気がした。生まれ育った時から変わらぬこの風景は俺の心を落ち着けてくれる。嫌な世界からあらゆることを一瞬でも忘れさせてくれるのだ。そんな僅かばかりの心の余裕を持って住宅に囲まれた道を数分走り抜けると俺は家に着いた。
駐車場に自転車をとめ、千葉では多い自転車の盗難に備えてしっかりと鍵を閉める。
時刻は4時を少し過ぎた頃だった。この時間だとさすがに小町はもちろん親もこの時間は帰ってきてはいない。
学校から一番乗りの帰宅に俺は少し懐かしさを感じながらバッグから鍵を取り出す。
そしてドアに2つある鍵穴に正確に2種類の鍵を差し込んで解錠していく。そうして両方の鍵が解かれれば、今も昔も変わらぬ俺の心の揺籃である家に入ることが出来る。
俺はそのまま靴を脱ぎ捨てて、リビングに入りクーラーをつける。荷物やワイシャツも脱ぎ捨てて俺はそのままうつ伏せにソファに倒れ込む。
と同時に身体と精神的な緊張が解かれ、大して動いたわけでもないのに何故かどっと疲れが押し寄せた。そして一気に身体の力が抜けてゆく。重力に負けるかのようにだらしなく俺の身体はベッタリとソファに沈んでゆく。
おそらく精神的な疲れによるものなのだろうが、体の気だるさはかなり重いものであった。
そんな身体にクーラーが効き始める前の部屋の暑さが襲いかかる。窓から漏れる斜陽と部屋にこもった湿度により気持ちの悪さは外とほとんど変わらなかった。いや、風が通らない分今の方がもっと気持ちが悪いかもしれない。そんな状況に俺はせめてものの抵抗として、僅かな気力を振り絞り身体を起き上がらせて立ち上がる。
いずれクーラーが効いてくるとはいえ、俺はこの蒸し暑さに耐えられる元気はない。僅かな時間だが、クーラーが効いてくるまでの時間この状況を少しでも改善するために扇風機を持ってくることにした。朝の寝起きのように重い足取りで俺は扇風機を探す旅に出ることにした。
記憶が正しけば、扇風機は確か父親の部屋にあったと思いながら俺はリビングを出ようとした。
そんな時、俺の視界に普段と違う光景がうつった。普段と違うとは言っても大きく様相が変わったわけではなく、その違いというのは部屋全体から見ればほんの小さなものだった。それはもしかしたら普段なら気付かないほどのものだった。それでも何故かそれは俺の目線を掴んで離さなかった。
リビングを出ようとドアノブに手をかけていた俺はその手を離し、変化をもたらした原因なるもののところへ歩み寄る。
俺に違和感を与えたのは一つの白い封筒だった。
小町によって毎日片付けられて普段はそこには何も無いはずのテーブルの上にその封筒は寂しくと置かれていた。
朝俺が家を出た後に気付いた小町が置いたのだろうか?
家に手紙や封筒が届くことなんて普段からよくあることだが、いつもはテーブルの上なんかに置かずに棚の上に置くのだが今日は何故かテーブルに置かれていたという現実が俺の関心を呼び寄せてならない。そしてそれに引き寄せられるように俺はその白い封筒を手に取った。
裏面を上にして置かれていた封筒をひっくり返すとそこには小さく比企谷八幡様と書かれていた。
瞬間、俺は何かに取り憑かれたかのように急いでその封筒を開封した。
丁寧とは間違っても言えないほどに乱暴に破られた封筒は無残に床に落ちる。
その中には丁寧に折られた2枚の手紙が入っていた。
手紙を開くと、そこには手描きの美しい字体が連なっていた。
なんの装飾も模様もない真っ白な手紙。封筒には差出人が書かれてもないのに、俺は気にもせずに食い入るように読んだ。
さっきまで目を背け、考えないように、忘れようとしていたことが文字を辿る度に想起させられる。それでも俺はその手紙から目をそらすことができなかった。現実からの逃避と真実を知りたいという相反する気持ちがせめぎ合いながらも、結局は知りたいという欲が勝ってしまった。その結果に俺はどれほど後悔するかが分かっていたのにも関わらず…。
手紙の内容は久しぶりという言葉から始まり、俺への謝罪と感謝の言葉で終わっていた。
そして、手紙の最後には俺がいつか毎日のようにに顔を合わせていた人の名が入れられていた。その瞬間、暗くて重い後悔が確信に変わった。
いや、本当はこれを見る前から分かってた。さっき雪ノ下に言われたことが自分が見たくない真実で、それから逃げるように家に帰ってきたけれど、きっとあの人はまたすぐに俺達の元に現れては俺達をいつもみたいに散々に引っ掻き回してくれると奥底で期待していた。無理やり期待させていた。それでも、それでもそれは虚しい希望でしかないことくらい分かっていた。
だから、
できることなら、この名前は見たくなかった。
できることなら、この手紙の内容が貴方のことでなければよかった。
できることなら、全部嘘であって欲しかった。
そんな意味もない後悔が押し寄せて、俺の手は震え、手紙にシワがよるほどに握っていた。
そんな手紙を冷静になって見れば、その白さが俺に空虚感と後悔と差出人との圧倒的な隔たりを感じさせていた。少し前まで口と口で交わしていた言葉は今は視覚上の文字列でしかない。以前とは違う圧倒的な情報量の少なさは俺の心を打ち砕くには十分すぎた。
その後、2枚にわたる手紙の内容を何度読み返したかはもう分からない。
それでも読み返せばきっとどこかに見落とした部分があり、もっと知りたいことが他に書いてある気がした。
そんなことはありえないと分かっていても、そんなことに縋るしか気持ちのやり場を見つけられないのだ。
理性で現実を理解していながらも、そんな無駄な行為を俺は繰り返していた。
そして次に俺が現実に立ち戻った時には、あんなに暑かった部屋が凍えるほどに冷え切っていた…
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贖罪
まだ寒さが強く残る今日、もう明日で卒業というのに実感の湧かぬ俺はいつまでも続くと思わせるようなこの投稿の風景を目に焼き付けながらY字階段を上がり昇降口に入る。
時刻は8時15分。登校してくる生徒達の数はピークに達し昇降口は多くの人間で溢れていた。
特に3年生は約1ヶ月と少し受験で登校していなかったものだから、久しぶり出会う友人達と顔を合わせてははしゃいでいる。こんな光景を半年前も見た気がするなと思いながら奴らを横目で見ながら俺は受験前に何度も通った廊下と階段を抜け、久しぶりに教室の匂いを嗅いだ。
教室にはもうほとんどの生徒が揃っていた。教室の後ろの席の方では、前と変わらないように葉山グループがいた。この光景はグループの若干のメンツや人数を除いて2年生の時からほとんど変わってはいない。そんな光景ですら何だか懐かしさを感じてしまう。
でも、この光景を見るのもきっと明日で最後なのだろうと心の中で思いながら俺はこれまでと変わらず自分の席に着いてはそのまま音楽を聴きながらうつ伏せになる。
ホームルームまでは時間がそこまでないからきっと寝ることはできないだろうが、他にやることも特にないので俺は適当に寝たフリをする。やはり他人との交流を苦手とする俺にはこの外界から遮断された体勢が1番落ち着く。加えて、今の俺はあまり他人と話したくない。
だから俺はこうして時を過ぎるのを待つのだ。
現実からにげるように…
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明日に控えた卒業式に向けて最初で最後の卒業式練習が終わると、俺達3年生は教室に戻りホームルームを終え放課となる。
なんだかんだと予行練習は俺を疲れさせた。式の流れを大方通しで練習したあと、謎に何回も繰り返される歌と起立着席の練習。
ぶっちゃけ思うんだけどあの歌の練習ってどう考えても余った時間をただ消費してるだけにしか思えないんだけど?毎年のように小学〜高校まで音楽の先生もしくは口うるさい先生が声が出てないという定番の理由に同じ歌を何度も歌わせるけど、あれ歌い直してそこまで変わるものなのか?特に高校生にもなると純粋な子が多かった小学生なんかよりもずっと捻くれたり面倒くさがりが増えて歌い直しても余計に気だるくなってあまり意味もないような気がするのだが…
まぁ、それでももうそんなことはどうでもいい。俺にとって人生最後の卒業式予行練習も終わったのだ。結局、最後までこの反復練習の必要性に疑問を抱くことになったが終わってしまえばいつかまたいい思い出とか言う日が来るのだろう。そう考えてしまえばこの疑問も大して気にもなりはしない。学校生活というのは常に非効率さ、無意味さが付きまとうものだ。ひとたびそれに疑問や反論を呈すれば教師達は口癖のように「そういうものだから」とか「伝統だから」とか言ってまともに取り合ってはくれない。酷い場合は「黙って従いなさい」という返答が返ってくる。彼等公務員は税金による運営と安定職による非流動性と非柔軟性、改善や改革的思考が往々にして足りない。しかし、教師というものは若手はかなり忙しいらしく日々の仕事だけで手一杯でそんなことに取り組む暇もないらしい。ましてやいくら聞き耳のいい若手の教員が生徒の意見を取り入れようと上層部に意見したところで、良くも悪くも今日まで蔓延る日本式の組織体制でたる年功序列型の公務員組織である限りは取り合っては貰えぬだろう。
結局、先生も大変なんだなぁと思いながら俺はやっぱり将来は働きたくないという決意を改めて胸に刻み、ほとんど荷物の入っていない鞄を持って教室を出ようと席を立つ。
そしてそのまま教室のドアにさしかかったとき「比企谷」と言う声で誰かに呼ばれた。
俺は反射的に立ち止まり、振り返ればそこには葉山がいた。
「なんだよ」と恨めしげな表情で問うと
「話があるんだ」とかなり真剣な面持ちで俺に言ってきた。
先も言ったように今の俺は人とあまり話す気分ではない。だからきっと葉山のその一言に俺の顔はかなり嫌そうな顔をしているだろう。それでもさすがは葉山隼人、こいつが俺に声をかけた瞬間に教室内の視線がこちらに集まった。そしてその中には少し心配そうな面持ちでこちらに目線を向ける由比ヶ浜の姿もある。こうした状況は俺みたいな人間にはかなりキツイ。一気に断りづらくなった。
「頼む、少しでいいんだ…」
そう言って居心地の悪さを感じている俺に低姿勢で畳み掛けてくる。もうこれは一種のトドメと言ってもいい。あの葉山が下手にでていているのだ。断れるわけがない。こいつは周囲を完全に味方につけたのだ。
こうして追い詰められた俺はこの状況の気まずさに耐えられず渋々承諾した。
「すまない…ありがとう」
「少しって言ったんだからさっさと済ませろよ…」
「わかってる。じゃあ、ここだと場所が悪いから付いてきてくれ」
そう言って葉山は教室を出る。
今の自分の気持ちに反して葉山の頼みに乗らなきゃいけないことに不満を覚え、ため息を吐いた。そして顔をあげれば由比ヶ浜と目が合った。表情は変わらぬまま俺の事を心配そうに見つめていた。その表情に気まずさと申し訳なさを感じながら俺は逃げるように振り返り葉山の後を追った。
肌寒さが残り放課後の喧騒の廊下を人の波をくぐり抜けながら歩いてゆく。行き先を告げられぬまま、不満と苛立ちを募らせたまま俺は葉山の後を追う。
「お前、さっきのわざとだろ」
「なんのことだい」
「とぼけんじゃねぇよ。さっきの俺への声のかけ方だよ。あんな教室の中で大きい声で声掛けやがって」
「そうしないと君は断って逃げるだろ」
「やっぱり分かってんじゃねぇか。逃げるって分かってんなら声かけるんじゃねぇよ
」
「そういう訳にはいかないんだよ」
「こっちの都合は考慮しないのかよ」
「普段ならそうするかもな。でも、これは君だけの問題じゃない」
「はぁ?」
人混みの廊下を抜けたあと、俺達は渡り廊下に至り葉山はそこで立ち止まった。
「とぼけてるのか?」
「別にとぼけてねぇよ」
俺がそう言うと葉山もため息をついて
「陽乃さんのことだよ」言った。
「陽乃」。久しぶりに他人の口から聞くその名前に俺の胸の鼓動が強まる。俺は一日として彼女を忘れたことなどない。だが、他人との会話の中で俺は彼女の名前を出すことをしなかったし、俺の周囲の者も事情を知ってか知らずか彼女の名前を出すことは無かった。特に夏休み明け以降は彼女の名前を部活の中で出すことは暗黙のタブーとされていたような気もする。
「陽乃さんとのことは聞いているよ」
「あの人がどうかしたのかよ」
「君だってとぼけてるじゃないか」
「うるせぇよ…」
「まぁいい。それよりも俺はここ約半年、君の様子が気になってね」
「誰かからなんか言われたのか」
「いや、俺が思ったことさ」
一瞬、あの二人の顔がチラついたが葉山は否定した。
「別に俺はお前に心配されるようなことなんてなんもねぇよ」
「俺は君を心配してるとは言ってないぞ?」
「…」
「君の今の発言は自分に何か心配される心当たりがあるって自白したようなもんだけどね」
「」
「図星かい?」
「さぁな。でも俺はいっそうお前のことが嫌いになったわ」
「別にいいさ」
「こんな話をするために呼び出したんなら帰るぞ…」
ただでさえ不満なこの状況に葉山の言動でさらに頭に血が上っていた俺はかなり怒りを込めてそう言ったが、
「悪い悪い」と葉山は気にもとめないで平然と返してきた。
「話を戻そう。とにかく俺が言いたいのはここ最近君がずっと浮かない顔をしてるのは彼女が原因なのかなと思ってね。いや、もうほぼ確信はしてはいるんだけどな」
「別にそんなんじゃねぇよ。それに俺が浮かない顔してるのはいつものことだろ最近始まった話じゃねぇよ」
「もちろんそれだけが理由じゃないさ。」
「は?」
「最近は彼女たちともほとんど話していないんだろ?」
「……」
「君がいくら言い訳をしたって無駄だよ。君の様子がおかしいのは俺だけじゃなくて、他の人たちも気づいている。そして、みんな君を心配している…」
「ならそれは余計なお世話だ。言ったはずだ俺は何もおかしくなんてない。だからお前らの心配なんて無用なんだよ」
「本気で言ってるのか?」
「当たり前だ。同情してるつもりか?ならやめてくれよ気持ち悪い。俺はいつだって1人だったんだよ。だからお前らの心配も同情もいらねぇんだよ。」
「比企谷…」
俺の吐き捨てるような台詞に俺を見つめる葉山の目は哀れさが浮かんだ。まるで俺を可哀想な人間だと言うかのように。
「だから、もういいだろ葉山、」
俺は今にも帰ろうとバッグを背負い直し、帰宅の意思を示す。
「君は、最後は彼女とずっと一緒にいたんだろう」
葉山はすかさず呟いた。
「時間的に考えたらお前ほどじゃねぇよ」
「時間の問題じゃないさ…」
「じゃあなんだよ…」
「言葉通りさ。俺と君とじゃ彼女の中での存在は違いすぎるんだ…俺は君に遠く及ばない。」
「だったらなんだよ… 俺があの人の中でお前より優位であったのにこんな状況になったことに文句でもつけたいのかよ」
「違うよそんなことじゃない」
「じゃあなんだよ」
「君がそこまで責任を感じる必要はないってことだよ…」
「何言ってんだお前…」
「雪乃ちゃんから全て聞いたよ。君は雪乃ちゃんに依頼されて陽乃のために動いていたんだろ。だからこんな結果になってしまった君は責任を感じてるんだ。君は責任感が強い人間だからな…」
「そんなんじゃねぇよ」
「嘘をつくなよ比企谷…!」
葉山の声色が変わった。その口調には明らかな苛立ちと怒りが含まれているのは言うまでもない。
「君ほどの人間が気にしないわけが無いだろ…!とぼけるのも大概にしよよ比企谷。君が困ってる人間を平気にしておけるような人間なんかじゃないだろ」
「それは買いかぶり過ぎだ葉山…」
「そんなことない。君がこれまで何人もの人達を救ってきたことはこの俺だって分かってる。君は『仕事だから』『依頼だから』だと言うが、それだけの理由で人なんて救えやしない。だから、そんな君が陽乃さんの一件を気にしていないわけが無いんだよ…」
「じゃあ仮にそうだとして、お前は結局何を言いたいんだ」
「彼女のことを忘れろってことだよ」
「なんだそれ。あの人を気にしているんだと俺に追求しておきながら、今度はその人のことを忘れろってか」
「あぁ」
「随分とおかしな話だなそれは」
「無論だ」
「なんでお前に指図されなきゃいけねぇんだよ」
「状況があまりにもイレギュラーだからだよ。状況も、場所も、人間もこれまでと全てが違うんだ。そして、君がおそらく初めて人を救えなかったという点においてもだ…。 君にはそれがたまらなく苦痛なのかもしれない。でも君が責任を感じる必要なんてない。君がそんな状況だと周りも悲しむんだよ…」
葉山の口調は先程とは違い随分と落ち着いていた。一瞬一瞬の言葉の切れ端に僅かばかりの感情が見え隠れするものの、まるで子供を諭すかのように彼の言葉は落ち着いていた。
もう、こうなってしまえばこっちも無駄に意固地になっても仕方がないと察した俺は少しの譲歩を見せつつ反論することにした。
「確かに…お前が言うように俺は責任を感じてるのは事実だ…。でもな葉山、俺がどう感じようとそれは俺の自由だろうが」
「ああ、その通りだ比企谷…。君の言ってることは正論だ。間違いなく正論だ。でも、君は君の周りの人間のことも考えるべきだ」
「どうしてお前がそこまで言うんだよ。そんなこと言ってもお前にはなんのメリットもないだろ。やっぱり誰かから頼まれたのかよ」
「違う、言ったろ全部俺の意思だよ」
「ならなんの気の迷いだよ」
「気の迷いなんかじゃない。自分が本当に望んでることをしてるだけだよ」
「だったら尚更お前のやってることが理解できねぇな」
俺はおそらく今日一番のきつい眼差しで葉山を見つめながら問うた。
彼はそれを見て一瞬狼狽えたような表情を見せるが、何かを察したのかすぐに白旗を振ったような表情をして苦笑いを浮かべながらため息を小さくついた。
「もう俺も後悔はしたくないんだよ…」
「ならこんなことになる前に、お前が何とかできたんじゃねぇのかよ。俺より近い関係だろが」
「俺が陽乃さんについて聞いたのは全ての事態が過ぎ去ったあとだ。夏休み明けまではあんなことが起きるなんて思ってもみなかったさ。」
「でもお前の親は雪ノ下の顧問弁護士だろ、親も知らなかったのかよ」
「父はあくまで顧問弁護士だ。親しくはしていても彼女達の親に雇われてるだけだし、あくまで立場上は雪ノ下家の方が上だ。だから彼女達の家の事情の深くまでは突っ込みはしないさ」
葉山はそう吐き捨てた。
「それに…君は俺と陽乃さんを近しいと言うが、そんなことはない。言っただろ彼女にとって俺なんて君に比べれば及びもつかない人間なんだ。所詮、俺は親の都合と俺自身の贖罪をもってして彼女達と付き合いがあるだけだ。」
言って葉山の表情は暗くなった。
「贖罪?」
「まぁ昔のことだよ。まぁそれでも陽乃さんはきっと俺を許してはくれないんだろうけどね…」
そう言いながら今度は葉山の表情は悲しげなものへと変わった。その表情は言葉通りの悲しさの中に後悔と苦しみが介在しているように思えた。雪ノ下姉妹と葉山は何かと話題になる。この3人に共通することはその整った類まれな容姿と文武両道とも言える程の個人能力の高さだ。特に妹と葉山は同学年というのもあり常にこの総武高校の双璧となり、生徒のみならず教員や保護者、地域の人間から注目を浴びることは多々ある。そんな3人は神の戯れなのか、昔より親交があり近くにいることが多い。ここまで完璧な人間が3人も揃うこと自体が非現実的にも思えるが、少なくとも俺が彼彼女等と関わりを持ち始めた時点において3人の関係性は良いとは言えなかった。というよりは姉妹の2人が一方的に辛辣だったようにも思えた。特に妹と葉山の関係は顕著であり、姉と葉山の関係も上辺や世間的には交流を続けてはいたものの所詮はその程度であった。妹の方は最近はかなり軟化してきてはいるが、姉に関しては2人のことを知れば知る程に溝を感じた。以上のことからもこの3人に過去に何かがあったというのは間違いない。でも俺はそれを彼や彼女等に聞くことはしなかったし聞こうとも思わなかった。ただもし、これがこいつの言う過去の過ちによるものであり、贖罪がこのためのものならなんとなくは話がつく。
「でも、あの人はもういないぞ。お前の贖罪とやらはどうすんだよ」
「変わらないさ。俺のできる範囲で贖罪を続けるだけだ。もちろんそれで解決できるわけではないけどね」
「律儀なもんだな」
「それが俺の生きていくのに必要なことなんだ。そうやって自分を戒めて忘れないように繰り返さないようにしてるんだ」
「それならただの自己満足だろ」
「はは、そうかもな… いや、確かにそうだ。結局自分のためなのかもしれない」
「そんなんで、贖罪になんのかよ」
「ならないだろうな…。でも何となく分かってはいたんだ。贖罪なんて結局は自己満足なんだって。神や他人に許してもらうためのアピールなんだ。でも許すは他人の気持ち次第で自分がどうこうできる問題じゃない。だから結局、贖罪ってのは自分で自分を許すための行為でしかないのかもしれないな…」
「なら続ける意味なんてないだろ」
「……そうかもな…」
葉山の声は小さく悲痛とも思えるものだった。こいつの過ちというものがいつ、どこの場所でどのように起きたかなんて知る由もないが、葉山自身がここまで感情的になり苦しみ、悲しげになる点において彼自身にとってかなりの後悔やトラウマなのだろう。
「そんなもんに意味なんてあんのかよ」
「さぁね。それでもそうしないと今は自分で自分すらも許すことが出来ないんだよ…。自己満足だとしても俺は自分ができる償いをしていくだけだ」
「なら今俺にこうして言ってることも贖罪の1つってことかよ」
「まぁ、そうだね… 」
「お前の個人の問題を俺にぶつけんじゃねぇよ。それにお前が俺にこんなことしたってもうあの人はいないんだぞ」
「そんなことは分かってるさ。でもきっと陽乃さんは、今俺が君にしてることを誰かにして欲しいと思ってるはずさ…」
「何を根拠に…」
「とぼけるなよ比企谷。君だって分かってるはずだ。陽乃さんは少なくとも俺たちの誰にも行先も理由も連絡先も告げずにいやくなったんだぞ。つまりはきっと探して欲しくないってことだろ。だから俺は君に言うんだよ。彼女のことは忘れろって…」
「でもそもそもこうして消えたこと自体があの人にとって本当に望んでたことじゃないことくらい分かってんだろ」
「あぁ分かってる」
「ならこんなことしなくてもいいだろ」
「でももういなくなってしまった事実は変わらない。この現実をひっくり返せるほどの力も人も俺達にはない。だったらせめてもの彼女の小さな願いでも実現させてあげるのが一番俺がすべきことだと思ってる。それがこうして俺達があの人に関わらないようにすることだ」
「じゃあ見捨てろってのか…」
「そうだ…」
「薄情な奴だな…」
「なんとでも言ってくれよ…」
葉山はそう言って俺から目をそらす。
だけど、それを見て俺は少し安心した。
こいつ自身、贖罪と言いながら、自分の本心だと言いながら、今こうしてること自体不本意なんだってことだ。あぁ、分かってるさ。この現状に不本意じゃない人間なんていない。葉山のこの行動でさえ不本意中の本意であって、大前提の現実ががそもそも本意じゃないのだ。だから誰も笑えないのだ…。
「それでも、最終的に決めるのは俺自身だ…」
言って俺は踵を返し葉山の元から離れようとする。きっとこれ以上こいつと話していても何も進展しない。互いに苛立ち不快感を得るだけだ。ならもうここで終いだと勝手に見切りをつけることにしたのだ。
俺がそのまま歩み出して葉山との距離が20メートルほど離れた時、後ろから「比企谷」と呼び止められる。やっと帰れると思っていた俺は振り返り今日1番の嫌そうな顔を葉山に向ける。
「最後に君の進路を教えてくれないか?」
「なんでお前に教えなきゃいけないんだよ」
「いいだろ、もう卒業なんだし」
「そういう問題じゃねぇよ。教えねぇもんは教えねぇよプライバシーだ」
「そうか…まぁそう言うと思ったよ」
別に教えられないわけじゃないがなんかこの流れでコイツに教えるのも個人的に納得いかないので教えない。どうせ、こいつはそこそこいい所に進学が決定してるのだろう…。そしていつかはバレることだし今言う必要もあるまい。
俺はもう一度踵を返し今度こそ帰ろうと歩みをすすめた。
「比企谷、俺の進路は早稲田だよ」
「はぁ!?」
葉山の突然の発言に俺は思わず声を上げてしまった。
「君も早稲田なんだろ?」
「お前…最初から分かって聞いてただろ?」
「さぁ、どうだろうね…」
「お前、学部は…?」
「大丈夫、多分君とは違うよ。俺は法学部だから」
「そうか、それは不幸中の幸いだな。学部学科でも一緒だったら退学を考えるところだったわ」
「そこまでなのか?」
葉山は苦笑する。
「いや、なんでお前と大学でも顔合わせなきゃなんねーんだよ…」
「別にいいじゃないか」
「これまでの会話してよくそんなこと言えるなお前…。そもそもお前なら国立行けたんじゃねぇのかよ?別に早稲田じゃなくてもいいだろ」
「他のところに行けたとしても、行きたいのはそこなんだよ。素直にそう思った。進学した理由はそれだけだよ」
葉山はそう言い切った。穏やかな口調だったが、眼差しは俺を見据えていた。だからもう俺が言うことは無い。どうせ言ったところで何かが変わることはないし、葉山自身も変える気もない。なら、今度こそはおさらばだ。俺は葉山に大学では俺に関わるなよと最後に捨て台詞を残して遠く聞こえる学生の喧騒に歩みを進めた。
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たなびく風に落ちた木の葉は舞い、アスファルトに残る雪が空の光を反射させる。
3年間辿り続けた通学路を走り抜け、昇降口で最後の靴と上履きを履き替える作業をする。
ついにやってきた高校生活の終わりに、毎年のことだが校内はどこか落ち着かない様相でいた。教室に入れば、卒業という事実がより現実味を帯び始めたのか、たった一日しか変わらないのに昨日とは空気感が大きく変わっていた。
この教室で、毎日のように他人の表情を眺めながらいつまでも続くような気がしていた日常は今日で終わりを告げる。俺自身もどこか実感しきれない部分があるのは事実だった。
それでも、あんなにプリントやポスターが貼られていた黒板や壁も今では跡形もなく無くなって本来の色を取り戻している様子を見れば、やはり俺達の日々はここで終わるのだろうと実感させられる。
そんなどこか寂しさに包まれた教室の中に空虚に佇む自分の椅子に腰をかけ、ほとんど荷物のない今日にはあまりに勿体ない大きさのいつものバッグを置いて俺は高校生活最後の眠りにつく体勢に入る。 それでもおそらくは寝れはしないだろうけれど、手持ち無沙汰な今の俺に出来ることといえば結局この格好しかなかった。だから俺はいつものように顔を伏せて最後の教室に響く喧騒という名のメロディに耳を傾けるのだ。
しばらくしてチャイムがなり、正装に包まれた担任と副担任が教室に入ってくれば教室内の空気はさらに緊張感を帯び始め、最後の朝のホームルームが始まった。いつものように出席をとり、連絡事項を通達するまではいつもと変わらぬ流れだった。そして最後に担任からの「君達は今日まではまだ高校生なので、しっかりと恥ずかしくないように行動しましょう」とまたしてもお決まりの話を聞いて解散。
俺達3年生は卒業式が始まるまでの少しの時間を持て余すことになった。そんな中でやることと言えば基本的には各々友人と会話をすることくらいなんだろうけど、残念ながら俺にはその友人というものがこの教室にはいない。一般的な時間の消費ができない俺は教室を出ることにした。
ドアを開けて廊下に出ると暖房が効いた教室内とは違う、肌を刺激する冷たさを感じる。いつもなら教室で過ごす俺だが、今日ばかりは何故か落ち着かなかった。静寂と心の余裕を求めてしばらく校舎内をさまよった俺は特別棟に辿り着いてしまった。
あてのない俺は僅かばかりの可能性を求めて部室のドアを開けようとするが、案の定鍵はかかっていて入ることは出来ない。
結局俺は特別棟の冷え切った階段に1人腰を下ろし、窓から見える景色を見ていた。これまで毎日のように見て、見飽きたこの景色もこうししてゆっくりと見回してみれば普段は気づかなかったことに気づくものだ。薄汚れた校舎の壁、枯れた木々や薄茶色の芝、錆びついた金属類。忘れ去られたように置かれた園芸道具、風に揺れる傷だらけのゴミ箱。そのどれもが何だか寂しげで悲しげに思えてならなかった。いつからそこにあったのか分からぬこれらのモノは俺がこの高校に来た時からあったような気もするが正確なことは定かではない。それでも沢山の人間を見てきたであろうこれらはきっと彼女のことも見ていたに違いない。
俺は彼女の高校時代を知らない。どんな姿でどんな表情でどんな言葉でどんな振る舞いで彼女がこの学校で過ごしていたのかも分からない。
それでも他人に見せることの無い彼女の弱さをこの景色のモノ達は見たのだろうか?
他人に見せることは出来なくともこの景色に彼女はその弱さを晒すことは出来たのだろうか?
あんなに会いたくなかった人が今ではこんなにも頭をよぎる。考えないようにと努力をしても、結局それは無駄に終わる。
何度も夢に出てくる彼女はその度ごとに表情を変えるが、どんな表情も結局は俺の意識の覚醒と共に消えてしまう。そして俺は夢の中でさえも彼女に触れることは出来ない。
日を追う毎に彼女との距離を痛感する毎日、最後に貰った手紙以外何の音沙汰もない徹底ぶりに改めてもう会うつもりはないという意志を感じてしまう。それでもこの状況が彼女自身が望んだ結末ではないことは確かなのだろうけれど、我々と接触を拒絶するという矛盾した行動が今ある状況をより混乱させた。
そして俺はまたため息をついてしまった。
冷たい外気がその息を白く染める。そんな有り触れた現象に目を奪われていると俺のポケットが電話が鳴った。
ここ最近ほとんど稼働していなかったバイブレーションに一瞬動揺するが、ディスプレイに表示された名前を見た時、俺は少し驚いた。その相手の名前をもう一度確かめるように少し眺めて俺は電話に出た。
「もしもし」
『出るのが遅いぞ。3コール以内に出るのは常識だろ』
「俺まだ社会人じゃないんですけど」
『言い訳無用だ』
「勘弁してくださいよ…」
言って俺は少し笑ってしまった。
なんだかそれが久しぶりに素で笑った気がした。スマホのスピーカーから流れるそんなに昔でもないのに懐かしく聴こえる大人びた声に安心してしまったからかもしれない。
『まぁ、こんな時に説教もなんだとりあえず比企谷、卒業おめでとう』
「まだ、卒業はしてないですけど…まぁありがとうございます平塚先生。」
『うむ』
「それ言うために電話してきたんですか?」
『まぁそうだな』
「どうせ今日会ってそんなこといくらでも言えるじゃないですか」
『いや、私はこっちの仕事があるから残念ながら君達の式に出ることができないんだ。出来ることなら君達に実際に会って祝福の言葉を送ってやりたいんだけどな…』
「そうなんですか…」
『悪いね比企谷…』
先生はバツが悪そうに謝罪した。
「別にいいですよ。仕事なんでしょう?なら仕方ないですよ。だって先生若手なんですから」
『おお!比企谷いい事言うじゃないか!そうだ。私は若手だからな!』
そう機嫌を取り戻した先生は高らかに笑っていたが、
『なんか自分で言ってて虚しくなってきた…』
「気にしちゃダメですよ…」
『そうする…』
とため息をついて納得した。もう本当に誰かもらってやれよ…。
『ところで比企谷、奉仕部はどうだ?』
先生の急な質問に俺は一瞬緩んでいた緊張がまた引き締まった感じがした。
「どうとは?」
「上手くやっていけてるかね?」
「さぁ…まぁぼちぼちじゃないですか」
『君のその返答の仕方だと、違うんだな?』
ほぅ、どうやらお見通しらしい。
「どうせ最初から分かってて質問してたんでしょう」
『まぁな。君たちの事は逐一聞いているよ』
「分かってるならそんな質問しないでくださいよ。全く同じことを昨日他の人にやられてイラついたんですから」
『そんな質問をされるほど心配されてるってことだろう』
「いい迷惑ですよ」
『そういうところは本当に相変わらずだな』
先生は電話の向こうで苦笑していた。
「それで、どこまで知ってるんですか?」
『少なくとも陽乃のことくらいまではと言ったところだろうかね』
「先生は前から知ってたんですか?」
「まさか。君達に知らせてなかったのだから私に知らせるわけがないだろう。陽乃の件について知ったのは陽乃がもういなくなった後だよ。」
「先生のことあの人は結構信頼してそうな感じでしたから、知らせてそうな気もしてたんですけどね…」
『そんなことはないよ。信頼してくれていたとしても、きっと君の方が信頼してくれていたと思うよ。それにもし私に陽乃が知らせてたと本当に思ってるなら君はもっと早く私に連絡をとってただろう?』
「確かに……まぁでも 頼りないですよ俺。一般論として先生とか葉山みたいな人間の方が頼りになると思いますけど」
『誰かに信頼されるというのは必ずしも社会的に認められてる人間でなくてはいけないってことではないよ。結局は個人によるものだ』
「そうですかね…」
『そうだよ。それに君や陽乃に一般論なんて通じないだろう?』
「それは確かに言えてますね」
『君はどうするつもりだね?』
「まだわからないです」
『雪ノ下達とは?』
「それに関してはちゃんと答えを出すつもりです」
『そうか……君の選んだ選択なら私は何も言わないよ』
「はい…」
『ただ、陽乃の件だが君は陽乃のことをどう思ってるのだね?』
「どういう意味ですかそれ…」
『そのままの意味だよ。私は君は存外、陽乃とは人間的に相性がいいと思っているんたよ』
「そうですか?」
『君達は振る舞い方は違えど根本的に考えてることは似通ってるよ。特に他人に頼ろうとしない部分ところとかね』
「それは…まぁ…」
『でも、君は変わったよ。人のことを頼ることを覚えたし今ならそれができるだろう?』
「まぁ…得意ではないですけどね」
『別に得意である必要は無いよ。すぐに他人に頼るのも良いことじゃない。ただ、君やあの姉妹はそれが頼らなさすぎるんだよ』
「姉の方に関しては、交友関係も多そうだし助けてもらえる人は多そうですけどね」
『まぁ、簡単なことならね。でも重い話になれば別だよ。陽乃は他人を信頼する人間じゃならな』
「先生は?結構信頼されてそうですけど」
『ああ、まぁ確かにある程度は信頼してくれているのかもしれないがやっぱり本音を語ってくれるほどではないよ。どう頑張ってもやはり生徒と教師の間には大きな壁がある。完全に心を開いて信頼してくれることなんてほとんど無いさ』
そう言ってため息を吐くのが聞こえた。
『それに、妹がそうであったように陽乃自身も完璧じゃないし闇を抱えてる。あいつは優秀だったし周りから慕われてはいたが、あいつ自信を本当に理解してあげられる人はいなかった。もちろん私を含めてね。』
「先生はあの人のこと理解してそうですけどね」
『理解してるかどうかは私の一方的なものでは意味が無いんだよ。私が陽乃のことを理解していると思っても、彼女自信が自分のことを私が理解してくれてると思っていない限りは、本当に理解してあげられてるとは言い難いよ』
「そうなんですね…。」
『あぁ、それに他人を100%理解するなんて不可能だしね』
「じゃあどうしたって理解してあげるなんて無理じゃないですか」
『その場合はどれだけ理解してるかが問題ではなく、どれだけ認めてくれてるかどうかが肝心なんだよ。認めてる相手じゃない限り自分を理解してくれるだなんて思うわけがないだろう?』
「確かに、そうですね…」
『だから、もしできることなら君が雪ノ下にするように陽乃にも手を差し伸べてやって欲しいと思っている。まぁ、言われなくても君はやってくれたんだろうとは思うがね』
「全て手遅れでしたけど…」
『でも、きっと君の優しさは陽乃には届いているはずだよ…』
「そうですかね……」
『ああ、だから君が自分を責める必要はないよ。前を向いて歩きなさい』
「でも、後悔ってなかなか消えませんよ」
『そうだな…。でも後悔は誰しもが生きてく上で背負っていくものだ。でもそれに囚われて前を向けなかったら私達は生きてはいけない、反省はしても前を見ることだけは忘れてはいけないよ。その後悔は次君が選択を迫られた時に糧にするんだ。そしてその時にまた救えばいい』
「また会えますかね…」
『君が陽乃を思う気持ちを持ち続けている限りはいつか会えるよ…』
「そう、ですか……」
『大丈夫、希望は残っているよ。どんな時にもね』
「何故そこでエヴァ?」
『なんだ、不満でもあるのか?』
「いや…」
『文句があるなら聞いてやるぞ?』
「いや本当にそんなんじゃなくて、ただ平塚先生らしいなと…」
『それはほめてるのかね?』
「多分…」
『なんだそれは』
「すみません。なんか言いにくくて」
『君は肝心なところで言葉にするのが下手だな』
「ほっといてください。そうやっていつも遠回りばかりしてる自覚は一応あるので」
『確かにそうだな…。特に君に限らず奉仕部の連中はそんなに奴らばっかりだ。でも、いくら遠回りをしても最後に辿り着く場所が君の思う正しい場所なら問題はないよ』
「そうですか…」
『今は後悔して辛い時期かもしれない。目をそらす事は簡単だけれど、そのままでいて君の気持ちが晴れることはきっとない。気持ちに整理をつけることは簡単なことではないけど、少しずつ悩み考えて答えを出しなさい』
「それでも答えがでなかったらどうするんですか」
『前にも言っただろ。また一から考え直せ』
「先生ってやっぱりめちゃくちゃですね」
『仕方がないだろう。そういうものなんだから』
「面倒な世界ですね」
『生きるというのは面倒なことばかりさ』
「うわ、嫌だなぁ…」
『でも、その時々の小さな幸福があるなら、きっとそんな悪いことでもないんだよ』
「あぁ…」
『結局、全ては心の持ちようなのさ。君が答えを出すのも、君が納得出来る答えを見つけるしかない。それは他人に左右されることなんかじゃない、君の気持ち次第さ』
「はい……」
『ま、シリアスな話はここまでにしよう。長く話して式に間に合わなくなっても困るしな』
「そうですね」
『あと最後に比企谷、』
「なんですか?」
『第1志望合格おめでとう』
「ああ、ありがとうございます…」
『なんだ、リアクションが薄いな』
「なんかまだ実感が湧かなくて」
『そうか。まぁ時間が来ればきっと変わるさ。そして今日で君とは高校生として関わるのは最後だ。次に君と話す時は立派な人間になってくれることを願ってるよ』
「はい。先生もお元気で…」
『ああ。君もな。…では切るよ…』
「はい。また…」
そう言って通話は途切れた。
そしてそのまま画面を見て時刻を確認すると、卒業生集合の5分前だった。どうやら結構話していたらしい。俺は重い腰をゆっくりと上げてその場所を後にする。
カツンカツンと音を立てながら1人渡り廊下を進む。それでもまだ耳元には電話越しに聞いた恩師の声が残っている。久しぶりに聴くその人の声はどこか安心感があった。男っぽくて世間的な女性らしさというのは無いし、ガサツであるけども彼女の俺達に対する接し方は母性的でいつも愛があったように思える。あの人に会わなかったらきっと今の俺はいない。全ての始まりの人であり恩人である。去年のこの時期に平塚先生の転任が決まった時は正直悲しさ寂しさが入り交じった思いをした。きっとそれは俺の人生の中で初めての体験だったと思うが、その寂しさも時が経てばなれるだろうとも思っていた。でも実際は違った。平塚先生がいなくなってからこの1年間は、部活としては存続はしていたもののどこか大きく穴が空いたような感じがずっと拭えなかった。厳しくも近くで俺たちを見守ってくれていたのは紛れもなくあの人だった。
だから、いくら感謝しても足りない。
結局今もこうして、あの人の声を聞いて安心してしまっている自分がいる。俺は先生にも依存をしていたのだろう。
だからきっとこの電話は単なる卒業の祝福の電話ではなく、親鳥から巣立つ小鳥のような、誰かに支えられる生き方から、1人でこの世界で生きていく俺への餞別の言葉だ。
そう頭でわかっていても、やはり寂しさや虚しさは込み上げてならない。新たな旅立ちと別れという表裏一体の事象は俺に何度目かも分からないため息を吐かせた。
不安の方が多い「期待と不安」を抱き俺は高校生として最後の行事に向かった。
そして俺の想いを他所に知らぬ顔で燃える太陽を睨んだ。
学級委員長の号令がかかり一同に礼。
今、俺の全ての高校生活の幕が閉じた。
それは青春という人生に一瞬しかない柔く脆く情熱的な時間の1ページが終了したことを意味していた。
周りを見れば式の時から涙を流している者もいた。人生の中で数少ない区切りの一つである今この瞬間はきっと多くの人間にとって感慨深いものなのだろう。「光陰矢の如し」とはよく言ったものだ。あんなに熱く、濃密な時間も終わってしまえばこんなにも呆気ないものだったと思う。この年齢のこの時期に高校を卒業することは入学前から分かってたはずなのに、それでもこの瞬間は唐突に起きた終局のようだった。
楽しいことも、悲しいことも、悔しいことも、辛いことも、色々なことがあった。それでも何より大きかったのは奉仕部という場所だろう。あの場所は俺にとって何よりも新鮮でかけがえのない場所だった。雪ノ下、由比ヶ浜を初め、俺をあの場所に導いてくれた平塚先生には感謝しかない。沢山の遠回りをして辿り着いた今の俺は間違いなく周囲の人たちによって形作られた。だからこそ、俺は彼女たちとケジメをつけなければいけない。多分もう先延ばしにはできない。ずっと避けて見ないようにしていた俺達の関係性に区切りをつけなければ、きっと俺達は後悔してその後悔に後ろ髪を引かれ、前には勧めない。辛くても悲しくても答えを出さないといけないのだ。
俺は心の中で決意を固め、バッグをとって振り返れば少し離れたところからこちらを見つめていた由比ヶ浜と目が合った。
昨日と変わらない、心配を含んだ目だった。
俺は1つ彼女に向かって頷き、廊下に出た。
言葉は1つも交わさなかった。言わなくても由比ヶ浜は理解していると思ったからだ。
だから俺は1人、最後の高校生活を噛み締めた人混みを歩いてゆく。向かう場所は決まり切っている。俺達の始まりの場所であり、思い出の場所。そして、終わりの場所だ。
きっと、誰が声をかけるまでもなくその場所に皆集まるだろう。そして、ついにこの日が来てしまったと、奉仕部の誰しもが思っているだろう。できることなら、何も考えずにこれまでのように高校生活が続いて現実なんて見ずに過ごしていけたらよかったと思っているに違いない。
時間は時として非情だ。それは時として無条件に終結を促すからだ。皮肉にも、その時間という実態を伴わない概念を生み出したのは我々人類だ。小学校、中学校、高校、大学もそうだが、仕事任期、勤務時間など様々な時間に縛られた現代人にとって、それによって生まれる別れや終わりは課せられた宿命なのかもしれない。そんな中で、命が続く限り、互いが認め合う限り時間や環境に支配されることなく半永久的に共に寄り添えることができるのが恋人や結婚というものなのだろう。そして現代社会の倫理観、道徳観においてその相手は1人だ。もちろん、恋人や結婚相手ではないからといって必ずしも人間関係が限りあるものでないということは言うまでもない。
ただ、恋人や結婚相手という存在はあらゆる面において重みや価値が違う。
俺は、奉仕部が好きだった。あの時間が、空間が、関係性が、俺は好きだった。
あの二人だからこそ出来たことだと思う。もし奉仕部のメンバーが雪ノ下や由比ヶ浜ではなくて他の人間だったとしたらきっと奉仕部というのはもっと違った形のものだっただろうし、俺自身ももっと違った人間だったのかもしれない。もしかしたらもっと良い関係、楽で簡潔で迷いや悩み、悲しみも苦しみもない関係になるのかもしれない。でも、そんなタラレバの話をしても俺が生きているのはこの世界で雪ノ下と由比ヶ浜がいる奉仕部だ。現実で俺が好きなのはこの2人との奉仕部での時間だ。
だから俺達は答えを出すしかない。
好きだから、愛していたから、楽しかったから、嘘はつきたくないし曖昧にして終わらせてはいけない。
だから、
だから俺は今この目の前にあるドアを開けて、このドアの向こうで全く人と、もうすぐこの場所にやってくる人に答えを出すのだ……
それが非情だとしても……
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卒業式が終わり午前中に放課となった今日も時刻は午後20時を過ぎた。俺は千葉駅から少し行ったところにあるカフェにいる。
この時間になればさすがにお腹が減るので俺は軽食といった形で珈琲とパンを1つ注文した。
ついに今日で俺も総武高校を卒業した。
この時期になれば国立大学の後期入試も終わり、高校三年生は勉学から開放される。
卒業式を前後に久しぶりに顔を合わせた3年生達は、互いの近況を報告し合い、進路を確認し合う。晴れて名門大学に合格した者もいれば、結果が奮わず浪人を決めた者や、結果待ちという者もいる。
受験は団体戦と言う輩もいるが、実際は違う。孤独との戦いである。試験中は誰も自分を助けてはくれない。頼りは自らがその日まで積み上げた学しかない。それを発揮できるかどうかも結局は自分次第なのだ。どんなに勉強しようとも本番にその力をだせなければ不合格の烙印を押される非情な世界だ。実際、試験までどれだけ勉強したとか頑張ったとか関係ないのだ。全く勉強しなくても試験で結果を出せればそいつが合格を勝ち取る。そんな戦いを終えた受験生という名の戦士達は今日、結果の如何に関わらず比較的には明るい表情をしていた。
おそらくそれは久しぶりの友人との再会や受験期という一時期のイレギュラーな日々が終わったことにより再び始まったいつもの日常がそうさせるのだろう。
それは俺自身にも一応は当てはまる。受験期ずっと俺の中にあった緊張の糸というものが最近になってもずっと切れずにいたのだが、今日久しぶりに学校に登校してようやく受験が終わったのだと実感した。
張り詰めていた気持ちが解け少し物寂しいような、やり切れない思いもあるが、約半年俺の心に住み着いた受験というストレスから解放されて飲むコーヒーはやっぱり美味い。
俺は皿に残ったパンを頬張りコーヒーを啜る。パンにある砂糖の甘みとコーヒーの苦味が合わさり絶妙な美味しさが口の中に広がり僅かな幸福感を得る。そしてカップを置けば、前よりずっと少ないシュガースティックとミルクの残骸が振動で揺れる。
実は最近は甘いコーヒーをほとんど飲まなくなった。前まではコーヒーに大量の砂糖とミルクを入れて飲んでいたが、今は入れてもそれぞれ1つずつだ。だからあんなに好きだったマッカンもずっと飲んでいない。理由は味覚が大人になったとかではない。苦いものは別に得意ではない。おそらく本当の理由は気持ちの問題だ。そしてそれは単純に甘いものが飲みたくないということだ。
飲んだら思い出してしまうのだ。嫌な過去を、後悔を、絶望を、弱さを。
俺は彼女と一緒にいた時、いつも甘いコーヒーを飲んでいた。その日々を今でも鮮明に覚えている。だから、俺はあの日彼女が消えた理由を知った日から甘いコーヒーを飲むのをやめた。飲む度に想起される記憶が受験の弊害になるという理由もあるが、もっともは単純に考えたくなかったのだ。彼女が頭によぎる度に胸が苦しくなる。そして自分の過ちを嫌悪するのだ。そんな気持ちになること自体が俺にとっては何よりの苦痛だったのだ。
だが、そうやって逃げ続けることは許されないことくらい分かっている。俺は向き合わなければならない。それが責任というものだからだ。
だから今日、俺は過去に蓋をすることをやめた。8月の上旬から約半年、逃げ続けたあの人に俺は向き合うことを決めた。
そのために俺は今日は午前中で学校が終わったにも関わらず、それから1度も家に帰ってはいない。
今日の午後、俺はずっと千葉の街を歩き回った。それは買い物をするためとかただ意味もなくブラついていたわけじゃない。
もっと他の明快な目的があった。今日俺が行った場所は全てあの人と訪れた場所だ。
レストラン、本屋、映画館、百貨店、ファッションショップに場所は様々だ。そして俺はこの半年間これらの場所をずっと避けていた場所でもある。理由は言うまでもない。
だが今日、向き合うことを決めた俺は彼女のありもしない痕跡を辿るようにその場所達を訪れた。案の定、気分の良いものではなかった。終始後悔と自分への嫌悪が込み上げてきた。出来ることならあの夏休み前に戻りたいと何度も思った。そんな変えられぬ過去に俺は打ちひしがれながら俺は記憶を辿った。
そして今、俺がいるカフェも彼女と来たところである。窓から見える情景も、この店内に漂う香りも、テーブルの配置も、そして彼女が来る度に眺めていた窓辺に飾られたガラス細工もあの日と変わることはない。
もし変わっていることがあれば、あの日の光景と1人足りないのと、俺の飲んでいるコーヒーくらいだろう。だが、たったその程度しか変わらないのにこの空間はあまりにも空虚に感じてしまう。あの人がそれだけ存在感があるからなのだろうかとも思われたが、頭の中で直ぐに否定した。存在感など結局主観でしかないのだ。どんなに有名であろうと、美しかろうとも興味や関心がなければ存在感なんてどれも変わりはしないのだ。つまりはそういうことなのだ。
そうやって今更何の意味もないことを自己完結させた俺は残りのコーヒーを飲み干す。その苦味が少し感傷的になる俺を現実に引き戻してくれた気がした…。
足を進める度に足元でリズム良く音が鳴る。
そんな音色を奏でる残雪が溜まる舗道を俺は変わらず1人で歩いている。
駅前のカフェを出てから約30分と少しが経った。
俺は電車に乗りバスに乗り換え、海浜幕張駅の近くで降り約半年ぶりの夜のこの街を歩いている。時刻も9時を過ぎた。この時間はオフィスビルから漏れる明かりが少し灯っているくらいで、人の通りも車の通りも少ない。
そして夜が進めば進む程にまだ寒さは厳しくなる。
それでももう3月だというのに雪がちらついている。
千葉で雪が降ることは1年を通してほとんどない。公共交通機関に影響がでるほどに降り積もることだって数年に1度程度だ。それだって、雪が降るのは大体1月から2月の初旬にかけてで、3月に積もるほどの雪が降るなんて俺がこれまで18年とこの街で生きてきて1度もなかった。
これもよく言われる異常気象というものなのだろうか。
あんなに暑かった夏も今では見る影もない。
物思いに耽けりながら1人歩いていると目的の場所に着いた。そこはこの辺一帯の中でも光が少なく恐ろしげに枯れた木々か連なっていた。もちろんこんな時間に人なんていない。響くのは俺の足音だけで、等間隔で灯る電灯がなんとも虚しい。
俺はその公園に入り、誰もいない道を歩いていく。そしてあの日と全く同じベンチの前に着く
。俺はそこに座ろうとベンチの上に被さった雪を払うが、雪で濡れたベンチはどうにもならないと悟り結局は座るのを諦めてその場に立ちつくした。すると大きく溜息が出るた。
この場所もあの日から1度だって来てはいない。それでも案の定、ここに来ただけであの日の状況が今日訪れたどこよりも思い出される。それだけで胸がずっと苦しくなる。
俺はきっと周りの人間が思ってる以上に責任を感じている。夏休みが開けた最初の日に雪ノ下から姉の失踪を聞いた俺は何も言わずに部室から去った。あの時の俺の反応や行動を見て雪ノ下はどこか他人事のように思ったに違いない。実際、俺はあの時あまり言葉を発しはしなかったし、あまり表情を変えなかったと自負している。だが、表層の俺の反応とは裏腹に俺は当時かなり動揺をしていた。そしてそれを雪ノ下には見せないようにしていた。それでも俺はそれに耐えられる自信がなかった。
俺はあの時、初めて自分の愚かな失態に気づいたのだ。
最初、俺は姉を助けてくれという妹の頼みを受けた。そしてそれが俺の動く大義名分だった。
しかし、雪ノ下陽乃は最初と最後以外は全くと言っていいほどに自分の弱さを俺に見せることはなかった。俺に見せていた彼女の姿はほとんど俺達の知る普段の雪ノ下陽乃であった。
しかし俺はそれに甘えてしまったのだ。
彼女に何か問題があると分かっていたはずだったのに、いつもと変わらぬ彼女を見てはその状況に甘え俺の責務を果たさなかった。結果、こうした雪ノ下陽乃が俺達の前から消えるという事態を招いてしまった。
無論、本当の原因というのが彼女の家系や環境によるものだということは分かっている。それでもその事態を分かっていたのにも関わらず、俺は何も出来なかった。いや、何もしなかったのだ。雪ノ下が俺に頼み込んだにもかかわらず、期待していたのにもかかわらず、雪ノ下陽乃が俺に見せていた表情、声、仕草を見て俺は勝手に安心して問題から目を逸らした。彼女自身もその問題について言及することは最初と最後を除いてほとんどなかった事実も俺が何もしなかった言い訳にしていた。
恐らく俺と最後に会った日にはもうあの人はこうなることを分かっていたのだろう。だからこそあの人はあの日、あそこまで自らの感情を表に出したのかもしれない。
でも俺は気付くべきだった。あの状況がどれだけイレギュラーな事態だったのかを。あの日までの彼女との1ヶ月間、ほとんど表情を崩すことなんてなかったのにどうしてあの日だけあそこまで涙を流したのか、そんなの考えれば簡単にわかる話だった。それでもあの日はもう遅かったのかもしれないが…
いずれにせよ、愚かにも自分の甘い考えだけで真実から目を逸らしこの事態を招いたのは変わりようのない事実だ。
そして俺が最後の日、感情を顕にする彼女にかけた言葉は全て手遅れだったのだ。
つまり、俺は選択を間違えたのだ。
正しい選択とはただ正しい答えを出せばいいわけではなく、正しい時と場所で適切な行動を起こすことだ。
だが俺はそれが出来なかった。
俺の甘さ、愚かさ、人間性、想定されたことの多くの欠陥をもってして俺は何も出来なかった。本当に馬鹿だと思う。それでももうどうにもならない。
凍える風が冷たく頬を伝う。そしてその冷たさはあまりにも現実を表しているようで本当に悔しさが滲む。
半年前の目の前のベンチでは俺達の体温は凄く高かった。火照った身体に妖艶な香りと触れたことも無い感触を今でも覚えている。
そんなことが頭にチラついても所詮は戻れない過去でしかないと思えば、1度は上がった気持ちもまた下がってしまう。
過去の誤ちをこうして突きつけられる場所もここで最後だ。今日はもう何度そんな場所を訪れたか分からない。でもその痛みは決して和らぐことは無かった。
胸を締め付ける思いのやり場をまだ見つけられない俺は、何かに縋るように宙を仰ぐ。
遠くの街頭に照らされて煌めく雪の結晶が風に乗せられて舞い降りてくる中に、俺は月影を見つけた。それは漆黒の雲の切れ間から煌々と照り輝いていた。
それを見た瞬間、1つ涙が零れた。
意味が分からなかった。
その涙の訳が俺には分からなかったからだ。
そして俺は久しぶりに感じる涙に困惑するしかない。理由を探しても答えが出ないまま悪戯に時は過ぎていった。
頭が混乱していた俺に唯一分かったことは
闇に浮かぶ月があの日と同じ満月だったということだった。
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Interlude
静寂の彼方に穢れない君を見つめ
遅過ぎた言葉はもう届かない
真白な雪に君は攫われて
鮮やかな月影と共にに
僕は失くしてしまった面影を
まだ探してしまうけれど
ハルノ訪れを待っている…
今回は比企谷を中心に書きました。
次回は陽乃を中心に書いていこうと思います。
陽乃の失踪理由は今回は書いてないのでミスではないです。次回あたりに判明します。